ギルドの入り口でデイトリッヒが挨拶をする。アフネスがギルドに入ってきた。
「ミーシャ!ラナ!それで?何があった?」
椅子に座る前にアフネスは同郷二人に問いかけた。
ミーシャとラナはお互いの顔を見て何かを諦めたかのような表情をしてヤスが領都からユーラットに向けて出立してからのことを話した。
「それで、ミーシャとラナはリーゼ様を守る形でユーラットに移住を決定したという事かい?」
「姉さん」「ミーシャ。その呼び方をするなと言っているよな?お前はわかってやっているのか?」
ミーシャが頭を下げるが、ラナもアフネスもミーシャが改める気がないことを知っている。
「わかった、それでミーシャ。ヤスはなんと言っている?ミーシャとラナのことだから何も考えないで、大人数を率いてきたわけじゃないのだろう?」
ミーシャとラナと一緒に座っていたダーホスが手を挙げる。
「アフネス殿。申し訳ないが先にギルドの・・・。冒険者ギルドの話をさせてもらっていいか?」
ダーホスが意を決したような発言をした。
みなの視線が集中するのだが、アフネスからの言葉は簡単だった。
「わかった」
ホッと息を吐き出すダーホス。
領都での出来事はすでにダーホスに伝わっている。秘匿しているわけではないが隠したい気持ちが強くドーリスだけにしか詳しく話をしていない。
「ミーシャ。それに、ラナ殿。スタンピードが無くなっていたと聞いたが間違いないのか?」
「ユーラットのギルマスには申し訳ないが、”わからない”が答えです。ラナも同意見で、デイトリッヒに聞いても同じ意見になると思う」
「そうか・・・。何か、ヒントのような物は無いのか?このまま動いても無駄足になってしまう」
無駄足と聞いてアフネスが口を挟む。
「ダーホス!ギルドなんて物は、無駄足だと解ってもやるべき時に動かなければ存在する意味がない」
「アフネス殿。それは解っているが、危険だと解っている場所に・・・」
「それが間違いだと言っている!危険な場所に赴いて情報や素材を持ち帰る。それが冒険者ギルドの役目じゃないのか?」
「そうだが、領主が・・・」「ダーホス。領主は領主だ。今は、冒険者ギルドの話をしている!」
アフネスが完全に切れている。
ダーホスに切れているわけではない。領主が動かないことに嫌気が差しているのだ。
「姉さん。ダーホス殿。スタンピードのことなのですが、ヤス殿に聞くのは良いと思うのですが?」
「は?ヤス殿?」「ヤスが素直に話すと思うか?」
ダーホスは普通に疑問に思っている。
アフネスはヤスが何かをした可能性があるとは思っているが素直に話すとは思えなかった。
「ミーシャ。ヤス殿が何をしたのかはわからないが流石に・・・」
「そうね。教えてくれるとは思えないけど、聞いてみる必要はあるだろうね」
「アフネス殿?」
「ダーホス。スタンピードの時期が明確になっていないから正確な事は言えないけど、ヤスは領都とユーラットの間を最低でも1往復している。その間にスタンピードがユーラットに近づいていると考えるのが自然だ。それなのに、ヤスは無傷で領都にもユーラットに現れた。イザークが見た所、アーティファクトにも傷がなかったのだろう?」
急に声をかけられたイザークは肯定の意味を込めてうなずく。
うなずいてから一つだけ伝えていない情報があることを思い出した。
「ヤスの奴、俺と話をしたときにかなり疲れていたのは確かだぞ?」
「「!!」」
アフネスとミーシャがイザークの言葉に驚いている。
「イザーク。それは本当か?」
「うーん。間違いないかと言われると心配になるけど、疲れているように見えたのは間違いないぞ?」
「・・・。そうか・・・」
アフネスが考え込んでしまった。
実際には、単純に寝ていないから疲れていただけなのだが、ヤスが乗っているのを通常のアーティファクトと同等だと考えている面々は、ヤスの魔力を使って動いていると思っているためにヤスの疲労はアーティファクトを酷使したためだと考えたようだ。
実際に魔力は使っているが、ヤスの魔力だけを使っているわけではない。そのために、皆が考えているほどヤスには負担はない。
「そうだ!」
ミーシャが何かを思い出した。
正確には、報告すべきことを思い出しただけなのが、あたかも”今思い出した”雰囲気を出すことにしたのだ。
「どうした?」
「いや、領都からユーラットに来る途中の石壁や湧き水や空き地は確実にヤス殿が行ったことだろうとは思うが一つだけ不思議なことがある」
「ん?石壁や湧き水や空き地だけでも不思議だぞ?」
「ヤスのことと、スタンピードのことは、領都からユーラットの道中の話を話し終えてから話をしませんか?」
ミーシャが気になるワードを口にしたことから、ダーホスも状況を確認してからスタンピードのことを聞くことに方向転換した。
「姉さんもダーホス殿もイザーク殿も、今から説明が終わるまで質問はしないでください。答えられません。ラナとデイトリッヒは補足をお願いします」
ミーシャは、領都を出た辺りからの説明を始めた。
当初は予定よりも遅れていたことも正直に話をした。
神殿の麓に来たときの異様な風景は言葉では説明が難しいと思っていたのだが、ラナとデイトリッヒが補足を入れることでアフネフにもダーホスにもついでにイザークにも伝わった。
「ミーシャ。質問ではなく確認なのだが?」
「何でしょうか?姉さん」
「石壁は、イザークが数日前に門の近くにできたと言うのと同じか?」
「同じなのかわかりませんが、麓からユーラットまで続いています。それから、私の憶測ですが、裏門まで続いているのではないかと思います」
「そうか・・・。ミーシャ。話の腰を折って悪かった続きを頼む」
ミーシャは不思議な休憩場の話をまとめた。
「それで?」
「発見者は私ではなくデイトリッヒですが、神殿の麓は海までの距離も近くなっています」
「そうだな」
ダーホスが肯定する。そのまま、イザークにギルドから周辺の概略地図を持ってきてもらった。普段はギルドの関係者にしか見せることが無い地図だ。
「この辺りか?」
ミーシャはよくわからないと言葉を詰まらせたので、デイトリッヒが補足を入れる。
「わかった。それで?」
ダーホスが地図に置き石をしたことを確認してから話をすすめる。
「この辺りの海は崖になっていますよね?」
ダーホスとイザークがうなずく。
「崖の下と表現していいのかわからないけど、捨てるように大量の魔物の死骸があった」
「なに!本当か?」
ダーホスが立ち上がってミーシャに詰め寄る。
「ダーホス。少し落ち着け。話の続きがありそうだ」
「姉さん。ありがとうございます。それで死骸には、コボルドやゴブリンやオークやオーガだけではなく上位種や変異種らしく死骸もありました」
「数は?」
「わかりません。それこそ、おびただしいと表現してよいかと思います。それだけではなく、大量のスライムも確認しました」
「数は・・・確認するしか無いか?」
「ダーホス。それは無理だ。スライムが居たとミーシャが言っていただろう?すでに溶かされてしまっているだろう」
「姉さんのおっしゃっている通りです。私たちが確認した時でもすでに溶かされた死骸がありました」
ダーホスは少しだけ考えてから口を開く
「そうなると確認するには降りて魔核を確認する必要があるのか?」
「あっそうでした。すべてを確認したわけではありませんが、ゴブリンやコボルトは喉の下辺りを、オークやオーガの中型種は、胸の中心部分が切られていました」
ミーシャの説明をデイトリッヒが補足する。
魔物が自ら死んだわけではない事はわかっている。確実に人の手が入っている証左である。
ヤスだけの仕業であると考えるのには無理がある。
最低でも、数千の魔物を倒せたとしても、それを崖に落とす作業だけでもかなりの時間が必要だ。二人の説明から、かなりの距離を移動しながら魔物を倒して、倒した魔物から魔核を抜き取って、さらに崖下に落としていくことが可能なのか?それだけではなく、海には存在しないスライムを死骸の処理に使っていることも不思議な方法だ。ギルドに持ち込めば換金できる。
「結局、ヤスを問い詰めないと話がわからないということか?」
「結局、ヤスを問い詰めないと話がわからないということか?」
アフネスの言葉が総意であるとは思えないが、皆”ヤスに聞かなければわからない”には同意することだろう。
「姉さん。それで・・・」
「なんだい?」
「アフネス殿。スタンピードのことを先に話したいのだがいいか?」
ミーシャがアフネスに相談したいことがあることは雰囲気で解る。その話を始めると長く掛かりそうなので、ダーホスとしてはまずはスタンピードのことを決定したいと考えている。ヤスというよりも神殿への対策は、出張所を作ってドーリスを初代の責任者にすることが決まっている。なので、ダーホスとしては、ヤスへの対応はドーリスに丸投げするつもりなのだ。神殿への出張所作成の話が無くならないようにする為にもスタンピードの情報がほしいのだ。
「ダーホス殿。私の見解でいいか?」
デイトリッヒが話に割り込んでくる。デイトリッヒとしては、スタンピードのことよりも得体が知れないヤス対応の方が重要なのだ。リーゼのことを差し引いても無視できる存在ではない。終息したであろうスタンピードよりもヤス=神殿への対応を誤ればユーラットだけではなく国や大陸に大きな被害が及ぶ可能性だってある。エルフ族の存続に関わってくると考えていたのだ。
「見てきた者の意見は是非聞きたい」
ミーシャではなく、デイトリッヒがダーホスに見解を語る。ミーシャとラナは魔物に遭遇しなかったことで、スタンピードは終息したと考えている。
