重実は城にほど近い寺に向かっていた。小弥太はそこの小坊主なのだ。米俵のすり替えを指示したのが間違いなく大場だと、安芸津に知らせて貰おうと思ったのだが。

「旦那。ちょいとおれっち、そこに用が」

 寺に行く途中で、彦佐がとある一画を示して言った。粗末な長屋が並ぶ中の一画で、他の長屋より荒み、淫靡な雰囲気が漂っている。岡場所の中でも下のほうの店が集まっているらしい。

「あんなところに出入りしてんのか」

「おれらみてぇな貧乏人は、あそこが限界だ。旦那もどうだ?」

「言ったろ、おれには欲がねぇ」

 ため息交じりに言うと、彦佐は妙な顔で、しげしげと重実を見た。

「じじぃでもあるまいに、何言ってんだか。男が女を抱くのは、自然なことだぜ」

「……まぁ、普通の奴はそうなのかもな」

 重実は普通でないのだ。ちらりと狐が重実を見た。

「抹香臭ぇ寺に行くより、手っ取り早く極楽浄土に行けるってのによ」

 へへへ、と笑いながら、彦佐はいそいそと長屋のほうへと歩いて行く。初めの頃の怯えようが嘘のようだ。もっとも何事も起こらないので、すっかり忘れてしまっても仕方ないかもしれないが。

「先に帰っておくぞ」

 岡場所に行けば、そうそう出てこないだろう。悪くしたら夜通しということもあり得る。そんなものを待ってやるほど、重実は優しくないし、そんな義理もない。

「へへ。旦那も気が変わったら来てくだせぇよ」

 下卑た笑いを浮かべ、彦佐は軽い足取りで岡場所に消えていった。