「どうぞ……」
私たち――手嶋さん以外の四人で琢磨くんの部屋から退出すると、ほどなく隣室のドアが開いて手嶋さんが顔を覘かせた。
「少し散らかっていますけど……」
そう言いながら、ゆっくりとドアを押し開く。
「うわ! おっしゃれ――っ!」
真っ先に部屋へ入った花音の声が室内から聞こえてきた。
続いて、私、環さん、周くんも順に中へ。
いかにも女子高生……といった、いわゆるガーリーな内装ではないだろうと予想はしていたけど――。
なるほど、確かにお洒落!
DIY風の調度品が配された洒脱な色調ながら、地味でもない……まるでインテリア雑誌にでも紹介されていそうな洒落た室内だ。
広さは、琢磨くんの部屋と同じ八畳ほど。
中央には、部屋を左右に間仕切りするように大きな白い書棚が置かれ、向かって右側がベッドスペース、左側がスタディルームに区分けされている。
ベッド側に向いた書棚の背面に、ピタリと付くように置かれた机の上には、電気スタンドと木製のレターケース、ノートパソコンなどが見える。
高い天井から室内を照らしている蛍光灯とは別に、ベッドスペースとスタディルームに吊るされた裸電球が、優しく室内を彩っている。
「ユッキーのことだからもっと地味かと思ってたよぉ……」
失礼な感想だけど、花音と同じ先入観を持っていた私も、思いもよらなかったモダンな室内に思わず仕事を忘れてみとれる。
「室内を、拝見しても?」
という環さんの問いに小さく頷きながら「そちらです」と、手嶋さんが右の掌で机の方を指し示す。
琢磨くんの部屋は確かに左側だけど……。
環さんが向かったのは右側のベッドスペース。
「え? あ、あの……」
戸惑ったような手嶋さんの声が環さんの背中を追いかける。
が、そんな彼女の言葉に気を留めることもなく……あるいは、聞こえないふりをして? ベッドを背に立ち止まると、書棚の中を眺める環さん。
腕を組み、背表紙を順に目で追いながら、右手の人差し指で唇を抑える。
昔からよく見せる……思考のピースを弄びながら、頭の中でゆっくりと組み立てているときの、彼の独特のポーズ。
「うわぁ~、本がいっぱい!」
環さんの隣に歩み寄った花音も、書棚を眺めて感嘆の声を上げる。
「これ、何冊くらいあるの?」
「そこには……三百冊くらい、かな?」
「三百!! ユッキーはあれだね……本の虫だね!」
小学生レベルの慣用句を使った程度で、ドヤ顔を見せる花音。
三百冊という数に興味が湧いて、私も環さんの隣で一緒に書棚を眺める。
太宰や芥川といった文豪作品から最近の小説やライトノベル、さらには実用書の類までジャンルはバラバラだ。
「これ全部……手嶋さんが読んだの?」
「え、ええ、一応……。書庫にあった親の本なんかもありますけど」
そう言いながら手嶋さんも、書棚の前にきて私の横に立つ。
しょこ? と、聞き慣れない上流階級の単語に小首を傾げながらも、再び口を開く花音。
「ユッキー、よく本なんか読む時間あるよね」
「テレビも見ないし、ネットもあまりやらないし……」
「あたしなんて毎日、友達とメッセしてるだけで時間なくなるよ。あれほんと、時間ドロボーだわ」
「私は……友達もいないから」
「だからって、代わりに三百冊って……。友達三百人ならすごいけど」
いや、本でもすごいよ。
「あ……雪実さん、ちょっと、そこ、いい?」
環さんが、手嶋さんの影に隠れていた辺りの本を見ようとして声をかける。
「え? ああ、はい……」
おずおずと身体をどかした手嶋さんの横から、一冊の参考書を取り出す環さん。
タイトルは……『小説を書くための基礎メソッド』?
