※※※※※
「一度、整理しましょう」
三階にある第二会議室。
来夢は司、蒼士の二人と顔を付き合わせていた。
「ぞ、ぞうじよう」
「……」
前に座る蒼士は昼食に付いていたプリンを頬張りながらだし、横にいる司は複雑な顔をしているが、そこは気にしないようにする。
蒼士はずっとマイペースだし、司はテーブルの下で来夢に脛をめちゃめちゃスリスリ撫でられているのだから、突っ込まれずにいるだけまだましだろう。
実はあの後、司の手を取って走り出したのは他でもない。
すねこすりのなごりが発動してしまったからだった。
普通ここまで来れば、柚葉を脅していた交通課の中田を問いつめに行くとか、犯人を知っている柚葉に事情を聞こうとか、捜査らしくなるはずであろう。
しかし、こんな時に限ってあれはやってくるのだ。
人の気持ちなんて度外視で、自由奔放なあの発作──あやかしなごりは。
かと言って、それに翻弄だけされている場合ではないことはわかっている。
だからこそ、一度この機会に整理しようと思ったのだ。
単純な盗難事件ではなくなってしまったこの事件を。
「まず、私と司さんがここ、浅草警察署へ来た理由は不可思議な盗難事件の捜査協力です。そうですよね蒼士さん」
「うん。ぞうだよ──あ、司食べないならプリンちょうだい」
「結論から言います。私が更衣室のロッカーに隠れていた時に入ってきた女性が、その盗難事件の犯人とたぶん協力者です」
「へ? ごほごほ! そうなのっ!?」
蒼士は喉にプリンを詰まらせて驚くが、司は、
「そろそろ手を止めたらどうだ。落ち着かん」
と、来夢の動き続ける手が気になる様子。
「は、はい、分かってます……でも、布越しだとなかなか手が納得してくれないんです。ズボン捲ってもいいですか」
「とんだ変態発言だな」
「な、なごりですよ! わかってるクセにイジワルです! ──もう、いいです! このままで」
来夢は本日何度目かとなる頬膨らませをすると、本題を続ける。
「犯人も物を盗んでしまうのを自分ではやめられないって言ってました……。まるで、私と同じみたいに……」
「物を盗むあやかしのなごりか……」
「あるのですか?」
「心当たりはある。お前が言うなら疑う価値もあるだろう」
「私が言うと、ですか?」
「あやかしの血を持つなごりもち同士は、なぜか引き寄せ合う性質を持っているからな」
「そう、なのですか?」
そう言いながらも、更衣室で話を聞いた時から、来夢には犯人があやかしなごりの持ち主だと言う気がしていた。
理屈ではなく勘のようなものだから、断言はできないが、なんとなくそんな気がするのだった。
そこで、来夢は更衣室で耳にしたことをすべて二人に話してきかせた。
「それって、なにかの間違いじゃない? 二人のうちひとりが……」
「柚葉さんで間違いなかったです」
蒼士と司は、本城に捕まっていたせいで柚葉たちが更衣室から出て行くところをみていないのだ。
「そう……。でも、それはちょっとおかしいかな」
「どうしてだ」
納得できない様子の蒼士に対して、相変わらず淡々とした口調の司。
「だって、柚葉さんは僕の上司で警察の人間だよ。やさしいし正義感だって強いし。第一、司を呼ぶことをOKしたのだって柚葉さん自身なんだよ」
「捜査を攪乱させるためか」
「それは……ないとは言えないです。警察のみなさんは不可思議なことには否定的ですし、そのせいで司さんは本城警視さんとモメていますし」
「本城の話では、あいつに報告を入れたのも柚葉だという話だったな」
「考え過ぎ、じゃない? ……だって、ねえ、柚葉さんは良い人でしょ
、来夢ちゃん」
だんだんと歯切れが悪くなる蒼士に悪いとは思いながらも、来夢は首を振った。
「良い人でも、なごりには逆らえないんです。私が聞いた話では柚葉さんは友達を止められなかっただけみたいですけど」
