セバスとアフネスの腹のさぐりあいの結果。リーゼとディアス・アラニスがヤスと一緒に最初にFITで移動することになった。
「ヤス殿!」
「ん?だれ?」
ヤスを呼び止めたのはカスパルだ。イザークがカスパルの腕を引っ張っているが、それを振りほどいてヤスの足元に土下座する。
「ヤス殿。いや、ヤス様!お願いです。俺も一緒に連れて行ってください!なんでもします。お願いします!」
ヤスは困惑するしかなかった。なぜカスパルがここまでしているのか皆目見当がつかないからだ。
「えぇ~と?」
「自分は、カスパルといいます。イザーク隊長の下でユーラットの守備を行なっています」
「そのカスパルさんがなんで?イザーク!?どういうことだ?」
イザークはもう諦めたのか肩をすくめている。
「ヤス様。自分の事は、呼び捨てでお願いします。ヤス様が居なかったら、自分は死んでいました。なので、生かされた命をヤス様に捧げたいのです」
ヤスはカスパルを立たせる。カスパルはたしかにヤスを見ているのだが、チラチラとディアス・アラニスを見ているのだ。一目惚れしてしまったようなのだ。
ヤスはカスパルを立たせて、耳元で囁くように呟く。
「(カスパルだったな)」
「(はい・・・)」
「(正直に言えよ。そうしたら連れて行ってやる)」
「(え?)」
「(アラニス殿に惚れているのだろう?)」
「(な!ち・・・。はい。惚れています。守りたいです)」
「(わかった)」
ヤスは、カスパルから身体を離した。
「カスパル」
「はい!」
「俺は、神殿の管理で忙しくなる。その間、リーゼとアラニス殿の護衛を頼みたいのだができるか?」
「っ!!はい!」
「リーゼの家には、俺の眷属が張り付くが、アラニス殿の住む場所には護衛が居ない。近くで守ることになるが問題ないよな?」
ヤスは、二人を見る。
カスパルは嬉しそうな顔をしている。ディアスも満更ではないようだ。
「イザーク!優秀な若者を引き抜いて悪いな」
「そうだな。そんな色ボケをしたヤツでもユーラットでは必要だからな」
「隊長!」
ヤスはカスパルをディアスの横で歩かせるために背中を押す。
イザークがヤスの正面に立つ状態になる。
「わかった。今度、酒精でもおごる。それで許してくれ」
ヤスはカスパルに背中を見せながら笑いをこらえてイザークに話をする。
「わかった。カスパル!」
「はい!」
カスパルがイザークの方を向いて姿勢を正す。
「カスパル。神殿にはこれから多くの者が移住することになる。しっかり皆を守るように!」
「はい!隊長!」
カスパルはイザークに深々と頭を下げた。
カスパルはディアスに一言告げてからヤスの横に来てイザークに向かって膝を付いた。腰につけていたナイフを両手で持ってイザークに差し出す。
イザークはナイフを受け取ろうとして少しだけ躊躇した。
「いいのだな」
「はい。隊長。いえ、イザーク様。自分は、ヤス様を・・・。神殿を、神殿に住む者たちを守りたいと考えています」
「わかった」
イザークは、カスパルからナイフを受け取った。
「ヤス。カスパルを頼む。それから・・・」
「なんだよ?」
「いや、なんでも無い。また遊びに来いよ」
「あぁ落ち着いたら遊びに来る」
手を上げてヤスが裏門から出ていく。
リーゼが横に立って後ろにはディアスとディアスの荷物を持つカスパルが居る。カスパルは荷物を何も持っていない。神殿に行ってからリーゼとディアスから必要な物を聞いてユーラットに買いに来るつもりで居るのだ。取りに行くと言ったカスパルを”え?”という顔でリーゼが見たからヤスが提案したのだ。
どうせ、ヤスはもう一度ギルドに来なければならないのだ。
アフネスからリーゼとディアスを神殿に届けたらもう一度ギルドに来て欲しいと言われていたのだ。逆らうのも面倒なので了承したヤスは、まずツバキに裏門までバスを移動させた。移住者をバスに乗せて移動する予定なのだ。セバスは、そのままギルドで交渉を続けている。
セバスが孤軍奮闘している時に、ヤスはリーゼとディアスとカスパルをFITに乗せた。助手席には当たり前だという表情でリーゼが座る。
「リーゼ。二人に教えておいてくれ」
「ヤスは?」
「ツバキを見てくる」
「わかった」
運転席からヤスが降りた。リーザは、後ろを振り向いてシートベルトの仕方を教えている。
カスパルとディアスは戸惑っていたが、リーゼが絶対に必要だからと言っているので従ったのだ。
「ツバキ」
「マスター」
「悪いな」
「いえ、それよりも、マスターのお世話は?」
「リーゼたちを置いたら戻ってくる。ツバキが帰ってくるまでメイドも居るし大丈夫だろう?それに、料理くらいなら一人でもできるからな」
「わかりました」
「リーゼたちの世話は、セバスの眷属に一時的に頼むけど移住が開始されたら自分たちでやってもらう」
「わかりました」
ツバキは、ヤスの世話をリーゼやディアスに取られるのではと心配していた。魔物種である自分よりも同じ種を主が望むかもしれないと考えたのだ。
バスから離れたヤスはテント生活をしている者たちを見つけた。
近づくことはしないで、まずは神殿へリーゼたちを送り届けることにした。
「準備は・・・。いいようだな」
ヤスは乗っている3人を見る。シートベルトをしている。カスパルとディアスの表情が少しこわばって見えたが気のせいだと考えた。
FITに火を入れると、マルスから念話が届いた。
『マスター。個体名カスパルと個体名ディアス・アラニスは、神殿の広場に入る許可がありません』
『どうしたらいい?』
『マスターが付与するか、個体名リーゼが付与する必要があります』
『そうか、方法は?』
『マスターはエミリアから付与できます。個体名リーゼは身体に触りながら”広場への入場を許可する”でできます』
『もっと簡単にできないか?カードのような物を持つとか・・・』
『神殿権能を検索・・・。該当あり。マスター。討伐ポイントから交換が可能なカード発行機から神殿エリアへの入場が可能になるカードが発行できます』
『それは身に着けていればいいのか?』
『はい。携帯していれば大丈夫です』
『わかった。それで行こう。マルス。交換を頼む。設置は、門に小屋を設置して配置しろ』
『了。表示項目やサイズの変更が可能です』
『名前だけでいい。カードに穴が開けられれば、穴を開けて紐を通せるようにしてくれ』
『了』
ヤスはマルスに指示を出しながら神殿への道を走っている。
対向車の心配がないことから道幅を使って気持ちよく加速している。
カスパルが青い顔をしている。ディアスはすでに悲鳴さえも上げていない。
楽しんでいるのはリーゼだけだ。”キャッキャ”いいながら喜んでいる。
FITが広場に入らずに停まった。
「ヤス?広場は先だよ?」
「あぁカスパルとアラニス殿を登録しないとダメだ。リーゼも登録するぞ?」
「登録?」「?」「??」
3人は、ヤスに言われて外に出た。
目の前にある小屋があるのが解る。ヤスも初めて見る小屋だが知っている雰囲気を出す。
まずは結界を認識してもらう。
「カスパル。そのまま道を進んでみてくれ」
「はっはい」
カスパルが5mほど進む。
「え?」
「結界が張り巡らされている。”カスパル。思いっきり目の前にある透明な壁を攻撃してみてくれ”」
「いいのですか!」
「あぁ全力で頼む」
「わかりました!」
持っていた剣で透明な壁に斬りかかるが剣が弾かれるだけだ。
数回、打ち込むが変わらない。
「・・・」「へぇ・・・」
「ヤス様。あれは?」
「結界だよ。許可した者しか入る事ができない」
「そうなのですか?」
「あぁ効果はカスパルが試した通りだ。それで、入る為の許可証を作る魔道具が置いてあるのがこの小屋だ」
粗末な小屋なので3人は驚いている。
それだけ高価な魔道具が置かれている場所には思えなかったのだ。
部屋の中も質素でテーブルが一つありその上に魔道具が置かれているだけだ。
ヤスは気にすることなく、3人に魔道具にふれるように頼む。
まずは、カスパルが安全を確かめるために触る。
「ヤス様。触るだけでいいのですか?」
「あぁ」
肯定したがヤスも使うのは初めてなのだ。マルスからは触るだけで大丈夫と言われたので、そのまま伝えた。
カスパルが触れると魔道具が光だした。
光が収まると一枚のカードが出てきていた。
「ヤス様?」
「それが許可証だ。身に着けていれば結界に妨げられずに入場できる」
「ねぇヤス。その許可証があればヤスが居る場所に行けるの?」
「ん?この許可証は広場だけだ。神殿の内部には別の許可証が必要になる」
「なぁ~んだ」
文句をいいながらリーゼは許可証を作った。自分は作らなくても入る事ができる事実を忘れているのだ。
最後にディアスが魔道具に触れた。
許可証を握って3人とヤスはFITに戻った。
ヤスはゆっくりとした速度で結界の中にFITを進めた。
私は、アラニスの正当な後継者・・・だった。
もうアラニスの名前は重荷でしかない。少し考えるが重荷というのとは少し違う。
アラニスの家に生まれてしまったために、私は殺されるところだった。
暗く何もない場所に捉えられて殺される日を待つだけだった。犯されるようなことはなかった。祖先が私たちを守るために広めた話があり、犯されると問題が発生するらしい。
女は初潮後に処女で死ぬと魔力の暴走が発生する。
男は精通後に死ぬと魔力の暴走が発生する。
最初は意味がわからなかった。
殺されるのには違いない。祖先がこれで自分たちの何を守ろうとしたのかわからなかった。
解ったのは、母や姉が生かされて、父や兄が殺されてからだ。
皆が死んで次は私の番だ。生かされていた母と姉は自害したらしい。
殺されるだけならいい。女としての尊厳を奪われるのは避けたい。
祖先が守ろうとしたのは”これ”なのかもしれない。
私は生き残れた。
偶然が重なった結果だ。
アラニスを知っていたのはアフネスと名乗った女エルフだけだ。
この町---ユーラットと言っていた---を、仕切っている女性のようだ。
私は助けられた身だ。
それに言われている通り、私は紛争の火種になる。
やっぱり死ねばよかったのか?
