「杉本さん、みんなで出前を取るけれど一緒にどう?」
「いえ、私は・・・」
「そうか、お弁当だったわよね?」

昼前になり少し落ち着いた救急外来で看護師の声が聞こえてきた。

「大樹先生、カレーとりますけれど一緒にいかがですか?」
「うーん、売店でおにぎり買うからいいわ」
「そうですかあ」
残念そうに消えて行く看護師。

「杉本さん、ちょっといい?」
師長が彼女を呼んでいる。

2人で処置室の片隅に向かった。
広い救急外来は基本的に大きな1つの部屋。
外来診察室や処置スペースに仕切りはあるものの、ほとんどが可動式でいつでも取り払えるようになっている。
その分、どこで何をしようと目に入る。

少し離れた場所にいる俺に声は聞こえないが、師長は何か注意をしているようだ。
時々彼女が頭を下げている。

「大体、態度がでかいのよ」
へ?
俺と同じように部屋の隅を見つめていた看護師の声が聞こえてきた。
「かわいげがないしね。いっつも馬鹿にしたように私達を見てるじゃない」
「まあ、仕事はできるんだけれどね」
「でも、さっきのは森田先生が・・・」
「それはそうだけれど、やり方の問題。あれじゃあ森田先生が師長に文句言うのもわかるって」
「でも・・・」
彼女にかばってもらった新人看護師は不満そうにしたものの、それ以上は言い返せなくて黙ってしまった。

なんだ?
森田先生が、師長に文句を言ったって事か?
でも、元々森田先生が自分で処理できなかったのが一番の問題のはず。
それなのに、なぜ彼女が叱られるんだ?
俺は無性に腹が立った。
さすがに俺が師長に何か言えば事が大きくなりすぎる。
じゃあ、森田先生に。
そう思って見回すと、高橋先生と一緒にいる森田先生を見つけた。

「森田先生」
声をかけ、振り向いた顔を見て、俺の言葉が止まった。
ん?
「何か?」
森田先生ではなく高橋先生が聞いてきた。
「いや、あの・・・」
森田先生の顔を見て、叱られていたのがわかった。

「いいよ。高橋先生が話してくれたんならそれで」
「・・・すみません」
頭を下げる森田先生。
「まだ研修医だからわからないことだって多いはずだ。それは仕方がないと思う。でも、杉本さんが叱られるのは違うと思うから」
「すみません」
今度は高橋先生が頭を下げる。

「いいよ。君がいてくれて良かった」
高橋渚。こいつもまだ若いくせに優秀な救命医だ。
他人にも自分にも厳しくて時々浮くことがあるけれど、仕事に関しては信頼できる男。
彼がいてくれれば、森田先生も大丈夫だろう。