異世界の物流は俺に任せろ


「マスター。お食事はこれで大丈夫でしょうか?」

 ツバキが持ってきたのは、パンを軽く焼いて焼いた肉を挟んだサンドウィッチのような物と野菜を焼いて塩で味を整えた物だ。

 ヤスは受け取って一口ずつ食べた。

「うん。うまい。十分だ。これからも頼むな」

「はい!」

「そうだ。さっきのジュースをもう1杯頼む。さっきより冷やせるなら冷やしてくれ」

「かしこまりました」

 ツバキがキッチンに下がってから、ヤスは出された朝食を食べている。
 うまいと表現したが全体的にぼやけている。胡椒を使えば格段と美味しくなるだろうと思った。今後、討伐ポイントを支払って日本で使っていたような調味料を渡せば味も良くなるだろうと思っていた。故郷の味だと言えばいいだろうと簡単に考えながらツバキが作った朝食を食べた。

 ツバキがキッチンからおかわりのジュースを持って帰ってきた、ヤスの指示通りに先程よりも冷やしてきている。
 ヤスは今度ミキサーを交換して果物を凍らせた状態でジュースにする方法を教えようと思っていた。

「マスター。本日のご予定は?」

「予定?」

「はい」

 ツバキは不思議なことを言ったわけではない。でも、ヤスは別に仕事をしているわけでも無いので予定など考えていなかった。

「何も・・・。あ!」

 ヤスは、戻ってきたらやろうと思っていた、リーゼの家やギルドの出張所。他にも孤児院を建てる事を思い出した。

「マスター?」

「あぁすまん。今日は、広場の設計と整備を行う。ツバキは、マルスの指示に従ってくれ」

「かしこまりました」

「あっ!ツバキ。少し待ってくれ、一緒に二階に行きたい」

「はい!」

 ヤスは、ツバキの部屋を作ったことを思い出した。
 二階にツバキを連れて行って部屋を確認した。他に必要な物がないか確認するためだ。

「マスター。この部屋は?」

「ツバキが好きに使ってくれ、一応簡単に説明しておくと・・・」

 ヤスは部屋の説明を開始した。
 ユーラットや領都の宿屋に有ったものは省略してそれ以外の設備を説明する事にした。特に、水回りはしっかりと説明しておいた。

 ツバキは、シャワーにすごく反応した。

「マスター!シャワーではお水を使ってもいいのですか?」

「・・・。お湯にもなるけど?水?温度調整の方法を教えておくよ」

「ありがとうございます!」

 窓も作っていて光が差し込む事もツバキは喜んだ。ヤスの部屋は窓をそれほど多くとっていなかった為に薄暗かったが、ツバキの部屋は日本の一般的な部屋と同じくらいに窓を大きめに作った。ヤスとしては別に意味はなかったのだがツバキは、ヤスが自分に気を使って光が差し込む部屋を作ってくれたと考えたようだ。

「ツバキは、部屋の具合を確かめてくれ、終わったらマルスの指示に従ってくれ」

「かしこまりました」

 ツバキは深々と頭を下げた。

 ヤスはエレベータで4階に移動して書斎に入った。
 4階はヤスのプライベートな空間として使う事にしたようだ。

 設置したパソコンの前に座ると2×2で設置したパソコンのディスプレイに火が入る。設置したスピーカーから音が鳴る。

『マスター。予備ディスプレイの設置をお願いしたいのですが可能ですか?』

「いいけど?予備ディスプレイのサイズは?小型パソコンを接続したほうがいいか?」

『小さい物で構いません。私とエミリアとディアナの状態が表示する予定なので、小型パソコンの設置も合わせてお願いします』

「わかった」

 ヤスはエミリアを取り出して、通常使っているディスプレイが31インチサイズで予備ディスプレイとして使っていたのが21インチだったので同サイズの物を一つ交換した。同時に小型パソコンを交換した。

「マルス。パソコンの設定は終わっているのか?」

「あと、1時間15分必要です」

「わかった。暇ができたな・・・。そうだ!」

 ヤスは紙のペンを交換した。
 デスクの引き出しに入ったので、取り出した。

「マルス。広場の広さと魔の森と後ろの山以外の広さを教えてくれ」

 ヤスはサイズをメモして紙にだいたいの縮尺で広場の広さを書いた。

(中央にはまっすぐにすれ違える程度の幅が必要だな)

(俺が駆け下りた方向にも道を作っておこう。こっちは一台分でいいだろう。魔の森方面にはバイクで行けるだけの幅があれば十分だろう)

 ヤスは最初に区画整理をしていく。別に思想があるわけではない。ただなんとなく日本に居たときに住んでいた街並みを思い出しながら書いてみているのだ。

 リーゼの家を作る場所は約束通り神殿の近くにした。一般的な家がわからないが、ラナの宿屋やアフネスの宿屋を参考にして作ればいいだろうと思っている。エミリアで確認すると、家1ー10と書かれた物が交換できるようになっている。宿屋やギルドと表示されている物もある。
 オブジェクトとしてヤスが認識した建物やマルスが神殿のコアが持っていた知識から得た建物は配置できるようになっているようだ。教会や孤児院という物もリストに載っていた。

 ヤスは孤児院を見るがヤスが考えているような物ではなかったので、孤児院は自分で作る事にしたようだ。

 神殿を背にしてロータリーっぽくした場所を作る事にして、地下からの出口からまっすぐにユーラットへの道まで繋げる。
 左側の神殿のすぐ側にリーゼの家を作る場所にして、風呂が付いていて広い家10を配置する事にする。リーゼの家の横にセバス・セバスチャンと眷属たちが使う家を配置する事にする。リーゼになにかあるとアフネスだけじゃなくエルフ族が面倒な状態になってしまうことを考えて対処しておく事にしたのだ。