「だから、あんたは、神殿に匿ってもらいな」
「え?神殿?」「は?」
「あぁ乗ってきたアーティファクトの持ち主さ。領都から来ている者たちを受け入れてくれるようなお人好しだよ。あんたの事情を言えば匿ってくれるだろうよ」
何を言っているの?
神殿?王国に攻略されていない神殿があるの?神殿に匿ってもらう?
意味がわからない。
私を助けてくれたカスパル様もそれがいいと言い出した。
皆がその方向で話をする。
でも、私に選択権などない。
ここに居ては迷惑になるのなら迷惑にならないところに行くしか無い。
「それで、あんたはどうしたい?」
「え?」
「ディアス・アラニスとして、帝国に戻りたいのなら・・・。時間がかかるが手配してやる。こんな田舎町だけどここでいいのなら方法を考えよう。辺境伯を脅してもいい」
「え?あっなんで?」
「ん?あんたが住む場所だからな。あんたが決めないと駄目だろう?神殿の主はお人好しだから匿ってくれるだろうけど絶対じゃない。次の手段を考えておく必要があるだろう?」
「あっ・・・。はい。私は、神殿に行きたいと思います。主様の許可が得られないようでしたら、ユーラットにお世話になりたいです」
私は初めて自分の意思で住む場所を決めた気分になった。
誘導された結果かもしれないが、自分で口にしたことで意識できた。
「よし。イザーク!ドーリス!ダーホス!異論はないね」
アフネス様が呼ばれた三人が肯定してくれた。
「あとは、ヤスの説得だけど・・・」
どうやら、神殿の主はヤス様とおっしゃられるようだ。
「姉さん。それですが、ディアスさんの事情を黙っていれば」
奥に控えていた女性が口を挟む。
私は、ヤス様に事情を説明したい。匿ってくれる人を騙すようなことはしたくない。
「ミーシャ!ヤスじゃなければそれもいいだろうけど、駄目だね。ヤスとは友好な関係を築いておきたい」
「あの・・。それなら、私が神殿の主様にお願いするのは駄目なのでしょうか?」
なぜか皆さんの顔が厳しい。
そんなに気難しい人なのでしょうか?
「あの・・・」「ディアスさん。多分、神殿の主は事情を聞いても問題なく受け入れてくれるでしょ」
「ならば?」
「問題は、ディアスさんが可愛い女性なことで・・・」
「もう面倒だね。ドーリス。あんたも神殿に行くのだよね?」
「あっはい。その予定です」
「リーゼには説明した?ヤスはリーゼが取りまとめると思っているはずだよ?」
「え?アフネスさんがリーゼさんに言ってくれるのですよね?」
喧々諤々の言い争いが始まってしまった。
話を聞いていると、リーゼさんに誰が説明するのかで揉めているようだ。そんなにリーゼさんは怖い人なのでしょうか?
「おばさん!まだ?アーティファクトを動かしていた女性のところに男性が訪ねてきたよ?」
「リーゼ!あんたは、宿屋に居なさいと言ったはずだよね?」
「だって・・・」
え?
リーゼ?
この可愛い子が?年齢は私と同じくらいか少し下だと思う。でも、健康的ですごく可愛い子を町の重鎮たちが怖がっている?
「それで?その女性と男性は?」
「ん?呼んできたほうがいい?」
「そうだね。話を聞いたほうがいいかもしれない。リーゼ。頼んだよ」
「わかった!」
リーゼさんは元気よく飛び跳ねてギルドから出ていった。
皆がそれを見てため息をつく。
「なんで?」
私がボソっといった言葉をイザーク様が聞いていたようで簡単に説明してくれた。
リーゼさんにはなんの問題もないし、問題行動もしない。一部の人がリーゼさんを神格化しているのが問題になると教えられた。
それでもなんで自分やドーリス様が問題になるのかわからなかった。
その答えはアフネス様が教えてくれた。
「リーゼは、ヤスに自分以外の女性が近づくのが気に入らないのさ」
「え?どういう・・・。あっ」
恋愛なんてしてこなかった私でも流石にそれだけ教えられれば解る。神殿の主様はリーゼさんよりも歳上なのでしょう。もしかしたら、私よりも上なのかもしれない。それで、リーゼさんは神殿の主様に誰かが近づくのを警戒されているのでしょう。
「そんな・・・。わたし・・・(カスパル様が・・・)」
最後は自分でも驚きました。
声に出してはいないと思いますが、顔が赤くなるのがわかります。確かに助けられて、初めて男の人に優しくされて嬉しかったのは間違いありません。
思わずカスパル様を見てしまいました。カスパル様を見た事がアフネス様には解ってしまったのでしょうか?何やらお考えになってからカスパル様を呼んで耳打ちされています。何を言われているのか心臓がうるさいほどに鳴っています。
「おばさん!連れてきたよ!」
入り口を見ると、リーゼさんが男性と女性を連れてきていた。
女性は私たちを助けてくれた人だ。男性は初老だと思うが驚くほど姿勢がいい。服装もびっくりするくらい高級そうな服を着こなしている。
「お呼びと伺いました。私は、セバス・セバスチャンと言います。旦那様に仕える執事でございます」
「ツバキです。マスターに仕えるメイドです」
二人が皆に挨拶をする。
本当に綺麗なお辞儀だ。
「わたしは、アフネス。セバス殿。旦那様とはヤスの事で間違いないかい?」
「はい。間違いございません。アフネス様」
「セバス殿・・・。ヤスはユーラットに来ているのかい?」
「それに関してはお答えできません」
「ふむ・・・。それじゃ、セバス殿はどの程度の権限があるのかい?」
「移住に関しての判断を行う権限を頂いております。旦那様からは、交渉事に関しても一部権限を頂いております」
「そうなのかい?ギルドが支店を出す事は?」
「伺っております」
え?
「そこのドーリスが行く事になっているけど?」
「はい。存じております」
「え!!ドーリスが神殿に行くの?おばさん!聞いてないよ!」
「リーゼ!ギルドが支店をだすのは当然だろう?ドーリスが指名されたのだからしょうがないだろう?わかったら宿屋に戻って夕飯の支度を手伝っていな」
「・・・。わかった」
リーゼさんが不承不承だけどギルドから出ていった。宿屋に戻るのだろう。
「すまない」
アフネス様が皆に頭を下げる。
セバス様も問題ないと言って話を元に戻すようだ。
「ドーリスの件は聞いているのだね」
「はい。すでにギルドで使う建物とドーリス様が住まわれる場所を確保してあります」
「え?」
何を言っているのか理解に苦しむのだが、どうやら神殿の主様は受け入れ体制を整えているようだ。
セバス様と交渉をして私の受け入れは承認された。ただし、状況が解るまで神殿の領域から出ないという条件が付けられた。これも当然の処置なので不満には思わない。もしかしたら日の当たる場所で生活できるの?すきな物を食べたりできるの?お腹いっぱいに食べることができるの?人の足音に怯えないで寝ていいの?寒さに震えなくていいの?
