あやかしなごり ~わらし人形店の幸運お守り~


司といがみ合いでした口約束だが、それを律儀に守っている。現実主義というか蒼士には根がクソのつく真面目なだけに見えた。


来夢に言わせれば、


「きっと本城さんは照れ屋なんですね。ちょっと司さんに似てます」


で、司に言わせれば、


「あいつはただの頭でっかちだ」


であったが。


「そういえば司さんも響子さんを責めなかったですよね」


今度は来夢が疑問を口にする。


「なぜ責める?」


「副署長室で、顔を響子さんに撃たれて血がでてましたよね。下手したら死んでたんですよ」


しかし、


「あれか……。あれをやったのは響子じゃない」


意外な答えが返ってくる。


「あれをやったのはこいつだ!」


と同時に、蒼士の頭に拳骨も飛んできた。


「痛! なにすんの、司!」


「三日遅れたが、それはこっちのセリフだ。最初に蒼士が響子の腕を押さえた時、勢いで発砲しただろう」


「あ! 司さんの横の壁に穴が空いてました」


「え? もしかして……」


「そのもしかしてだ。その時に撃たれた傷がこれだ」


司はこれ見よがしに頬の絆創膏を指さす。


「罰としてお前も今日は一日無給バイトだ」


「えーっ! やっと休み貰ったのに! この後はいっぱい食べていっぱい寝る予定だったのに!」


「つべこべ言うな。ちゃんと働いておけよ! 来夢、二人がサボらないよう見張っておけ」


言うと司は立ち上がり店を後にする。



まだ残る最後の謎を解決するために。




※※※※※


警察署の屋上へ出ると、柚葉は大きく伸びをした。

空は曇っていて少し肌寒く感じるが、心はスッキリとしていた。
すべてはこれで終わるから。いいや、終わらせてくれるであろう人が現れたから……。


「待たせたか」


「いいえ」


彼は待ち合わせの時間通りにやってくると、数歩の距離で立ち止まった。

その鋭い眼光の奥では何を考えているのかは想像もできない。
ただ柚葉にわかるのは、彼は気付いてくれたということ。それだけはその知的な瞳が物語っている。


「呼び出した理由は分かっているようだな」


「ええ。分かったのでしょう。私が響子の共犯だったって」


「二人で共謀していない共犯者だということがな」


「あら、本当にすべてお見通しなのね──司さん」


「そうでもないさ。だから、そっちから話してくれるか。【神隠し】のなごり持ち、土御門柚葉」


司が怪しんだのは、土御門という名を聞いた後すぐだった。
土御門とは陰陽師の家系に伝わる名字で、あやかしとも関わりが深い。
先祖の中に出会ったあやかしと恋に落ちた者がいてもなんら不思議ではないのだ。
だから司だけは大会議室での盗み聞きの後も、柚葉の後を尾うことを優先していたし、たどり着くことができた。
今回の一件が、百々目鬼のなごりだけでは不可能だという真相に。


二人はしばらく無言で見つめ合っていたが、柚葉は、


「……そうね」


そう言って小さく微笑むと語りはじめた。

すべてを──。


自分に不思議な力があることに気付いたのは高校生の時。
初めての彼氏が出来て浮かれて間もない頃だった。

最初は、なにをするのもドキドキでとても楽しかった。
あの頃は正に青春を謳歌していた。

けれど、それはすぐに負の感情に押し流されてしまった。
彼氏はイケメンの生徒会長で運動神経も良く、女子たちの憧れの的だったのだ。
最初は優越感もあり満足していたが、段々と周りの女子たちの目がうるさく感じ始めていた。

あきらかに好意を持って話しかける子や、ヒドイ子になると彼女持ちと分かっていながらデートに誘うなんていうこともあった。

どうして自分たちの関係を壊そうとするのか。
そう思い始めると、すべてが目障りで邪魔だった。
彼は誰にも渡さない。
そんな感情が大きく膨らんだある日。


「ウソ! なんなのこれ!」


柚葉は彼を隠すことに成功した。

不思議なことに強く念じると、彼を人の目から見えなくすることができたのだ。
まるで透明人間のように、誰にも見えなくなるのだ。

どうして? なんて思ったのはほんの少しで理由なんてどうでもよかった。
これで彼を独り占めできる。
その想いで心の中はいっぱいだったから……。

しかし、高校生の柚葉にそんな力をうまくコントロールする術はなかった。
何度も試している内に発動するためのコツは掴んだが、それだけだった。
その時もデート中、彼に色目を使う女性を発見しいつものように力を使った。
が、それは交差点に差し掛かったところだった。