 わかりにくいが風呂付きの家は、3,6,7,9,10の5種類あるようだ。

 トイレはヤスのこだわりのT○T○さんのおしりを洗う機能が付いた物を配置する予定だ。日本でヤスが愛用していたものと同じだ。ヤスが気にしていた水回りなのだが魔法で解決できることがわかった。汚水に関してはもっと簡単で、家の下に神殿の一部を配置すればそこで処理できる事がわかった。
 神殿の権能が使える事で、上水道や下水道の設置を考えなくて良いことになる。

 神殿の右側のリーゼの家の正面には孤児院を立てておく事にした。正面に立てたのはヤスが望んでいる孤児院ではなく、裏側に作る建物が本当の孤児院になる予定だ。保育園(幼稚園)と小学校を合わさったような施設にするつもりで設計をしている。もちろんグランドもプールも体育館も作る。グランドは二面だ。1面はサッカー専用にするために芝生を敷き詰めるつもりだ。もう1面は通常のグランドだが1周400mのグラウンドにするつもりだ。その他にも敷地内に300名が暮らせる寮を用意する食堂と大浴場も作る予定だ。
 左側には後はギルドの出張所を作る。ドーリスがギルドマスターになる場所だが実際に何が必要なのかわからないので、エミリアのリストで”ギルド”と表示されている建物と倉庫を3個ほど作っておくことにする。場所は沢山残されているので必要になれば自分たちで作って欲しいと考えている。

 右側の道路に面していない区画には、車の教習場を作る事にした。

 カートのコースやラリーコースは、神殿の階層を増やしてもいいと考えている。最初は広場の空き地を利用しようと思っていたのだが実際に作りたい物を書き込んでいくとあまり広くない事に気がついた。ラリーやカートはヤスの趣味なので神殿内部に作る事にした。神殿内部に作る事で討伐ポイントではなく魔力での作成が可能になる上に気候変動を操作する事ができるので、雨のブラジル-インテルラゴス・サーキットを再現したりできるので良かったと思うようにした。あとで分かる事だが、神殿内部ならヤスが交換したパソコン内部に階層の情報を保存する事ができるので、沢山の階層を用意して作るのではなく階層を入れ替える事でいろいろなコースを楽しむ事ができるのだ。
 後日階層の入れ替えができることを知ったヤスはカートでだけではなく通常のサーキットサイズの階層まで作ってしまったのだ。

 ヤスがエミリアのリストを眺めながら”あーでもない”、”こーでもない”と悩んでいると、ドアがノックされた。

「マスター。マルス様がマスターにお飲み物を持っていくように言われまして、先程の果物のジュースをお持ちしました」

「あぁありがとう。鍵はかかっていないから入ってきて」

「はい。失礼致します」

 ツバキがジュースを持って書斎に入ってきた。ヤスの手が届きそうな場所にジュースを置いてヤスが机の上に広げている不思議な物を見ていた。

「マスター。それは?」

「広場の設計をしているだけだ」

「そうなのですね」

「あぁいろいろ作りたくなってしまったからな。考えないと全部を作る事ができない可能性があるからな」

「・・・。あっ!お部屋ありがとうございます」

 ツバキは視線をヤスに動かした。
 不思議な人だと感じている。そして、自分にあてがわれた部屋のことを思い出した。使い勝手を確認と言われたが、初めて使うものばかりでわからない事だらけだった。ただ、マルスが説明してくれたことを聞いて、ヤスが自分を魔物として扱っていない事に気がついた。
 部屋の礼をヤスに告げる事にしたのだ。感謝の気持ちをヤスに伝えようと思ってマルスに相談したのだが、部屋の礼くらいにしておいたほうがいいと助言されて実行したのだ。

「大丈夫そうか?必要な物はなにかあるか?」

「いえ、大丈夫です」

 ヤスはツバキの頭から爪先まで見てから少しだけ考えた。

「そうだな。ツバキにも討伐ポイントを使えるようにしておいたほうが便利そうだな」

「え?」

「広場の整備が終わってからだけど、使えるようにはしておくよ。使い方は、マルスに聞いてくれ」

「ありがとうございます」

 ヤスは、ツバキの下着の事や服のことを考えたのだが、ヤスがツバキの下着のサイズを聞いて討伐ポイントで交換するのは駄目だろうと考えて、セバスにも使えるようにした事を考えてツバキにも使えるようにしておけば自分で交換するだろうと思ったのだ。

 ヤスは知らなかったのだが、ツバキは服を自分で作り出している。厳密の意味では服ではなく皮膚の一部なのだ。しかし、そんなことを知らないヤスは下着と服が必要だろうと考えたのだ。

 ヤスが何となく納得できる設計図ができたと満足した。タイミングを見計らっていたかのように、マルスからパソコンの設定が終了したと宣言が行われた。

『マスター。パソコンの設定が終了しました』

 小型パソコンのスピーカーからマルスがヤスに設定が終了したことが告げられた。
 サブディスプレイは4分割されて表示されている。左上がマルス。右上がエミリア。下の二ヶ所がディアナの状態が表示されるようだ。ディアナが制御している車やバイクの状態が表示されるようになる。今はまだトラクターとFITとモンキーだけが表示されている状態だ。

 メインのパソコンにはエミリアの機能が使える状態になっているようだ。
 神殿の監視機能があり、広場や魔の森の状況を含めて確認できるようになっている。好きな場所を指定する事でディスプレイに表示されるようだ。

