「どうぞ……」
私たち――手嶋さん以外の四人で琢磨くんの部屋から退出すると、ほどなく隣室のドアが開いて手嶋さんが顔を覘かせた。
「少し散らかっていますけど……」
そう言いながら、ゆっくりとドアを押し開く。
「うわ! おっしゃれ――っ!」
真っ先に部屋へ入った花音の声が室内から聞こえてきた。
続いて、私、環さん、周くんも順に中へ。
いかにも女子高生……といった、いわゆるガーリーな内装ではないだろうと予想はしていたけど――。
なるほど、確かにお洒落!
DIY風の調度品が配された洒脱な色調ながら、地味でもない……まるでインテリア雑誌にでも紹介されていそうな洒落た室内だ。
広さは、琢磨くんの部屋と同じ八畳ほど。
中央には、部屋を左右に間仕切りするように大きな白い書棚が置かれ、向かって右側がベッドスペース、左側がスタディルームに区分けされている。
ベッド側に向いた書棚の背面に、ピタリと付くように置かれた机の上には、電気スタンドと木製のレターケース、ノートパソコンなどが見える。
高い天井から室内を照らしている蛍光灯とは別に、ベッドスペースとスタディルームに吊るされた裸電球が、優しく室内を彩っている。
「ユッキーのことだからもっと地味かと思ってたよぉ……」
失礼な感想だけど、花音と同じ先入観を持っていた私も、思いもよらなかったモダンな室内に思わず仕事を忘れてみとれる。
「室内を、拝見しても?」
という環さんの問いに小さく頷きながら「そちらです」と、手嶋さんが右の掌で机の方を指し示す。
琢磨くんの部屋は確かに左側だけど……。
環さんが向かったのは右側のベッドスペース。
「え? あ、あの……」
戸惑ったような手嶋さんの声が環さんの背中を追いかける。
が、そんな彼女の言葉に気を留めることもなく……あるいは、聞こえないふりをして? ベッドを背に立ち止まると、書棚の中を眺める環さん。
腕を組み、背表紙を順に目で追いながら、右手の人差し指で唇を抑える。
昔からよく見せる……思考のピースを弄びながら、頭の中でゆっくりと組み立てているときの、彼の独特のポーズ。
「うわぁ~、本がいっぱい!」
環さんの隣に歩み寄った花音も、書棚を眺めて感嘆の声を上げる。
「これ、何冊くらいあるの?」
「そこには……三百冊くらい、かな?」
「三百!! ユッキーはあれだね……本の虫だね!」
小学生レベルの慣用句を使った程度で、ドヤ顔を見せる花音。
三百冊という数に興味が湧いて、私も環さんの隣で一緒に書棚を眺める。
太宰や芥川といった文豪作品から最近の小説やライトノベル、さらには実用書の類までジャンルはバラバラだ。
「これ全部……手嶋さんが読んだの?」
「え、ええ、一応……。書庫にあった親の本なんかもありますけど」
そう言いながら手嶋さんも、書棚の前にきて私の横に立つ。
しょこ? と、聞き慣れない上流階級の単語に小首を傾げながらも、再び口を開く花音。
「ユッキー、よく本なんか読む時間あるよね」
「テレビも見ないし、ネットもあまりやらないし……」
「あたしなんて毎日、友達とメッセしてるだけで時間なくなるよ。あれほんと、時間ドロボーだわ」
「私は……友達もいないから」
「だからって、代わりに三百冊って……。友達三百人ならすごいけど」
いや、本でもすごいよ。
「あ……雪実さん、ちょっと、そこ、いい?」
環さんが、手嶋さんの影に隠れていた辺りの本を見ようとして声をかける。
「え? ああ、はい……」
おずおずと身体をどかした手嶋さんの横から、一冊の参考書を取り出す環さん。
タイトルは……『小説を書くための基礎メソッド』?
環さんが引き抜いた付近に目をやると、似たような種類の参考書が何冊も並んでいる。
『小説を書く前に読みたい作品10選』
『ライトノベルの書き方講座』
『読者を楽しませるテクニック』
et cetera……。
他にも参考書や実用書の類はあるけど、明らかに執筆指南系のタイトルだけが群を抜いて多い。
「ユッキー、小説なんて書くの?」
花音も、環さんの手に取った本を覗き込みながら訊ねる。
チラッと私の目にも入ってきたページには、ピンクや黄色の蛍光ペンでびっしりと線が引かれていたようにも見えたけど――。
う、ううん! と、手嶋さんが慌てて首を左右に振る。
「それはたまたま、書庫にあった親の本を持ってきただけで……ちょっと面白そうかな、って思って……」
それだけで、こんなに沢山、同じような本を持ってくるかな?
さっきの蛍光ラインだって鮮やかな発色に見えたし、まだ引かれてからそれほど期間は空いていないように見えたけど……。
「でもさっき、全部読んだって言ってなかった?」と、花音にしては鋭い質問。
「う、うん、小説なんかはね。参考書や実用書は別だよ」
「ふぅん……。お父さんかお母さん、昔、小説家でも目指してたの?」
「あ、うん……そうみたい……」
私も、適当な一冊を手に取ってみる。
『ハリウッド脚本術 – 三部構成の基本と応用』――これも間違いなく執筆関係の参考書だよね。
何気なく、パラパラとページを捲ってみると、本に挟んであったらしい何かのメモがハラリと床に落ちた。
四つ折にされたA4サイズのルーズリーフ。
環さんが、足元に落ちた紙を拾って広げた次の瞬間――
「そ、それは! 違うんです!」と、大きな声を上げた手嶋さんが、環さんの手元から用紙を引ったくるように取り上げる。
これまでの、どちらかと言えばゆったりとした彼女の動きからは思いもよらない素早い動き。
赤いアンダーリムの眼鏡が斜めにずれるほどの勢いに、私も花音も一瞬呆気にとられたが……。
環さんは、いつもと変わらない落ち着いた様子で手嶋さんに向き直る。
「雪実さん、それって……」
「雪実さん、それって、もしかして小説のプロット?」
手嶋さんが胸の前で、両手で隠すように握り締めたルーズリーフに目をやりながら、環さんが落ち着いた口調で訊ねる。
環さんが広げた瞬間、私の視界にもチラッと入ってきたその紙には、線や矢印で繋がれた楕円や菱形などの図形が見えた気がした。
以前、周くんがパソコンでプログラムを組むときに書いていたメモの形状に似ている。
たしかあれって……フローチャートってやつよね!?
