R棟の正面脇に設置された駐車スペースへ車を停め、全員で外へ出る。

 長身女装子の(たまき)さん。
 イケメン男子、(あまね)くん。
 JK制服の花音(かのん)
 山ガールの手嶋さん。
 そして、早朝ゴミ出しルックの私……。

 相変わらず統一感のない五人だけど、ここなら外界のように一般人の目もないし、気にしないことにしよう。
 二十台分ほどの駐車スペースのうち、車両が停められているのは環さんのミニバンを含めても五、六台分。
 他の研究棟の様子と比べるとだいぶスカスカだ。
 花音が、R棟を覆い隠すように広がる、屋上の建造物を見上げて口を開く。

「このバラバラアンテナ、見たことある、あたし!」
パラボラ(・・・・)アンテナね」
「プールの滑り台から見るたびにさ、なんだろうなぁ、って思ってたんだよね」

 この研究施設があるのは海浜公園でも比較的北西寄りだ。
 海浜公園内には、他にもキャンプ場や博物館、アスレッチクなどさまざまな施設があり、市民の憩いの場となっている。

 花音が言っているのは、ここからは数キロ離れているが、公園の南東端にある〝海浜プール〟と呼ばれる遊泳施設のことだろう。
 流れるプールや巨大なスライダーなど多くの遊泳アトラクションがある大型施設で、夏場は市民を中心に多くの人で賑わう人気レジャースポットだ。

 研究棟はどれも平屋造りのため、少し離れれば防風林の中にすっぽりと隠れてしまうが、R棟の巨大なパラボラアンテナだけは隠しようがない。

「ほら、中学の時に見学にいった……なんだっけ? 宇宙のあれ……ジャックス?」
「ああ、JAXA(ジャクサ)の宇宙通信所のこと?」
「そうそう! あそこのアンテナ思い出すよ。勝浦市だったっけ?」
 
 感心しながらR棟を仰ぎ見る花音のポニーテールが、やや強い海風にフワフワと弄ばれる。
 その隣りで手嶋さんも、飛ばされないようにキャップを押さえながら巨大なアンテナの傘に目を細め――

「私も、冬休みのオーストラリア旅行で見たパークス天文台を思いだしました」
「へぇー……」

 手嶋さんの横顔を流し見る花音。

「ユッキーのさ、そのちょいちょい出てくる海外ネタって、自慢?」
「え? なんで海外が自慢になるんですか?」
「いや、べつに……違うならいいんだけど……」

 花音が私に近づいて、そっと耳打ちをしてくる。

「なんかさ、ユッキーが中学時代にクラスメイトと上手くいかなかったのって、他にも原因があるような気がしてきた……」
「他?」
「ん~、なんていうかこう……庶民の気持ちが分かってない、っていうか……」
「庶民って……。いいじゃない、海外の話くらい。一般家庭だって行くでしょ」
「いや、いいんだよそれは……それはいいんだけど、わざわざ勝浦のあとに、オーストラリアを被せてくるかな?」

 ちっさ! (うつわ)、ちっさ!

「ただの会話のキャッチボールでしょ!」
「ドッヂボールだよ! あれじゃ、せかっくのあたしの博識トークが全部オーストラリアに持ってかれるじゃん」
「博識って……ジャックスがよく言うよ……」

 そのままみんなでR棟の正面玄関前まで移動。そこからは(あまね)くんが先頭に立ち、入口の回転ドアを回す。
 R棟に出入りするほぼ全ての職員が、(たまき)さんや周くんはもちろん、私の容姿・素性まで把握している。

 ただ、基地内でフリーダムな状態が保障されているのはあくまでも、飛鳥井家の正当な後継者である周くんと共に行動していてこそ、だ。
 施設に出入りしたり責任者や職員と面会したり、といった際には、周くんを前面に立てている方がお互いのため(・・・・・・)にもなる。

「環さんってさ、実家を勘当されてるんだよね? それって、縁を切るとか、そういった意味よね?」

 R棟内に入ってすぐ、花音が小声で訊ねてきた。

「そうね」
「それなのに、本家の息のかかったこういう施設に、堂々と出入りしちゃったりしていいわけ?」
「まあ、あまねくんの〝誰の入所を許可するか〟って権限は完全に保証されてるからね。あまねくんの人選についてあれこれ言う人は、ここにはいないよ」
「ふ~ん……でもさ、誰か告げ口したりとか、そういう人もいないのかな?」
「ん―……、いないと思うわよ、多分」

 正確に言えば、いてもいなくてもそれはあまり関係がない。
 密告者の有無に関わらず、研究所の人の出入りを把握するぐらい、飛鳥井本家にとっては造作もないことだろう。

 しかし、R棟(ここ)で行われているオペレーションの実験データを得るためには環さんの能力が必要不可欠……それは本家も承知している。
 環さんがここに出入りしていることは本家も黙認しているとみて間違いない。
 勘当した相手に、大っぴらに実験への協力依頼を求めるわけにはいかないが、代わりに周くんに人選を一任しているというのは……つまり、そういうことだ。

「おお! 今日はなにやら賑やかデスねぇ!」

 玄関ホールの奥に設けられたフェンスの向こう側から、男性の声が響く。
 ビリー・(れん)・ベレンソン。飛び級でスタンフォード大学工学部を卒業した天才にして、現在はR棟特殊研究室の副主任。
 日本人の母とアメリカ人の父を持つハーフで、栗色のくせっ毛と白い歯が素敵な、若干二十五歳の超イケメン眼鏡男子。
 そして……私が今、もっとも苦手とする(・・・・・)男性だ。

 気がつけば、今まで隣にいたはずの花音が、フラフラとビリーの方へ歩み寄っていくのが見える。
 さっそく、花音(ビッチ)センサー発動かよ!
 コラコラ!と、後ろから慌てて花音のゆるふわポニーテールを引っ掴む。

「イタタタタ! な、なにすんのよ咲々芽(ささめ)!」
「花音こそ、なにフラフラしてんのよ!? まだ勝手に離れないで」
「なに言ってんのよ! ずっと隣にいたじゃん!」

 こ……花音(こいつ)、今の動き、無意識なの……?