「マルス。リビングやノートパソコンの機能はどうなっている?」

『リビングは、小型パソコンと同じになっています。ノートパソコンはメインパソコンと同じになっています。ただし、ノートパソコンには神殿内部の階層を保存する機能は有りません』

「階層の保存?」

『はい』

「どんな機能だ?」

『神殿の地下に広がる階層は、マスターが自由に広げたり作ったりできます。それらの階層を保存しておくことで、新たに作る階層の基礎にする事が可能です。また保存した階層を使って階層の入れ替えを行う事ができます』

「例えば、今地下2階は工房としているよな?地下3階から迷宮っぽくしているけど、間に1階層増やして、その階層を鈴鹿サーキットの様にしたり、富士スピートウェイを作ったり、モナコの街並みを再現したり、ブラジルのインテルラゴス・サーキットを再現する事もできるのか?」

『マスターが記憶しているのでしたら可能です。広さも自動調整されます』

「へぇ便利だな。やってみるか・・・。マルス。地下3階。地下4階。地下5階を新規に作成。高さは500m確保。広さはひとまず地下2階と同じ広さにしてくれ、それから地下1階から降りるスロープを設置。地下2階からは6階に行くように変更。今までの地下3階が7階。地下4階が地下9階。地下5階が地下11階とし新規に6階と8階と10階を作る。魔物が湧き出す場所として利用する。階段前にボス部屋を配置。ボスはゴーレムを配置」

『了。新しく作成する、6階。8階。10階の構成は?ボス部屋に配置するゴーレムの操作は?』

「6階は草原でステージを作成。広さは魔の森と同じ。森や泉を配置する。8階と10階は5階の雰囲気を踏襲する。複雑にならない程度に道を作ってくれ内容は任せる」

『了。自動作成機能を使います』

「ゴーレムの操作はマルスが担当。セバスの眷属に操作を担当させるのは無理だよな?」

『個体名セバス・セバスチャンの眷属に操作を担当させる事はできます。神殿最奥部に常駐する必要があります』

「わかった。ひとまずマルスが操作してくれ、対応は今後変更していこう」

『了。領域の確保及び魔物の配置を行います』

「頼む」

『地下3階。地下4階。地下5階は領域だけ確保。マスターと個体名セバス・セバスチャンと個体名ツバキ以外の侵入を拒絶』

「わかった。進めてくれ、俺は広場の整備を行う」

『了』

 ヤスはパソコンを操作して広場の配置を行うことにした。
 マルスがヤスのために広場を正確に表現している地図をパソコンの中に作成していた。神殿の領域全てを網羅しているので、やろうと考えれば魔の森の木々を全部なくしてしまう事もできるのだが、ヤスは広場と右側の山の斜面以外はそのままにしておこうと考えている。自然は大事という考えではなく面倒な事になってしまうのを避けるためだ。ユーラットでは魔の森は資源として考えているので肉の供給源として狩りをしているのだ。

 ヤスは自分で設計した通りに道を配置する。残っている討伐ポイントも表示されていて、なにかを配置するとポイントが減っていく仕組みになっている。
 確定を行うとポイントが消費され交換した物が配置されるのだ。

 配置する物もある程度はカスタイズができるようなので、リスト中に有った家や宿屋のトイレを全てヤスが使っていた物に変更した。それだけで建物の価格が13ー20万ポイントほど高くなってしまったが必要経費だろうと考える事にした。

 目印になるように設計した場所に道を配置した。設計したときよりも太くした中央分離帯を作ったからだ。信号を作っても良かったが説明が難しいために道路を壁で覆う事にした。右側と左側の往来は、地下トンネルを作る事にした。神殿の権能で設置できるので安上がりだ。

 ヤスはポイントを見ながら建物を配置していく家だけではなく街路樹や地下通路の入り口も設置している。まずは約束してしまったリーゼの家だ。家10カスタマイズを配置した。風呂を大きめにしてトイレを変更しただけだが十分だろうと考えていた。セバスたちの家もリーゼの隣に作る。裏は広めの空き地(同じサイズの家が3軒建てられる程度の広さ)にしておいた。

(そうだ!馬車の保管場所!)

 ヤスはこの世界が馬車を使うことを思い出した。
 それに、門番を作る必要もある。

(ラナかアフネスに相談だけど、俺が使っている駐車スペースを馬車置き場にさせてもらおう。そこまでバスで迎えに行けばいいよな?)

 相談しようと思いながらヤスはもうユーラットの近くにある広場の拡張を行っている。

「マルス。ユーラットの入り口から裏口の駐車スペースまで石壁を伸ばせるか?」

『可能です』

「セバスに担当させてくれ、石壁ができたら駐車スペースに門を作る事にする。検閲とか必要だろう?」

『かしこまりました』

「門番と一緒に審査を行う者も必要になるか?」

『個体名セバス・セバスチャンの眷属に担当させます』

「無理はさせるなよ?難しければ、ラナやミーシャやアフネスに担当させるからな」

『了』

(広場のユーラットに降りる場所にも門を作るか?最終防衛ラインは必要だろう。城壁も作っておこう。ポイントで作っても大丈夫そうだな)

 ヤスは広場を囲う様に高さ10mの城壁を作成した。神殿の結界が張られているために城壁は必要ないのだがヤスは結界の事をすっかり忘れていて、安全確保の為ならしょうがないと思って城壁を作成したのだ。抑止力という意味では必要だったのだが、ここまで攻め上がる事ができる軍隊が存在しているのか甚だ疑問だ。

 脱線しながらリーゼの家とセバスたちの家を作成した。
 次は孤児院をほぼデフォルトで設置した。ギルドを設置するのだが、ギルドと孤児院の間に浴場を配置する事にした。安い金額で利用できる浴場として広場に数カ所設置する予定にしている。