少しの間、俯いて考えを巡らせているような様子の手嶋さんだったが、やがて覚悟を決めたようにフッと息を吐くと、ずれた眼鏡の位置をなおして口を開く。
「プロット……というほどのものでもないですけど、物語の大枠というか……おおまかな構成を考えていた時のメモです」
「なになに? ユッキー、小説なんて書いてんの!?」
環さんの向こう側から、手嶋さんを方を覗き込むように花音が訊ねる。
「あ、うん、その、書いてるっていうか……」
「すっごいじゃん!」
「……え?」
「だって、小説なんてあたし、読むものだとばっかり思ってたから。書く人がいるなんて思わなかったよ! もうあれだね、ユッキーは本の亡者だね!」
また得意気に鼻の穴を大きくする花音だが、その慣用句は初めて聞いた。
「も……亡者……」
「あ、気にしなくていいよ。たぶんあれ、褒め言葉だから」という私の説明に、少し戸惑いながらも「う、うん」と頷く手嶋さん。
「でもさぁ……」
腑に落ちない様子で小首を傾げる花音。
「なんで小説のこと、隠そうとしてたの?」
「え? いや、別に……隠そうとした、ってわけじゃ……」
「いや! あれは絶対隠そうとしてたよ! ねえ咲々芽!?」
私に振るなよ。
「ど、どうかな……まあ、そう言われればそんな風に見えなくもなかったけど……」
「隠そうとしたわけじゃないんだけど……小説書くなんて、なんか、イメージが暗いっていうか……」と、俯き加減でポツリポツリと手嶋さんが答える。
「なにいってんのよ! 大丈夫だよユッキー。小説を書こうが書くまいが、ユッキー、普通に暗いんだから気にすることないって。ねえ咲々芽!?」
だから私に振るなって。
っていうか、普通に暗いって……もっと酷いこと言ってない!?
「ま、まあ、暗いかどうかはさておいて、凄いと思うよ、小説なんて」
「……凄い?」
私の言葉に、手嶋さんが、足元へ落としていた視線をわずかに上げる。
「うんうん。だって、物語なんて私、全然思いつかないし……文章だって、なんだろ……小学生の作文みたいなのしか書けないもん……」
「ああ―……、咲々芽の作文はほんと読みづらいからねぇ」
小学生にも失礼だよ、と、花音が口を挟んでくる。
「ん? 花音に作文なんて見せたことあったっけ?」
「いっつも見てるじゃん、メッセで」
「メッセンジャーは作文じゃないよ! それに内容だって……ふ、普通でしょ?」
「普通じゃないよ。怒ってるときにイカのスタンプとか、センスおかしい」
「文章と関係ないしっ! ……っていうかあれ、タコだし!」
「どっちにしろおかしいってば」
「……私、友だちとうまくいってなかったんです」
脱線していく私と花音の会話に気付いていないかのように、焦点の合わない瞳でボーッと書棚を眺めながら、手嶋さんがポツリと呟いた。
「……え?」異口同音に聞き返す私と花音。
「中学校の頃。クラスでうまくいってなかった……というか、小説で関係を壊しちゃったっていうか……」
突然の手嶋さんのカミングアウトに、私も花音も――いや、環さんや周くんも、手嶋さんの次の言葉を待つように口を噤み、静に彼女を眺める。
◇
(あ――……どうして気付かなかったんだろ……)
歩道橋の階段を小走りで駆け上りながら、心の中で呟く雪実。
もう、先ほどから同じ言葉で何度も反芻している自問自答だ。
階段を上りきって橋板の上に立つと、国道を挟んで反対側にあるN第一中学校のグラウンドを見下ろすことができた。
まだ時間は午後四時過ぎ。部活動に励んでいる生徒たちの影が、グラウンドのあちこちで点々と動いている。
陸上部に所属している友達の顔を思い浮かべながら、あそこに見えるうちの何人かは自分のクラスメイトなんだろうな……と、少しだけ胸を撫で下ろす雪実。
少なくとも、部活動に参加している友人はまちがいなく教室にはいない。
今の彼女にとって、教室内に残っている生徒が確実に減っている……という証がそのまま、安堵の理由になっている。
橋板を小走りで渡り切ると、反対側の階段も急ぎ足で下りながら、一時間前――五限のホームルームのことを思い出していた――。
「それでは投票の結果、三年三組の文化祭の出し物はシンデレラのアレンジ演劇に決まりましたぁ」
学級委員の男子生徒が黒板に引かれた正の字をみながら述べると、パチ、パチと、まばらな拍手が教室内に響く。
「それでは続いて、脚本係りについて決めたいと思います。まず――」
立候補ありませんかぁ?……という学級委員の声をぼんやりと聞きながら、〝シンデレラ〟と書かれた黒板を眺める雪実。
アレンジ演劇――いわゆる、童話や古典をアレンジして演じるという出し物だ。
シンデレラは言わずと知れた、誰もが知っている超メジャーなグリム童話だ。しかし、演技力も底辺以下の中学生が演じたところでお寒い出し物になるだけだろう。
(原作だと、シンデレラの姉たちは最後に目玉をくり抜かれるのよね……)
と、原作童話についてまとめた本の内容を思い出すが、中学生の演劇でさすがにそんな残酷描写を取り入れるわけにもいかない。
原作の舞台となる十九世紀中ごろのフランス風王宮という設定では、衣装の問題もでてくるだろう。
(やっぱり、学園物にアレンジするのが一番無難かなぁ……)
ぼんやりそんなことを考えていると、不意に自分の名を呼ぶ学級委員の声に驚き、びくんと肩を弾ませる雪実。
(な……なに!?)
気が付くと、黒板にはクラスメイトの男子と女子一人ずつの名前。……と一緒に、雪実の名前が書き出されていた。
「では、脚本係は中村俊くん、林美和子さん、手嶋雪実さんの三人でいいですか?」
パチ、パチ、パチ……と、再び教室内に響く、まばらな拍手。
妄想の旅に出ている最中に、いつのまにか誰かの推薦を受けていたらしいと気付く。
(ええ? ……私が、脚本!? なんで!?)
(ええ? ……私が、脚本!? なんで!?)
これまで、クラスではまったく目立たない存在だった雪実。
中学三年生の、このクラスだけの話ではない。一、二年でもずっとそうだった。
もちろん、こういった催し物で重要な役割を担った経験も皆無。
成績も優秀ではあったが、それでも学年で十~二十位辺りが定位置。特別に注目を浴びるような順位でもない。
ちょっと頭の良い地味な子――。
雪実について最も詳しく知っているクラスメイトでさえ、彼女の印象を問われればその程度しか答えられないだろう。
今日まで、目立たず、教室内では空気のような存在として過ごしてきたのだ。
ただ、雪実本人も、とくにそれを居心地が悪いと感じたことはなかった。
もともと人付き合いが苦手で、可能な限り他人と関わらず存在感を消すように努めてきたのもまた、雪実自身なのだから……。
(どういう経緯で、脚本係なんて大役が私に?)