一つでも叶えられたら私・・・幸せを感じてしまうかも・・・。
「なんで?」「へ?」「へぇ・・・」
結界を通り抜けると周りの様子が変わる。
乗っていた3人は、広場はただの広い場所に見えていた。それが結界を越えると家が立ち並ぶ街並みが目に入った。何か騙された気分になったのだ。
「ヤス!なんで!なんで!」
「はい。はい。簡単に言えば結界には中を見えなくする権能があって外から見えなかっただけだ」
「結界?こんなに大規模な?」
ディアスは知識として結界のことを知っている。ヤスが言っている神殿を覆うような結界は通常ではありえない。通常は野営などで馬車を守る為に発動する。範囲も数メートルが限界だと言われている。
「ヤス様。少しお聞きしてよろしいですか?」
「ん?いいけど、あんまり難しい事はわからないよ?」
ディアスはヤスの言葉で教えられないことが沢山あると理解した。
「はい。わかりました。ヤス様。右側に立っている家は?すでに住人の方がいらっしゃるのですか?」
「ん?あぁまだ住んでいないよ。移住してくる人たち用の家として作った。中の作りは甘いから直す必要はあると思うよ?それこそ、ドワーフたちに修繕を頼んでもいいかもしれない」
「え?」
「リーゼの家だけ用意して他の人の家を用意しないのは不公平でしょ?」
「いや・・・。あっそうですね。ありがとうございます」
「うん。リーゼ!窓を開けるから叩かない!」
ヤスは助手席の窓を開けた。
びっくりするカスパルとディアスだったが、リーゼが身体を乗り出して外に出ようとするのをとめるのに必死になっていた。
「リーゼの家は少し作りが違うから、ディアスさんとカスパルが住む家を案内するよ」
ヤスは山道を走っていたような速度ではなく最徐行で走っている。
神殿の近くに作ったロータリーで車を停める。
セバスの眷属である5人が魔物を連れて待っていたのだ。
「旦那様。おかえりなさいませ」
「ひっ!」
反応したのはカスパルだ。魔物が目の前に入れば驚くのは当然だ。
「カスパル。大丈夫だ。魔物だけど、神殿で保護している。可愛いだろう?」
ヤスの足にじゃれ付いている魔物を不思議そうな顔で3人が見つめる。
「ヤス様。魔物を使役しているのでしょうか?」
「違うと思うよ?神殿に所属はしてもらっているだけだからな。使役とは違うと思う。リーゼとディアスさんだ。ついでにカスパルだ。数日のうちに移住が始まると思う。対応を頼む。移住が始まればセバスも帰ってくるから、セバスの指示に従ってくれ」
眷属たちは頭を下げる。
ヤスは魔物たちを見て
「お前達も魔の森に行けない者たちは町の巡回を頼むな」
魔物たちは一斉に頭を下げる。その姿が可愛くて、リーゼも真似して頭をぴょこんと下げる。
頭を下げたリーゼだが、ヤスの足にじゃれ付いている魔物に興味津々だ。
「ヤス様。私の事は、ディアスと呼び捨てにしてください。それから、匿っていただきありがとうございます」
「わかった。ディアス。それから、匿っているつもりはないからね」
「え?」
「働いて貰うよ?カスパルもいいな」
「はい!」「もちろんです」
「まずは、家に案内する。リーゼの家はいろいろと説明が面倒だから・・・。先にディアスとカスパルの家を決めよう」
リーゼもそのほうが良さそうな雰囲気だ。ヤスは問題ないとしてディアナとカスパルから二人の生活能力を聞き取った。
ディアスもカスパルも家事全般が壊滅的な状況だ。ヤスは少しだけ考えてから近くに控えていたメイドを呼ぶ。
「料理は大丈夫だよな?」
「はい。マスター」
「リーゼ!いつまでも魔物をなでているなよ」
「え?なに?」
「リーゼは、料理は大丈夫だよな?」
「うん。できるよ?」
「わかった」
ヤスはディアスとカスパルを見る。どうしようか考えているとディアスが一つの提案をしてきた。
「ヤス様。どこか小さな家をお貸しいただきたい。すぐには無理だとは思いますが一人でできるようになりたいです」
ヤスは少しだけ困った表情をするが実際には困っていない。
困っている雰囲気を出しながらいたずらとしようと考えているのだ。
「うーん。アフネスに匿うと約束したからな。そうだ!カスパル!」
「はい!」
「お前、何でもすると言ったよな?」
「はい。なんでもします!」
「よし、俺の仕事を手伝え。アーティファクトの操作方法を教えてやる。まずは、ユーラットと居住区を繋げ。移住者の移動や物資の補給を全部担当しろ。そして、ディアスと一緒に住んでディアスを守れ。ディアスには不便をかけるけど、匿われているのを理解して嫌だろうけどカスパルと住んでくれ」
「え?」「はい?」「えぇぇぇぇぇぇ!!僕も操作したい!」
「カスパル。異論はないな!」
「はい!」
「ディアスも問題ないな。それから、生活能力がないカスパルの世話ができるようになってくれ。二人だと心配だから、ディアスができるようになるまでメイドを付ける」
「はい。よろしくお願いします」
「うん。家の場所は、神殿の近くにしよう。道沿いなら警備しやすいからな」
「??」
ヤスが選んだ家は夫婦が住むのに適した作りにした家だ。
リーゼの家から一つ離れた場所にある。眷属たちが住む部屋の隣になる。
ヤスは、カスパルとディアナを先導して歩く。
『マルス。カスパルに運転を教えたいがどうしたらいい?』
『個体名カスパルに運転させる車は?』
『最初は、小型バスだな。慣れてきたら、業務車での運搬を担当させたい。ユーラットから食料や物資を運んだりできたらいいだろう?ユーラットへの素材の運搬もできるようになれば嬉しい』
『了。地域名ユーラットまでならサポートできます。以前に行った方法で問題ないと思われます』
『ツバキと同じ方法か?』
『はい。そのときに、個体名セバス・セバスチャンの眷属にも教えていただきたい』
『いいけど?』
『今後運転を教える時には、マスター以外が教えたほうが良いと判断します』
『わかった』
ヤスとマルスが念話で打ち合わせをしている間にディアスとカスパルが住む家に到着した。
すでに先回りしたメイドが家の前で待っていた。
『マルス。鍵はどうなっている?』
『カードで代用できます』
『さっき作ったカードか?』
『はい』
『どうしたらいい?』
『登録者が居ない家の場合には、カードをドアにかざす事で登録できます。最初に登録した者が家の所有者になり追加で住民のカードを登録できます』
『わかった。登録抹消は?』
『持ち主の抹消は、マスターと個体名ツバキと個体名セバス・セバスチャンが行えます』
『わかった』
「ディアス。カスパル。家はこれでいいか?」
「え?」「は?」「いいなぁ!!」
3人の反応を見てヤスは問題ないと判断した。
「登録だけど、所有者は誰にする?ディアスのほうがいいかな?」
「本当にいいのですか?」
「何が?」
「いえ・・・。こんなに立派な・・・。それに広さも・・・」
「これが平均的な家だからな。二人で住んでもらうし少しくらい広いほうがいいだろ?」
「あ・・・。はい」
「ディアスが所有者でいいよな?」
「・・・」「はい。問題ありません」
カスパルが問題ないと言っているのだから問題ない。
「ディアス。結界に入る為のカードがあるだろう?あれをドアにかざして」
「はい」
ディアスがカードを家にかざすと”カチッ”と音がした。カードに、ヤスが適当に振った家の番号が記載された。
ディアスが開けた扉から家に入る。カスパルのカードを登録した。これで、カスパルも鍵を開けられるようになる。ヤスの譲れないところとして”玄関で靴を脱ぐ”ことは徹底する。
ヤスが設定した内装の説明を行う。
玄関から始まって、キッチンとリビング。風呂とトイレの説明だ。特に、キッチンと風呂とトイレはしっかりと説明した。
「こんな感じだけど?」
「・・・」「!!」
家の設備を説明した結果ディアスとカスパルは無言になってしまった。リーゼだけは純粋に楽しんでいるようだ。
ヤスはカスパルとディアスを家に残して後のことはメイドに任せた。当面の食料はヤスが確保している物から提供する。
リーゼとヤスはリーゼの家に移動して同じようにカードを登録してから中に入る。
広さは違うが設備には違いは無い。
リーゼが大人しく説明を聞いていた。
「ヤスはどこに住むの?」
「俺は、神殿の中に部屋があるし、いろいろ仕事がある」
「僕はどうしたらいい?」
「どうしたら?そうだな。ギルドでも手伝うか?ドーリスに話を通すぞ?」
「むぅ・・・。もういい!」
リーゼはドアを閉めて家の中に入ってしまった。
「マスター」
「面倒だろうけど、リーゼの世話を頼むな。ミーシャとかラナが来たら相談しよう」
「わかりました」
メイドは、ヤスに頭を下げてからリーゼの家に入っていった。リーゼにも2名のメイドをつけた。ディアスとカスパルには3名のメイドをつけた。
「巡回を頼むな。それから、セバスが帰ってきたら一緒に運転を教えるから覚えてくれ」
5人の眷属が一斉に頭を下げて返事をした。
やはりヤスから教えてもらうのは嬉しいようだ。頼られて命令されるのも嬉しいのだが、ヤスから教えられる事が嬉しいようなのだ。
イザーク隊長に”誓いのナイフ”を返した。
俺は、正直な気持ちを隊長に伝えた。
”ユーラットよりも大切な物ができた”と、隊長はその場はナイフを受け取ってくれなかった。”男を見せろ”と言われて、ヤス様とディアス・アラニスの前で隊長にナイフを返した。
今、神殿に向かう為にヤス様のアーティファクトに乗っている。前にはリーゼが座っていて、横にはディアス・アラニスが座っている。
本当に不思議なアーティファクトだ。
鉄でできているようだが、鉄だけでは無いのだろう。ドアに付けられている窓もすごく透明できれいなのだ。王侯貴族が乗るような馬車でもこれほど見事な窓は存在しないだろう。リーゼに教えられて身体を固定する器具を装着する。安全のためだと教えられた。
窓を見ていると、窓越しに俺を見ているディアス・アラニスと目が合う。
「どうかされましたか?ディアス様?」
「え・・・。あっ・・。良かったのですか?カスパル様」
「すみません。自分の事は、カスパルと呼び捨てにしてください」
「それなら、私の事も、ディアスとお呼びください」
「そうか?わかった。ディアス。それで、どうかされたのですか?」
「いえ、カスパルが私を見ていたように思いましたので・・・」
「・・・。そうですか・・・。いやなんでも無いですよ」
リーゼを見るがアーティファクトに付いているいろんな物を触っている。壊れたり急に動いたりしないか心配になってしまう。
「そうだ!カスパルもディアスもヤスのアーティファクトには乗ったのだよね?」
「あぁ」「はい」
「それ、ヤスが動かしたの?」
俺はディアスを見るが俺を見るので俺が答えるのがいいのだろう。
「違う。ツバキという女性だ」
「ふぅーん。やっぱり。それで、早かった?」
「早かったとは思うけど、隊長が言っているような速度ではなかった」
「そうなの?」
「あぁ」
「それならいいかな・・・」
最後はなんか小声になっているから聞こえなかった。
何かまだ聞きたい事があるのかと思ったが聞き返されないので十分なのだろう。
「あ!」
「え?」「??」
「早くなかったのだよね?このアーティファクトに乗るのは初めてだよね?」
「あぁ。何回か見たことはあるけど乗ったのは初めてだ」
「それなら少し覚悟したほうがいいよ?」
「覚悟?」「??」
ディアスも不思議なことを聞いたと思っているのだろう。
覚悟が必要になるアーティファクト?
「うん。命を奪われたり、魔力を吸われたりはしないけど、すごく早いよ。びっくりすると思うよ。イザークも驚いていたくらいだからね」
隊長が驚いた?