 ギルドはデフォルトで設置を行った。
 ギルド職員の宿泊施設?も必要になってくると思って狭めの家を数軒建てる事にした。寮や宿屋に使えるように作った建物を1棟建てておく。これでギルド関係は大丈夫だろう。倉庫も3つ設置した。冒険者たちが訓練する為の場所も屋外と屋内の両方を設置した。

 次は学校の設置だが、時間がかかった。
 ヤスの記憶にある高校を思い浮かべながら作ったのだ。設計した通りに作っていく。かなりの討伐ポイントを使ったが満足できる作りになった。思った以上に広く作ってしまったが、孤児以外の子供も預かることを考えればこのくらいは必要だと思う事にした。

 教習所も設定した通りに作った。しばらくは使う予定は無いが作っておいて困るものではない。誰かに運転を覚えさせれば、ユーラットから神殿までの間を小型バスで結ぶことも可能だ。

 ここまで作成して半分以上のポイントを使った事になるのだがヤスには後悔はなかった。すぐさま配置を行う事にした。

 画面がロックされて、配置終了までの時間が表示された。

 ”27時間49分”が、ヤスが今まで作っていた広場の配置にかかる時間だ。
 配置予定になっている場所だけがロック状態になりそれ以外は配置する事が可能な状態になっている。

 次にヤスはカート10台と小型バスを交換した。小型バスはユーラットと神殿の往来を行わせるためだ。ディアナの自動操縦が可能なら自動操縦させるが無理ならセバスの眷属に覚えさせる事を考えていた。
 ツバキに渡す討伐ポイントをセバスと同じ1億として確保して、自分のトレーラや遊びの車の為に2億を確保した。
 日々の生活の為に1億ポイントと計算して4億ポイントが残るようになるまで家を配置した。移住してくる者たちの住処として使うためだ。
 宿として使える建物は中央の通りに5店舗作成した。足りなければ自分たちで作ってもらおうと考えていた。家も同じだ。

 こうして、神殿の広場は配置が完了すれば、一気に街としての機能を持った場所になってしまう。
 近い将来、城壁に守られた神殿街として移住希望者が殺到する事になる。今このときにはヤスはそんな事は考えていなかった。

「ミーシャ!まだなの?」

 私は、ミーシャ。家名を持っていたがエルフの森を出たときから家名を捨てた。
 私の事はどうでもいい。実際、領都レッチュヴェルトで冒険者ギルドのサブマスをやっていた普通のエルフだ。サブマスも、冒険者ギルドがエルフ族への忖度にほかならない。いつ辞めてもよいと思っていた。
 今回の件はちょうど良かった。リーゼ様を守るという大義があり姉さんもリーゼ様を守ってユーラットに()()()()()と言っている。
 ユーラットに戻れるだけではなく、エルフ族の悲願と言ってもいい”神殿”に関わる事ができる可能性もある。

「リーゼ様。まだ領都を出たばかりです」

「解っているけど・・・。早く行かないとヤスに追いつけないよ!」

「リーゼ様。ヤス殿のアーティファクトに追いつくのは不可能です。それは、リーゼ様が一番わかっておいでだと思います」

「そうだけど・・・。でも・・・」

 リーゼ様が焦っているのは”ヤス殿に置いていかれた”と思っているのだろうと予測しているのだが、もしかしたらもっと違う感情なのかもしれない。
 だが、これ以上急ぐことはできない。スタンピードが発生している中をユーラットに向けて進んでいるのだ、少しのミスが大きな被害に繋がってしまう。リーゼ様だけではなく、孤児院の子どもたちも居る。急ぎたい気持ちは理解できるが現実的には現状の速度での移動が限界なのだ。

「リーゼ様。まずはユーラットに安全に到着することを考えましょう。魔物も居るでしょうし今リーゼ様が慌てますと皆が混乱します」

 この集団のリーダはリーゼ様が責任者となっている。皆で決めた事だがリーゼ様も承諾している。

「うぅぅ・・・。わかった」

 ”わかった”と言って馬車の中に戻ってくれたが、また同じ事を聞いてくるに違いない。

「ミーシャ!」

 今度は、デイトリッだ。
 デイトリッヒは前方に索敵に出ていた。スタンピードが発生している状況が解っているので、前方に何人か索敵に出てもらっている。
 騎獣のまま戻ってくるのは珍しい。だが慌てている様子は見られない。交代の時間はまだ先立ったはずだし、次の休憩場所まで先行していたはずだ。

「なにか有ったのか?」

「いや何も無い。なにもないのが怖いほどだ。後方も大丈夫なのか?」

「後方?」

「前方に索敵に出ている者の話をまとめると戦闘が行われた場所が無いのも珍しいが魔物が一切見られないのは不自然だという意見だ。俺も同じ考えだ」

「あぁ」

 結論を先に言ってくれたほうがいいのだが現状把握のために説明をしてくれている。

「それで?」

 我慢できずに結論を聞いてしまった。

「それで俺たちがスタンピードを追い越してしまったのではないか・・・。という結論なのだが・・・。それも無理がありそうだな」

「無理があるというよりも不可能だろう。実際に商隊が魔物を確認しているし、守備隊もスタンピードを確認している。それもかなりの規模だと言われているのだろう?」

「そうだが・・・。ここまで魔物が居ないのも不自然ではないか?」

 デイトリッヒが言っている事もわかる。
 領都を出てから2日になるが魔物に遭遇していない。少ないときでも、ゴブリンの小さな群れを1回は見かける。領都に近い位置だという事を差し引いても異様な状況に違いはない。魔物だけではなく、商隊の護衛や魔物同士の戦いで破れた魔物の肉を漁る獣の群れも見かけない。