その疑問は、ホームルーム後、同じ脚本係に選らばれていた中村俊の言葉で解消された。
「いやぁ……悪いねぇ、手嶋さん!」
帰り支度を整えたあと、右手を軽く上げながら雪実の方へ近づいてくる俊。その後ろに付き従うように、林美和子の姿も見える。
「悪い? ……な、なにが?」
「いや、俺が他薦なんてしたから手嶋さんも面倒なことになっちゃって……って、もしかして手嶋さん、実はやりたかった感じ!?」
ブンブン、と雪実が慌てて首を左右に振る。
(そうか……中村くんの推薦のせいでこんなことになってるのか。でも――)
「なんで?」
「ほら……俺たちって、ちょっと成績がいまいちじゃん?」
そう言って、自分と美和子を交互に指差す俊。
二人がカップルであることはクラス公認の事実だ。ちょっとお調子者の俊に、おっとり天燃系の美和子。
だいぶ性格は違うが、二人ともあまり成績が良くないということは雪実もなんとなく知っていた。
特に俊に関しては、テスト返却のたびに「また赤点だぁ~」と、おどけるように吹聴している姿を何度も目にしていた。
雪実たちが通っているN第一中学校は、公立ながら中高一貫システムを導入しており、そのぶん受験の倍率も偏差値も高めだ。
高校進学に当たっては、さらに上のランクを目指して外部受験を選択する生徒もいるが、基本的にはそのままN第一高校へ内部進学する生徒が圧倒的に多い。
俊と美和子も内部コースのはずで、基本的には受験の心配もないはずだ。
ただし、成績が進学基準をあまりにも大きく下回るという理由で、内部進学すら諦めざるを得ない生徒も毎年何人かはいる。
そして恐らく、俊はそうした心配をする必要がありそうなレベルだと思われた。
「う……う―ん……そうなの?」と、曖昧に答える雪実。成績の悪さに同意を求められて、素直に肯定することも憚られる。
「そうなんだよ……。去年くらいから、このままの成績では進学に問題がある、なんて担任に脅されててさあ」
それ多分、脅しじゃないと思うなぁ……と、俊の左腕をつねるような仕草を見せる美和子。
「そ、そうなんだ……。大変だね……」
「でさ! 内申点だけでも稼いでおこうと思って、とりあえず脚本係に立候補したんだけど……」
(なるほど。……でも、内部進学で内申点の上積みなんて意味あるのかしら)
「たださ、俺たち、脚本なんて書いたことないじゃん?」
「じゃん、って言われても……私だってそんなの――」
そう言いかけた雪実の言葉に被せるように、なおも俊が言葉を繋げる。
「でもほら、手嶋さんって、そういうの得意っしょ?」
俊に問われて、雪実の心臓がドキリと音を立てる。
(まさか……趣味で小説を書いてること、バレてる!? いや、でも……)
小説投稿サイトへの登録は、当然本名ではない。〝スノーベリー〟というペンネームからすぐに雪実を連想することも、まずあり得ないだろう。
「ほら……なんか、休み時間によく本を読んだりしてるじゃん?」
「よ、読むのと書くのでは、全然……」
そう答えながら、しかし、俊の言葉に雪実もホッと安堵の溜息をつく。
小説執筆のことは、まだ親にも話してない秘密の趣味だし、もちろん、学校でも人に話したことはない。
「まあ、とにかくさ、脚本なんて言ったって俺らじゃ雲を掴むような話だし……ほら、なんつぅんだっけ……。物語の大雑把な、あらすじみたいなやつ……」
「……プロット?」
「そう、それそれ! そんな感じのやつ、とりあえず手嶋さんの方で作ってくんないかなぁ? そういう原案があれば、俺らもいろいろ意見出せると思うし」
とりあえず脚本がなければ他の係も配役も決められない。一週間後のホームルームまでにそれを仕上げる、というのが脚本係に課せられた当面の仕事らしい。
学園物にアレンジしたシンデレラかぁ……と、ホームルーム中に考えていた妄想に思いを巡らせかけたとき、続く俊の言葉に再び冷水を浴びせかけられる。
「昼休みとかよく、ノートに何か書いてるでしょ、手嶋さん?」
(バレてた!)
今まで、自分は空気のような存在だと思いこんでいた雪実だったが、そんな彼女のことを見ていた人物もいたことに愕然とした。
自分の存在感の薄さに安心して、ついつい油断していた場面があったのではないかと急に不安になってくる。
「本読みながらのこともあるみたいだし……内容とかメモしてんの? よく分かんないけど、そういうことしてるくらいなら書く方だって結構得意なんじゃない?」
一瞬、跳ね上がった雪実の心拍数が、ゆっくりと元に戻ってゆく。
メモの内容まではバレていないと分かったからだ。しかし――。
(もしあのメモ帳のことがバレたら……もうこの教室にはいられない!)
「わ、わかった……。とりあえず、明日までに、書いてくる」
そう言って、自分のスクールバッグを肩にかけると、慌てて席を立つ雪実。とにかく今は、早く一人になって落ち着きたかった。
「そっかぁ―! いやほんと、助かるよ!」
「じゃあ、私は、これで……」
「ああ、そうそう、脚本用のノートとか、買うっしょ? 書いてもらうだけじゃ悪いしノート代くらいは俺らが出すよ」
そう言って俊が、雪実の後ろからスクールバッグのショルダーベルトを掴む。
「離して!!」
ほとんど無意識だった。
雪実自身も驚くほどの勢いで、俊の手を振りほどこうと顧みる。
「うわっ!」
予想もしていなかった激しい反応に、雪実の鞄を掴んだままバランスを崩す俊。
「しゅ、俊くん!」
差し伸べられた美和子の手を、俊も咄嗟に掴んでなんとか転倒は免れたが、その代わり、自分と雪実の鞄を足元に放り投げてしまっていた。
「ご……ごめんなさい!」と、慌てて頭を下げる雪実。
「い、いや……こっちこそ、急に掴んだりして……ご、ごめん……」
俊が呆気にとられたような表情で雪実のバッグを拾い、差し出す。
「の、ノートとか……いっぱい余ってるから……大丈夫だから!」
そう言いながら、ひったくるように俊の手から鞄を受け取ると、雪実は急いで教室をあとにした。
◇
「うふぁ――……ん」
雪実の話を聞きながら、花音が間抜けな声を上げる。
「な……なによ、その声?」
「なんかさ……咲々芽もだいたい予想つくでしょ? このあとの展開……」
「そ、そう?」
「ベタすぎだよ。見られちゃいけないメモ、床に落とした二人の鞄、そのあと訪れるクラスメイトとの不和……ここまで伏線張られたらねぇ」
「いやこれ、手嶋さんの中学時代の話だからね? 小説じゃあるまいし、伏線張りながら話してるわけじゃないでしょ!?」
このあとの展開、かあ……。
確かに、なんとなく予想はできるけど、ここまで聞いて、もういいというわけにもいかないよね。
なにげに手嶋さんも、すっかり打ち明けモードに入ってる様子だし。
私たち四人は、再び黙って、手嶋さんの次の言葉を待った。
雪実がそれに気が付いたのは、学校を出て十五分ほど歩いた……すでに自宅まであと数分という場所まで来たときだった。
コンビニエンスストアに寄るため、財布を取り出そうとファスナーの引き手を摘んだときにようやく、違和感に気付いてハッと鞄を見直す。
自分のものより明らかに年季が入っているし、淵汚れも目立つ。
なにより、プラーに吊り下げてあった雪実のネームプレートも見当たらない。
鞄を回転させて反対側を見ると、黒い油性マジックで〝SYUN NAKAMURA〟と書かれていた。
一瞬、軽い眩暈を覚えるも、すぐに状況を把握して踵を返す。
(中村くんが落としたとき、私の鞄と入れ替わっちゃったんだ!)