「柚葉さんが犯行を知っていて黙っていた……」
蒼士はよほどショックだったのか、流石に食べる手を止めて、ガクッと肩を落とす。
来夢の方はまだ手を止められずスリスリしながらも、されている司へ向き直る。
「そう言えば司さん。どうして、更衣室に犯人が来るって分かったんですか」
現れる前に司は【犯人が来る】と確かに言っていたのだ。
「来夢が高速ハイハイで逃げた後、俺は大会議室を出てきた柚葉の後をつけていた。挙動がきになってたんでな」
確かに、昼食時は元々誰かに連れて行かれた柚葉の後をつけていたのだと来夢も思い出す。
あの時は洗い物のなごりと柚葉を脅していた男性から逃げるので精一杯だったからすっかり忘れていた。
「それで、たまたま犯人と柚葉が更衣室に行くという話を小耳に挟んだ」
「じゃあ、最初から全部知っていたんですか」
「一緒に更衣室へ入った人物が犯人だと確信したのは来夢の話を聞いたいまだがな」
「あのメールは? 犯人が来るって言ってましたよね」
「推測だったが、当たったな」
「予想だったんですか! 私ビックリして頭ぶつけちゃったんですよ!」
「だが、緊張して微動だしなかっただろう。おかげで隠れているのもバレずに済んだ」
「それはそうですけど……」
なんだか、遊ばれているようで納得できなかったが、
「おい、どういうことだ!」
「こっちだ!」
「捜せ!」
廊下から騒がしい声と靴音が響いてくる。
それも一人や二人ではなく、大勢の動き回る音だ。
さらに、勢いよく部屋の扉が開いたかと思うと、
「柚葉は! 柚葉はどこだ!」
顔を真っ赤にして怒気を露わにした男性──柚葉を脅していた中田が現れるのだった。
初めて勝手に手が動いたのは、小学校4年生の時。
当時流行ったオモチャをクラスのみんなは持っているのに、響子だけが持っていなかったからだった。
今にしてみれば、それが本当に必要だったとは思わない。
くだらない流行り物だったし、子供向けにしては高額。
親にはみんなとは言いつつも、実際に持っていたのはクラスメイトの半数だったのも事実。
だが、当時の響子の仲の良い友達グループはみんながそれを手にしていて自分だけが持っていなかった。
話題についていけなかった。
「持ってないの?」
そう言われるだけで、とてつもない疎外感を覚えた。
気付けば友達は自分のいないところで楽しんでいる時間が増えていた。
響子のいない隙に、そっとその話で盛り上がり、遊ぶ約束をしていた。
誘われないのは持っていない哀れな子だと気を使われているのか、仲間外れにされているのか。どちらにしろ、その時初めて孤独を感じた。
大人に大げさだと言われればそれまでだが、当時の響子にとってそれはとてつもなく我慢のならないことだった。
友達がいなくなってしまう。そんな思いで頭はいっぱいになっていた。
日曜日。誰とも約束のない響子はふらりと家を出て、夕方帰宅した。
部屋に入ってベッドに体を投げ出した時、ポケットからぽとりと何かが落ちた。
それは紛れもない、とても欲しかったあのオモチャだった。
「……どうして?」
なぜそれがポケットに入っていたのか。まるで見当がつかなかった。
買った記憶はない。という以前にそんなお金、小学生の響子が持っているはずもなかった。お財布にある全財産は五百円玉が一枚と十円玉が数枚だったはずだ。
ならなぜ、それはここにあるのか……。
答えは簡単だった。
家に帰って冷静になれば、わかることだった。
欲しいという欲で満たされた頭が、響子に命令をくだしたのだ。
盗ってしまえ、と。
朝起きてから部屋に戻るまで、熱があるみたいに頭はぼーっとして、視界もずっと寝起きみたいに霞んでいた。
そんな中、ずっと頭はしゃべり続けていた。