「リーゼ様。それは?」
「ん?速度もだけど・・・。そうか、ディアスは神殿への道を知らないのか・・・。カスパルは知っているよね?」
リーゼが俺に聞いてくるがもちろん知っている。
何度かギルドの依頼で神殿を調査に行った。
「あぁ」
「僕は知らなかったけど、道はそんなに変わっていないらしいよ」
「へぇ」
リーゼが何をいいたいのかわからない。
「カスパル。リーゼ様。神殿は山にあるのですか?」
「そうだ。ここから左側にある道を上っていく」
「もしかして、山道ですか?」
「そうだけど?」
「リーゼ様。ヤス様のアーティファクトは山道でも同じ速度で移動するのですか?」
ディアスやリーゼの言っている山道やら速度やらで、やっとリーゼの意図がわかった。
たしかに、あの速度で山道を進まれたら怖い。椅子やこのベルトのおかげで動きは少ないだろうが馬車の4-5倍の速度で山道を進むなんて考えただけで怖い。
「違うよ」
リーゼの言葉で、俺もディアスもホッとする。
さすがにあの速度では移動できないようだ。
リーゼはゆっくりと溜めてカア言葉を繋いだ。
「違うよ。多分だけど、ユーラットに来た時に乗っていたアーティファクトの2倍くらいの速度で移動するよ」
「え?」「は?」
リーゼがとんでもないことを言い出した。
2倍?馬車の8ー10倍?想像ができない速度だ。そんな速度で馬車が動いたら・・・。そもそも、そんな速度を出すためにどうしたらいい?伝説の8本足の馬に牽かせても無理だろう?
リーゼに聞き返そうかと思ったがヤス様が戻ってきた。
後ろを見て俺たちがベルトをしているのを確認したヤス様はアーティファクトに魔力を流したようだ。
どんな操作をしているのかわからないが動き出した。最初はゆっくりした動きだ。前に乗ったアーティファクトよりも静かだ。
リーゼが脅していたのだろう。
山道に入ってリーゼが言ったことが正しいとわかった。馬鹿なのか?木々の間を、山道を、信じられないような速度で駆け抜けていく。崖に落ちそうになったり壁に激突しそうになったりしながらだ。アーティファクトが横に移動した時には悲鳴に似た声を出してしまった。ディアナも同じだ。正面を向いているが顔が青くなっている途中から悲鳴も聞こえなくなってしまった。リーゼは楽しんでいるようだが、なぜ楽しめるのかわからない。ヤス様も楽しそうに何かを口ずさんでいる。さっきは気が付かなかったが頭に何か付けている”メガネ”と言われる物のようだ。あれもアーティファクトなのだろうか?
恐怖の時間は永遠に続くかと思われたが、神殿の広場前でアーティファクトは停まった。
結界が張ってあると言われた攻撃しても何もできない。
隊長なら破れる・・・。絶対に無理だ。ヤス様の話ではスタンピード程度なら防げると言っている。
結界に入る為のカードを作成する魔道具が粗末な小屋に置かれていた。盗まれたらどうするのだろう?何か対策でもしているのだろうか?
魔道具はよくわからないが、ヤス様が大丈夫と思っているようなので大丈夫なのだろう。
カードを持ってアーティファクトに乗り込む。同じ場所に座った。
アーティファクトが結界を越えたら景色が一変した。
自分の目を疑ってしまった。変な声も出してしまった。
なにもない広場になっていたと思われる場所に街が出現したのだ。
綺麗に道が整備されている。家も多く建っている。
まっすぐに伸びた道をゆっくりとした速度で移動している。馬車が進む速度と同じくらいだろう。
正面にある神殿の入口前で停まる。
ヤス様を待っていたのだろう。俺たちを助けてくれた者たちが一列に並んでいる。アーティファクトから降りるまで気が付かなかった。
(魔物!)
魔の森に生息する魔物が一緒に居た。俺一人ではディアスを逃がすだけで精一杯かもしれない。
剣に手をかけてしまったが、魔物たちがヤス様の足元にじゃれ付いている。
魔物たちは神殿で保護していると教えられた。
俺たちを助けてくれた者たちと一緒に街を巡回してくれるようだ。正直、俺では役者不足だろう。
俺とディアスの生活能力を聞かれた。
正直に答える。
「それじゃ二人とも殆ど家事はできないと思っていいな」
頷くしかなかった。ディアスは囚われていた為に家事をしたことがなかった。囚われる前もお付きが居たので家事をする必要がなかった。俺は警備隊に入る前は孤児院で育った簡単な家事は自分でやっていたが手伝い程度だ。警備隊に入ってからは、まかない飯が出た部屋の掃除も隊の訓練として行う程度だ。
ヤス様は控えていたメイドに話をしている。
「ヤス様。どこか小さな家をお貸しいただきたい。すぐには無理だとは思いますが一人でできるようになりたいです」
急にディアスがヤス様にお願いを始めた。
ヤス様は少しだけ困った表情をされたが、すぐに表情を戻して俺を見た。
「うーん。アフネスに匿うと約束したからな。そうだ!カスパル!」
そうなのだ。俺は無理矢理付いてきたのだが、ディアスはアフネスがヤス様にお願いした形になるのだ。
「はい!」
「お前、何でもすると言ったよな?」
「はい。なんでもします!」
ヤス様は俺の気持ちを再確認した。
宣言には嘘はない。命令ならばなんでもすると宣言する。
「よし、俺の仕事を手伝え。アーティファクトの操作方法を教えてやる。まずは、ユーラットと居住区を繋げ。移住者の移動や物資の補給を全部担当しろ。そして、ディアスと一緒に住んでディアスを守れ。ディアスには不便をかけるけど、匿われているのを理解して嫌だろうけどカスパルと住んでくれ」
何を?
言っているのだ?アーティファクトの操作?俺は魔力が少ないから無理なのでは?
「え?」「はい?」「えぇぇぇぇぇぇ!!僕も操作したい!」
リーゼが何か言っているが、俺はそれ以上にヤス様からの命令が頭を支配する。
ディアスと一緒に住む?守るのは当然だが一緒に住む必要は・・・。
「カスパル。異論はないな!」
「はい!」
俺に依存はない。家も広いだろうから問題はないはずだ。
「ディアスも問題ないな。それから、生活能力がないカスパルの世話ができるようになってくれ。二人だと心配だから、ディアスができるようになるまでメイドを付ける」
「はい。よろしくお願いします」
ディアスは俺の方を一度見てから承諾してくれた。
「うん。家の場所は、神殿の近くにしよう。道沿いなら警備しやすいからな」
「??」
ヤス様の言っている事がわからないが、家の場所?
ひとまずディアスと一緒に住むことが決まった。二人だけではなくメイドも一緒に住むらしい。ディアスが承諾してくれたのもメイドが一緒だから安心してくれたのかもしれない。
神殿からそれほど離れていない家の前まで移動した。
どうやらディアスと俺が住む家の候補らしい。
結界を通る時に作ったカードがそのまま鍵の役割になるようだ。
ディアスの顔を見るが驚いている。俺では変わった家とすごい家という印象しかないがディアスはなにか違った感想を持っているようだ。
家の中に入る。
エルフ式のようだ。玄関で靴を脱ぐように言われる。ディアスもエルフ式は知っていたようだ。驚いているのはリーゼだった。この場にいる唯一のエルフ族が驚いてどうする。
家を案内してくれるヤス様の説明は驚愕という言葉が陳腐に思えるほどだった。
玄関を入ると、まずは俺のカードを家に登録する運びとなった。
ディアスが行う必要があるようだ。玄関に入ってすぐのところに魔道具が設置してある。”ディアスのカードと俺のカードを重ねて二人の魔力を流す”これで登録が完了した。俺が一旦外に出てから鍵を使って中に入る。しっかりと鍵になっている。
「ディアス。その魔道具に触れてみてくれ」
ヤス様がディアスに指示を出す。
指示されたとおりに魔道具に触れる。
「カスパルの名前が出ているだろう?」
「はい」
俺には見えないが触っているディアスには見えるのだろう。鍵を登録している人物が表示されるのだと説明された。俺はディアスにやり方を聞いて欲しいと言われた。
「カスパルの名前を触って・・・。そうそう、それで呼び出しを選んでみてくれ」
「はい」
ディアスが恐る恐るだが何かを操作している。
”ブルブル”
「え?」
カードが振動した。何が起こった?!
「カスパル。カードを見てくれ」
ヤス様がカードを見てくれと言っている。
「え?」
カードには”ディアスからの呼び出し”と表示されている。
「うん。成功だな。今、ディアスが魔道具を使ってカスパルを呼び出した。無いとは思うけど何か緊急事態が発生した時に使うといい。神殿の領域内に入ればどこに居てもつながるからな。呼び出せない時には選択できない。その時には神殿の領域に居ないと思ってくれ」
驚愕だ。これがユーラットにあったら・・・。
駄目だ。休んでいる時に緊急呼び出しがかかってしまう。なくてよかったと思うことにする。
「よし。部屋を案内する。リーゼのところも同じような物だから覚えろよ」
「うん!わかった!」
「ヤス様。リーゼ様と違いは?」
ディアスがなぜ違いを気にしたのか?