学校指定のスクールバッグなのでデザインは一緒だ。しかし、冷静になってみれば、重さも、脇に当たる感覚も微妙に違う。
普段であれば、肩に掛ければすぐに違和感を感じたはずだ。
ここに来るまでそれに気が付かなかったのは、例のメモ帳の事を指摘され、自分で思っていた以上に動揺していたということだろう。
学校まで五分ほどで駆け戻り、息を整える間もなく中等部の生徒用玄関へ。
靴を脱ぐと、一旦しゃがむのもものどかしいといった様子で、上履きの踵を踏んだままスノコから玄関廊下へ駆け上がる。
五限の授業が終わってすでに三十分以上が経っている。
アリーナから聞こえてくる、バスケ部やバレー部員たちの甲高い掛け声が人気のないウレタンの廊下に響く。
小走りで階段を駆け上る雪実の後を、パタパタと乾いた足音だけが追いかけてきた。汗ばんだ顔から、眼鏡が何度もずり落ちそうになる。
(中村くん……もう……帰っちゃったかな……)
中村俊の自宅は別方向だが、林美和子は途中まで雪実と同方向だ。
二人が一緒に帰る姿を雪実も何度か見かけていたし、放課後はいつも、俊が美和子を自宅まで送っているのだろうと思われた。
雪実が学校に戻るまでの間、俊も、美和子の姿も見なかった。となれば――
(まだ、二人とも学校にいる可能性が高い!)
そう自分に言い聞かせながら二階を過ぎ、さらに三階へ続く階段を駆け上る雪実。
中学生の雪実にとって、自作小説の題材にできそうな実体験などたかが知れている。自宅、塾、学校――行動範囲は限定的だ。
しかし、考え方を変えれば現役中学生だからこそ書ける内容もきっとあるはず。
そう考えて、キャラ作りのために教室の隅から人間観察をすることが、雪実の密かな日課となっていた。
ある生徒の外見、性格はもちろん、口調、交友関係、部活や家庭環境、そして雪実が抱いている印象まで、知り得る情報はすべて専用のメモ帳に記していた。
執筆用の資料なので、多少の脚色や追加設定が入ることもある。
もちろん、万が一に備えて実名は書いていない。しかし……。
中には本名を多少捩っただけで済ませていたり、情報が特有過ぎて、見る人が見れば誰のことを書いているのか分かってしまいそうな内容もあった。
書きこむのは大抵昼休み。
給食のあと、屋上のベンチで、知り合いをモチーフにしたキャラ作りや小説のプロットを考えるのが雪実の密かな楽しみだった。
こんなメモが見られたら大変なことになるな……と、漠然とした懸念を抱きながらも、存在感の薄さを過信して油断していた自分を省みる雪実。
(メモなんてスマホにでも付けて、まとめるのは家に戻ってからでもよかったのに)
あんな爆弾を毎日持ち歩いていた自分の迂闊さを悔やみながら、ようやく、三階にある三年三組の教室の前に辿り着く。
直後、閉じられた引き戸の向こうから聞こえてくる生徒の笑い声。
この声は――
(中村くん!? よかった……まだ残ってったんだ……)
雪実の、乱れた呼吸の中に安堵の吐息が混じる。
何人か、他のクラスメイトと集まって談笑をしている気配は窺えるが、とくに険悪な雰囲気というのは感じられない。
(この様子ならまだ、鞄が間違っていることにも気付いていないかも……)
一刻も早く自分の鞄を取り戻したい一心で、ボサボサに乱れた髪を直すことも忘れて教室のドアを開けた。
すぐに、教室の一角で集まっている五~六人の生徒の一団に目が留まる。
彼らの中心、一番前の窓側の席に林美和子が腰かけ、隣の席に座っている中村俊の手元を覗き込むように身を乗り出している。
教室のドアを開けた直後、俊と美和子、そして、その周りに集まっていた数人の生徒の視線が、一斉に雪実へと集まった。
小説などでたまに、〝目の前がグニャリと歪む〟というような表現を目にすることがある。ショックな出来事に遭遇したときの、大袈裟な心情描写だ。
しかし、そのときまさに、雪実自身がそれを体験することで、決して大袈裟な表現などではなかったのだと悟る。
こちらを向いた俊が手元で開いていたのは、紛れもなく、雪実の件のメモ帳だった。
◇
「うふぁ――……ん」
再び花音が、意味不明な声を漏らす。
「な、なによさっきから?」
「ついに伏線が、回収されますた……」
「だから、伏線じゃないってば」
「あたし、なんていうか……こういう〝泥沼系〟っていうの? ズルズル裏目って酷い目に合いそうな感じのする話、苦手なのよぉ~」
両耳を塞ぐように、手で頭の横を押さえながら首を左右に振る花音。
「たぶん矢野森さんは、一見無神経そうに見えて、実は優しい性格なんだよねぇ」
そんな環さんの言葉に、花音が待ってましたと言わんばかりに拍手を打って、私を指差す。
「今の聞いた、咲々芽!? 環さん、大事なこと言った!」
「他人を指差すな」
「あまねくんも……聞いてた!?」
興味なさそうに、一瞬だけ花音に目を向けたあと、すぐに書棚に視線を戻す周くん。
調整は終わったのか、すでにノートパソコンは閉じて小脇に抱えている。
「ったく、みんなしょうがないないなぁ。環さん、もう一回説明してもらえます?」
「ん? ああ……えっと、矢野森さんは無神経に見えるな、って……」
「い……いや、すいません、そっちじゃなくて……」
「そのメモって、そこまでマズいことが書かれてたの?」
脱線しそうな花音を無視して、手嶋さんに質問する。
小さく頷いた手嶋さんが、書棚の裏に回り、机の引き出しを開けた。
中から取り出したのは、A5サイズ程の黒い表紙ノート。
「これがその……メモ帳です」
「これがその……メモ帳です」
メモ帳、っていうからもう少しコンパクトかと思ってたけど……ちょうど教科書の大きさくらいかな?
あちこち擦り切れてるし、かなり使い古された感じね。
表紙のタイトル記入欄には、いかにも中学生が頑張って書いたようなたどたどしい筆記体で『character reference』と記されている。
〝キャラ設定〟というような意味だろう。
「見ても、いいの?」
私の問いにこくんと頷く手嶋さん。
どれどれぇ~、と花音も、私の隣へ来て一緒にメモ帳を覗き込む。
開いてみると、どうやら一ページを上下に分割して、それぞれに一キャラずつ、一ページで二キャラという配分で細かく設定が書き込まれている。
一ページ目は相沢修と相田桃、二ページ目は五十嵐健太と宇部晴美、三ページ目は江口雅文と大沢茉莉花……。
上段は男性キャラ、下段は女性キャラという使い分けみたいね。
「これ、全員、当時のクラスメイト?」
「全員ではないですけど、ほとんどは……。なかには、塾で知り合った他校の生徒なんかも入ってます」
途中で書き足したのか、或いは変名でそうなったのか――
たまに順番は狂っているが、概ね五十音図順に並んでいるようだ。
ペラペラとページを進めて「な」の辺りを見てみると、〝中川潤〟というキャラクターを見つけることができた。
「身長百七十三センチ、体重七十一キロ、短髪。明るく朗らか。誰とでもすぐに打ち解けられる社交的な性格……これってさっきの、中村俊、って男の子のこと?」
わたしの隣で、メモ帳を覗き込みながら花音が質問する。小さく頷く手嶋さん。
「身長体重まで……こんなのどうやって調べるの!?」
「あ、それは……小説で登場させる時の設定ブレを防ぐために、私が勝手に考えた、っていうか……」
「ふ~ん……。お調子者で発言が軽い一面も。成績は悪く、赤点多い。男子のみの三兄弟の次男。母子家庭で母親は保険外交員……って、これ、ヤバくないっ!?」
確かに!