力を使うため立ち止まった柚葉の数歩先を行く彼。

そこへ右折してきた車が突っ込んだ。

車の運転者には誰もいないように見えたのだ。柚葉が彼を隠したから……。


幸い一ヶ月の入院で後遺症もなく元気に戻ったが、柚葉はもう彼と一緒にいることは出来なかった。

自分の嫉妬のせいで大切な人を殺してしまうところだったから……。


それからほどなくして響子の存在を知った。話したことはなかったが、同じクラスで同じように不思議な力に翻弄されていた響子に。

不思議な力を持つもの同士だから気付けたのかは分からないが、とにかく見つけてしまった。

彼女はもの凄く上手に物を盗む子だった。高校生とは思えない神業で、一瞬で狙ったものを懐に納めていく。

ただ、やりたくてやっているようには見えなかった。いつも盗んだ物はそっちのけで後悔した顔で肩を落としていたから。

その日も、そんな感じだった。前日盗んだ物のことなんてすっかり忘れて鞄から落としてしまったのだ。
そこで大騒ぎになる直前で、柚葉はうまく機転をきかせて彼女を救った。

どうしてそんなことをしたのか答えは簡単だった。力に翻弄された自分を見ているようで見ていられなかったのだ。

それからというもの、悪いことだとは分かっていながらも彼女が盗みをする時は、人知れずフォローしてしまう自分がいた。
バレそうな時は、柚葉が力を使って彼女の存在を人の目から隠してきたのだ。
何年も……。


「最初に見せた防犯カメラの映像。消えていたのはお前の仕業だな」


「響子が盗む姿がばっちりと映っていましたから」


「ついでにお前も物を隠していたという訳か」


「あら、それも気付いていたのね」


「なごりを完全に制御できるやつなんていないからな」


司の言うとおり、柚葉自身、神隠しのなごりである物を隠すという衝動を押さえられていた訳ではなかった。
力に目覚めてからというもの。響子ほどではないが、人や物を隠したいという欲望が時折顔を出す。
それは自分で制御できる類のものではなかった。