デイトリッヒは少しだけ違う見解の話をし始めた。
「まず、スタンピードは発生したと考えて良さそうです」
「そうだな」
ダーホスとしては、スタンピード自体がなかったと考えるほうが楽なのだ。スタンピード自体が誤報だと言える状況の方が楽なのだ。
しかし状況や伝えられている情報からスタンピードはなかったことにはならない。
「それでユーラットに向かってきたのも間違いないでしょう」
「根拠は?」
「ヤス殿です」
「ん?」
「ヤス殿は、領都にリーゼ様を送ってから、武器や防具を持ってユーラットに向かいました」
「そうだな」
「その後、ユーラットは通っていないのですよね?」
デイトリッヒは、イザークに確認するように尋ねる。イザークも絶対とは言わないが、一度神殿に帰ると言ったことは覚えているが、その後にユーラットを通った形跡が無いことを告げた。
「それなのに、ヤス殿は領都に現れました」
「それが?神殿の力を使ったのでは無いか?」
「そうです。何らかの方法を使ったのでしょう。非才な私ではヤス殿が取った方法は思いつきませんが、ではなぜヤス殿はわざわざユーラットを通らずに領都に来たのでしょう。それに時間が不自然です」
「時間?」
「イザーク殿。ヤス殿は、私たちより何日前に到着しましたか?」
「そうか・・・。そういうことだな」
「イザーク!どういうことだ?」
「ミーシャやラナ殿の日程を聞いた感じだと、ヤスとは2日違いで領都を出立した事になる。ヤスの到着が早かったのは当然だが、ヤスがユーラットから領都に向かう時の日数が合わなくなってくる」
「どういうことだ?」
ダーホスはまだわからないようだ。
デイトリッヒが外に落ちている石を拾い上げて、日数がわかりやすくする。
「!!ヤスは、ユーラットでアフネス殿の依頼を受けてから神殿に戻った。そこから領都に向かうまでに4-5日ほど時間がかかっているということか?」
「そうです。実際に、神殿で用事を済ませていたのかもしれません。しかし、2-3日の猶予はある。移動に1日か1日半かかるとしても、ヤス殿が何かしたと考えるのが自然でしょう・・・」
「その結果、スタンピードが終息した・・・」
皆がテーブルの上におかれた石を見つめている。スタンピードに対応するのには短すぎる日数であることは理解している。しかし、アーティファクトの移動速度から考えると長すぎる日数なのだ。ここでも、ヤスに聞かなければわからないという結論になってしまう。
「ヤス殿に聞かなければならないのは理解したが、スタンピードの発生と移動はどう考える?ユーラット方面に向かった事実を断定できる情報は出てきていないと思うが?」
「それこそ、ヤス殿の動きですよ。石壁を神殿の境界に作ってみせた」
「そうだな。スタンピードが迫っていなければ作る必要がないな。神殿の領域を汚さる事を避けたかったのだろう」
「それに・・・」
「それに?」
「ダーホス殿。領都からユーラットまでの街道で、数千の魔物の群れを見たことがありますか?オークは出現するかもしれませんが、オーガの上位種や変異種まで死骸として有ったのですよ?通常の発生と考えるのには無理があります」
「・・・。そうだな。状況証拠だけだが、スタンピードが終息したと考えるのが妥当なようだ。イザーク。依頼を出すから数名で見てきてもらえるか?」
「まぁいいですよ。準備をします。どこまで行けばいいのかを、決めてください」
「わかった」
ダーホスとイザークは一時的に離席することになった。やはり神殿のことよりも、スタンピードが本当に終息したのか確認したほうが良いだろうと考えたようだ。イザークは、ユーラットに残ることになって、イザークの代わりにカスパルが確認に出ることになった。ギルドからも人を出したほうがいいだろうということになったが動けるのがダーホスだけだった。
カスパルを隊長にした確認部隊が編成されて、それにダーホスが護衛依頼を出すことに話がまとまった。ダーホスは準備を行うために、話にはドーリスが参加することになった。
「アフネス様。ラナ様。ミーシャ様。デイトリッヒ様。よろしくお願いいたします。大まかな話は聞いていましたので大丈夫です」
「それでミーシャ?本題に入ってくれ」
本題と言っているが、アフネスも一通りの話は承知している。
「あっその前に、アフネス様。ラナ様。ダーホスから聞いたかもしれませんが、ギルドとしてヤス様の掌握されている神殿の領域にギルドの支部を出すことになりました。最終的にどうなるのかはわかりませんが、私が支部の代表になることに決まりました」
「それは、ダーホスからの指示か?」
アフネスがドーリスを睨む。
「いえ、上の方からの指示としか聞いていません」
「移住するのか?ここから通うというわけじゃないのだろう?」
「上からの指示は出ていませんが、ヤス様にギルドの場所を確保すると言っていただきました。それで、ご相談なのですが・・・」
ドーリスが、ラナを見る。
ラナを見る理由など無いように思えるのだが、ミーシャはある事情を聞いているので、決定する前に確認しておきたいと思ったのだ。
「ラナ様たちはどうされるのですか?」
「ミーシャが、それをアフネス様に確認して許可を取ろうとしていたのです」
「アフネス様?」
ドーリスがアフネスを見る。
アフネスは”やれやれ”という雰囲気を出しながら机に肘を付いて皆を見る。
「ミーシャ。ラナ。ヤスには確認しているのか?ドーリス。移住はギルドが認めてからになるが、住む場所の確保をヤスに頼んだか?」
「「え?」」「??」
「ミーシャ!ラナ!ヤスに説明はしてあるのだろう?」
ミーシャとラナはお互いの顔を見る。ヤスに説明がわからなかったようだ。
「姉さん。リーゼを神殿に住まわせてくれとはお願いして許可をもらいましたが?」
「ミーシャ。そこじゃない。ヤスに許可を求めるのは当然だ。住む場所の手配や建築はどうする?資材は?場所はヤスが用意してくれるかもしれないが、建築まで頼むのか?神殿にはヤスしか居ないぞ?」
「あっ」
「ドーリスも、一人なのか?ヤスにしっかり伝えたか?”ギルドの出張所を作りたい”とだけ伝えたのではないか?そうすると、ヤスはユーラットのギルド・・・。もしかしたら、領都のギルドの規模を想定しているかもしれないぞ?」
「え?」
アフネスの指摘に3人は黙ってしまった。
心当たりがありすぎるのだ。
「結局、ヤス頼りになってしまうし、ヤスの考えを聞かないと移住の事もすすめる事ができないということだな」
3人は黙って頷くことしかできなかった。
ヤスがアフネスから渡された交換機の起動を行う少し前。
魔通信機の接続が切られている状態になったことを皆が騒ぎ出していた。
とある辺境伯の屋敷に、街に放っていた密偵からの報告を読んだ辺境伯が自分の息子と娘を呼び出していた。
「馬鹿者!!!!」
執務室に怒号が響き渡った。
「貴様!何をしたのか解っているのか?いや、その前に事実なのか?」
辺境伯であるクラウスは、まとめられた報告書を握りしめている。
「お父様。俺は」「兄様は、第二分隊を動かして、エルフ族やドワーフ族から食料を徴発していました」
「なっ?!サンドラ。お前」「ランドルフ。お前は黙れ!」
「お父様。俺は」
「サンドラ。それで、ランドルフが動かしたのは本当なのか?」
「間違いありません。私が偶然入っていたエルフ族の方が経営されている宿屋に来られて『次期領主の命令』だと言って食料と調味料を持っていきました。あっそうでした。お父様。例の方がお泊りになった宿屋です。ひと目見ようとお待ちしていたのですが・・・」
「サンドラ。その話は後で」「いえ、お父様のお耳に入れておく必要があると判断しております。それも早急に・・・」
父親である辺境伯に怒鳴られて萎縮してしまっているランドルフを横目に、妹であるサンドラは自分が見聞きしてきたことを父親に告げるのだ。
「わかった、サンドラ?第二分隊は何をした?」
「お父様。エルフ族のアフネス様をご存知ですよね?」
「もちろんだ。本来ならユーラットなぞに居てほしくない。レッチュガウに来て、儂の屋敷にお招きしたいと思っている方だ。それがどうした?」
「はい。アフネス様のユーラットの宿屋に居候というのはおかしいのですが、ご一緒に住まわれているリーゼ様のことは?」
「もちろんだ。第二王子だけじゃなく帝国や共和国だけではなく法国からも婚姻の申し込みが殺到している娘だな」
この辺りでランドルフの顔色が青から白に変わる。
「あの混ぜものが?」
「兄様。少し見識を疑いますよ?」
「うるさい!妾の娘が!偉そうに、侯爵家の血を引く俺に意見するな!」
「ランドルフ!!貴様!おい!誰かランドルフを自室に連れて行け!儂がいいと言うまで出すな!あれにも会わせるのを禁止する!」
部屋の外に立っていた護衛が部屋に入ってきた。
ランドルフの両脇を抱えるようにして部屋から連れ出す。
「お父様!俺は間違っていない!俺は!領都の為だと思って!お父様!」
「連れて行け!」
部屋から出ても何かを喚いている。
「はぁ・・」
辺境伯は、椅子に深く座り直してから大きく息を吐き出した。
「お父様?」
「サンドラ。すまない」
「いえ、構いません。事実ですから・・・。それで、お話を続けてよろしいですか?」
「頼む」
先程までの雰囲気とは違う愛おしい娘を見るような目線をサンドラに向けて辺境伯は話しの続きを聞くことにした。
「兄様は、リーゼ様のことをご存知なのですか?」