短所を述べた部分もそうだけど、後半の内容は完全に個人情報だよ。
名前は変えてあるとは言えかなり似た韻だし、知っている人が読めば、中川潤というキャラが中村俊をモチーフにしているのはすぐにピンときそう……。
「これ……事実なの? 追加設定とかじゃなく?」
私の質問に、再び小さく頷く手嶋さん。
だとしたら、これを本人のみならずクラスの何人かに読まれたというのは、かなり欝な展開なのでは……。
「わざわざ調べたわけじゃないですけど、ずっと同じクラスで過ごしていれば、ちょっとした会話の端々からいろいろな情報がはいってくるので……」
確かに、個人情報部分に関しては最初からまとめられている、というよりも、空きスペースに無理矢理書きこまれているいるような印象だ。
恐らく、新しい情報が得られる度に随時書き記していったせいだろう。
「迂闊だよ……迂闊すぎるよ、ユッキー!」
「確かにこれは……まずいよ、手嶋さん」
こればかりは花音の意見に賛同だ。
他人に迷惑さえかけなければ、個人の趣味をとやかく言うつもりはないけれど、それにしてもこんなノートを常に持ち歩いていたなんて無用心過ぎる。
「で……そのあと……どうなったの? ユッキー」
両手で口を抑えながら、恐る恐るといった様子で訊ねる花音。
ぼんやりとした眼差しで、乾いた微笑みを浮かべながら手嶋さんが口を開く。
「無視でしたね。もう、完全に。もともと空気みたいな存在でしたけど、メモの事が知れ渡ってからは、みんな気持ち悪がって目さえ合わせてくれなくなりました」
「で、でも……後ろの方のページには小説のあらすじみたいなものも書いてあるし、説明すればみんなも分かってくれたんじゃ?」
「はい、それは……私じゃなく、先生からみんなに……」
「先生!?」
私と花音が異口同音に聞き返す。
「はい……。個人情報に触れる部分も多いし、内容が内容なので……何人かの生徒が担任に相談したみたいで」
「うわぁ……」と、相変わらず口に手を当てたまま、眉間に皺を寄せる花音。
「そのあとは、学校に洵子さんも呼ばれて三者面談で……このメモ帳の内容について、話の聞き取りが行われました」
洵子さん……って、ああ、そっか。手嶋さんの継母さんか。
生徒間だけの話だと思っていたけど、意外と大事だったのね。
いやでも……下手に陰湿なイジメに発展するよりはよかったのかも?
「一応、先生も洵子さんも私の話は理解してくれて、クラスでもこのメモに関することについて、先生から説明はあったんですけど……」
まあ、クラス内のほぼ全員に知れ渡っていて、且つ先生も生徒から相談されている状況ならそういうやり方もあり……か。でも――
「それだけじゃあ……蟠りは拭いきれなかったでしょ?」
「だよねぇ。いくら小説の資料とはいえ、これだけ短所まで細かく書かれちゃ……」
私の言葉に花音も相槌を打つ。
「ですね……。時期が九月でしたから、二学期中はなんとか学校に通って単位を取って……冬休みのあとは、テスト以外はほとんど学校にも行かなくなりました」
「じゃあ、手嶋さん……そのせいで内部進学も……?」
「はい。担任から、暗に外部受験を進められましたし……」
「そうは言ってもさぁ、ユッキー。あのN一中で学年十番二十番って成績だったわけでしょ? うちの高校じゃなくたって、もっと選択肢はあったんじゃない?」
花音も、私と同じ疑問を口にする。
理由が理由だけに地元から離れたいという気持ちは理解できなくもないけど、だとしても、もっと偏差値の高い高校はありそうなものよね。
「公立で、かつそれなりの偏差値となると選択肢も限られますから……。地元から一時間程度の地域という条件も加味すると、今の高校が立地的にベストだったんです」
「立地って……。こんだけの家に住んでるんだし、私立だっていくらでもあったんじゃ?」
「洵子さんの方針なんですよ。女性は無理に高い教育を受ける必要もない、っていう考えなんです。彼女自身も高卒みたいですし」
「お父さんは……なんて言ってたの?」
「父は、ほとんど家にいないですし、家の事や子供のことは洵子さんに任せっきりみたいですから……」
「今でも、執筆は続けてるのかな?」
黙って私たちの会話を聞いていた環さんが、不意に口を開く。
いつの間にかスマートフォンを操作して、何か調べ物をしているようだ。
「はい、一応……」
「もしかしてこれって、手嶋さんのこと?」
環さんが手嶋さんにスマートフォンを手渡そうと腕を伸ばすが、すこし距離があったので、間にいた花音が中継のため一旦スマホを受け取る。
と、その直後――
「ええ――っ!?」
受け取ったスマホの画面を覗き込みながら、目を丸くした花音が喚声を上げた。
「ええ――っ!?」
受け取ったスマホの画面を覗き込みながら、目を丸くした花音が喚声を上げた。
「この……スノーベリーって、確かユッキーのペンネームだよね?」
花音が、スマートフォンの画面を私の前に翳しながら、視線だけは手嶋さんの方へ向ける。
雪実……そういえば確かに、さっきの話の中でそんなペンネームの話もでてたけど……。
「よくそんなの覚えてたわね、花音……」
「だってこれ、小説投稿サイトとかいうやつでしょ? ピンとくるわよ」
花音の手からスマートフォンを受け取ってもう一度よく見てみる。
小説投稿サイト『ユビキタス』――小説の執筆などしたことがない私でもどこかで耳にしたことがある、その界隈では恐らく超有名なサイトだ。
「ユビキタス小説コンテスト……大賞『タナトフォビア』……著者……」
スノーベリー!!?
画面から慌てて顔を上げ、手嶋さんと花音の顔を交互に見やる。
「ねっ?」
と、自分が発見したかのように得意気な花音とは対照的に、なぜか俯き加減で表情を曇らせる手嶋さん。
もう一度スマートフォンの画面に視線を落とす。
大賞賞金……二百万円……及びユビキタス文庫からの……書籍化確約!?
ま、マジで!?
「ちょ……ちょっと、すごいじゃない、手嶋さん! これ、手嶋さんのことなんでしょ!?」
もう一度顔を上げて手嶋さんに問いかけるが、しかし、相変わらず沈鬱な表情を浮かべる彼女に、当然ながら強い違和感を覚える。
「え? なに? これって、手嶋さんのことじゃないの?」
「いえ……私のことです」
「だったら! 凄いじゃない! 二百万だよ? というか、作家デビューだよ!」
「受賞は……辞退しました」
「ええ――――っ!!」
この叫びは、私と花音が同時に出した声。
ちょっと意味が、分からない。
手嶋さん、二百万円、書籍化、辞退……頭の中でさまざまな情報と格闘する。
「えっと……なんで?」と、再び口火を切ったのは花音。
「辞退のメールは昨夜送ったんですけど……週末を挟むので、公式な発表は週明けになると思います」
「いや、そういうことじゃなくて! 辞退の理由を訊いてるの!」
「それは……えっと、洵子さんに……」
「洵子さんって……えっと、ユッキーの継母さん?」
「はい……。女性が、そんな社会的な知名度を上げるような仕事をしたって幸せにはなれないと反対されて……」
「はぁ~~あ? どんだけ時代錯誤なのよ!? 女性が輝ける社会とか、どっかの偉い人だって言ってる時代だよ!?」
確かにそうだ。この件に関してだけは、花音と同意見。
アイドルやスポーツ選手を夢見るような話とはわけが違う。なんてったって、賞金も書籍化も目の前で確約されているんだから!