「違いは、リーゼの家にははじめからメイドが住む場所が用意されている。あとは、10人程度が会議できる部屋を用意している。それと、アフネスとロブアンが泊まれる場所を用意している」
ヤス様は頭をかきながら説明してくれた。
どうやら、リーゼの家と言っているが集会場の用な使い方を想定しているようだ。アフネスやロブアンが訪ねてきた時に泊まれるようにしているのはヤス様の配慮だろう。ディアスも納得したようだ。
「ヤス!他は?」
リーゼが我慢できなくなったようだ。
「わかった。わかった。ディアスもカスパルも次はリビングだが見ればわかるだろうから省略するぞ?内装は作っていないから、移住組が来たら頼むようにしてくれ」
「はい」「わかった。ユーラットから持ってきてもいいよな?」
「二人がそれでいいのなら問題ない。好きにしてくれ、そして次がキッチンだ」
次はテーブルがありキッチンと言われたが、料理を作る場所と食事をする場所が一緒になっているようだ。
「ヤス様。魔道具なのですか?」
「そうだ」
「魔石は?」
「必要ない。神殿から供給される」
「え?そんな・・・。きいたこと・・・。ない」
「そうなのか?そういう物だと思ってくれ」
ディアスが驚愕の表情を浮かべているが神殿特有の物なのだろう。魔石を交換する必要がない魔道具なのだろう。
俺はそう理解した。聞いたことはなかったが、結界を越えてから知っていることのほうが少ないから、ヤス様が言っていることを全部”そういう物”として受け入れる。考えてもわからない。それなら考えなくてもいいと思う。
冷魔蔵庫もある。大きな貴族の家なら備え付けられているらしい物だ。肉や野菜を保管すれば痛みが遅くなると言っていた。確かに、ユーラットと違って港があるわけではないのでこれはありがたい。
家には風呂まで有った。貴族が住むような屋敷でも滅多にないと言われる設備だ。
トイレが清潔だったのは純粋に嬉しい。
他にも家の中の気温を一定に保つ魔道具が備え付けられたりしている。
寝室は一つだったが、2つに増やす事になった。ディアスには2階にある部屋を使ってもらって、俺は1階にある部屋を使う。トイレは2階にもある。風呂は1階だが時間をずらせば大丈夫だろう。増やした寝室には布団だけが持ち込まれた。”畳”という草を編んだ物が敷かれている部屋が俺の部屋となる。
ヤス様は一通りの説明を終えてリーゼを連れて出ていった。残されたメイドも生活用品や食料品を持ってくると言ってヤス様に付いていった。
メイドは鍵を持っていないので帰ってきたらチャイムを鳴らすのでドアを開ける必要があるらしい。
簡単に言えば、俺とディアスが家に残されたかたちになる。
部屋や設備を見て回ってリビングと説明された部屋で椅子に座っている。アフネスには悪いけど、宿屋に置いてあるような椅子ではない。しっかりとした作りで安心できる。座りながら動いたくらいでは倒れたりしない座りやすい椅子だ。ソファーもあるが汚したら怒られそうでまだ座っていない。触って確認したが柔らかい触り心地だ。
ディアスと正面になる位置に座った。
本当に可愛い。年齢は18歳だと聞いた。俺よりも2つ下なのに落ち着いている。
「カスパル?」
ディアスが俺を見ている。
「なんでも無い。それにしても、こんな家をいいのかな?」
「ヤス様の説明を聞いていると、他も同じようになっていると思います」
「そうだよな・・・。あっ。ディアス。俺が一緒で良かったのか?ヤス様に言えば違う家が借りられるから、俺が移動する」
「え?カスパルは、私が一緒では嫌なのですか?」
「そんな事はありません!ディアスといっしょになりたい!」
「え?」
「あっ・・・。失礼します。手伝いに行ってきます!」
「・・・・。わかりました。お待ちしています」
ディアスの前から走り去るように逃げてしまった。
いきなりで・・・。言葉が出てしまった。”いっしょにいたい”でもかなりの言葉だが”いっしょになりたい”ではプロポーズに聞こえてしまったかもしれない。間違っていないが、順番もあるしディアスのことを全く考えていない。駄目なヤツになってしまう。
外に出ると、ヤス様が神殿に入っていくところだった。リーゼへの説明が終わったのか?
ヤス様が入っていった神殿からメイドが荷物を持ってこちらに歩いてきた。
「カスパル様。問題がありましたか?問題があるのでしたらマスターをお呼びいたします」
「いや、問題ではない。荷物を持とう」
「いえ、カスパル様に持たせたとなると、私がマスターに叱られてしまいます」
「大丈夫だよ。そうだ、名前は無いのか?」
「私ですか?」
「そう。これからいろいろお願いすると思うから名前が無いと不便だよ」
「私は、マスターからサードと呼ばれています」
「俺やディアスがその名前で呼んでいいの?」
「問題ありません」
会話が続かない。
元々女性との接点が少なかった事は認める。それでも、多少は会話ができると思っていたのだが難しい。
家に着いてしまった。鍵は開けられるのだが、チャイムを鳴らす。”カチッ”と鍵が開く音がして中に入る。
「カスパル!」
「ただいま・・・。で、いいのかな?」
「ここは、ヤス様から、”私”と”カスパル”の家として許可された場所です。”ただいま”で正しいです。カスパルは、私を置いてどこにも行きませんよね?」
ほんの数分だけ離れていただけでディアスの心が壊れかけている。涙目になっている。それだけではない。喋り方も変わっているし声が震えている。ディアスが何を求めているかわからないが、俺ができることは少ない。ディアスの震えている手を握る。温かい手だ。戻ってきた感情を消さないためにもディアスとしっかり話をしよう。
どうしたらいいのか?決めていこう。
俺が玄関で立ち止まっていると先に入ったサードがディアスに挨拶をして荷物を部屋に運び入れている。
気がつけば玄関には俺とディアスしか残っていない。
二人で何をしたらいいのかわからなくてお互いの顔を見ることしか出来なかった。
これからやっていけるのか少しだけ心配になってしまった。
ヤスは一人でリビングに戻ってきた。
今からアフネスと話をするためにユーラットに戻る必要があるのはわかっている。
「ふぅ・・・」
『マスター』
「マルスか?どうした?」
『個体名セバス・セバスチャンから連絡がありました』
「何か問題でもあったのか?」
『マスターに仕事の依頼をしたいという女が現れたそうです』
「仕事?」
『はい。個体名セバス・セバスチャンは、マスターへの依頼の前に、移住を行うほうが先だと宣言しました』
「わかった。セバスには、移住の話をメインにするように伝えてくれ」
『了』
(リーゼに聞けば少しは事情がわかるかもしれないな)
ヤスの考えは半分だけ当たっていた。リーゼは、サンドラがユーラットに居ることは知っていたが、仕事を持ってきたのは知らなかった。ただ、リーゼは直感でサンドラがヤスと話をしたがっているのを察していた。
「マルス。リーゼに話を聞いてくる。セバスには移住を進めるように言ってくれ」
『了』
リビングの端末に地図を表示させて、リーゼが家にいると確認したヤスは側に控えていたメイドに食料を持たせてリーゼの家に向かう事にした。
「マスター。リーゼ様にお話をしてきます」
「ん?任せていいか?」
「はい」
どのみちリーゼに話を聞きたいと伝えなければならない。ヤスはメイドが先触れとしてリーゼの家に行くように指示を出した。
メイドが小走りでヤスから離れた。急ぐことではないので、ヤスはゆっくりとした歩調でリーゼの家に向かった。
家から5m程度に近づいたときにリーゼが勢いよく家から飛び出してきた。
「リーゼ?どうした?」
手前で止まったがもう一歩でぶつかるところだった。ヤスが手を出していなかったら間違いなく抱きついていただろう。
「ヤスが僕に聞きたい事があるって聞いたから急いで出てきただけだよ!」
「あぁ・・・。言い方が悪かったな。リーゼが知っていたら教えて欲しいだけだけど、急いでいるわけじゃないぞ」
「そうなの?」
「ユーラットに俺を訪ねて来た人がいるらしいから知っていたら教えてほしいだけだ」
「なんだぁ・・・。僕の事じゃない・・・。それで?」
「ん?まずは、リーゼの家に食料を運び込んでから話を聞けばいいと思っているけど駄目か?」
「駄目じゃない!」
ヤスとリーゼは5mの距離を一緒に歩いた。
些細な事だが、リーゼは機嫌を良くしていた。ヤスもリーゼの機嫌が直ったので良かったと考えた。
食料はすでにメイドが運び込んでいた。二人は揃ってリビングに移動した。
メイドがヤスとリーゼに飲み物を出したところで話を切り出した。
「リーゼ。俺に仕事を依頼したいと言ってきた奴がいるらしいけど知っているか?」
「うっ・・・・うん。詳しい話は知らないけど、領主の娘だよ」
「面倒そうな話だな。それじゃ移住を先に進めるように言ったのは正解だったな」
「うん!うん!そのほうがいいよ!」
リーゼのテンションがおかしな状態になっている。
「そうだな。移住の時に、その俺に仕事の依頼をしたいと言ってきた奴も連れてくれば話を聞けるだろう。面倒なら断ればいいだけだからな」
領主の娘と聞いて厄介事に発展する未来しか見えなかった。
断る方向で考え始めていた。アフネスを巻き込めば大丈夫だろうと安易に考えていたのも間違いない事実だ。
「うん!」
「わかった。ひとまずユーラットに行ってくる。リーゼはここに残ってくれ、ミーシャとラナはなるべく早い段階で来てもらう。家に関しては、セバスかツバキなら説明できるだろうしリーゼの補助があれば問題にはならないだろう」
「うん!わかった!僕を頼りにしてくれているのだよね!」
「あぁリーゼが居てくれるから安心できる」
ヤスは、でまかせを言っているわけではない。本心からリーゼを頼りにしているとは違うのだが、ユーラットにリーゼを連れて行かない方法を考えた結果の言葉だ。
交渉をセバスに任せたと言っても最後には自分が判断しなければならない程度の認識は持っていた。
そのためにもリーゼがいると面倒に拍車がかかるような気がしていたのだ。
リビングにメイドが入ってきたタイミングでヤスはリーゼの前から退去した。リーゼが何かいいかけていたのはわかっていたが無視したのだ。