「知っている・・・はずだ。ちょっとまて、ランドルフは何をした?リーゼに手を出したのか?」
「そうですか?お父様。兄様は、ラナ様のお店でリーゼ様を見かけたようで”妾にするから差し出せ”と言って連れ出そうとしていました。食料の問題もありましたが、リーゼ様の件がきっかけになって皆様がレッチュガウからユーラットに移動してしまいました。私の見立てではエルフ族と関係者はほぼ全員。鍛冶屋の8割り程度。それ以外にも領都の重要な役割を担っていた方々の半数が居なくなってしまっています。冒険者ギルドではミーシャ様とデイトリッヒ様がすでに辞表を提出していらっしゃいます」
「サンドラ。その話は?」
「私と私の手の者しか知りません。それから、お父様。魔通信機はお手元にありますか?」
「もちろんだ。これこそ、アフネス殿やリーゼ殿の・・・。まさか!」
「はい。使えなくなっています。一時的な物なのか、それとも永続される状態なのか?そしてこの領都にある物だけなのか、それとも・・・」
「待て!サンドラ。領都にある物と言ったな?」
「はい。冒険者ギルドや商業ギルドにも確認しましたが同じく使えなくなっております」
「奴らは理由が解っているのか?」
「本当の理由や原因は解っているのかは不明ですが、兄様の行いがトリガーになっていると考えて居るのは間違いありません」
「・・・」
辺境伯であるクラウスは頭を抱えてしまった。
そして、立ち上がって執務を行っている机から一枚の報告書を持ってくる。本来ならサンドラに見せるような物ではない。ランドルフに見せて対処させようと思っていたのだが、問題をおこしたランドルフには無理だと判断してサンドラに見せる事にしたのだ。
「お父様?」
「すまん。儂は領都を離れることができない」
「帝国が動いていますか?」
クラウスは大きくため息をついた。サンドラが座っている正面に座り直した。
外に居る者を呼び、サンドラに暖かい飲み物を、自分には酒精の入った物を持ってくるように命じた。
飲み物が出てくるまで、サンドラに書類を読む時間を与えたのだ。
サンドラは要点だけを読み込むことにした。クラウスから説明されることで詳細を知ろうと思ったのだが、クラウスが話を切り出さないことや報告書の内容が驚愕の内容だった為に全部を丁寧に読むことにした。自分が知っている事と突き合わせる事で情報の整理ができると考えたのだ。
「お父様?これは、謎のアーティファクトを操る方のことですか?」
「そうだ。ギルドからの報告を聞くと間違いない」
「それに・・・。スキルを持っている者でも追えない速度での移動。小型馬車2-3台分の荷物の運搬。ユーラットまで1ー2日程度?リーゼ様の伴侶候補。そして、ユーラット神殿の攻略者?」
「その者が例のアーティファクトの持ち主だな。ランドルフがアーティファクトに手を出さなくてよかったと思ってしまっているぞ」
「お父様。兄様でも、さすがに・・・」
「無いと言えるか?」
「・・・」
辺境伯は出された飲み物を飲んでから、持ってきたメイドに話しかける。
「ランドルフはどうしている?」
「お部屋でお休みになっています」
「本当は?」
「悪態をついて暴れています。それから、奥様が旦那様にお会いしたいとおっしゃっております」
「どっち・・・。聞くまでもないか?」
「はい。それでどうされますか?」
「わかった。3時間後に奥の部屋に行くと伝えて追い返せ」
「かしこまりました」
メイドが頭を下げてから部屋を出ていく、部屋の前に居た執事にクラウスからの指示を伝えている。
「お父様。どうされるのですか?」
「お手上げだな。ランドルフのことだけでも頭が痛いのに、神殿や見たことも無いようなアーティファクトまで絡んできた。それだけではなく、魔通信機まで・・・。王都に居るハインツにスタンピードのことを連絡した後で助かったが・・・」
「お兄様が来られるのですか?」
「許可が出ればそうなるのだが、ひとまず食料の調達を依頼した」
「食料?」
「当然だろう。スタンピードが発生しているのだぞ?遠征する者たちの食料が必要になる」
「帝国から・・・。そうでしたね」
「奴らの難癖にも困ったものだ。それで、これから食料が足りなくなることを考えて、ハインツに食料の買付を頼んでいたのだ。それを、ランドルフの奴・・・」
「え?兄様?」
「そうか、サンドラは知らないのだったな。王都からここまでの輸送を担当していたのが、ミーシャ殿がリーダになる冒険者たちで、主軸はエルフ族と獣人族で構成されていたのだ。馬車の扱いがうまいし、専用の馬車も持っていた」
「王都の冒険者に依頼して搬送してもらうことはできないのですか?」
「無理だな。コストがかかりすぎる」
「え?」
「サンドラ。少し考えれば解るぞ?ミーシャ殿たちは、王都に行く前にユーラットに行くことになっている」
「ユーラット。そうなのですね。ユーラットで商品を乗せて、王都まで移動するのですね」
「あぁそれだけではなく、アフネス殿。正確には、リーゼ殿に魔通信機の利用料を渡してもらう役目も持っている。それだけじゃなく、ミーシャ殿が王都に行って集まっている利用料を集めてくることになっている」
「それでは、ほぼ・・・」
「そうだ。ミーシャ殿は単独で動かれるだろう。もう手遅れなのかもしれない」
辺境伯は大きく息を吐き出した。
辺境伯の屋敷。奥にある当主が使っている執務室には、父親と娘だけがテーブルを挟んで向かい合っている。
娘はサンドラ。母親の身分は平民なのだが、辺境伯が自分で選んだ女性との間に生まれた娘だ。現在17歳。婚約者が居たのだが、半年前に発生したスタンピードで命を落としている。そのため、婚前未亡人となってしまっている。婚約者の死去から1年間は喪に服すことになる。その間は、領主の許しがなければ外に出ることは無い。
「お父様。どうされるのですか?」
「第二分隊に王都に食料を」「おやめになったほうがよろしいかと思います」
「なぜだ?奴らがしでかしたことだぞ?奴らに責任を取らせるのが当然ではないのか?」
「私見を述べてもよろしいですか?」
「構わない。言ってみろ」
「はい。ありがとうございます。第二分隊は、練度が足りていません。ミーシャ様が組織した護衛と比べると恥ずかしくらいでは無いでしょうか?」
「そうだな。しかし・・・」
「練度だけではありません。彼らは、お父様への忠誠がありません。もちろん、兄様に忠誠を誓っているわけでもありません。”利”で繋がっているだけです。そんな者たちが、目の前に大量の食料があり金品を輸送して大丈夫だと思いますか?」
「・・・」
「また、ミーシャ様がどのようなルートで移動していたのかわかりませんが、村や町に立ち寄って補給しながら王都に向かったと思われます」
「そうだな」
「お父様。そんな場所に第二分隊だけで行かせたらどのようなことが発生するのか考えればお解りになると思います」
「しかし、彼らしか・・・。それに、儂からの命令で・・・」
「無駄でしょう。兄様の部下で、領都の中でさえ好き勝手している連中です。お父様もご存知だと思いますが?」
「・・・。だが、喧嘩や脅し程度の問題だ。その程度ならどこでも同じではないのか?」
「お父様。ミーシャ様に依頼を出すときに同じことが発生しましたか?」
「・・・」
父親は娘のセリフを肯定するしかなかった。
娘は父親の言葉を待つために冷えた紅茶を口に含んだ。
「発生していませんよね?それが答えです」
「わかった。それでは・・・。依頼料が高くなるが王都で商隊を雇って輸送させるか?」
「お父様。ユーラットに行く許可をいただきたい。そして、神殿の主にお会いしたいと考えております」
「神殿の主?」
「はい。アーティファクトを利用して食料を運んでくれるように依頼しようと思います。ご許可をいただけますか?」
辺境伯も貴族である。神殿が攻略されて、主を定めたと報告を受けた時に衝撃を受けた。
新しい国が勃興するかもしれないと考えたのだが無理であると考えを改めた。まず場所が悪すぎる。神殿の領域になっている場所は、王国の辺境の辺境なのだ。それだけではなくユーラット方面以外は山に囲まれているので広げることができない。王国が定める領域では、魔の森は神殿の領域となっているが、資源に乏しい森なので大きな発展は望めない。辺境伯は、作るとしたら”国”ではなく”自治領”が妥当だと考えている。王都に居る息子に送った報告書が早ければ王宮に届けられているだろう。判断は、神殿の攻略者に委ねられるのだが、神殿が接しているのは実質的には辺境伯の領都になっている。交易を行うのは自分が治める領だと思っているのだ。
サンドラを神殿の主や近い者に嫁がせることも考慮しなければならない。報告に合ったようにリーゼのことが気になるが、エルフ族を敵に回すような愚かなことはしたくない。それだけではなく魔通信機の権利を持つリーゼを蔑ろにはできない。サンドラなら母親の身分も低いし第二夫人でも良いと思っている。
ランドルフが行ったことが問題になってくる。
すでに神殿の主がリーゼと恋仲の場合にはサンドラを向かわせることで一気に関係が悪化することが考えられる。神殿の主がどの程度の武勇なのかわからないが、今までの幾多の冒険者や兵士たちが攻略を試みた神殿をらくらく手中におさめていることから絶対に敵対してはならない人物だと判断している。
辺境伯は娘の提案を考える。
(成功しても、失敗しても、メリットとデメリットが存在する。最悪はサンドラを差し出せばいいか?神殿と付き合うことができるのは、儂の領地だけだ。神殿の主がどのような人物なのか確認する必要もあるか?)