〈盗ってしまえばいい〉
と。
それ以来、欲しいものができると、お金のあるなしに関わらず頭の中で声がするようになった。
盗めばいい。簡単なことだ、と。
確かに簡単だった。
細かい作業はけして得意ではなかったが、なぜか物を盗る時だけは指は滑らかに動き、意識は周りにいる人の気配を察知した。
勿論、それは悪いことだからしてはいけない。そういう気持ちもないわけではなかった。
だが、止めようとするとあの声が頭をぼーっとさせるのだ。
〈盗ってしまえ〉
何度も止めようと自分に言い聞かせた。
欲しいと思ってしまうと、体が、手が勝手に動いてしまうのだ。
〈簡単だ。盗れ〉
頭の命令のままに……。
そんな日々を送り続けていたある日、事件は起こった。
中学3年生になり、すっかり盗むことへの罪悪感が薄らいできた頃だった。
「私のお財布、どうしてあなたが持っているの?」
クラスメイトが驚きの声をあげた。
響子が鞄から教科書を出そうとした時、ポトリと落ちたブランド物の財布を見つめている。
これは先日、この子が新品の可愛い物だとみんなに見せびらかしていたのを見て、無償に欲しくなり盗んだ物だった。
「ねえ、どうして!」
盗む場面を見られた訳ではないが、決定的だった。
昨日の帰りがけ無くしたと騒いでいたのは周知の事実で、数名で教室内を探し回っていたのだ。
このクラスにそれを知らない人はいないだろう。
それなのに持っていて黙っているなんてありえない。わざと以外には。
みんなが何事かと集まってくる。
「財布あったのか!」
「誰かが盗んでたの?」
これは言い逃れができない。
そう思った時だった。
「あら、響子。それ昨日帰りに見つけた物よね」
言いながらみんなを押しのけて響子の前までやってきたのは、
「土御門、さん……」
頭が良くて性格は穏やか、おまけに美人。学校では有名人の土御門柚葉だった。
人気者で常に誰かに囲まれている存在だ。
そんな彼女が、挨拶以外まともに会話もしたことがない相手が、どういう訳か、親しげに声をかけてきた。
しかも、よくわからない内容で。
「このお財布、昨日の帰り道、薬局の前で拾った物でしょう」
「え?」
「あら、忘れんぼさんね。一緒に祐子のじゃないかって中を確認したじゃない。ポイントカードに名前があったから本人のだって。それで明日返しましょうって、ね」
言いながら財布を拾うと、柚葉は祐子に手渡した。
「自慢してたから誰かがいじわるしたのかもしれないわ。気をつけてね」
「あ、ありがとう……」
「中身はちゃんとあるかしら?」
「う、うん。お金もちゃんと入ってる」
「そう、よかったわ」
ここまでくると、場の空気は一変していた。
「あの、ありがとう。疑ってごめん」
財布を無くしていた祐子はお礼まで言うと、その場に集まっていたクラスメイトたちと解散していく。
そこまできてやっと気がついた。
なぜか、柚葉が庇ってくれたのだ。
どうして? そう思っていると柚葉に手を取られる。
「こっちへ」
逆らわずについて行くと空き教室へと連れてこられた。
誰もいない静まりかえった教室。そこで、
「泥棒さんはよくないわ」
開口一番、ズバリ言い当てられてしまう。
「なんで、知って──」
「見ていたから全部。盗むところを」
だからと言って責めるでもなく柚葉は、静かに続けた。
「なにか、理由があるのよね」
「へ?」
「こんなことする人にみえないもの、響子は」
その一言で、涙腺が崩壊していた。同時にいままで内に閉じこめていたものが、一人きりで抱え込んでいたものが一気に溢れてきた。
理解してくれるのかもしれない。
そう直感すると響子は、初めて嘘偽りなく自分が犯されている病気のような症状を話した。というよりは、考えるより先に口からどんどん流れ出てきた。