それをわざわざ断らせるなんてどんだけ意固地なのよ!?
「お父さんには? 相談してみた?」
「ユビキタスから受賞の事前連絡があったとき、洵子さんに話し辛かったので、最初にお父さんにはメールで……」
「そのときは、なんて言われたの?」
「子供のことは洵子さんに任せてあるから、ってメールが返ってきただけで……」
「そのあと、すぐに継母さんには話さなかったの?」
「うん……。一応、公式発表が出てはっきりしてから伝えようと思って。まさか私も、辞退させられるとまでは思ってなかったから……」
花音が、どうしていいか分からないといった様子で、両手で頭を搔きむしる。
「もういっそのこと、ユッキーが勝手に受け取っちゃったら!?」
「未成年だから契約には親の同意も必要だし……そもそも私、自分の銀行口座もまだ作らせてもらってないから……」
「あ―……、なんだろう? もったいなすぎて吐きそう! 二百万円って言ったら、えっと……五百円玉で――」
「四千枚」と、すかさず答えたのは周くんだ。
「そう! 四千枚! って、数が多過ぎてピンとこないっつ―の!」
そもそもなぜ五百円玉に換算?
「そうだ!」と、花音が何かを思いついたように拍手を打つ。
「あたしがユッキーの変わりに受賞するよ!」
「それは、無理です。本名も登録してるし、メールに住所氏名も記載したし……そもそも権利の譲渡は規約で禁止されてるから……」
「黙ってればバレないって! 脳みそ堅い! 堅すぎだよユッキー!」
花音の脳みそは豆腐か?
「そんなこと言ったって花音、銀行口座はどうするつもりよ?」
横から口を挟んだ私に、花音が呆れた顔で向き直る。
「まったく咲々芽も、物を知らないなぁ……。なんか、あるじゃない? 名義貸し?みたいな」
花音だって分かってないじゃない。
「それ、普通に違法行為だからね?」
「そういうの、上手くやってくれる人とか、いるんだよきっと……」
「例えば?」
「え―っと、例えば……組織の? ……シンジケート? みたいな……?」
あやふやだなおい!
仮にそんなのがあったとしても、花音にコンタクトは取れないでしょ。
「とにかく、そういうのはダメ! 花音だけじゃなく、手嶋さんにまで迷惑かかっちゃうじゃない」
「ふぇ~ん……勿体無いよ、二百万円……。ユッキーの継母さんは賞金のことも知ってるの? もらえなくてもいいんだって?」
「二百万円くらいでは考えを変えないと思う」
「二百万くらいって! どこぞのセレブか!」
間違いなく、N市のセレブだよ。
「二百万くらいって! どこぞのセレブか!」
間違いなく、N市のセレブだよ。
花音の言葉に黙って突っ込む。
高級住宅街に十三LDKのモダンな家屋。車が何台並べられるか解らないようなガレージ……。年収ウン千万なんて次元で収まる話ではないよね。
「手嶋さんの継母さん……なんとか説得できないの? 人口減社会だし、これからは女性だって活躍しなきゃならない時代なんだし……」
と言いながらも、自分の言葉の空々しさが厭わしくなる。
それくらい、手嶋さんだって当然に試みているはずだ。
「たぶん、そういう問題じゃないんです」
「? ……と、言うと?」
「洵子さん、私のことが嫌いなんですよ。実の娘ではないですし、昔からそういうのは感じてました」
「それはでも……環さんも言ってたけど、継母さんのことだって手嶋さんの思い過ごし、ってこともあるかもしれないし……」
「しかも今回は――」
私の言葉を、まるで聞いてもいなかったかのように手嶋さんが言葉を繋ぐ。
「今回は、中学時代に起こした問題にも関わる話ですから……感情的にも洵子さん、絶対に首を縦には振らないと思います」
「う――ん……」
そうかも知れないけど……いや、言われてみれば確かにそうだよね。
思想的にもただでさえ……というのがあるうえに、メモ帳事件の原因にもなった小説執筆に関する話だ。相当な嫌悪感を抱かれていることはなんとなく想像できる。
ただ、ちょっとした違和感もなくはない。
そんなことがあったにも関わらず、小説の執筆は続けさせてくれている、という点だ。
受賞まで辞退させるくらいなら、最初から執筆活動そのものに反対されてもおかしくはない気がするんだけど……。
「いいんです、もう!」
手嶋さんが言い放つ――やや、強い口調で。
一瞬、すてばちにでもなっているのかと思ったけど、意外と晴れやかな表情を見る限り、そういうわけでもないらしい。
「いままで、趣味のことを話せる相手なんていなかったですし、当然小説のことをすごいなんて褒められたこともなかったし……」
「すごいことはすごいよ! それは間違いない! さすがうちのユッキー!」
花音が手嶋さんの肩を叩く。
「ありがとう……。今回のことは、もちろん残念だけど……でも、自信にもなったし。成人して自分一人で契約できるようになったらまた目指します、入選」
「そうそう、その意気だよユッキー! 二百万円くらいでガタガタ言っちゃダメ!」
一番ガタついてたのは花音だけどね。
それにしても……『死恐怖症』かあ。中高生の女の子が書く小説のタイトルとしては、いささかダークな響きよね。
「それじゃあそろそろ、手嶋さんの継母さんと話させてもらおっか?」
私から受け取ったスマートフォンをポーチにしまいながら、環さんが入口の方へ歩き出す。
「あ、あれ? 環さん? 霊粒子の確認は……いいんですか?」
「うん。そっちの方は、もう大丈夫かな」
もう? この部屋にきてやったことと言えば、書棚を見て手嶋さんの中学時代の話を聞いて……それだけよね。
それで何かが分かったというの?
いつも、何を考えているのか分かりにくいところはある人だけど……今回はとくにそう感じることが多い。
一階へ降りると、先頭に立った手嶋さんに応接室の前まで案内された。
彼女のすぐ後ろを歩いていた環さんがそこで一旦振り返り、私たち他のメンバーを一瞥する。
「今日は私と咲々芽さんで話をするから、あまねくんと矢野森さんはそのあたりで待っててもらえるかな」
「ええっ!?」
私と花音と周くん、三人が同時に声を上げる。
私は驚嘆、花音は歓声、そして周くんの声にはあきらかに狼狽の色。
「なんで今日に限って私が話を? いつもは、周くんですよね?」
「うん。ただ、今回、咲々芽さんは手嶋さんの同級生でもあるし、そういう人が一人でもいるなら相手にも少しは安心してもらえるかな、って」
なんだか、分かったような分からないような理由だけど……。
「でも、それなら、三人でもいいですよね、環さんとあまねくんと私で……」
「こういう話はあまり人数多過ぎても気後れさせるだろうし、それに、矢野森さん一人で待たせるのも気の毒でしょう」
確かに、花音まで一緒に……というわけにもいかないだろうし……。
周くんは花音のお守り役、ってわけね。
「やった! あまねく~ん、どこ行こっか♪」
「どこにも行っちゃダメだろ! 環もそのあたりで待ってろって言ってたじゃん」
「そう? 聞き間違いかと思った」
「なんでだよ!」
ルンルンと、音符マークでも見えてきそうな浮かれ花音。
いったい花音は何をしにきたんだ?