署内での盗難、紛失事件。その一部は柚葉のものだ。ただ隠していただけなのですべて発見されてはいるのだが……。


「都合がよかったのかもしれないわ。盗む響子がいれば、隠す自分はそんなに悪く見えないから。自分のことは話さずに……。最低ですよね」


そう言って柚葉は自嘲ぎみに笑うが、司はそんな彼女をじっと見つめていた。


「そうでもないさ」


「え!?」


「現実的な警察なら不思議に詳しいだけの俺に捜査依頼はしない。蒼士の提案を許可したのは柚葉、お前だ」


「それが変でしたか?」


「大会議室から尾行した俺に気付かないフリもしていた。響子との会話もわざと俺に聞かせたな」


「そんなことは……」


「俺は素人だ。警察官として優秀なお前が気付かないはずはないだろう」


「なにが言いたいのですか?」


「今回の件。あやかしなごりや俺の話を蒼士から聞いたお前が最初から仕組んだことなのだろう」


「なんのために?」


「警察ではお前を捕まえることは出来ない。神隠しの力なんて立証不可能だからな。だが、俺ならすべてを見抜ける」


「……」


「止めて欲しかった。いいや、すべてを理解できる存在に言われたかったのか。──悪いことは悪い、と。昔、自分が響子にそうしたように」


気付けば、柚葉の頬を涙が伝っていた。司の言葉を肯定するように。


「切っ掛けは、プロポ-ズか……」


「中田さんには私自身のことは言えませんでした。信じてもらえないかもしれないと思うと怖くて……。でも、このまま……犯罪の共犯者のままあの人と結婚するなんて……」


「気持ちに整理がつかない、か」


「はい」


正義感の強い柚葉はずっと自分の中で一人戦っていた。


「なら俺が言ってやる。柚葉──。お前はアホウだ、とびっきりのな」


そう言って、心から疑いなく不思議な力を持つ自分を諫めてくれる存在が現れるまで。


そして求めていた。


「やり方が間違いだらけだ。だから、これをやる」


救いを。



司はいつの間にか手にしていた少し不格好なぬいぐるみを柚葉へ渡す。


「そいつに祈るんだ。そうすれば少しはアホも治るだろう」


そして、用は済んだとばかりに背を向け歩き始めた。


「……ありがとう」


「気にするな。結婚祝いだ」



屋上の扉が閉まると柚葉は空を見上げていた。

涙で滲んでいたせいか、太陽はいつも以上にキラキラと輝いていた。





いっそ死んでしまった方が楽なのかもしれない。


高さにして十数メートル。

学校の屋上に出ると、ふとそんな考えが頭を過ぎった。

高見沢信二は落下防止で気休め程度に少し高くなった縁に足をかけると真下を見下ろした。


「……高い」


ぶるっと身震いする。

下を歩く生徒たちも顔が判別できないほど小さく見える。

真下はコンクリート。ここから飛び降りたら確実に死ぬことができるだろう。
きっと痛みは一瞬で、後は楽になれるはず。
深い悩み事や日々の辛さなんて自分の存在ごとすべて消えてなくなるのだ。


「……」


しかし、高見沢は本当に飛び降りてやろうとここへ来たわけではない。


屋上へ来たのは少し落ち着きたかったからだった。

イヤ、と言うかかなり気が滅入ることがあって、誰もいない場所で外の空気を吸って、気を静めたかったのだ。

学校の屋上は普段立ち入り禁止ではあるが、教師という立場を利用すれば簡単に入れるこの場所で、気分を変えたかった。


それだけだったのだが……、


「ダメです!」


突然、後ろからかかった声に驚き、体がビクンと揺れた。

勢いで体勢が崩れる。

少し身を乗り出していたせいで、重心が更に空中へ移ってしまった。

上半身は屋上の外側だ。


「ちょっ、うわっ!」


手をバタバタさせて、なんとか元の体勢へ戻そうと試みるが、上半身は屋上と外側をいったりきたりする。


「お、お、落ちる!」


ヤバイ! そう思った時、


「死んじゃダメですー!」


再びかかった声と共に、寸前で体がピタリと制止する。


半分以上体が空へ出ているが、声の主が高見沢の腰のベルトを掴んだのが腹へかかる圧でわかった。


ゆっくりと首だけ回して確認すると、そこには。


「ふ、ぬぬぬうぬぬ」


あまりきいたことのない声を出し、高見沢が落ちないようふんばる女子生徒の姿があった。

それは、高見沢が担任をしているクラスの生徒で学校では奇行で有名な人物。


「……北条?」


「はい、元気です!」


「……」


返事も独特であった。


見た目は明るく真面目な印象なのだが、授業中に「洗い物してきます!」とおかしなことを言いだして教室を抜け出すことがしばしばある問題児でもある。


今だって彼女が声をかけてこなければ、こんな状況に陥ることもなかったのだ。

セリフからもおそらくは信二が飛び降り自殺をすると勘違いしての行動だろう。

まったく人騒がせではあるが、そうも言ってはいられないのも事実。

体の重心は屋上の外側にあり、彼女が辛うじて掴んだベルトを引く力で均衡を保っているのだ。

彼女が手を離せば十数メートル下へ真っ逆様という状況だ。


「わっ!」


高見沢の重みにズリッと彼女が引っ張られる。


「ふぬうう!」


再び力を入れ直し、なんとか持ちこたえてはくれたが、少しでも彼女が気を抜けば高見沢を支えるものはない。


とは言え、華奢な女子高生が大人の男の体重をいつまでも支え続けるのは不可能。
いまだって男子には見せられないような必死の形相でがんばってくれている。


「んぃぐうううっ!」


「北条、悪いがもう少しそのままがんばってくれ」


信二は急いで体勢を立て直すべく、まず足に力を入れ、重心を後ろへ持っていこうと試みるが、


「あっ!」


「ええっ!?」


動いた拍子にツルンと彼女の手がベルトから離れた。



必死に手で空をもがくが、重心が外側にあった体はじょじょに倒れはじめ空中へと移動していく。


「ぬわっ!」


「先生! 自殺なんてダメですぅ!」


悲壮な顔で北条は叫んでいるが、これはどっちかと言うと他殺じゃないのか? 