「わかった。まずはやってみろ。後で資料を渡す。前回までの輸送した実績と今回の予定が書かれている」
「ありがとうございます。お父様」
ユーラットまでの予定やどこまで交渉を行うのかを話し合った。
クラウスは娘のサンドラに全権は与えずに許せる範囲の裁量を与えることにしたのだ。
「それではお父様。早速準備を行いましてユーラットに向かいます」
「わかった。アフネス殿に手紙を渡してくれ」
「かしこまりました」
---
(ふざけるな!俺よりも、妾の子の方が大事なのか!)
自室に軟禁される形になってしまったランドルフは部屋にあるものに当たり散らしていた。
自分の行いのどこに問題が有ったのか考えもしていない。
自分以外はすべて無価値な物として判断しているので、自分が正しいと思うのは当然のことなのだ。
(俺が!俺が、辺境伯を継ぐ!ハインツは高々子爵家の後ろ盾しか無い!俺には侯爵家の血が流れている!王家の血さえ入っている!)
ランドルフは次男だ。長男であるハインツは王都の屋敷の管理を任されている。
母親の身分だけを考えれば次男であるランドルフの方が上なのだ。ハインツの母親は子爵家から嫁いでいる。順番は、ハインツの母親が先に嫁いでいるので、第一夫人になるのだが、子供がなかなか産まれなかったことで侯爵家が横槍を入れてきて、ランドルフの母親を第一夫人にするように圧力をかけたのだ。
それでも、クラウスは子爵から嫁いだ夫人が産んだハインツを後継者に指名した。そして、ハインツは皇太子の従者をしている。
王家には、男児は皇太子の他にもうひとり居るのだが年齢的にかなり下でまだ成人の儀式を行っていない。ハインツは皇太子からの信頼も厚いだけではなく次男からも”ハインツ兄様”と呼ばれて懐かれている。そのため、辺境伯は王都での仕事を安心してハインツに任せている。
「おい。誰か!近くに居ないのか?母上を呼べ。侯爵家に直訴しに行く」
「ランドルフ様。クラウス様のご命令で部屋からお出しすることも、誰かをお通しもできません」
「何!俺を誰だと思っている。お前程度ならすぐに首にしてやる」
「どうぞご自由に。私は、クラウス様のご命令に従います」
部屋の中では、ランドルフが真っ赤になって怒鳴っているが、扉の外に居る者たちは何も感じることがない。
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父親であるクラウスとの話を終えて納得がいく状況に持っていくことができたサンドラは機嫌よく自分の部屋に戻った。
部屋では、サンドラ付きのメイドで護衛であるマリーカが待っていた。
サンドラは、マリーカから渡されたガウンを羽織ながら、少し興奮した口調でマリーカに命令を出す。
「マリーカ!お父様のお許しを頂きました。馬車の用意をお願いします」
「お嬢様!少しお待ち下さい」
マリーカは、サンドラから話を聞いて相談を受けていた。今年17歳になるサンドラは母親の身分が低いこともあり、一度婚約者が死去してしまっている事もある新しい婚約者を決めない状態で来ている。現状は”喪に服している”という理由で領都で過ごしていたのだ。
マリーカとしては、主人であるサンドラの命令なら叶えたいのだが情報が少なすぎる。馬車だけで行けるような距離では無いのだ。
「待っていられないわ。アーティファクトよ!それも完全に動いているのよ!早く準備をして出発します!」
「出発と申されましても・・・」
目的地はユーラットでいいのか?何日くらい滞在する予定なのか?
聞かなければならないことが多い。サンドラの頭の中はそんなことをすべてすっ飛ばしてあることだけを考えている。
「まずはユーラットに謝罪に行きます。でも最終的には神殿に移動します」
「かしこまりました。ユーラットまではわかりますが、神殿と申されましても情報が無いので食料や着替えがわかりません」
「ひとまず、ユーラットまで往復できる準備だけをお願いします。それから、護衛は最少人数にしてできるだけ移動時間を短縮できる方法を考えてください」
「かしこまりました」
マリーカと呼ばれた女性は、頭を下げてから主の部屋から出ていった。主人からの命令を実行するためだ。
(兄様のおかげで神殿に行くことができる!あの不思議なアーティファクトをじっくりと見ることができるかもしれない!)
サンドラの目的は領都の食糧問題の解決やエルフ族との和解ではなかった。
辺境伯であるクラウスが考えているような婚姻の為でもない。全ては自分の好奇心を満たすためだったのだ。
ヤスは緊急時の設定を確認していた。マルスに頼んで訓練も行ったのだ。一通りの確認をして問題箇所の修正を行った。
一人で部屋の端末を操作している。ツバキは、自分に与えられた部屋の掃除を行っている。マルスからの指示で、『マスターの部屋を掃除することになるのだから、自分に与えられた部屋で掃除の練習をせよ』という指示を受けているのだ。掃除の仕方はマルスが説明している。
ヤスは、できた時間を利用して設定変更を行った物事の確認作業を行っていたのだ。
「マルス!ちょっと確認したいけど大丈夫か?」
ヤスは確認作業をしている最中に気になったことをマルスに聞くことにした。
『はい』
「討伐ポイントが増えているけどどういうことだ?」
『個体名セバス・セバスチャンが魔の森の平定を行っております。その過程で魔物を倒すか屈服させた結果討伐ポイントが増えました』
「ん?倒して討伐ポイントが入るのは解るけど、屈服はどういうことだ?」
『説明が長くなりますがよろしいですか?』
「かまわない。知らないのは気持ち悪い」
『かしこまりました』
マルスの説明をヤスは黙って聞いていた。
『現状、解っていることです』
「ありがとう。マルスの説明だと、魔物をセバスたちが屈服させて神殿に所属したことにすれば、神殿は彼らから漏れる魔素を吸収して討伐ポイントに変換する。彼らは神殿の加護が得られるということで間違いないのか?」
『間違いありません』
「討伐ポイントになるのは屈服した魔物だけなのか?例えば、神殿の領域内に住む人は対象にならないのか?」
『なります。ただし、神殿に所属した場合に限ります』
「そうか・・・。神殿に所属するにはどうしたらいい?」
『不明です』
「おい・・・。しょうがないか、何かイベントでもして、神殿に住んでいると認識してもらうしか無いのかもしれないな」
『はい』
ヤスは、討伐ポインが増えていく状況を眺めていて、ふとしたことに気がついた。
「マルス。討伐ポイントだけど、セバスやツバキ様に分けたよな?」
『はい』
「あれと同じ様に、俺が使う分とは別にマルスが使う分を別にして、増える討伐ポイントはマルスが管理するようにできないか?」
『可能です』
「マルスの分は神殿の強化や維持に使ってくれ、それからディアナの強化やパーツの入手も頼む。俺とセバスとツバキには、マルスが管理する討伐ポイントが足りている状況のときに基準値を下回ったら補充してくれ」
『了。基準値はどうしますか?』
マルスとヤスは基準値を話し合いで決めた。
もともとヤスは自分が管理していると全部使ってしまうだろうと思ったので、マルスに管理を丸投げしたのだ。
「マルス。早速で悪いけど、ディアナにコンテナトレーラを接続したいができるか?」
『可能です。フルトレーラですか?セミトレーラですか?』
「セミトレーラで十分だろう。コンテナの準備は大丈夫だよな?」
『はい。ご指示通りにしております』
「冷凍トレーラを用意するよりも、冷凍冷蔵車や保冷車の方が運搬を考えると融通が利きそうだな」
『・・・』
いろいろ考えていたがヤスは面倒になってきた。仕事で使う車と趣味の車を分けて考える事にした。
「マルス。日本に居たときに持っていたトラックやトレーラと業務車両を準備してくれ」
『了。優先順位はどういたしましょうか?』
「そうだな。準備に時間がかかるものから用意してくれ」
『了』
ヤスは、パソコンの端末に表示されていた討伐ポイントがカウントアップしていかないことを確認した。
人が生活し始めれば必要な討伐ポイントも変わってくる。マルスへの丸投げは、ヤスの精神の安定をはかるとともに神殿に住まう者たちにとっても無駄なく運営される公共事業?が恩恵を与えるのだった。
ヤスが考えもしないで建てまくった施設や家は建っているだけなら問題は少ないのだが、人が生活し始めると”電気”が必要になるような作りになっている。電気が無い世界では変わりに魔素が必要になる。しかし、魔素はそのまま電気に変換できるようなものではない。そのために、討伐ポイントを使って施設や家の維持を行うのだ。
ヤスの端末に連絡を告げる印が出た。
これは、マルスやツバキや後々はセバスや住民が、ヤスに連絡を取りたいときに取れる手段が無いかとマルスとエミリアに相談して作ったものだ。メールのような物だ。
”マスター。セバスが戻ってきました。魔物を数体連れてきています。どうしますか?”