『マルス。リーゼの話を聞いたな』
『はい』
『FITでいいか?』
『問題ないと思われます』
『わかった。準備を頼む』
『了』
ヤスが、神殿の地下一階に移動するとFITがスタンバイされていた。
火を入れる。心地よい振動がヤスを包み込む。
「マルス。行ってくる。セバスに裏口まで迎えに来るように言ってくれ」
『了』
ユーラットへの道を全速力ではないが楽しみながら下った。
(うん。やはり、上りと下りで道を分けよう)
セバスやツバキだけではなく車を運転させようとしているのは自分なのに、楽しみを奪われたくないと思ってしまう辺り業が深いのかもしれない。
上りと下りを分けるのは事故を未然に防ぐ観点からも有効なので誰も反対はしないだろう。
「マスター。お疲れさまです」
ヤスは所定の場所にFITを停めた。
「それでセバス。仕事の話は別にして移住に関してはどうなった?」
「はい。アフネス殿と交渉を行いました結果・・・」
セバスの説明を聞き終えたヤスは問題ないだろうと結論を出した。
「移住者は217名でいいのか?」
「はい。先程マスターと一緒に移動しました3名を加えて220名です」
「そうか、家は足りそうだな。仕事の割り振りなんかも任せて大丈夫だよな?」
「お任せください」
「食料や荷物の運搬はカスパルに担当させるつもりだけどいいよな?」
「問題ありません」
「カスパルに運転を教えるときにセバスと眷属にも教えるからな」
「はい。伺っております」
「眷属たちが講師として今後は運転を教えるけど大丈夫だよな」
「問題ありません」
運送業をやらせるつもりは無いがある程度の人数に運転を教えるのは必要だと考えていた。
「さて、いくか!」
「はい」
ユーラットのギルドにヤスは入っていった。
アフネスとミーシャとラナだけが残っていた。
「ヤス」「ヤス殿」
「アフネス。それに、ミーシャとラナか?他の面子は?」
「今、イザークは領都に住んでいた者たちの相手をしている。ドーリスはサンドラから詳しい話を聞いている」
「そうか・・・。まぁいい。アフネス。移住してくるのは220名だよな?」
「あぁセバス殿に伝えた通りだ」
「住む場所は問題ない」
「住む場所?」
アフネスもミーシャもラナもヤスの言っている事が理解できない。移住で問題になるのが住む場所だと考えていたからだ。
住居を作るために必要になる資材の運搬や建築を行う職人の手配に頭を悩ませていたのだ。職人はドワーフが中心になれば”家の1軒”を建てるだけなら問題ではない。だが、必要になってくる住居の数が多く全員に行き渡るまでの期間をどうして過ごさせるのか考える必要が有ったのだ。
しかし、ヤスは”住む場所”は問題ないと言い切った。理解できなくて当然なのだ。
「直面する問題は食料をどうするかだ・・・。しばらくはユーラットや領都に買いに行く必要があるよな?」
「食料ならユーラットから持っていけばいい」
「アフネス。そういうが、220名を食べさせるだけの食料があるのか?神殿で自給自足に持っていくまで数ヶ月はかかるぞ?」
「そうか・・・。流石に無理だな。領都に・・・」
「それは無理ですわ」
ギルドの奥から出てきたサンドラだった。
ダーホスやドーリスとの話し合いが終わって出てきたサンドラだったのだが、アフネスが言った食料の調達先を領都にするのは無理だと考えていたのだ。
「え?だれ?」
「はじめまして、私はクラウスの娘。サンドラといいます」
「はじめまして、私はクラウスの娘。サンドラといいます」
サンドラはヤスが反応しない状況を見て言葉を繋げる。
「神殿の主様。どうか私の依頼をお受けください」
「ん?アフネス?」
ヤスは依頼内容を聞いていたが、サンドラの出現は予想外だった。しかし”領都での食料調達が無理”だと言われたて領都や王都の状況がどうなっているのか知りたいと思った。アフネスはヤスが何を言いたいのかわかったようで口を挟むのを止めた。
「サンドラ様?私は、ヤスといいます。それで、どうして”領都での食料調達が無理”なのですか?スタンピードで発生した魔物が討伐された事実を知らせれば・・・」
「まず、神殿の主様。私の事は、サンドラと呼び捨てにしてください。それから、口調もアフネス様やミーシャ様に話される感じでお願いします。私だけ違う口調ですと疎外を感じてしまって悲しいですわ」
「いやいやまずいでしょ。貴族様ですよね?」
「はい。ですが三女です。それに、神殿の主様は一国の王に匹敵いたします。そんな方に”様”付されるのは困ってしまいます」
ヤスはアフネスを見るが頷くだけで助言をもらえなかった。
「わかりました。それで先程おっしゃっていた発言の真意を教えていただきたいのですが?」
「はい・・・」
サンドラは、領都にある食料は兄であるランドルフが掌握してしまっている事実を含めて正直にヤスに話をした。
ランドルフがリーゼに対して行おうとした行為やエルフ族に対する迫害や人族以外への偏見を含めて全部正直に説明した。
その上で頭を下げてヤスに願い出でたのだ。
「神殿の主様。レッチュガウをお救いください」
「うーん。話が大きすぎてわからない。結局、何をして欲しい?依頼だと言うのなら・・・」
ヤスは奥から出てきたダーホスを見る。
「サンドラ様。依頼は納得できる報酬が有って成立するものです。サンドラ様が提示された報酬ではギルドは依頼を発行しません」
宣言するかのようにサンドラを諭すダーホスには疲れの色が濃く出ている。
今まではサンドラを説得していたのだろう。
「サンドラ様。今、あなたがやらなければならないのは、ヤス殿の説得ではなく、お兄様であるランドルフ様の説得ではないのでしょうか?」
「わかっております。わかっておりますが・・・」
「サンドラ。なんとなくだがヤスに提示する報酬のあたりが付くが・・・。それは愚策だ。ヤスを見て感じないか?」
「アフネス様。それは?」
「感じないのなら、その程度だな。魔眼を持つ魔女と聞いていたが噂でしか無いようだな」
「・・・」
少しだけ悔しそうに目を伏せるサンドラだったが、ヤスをじっと見る目には見るものが見ればわかる程度の魔力が宿る。
「え?」
サンドラの目にはヤスの偽装されたステータスが表示されている。
ヤスのことを神殿の主と呼んでいる。情報としては、ヤスが神殿を攻略したと伝わっているのだろう。この場にいるアフネス以外の人間はヤスが攻略したと思いこんでいる。サンドラはアフネスを見てから首をかしげる。行った事とステータスがアンバランスなことは理解できたのだが”だからなんなのだ”という思いが強い。
「サンドラ。見たのなら解るだろう。ヤスは”神殿の主”ではあるが”神殿を攻略した”とは言っていない」
「あっ・・・。でも、それなら・・・」
「そうだな。そこまでなら問題はないだろうな。だけど、あのアーティファクトを見ただろう?」
「はい。だからこその依頼と報酬なのですが?」
「依頼は問題ない。そこのお人好しなら受けるだろう。だが報酬次第ではヤスが厄介事を背負い込むことになる」
「あっ・・・。神殿の独立性ですか?」
「それもある。貴族籍のままでは無理だろう。しかし、貴族籍を失ってしまっては報酬の価値はない。違うか?」
「しかし・・・」
「サンドラ。気持ちは理解するが考えれば解るだろう?」
「そうですね・・・。しかし・・・」
「なぁアフネス。サンドラも、俺に解るように話してくれよ。輸送なら俺の仕事だと考えられる。報酬も後払いでもいいぞ?」
「後払い?」
反応したのはサンドラだ。
「その前に、王都から領都への輸送は今回が初めてか?」
「いえ、規模は違いますが毎年です。王都から食料や物資を搬送してもらっています」
「毎年?それなら・・・」
サンドラはヤスが言おうとしているのはわかったのだがアフネスとミーシャを見るにとどめた。自分が言っていい話しでないのは理解している。
「ヤス殿。搬送は、去年までは私が担当していた」
「え?ミーシャが?」
アフネスがうなずいたのを見てミーシャが事情を説明した。魔通信機の利用料を含めて説明した。
「それで・・・輸送よりも大事な役目が有ったから輸送の報酬は抑えていた」
「サンドラ。普段ミーシャに渡している報酬は準備できるよな?」
急に話を振られて動揺したが、ヤスの問いかけに頷く事で答えた。
「アフネス。利用料はリーゼに渡せばいいのか?」
「いや、ヤスが貰ってくれ」
「いいのか?」
「問題ない」
「わかった。サンドラ。王都なら食料や物資を買い集めても問題にはならないよな?」
「え?あっ問題にはなりません。ただ、日持ちする物が手配できるか・・・」
「日持ち?そうだな・・・。ミーシャ。王都までは領都からどのくらいで行ける?」
「急いでも20日は必要だ。道中で休む時間を減らせば2-3日は短縮できる」
「わかった。サンドラ。その依頼を受けてもいいが」「本当ですか!」「ヤス!」「ヤス殿!」
ヤスが手で皆を制する。
「受けてもいいが条件がある」
「条件ですか?」
「まずは、ユーラットに来ている者たちの移住が先だ。それから、カスパルの教育をするから出発はどんなに早くても二日後だ」
明らかに失望の色を浮かべるサンドラだが”しょうがない”という思いも確かにある。
「それから王都で220名が最低でも2ヶ月間生活できるだけの物資を確保したい」
「それはヤス様が購入されるのですか?」
「今回の輸送で俺が得る報酬と魔通信機の利用料を当てる。無理か?」
「わかりません。王都にそれだけの物資があるのか確認してみないことにはお返事はできません」
「そりゃそうだな。わかった、あるだけ集めてくれ」
「承ります」
サンドラが綺麗な所作で頭を下げる。
「ダーホス。処理は任せていいのだよな?」
「問題ない。問題ないが良いのですか?」
「ん?」
「報酬をそのように使われて問題ないのですか?」
「そういう事か・・・。わからないけど、物資が無いのは困るからな。1-2ヶ月もすれば落ち着くだろう?そうしたら、魔の森は無理でも麓の森に入って狩りや採取はできるだろう。食いつないでいる間に畑の整備ができればなんとかなるだろう?」
「そうですね」
「それに、ドワーフ族がいるのなら武器や防具の制作や補修を頼めるだろう?」