盗みを知っていて、自分を糾弾しなかった。ただ単純に悪いことだと否定のみで終わったりしなかった。
この人なら信じてくれるかもしれない。そう思えたから。
それ以来、柚葉は響子の一番の理解者になった。
悪いことは悪い。そう言いながらも、止められない盗みを理解してくれた。
だが、それもここまでだった。
十年近く続けてきた関係ももう終わる。
柚葉は止める選択をした。絶対に止められないと分かっているはずなのに……。
響子は小さく息を吐くと、階段を上がった。
目的地は警察署の6階。この場所で欲した最後の物を手に入れるためだ。
この街を出る前になんとしてもそれを手に入れたかった。
急ではあったが、準備もした。
響子に別れを告げた後、すぐに動いて。
目的を感づかれないため、各階で手早くたくさんの物を盗んでおいたのだ。
すでにあちこちで混乱が始まっている。大勢が自分の持ち物を探し回って騒ぎになっている。
おかげで、用もない6階に誰にも不審がられず来ることができた。
後は目的の部屋へ行き、それを盗るだけだった。
人気のない廊下を進み、最奥の扉の前まで来ると、持っていたポーチをグッと握りしめる。
頭の中では、最早聞き慣れたあの声が木霊している。
〈盗れ……盗ってしまえ〉
ゆっくりとドアノブを回す。
「なにか、ご用ですか?」
中には一人の人物がいた。
書類整理でもしていたのか、机越しに顔をあげる。
銀縁眼鏡に神経質そうな印象の男性。
「副署長……」
ここ浅草署随一のエリート、本城警視だ。
彼は響子の登場に不信感を覚えたのか、怪訝そうに眉根を寄せる。
「どうしてここへ?」
「実はお願いがありまして……どうしても欲しいものがあるんです」
「欲しいもの?」
「はい。──あなたの命です」
はっきりと言ってのけたのだが、本城は、
「なんの冗談です」
一層怪訝顔。
だが、
「本気です」
持っていたポーチからあるものを取り出すと、さすがに本城の顔つきが変わる。
「本物、ですね……」
下を混乱させた時、それに乗じて盗んでおいたのだ。署の保管庫から、本物の拳銃を。
「しかし、なぜ?」
ゆっくりと立ち上がり両手を上げながらも、本城の疑問はもっともだった。
響子と本城に直接の関わりなんてほとんどない。せいぜいが挨拶を交わす程度の仲だ。
けれど、響子にはあった。いやできたのだ。本城の命が欲しいとそう思ってしまった出来事が。
「あなた、柚葉にプロポーズしましたよね」
「なぜそれを!」
「本人から聞いたんです。どうしてそんなことを」
「? それは……もちろん好きになったからですが……それよりあなたは何故私の命を?」
「告白なんてしたからです!」
響子は銃口を本城の顔へ向けた。
「ちょっと待ってください。プロポーズをすると誰かに命を狙われるのですか。そんな理不尽な──」
「理不尽なんかじゃない! そのせいで柚葉は、あなたと、一緒になるために親友の私を裏切った! 十分な理由でしょ!」
「あなたを裏切った?」
「そうよ! プロポーズを受けてから柚葉はずっと悩んでいたわ。どうしようか。それはそうよね。泥棒の親友がエリート警察官の妻になんてなれるわけがない。少なくともそれを相手に隠して結婚できるほどあの子は曲がってはいない」
「泥棒の親友……」
本城は、まったく要点がつかめていないようだったが、響子は別にそれでもよかった。勢いで怒鳴ったが、説明する気があった訳でもない。
ただ、欲したものを盗めればそれでよかった。
〈簡単だ、盗ってしまえ〉
引き金に指をかけると、気持ちが楽になってくる。
意識は朦朧としてくるが、いつものこと。
欲しいと強く思った物を盗む時は、自分で止めることは到底出来ない。
〈盗れ〉
後はいつも通り囁くその声に身を委ねればいい……。
「──さようなら、柚葉」
ドン!