ツバキからの連絡だったのだが、セバスが帰ってきたことを知らせるメールだった。
ヤスは、すぐにメールを返す。
”神殿前の公園で待機させろ。すぐに行く”
ツバキから了承との返事が来て、ヤスは着替えをしてエミリアを持って神殿の公園に向かった。
公園は、建物を建てて満足した所で出口付近に作った物だ。集会場は別にあるのだが、神殿に来たばかりの者たちが寝泊まりする場所が必要だろうと考えたのだ。石壁付近に作った休憩所と同じ様にしただけの場所だ。水場とトイレだけは作ってある。その辺りで排泄されるのをヤスが嫌ったからだ。
ヤスが、バランススクーターで公園に到着すると入り口にツバキが待っていた。
「マスター。セバスが到着しております」
バランススクーターをツバキにあずけて公園に入る。
セバスとセバスの眷属の5人がヤスを迎える。
「御主人様。ただいま帰還致しました」
「ご苦労。セバス。魔の森の様子はどうだった?」
ヤスの言葉遣いは、マルスから指摘されて修正した。セバスやツバキが望んでいるからと言われたが、なかなかできなかった。それでも、対面があり人が多い場所ではお願いしますと言われたので従うことにしたのだ。
「はい」
セバスが、魔の森の様子を説明する。
説明自体は意味がない事は、セバスも解っている。ヤスは、マルスから詳細なデータを入手できるのだし、神殿の領域になっているので、感じることができるのだ。
「わかった。ご苦労。それで、後ろに並んでいるのが報告にあった配下に加えたい者たちか?」
「はい。御主人様」
並べられている魔物?をヤスは端から見ていく。
「セバス!」
「はい」
「種族がバラバラなようだが?」
「はい。種族の代表だけを連れてきました」
「そうか、わかった。それでどうする?神殿内に住まわすのか?それとも、魔の森に住み続けるか?」
「御主人様にお願いがあります。彼らを、神殿に住まわせていただけませんか?」
「いいぞ?何か問題があるのか?」
「彼らは、魔の森では上位に位置する種族ですが安全に住める場所が限られています」
「説明にあった知恵なき魔物たちか?」
「はい。1対1なら負けることは無いのですが、知恵なき魔物たちは、1体で勝てなければ10体。10体で勝てなければ100体で攻めてきます。そのために、犠牲が出てしまうこともあるようです」
「少し待ってくれ」
「はっ」
セバスや5人衆が頭を下げるのと同時につれてこられている魔物?たちもヤスに向かって頭を下げる。
ヒト型の魔物は存在していない。ヤスは、魔物ではなく獣として認識しているようだ。
『マルス。セバスの連れてきた者たちを神殿の中で住まわすことはできるか?その時の問題点は?』
『個体名セバス・セバスチャンが連れてきた者たちの正確な数が不明な為に憶測ですが、地域名魔の森のバランスが崩れることが考えられます』
『どうしたらいい?』
『定期的に、個体名セバス・セバスチャンや眷属に狩りをさせる必要があります。また、個体名セバス・セバスチャンが連れてきた者たちを神殿内で強化を行い、地域名魔の森の狩りに帯同させることが考えられます』
『わかった』
「セバス。彼らを神殿の内部に入れるのにはいくつかの条件がある」
「はい」
魔物たちもヤスの言葉が解るのか頷く。
「まずは、魔の森が不安定になってしまうことへの対処が必要になる。具体的には、定期的に狩りに出かけてほしい」
「はい」
「それから・・・」
ヤスは魔物たちを見回した。
「戦える者は、神殿内部の掃討を行いつつ強化を行い、然る後に魔の森への狩りに参加する様に・・・。種族的なこともあるだろう。住処は、セバスとマルスで相談して決めてくれ」
「はっ」
控えていた魔物たちは慌てて頭を下げる。魔物たちを眷属にまかせて自分はツバキの所に移動して引き継ぎや打ち合わせを行うようだ。
ヤスはすでにセバスには対外的な窓口をしてもらうことは伝えてある。ツバキが神殿内部のことを行うことになることも承知しているようだ。
ヤスはセバスとマルスに魔物の住処を一任すると決めたが方向性だけは伝えておこうと考えた。細かいことまで指示を出すつもりは無いしわからないので、ヤスとしては方向性だけ伝えれば十分と考えたのだ、あとはマルスがうまく処理してくれるだろうと丸投げの姿勢だ。
『マルス。階層を増やして、魔の森と同じような環境を作ることはできるか?』
『可能です』
『セバスとの相談にはなると思うが、方向性は新しい階層を増やすことを考えてくれ、餌も必要だろう?』
『了』
ヤスがマルスと会話しているのを感じ取ったツバキは黙って会話が終了するのを待っていた。
「マスター。少しお時間を頂戴したいのですが、よろしいですか?」
「大丈夫だけど、なんだ?」
「はい。セバスから引き継ぎを行いました。本当に、私が、マスターのお世話係でいいのですか?」
「頼む。それに、セバスはこれから魔物たちのことや暫くしたらやってくるユーラットから来る者たちの対応がある。俺のことを気にかけるよりも、セバスには外で神殿の為になることをして欲しい」
「わかりました。それから、魔物たちのことですが・・・」
「ん?あぁセバスは神殿に向かったのだな」
さっきまで姿が見えていたセバスがすでに神殿に向かっていることを把握していた。
「今、マルスに話をして魔物たちが住む場所は神殿の中に新しい階層を作って環境を整えてもらうつもりだ」
「わかりました」
「どうした?何か心配事か?」
「そういうわけではありませんが・・・」
「何かあるのなら話をしよう。”できること”と”できないこと”があるけど話してくれないと理解もできないからな」
「はい。それでは・・・」
ツバキはやすに魔物たちのことを説明し始めた。
全部で6種類の魔物が居た。ヤスは、魔物の名前がわからなかったので、狼?・猫?・羊?・栗鼠?・兎?・鷲?と認識した。それぞれが魔の森では上位種に違いはないが、中位の冒険者なら問題なく戦える程度の魔物だ。
ゴブリンやコボルトが相手なら1対1で戦える。しかし、上位種や変異種が産まれてしまうと対応が難しくなってしまうのだ。
それだけではなく、魔の森では見られないがオーガ種には全滅を覚悟しなければならない程度なのだ。オーク種なら多大な犠牲を出して撃退に成功する可能性がある程度だと思えば良い。
ツバキは、魔物たちが”弱い”ことを心配していたのだ。
神殿に設定した魔物は、最深部に居る魔物を除くとオークやオーガなら問題なく倒せる魔物たちが神殿には多く存在する。神殿の魔物を弱く設定することも可能なのだが、神殿のコアを守る意味もあるので弱めにはしていない。
神殿内部の魔物は増えすぎない程度に間引きすればいいので最悪の場合はディアナで自動駆除を考えている。
「ツバキ。魔物たちには無理をさせるつもりはないから安心して欲しい。それに仕事ならいろいろ考えるから大丈夫だ」
「仕事ですか?」
「そうだな。神殿の中での行動が難しければ、魔の森にセバスたちが行く時に道案内ができるだろう」
「良かったです」
ヤスの見立てではツバキは魔物の一部のことが心配だったようだ。
『マスター。ご報告したいことがあります』
『わかった。戻ったほうがいいか?』
『お願い致します』
緊急ではないがマルスがヤスに報告を上げるのは珍しい。ヤスはツバキと急いで神殿に戻った。
自室ではなくリビングで報告を聞くことにしたのだ。ツバキだけではなくセバスも呼ばれている。
『マスター。ディスプレイを御覧ください』
リビングにかけられているディスプレイに何やら一覧が表示される。
「マルス。これは?」
『魔通信機の端末一覧です』
マルスが簡単に済ませたようにエルフ族(正確にはアフネス)から貸し出されている魔通信機の一覧が表示されている。ヤスが預かってきた交換機にアクセスする端末が表示されているのだ。
『マスター。交換機が持っている機能の確認が進みまして、交換機同士を繋げることができることがわかりました』
「どういうことだ?」
『交換機はお預かりしている一台では無いはずです。現在は接続していませんが、端末から魔素の届かない範囲に届かせようとした場合には、交換機同士を接続して繋げる必要があります』
「そうか、だから限定的な範囲での運用になっているのだな?詳細は、アフネスに聞かないと判明しないだろうけど・・・。わかった、交換機の件はアフネスに確認する。それだけか?」
『マスター。通話記録を確認してください』
「ん?どれだ?」
ヤスは、一覧の中からマルスが示した”魔通信機”を選択して通話履歴を表示させる。
通話履歴の中から、スタンピードが発生した頃の履歴を選択する。
「マルス。この通話記録は元々存在していたのか?」
『マスター。交換機の中に保存されていました。件数で500件が保存対象のようです』
「ん?今までも同じ様にしていたのか?」
『不明です。ただし、履歴を参照していたと考えられます』
「そうか、わかった。アフネスに聞いてみる」
『お願い致します』
ヤスは、マルスからの報告を聞いてから指定された通話履歴を再生した。
地球の携帯電話サービスを知っているヤスにとっては聞きにくい再生だが聞き取れるギリギリなのだろう。
一度聞いてからヤスは近くに居たセバスに指示を出す。
「セバス。もう一度再生するから文字に起こせるか?」
「かしこまりました」
優秀なセバスはツバキにも手伝ってもらうことを条件に出したが一度で録音の内容を文章にした。
「マスター。これで大丈夫ですか?」
セバスから渡された物を読んでみて問題が無いことを告げる。
内容は問題だらけだが、文章にできたことでアフネスやダーホスに渡して確認できるだろうと考えた。
「マルス。他には?」
『些末なことですが・・・』