「それはそうだが・・・。スタンピードで集まった魔物に倒されたか、一緒に行動しているのではないか?」

 なぜスタンピードが発生して、なんのためにスタンピードが移動するのか、何が目的なのか・・・。これらの事はいろいろな説があるが解明されていない。ただ解っているのは、スタンピードはいろいろな魔物が集まった一つの群れだと考えられている。群れの核になっている魔物が存在して、群れをまとめている魔物が倒されると自然と解散されると考えられている。

「もしかして、ボスが倒されたのか?」

 私が黙っていろいろ考えているとデイトリッヒも同じ結論に達した。
 だが私もデイトリッヒも倒された可能性は低いと思っている。推定2万の魔物の群れから的確にボスだけを倒すのは不可能だと思う。ボスの討伐に手間取ってしまえば周りの2万を超える魔物が襲ってくるのだ。

「誰にそんな事ができる?それこそ建国の英雄ではないか?」

 私の言葉にデイトリッヒは黙ってしまう。

「それで、ミーシャ。索敵の距離を伸ばしたほうがいいと思うのだがどうだ?」

「必要ない。私たちの目的は、リーゼ様を安全にユーラットに届ける事だ。スタンピードの解決ではない。それこそ、領主の馬鹿息子に対応してもらえばいい。私たちは、ユーラットまで辿り着いて貝が口を締めるように自分たちを守ればいい。ユーラットに辿り着いたら神殿の主であるヤス殿も味方してくれる可能性だってある」

 デイトリッヒの提案を却下したが索敵は引き続き行う事になった。次の野営予定地まで赴いて準備と場所の確保を行ってもらう事になった。

 次の次に予定している野営地あたりから神殿がある山の麓に差し掛かる。道幅が狭くなっている上に海までの距離も近い。魔物と遭遇すると厄介な場所だ。スタンピードの魔物が確認されたら突破を試みる以外に選択肢がない場所でもある。

 皆が緊張しているのも伝わってくる。
 リーゼ様も孤児院の子どもたちを勇気づけているのだが、話している内容を聞いていると自分に言い聞かせているようにも思える。

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 私たちは今唖然としている。
 デイトリッヒから報告を受けたのだが、自分の目で見ても信じる事ができないでいる。

「ミーシャ!ミーシャ!」

「はっ。はい。リーゼ様。リーゼ様は、これはヤス殿が作ったと言うのですか?」

「うん!ヤス以外にこんなバカなことをする人を知っている?」

「それにしてもこれは・・・」

 領都を出てから6日目。
 私たちは神殿がある山の麓に辿り着いた。一番の難所だと思っていた場所だ。

 そこは信じられない事に、麓に広がる森林の一部が伐採され平地になっている。そして、山側に石壁が設置されている。石壁はどこまで伸びているのかわからないほど長く設置されていてユーラット方面まで伸びている。
 森林と山肌には門が設置されている。押しても開くことがない頑丈な門だ。それだけではなく、石壁からは水が湧き出ている。鑑定魔法を持っている者に見てもらったが、飲料に適した水だという事だ。

 野営に適した場所である事は間違いない。
 通常森林から少し離れた場所に野営地を設置する。魔物や獣が森林から出てくるのを警戒するためだ。石壁では完全に防げるとは思えないが、警戒する為に石壁の上に登る事ができる。そこで監視を行えば普段の警戒よりも安全に野営を行う事ができると判断した。
 ドワーフたちも索敵に出ていた者たちも同じような意見だった。

 誰が作ったのか?リーゼ様言うようにヤス殿なのか?

 リーゼ様は、ヤス殿以外に誰ができるのかと言っている。確かに、神殿の領域なのでヤス殿が行った事だろう?
 どうやって?なんで?

 それに、スタンピードはどうなった?
 もしかしたらこの石壁はスタンピード対策なのではないか?

「ミーシャ。少しいいか?2時間くらい出られるか?」

 リーゼ様と話をしているときに、デイトリッヒが声をかけてきた。
 珍しいと思ったが表情は真剣で且つ急いでいる事もわかる。リーゼ様に断りを入れてデイトリッヒと一緒に野営地を離れた。

「どうした?」

「次の野営地を見つける為に出ていた者たちが戻ってきた」

「それで?」

「俺も見てきたのだが、ミーシャの意見を聞きたいから是非見て欲しい」

 それから1時間ほど騎獣を走らせた。
 森林側ではなく海側だ。切り立った断崖で普段なら絶対に近づかない場所だ。なぜ斥候がこんな場所まで着たのかはわからないが、デイトリッヒに言われて覗き込んだ場所を見て絶句した。