ミーシャが話しに割り込んでくる。
「問題ない」
ヤスは、ミーシャではなくサンドラを見る。
「サンドラ。仕事は受けるが俺の条件を飲めるのか?」
「分配は、領主の采配になり即答できません」
「わかった。領主を説得してくれ、2日やる。それまでに説得してくれれば、ミーシャが受けていた報酬で物資の輸送を請け負う」
頭を下げようとするサンドラを制して、ヤスはアフネスを見る。
「アフネス。2日で移住を完了させてくれ。俺は、カスパルに運転を叩き込む」
「ん?」
「俺が王都に行っている間に、カスパルにはユーラットと神殿の間で物資の運搬をしてもらう。ツバキがアーティファクトを使って移住を支援するが、物資まで面倒は見られないからな」
「・・・」
「それから、王都までの道を教えてくれ地図があれば嬉しいのだが・・・」
「それなら私が・・・」
「サンドラには領主の説得を頼む。アフネス。地図は無いのか?」
「地図は無い。有っても出せない」
「そうか・・・。誰か案内できる者は?あっミーシャとラナは・・・。だめだな。神殿でリーゼを抑えてもらいたい。俺が王都に行くと言ったら付いてくると騒ぎ出すのは目に見えている」
サンドラを除く全員がうなずいている。
ヤスは自分で言っておきながら間違いないと確信している。
今まで話しの成り行きをみていたドーリスだったのだが、王都までの案内なら自分ができると発言をする。
「サンドラ様。アフネス様。私がヤス殿を王都に案内します」
ドーリスなら問題なく案内ができる。
「ドーリスか・・・。確かに王都ならドーリスがいいだろうな」
「ヤス殿!」「ダーホス。俺の仕事は荷物を運ぶことだ。人を運ぶのは仕事ではない。これは前にも言ったよな?だから、ドーリスに案内をお願いする。依頼としてドーリスを連れて行くことはしない」
「・・・」
「ダーホス。お前が何をしたいのかはわかる。ヤスの考えを尊重しろ」
「わかりました」
「ただ、俺が物資を積み込んでいるときにドーリスがどこで何をしようと俺は関与しない」
「え?」「あっ!」「わかりました。ヤス殿。ありがとうございます」
「ダーホス。俺は、お礼を言われるようなことはしていない」
「そうですね。それで、いつ出発するのですか?」
「サンドラ次第だな。領主を説得できなければ王都に行く話もなくなるからな」
皆の視線がサンドラに集中する。
アフネスがサンドラを連れて奥の部屋に移動するまで視線は続いた。
「それで、ヤス。移住はどうしたらいい?」
アフネスとサンドラが何やら話し始めたのをきっかけにしてミーシャがヤスに話しかける。
「移住希望者の準備はできているのか?荷物は手荷物くらいにしてくれたらすぐにでも移動できるぞ?」
「荷物はいいが住む場所を確保するための道具や野営道具は必要だろう?」
「え?必要ないぞ?家も用意してある。220名なら全員・・・希望通りになる保証はないけど大丈夫だぞ?」
「・・・」「ミーシャ。まずはヤスを信頼しよう。手荷物をまとめさせる。それから、ドワーフたちには鍛冶仕事を担当できる者を優先しよう。ディトリッヒ」
戻ってきたアフネスがヤスの言葉を信用するようにミーシャやらなに告げる。
サンドラは、領主を説得するためにギルドにある魔通信機を使うようで、ダーホスに頼み込んでいる。
ダーホスが承諾したので、ドーリスが魔通信機がある場所に案内をするようだ。
「はい」
今までギルドの入り口で警戒していたディトリッヒがアフネスの呼びかけに反応する。
「移住者から戦える者を選出して、冒険者登録をしていない者は登録をさせろ」
「アフネス。冒険者登録はいいが武器や防具を準備する必要があるぞ?」
「それこそ、ドワーフたちに活躍してもらおう」
話を聞いていたセバスがヤスの横に立ち最初に皆の方を向いて一礼してから主人であるヤスに話しかける。
「旦那様」
皆の視線がセバスに集中する。
「なに?なにか代案があるのか?」
「はい」
ヤスが反応したことで、セバスはヤスから視線を外して皆の方を向く。
「武器と防具ならツバキが確保した帝国の者たちが使っていた物があるはずです。アフネス様。ダーホス様。あの者たちを確保したのはツバキです。身柄はお譲りいたしましたが武器や防具などの物資は旦那様が所有しても問題ないと考えます」
「そうだな」「捕らえた者が持っていくのは当然だ」
セバスの言っていることは二人にも自然なことだったのですんなりと承諾された。使いみちも想定されるので問題にはならないと考えていた。
セバスも二人から承諾を得られたので改めてヤスの方を向いた。
「旦那様。魔の森で見つかった武器防具があります。補修が必要な物も多いのですが工房で対応を行えば大丈夫ではないでしょうか?」
「工房?そうか、あそこなら工具もあるし音も気にならないな」
「はい」
「少し拡張して外から入ることができる通路を作ればいいよな?」
「はい。旦那様のお手を煩わせてもうしわけありません」
「このくらいなら問題ない。そうなると、神殿の入り口とは別の場所に入り口を作ったほうがいいよな?」
「反対側に適した場所があります。鍛冶職人が出入りする場所で、近くに公衆浴場と食堂がある場所がよろしいかと思います」
「わかった。ありがとう。え?なに?」
ヤスは、セバスとポンポンと場所を決めていたのだが、アフネスやダーホスだけではなくミーシャやラナやディトリッヒまでもが”なにか”を悟った目でヤスを見ている。
アフネスはヤスに言っても駄目だろうと判断してセバスに忠告することにした。
「セバス殿。ヤスが非常識なのはわかっているが貴殿までヤスに染まってしまうのは問題だと思うのだが?」
「アフネス様。ご忠告ありがとうございます。しかし、問題はありません。旦那様ができることの一部でしかありません。移住して来られる方ならすぐに分かってしまうので隠しても怪しいだけです」
「あれで一部なのか?」
「はい。アフネス様もダーホス様も今回の移住者リストには入られていません。今後、神殿に来られる場合もありますでしょう。旦那様。お二人を今の神殿の様子を見ていただいておいたほうが、今後の話が早いと思いますがどうでしょうか?」
「そうだな。アフネスもダーホスも一度神殿には入っているけど、結界は通過できないのだったな」
「はい。旦那様」
ここまで言われたらヤスもセバスが”何”を言いたいのか理解できた。
セバスは、アフネスとダーホスの両名か最低でもどちらかを神殿まで連れて行って移住の責任者にしてしまいたかったのだ。移住時に問題がでた場合に、セバスとしてはヤスに責任が及ぶのは避けたかった。リーゼを中心に集まっていると言っても不満を持つものも出てくるだろう。そのときに、アフネスやダーホスが矢面に立たざるを得ない状況を作っておきたかったのだ。
ある程度の問題は自分で対処できると思っていても、人族の感情の機微のことまで対処できるとは思っていなかった。初期段階の問題をアフネスかダーホスに丸投げできれば前例に則って対処ができるようになると考えていたのだ。
それだけではなく、アフネスかダーホスに神殿の広場に住む者たちから責任者を選出させたいと考えていたのだ。セバスとしては、ヤスから命令された形で外交面を担当している。役目に不満はない。偉大な旦那様から依頼された仕事を不満に思うはずがない。しかし、本来は旦那様の隣で旦那様の身の回りの世話をおこなっていたいのだ。
「ヤス殿。結界とは?」
「うーん。説明が面倒だから実際に見に来てもらったほうがいい」
ダーホスが食いつくのはわかっていた。ヤスも想定していたので軽く流した。
ヤスは、セバスを見るとうなずくのがわかった。
説明をセバスに丸投げできると考えてホッとした。面倒なことは避けたいのだ。討伐ポイントを得るためにはある程度の人数が神殿の領域内にいたほうがいい。ただ面倒は嫌なのだ。”明日にできることは無理して今日やらない”を座右の銘の一つにしているヤスとしては物流と運転と楽しいこと以外は先送りにしたいのだ。
アフネスとダーホスから異論がない状況から問題はないと考えて立ち上がった。ヤスは皆を見るが何もなさそうだと判断した。
「アフネス。ダーホス。まずは、神殿まで移住者を連れてきてくれ」
「ヤスはどうする?」
「先に帰って工房の設定を見直す」
「・・・」「・・・」
「ツバキ。あとは任せていいか?」
「お任せください」
「セバス。一緒に帰るぞ。眷属とカスパルにアーティファクトの操作を教えるからな」
「かしこまりました」
ヤスはダーホスやアフネスにも聞こえるようにセバスに伝えた。
もちろん、アーティファクトの操作を教えるということを周知するためだ。
「アーティファクトの操作を教える?!ヤス殿!」
「なんだよ。ダーホス?教えるのはカスパルだぞ?」
「それは・・・。例えばですけど、私にもできることですか?」
「うーん。どうだろう?」
ヤスはセバスを見る。
自分がいうよりもセバスに言わせたほうがいいという判断だ。
「ダーホス様。アーティファクトの操作には、神殿への属従が必要です」
「具体的には?」
「簡単なのは旦那様への忠誠です。他にもいろいろありますがそれを説明する必要はないでしょう」
「・・・」
「ダーホス。いいだろう?アフネス。移住を開始してくれ、俺は先に戻る。入り口は、ツバキが知っているから指示に従ってくれ」
ヤスは神殿に戻るために移動を開始した。
ごちゃごちゃとしてしまったが依頼はサンドラからの返事を待っている状態になっている。移住は、セバスとツバキとダーホスとアフネスが担当するから問題はない。
結界は、ツバキは知らないのだがマルスが近くになれば説明するので問題はない。
「旦那様」
ヤスがFITに乗り込もうとしていると、後ろからセバスが声をかけてきた。
「どうした?」
FITのキーを操作しながら振り返ってヤスは近づいてきたはずのセバスを見る。
「え?」
セバスは抱える程度の大きさの箱を持ってきていた。
「セバス。その箱は?」
セバスの後ろから遅れるようにアフネスが来ている。
「ヤス」
近づいてきたアフネスが少しだけ上がった息を整えてから説明を始める。
「ヤス。荷物の運搬を頼みたい」
「セバスが持っている箱か?」
「そうだ。もう二箱あるが問題ないよな?」