マルスがヤスに説明したのは領都から辺境伯の娘がユーラットに謝罪に向かうということだった。
辺境伯が王都に連絡をしているのを傍聴できたようだ。魔通信機が復活したことで、伝令を飛ばす手間がなくなったと言っているようだが、通話がクリアになったと喜んでいるのも聞かされた。マルス曰く『効率を向上させてアンテナを高くしたのが要因』だということだ。
辺境伯の娘が何の目的でユーラットに来るのかまでは語られていなかったが、ユーラットが王家直属の領地であることから、辺境伯から王家に報告が上がったと言うことだ。辺境伯の家族の状況も通話の中に残されていた。
「そうか、末っ子がユーラットに来るってことだな。跡継ぎになる長男は王都に居て、長女はすでに嫁いでいる。次男が馬鹿なのは何かを勘違いしているのだろう」
ヤスがボソッと呟いた言葉が通話の内容を過不足なく表現していた。
実は通話は10分にも及んでいた。王都の情勢といいながら長男からの愚痴が辺境伯に伝えられた。代わりに次男の行いを嘆く領主の話しが続いた。ヤスとして聞き逃がせなかったのが、ユーラットに向かっているサンドラが神殿の主に会って王都からユーラットへの物資の輸送を頼みたいと考えているらしいことだ。
「どうなさいますか?」
セバスが気を利かせて話をつないだ。
神殿としての方向性を決める必要があることは間違い無い状況だ。
「そうだな。セバスは、魔物たちを頼む。神殿の中の間引きができる程度まで強化ができるか調べてくれ、5人衆はしばらくの間は魔の森と神殿の両方を担当。魔物たちをパーティーに入れて調整しながら駆除を行ってくれ」
「はっ」
セバスが頭を下げる。
「ツバキは、リーゼたちの到着までセバスに付いていろいろ引き継いでくれ」
「かしこまりました」
「セバス。魔物たちの処遇が決まったらツバキに移管。その後は、俺の筆頭執事として神殿の外向きの業務を頼む」
「外向きとは?」
「どんなことが発生するかわからないけど、まずは俺の補佐。ギルドの出張所もできるようだから、ギルドとの折衝を頼むことになる。辺境伯の娘が到着したら最初の対応を頼む。家や建物はマルスとツバキに聞いてくれ。リーザ以外の割当も頼む」
「はっ。かしこまりました」
「マルスも頼むな」
『了』
ユーラットにも少ないが冒険者が存在する。
イザークたちとは違いユーラットに住んでいるわけではない。
それではどうしているのかと言えば、大半はロブアンの宿屋を借りの住処にしている。ある程度の人数が揃っている冒険者パーティーは民家を借りて住んだりしている。
冒険者たちは、魔の森を主戦場にしているのだが一部は海に向けて出ていく者も存在する。
そして冒険者は男性だけの職業ではない。女性だけのパーティーも存在している。
女性パーティーは実力が劣っていなくても1段下に見られる傾向が強い。
「アリシャ。それで今日はどうするの?」
「うーん。テレーゼはどうしたいの?」
「私?ナターリエがリーダーでしょ?決めてよ!」
女性だけのパーティーが今日の方針をギルドで話している。この風景は数日前から変わらないのだ。
「ナターリエさん。魔の森はどうでしたか?」
あと数日で神殿に行くことが決まっているドーリスがリーダーであるナターリエに声をかける。3人の女性パーティーは昨日魔の森から帰ってきたのを”優秀”なギルド職員は知っていたのだ。
「・・・」
「すみません。リーダーはドーリスさんのことがまだ怖いようなので・・・」
「はぁ・・・。まぁいいですよ。アリシャさん。テレーゼさん。魔の森の様子はどうでしたか?」
ドーリスに睨まれる形で3人の女性は黙ってしまったのだが、名指しされて自分たちが感じたことを話し始めた。
一通りの報告を聞いたドーリスがこめかみを押さえながら説明したテレーゼを見る。テレーゼは、短髪の女性で髪の毛は緑色だ。美醜で言えば可愛い部類だろう。
「テレーゼさんの説明で間違いないですか?」
ドーリスが、アリシャから目線を外して、リーダーであるナターリエを見た。
ナターリエは、長めの青い髪の毛で目線を隠しているが、ドーリスの問いかけにうなずいて肯定の意を表した。
「はぁナターリエさんも相変わらずですね。それで、アリシャさん何か追加があるのですか?」
最後の一人のアリシャをドーリスが見る。
アリシャは、長髪で腰まで髪の毛がある。先端部分で縛っているのでまとまっているイメージがある。エルフの血が少しだけ入っていると本人は言っている。最年長だが、他の二人と同じ10代後半に見える。黄色い髪の毛が印象的な美人さんだ。
「ドーリスさん。テレーゼの説明に間違いは無いのですが、”なぜ”を教えてもらっていません。それに、ギルドからの質問ということは・・・」
「えぇ報告をまとめてもらえれば報酬が出ます。どうしますか?」
「もちろん!」
一番しっかりしているアリシャがドーリスの話に飛びつく。アリシャは報告書を作るのが苦手だがリーダーであるナターリエが得意なのだ。
「それは良かった。今の話をまとめていただくだけで大丈夫です」
「はぁ・・・。わかりました」
「すぐにお願いしますね」
「え?」
「”すぐ”です。必要な情報なのです」
ドーリスの異論を認めない言葉に三人は黙って頷くだけしかできなかった。
それから3時間後にまとめられた報告書を持ってアリシャがドーリスを訪ねた。
「ありがとう。それで報酬だけど、大銀貨3枚を受け取るか武器防具や魔道具にするのか決めて」
「え?」「は?」「武器!」
最後のセリフは誰が言ったセリフなのかは別にしてドーリスから提示されたのは望外な報酬を手に入れるか、普段なら入手が困難な武器と防具と魔道具を入手するか選択する事ができる。
3人はお互いの顔を見ながら武器と防具と魔道具を選択することに決めた。リーダーがいち早く武器だと逝ってしまったことも影響している。
「そう・・・。わかった。付いてきて」
ドーリスが三人を先導して倉庫に移動する。
倉庫には、ヤスが領都から運んできた武器や防具や魔道具がおかれていた。どれも一級品だ。
「この中から好きな物を持っていっていいわよ。一人3点までね。決まったら報告をお願いね。それから、これから他のチームも来る可能性があるから早い者勝ちだからね」
それだけ言ってドーリスは3人を倉庫に残してギルドに戻っていった。
残された3人は目の前に置いてある夥しい武器や防具や魔道具を眺めるしかできなかった。
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「カスパル!どう考える?」
「ダーホス殿。考えるのは、あなた達の仕事です」
ギルドの責任者であるダーホスに尋ねられたがカスパルは冷たく突き放すことしかできない。
実際に、カスパルにしても報告は聞いていた。ユーラットを出る前にイザークから注意を受けていた。
「そうだな。もう少し付き合ってくれ、石壁がどこまで続いているのか確認する必要がある」
「わかりました。報告では、関所まで続いているということです、食料はギリギリですけど、それでも行きますか?」
「水の心配はなさそうだからな。少し無理をすれば大丈夫だろう?」
「わかりました。調査に必要だと思っていた日数を移動に使えば大丈夫でしょう」
カスパルもユーラットの安全を考えれば必要なことだとわかっている。
そのためなら多少の無理でも通すつもりで居たのだ。
そんな話を神殿の境界に作られた広場でしていた。
もちろん、エントたちが話を聞きつけてすぐにマルスに伝わった。マルスは、ヤスに確認するまでもなく支援することを決めた。神殿の領域には足を踏み入れていないのでマルスでも状況を確認することができない。飲水は提供しているので、セバスからエントたちに命令を出すことで、果物を提供することにしたのだ。神殿の内部に住むことが決まった魔物たちへの提供と合わせて実験の意味もある。
ユーラットから出ていたスタンピードの調査隊は報告された通りに魔物の死骸を見つける。見ることができた魔物の死骸の数は多くなかったが、報告の通りの場所に有ったことやスライムの数からかなりの死骸が有ったことが想像できた。
魔物の確認が終わったので調査隊は本来ならユーラットに戻ったほうがいいのだが、石壁が気になってしまっているのだ。スタンピードの調査だけならすでに終了している。石壁が存在していることも報告通りなので改めて調査する必要はない。石壁は、街道から離れた場所に作られている。
そのためにユーラットから調査に出たダーホスたちは領都からユーラットに向かって出発したサンドラたちとすれ違うことがなかった。すれ違っていれば状況が変わっていたかもしれない。
---
「それでどうした?」
「はい。予定通りに致しました」
「それで?」
奥に座る若い男がイライラを極限まで高めたような声で前に立つ男にぶつける。
男は頭を下げながら言葉を繋げる。
「ご命令の通りに、指定された森に放置してきました」
「ならばなぜ!」
若い男は激昂して頭を下げる男を叱責する。
「私では判断できません。法国からの提案が間違っていたのでは・・・」
苦し紛れに言ったセリフだったのだが、若い男は目の前の男が言った言葉を聞いて考え込んでしまった。
「駒はまだあるのか?」
「はい。先日のものよりも劣りますが、総魔力では上回っています。ハーフの女ですが法国からの提案の数値は越えております」
「そうか、もう一度だけチャンスをやる!今度こそ、王国の急所を噛み砕け!」
「はっ」
男が立っていた場所を若い男が見つめている。
(俺は、こんな辺境で終わる男ではない。無能どもにもわかりやすい手柄を立てて中央に返り咲く!俺は何も間違っていない!)
