画面を覗きこむ周くん。
切れ長の目がわずかに大きくなり、少しだけ頬が赤らむのが分かった。
ほんとこういうの、耐性がないんだなぁ。
「いわゆる〝濡れフェチ〟なんていわれる性癖の連中ですな。……とりあえず、未成年が刑事の前で、そういう画像を回し見るのは控えてもらえませんかね」
と、槇田刑事が、向かいのソファーで苦笑いを浮かべる。
おい槇田! 笑い事じゃないっつーの!
そもそも、濡らすだけなら水でいいよね!? なんでローションなのよ?
怪訝そうに眉を顰めた私の顔を見て、何を勘ぐったのか槇田刑事が的外れなフォローを始める。
「ああ……まあ、詳しいことはまた取り調べのあとになりますが、ローション以外に変なものを混ぜていたということはなさそうですから、その点は安心していいかと」
そんなこと考えてもいなかったのに、余計不安になったよ!
周くんが、刑事の語尾にかぶせるように「変なもの?」と質問を重ねる。
「ああ、いや、こういう犯行ですと、液体の中に……例えば唾液だとか尿だとか、まあ、あれやこれや余計なものをまぜる輩もいるんですよ」
槇田刑事の説明によれば最近、管轄は別だけど、他の地区でも同様の事件が何件か発生していて、警察でも警戒を強めていたらしい。
犯人のスマートフォンにあった画像を見る限り、恐らく同一犯であろうということ。
そして、これまでの被害者にかけられていた液体の分析結果からも、ローション以外の成分は検出できていない、というような説明を聞かされた。
そういうことなら確かに、今回もローションだけである可能性が高いわよね。
唾液? 尿?……どころか、他にもあれやこれや余計なものが混ぜられていたなんて、想像しただけでも気持ち悪すぎて吐き気がする。
ほんと、ローションだけでよかったよ。
……いやいや、よくはないけどねっ!!
「で、これからのことなんですが……被害届けは、どうします?」
槇田刑事から、届けを出せば、明日改めて供述調書を作成する必要があるとの説明を受けて、私と周くんが顔を見合わせる。
少なくとも明日は無理だし、仮に日にちをずらしたところで、面倒臭いことに変わりはない。
ローションを掛けられた以外に怪我もないし、他の被害者から届けは出ているので、あの男がこのまますぐに釈放、ということはないらしい。
そもそも暴行罪は親告罪ではないから、現行犯逮捕であれば当然だ。
ムカつく気持ちがないといえば嘘にはなるが……数万円の示談金のためにこちらだけが個人情報を与え、あんな男の関係者とこれ以上関わるのも気が滅入る。
一応、親とも相談をしてから、ということで今日の提出は見送ったけど……。
「届け……どうしよう……」
「被害にあったのは咲々芽なんだから、咲々芽が決めればいい」
警察車両――黒いミニバンの後部座席に座りながら呟いた私の独り言に、質問をされたと思ったのか、すぐあとから乗り込んできた周くんが答えた。
今夜はこのあと、この車で自宅まで送ってくれるらしい。
「そうは言ってもさ、捕まえたのはあまねくんだし、届けを出せばあまねくんだっていろいろと面倒なことになるよ? 実況見分とかそういうの、あるんじゃない?」
「現行犯逮捕したのは俺だし、どっちにしろいろいろ聞かれるんじゃないかな。いずれにせよ、このことで俺のことなんて気にすんな」
走り出した車の中で、前を向いたまま答える周くんの横顔をそっと覗き見る。
ずっと、一つ年下の弟のように思ってたけど……いつの間にか頼もしくなったなぁ……。
私の視線に気付いたのか、周くんも、フッとこちらへ視線を向ける。
「なんだ?」
「あ、ううん……そういえばまだ、お礼言ってなかったよね。公園のこと……」
「助けたって言ったって、逃げた犯人を捕まえただけで、結局被害には遭ってるし」
「それでも全然違うよ! もし逃げられてたら、あんなわけの分からない写真、どんな使われ方してるのか気持ち悪くて仕方ないじゃん」
「そっか……」
「うんうん。だから、ありがと」
「いや、別にそんな大したことじゃ……」
周くんが指で鼻の頭をかきながら、窓の方へ顔を向ける。
あれ? 照れてる?
「ってか咲々芽も、弱いくせに危ねえことにホイホイ首突っ込むんじゃねえよ」
「い、いや、強くないだけで、そこまで弱いってわけじゃ……」
「同じだっつ―の。なんのために俺が一緒に帰ってんだよ」
「ご、ごめん……一応確認はしたんだけど、店の中……」
「いや、その前からおかしかったでしょ」
「え?」
「店に入る前から、様子おかしかったじゃん。もしかしてあの変質者のこと、最初から知ってたんじゃないの?」
気付いてたんだ……。
「う、うん……。でも、あのときはまだ、そこまではっきり怪しいってわけでもなかったから」
「それでもいいから、一声かけろって」
「うん……そうだね……」
これまで弟のように思ってたから、私の方でもついついお姉さんになったような気分で接していた。
傍にいてくれるのはもちろん心強いけど、かといって助けを求めるとか、そういう対象ではなかったんだよなぁ……今までは……。
切れ長の目がわずかに大きくなり、少しだけ頬が赤らむのが分かった。
ほんとこういうの、耐性がないんだなぁ。
「いわゆる〝濡れフェチ〟なんていわれる性癖の連中ですな。……とりあえず、未成年が刑事の前で、そういう画像を回し見るのは控えてもらえませんかね」
と、槇田刑事が、向かいのソファーで苦笑いを浮かべる。
おい槇田! 笑い事じゃないっつーの!