一発の銃声が室内に鳴り響いた。
だが、
「なんで……」
撃たれたはずの本城警視は、先ほどからと同様、机の向こうに両手を上げて立っていた。
拳銃を確かめると、銃口はなぜか上を向いている。いいや、向けさせられていた。
後ろから現れた人物によって。
「あなた……」
それは、響子もよく知る人物。柚葉の部下で気の良い性格の男性。
「ギリギリセーフ」
藤原蒼士だった。
「あぶなかったね~」
蒼士は、いつも通り屈託のない笑顔を見せると、入口にいた二人に顔を向けた。
「危うく俺を殺しかけたがな」
一人はかなりイケメンだが、目つきの悪い男性。初めて見たとき、その綺麗な顔立ちにドキッとしたから覚えている。蒼士に呼ばれてきたと言っていた男性だ。
男性は、おそらく銃口を反らした反動で撃たれたであろう彼の顔の横の壁に空いた穴を指さすと、やれやれといった体で息を吐く。
もう一人は、女の子。男性と一緒にいた可愛らしい子だ。
「司さん! いまは、蒼士さんに怒っている状況じゃないですよ」
彼女は男性を窘め、こちらへと近づいてきた。
そして、
「受付勤務の斉藤響子さん。もう、大丈夫です」
なぜか、名前を呼ぶと、空いた手を握ってくる。
まったく訳が分からなかった。
響子はいま本城警視を、人を殺そうとしていたはずだ。
止めに入ったということは、それがわかっているはず。
なのに、蒼士や女の子は、自分にとても好意的にすら見えた。
イケメンだが少し怖そうな男性ですら、
「おまえは物を盗むあやかし、百々目鬼のなごりもちだ」
意味深なセリフを吐いて、大丈夫だと言わんばかりに頷いている。
響子は一瞬、初めて柚葉に秘密を打ち明けた日のことを思い出していた。
なにも知らないはず。だけど、理解してくれる。この人たちは許してくれる。そんな気がした。
しかし、それは本当に一瞬だった。
〈盗れ!〉
頭の中ではまだあの声が、鳴り響いていた。
本城の無事を確認してから、ずっと頭の中で、
〈盗れ! 盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ!〉
次第に大きくなりながら木霊している。
この声には抗えない。
何度も抵抗を試みたことはある。だが、どれだけ強く反発しても、意識が遠のくだけで結果は同じだった。
今度も、気の良い知り合いや若い女の子相手ですら、自分の意志は勝てない。
響子は女の子の手を振り払い、蒼士に体当たりをすると、再び銃口を本城に向けていた。
「動かないで! お願い! 危ないからみんな動かないで!」
本城だって、本気で殺したいわけではない。
仕方がないのだ。この声には、この病気には逆らえない。
それが結論だった。
それなのに、
「ダメです!」
女の子が前に立ちはだかってしまう。
「撃たないでください!」
彼女は本城と響子の間に立って両手を広げた。
「なごりで我慢できないのはわかります。でも、人を殺すなんてダメです! しかもこれは勘違いなんです!」
「勘違い? なによ、それ──」
さっきの男性のセリフといい、何を知っているというのか。
響子の頭に疑問が湧くが、それもすぐにあの声にかき消されてしまう。
〈盗るんだ! 盗れ!〉
「柚葉さんは本城さんじゃなくて──」
「クッ……ど、どいて! 退きなさい!」
頭を抱えた響子は考えるのを諦め、少女を怒鳴っていた。
こうしている間にも指は引き金を引こうと力を込めていくから。
「ダメです!」
女の子の瞳には、強い決意が宿っている。
どうしてそんなに止めたいのだろうか。
ただの他人なのに……。
「お願い……逃げて……」
こんなに、声に抵抗したのはいつぶりだろう。
初めてオモチャを盗んだ時だろうか?
いいや……、はじめて柚葉に秘密を打ち明けた後だ。「悪いことは悪い……けど、自分ではどうにもできないこともあるわ」と、理解してくれ、受け入れてくれた柚葉のためだった。
「もう……限界」
視界が歪んでいく。
意識は自分であり自分ではなくなっていく。
遠くに銃声が聞こえる。
響子はそこで意識を手放していた。