しかし、じいちゃんもじいちゃんで、驚く返事を言ってみせる。
「葵のことを? 好きになってくれていいよ」
「ちょっと、じいちゃん⁉︎」
相手はあやかしなんだけど⁉︎
仮に人間だったとしても、そんなあっさり引き渡す⁉︎
「いや、駄目なんだ。俺はあやかしだから、葵と口付けを交わしたら、葵の生気を奪ってしまう」
「うーん。でも東和君は、葵に無理矢理キスしたりはしないだろう? そうだ、葵の警衛を任されてくれるのなら、毎日野沢菜のおにぎりを作るよ」
「えっ、本当か⁉︎ 分かった、じゃあ俺、やるよ!」
「待て待て待て!」
どういう意味だ、それは!
私のことを好きにならないようにって一度は姿を消そうとまでしたくせに、まさかのおにぎりの方が大事なの⁉︎
「しょ、食欲に負けた訳じゃないぞ!」
私が睨んでいることに気が付いたらしい東和が、慌てた様子で右手を左右に振ってくる。
「でも、こんな状況になった今となっては、俺が葵を衛るという選択肢が一番良いと思わないか?」
だって、死にたくはないだろう? と東和が問い掛けてくる。
……確信に満ちた顔でそんな風に言われたら悔しいけれど、確かに、いつ死んだっていいと思っていた自分はもういない。
もっと生きたいし、もっと成長したい。
私が無言で頷くと、東和は満足そうに笑った。
「大丈夫だ。葵のことがどんなに愛しくなっても、キスは絶対にしないから」
真剣な眼差しで、照れる様子もなくそんなことを言ってくるから……私の方が恥ずかしくなってしまう。
「おや、葵。そんなに顔を赤くしてしまって」
じいちゃんにそう笑われ、思わずハッとする。
まだまだ、完全に素直にはなれないから、
「赤くなんてなってない!」
と、ぴしゃりと否定する。
顔に熱が集中しているから、顔が赤くなっているのは自分でもはっきりと分かるのだけれど。
そして、東和と視線を再び真っ直ぐに合わせ、
「護ってくれるのは有り難いけど、いざという時は自分のことを優先してよね」
そう伝えた。
「大丈夫だ。俺は千年も存在しているあやかしだからな。よっぽどのことがない限り、死なない」
「馬鹿! そういうこと言ってる奴に限って早死にするのよ!
……あやかしだって自分のことを優先的に考えていいんだから、私のことばかり気にしないでよね」
……照れ臭さを隠しながらそう告げると、東和はなぜか目を丸くさせ、驚いたような表情で私を見つめる。
「……どうしたの?」
まさか、私が珍しく素直になったからびっくりしているのか?
もし、そんな理由でそこまで驚いた表情をさせたとしたら、少し落ち込む。
「ああ、いや……。昔、姫からも全く同じことを言われたなと思って」
「え、そうなの?」
「ああ。姫が死ぬ直前にな。
……あの頃の俺は、まだ人間の言葉を話すことも出来ないあやかしだったが、きっと俺がいつまでも姫のことを引きずるだろうと心配して、そんな風に言ってくれたんだろう」
「そっか」
きっと、優しいお姫様だったんだろうな。
生きる時代が同じだったならば、私も会ってみたかった。
すると東和は、小さく口を開き、独り言を呟くかのような小さな声を発する。
「やっぱり、葵と姫は似ている。似ているというか……千年の時を経て、ようやく見つけた……」
「え?」
小さな声だったのでよく聞こえずに、聞き返すけれど、
「……いや、何でもない」
と返される。
そして。
「葵……。今度は、俺の命に代えても、お前のことを護るからな」
「今度は……? さっきも護ってもらったけど……」
「こっちの話だ」
「ふーん……って、私の言ったこと通じてる⁉︎ 命に代えなくてもいいの! 自分を大切にして!」
東和があまりにも分かっていないから、私は照れるのも忘れ、怒るようにきっぱりと言い放った。
ーーこれから先、どんなことが待ち受けているのか想像つかない。
きっと、恐ろしいこともあるだろう。
それでも、東和が側にいてくれるならきっと大丈夫……と思う自分がいる。
とは言え、東和は私のことを愛しく……想ってくれているらしいけど、私が東和のことを同じように想うことはきっとないとは思う……
だって、相手はあやかしだし……
私は人間だし……。
……そう思うのに、さっきから私の心臓、やけにうるさいのは、どうして?
とりあえず今は、東和が喜ぶおにぎりを、たまには私が握ってあげよう。
今日から東和は、私の命を護ってくれる、日向山神社のあやかし警衛ーー。
*End*