そもそも、濡らすだけなら水でいいよね!? なんでローションなのよ?
怪訝そうに眉を顰めた私の顔を見て、何を勘ぐったのか槇田刑事が的外れなフォローを始める。
「ああ……まあ、詳しいことはまた取り調べのあとになりますが、ローション以外に変なものを混ぜていたということはなさそうですから、その点は安心していいかと」
そんなこと考えてもいなかったのに、余計不安になったよ!
周くんが、刑事の語尾にかぶせるように「変なもの?」と質問を重ねる。
「ああ、いや、こういう犯行ですと、液体の中に……例えば唾液だとか尿だとか、まあ、あれやこれや余計なものをまぜる輩もいるんですよ」
槇田刑事の説明によれば最近、管轄は別だけど、他の地区でも同様の事件が何件か発生していて、警察でも警戒を強めていたらしい。
犯人のスマートフォンにあった画像を見る限り、恐らく同一犯であろうということ。
そして、これまでの被害者にかけられていた液体の分析結果からも、ローション以外の成分は検出できていない、というような説明を聞かされた。
そういうことなら確かに、今回もローションだけである可能性が高いわよね。
唾液? 尿?……どころか、他にもあれやこれや余計なものが混ぜられていたなんて、想像しただけでも気持ち悪すぎて吐き気がする。
ほんと、ローションだけでよかったよ。
……いやいや、よくはないけどねっ!!
「で、これからのことなんですが……被害届けは、どうします?」
槇田刑事から、届けを出せば、明日改めて供述調書を作成する必要があるとの説明を受けて、私と周くんが顔を見合わせる。
少なくとも明日は無理だし、仮に日にちをずらしたところで、面倒臭いことに変わりはない。
ローションを掛けられた以外に怪我もないし、他の被害者から届けは出ているので、あの男がこのまますぐに釈放、ということはないらしい。
そもそも暴行罪は親告罪ではないから、現行犯逮捕であれば当然だ。
ムカつく気持ちがないといえば嘘にはなるが……数万円の示談金のためにこちらだけが個人情報を与え、あんな男の関係者とこれ以上関わるのも気が滅入る。
一応、親とも相談をしてから、ということで今日の提出は見送ったけど……。
「届け……どうしよう……」
「被害にあったのは咲々芽なんだから、咲々芽が決めればいい」
警察車両――黒いミニバンの後部座席に座りながら呟いた私の独り言に、質問をされたと思ったのか、すぐあとから乗り込んできた周くんが答えた。
今夜はこのあと、この車で自宅まで送ってくれるらしい。
「そうは言ってもさ、捕まえたのはあまねくんだし、届けを出せばあまねくんだっていろいろと面倒なことになるよ? 実況見分とかそういうの、あるんじゃない?」
「現行犯逮捕したのは俺だし、どっちにしろいろいろ聞かれるんじゃないかな。いずれにせよ、このことで俺のことなんて気にすんな」
走り出した車の中で、前を向いたまま答える周くんの横顔をそっと覗き見る。
ずっと、一つ年下の弟のように思ってたけど……いつの間にか頼もしくなったなぁ……。
私の視線に気付いたのか、周くんも、フッとこちらへ視線を向ける。
「なんだ?」
「あ、ううん……そういえばまだ、お礼言ってなかったよね。公園のこと……」
「助けたって言ったって、逃げた犯人を捕まえただけで、結局被害には遭ってるし」
「それでも全然違うよ! もし逃げられてたら、あんなわけの分からない写真、どんな使われ方してるのか気持ち悪くて仕方ないじゃん」
「そっか……」
「うんうん。だから、ありがと」
「いや、別にそんな大したことじゃ……」
周くんが指で鼻の頭をかきながら、窓の方へ顔を向ける。
あれ? 照れてる?
「ってか咲々芽も、弱いくせに危ねえことにホイホイ首突っ込むんじゃねえよ」
「い、いや、強くないだけで、そこまで弱いってわけじゃ……」
「同じだっつ―の。なんのために俺が一緒に帰ってんだよ」
「ご、ごめん……一応確認はしたんだけど、店の中……」
「いや、その前からおかしかったでしょ」
「え?」
「店に入る前から、様子おかしかったじゃん。もしかしてあの変質者のこと、最初から知ってたんじゃないの?」
気付いてたんだ……。
「う、うん……。でも、あのときはまだ、そこまではっきり怪しいってわけでもなかったから」
「それでもいいから、一声かけろって」
「うん……そうだね……」
これまで弟のように思ってたから、私の方でもついついお姉さんになったような気分で接していた。
傍にいてくれるのはもちろん心強いけど、かといって助けを求めるとか、そういう対象ではなかったんだよなぁ……今までは……。