そんな彼女に組まれそうになった左腕を、慌てて上へ持ち上げる周くん。
「おい、こら、止めろ! ちょっと離れろ!」
「あまねくんはいつも、面白いリアクションとるね~♪」
「リアクションとってるわけじゃねぇよ! ごく普通の、自然な反応だ!」
昨日から何度も見てる気がするなぁ、同じような光景。
確かに昔から花音はイケメン好きだったけど……こんなにスキンシップを求めるタイプだった?
周くんが年下だから、その気安さもあるのかな?
それにしても……あれだけずかずかと踏み込まれては無理もないけど、周くんも花音にはすっかりタメ口になったなぁ。
今まであんな口を利ける女子、私だけだったのに。
と、そこまで考えて、なぜかチクリと胸が痛むような感覚を覚える。
――あれ?
「それじゃあ二人は、そちらの空き部屋に……」手嶋さんが応接室の向かいのドアを開けると、
「うわ! 二人きりで? 密室に!?」
先に入った花音が、キョロキョロと室内を見回しながら歓声をあげる。
「妙な言い方すんな!」
後から入室した周くんがソファの上にリュックを置く。
……が、すぐに手嶋さんの方に振り返り、「トイレ、貸してもらえますか?」と訊ねながら退室。
行ってらっしゃ〜い、と、室内を物色しながら花音が声を掛けるが、周くんがパソコンを持って出たことには気付いていないようだ。
あれは……しばらく戻らないつもりね、周くん。
応接室に入るとすぐ、手嶋さんがインターホンで誰かに連絡をとる。
会話の内容から察するに、相手は先ほどの家政婦……佐藤悦子さんのようだ。
「洵子さん、すぐに来るそうなので掛けて待っていてください」
手嶋さんに促されてソファに腰掛けようとしたが……ゆっくり歩きながら絵画を鑑賞している環さんに気付き、私も隣に立ってそれに倣った。
壁に掛けられた三枚の絵画。どれも、一瞬写真かと勘違いをしてしまいそうなほど、精緻に描かれた女性の絵だ。
「小渕泰晴……写実的な女性画を得意とする近代画家だよ」
私に気付いて、環さんが口を開く。
「詳しいですね。本物……ですよね?」
「うん。別に、何千万とするような絵画ではないしね。継母さんの趣味かな?」
環さんが、手嶋さんの方を振り向いて訊ねる。
「ああ、はい……そうだと思います。洵子さん、画廊の経営をしているので」
手嶋さんのやや緊張した声を聞きながら、才色兼備のオフィスレディ然とした洵子さんの姿を思い出す。
いかにも〝やり手〟って雰囲気の女性だったもんなぁ。
でも、そんなジェンダーレスの旗手のような人が、女性の社会進出に否定的な立場だなんて、ありえるのかな?
大変な思いもしてきたのだろうし、娘には同じ苦労を味わわせたくないとか……そういう発想? それにしたって、なんだかチグハグな気がするなあ。
と、そこへ、窓際の仕切りドアが開いて奥から洵子さんが姿を現した。
「お待たせいたしました」
「いえいえ、全然待ってはいませんよ」
環さんが洵子さんに向き直って微笑む。
実際、私たちが応接室に入ってまだ五分も経っていない。
「こちらは、お継母さまの趣味ですか?」
絵画の一枚を指しながら環さんが訊ねる。
「え、ええ……。美術品などの購入に関しては、私が主人から一切を任されておりますので」
「『白いセーターの女性』……これは先日、小渕泰晴氏が他界された際、手元にあった作品をご遺族がオークションに出されたという中の一枚ですよね」
「は、はい、よくご存知で」
驚いたように、わずかに眉を上げる洵子さん。
「たまたまニュースで見かけたので……。ネットオークション大手の〝KYOWAオークション〟を利用されたとかで少し話題になってました」
「は、はい。たしかにそれは、KYOWAのサイトで落札したものですが……それが、なにか?」
あれ? 継母さん今、チラッと手嶋さんの方を見た?
「いえ、たまたまテレビで見かけた絵があったので、奇遇だなと思っただけです」
そう言って、涼やかに微笑む環さん。
四人で応接セットのソファーに腰掛けると、洵子さんがすぐに口火を切る。
「それで息子の……琢磨のことは何か分かったんでしょうか?」
「はい。結果から言えば、琢磨くんの居場所を特定することは可能でしょう」
「ほ、本当ですか!」
この環さんに言葉には、洵子さんだけでなく、その隣に座る手嶋さんも驚いて息を飲む。
昨日からミラージュワールドの話を聞き、今日もそれに関連する事象はいろいろ確認されてはいたが、環さんの口からはっきりと見解を聞いたのは彼女にとっても今が初めてだ。
廊下側のドアがノックされ、続いて家政婦の悦子さんが、トレイに四人分の紅茶を載せて入ってくる。
テーブルの上に紅茶が並べられるあいだ一旦会話が止まったが、悦子さんが部屋を出るとすぐに、再び洵子さんが急き込むように口を開く。
「それで、その……それは、琢磨を連れ戻すことが出来る、と考えても?」
「最善は尽くします。但し、報酬はかなりの金額となりすよ」
「そう言ったお話も雪実さんから少し聞いていますが……私の自由に動かせるお金が今、口座に二億ほどございますが、それで足りますでしょうか?」
二億!!
奥さんの口座だけで……二億!!
単なるお小金持ちなんてレベルじゃないわね。学校ではまったく目立たない手嶋さんだけど、とんでもない上流階級のお嬢様じゃない!
……二億!!
意味もなく緩みそうになる頬を隠すため、紅茶を口に運ぶが――
「ああ、いえいえ、さすがにそこまで必要はありません。一回の跳躍で五十万円かける人数分ですから……報酬を含めても四百万程度ですね」
と、涼しい表情で応対する環さん。
彼も彼で〝飛鳥井家〟という謎の大富豪の家柄出身だ。数億程度の話で浮き足立つことなど、まずありえない。
もっとも、そんなガバガバ金銭感覚のおかげで、事務所は万年金欠状態なのだけれど……。
「但し、一度で成功しなかった場合は複数回のリープが必要になることもあるので、その分経費は嵩みますが……それでも一千万円は超えないでしょう」
「あの、すいません……その〝リープ〟というのは?」
「詳しく説明すると長くなりますし、今回はうちの咲々芽のご学友からの相談でもありましたので……成功報酬のみで構いません」
「なるほど……。着手金なしの代わりに、捜索方法の詳細についてはあまり詮索しないように……ということですか?」
「何か、問題でも?」
環さんも環さんなら、洵子さんも洵子さんだ。
商談の進み方はやはり、そこいらの一般人とはだいぶ違う。
「いえ、私たちにとっては琢磨が無事に戻ることが最優先ですから……。それが叶うのであれば、手段を問うつもりはありません」
「よかった。違法な方法ではありませんのでご安心下さい。もちろん、知られて困るという話でもないのですが、時間が惜しいので……」
そう言ってようやく、一息ついたようにティーカップを口に運ぶ環さん。
どうやら話はまとまったようだ。
細かい報酬や内訳の確認をした様子はないけど、洵子さん的にも一千万で済むならとくに問題はない……ということ?