「こ・・・。これは・・・。魔物・・・。オーク・・・違う。オーガも居る?上位種?変異種なのか?それよりも・・・。数が・・・。どういうこと?!」

「ミーシャ。魔物が捨てられているのはここだけじゃない」

「捨てられている?」

「少し無理をして調べたが素材になりそうな部分は抜かれている。それだけじゃなくて魔核が抜かれている」

「え?誰かがまとめて捨てたってこと?オーク程度ならわかるけど、この数のオーガを・・・色から上位種や変異種もいるわよね?」

「あぁ・・。それと・・。悪いがミーシャに見て欲しいのは・・・」

 デイトリッヒが私に投げてきたのは”ゴブリンの腰布”と言われる、汚れた布だ。

「な・・・」

 汚くて持ちたくなかった。

「ミーシャ。悪いがしっかり見てくれ」

 嫌だったがデイトリッヒが真剣な表情で言うので近くに落ちていた木の枝でゴブリンの腰布を持ち上げて見る事にした。

「なに?普通の汚い腰布以外には見えないけど?」

「ミーシャ。裏側だ。そこに、付いた跡に見覚えはないか?」

「ん?」

 言われて裏側を見ると、そこには”ヤス殿のアーティファクト”が通った後に残った痕跡を示す跡が残されていた。

 私は、デイトリッヒや発見した者に口止めした。
 口止めして何がしたいのか自分にはわからない。でも、この事実が広がってしまうのは避けるべきだと思えた。

 ユーラットについて姉さんに相談できるまでは、ヤス殿がスタンピードを解消させた可能性があるという事実は秘匿しておきたかった。

 デイトリッヒに魔物たちを燃やしてしまう様に指示をして野営地に戻ったが、考える事が多くて休む事ができなかった。

 リーゼ様はヤス殿が作ったと思われる石壁を見てから落ち着いたのかあまり騒がなくなった。
 そして野営地を探す必要も無くなった。まず間違いなく意識的に作られた場所が定期的に現れる。最初の様に開かれた場所ではないが、石壁から水が湧き出ている場所が存在している。それだけではなく、石壁の一部に色が違う石が使われている場所が定期的に現れる。

 石壁の存在で風景は違って見えるが・・・。斥候が帰ってくればわかるとは思うが、明日にはユーラットに到着できるだろう。
 皆の表情からも安堵の雰囲気が見て取れる。

 結局スタンピードで発生した魔物はどこにも居なかった。
 私たちは一度の戦闘もないまま領都からユーラットへの道を踏破する事ができた。

 ヤスが配置した建物の建築?が終了した。

 実際にヤスは配置して、完了までの時間を見て余裕があると考えて、自分が遊ぶ為に必要な地下3階と4階と5階の設定をはじめた。

 3階は、全面をアスファルトにした。表面の調整ができないと出ていたので諦める事にした。カート場にする事にした。
 デフォルトとなるフロアを設定して保存しておく事にしたようだ。広い何もない場所を作って、続いてカート置き場を作った。
 コースは、線を引いてその上に色が付いた砂を接着していくことになった。ツバキが率先して動く事になったので、ヤスはコースを作る事だけに専念した。

 コースを試走する過程で一人では面白くないのとコース幅の確認が難しいこともあって、ツバキにカートの運転を教えた。
 学習能力が高いのか2時間ほどの講習でツバキはカートを運転する事ができるようになった。

 ヤスは、全てのカーブで二台が並んで曲がれる幅にした。広い場所だと3台目が差し込んでも抜けるような幅に設定した。まずは、いろいろなサーキットの名物コーナーを模写した練習用のカート場を作った。

 久しぶりにカートで思いっきり遊んだヤスは疲れて部屋に戻ってきた。
 他にも作らなければならない物があるのだがやる気が出ない状況のようだ。

 広場は配置が終了していない事もありユーラット方面を確認している。

「マルス。セバスの眷属は、石壁を作ったのか?」

『はい。作り終えました』

「今はどうしている?」

『各人の持ち場に戻っております』

「持ち場?」

『はい。個体名セバス・セバスチャンは魔の森を探索中です』

「それは聞いた。5人衆も一緒なのだろう?」

『はい。それ以外の眷属は石壁を支えております』

「そういうことか・・・。眷属たちは、魔力を提供するだけで問題はないのか?」

『問題ありません。石壁の位置を移動させる場合には、パソコンの地図を移動させてください。個体名セバス・セバスチャンの眷属に指示を出します』

「わかった」

 ヤスは、領都に近い石壁の部分の変更を行う事にした。
 領都から向かうときに分かれ道の後で最初にむかえる休憩地点となる事や、神殿からの下り道が接続される場所になる。門が必要になることが考えられるし、今後の展開次第では宿屋の設置やユーラット側と同じ様に検閲する場所が必要になってくる事も考えられる。兵の駐屯を考えなければならない可能性だってある。情勢を考えると、防衛戦を行う場所になってくるかもしれない。

 ヤスはまっすぐになっていた石壁を湾曲させる事にした。
 森林部分を伐採して広めの休憩場を作る事にした。後々なにか建物を作っても不自然にならない程度の広さを確保した。水場はそのまま使えるようにしている。石壁の上部は50cmくらいの幅を持たせる様に変更して上に乗って森林側を関しできるようにした。石壁は神殿の意思として備え付けたもので越えた場合の安全を保証しない。

「マルス。石壁の一部を変更した。修正の指示を頼む」

『了。25分で修正が終わります』

「わかった。ありがとう」

 次にヤスが取り掛かったのは、教習所の設計だ。
 施設の配置は終わっている。教習コースをまだ作っていなかったのだ。

(踏切と信号は必要ないだろう。悪路も作っておこう。大型車の訓練に使えるように道幅は広めに作ろう。そうだ!馬車とすれ違う事も考慮しなければならないし、歩行者が日本と違って車の危険性を認知していないから歩行者の回避訓練ができるようにしよう)

(自転車やバイクは希望者が出たときに考えればいいかな?)