環さんが引き抜いた付近に目をやると、似たような種類の参考書が何冊も並んでいる。
『小説を書く前に読みたい作品10選』
『ライトノベルの書き方講座』
『読者を楽しませるテクニック』
et cetera……。
他にも参考書や実用書の類はあるけど、明らかに執筆指南系のタイトルだけが群を抜いて多い。
「ユッキー、小説なんて書くの?」
花音も、環さんの手に取った本を覗き込みながら訊ねる。
チラッと私の目にも入ってきたページには、ピンクや黄色の蛍光ペンでびっしりと線が引かれていたようにも見えたけど――。
う、ううん! と、手嶋さんが慌てて首を左右に振る。
「それはたまたま、書庫にあった親の本を持ってきただけで……ちょっと面白そうかな、って思って……」
それだけで、こんなに沢山、同じような本を持ってくるかな?
さっきの蛍光ラインだって鮮やかな発色に見えたし、まだ引かれてからそれほど期間は空いていないように見えたけど……。
「でもさっき、全部読んだって言ってなかった?」と、花音にしては鋭い質問。
「う、うん、小説なんかはね。参考書や実用書は別だよ」
「ふぅん……。お父さんかお母さん、昔、小説家でも目指してたの?」
「あ、うん……そうみたい……」
私も、適当な一冊を手に取ってみる。
『ハリウッド脚本術 – 三部構成の基本と応用』――これも間違いなく執筆関係の参考書だよね。
何気なく、パラパラとページを捲ってみると、本に挟んであったらしい何かのメモがハラリと床に落ちた。
四つ折にされたA4サイズのルーズリーフ。
環さんが、足元に落ちた紙を拾って広げた次の瞬間――
「そ、それは! 違うんです!」と、大きな声を上げた手嶋さんが、環さんの手元から用紙を引ったくるように取り上げる。
これまでの、どちらかと言えばゆったりとした彼女の動きからは思いもよらない素早い動き。
赤いアンダーリムの眼鏡が斜めにずれるほどの勢いに、私も花音も一瞬呆気にとられたが……。
環さんは、いつもと変わらない落ち着いた様子で手嶋さんに向き直る。
「雪実さん、それって……」
私たち――手嶋さん以外の四人で琢磨くんの部屋から退出すると、ほどなく隣室のドアが開いて手嶋さんが顔を覘かせた。
「少し散らかっていますけど……」
そう言いながら、ゆっくりとドアを押し開く。
「うわ! おっしゃれ――っ!」
真っ先に部屋へ入った花音の声が室内から聞こえてきた。
続いて、私、環さん、周くんも順に中へ。
いかにも女子高生……といった、いわゆるガーリーな内装ではないだろうと予想はしていたけど――。
なるほど、確かにお洒落!
DIY風の調度品が配された洒脱な色調ながら、地味でもない……まるでインテリア雑誌にでも紹介されていそうな洒落た室内だ。
広さは、琢磨くんの部屋と同じ八畳ほど。
中央には、部屋を左右に間仕切りするように大きな白い書棚が置かれ、向かって右側がベッドスペース、左側がスタディルームに区分けされている。
ベッド側に向いた書棚の背面に、ピタリと付くように置かれた机の上には、電気スタンドと木製のレターケース、ノートパソコンなどが見える。
高い天井から室内を照らしている蛍光灯とは別に、ベッドスペースとスタディルームに吊るされた裸電球が、優しく室内を彩っている。
「ユッキーのことだからもっと地味かと思ってたよぉ……」
失礼な感想だけど、花音と同じ先入観を持っていた私も、思いもよらなかったモダンな室内に思わず仕事を忘れてみとれる。
「室内を、拝見しても?」
という環さんの問いに小さく頷きながら「そちらです」と、手嶋さんが右の掌で机の方を指し示す。
琢磨くんの部屋は確かに左側だけど……。
環さんが向かったのは右側のベッドスペース。
「え? あ、あの……」
戸惑ったような手嶋さんの声が環さんの背中を追いかける。
