豊橋駅に着くと、俺は美緒を家まで送っていった。

「拓海くん疲れてるでしょ? わざわざ送ってくれなくても大丈夫なのに」
「いいんだよ、これくらい」
「ふうん。なんか嬉しいし」
「どういうこと?」
「まあ、いいでしょ、そんなこと」

彼女はいつになく上機嫌だった。
さっきの涙は跡はすっかり無くなり、カラッと晴れた笑顔だ。
彼女の家までの道のりを手を繋いで歩いていると、だんだんと疲れが出てきたような気がする。

「やっぱり疲れてるでしょ? 足取りが重い」

目ざとく見つけてくる。
やっぱり隠しきれなったか……。

やがて、彼女の家にたどり着く。
今日はお母さんは庭にはおらず、玄関先の花には既に水があげられていた。

「それじゃあ、拓海くん。お疲れ様。わざわざありがとう」
「うん。それじゃあな」

背を向けて歩き出す。
手には彼女の温もりが微かに残っていた。
その夜、父が慌てた様子で帰って来た。

「拓海、急げ」
「父さん、どうしたんだよ」
「とにかく……。母さんの陣痛が始まったらしい」

父の運転する車に揺られて、病院へと向かった。

「長谷川です」

父が伝えると、看護師さんは「こちらでお待ちください」と、俺たちを分娩室の前まで案内した。
ベンチに腰掛け、視線を上げると、扉の上のランプが灯っていた。
母はこの向こうで、痛みと戦っているのだろう。

「拓海」
「ん? 」
「今日、観に行ってやれなくて、ごめんな。お前の、高校生としての初戦だったのに……」

父は、本当に申し訳なさそうに、頭を下げてくる。

「別に、いいよ」
「……うん、ごめんな。拓海、おめでとう。東海大会でも頑張れよ。次は応援行くから」
「ああ、ありがとう」

途切れる。
夜の病院は異様に静かで、気味が悪いくらいだ。何か話さないと。
ふと、美緒の事を話そうかと思い立った。

「父さん」

躊躇う。どうやって言ったら良いのだろうか。
でも、こういうのは知ってもらわないとダメだよな。

「俺さ……カノジョ出来たんだ」

父は目を見開いて驚き、すぐに優しく、深い色の目をした。

「そうか。拓海も高校生、なんだもんな」

染み染みと言う。

「そういうのの1つくらい、あったって何らおかしくないよな」
「でさ、そいつ美緒っていうんだけど、とにかくスゲーんだ」
「? 」
~夕方・美緒の家の前にて~

『それじゃあ、また』
『うん』

背を向けて歩き出す。

『あ! 待って、拓海くん』

振り向く。

『ねぇ、あたしとお兄ちゃんを、全国大会に連れていってよ』
『はあ?? 』

一体何を言うんだ、と思った。
でも、真っ直ぐ見据えてくる彼女の目は、本気で俺を信じている目だった。

『あたしを照らす、太陽になってよ』

だから、

『分かった。約束する』

夕日に淡く染まった街の中で、誓った。

「いきなり『全国大会に連れていって』だってよ。全く、大層な約束しちまった」

俺の言葉に、父は声を上げて笑った。

「美緒ちゃんだっけ、カワイイな」
「何が」
「いいなぁ、青春だ。会ってみたいな」
「母さんが落ち着いたら、紹介するよ」
「……そうか、楽しみだな」

すると、扉の向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。2人同時に立ち上がる。

「無事、生まれました。2800グラムの女の子です」

中から出てきた医者が言う。

「おめでとうございます」

その一言を添えて、医者は去っていった。父と2人、喜びを噛み締めた。
莉央ちゃんと付き合い始めて、間も無く1ヶ月が経とうとしている。時間が経つと、特に1ヶ月を過ぎると冷めたり、今までと接し方が変わったりするらしい。
けど、俺たちは何ら変わる事もなく、いつも一緒に帰ったりしている。


「峻輝くん!」

いつものように正門で待っていると、遠くから呼ぶ声がした。彼女の周りにいる人たちは、一瞬チラッと俺の方を見てきて、「ああ」というような顔をする。
なんだかむず痒い心地だ。

彼女が歩いて距離を縮めてくる。

「お待たせ」
「いや、俺もさっき来たとこだから」
「そっか、じゃ帰ろ」
「ああ」

正門からしばらくは、この学校のほぼ全員の生徒が通るから、部活終わりのこの時間は大混雑だ。その流れに身を任せて、でも彼女とはぐれないように手を繋いで進んだ。

「ねえ、来年はインターハイ、行ってね」

莉央ちゃんがふと、そんな事を言った。
俺たちの剣道部は、先週の地方予選で敗退してしまったのだ。
3年生先輩はもう引退だけれど、俺にはあと2年ある。

「来年はどうかな。でも、絶対に行きたい」
「応援するよ」
「うん、ありがとう」
インターハイ予選という大きい試合が終わってしまい、部活はしばらくは基礎練習や体力づくりが主になるだろう。
他の試合もないから、休みも増えるんだろうなと思う。
それは隣を歩く莉央ちゃんも同じのようで、少しばかり寂しげな空気を漂わせている。

「部活、もうちょっとやりたいなあ」
「俺も」

彼女の言葉に、俺が応える。
付き合って1ヶ月も経つと、さすがにぎこちなさとかは無くなって、こうして自然な感じで繋げられるようになる。

「でも、そのおかげでいつも峻輝くんと帰れる訳だよね」
「まあな」
「だったら悪くないかも」
「そう?」
「うん」
「確かにね。部活を目一杯してるとなかなか帰る時間合わないし」
「そうそう」

視線を彼女に向けると、こちらに顔を上げてきて目が合う。
なんかちょっと照れ臭い。

こうも毎日2人で歩いていると、学校内で“あの2人は付き合っている”というのが周知の事実となる。そうなると、冷やかしてくるやつもいるけれど、俺は彼女と居られるならそれでいいと思った。

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