「そう。雪香は家も厳しかったみたいだし、学校も堅い雰囲気だったから、身元を隠したかったんだと思うよ」
「おい……まさか、その偽名って……」

 蓮が動揺したような声を出した。
 その様子に言いようのない不安を感じた私は、次の瞬間蓮の異変の理由に気付き血の気が下がった。

「もしかして、雪香は私の名前を使っていたの?」

 ミドリは静かに頷き、私は激しいショックを受けた。
 どうしてそんな真似を!

 身元を隠すのなら、全く関係無い人の名前でも良かったはず。それなのに、わざわざ私の名前を使うなんて悪意を感じる。
 蓮が、ミドリに鋭い声で問いかけた。

「お前がどうして、そこまで知ってるんだ?」

 言われてみれば……雪香のストーカーでしかないミドリが、なぜ蓮よりも雪香の事情に詳しいのだろう。
 いくらストーカーでも、そこまで何でも分かるもの?
 私と蓮が不審な目を向けると、ミドリは今までとは違って少し迷う様子を見せた。

「……沙雪は僕について、どんな風に聞いている?」
「雪香をつけ回していたって」

 ミドリは納得したように頷いた。

「ストーカーだって言ってただろ?……君にも雪香はそう言ったんだよね、雪香に近付くなって脅されたことは忘れていないよ」

 後半は蓮に向けた言葉のようだ。

「実際そうだろ? しつこく雪香につきまとったんだからな……それより質問に答えろ。何で雪香の事情を詳しく知った?」

 蓮は不快そうに顔をしかめたけれど、もうミドリの話が嘘だと疑ってはいないようだった。
 ミドリは溜め息をつくと、再び私の方を向きながら口を開いた。

「最初に言っておくけど、僕は雪香のストーカーなんかじゃない。確かに付きまといはしたけれど、理由があった」
「理由って?」
「当時、雪香は僕の兄と付き合っていたんだ、雪香はいつもの軽い遊びのつもりだったかもしれないが、兄には妻子がいた。僕は雪香に身を引くよう頼む為に近付いた。倉橋沙雪と名乗っていた雪香にね」

 淡々としたミドリの言葉に私は……そしてきっと隣の蓮も大きな衝撃を受けた。

「雪香は不倫してたの?」

 それも私の名前を使って。不快感に顔を歪める私に、ミドリは頷いた。

「そうだよ。と言っても雪香も最初は兄が既婚だとは知らなかったようだけどね」
「お互い騙し合ってったんだ……」

 自分の身元を隠し嘘を重ねていった二人。そんな付き合いを続けて、何の意味が有ったのだろう。