それからしばらくは、幸せな時間が続いた。
五歳になった俺は、祖父の手を引いて空き地に向かって走っていく。
『爺ちゃん、早く早く! 一緒に野球しようよ、野球!』
『待て待て、爺ちゃんはそんなに速く走れん』
あぁ、こんな時もあったのか。
すっかり忘れていたが、小さい頃の俺は、祖父と出かけるのが大好きだった。
祖父は相変わらず怒ったような顔をしているが、俺がどんなワガママを言っても、いつだってどこにだって付き合ってくれた。
そして俺が十歳になり、鈴芽が生まれる。
祖父は俺が生まれた時と同じように、鈴芽のことも目に入れても痛くないほどにかわいがった。
場面が切り替わり、俺は父の部屋にいた。
『いいなぁ、お父さんの時計、格好いいなぁ』
俺は昔から懐中時計が大好きで、何度も羨ましいと口にしていた。時計そのものもかっこよかったけれど、胸ポケットから時折あの時計を取り出し、時間を確認する父の姿が俺にとって憧れだったのだと、今になって気がついた。
建築士だった父は、現場に出向くこともあったが、自宅の仕事部屋で机に向かい、ビルや住宅の設計図を描いていることも多かった。
仕事をしていた父はふと手を止めて俺を振り返り、にやりと微笑む。
『明良、これ、欲しいか?』
『えっ、くれるの!?』
思いがけない言葉に、子供の俺は瞳を輝かせる。
『いいぞ。じいちゃんから貰って、ずっとお父さんが持っていたけど、お兄ちゃんになった記念に明良にあげよう』
『本当!? 本当にいいの!? 嘘じゃない!?』
『あぁ。明良ももう十歳だからな。その代わり鈴芽のこと、守ってやってくれるか?』
『うん、俺、鈴芽のこと守るよ! かわいがる! いっぱい面倒見る!』
そう答えると、父は嬉しそうに微笑んだ。
『よし、それならこの時計は今日から明良のだ。いいか、なくさないように、なるべく肌身離さず持って、大切にするんだぞ?』
そう言った父の表情は、何かを決心したように、ひどく真剣だった。つられて小さな俺も、真面目な顔つきになる。
『分かった! 一生大切にする!』
そして時計は、父から俺へと渡る。
やがてまた、唐突に場面が移った。
十歳の俺は、公園に遊びに行こうと玄関から飛び出した。
その瞬間、家の目の前に立っていた男にぶつかった。その衝撃でポケットに入れていた懐中時計が、地面に落ちる。
その男の顔を見た瞬間、俺はかっと頭に血が昇り、腸(はらわた)が煮えくり返りそうになった。
「こいつ……!」