小さな稲荷の守狐のあかねは、春先からお尻がムズムズしていた。
 この感覚には覚えがある。新しい尾が生えてくる前触れだ。
 まあ、正確には『生える』と言うより『分かれる』に近いのだが、根元がむず痒くなるので、生えるというほうが近いとあかねは思っていた。

 百年生きてあやかしとなった狐の尾は、初めの百年は一本のまま。そのあとおよそ百年経つ毎に一本ずつ増えるので、齢四百を越えたあかねには、まもなく四本目が生えるはずである。
 九百歳で大妖『九尾の狐』に、そして千年生きたら『仙孤』として、仙郷への出入りが許されるようになるのだ。
 だけど、それはまだまだ先のこと。


「あかねー! あそぼうぜ」

 酒屋の勝一が境内にやってきた。
 先日、曾祖父が九十才の大往生を遂げたばかりなのに、元気なことだ。
 ご神木の一本杉に寄りかかって、お尻をもぞもぞさせていたら、勝一が心配して訊いてきた。

「なんだ、おまえ。かわやか? だいじょうぶ、オレ見てないから、そっちの草むらですませてこいよ」

 とたん、あかねの顔が真っ赤っかになった。

「なっ!? ば、馬鹿を言うでない!そんなのと、違うのだ」
「じゃあ、どうしたんだよ。ご神木に尻なんかむけたら、バチが当たるって、ひいじいちゃんが言ってたぞ」
「妾は平気なのじゃ」

 ぷいっと、あかねは赤い顔でそっぽを向くと、勝一は口をへの字に曲げた。

「あいかわらず、わけのわかんないことばっかり言うなぁ」
「ほっとけ」

 端から見れば、微笑ましく子どもがじゃれているようにしか見えないだろう。

 それからあかねは、勝一に誘われるがままに、木登りやら石蹴りやらと、遊びに付き合わされた。
 いいかげん日が傾いてきたので、勝一に家に帰るように言う。

「あかねは? おまえも早くかえれよ」
「うむ。妾も、もう疲れた。戻るとする」

 こんなに動き回ったのは、ずいぶん久し振りの気がする。さすがにヘトヘトに疲れていた。

「じゃあ、またな」

 手を振って鳥居の向こう側へ消えていく勝一を見送ると、あかねは重い足を引きずりながら本殿へと戻る。
 ふぅと一息吐いて白狐姿に戻り、ぶるぶるっと身体の埃を払い落とすと、背後に妙な違和感を感じた。
 ゆっくり首を後ろに巡らせてみれば、自慢のふさふさ尻尾が四本、ゆうらゆうらと揺れている。
 今日も一日、この町は平和だった。


【 あかねさまのしっぽ  完 】