若い男は黙って自分の手元にある魔通信機を眺める。
そして立ち上がって戸棚に魔通信機を戻す。ただそれだけの行為を何度も何度も繰り返し行った。
そして、数字を押して指が覚えてしまった番号へとコールした。
コールが続くが相手が出ることはなかった。そして、若い男は自分がしていることの虚しさをごまかすために乱暴に机を叩いた。
手の痛みで心の痛みを隠そうとしているかのように、何度も何度も机を叩いていた。
「ここが?」
「はい。ユーラットです。サンドラ様」
サンドラは自分が思っていた以上に田舎のユーラットに驚いている。
石壁を最初に見た時には驚いたのだが、護衛たちサンドラに石壁の先になるのが森であることや魔物の襲来がある可能性があることを説明した。そして説明を聞いたサンドラは石壁に沿って行くのではなく街道を進むことに決めた。
街道を選んだサンドラたちはすれ違うはずだったダーホスたちとすれ違ってしまったのだ。
ユーラットの中でサンドラを知っているのはダーホスと数名だけだ。身分を証明する物を持ってきていること考慮しても”辺境伯の娘でランドルフの妹”がユーラットに居る者たちから歓迎されるとは甘い見通しだったと思えてしまう。
事実、サンドラは”辺境伯の娘”である身分を提示したことで、エルフ族やドワーフ族、ユーラットに残っていた者たちが一斉に近くから居なくなるのを感じた。
相手にしてくれたのは3名だけだ。
「それで、サンドラ様はユーラットにどのような御用で来られたのですか?」
言葉の節々に”迷惑だ、早く帰れ”という感情を乗せてアフネスが話を切り出す。
「アフネス様。私は兄ランドルフの行いの謝罪を行うためです」
「謝罪の必要はありません。お帰りください。もう終わったことです」
「いえ・・。それでは・・・」
「それに、魔通信機は以前と同じ条件で使えます。これ以上はお話をする必要があるとは思えませんが?」
「しかし・・・。ギルドを仕切っているダーホス様にお会いしないことには・・・」
サンドラの目的は神殿に行ってヤスに面談しないと進める事ができない。ユーラットでは情報を得るためと筋を通すためにも責任者であるダーホスに会って話をする必要がある。
「サンドラ様。本当のことを教えて下さい。リーゼ様への謝罪に来られたのではないですよね?」
ドーリスがサンドラの様子から事情を的確に読み取っていた。謝罪しに来たのならまっさきにリーゼの所在を聞くのだが、”やるべきこと”を行わなかったことから目的は別にあると考えていたのだ。
「いえ、主目的の一つではあります。兄ランドルフの行いは間違っています。今更、妹である私が何を言ってもダメなことは理解しておりますが、それでも同じ女性として謝罪をしないとダメだと判断しております」
「サンドラ様。リーゼに対する謝罪は必要ありません。そもそもミーシャやラナの話をまとめますと、次男様はリーゼに直接言ってきたわけではないですよね。サンドラ様が謝罪されることの方が問題です」
サンドラはアフネスの言葉が正しいと認めてアフネスにだけ謝罪をした。
「それで?護衛の方々もいらっしゃいますが一泊して帰られるのですか?」
すぐに帰って欲しいという雰囲気を出しながらイザークが丁寧な言葉でだが”帰れ”と伝える。
「ここは敵陣なのですね」
「ユーラットは王国の一部です。辺境伯の領地ではありませんが敵陣ではありません。サンドラ様が”敵陣”だと感じていらっしゃるのなら、それは私たちが原因ではありません。辺境伯のご身内の方の責任です」
「わかっております。ドーリスさん。ですので、私はユーラットで信頼を勝ち取っていらっしゃる、中立な機関であるギルドをまとめていらっしゃるダーホス様とお話をしたいと考えております」
ドーリスをしっかりと見据えながらサンドラははっきりと宣言する。
「ですので、イザークさん。私はまだ帰るわけには行かないのです。ご理解いただければ幸いです」
”帰れ”と雰囲気で訴えられていたことを認識した上で残る選択をする。
「わかりました。しかし、サンドラ様は街道を来られたのですよね?」
「はい。そうですが?」
「ダーホスも街道を領都に向かってスタンピードの状況を調べています。すれ違わなかったのですか?」
「はい。私も不思議だったのですが誰ともすれ違いませんでした」
「サンドラ様。街道を進まれたのですよ?」
「もちろんです」
「わかりました。ドーリス。誰か、冒険者に石壁沿いに進んでダーホスを連れて帰ってこさせてくれ!」
アフネスが話をぶった切る勢いの命令口調で指示を出す。アフネスに命令や指示を出す権利は無いのだが勢いに飲まれて、ドーリスが立ち上がる。
「え?」
「アフネス様?なぜ?」
「サンドラ様が街道を進んできて、ダーホスやユーラットの者たちとすれ違わなかったのなら、奴らは石壁の調査をしているのだろう?」
サンドラの問いかけにアフネスは憶測を交えた考察を伝える。ダーホスの行動を見抜いている。アフネスは、石壁の調査は不要だと思っているのだ、調べてもしょうがないことだと思っているのだ。アフネスの中では、石壁は間違いなくヤスが作った物であり、神殿の権能で作り上げられた物だと思っている。いくら調査しても神殿の権能で作られた物なら神殿の権能で姿や位置を変えられてしまうと思っているのだ。アフネスが気になっているのは”石壁を作らせたヤスの考え”だけだ。
「そうだ!石壁!アフネス様。ドーリスさん。イザークさん。あの石壁は何なのですか?あんな物が作られているとは聞いていません!」
「領主に報告する義務がある事柄ではないと思いますよ。あの石壁が作られているのは神殿の領域です。それに、ユーラット所属の者が辺境伯に報告するはずがないですよね?」
「え?そうでした。申し訳ない。それでは、あの不可思議な石壁は・・・」
「ダーホスに聞けばいい。すぐに冒険者が出発したとして関所辺りまでは進んでしまうだろう?そうだろうイザーク?」
急に話を振られたイザークが少しだけ驚いていたが、少しだけ考えてからうなずいた。
「そうですね。急いだとして・・・。あ!あの三人を使いに出すのならもう少し早くなる可能性があるが、それでも10日前後は必要でしょう」
「10日」
サンドラが自身で決めている期間に10日が追加されることになる。
交渉がすぐに始められない可能性を考慮すれば1ヶ月程度の期間が必要になってしまう。資金は問題がないが、護衛の分が無駄になってしまう。
(一部の護衛には帰ってもらう必要がありそうですね)
サンドラはすぐに決断した。
「わかりました。護衛の一部を帰します」
指示を出して戻ってきたドーリスがサンドラの宣言を聞いた。
帰って欲しいのはドーリスも同じだ。ドーリスとしては、サンドラを帰して自分は神殿に移動したいと思っているのだ。しかし、ダーホスが居ない状況でサンドラを残して神殿に移動はできない。
「サンドラ様は?」
言葉に一緒に帰れという思いを込めての発言だったのだ、サンドラにも譲れない事がある。神殿に行って主に会わなければならない。会ってやっとスタート地点に立った事になるのだ。
「私は、ダーホス様を待ちます。石壁に関してのお話を聞きたいと考えております」
「はぁ・・・。サンドラ様。そろそろ、本当の目的をお聞きしてよろしいですか?」
大きく息を吐き出して、肩肘をテーブルに付いた状態でアフネスがサンドラの目を真っ直ぐに見つめながら問いただす。
「え?」
「サンドラ様。リーゼへの謝罪やエルフ族への謝罪はわかりました。サンドラ様では謝罪になりません。お解りですよね?」
アフネスからの指摘にもう避けられないと判断してサンドラは肯定の意思を示す。
「そうですか、神殿ですか?」
「はい。これは辺境伯も愚兄も関係ありません。私の意思です」
「神殿への干渉に関しての王国の・・・。いや全ての国家の不文律はご存知ですよね?」
「もちろんです」
「それならば!なぜ!」
「アフネス様。貴女でも勘違いされる事があるのですね」
「勘違い?」
「えぇ私は神殿の主に仕事を依頼したいのです」
