それ以来、欲しいものができると、お金のあるなしに関わらず頭の中で声がするようになった。
盗めばいい。簡単なことだ、と。
確かに簡単だった。
細かい作業はけして得意ではなかったが、なぜか物を盗る時だけは指は滑らかに動き、意識は周りにいる人の気配を察知した。
勿論、それは悪いことだからしてはいけない。そういう気持ちもないわけではなかった。
だが、止めようとするとあの声が頭をぼーっとさせるのだ。
〈盗ってしまえ〉
何度も止めようと自分に言い聞かせた。
欲しいと思ってしまうと、体が、手が勝手に動いてしまうのだ。
〈簡単だ。盗れ〉
頭の命令のままに……。
そんな日々を送り続けていたある日、事件は起こった。
中学3年生になり、すっかり盗むことへの罪悪感が薄らいできた頃だった。
「私のお財布、どうしてあなたが持っているの?」
クラスメイトが驚きの声をあげた。
響子が鞄から教科書を出そうとした時、ポトリと落ちたブランド物の財布を見つめている。
これは先日、この子が新品の可愛い物だとみんなに見せびらかしていたのを見て、無償に欲しくなり盗んだ物だった。
「ねえ、どうして!」
盗む場面を見られた訳ではないが、決定的だった。
昨日の帰りがけ無くしたと騒いでいたのは周知の事実で、数名で教室内を探し回っていたのだ。
このクラスにそれを知らない人はいないだろう。
それなのに持っていて黙っているなんてありえない。わざと以外には。
みんなが何事かと集まってくる。
「財布あったのか!」
「誰かが盗んでたの?」
これは言い逃れができない。
そう思った時だった。
「あら、響子。それ昨日帰りに見つけた物よね」
言いながらみんなを押しのけて響子の前までやってきたのは、
「土御門、さん……」
頭が良くて性格は穏やか、おまけに美人。学校では有名人の土御門柚葉だった。
人気者で常に誰かに囲まれている存在だ。
そんな彼女が、挨拶以外まともに会話もしたことがない相手が、どういう訳か、親しげに声をかけてきた。