「問題ない。それで、箱の中身は?」
「セバス殿が持っているのは、直近数日のリーゼとディアスの食料だ。残り二箱の一つも食料を詰めてある」
「もう一箱は?」
「リーゼの下着や普段着だ。あの娘は、着替えを1-2泊分しか持っていっていない」
「そうか、わかった。リーゼに渡せばいいよな?」
「そうして欲しい。それから、家具はどうしたらいい?」
「必要な物は”ある”と思うけど小物類は足りない可能性がある。足りない物は聞いて取りに行かせる」
「わかった。やはり家具は用意してあるのだな」
「当然だろう?受け入れると言ったのだから最低限度の住居は必要だろう」
「・・・。当然なのか・・・。わかった、ヤス。報酬は情報でいいか?」
「情報?」
「魔通信機の持ち主一覧だ」
ヤスは手渡された羊皮紙を見た。
番号が振られていて、持ち主と思われる名前が書かれていた。個人名ではなく組織の名前が書かれている物もある。
「アフネス」
「貸し出しはこちらで管理させてもらおうと思うがいいか?」
「いいも何もそのつもりだぞ?俺は交換機を預かっただけだ」
「そうか・・・。助かる。これから、増えたり減ったりしたときに一覧での報告だけはさせてもらおう」
「わかった。そうだ!アフネス。魔通信機を増やせるのなら、ギルド用と神殿用の2つを貸してくれないか?」
「わかった。準備しよう。二台だけでいいのか?」
「十分だろう?リーゼはどうする?」
「欲しがるだろうが必要ないだろう。欲しければ自分で言ってくるのが筋だからな」
「わかった。それだけか?」
ヤスは受け取った羊皮紙を丸めてFITの中に投げ込む。
セバスは、トランクを開けて持ってきている荷物を積み込んだ。
「旦那様。準備ができました」
「わかった。アフネス?」
「すまん。私は、セバス殿と一緒に神殿に行かせてもらおう」
「わかった。先に行く」
ヤスはセバスを連れていくつもりでいたが、アフネスとセバスで交渉が残っているのだろう。セバスが残ることを承諾したので、一人で神殿に向かう。
載せられた荷物を確認してからトランクを閉めた。運転席に乗って火を入れる。”Sモード”を解除してゆっくりとした動きで走り出す。
なんの問題もなく神殿に到着した。
出発したときと違って立派な門が出来ている。
『マルス?この門は?』
『ユーラットを参考に作成しました。外門は門番が居る場所を設置しました。内門は住民なら自動で入ることが出来ます』
『いいけど、人が多く来たら行列が発生して待たせてしまうよな?』
『審査に時間が必要になります。ある程度の行列は甘受すべき事柄です』
『そうだろうけど・・・。マルス。門を3つ作ってくれ』
『はい』
ヤスは門を3つ作ることで行列を緩和できるのではないかと考えた。
『マルス。左右の2つの門の近くに広場を作ってくれ。待機所にする。雨風が凌げれば十分だろう』
『了』
マルスに指示をだしたことで、”門に関しての事柄は解決した”と勝手に思うことにした。
そのままヤスは駐車スペースには入れないで、ロータリーでFITを停めた。
「マスター」
ヤスが降りると待っていたメイドがヤスに近寄る。
「ん?」
「マルス様から、マスターが荷物をお持ちだとお聞きしました」
「ん?あぁセカンドか?リーゼは落ち着いた?」
「はい」
「そうか、荷物は任せて大丈夫か?」
「問題ありません」
「リーゼの荷物を持っていってくれ。食料は神殿に運び入れてから必要になったら持っていってくれ」
「かしこまりました」
開けられたトランクからリーゼの荷物を持ってセカンドと呼ばれたメイドがリーゼに家に向かう。
待機していたもうひとりのメイドがヤスから荷物を受け取り神殿に戻った。
ヤスもメイドに続くようにして神殿に戻った。
自室と定めている部屋に戻った。エミリアで神殿になにか問題が発生していないか確認してから風呂に入って体を休める。
『マスター。マスター』
「ん?」
マルスの呼びかけに寝ていたヤスが反応する。
「ん?あぁマルス。何かあったのか?」
『個体名セバス・セバスチャンと個体名ツバキが移住者を連れて戻ってきました』
「早い・・・。わけでもないな。今はどこに?」
『門で審査及び説明を行っています』
「俺も行ったほうがいいか?」
『お願い出来ますか?』
「大丈夫だ。そうだ!カスパルにも手伝わせよう」
『了。個体名セバス・セバスチャンの眷属を向かわせます。個体名カスパルは必要ないです』
マルスは、ヤスが言っているカスパルを手伝わせるには反対の考えを持った。
ヤスは気にするような事柄ではないが、カスパルが説明すると先住者だという特権意識を持たれたら困ってしまうと考えたのだ。それで、セバスの眷属に手伝わせることで、ヤスの支配下の者だけで対応する方法にしたのだ。
「わかった。眷属だけ向かわせてくれ」
『了』
ツバキが門で移住者に説明を行っていた。マルスのサポートが入っているので混雑はしていない。
門の近くまで移動すると説明しているツバキの声やザワザワした声が聞こえてくる。
ヤスが中央に出来た門を通り抜けて結界の外に出るとバスが停まっている。
ダーホスがツバキから説明を受けている場所にヤスが到着した状態なので、皆の視線がヤスに注がれる。ヤスは、手を上げてツバキに続きを話すように告げる。
アフネスは離れた場所でセバスとなにかを話している。
「セバス!」
ヤスに呼ばれたセバスはアフネスに頭を下げてからヤスのところに急いだ。
「旦那様」
「なにか問題なのか?」
「いえ、アフネス様から門の質問や助言を頂いていました」
「助言?」
「はい」
アフネスがゆっくりとヤスとセバスに近づいてきた。
ツバキの説明を聞いていたグループはツバキを先頭にしてカードを発行する小屋に入っている。
全員で入ることが出来ないので、ミーシャとラナが並ばせて順番に処理を行うようだ。
「ヤス」
「アフネス。何か、助言があると聞いたが?」
「門だが、この3つだけなのか?」
「そうだな」
「3つあるのは意味があるのか?」
「なんとなくで、意味はない」
「そうか、使い方も決めていないよな?」
「そうだな。何も決めていない」
「あの門は、ヤスのアーティファクトでも問題なく通過できるのか?」
アフネスが示したのは一番大きな中央に作られている門だ。フルトレーラーが問題なく通過できる幅と高さで作っている。
「大きさという意味なら問題ないぞ?」
アフネスは額を指で叩きながら考え始めた。
「ヤス。神殿への搬送はカスパルに任せると言ったな」
「あぁ本人には確認していないが何でもやると言っていたからな」
「それなら、今日のようにしてくれないか?」
「ん?」
アフネスは、ヤスに説明を始めた。
どうやら、アーティファクトが馬車よりも凶器となると判断したようだ。馬車でも人が簡単に死ぬ。ヤスのアーティファクトなら馬車よりも簡単に殺せるだろうと思っているのだ。走る凶器なので当然だが、アフネスは大きさや材質から判断した・・・わけではなく、ヤスがスタンピードで発生した魔物を倒した方法を想像したのだ。
「どうだ?」
アフネスの説明というよりも提案はヤスが理解できるし納得できる理由だった。
神殿-ユーラットの間は、アーティファクトで移動する。ユーラットの裏門で載せて神殿の門まで人を運ぶ。帰りは神殿で載せてユーラットの裏門で下ろす。アーティファクトは神殿とユーラットの間だけで使ってほしいということだ。
「アフネス。アーティファクトの運用はわかった。それでユーラット間の移動はアーティファクトだけで行うのだな」
「そうして欲しい」
「わかった。物流は問題ないよな?」
「問題はないが、仕事はギルドを通して受けて欲しい」
「ん?面倒がないのなら俺はどうでもいいぞ?」
「助かる。それと、依頼料だけどな」
「高かったか?」
「違う!安すぎる。後でドーリスやダーホスにも言うつもりだが最低でも5倍・・・。できれば10倍の価格設定にしてほしい」
「安いのか?」
「ヤスが考える適正なのかもしれないが、アーティファクトで運ぶのだろう?」
「そうだな」
「サンドラとの話を聞いていると、かなりの量を運べるように聞こえたが?」
「どうだろう?一般的な量がわからないからな」
「先程の荷物を入れた箱だとはどのくらい運べる?」
「あれか・・・」
ヤスは細かい計算が面倒になってしまった。
FITで運ぶのなら20個程度が限界だと思うが、コンテナを乗せれば多分1,000や2,000なら運べるだろう。フルトレーラーならもっと運べる。バカ正直に答えるのもなにか違うような気がして控えめな数を考えてみたのだがわからない。考えてもわからない物は正直に答えることにした。
「そうだな。積み方や中に入れる物で変わるとは思うが、1,000や1,500くらいなら運べると思うぞ」
「ん?ヤス。もう一度頼む?」
「1,000や1,500程度だと思うぞ?少ないか?」
「・・・。そうか・・・。それで、日数は1/10程度になるのだろう?」
「ん?あぁ流石に1,500個も積んでいたら、馬車の10倍は出ないな。4-5倍ってところだと思うぞ?中身やそこまでの道によってはもっと遅くなるかもしれない」
「わかった。今回の王都からの物資の輸送で価格を考えるように言っておく・・・・」
アフネスは大きなため息を吐き出してからカードを発行している列に移動した。
アフネスが懸念したのは既存の運搬をメインにしている商隊のことだ。ヤスが本気で運べば数倍の量を数倍の速さで届けてしまう。それで料金が同じか2倍程度ならどちらを使うのか目に見えている。アフネスはヤスの言葉からアーティファクトが増やせると考えている。そうなると、商隊が廃れてしまうと思ったのだ。最初はいいかもしれないがヤスがいなくなったときに破綻してしまう。それではダメだと思ったのだ。それで料金を10倍程度にすればと思ったのだが運べる量がアフネスの想像の20倍以上だったために想定から違ってしまったのだ。
ヤスは何を言われたのかは理解しているのだが何が問題になるのか思い至らなかった。
「マルス。アフネスが言ったように、門を設定して問題ないよな?」
『ありません』
「わかった。発行した人たちが結界の中に入ったら広場を整えてくれ。バス停みたいな感じにしてくれればいい」
『了』