 ヤスは自分が通った教習所を思い出しながら教習所を作っていった。
 配置を行うと、配置完了までの時間が表示された。

 大幅な変更を含んだ配置だったので、24時間の時間が必要になってしまった。

 ヤスがパソコンで確認していると、街路樹や街灯などの設備が配置できるようになっていた。

「マルス。街灯だけど、俺持っていなかったぞ?」

『マスターの記憶に有った物を申請して許可されました』

「そうか、街灯の制御はマルスに任せていいのか?」

『問題ありません。マスターの端末からも制御する事は可能です』

「わかった」

 ヤスはリーゼの家の周りと中央通り?に街灯を配置した。灯りの具合がわからなかったがシミュレーションを行う事ができたので、中央通りの街灯は暗くなる場所が無いように配置した。リーゼの家の周りは家の中には灯りが差し込まないように街灯を配置した。
 セバスたちの家から見るとリーゼの家の周りに誰が来たのかすぐに分かるようになっている。

 リーゼの家以外も同じ様にできるだけ街灯を配置した。学校周りは特に死角が無いように注意した。

 街路樹もいろいろな木々が植えられるようだったので、ツバキに相談しながら街路樹を配置した。
 相談した結果・・・。街路樹は中央通りにだけ配置する事になった。木々の間隔を不均等にする事でセバスの眷属を待機させる場所に使う事も考慮した。

 ここまで配置を行って居て、討伐ポイントの残りが少なくなってきているのが気になり始めた。足りなくなっているわけではない。残りが少なくなってきていたのだ。最初から比べると桁が3つほど少なくなっている。
 少なくなったと言っても広場の建設に使おうと思っていたポイントだけで、生活する為のポイントやヤスの趣味に使うポイントとツバキに渡すポイントは除いて考えている。

 ヤスは、全てを配置してから自分の目で見て確認する事にした。
 修正するくらいのポイントは残っているだろうと簡単に考えた。

 ヤスの気が向くまま作った広場はすでに町の規模ではなく、街と言ってもいいくらいになっている。
 考えられないくらいに大きな学校施設(温水プール、寮、浴場、食堂、グランド、体育館、教室、その他・・・。考えついた建物を全て建築)
 ギルドの出張所(だとヤスが思っている建物)(3つの倉庫、訓練所、簡易宿泊所、浴場)
 車の教習所

 リーゼの屋敷
 ラナに渡そうと思っている大きい宿屋(それ以外にも小さい宿屋を5つ)
 セバスたちが住む為の家
 単身者用の家(学校で作った寮と同じ物を3つ)
 神殿に近い場所に多数の家(家1-9までをそれぞれ3棟ずつ)

 領都からユーラットに移動を開始した者たち全員が神殿に移住を希望しても全員が住んでも建物が余ってしまう状態だ。

 ヤスも多すぎるとは思ったが、少ないよりはいいだろうと思っていた。
 それに予定していた討伐ポイントでおさまったので問題はないと思っている。

 細かく配置を修正した関係で修正が終了するまで25時間37分必要になってしまった。

(そうだ。マルスに頼んでいた神殿地下の迷宮の整備でもするか?)

 迷宮を確認し始めたのだが、慣れないデスクワークをしただけではなく、試験と称してカートで遊んだヤスは思った以上に疲れてしまっていたようだ。

「マスター。お食事はどうしますか?」

 ヤスが食事を取っていないことを気にしてツバキが話しかけた。

「あっそうだな。肉と野菜でなにか作ってくれ」

「かしこまりました」

「風呂で汗を流してくる。食堂に行く・・・。そうだな。40分くらいで行くと思うから準備を頼む。果物のジュースもつけてくれ」

「かしこまりました」

 ツバキが頭を下げて書斎から出ていく。
 ヤスはツバキを見送ってから風呂場に移動した。お湯はいつでも使えるようにしているので、すぐに入ることができた。

(やっぱり風呂は気持ちがいいな)

 ヤスは汗と汚れを落として、食堂に35分後に移動した。
 ツバキはヤスが風呂場からでたことをマルスから教えられてまずはジュースを持っていった。

 ヤスが少し落ち着いた所で食事を持っていく事にしたのだ。

 食事をして少しマルスやツバキと話をして寝室に移動した。
 今日はもう寝る事にした。

 翌日は、やることもないので迷宮の調整をして過ごした。
 夕方にカートを走らせてから昨日と同じ様に風呂に入って食事をして寝る事にした。

 次の日には、町並みが完成していたので、まずはトラクターを地下一階から乗り出して中央通りの確認を行った。その後は、FITとモンキーで同じ様に街並みを確認していた。リーゼの家を確認してそれぞれの家が設計通りになっていることを確認してその日の視察?を終了した。

 神殿の書斎に戻ったヤスは端末に警告が表示されているのに気がついた。

「マルス。この警告はなんだ?」

「マルス。この警告はなんだ?」

 パソコンのディスプレイに”警告”のアイコンが表示された。

『神殿の領域へ侵入が確認されました』

「侵入?」

『はい。警告アイコンを選択していただければ詳細を表示する事ができます』

 ヤスは内容を確認して安心した。侵入と聞いた時に、思い浮かんだのがスタンピードの残党が居て神殿への攻撃が行われたのだと思ったのだ。しかし、表示されているのは”リーゼ”と一緒に来ている集団が、ヤスの作った場所で野営している状態だ。

 ヤスは表示されている情報から現場の状況が確認できる事がわかったので、映像をディスプレイに表示させてみた。
 テントや馬車の中までは映像で確認する事はできないが、おおよその人数が把握できる。

「マルス。名前が表示されている者と表示されていない者の違いは?」

『神殿に登録されている者は個体名が表示されます』

 ヤスは画面を確認するとミーシャやラナには名前が付いていない。
 リーゼだけが表示されているの。

「状況は解ったが警告が表示されるのは面倒だな。石壁の内側だけを警告範囲にできるか?」

『可能です』

「石壁の内側だけを警告範囲に設定してくれ」

『了』

 ヤスは野営地を一通り見て映像を閉じた。

 小さな集団だが商隊よりは大きい、移住予定の集団が野営できているのだから広さの問題は無いと結論付けた。
 ただヤスは見た目から水場が少ないと感じた。

「マルス。今リーゼたちが居る場所以外の野営予定地の水場を増やしておいてくれ。リーゼたちが立ち去ったら水場を3ヶ所にしてくれ、他は倍でいい」

『了』

 野営地を見て感じたことをマルスに伝えていく。ヤスが気になった部分の修正はすぐにでもできるとマルスが返答した。
 マルスにヤスが変更を命令する前に近くで話を聞いていたツバキが疑問を呈する形で提案してきた。