が、そんな彼女の言葉に気を留めることもなく……あるいは、聞こえないふりをして? ベッドを背に立ち止まると、書棚の中を眺める環さん。
腕を組み、背表紙を順に目で追いながら、右手の人差し指で唇を抑える。
昔からよく見せる……思考のピースを弄びながら、頭の中でゆっくりと組み立てているときの、彼の独特のポーズ。
「うわぁ~、本がいっぱい!」
環さんの隣に歩み寄った花音も、書棚を眺めて感嘆の声を上げる。
「これ、何冊くらいあるの?」
「そこには……三百冊くらい、かな?」
「三百!! ユッキーはあれだね……本の虫だね!」
小学生レベルの慣用句を使った程度で、ドヤ顔を見せる花音。
三百冊という数に興味が湧いて、私も環さんの隣で一緒に書棚を眺める。
太宰や芥川といった文豪作品から最近の小説やライトノベル、さらには実用書の類までジャンルはバラバラだ。
「これ全部……手嶋さんが読んだの?」
「え、ええ、一応……。書庫にあった親の本なんかもありますけど」
そう言いながら手嶋さんも、書棚の前にきて私の横に立つ。
しょこ? と、聞き慣れない上流階級の単語に小首を傾げながらも、再び口を開く花音。
「ユッキー、よく本なんか読む時間あるよね」
「テレビも見ないし、ネットもあまりやらないし……」
「あたしなんて毎日、友達とメッセしてるだけで時間なくなるよ。あれほんと、時間ドロボーだわ」
「私は……友達もいないから」
「だからって、代わりに三百冊って……。友達三百人ならすごいけど」
いや、本でもすごいよ。
「あ……雪実さん、ちょっと、そこ、いい?」
環さんが、手嶋さんの影に隠れていた辺りの本を見ようとして声をかける。
「え? ああ、はい……」
おずおずと身体をどかした手嶋さんの横から、一冊の参考書を取り出す環さん。
タイトルは……『小説を書くための基礎メソッド』?
環さんが引き抜いた付近に目をやると、似たような種類の参考書が何冊も並んでいる。
『小説を書く前に読みたい作品10選』
『ライトノベルの書き方講座』
『読者を楽しませるテクニック』
et cetera……。
他にも参考書や実用書の類はあるけど、明らかに執筆指南系のタイトルだけが群を抜いて多い。
「ユッキー、小説なんて書くの?」
花音も、環さんの手に取った本を覗き込みながら訊ねる。
チラッと私の目にも入ってきたページには、ピンクや黄色の蛍光ペンでびっしりと線が引かれていたようにも見えたけど――。
う、ううん! と、手嶋さんが慌てて首を左右に振る。
「それはたまたま、書庫にあった親の本を持ってきただけで……ちょっと面白そうかな、って思って……」
それだけで、こんなに沢山、同じような本を持ってくるかな?
さっきの蛍光ラインだって鮮やかな発色に見えたし、まだ引かれてからそれほど期間は空いていないように見えたけど……。
「でもさっき、全部読んだって言ってなかった?」と、花音にしては鋭い質問。
「う、うん、小説なんかはね。参考書や実用書は別だよ」
「ふぅん……。お父さんかお母さん、昔、小説家でも目指してたの?」
「あ、うん……そうみたい……」
私も、適当な一冊を手に取ってみる。
『ハリウッド脚本術 – 三部構成の基本と応用』――これも間違いなく執筆関係の参考書だよね。
何気なく、パラパラとページを捲ってみると、本に挟んであったらしい何かのメモがハラリと床に落ちた。
四つ折にされたA4サイズのルーズリーフ。
環さんが、足元に落ちた紙を拾って広げた次の瞬間――
「そ、それは! 違うんです!」と、大きな声を上げた手嶋さんが、環さんの手元から用紙を引ったくるように取り上げる。
これまでの、どちらかと言えばゆったりとした彼女の動きからは思いもよらない素早い動き。
赤いアンダーリムの眼鏡が斜めにずれるほどの勢いに、私も花音も一瞬呆気にとられたが……。
環さんは、いつもと変わらない落ち着いた様子で手嶋さんに向き直る。
「雪実さん、それって……」