「仕事?」
「はい。神殿の主に、王都まで行っていただいて物資を・・・。ハインツ兄様が確保している物資の搬送をお願いしたいと考えているのです。それなら不文律にも抵触しないと思いますが?」
サンドラはアフネスの言葉をニッコリと笑いながら否定した。
「マスター」
「ツバキか?もう朝か?」
「はい。先程、マルス様からマスターを起こして欲しいと言われまして、申し訳ありません」
「あぁそれはいい。それで?」
ヤスはベッドから起き出して、ツバキが用意している服に着替える。
ヤスの着替えを手伝いながらツバキはマルスからの報告を伝える。
「そうか、魔物たちの階層ができたのか」
「はい。それで一度マスターにご確認していただきたいという事です」
「わかった。マルス!どうしたらいい?モニター越しの確認にするか?それとも、現地に赴いたほうがいいか?」
『モニター越しでお願いします』
「わかった。リビングで確認しよう」
『了』「はい。お食事の用意をします」
「軽いものでいいぞ?今日も一日工房に籠もるつもりだからな」
「かしこまりました」
リビングに移動してツバキが用意した朝食を食べながらヤスはマルスから説明を受けていた。
「そうなると、森林と草原と山と湖が必要になったという事だな」
『はい』
ツバキが焼いた”肉”を口に放り込みながらヤスはマルスに確認する。
軽いものと言ったのに出てきたのは、薄く切られた肉と柔らかいパンと果実を絞ったジュースだ。残すのも悪いと思ってヤスはモクモクと食べている。
「ポイントが足りたのなら問題ない。餌とかは大丈夫か?」
『問題ありません』
「魔物を出現させているのか?」
『はい。半数は、魔素を含んだ草木が主食です。残りは弱い魔物なら問題ありませんので、狩りの練習用に好きな魔物を生息させました』
「わかった。それだけか?」
『いえ。魔物の中から進化の予兆が見られる個体が存在します』
「進化?リーダーたちか?」
『違います。幼体の個体ですが各種族から2-3体程度は進化が可能です』
ヤスは、マルスの言い方に違和感を覚えた。
「ん?マルス。今の説明だと進化させられるように聞こえるのだが?」
『その認識で間違いありません。神殿の権能です』
(神殿の権能って便利だな。なんでもできそうだし、これこそ”ご都合主義”の塊だな)
ヤスは、マルスのセリフを”ご都合主義”だと解釈した。
実際に、他の神殿でも神殿を守護する魔物は権能を使って進化させる事がある。
「わかった。進化は、セバスを交えて相談しながら決めてくれ」
『了。それでマスター魔物たちが神殿の領域内に出ることへのご許可をいただけますか?』
「問題ないぞ?」
『ありがとうございます』
ヤスは少しだけ勘違いしていた。
進化した魔物たちが魔の森や山に広がる森での狩りを行うものと考えていたのだが、マルスは広場での展開を考えていたのだ。神殿の権能によって広場は安全が確保されているのだが、住人同士のいざこざには対応できない。進化した魔物たちを使って人型のセバスの眷属たちとは違った治安維持を行う事を考えていたのだ。マルスの考えが形になるのは人が増えてきてからになるのだが最初から”安全な魔物”が徘徊する事と、途中から”安全だと言われた魔物”が徘徊するのはで意味合いが全く違う。
「いいのか?」
『はい。マスター』
残っていた肉を口に放り込んでからヤスはジュースで流し込んで立ち上がった。
「マルス。ツバキ。工房に行く。何かあったら知らせてくれ」
「はい」
『了』
ヤスはリビングから工房に向かった。1階まで移動してから地下にある工房に向かう。
ヤスが地球に居た時に使っていた工房が再現されている。
工具もできるだけ再現冴えているのだが電子制御されているような物は存在していない。工房で作業を行うような事は無いのだが、いろいろと実験を行う場所と定めている。
「マルス。俺って魔法は使えないよな?」
『生活魔法が使えます』
「生活魔法だけだろう?神殿の権能とかは無理だろう?」
『エミリアを使う事で魔法を使役する事ができます』
「魔法を使役?」
『魔法を使う精霊をエミリアに組み込む事で魔法を使う事が可能です』
「うーん。イメージと違うから今はいい・・・。必要になったら考える」
『了』
ヤスは、工房で”生活魔法”の練習を行う事にした。
生活魔法は、・火種・温(冷)風・排泄管理・清潔・簡易鑑定の5つの魔法の総称になっている。5つ全部使える事は珍しくステータスの表示も『生活魔法(火種)』と使える魔法が提示されるだけだ。ヤスは、生活魔法が全部使えるというちょっとだけレアな状態になっている。
5つとも上位の魔法があり生活魔法は生活で使う程度の物で戦闘に使うことができない。
野営などでは使うと便利な魔法なのだが上位の魔法を使えるものがいれば必要ない。
(しょうがないよな。生活魔法でも十分便利だし、ディアナがあれば困る事は少ないだろう)
ヤスは魔法をきっぱりと諦めた。
『マスター』
「ん?」
『魔核を使って道具を作ることで魔法を使う事ができます』
「そうか、魔法が使える道具を作ればいいのか・・・。せっかく作った工房だし魔道具を作ってみるか!マルス。魔核には属性があるのか?」
『属性がわかりません』
「そうだな。一つの魔核から火の魔法や風の魔法が出せるのか?」
『魔核は魔素の塊です。魔核だけでは魔法を使う事はできません』
「ん?それじゃどうやって魔法を使うのだ?」
『・・・。エミリアに情報を転送。マスター。エミリアに魔道具の制作に関する資料を付与しました』
「お!わかった!少し見にくいな。タブレットでも用意して表示させるか?」
エミリアで資料を見ながらヤスはタブレットを準備するようにマルスに伝える。
『了』
工房の机にタブレットが現れた。
『マスター。タブレットをエミリアに連結しますか?』
「工房のタブレットはスタンドアロンで使う。工房には俺以外も出入りできるだろう?」
『はい。マスターが認めた者が出入りできます』
「それなら、エミリアとの連携は必要ない。マルスへの連絡はできるのだよな?」
『可能です』
「交換機との連携もできるか?」
『可能です。端末の一つとして機能させる事ができます』
「ん?そうなると、魔通信機の代わりにできるのか?」
『可能です』
「うーん。うーん。棚上げだな」
魔通信機の販売ができないかと思ったが、自分は商売人には向いていないと考えて取りやめる事にした。
それに神殿の権能ありきで考えるのは良くないと思ったのだ。スマホやタブレットを討伐ポイントで交換してマルスに調整をしてもらって売ればいいと考えたのだが長続きしないだろうと思っていた。ヤスは、魔通信機(端末)をアフネスが用意できるものだと思っていたのだ。専門でもない分野に入っていくのは面倒だと思っているのだ。
『マスター。設定が終了しました』
「ありがとう」
タブレットに表示された魔道具の作り方を見てヤスは無理だと判断した。
簡潔に書かれているが、簡単にできるような物では無い。
魔法を発動させる媒体としての魔核があり、術式を刻み込んだコアが必要になるのだ。問題はコアの方だ。
コアは、魔法を発動するための手順が記述する必要があるのだ。生活魔法に属する程度の魔法ならヤスでもできるのだがそれ以上になると難しくなってしまう。魔素を使う量から魔法の状況を書いていく必要がある。魔法を使うときに祝詞を行ってイメージを補完する事で魔法が発動されるのだが、コアはそれらを記述していき条件定義を行わなければならないのだ。
もう一度だけタブレットに表示されている情報を見てヤスは一つの可能性以外の事はすっぱりと諦めたのだ。
「マルス。コアを生成できる魔物を作る事はできるのか?」
『可能です』
「それなら、簡単な魔法が使える魔物を作ってコアを抜き出してみるのが良さそうだな」
ヤスが見つけた記述は、魔法を使う事ができる魔物の一部は魔核とは別にコアを体内に生成していて、コアを取り出して道具に組み込む事で魔法が発動できるようになると書かれていた。