そんなツッコミが頭を過ぎりながら、重力に引き寄せられていく。


「先生ーー!」


なんという人生の終わり方だろう。


(ただ、気分転換に外の空気を吸いに屋上に出ただけなのに……)


唯一の救いは、教え子が教師である自分の死に涙を──流してくれてはいなかったが……。

それどころか、


「自殺は地獄行きですぅー!」


最後に成仏できそうにない言葉まで投げられたが、それでも彼女なりに悲しんでくれてはいた。


そう思うことで、信二は、


「うわあああああ! 助けてくれえええ!」


やっぱり死にたくはなかった……。


必死に腕を伸ばし、北条の腕を掴む。


「ふーぬぅうう!」


「うおおっ!」


間髪おかずにもう片方の手を屋上の縁にかける。


──そして。


「た、助かった……」


「よかった……です」


気づいた時には、屋上に這い上がることに成功していた。

高見沢は一気に力が抜けると屋上に寝転がった。

北条も緊張の糸が解けたのか同じように体を投げ出していた。

見上げれば空は何事もなかったように晴れ渡り、頬を清々しい風が撫でていく。

なぜだか、笑いがこみ上げてくる。


「フフ、ハハハ」


「アハ、アハハハハハ」


「先生、もうおかしなことを考えちゃダメですよ」


「ん? あ、ああ……」


北条はまだ勘違いしたままではあるが、一時でも悩みを忘れかなりスッキリしたので高見沢は「まあいいか」と再び空を見上げた。



しかし……、


「しーんーじー!」

見上げたはずの天に澄み渡る空はなかった。

変わりに、髪の長い女性が空を覆い隠し高見沢をのぞき込んでいた。


「女子生徒と、なにをしているのかしら」


女性は一見微笑んでいるようで、目の奥はまったく笑ってはいない。

高見沢には分かる。


「まさか……浮気?」


コメカミに立てた青筋をピクピクと痙攣させ、拳を握りしめていることからも、明らかに怒っているのが。


「ほ、北条! 逃げるぞ!」


「え?」


よくわかっていない北条をなんとか起こして、高見沢は走り出した。


「逃げるの? そう……なら、やっぱり浮気なのね」


女性は呟くと次の瞬間、


「信二ー!」


髪を振り乱し、鬼の形相に変化していた。


「許さないわよー!」


口調も荒々しい怒声へと様変わりしている。


「キャアアア!」


よほど恐かったのか、振り返って女性を確認した北条が悲鳴を上げるが、高見沢はその手を掴んで一目散に逃げた。




校内へ入り、廊下をダッシュし、階段を一段飛ばしで駆け下り、誰もいない暗い教室へ飛び込む。


「ハア、ハアハア……大丈夫か、北条」


最奥の机の影に隠れると、やっと掴んでいた生徒に声をかけた。


「だ、大丈夫じゃないです……途中から引きずられてました」


そう言われれば、階段を降りたあたりから、ズッシリとした重みがあった気がするし、「ヒャアアア」とかいう間の抜けた声が聞こえなくもなかったが、必死でそれどころではなかった。


「私、モップじゃないんですよ」


「す、すまない」


幸い怪我はなかったようで、スカートの埃を払う北条を見て一安心する。


「それより、なにがあったんですか? さっきの弓長先生ですよね」


彼女の言うとおり、鬼の形相で追いかけてきたのは、高見沢の同僚教師、弓長美波だった。


そして、屋上へ出て気分転換をしたかった悩みの現況でもあった。


「普通ではなかったですよ、ね……」


これもまた言うとおりで、弓長は普段はおっとりとした性格で外見も美人。理解もあり生徒たちから人気の教師なのだ。

それがなぜ、ああも恐ろしくなってしまうのか……。


「じつは……」


「実は?」


ガン!