エグゼクティブな商談というのはこいうものなのかな。逆にこっちが心配になるよ。
……っていうか、わたしがここにいる意味、あったのかな?
「ああ、そうそう、それと……」
カップをテーブルに戻しながら、環さんが思い出したように口を開く。
「このあと別の場所へ移動するのですが、お嬢さん……雪実さんもお連れしてよろしいでしょうか?」
「替えの下着って……うちのユッキーに何をさせる気!?」
手嶋さんの部屋――書棚からベッドを挟んで反対側にあるウォークインクローゼットの中。
箪笥の引き出しを開けて準備を進める手嶋さんの横で、唇を尖らせながら花音が私を睨む。
「うちのユッキーって……花音は手嶋さんのマネージャーかなんかか」
「うちのユッキーは引っ込み思案で断れない性格なんだから……仕事を依頼する時はあたしを通してちょうだい!」
ま、この馬鹿マネージャーのことはさておき、下着の替えを持って付いてこい……なんて言われればそりゃあ、誰だって不安になるわよね。
「私は……大丈夫です。何か手伝えることがあるなら、できる限りのことはしたいと思っていたので……」
そう言って今度は、少しラフな格好へと着替えを始める手嶋さん。何か質問があればすぐに訊ねられるようにと私も付き添ってきたけど、必要なさそうね。
いや、質問がない……というよりも多分、分からないことだらけで何を訊けばいいのかも分からないような状態だと思うけど。
まさか、手嶋さんをミラージュワールドへ!?
応接室を出たあとそっと訊ねた私へ、環さんは『まだ分からない。もう少し話を聞いてみてからだけど、一応準備はしてもらおうと思って……』と言っていた。
今日、商談に私を同席させたのは、同級生の同行を意識させて、洵子さんの安心感を引き出すことが目的だったんだろう。
私たち異能者か、或いはそれなりに訓練を積んだ者でなければ、霊粒子と精神の同期率を高めることは至難の技だ。
つまり、誰も彼もが簡単に潜入できる……というわけじゃない。
「大丈夫。まだなにかすると決まったわけではないし、するとしても、私と同じことをするだけだから」
と、手嶋さんには説明するものの……そう簡単にはシンクロできないよね、きっと。
環さん、一体何を考えてるんだろ。
弟が形成したワールドだから、姉の手嶋さんであれば少しはマシ?なんて考えでもないよね。そもそも、手嶋姉弟は血も繋がっていないんだし。
「っていうかぁ、その、咲々芽がやることってなんなのよ?」
「それより、なんで花音までここにいるのよ」
「なんでって……友達じゃん」
「そうだっけ?」
「うっわ~! 友人に不信をいだくことは、 友人にあざむかれるよりもっと恥ずべきことなんだよ! いつも言ってるじゃん!」
言われたこともないし、意味も分からない。
「その前に友人かどうか、って点を疑ってるんだけど――」
「とにかくあたしは今、思ったようにあまねくんと話せなかったから、いろいろ溜まってんのよ!」
「知らないわよそんなの」
「だから、いろいろ関連情報がほしいの! ……っていうか、あまねくんに入れ知恵してあたしと引き離したの、咲々芽じゃないでしょうね!?」
「花音今、友人への不信は恥ずべきことだって言ってなかった!?」
「でも、矢野森さん、すごいよね」と、手嶋さんが着替えながらポツリと呟く。
「ん? あたし? なにが?」
「ん―……、なんていうか、恋に一直線?みたいな……そのバイタリティが」
手嶋さんも、あんなメモ帳を付けてたわりに、人間観察力ないなぁ。
「恋とかバイタリティとか、そんなカッコイイもんじゃないよ? 花音なんて、馬鹿で男好きなだけだから」
「い……言い返せないけど、ひどい!」
花音が私の背中をパシンと叩く。
「いったいなぁ~! ……ああ、そういえば、手嶋さん?」
「はい?」
さっきから少し気になっていたことを訊いてみる。
「あの応接室の絵のことなんだけど……継母さんって、よくネットオークションなんかで絵を落札したりするの?」
「あぁ……いえ、よくは知りませんけど……多分それはないと思います」
「そうなの?」
「もともとアナログな人で、パソコンも去年初めて買ったくらいで……。悦子さんに手伝ってもらいながらなんとかネットに繋いでたみたいですから」
ふぅん……。
環さんが何か引っかかってるみたいだったから一応訊いてみたんだけど……絵画の話はやっぱり、ただの雑談だったのかな?
「だから私も、オークションで絵画を落札したなんて話を聞いてかなり意外でした」
「スマホで、ってことはないかな?」
「どうでしょう? スマホも、通話以外で使ってるところは、ほとんど見たことないですけど……」
「なになになに!? なんの話?」
うずうずしながら私たちの会話を聞いていた花音が、ついに我慢できずに、といった様子で割り込んでくる。
「なんでもないよ。花音には関係のない話」
「関係なくないよ! ユッキーと話すときはあたしを通して、って言ったじゃん!」
「まだそのネタ続いてんの? だって、KYOWAオークション、だっけ? そんな名前聞いたって、花音もしらないでしょ」
「ああ、それなら……」と、花音がブレザーのポケットからスマートフォンを取り出してなにやら操作を始める。
え? 知ってるの?
今、慌てて検索して話を合わせようとしてる?
……なんて疑って見ていたんだけど、履歴を表示させる程度の操作で、すぐにスマートフォンをこちらへ差し出してきた。
「ここに出てくるやつでしょ?」
受け取って画面を覗き込む。このサイトって――ユビキタス!?
手嶋さんがコンテストで受賞した小説投稿サイトだ。
画面に表示されているのは小説の閲覧ページらしく、画面左上には作品タイトルらしき文字が見える。
「タナトフォビア……。これって、手嶋さんの書いた小説じゃない?」
「そうそう。さっき待ってる間、あまねくんは照れていなくなっちゃうし、暇だからユッキーの小説でも読んでみよっかな、って見てたのよ」
「あまねくん、心の底から嫌がってるように見えたけど……っていうか、この小説がどうしたのよ?」
「本文じゃないよ。バナー広告見ながら、何回かリロードしてみて」
言われた通り、リロードアイコンを数回タップすると……。
「あ!」
「出た?」
「KYOWA……オークション……」
「そう言えば!」と、今度は手嶋さんが声を上げる。
「ユビキタスを運営している会社も確か、KYOWAホールディングスって……」
ええ!?
今度は私のスマートフォンで企業名をワード検索してみる。
KYOWAホールディングス……事業紹介……小説投稿サイト『ユビキタス』、及び、『KYOWAオークション』の企画・開発・管理運営。
「ユビキタスとKYOWAオークション……運営会社は一緒だ……。手嶋さん、普段からユビキタスを利用してて気付かなかったの?」
「普段はパソコンを使ってますし、広告ブロックのアプリを起動させてるので……」
なるほど。
……いや、たとえ広告ブロッカーがなくたって興味のない広告バナーを注視する人も珍しいだろう。花音がちょっとおかしいんだ。
それにしても、これって単なる偶然なのかな?