「マスター。水場の追加を含む休憩所の変更ですが、すぐに行う必要がありますか?」

「ん?ツバキにはなにか考えがあるのか?」

「いえ、”考え”というほどの事ではありませんが、休憩所を使った人の一部は神殿に移住してこられるのですよね?」

「そうだな。リーゼは間違いなく移住してくるだろう。他は、ミーシャとラナは来ると思う」

「リーゼ様やミーシャ様やラナ様がどなたかわかりませんが、休憩所を使われた方のご意見を聞かれてから修正や変更を行うほうが良いと思います」

『マスター。個体名ツバキの意見に賛同します』

「わかった。二人がそういうのなら、ミーシャかラナに聞いてみる事にする。そのつもりで居てくれ、話を聞くときには二人にも聞いてもらうからな」

「はい」『はい』

 ヤスはマルスを一人と数えている。
 マルスもツバキも気がついているのだが指摘しなかった。マルスは”一人”として数える状態になる。ディアナとエミリアは”一人”ではない。ヤスの中でディアナは車に付いている制御系とナビの総称である。エミリアはスマホ本体の事を言っているのでやはり”一人”ではない。

「そうだ。マルス。俺が領都を出る時には、リーゼたちはまだ出発していなかった。1日遅れで出発したとして最初の野営地に到着したのがさっきだとすると、後何日くらいでユーラットに到着する?」

『速度を平均化して計算します・・・。マスター。個体名リーゼの集団が地域名ユーラットに到着するのは早ければ5日後です』

「そうか・・。遅いと?」

『不明です。個体名リーゼの集団が、遅くなる要素は無いと思います』

「わかった。そうだよな。魔物はセバスたちが始末したのだろう?森林側から魔物が街道に出る事も無いのだろう?」

『個体名セバス・セバスチャンの眷属たちが魔物を討伐しました。森林側からの襲撃はありません。ただし、海側からの魔物や獣の襲撃までは防げません』

「海側からの襲撃はしょうがない。リーゼだけじゃなくて戦える者も居るだろうし、それに護衛も居るだろうから大丈夫だろう」

『はい』

「マスター。リーゼ様をこお迎えに行かなくていいのですか?私がマスターの代理で赴きます」

「ん?なんで?必要ない。それに、確かにリーゼの家は作ったけど、ユーラットにとどまると言い出すかもしれないからな」

『個体名リーゼが地域名ユーラットにとどまる可能性は皆無です』

「可能性は皆無でも全く無いと言えないよな?アフネスに命令される可能性だってある」

『はい』

「そうなのですか?リーゼ様はマスターの伴侶ではないのですか?」

「違う!ただアフネスとの付き合いや領都で発生した出来事から神殿で匿うのが一番いいと思っているだけだよ」

「わかりました。伴侶様ではないのですね」

「そうだ。だから、ツバキもリーゼたちに”様”付けしないようにしてくれ」

「かしこまりました」

「マルス。セバスにも伝えてくれ」

『了』

 ヤスは一通りの指示を出してから寝室に向かった。
 眠くなってきた事もあるのだが、リーゼたちの到着予定を聞いてまだ時間がある事がわかってホッとしたのが大きな要因だ。

 ヤスは忘れていたのだが、リーゼたちがユーラットに到着し、神殿に向かう事になるとヤスが作った広場や検問所を通る必要がある。検問所でリーゼたちが到着した事がわかる。家以外の事なので来る事が解ってから対応しても問題は無いのだ。

---

 ヤスは昼過ぎまで惰眠を貪った。二度寝をして気がついたら太陽がてっぺんに居た。

 寝室からマルスに話しかける。

「マルス。リーゼたちが神殿の領域に入って警告が出たのはわかるが、魔物とかが神殿の領域の外から入ってきたらわかるのか?」

『わかります』

「俺への警告は必要ないぞ?」

『了』

「広場の城壁に近づいてきたら警告を出してくれ」

『”近づく”が曖昧です』

「そうだな。城壁から50m以内に魔物が入ったら教えてくれ」

『警告が鳴り続けますがよろしいですか?』

「鳴り続ける」

『はい。城壁から50m以内に魔物が存在します。51mにも存在して移動すれば50mに入ります』

「そうか・・・。マルス。城壁は魔物の攻撃ですぐに壊れる可能性はあるのか?」

『”すぐに”が曖昧です』

「5分以内に壊す事は可能なのか?」

『魔の森と森林部で認識されている魔物でマスターが作られた城壁を壊すのは不可能です』

「それなら、城壁に接触したら警告を出すようにしてくれ」

『了。マスター。広場には結界が設置していますが、城壁に触れたらで警告を出す事にしますか?城壁に接触されたというタイミングは結界が突破された時です』

「結界?あ!そうだった。結界のダメージはわかるよな?」

『はい』

「それなら、結界に触れられたパソコンに警告を表示。結界の損傷率が10%を越えたら、セバスとツバキとエミリアに警告。損傷率が30%を越えたら広場全域に警告音を鳴らす」

『了』

 ヤスが警告に関して調整をしている頃、リーゼを中心にした集団は順調に進んでいた。
 ミーシャが時折集団から離れて海に近づいて何かを探しているのだが、デイトリッヒと何やら相談しながら進んでいる。

 マルスが予想した5日後ではなく6日後にユーラットに到着した。
 一日遅れたのは、孤児院の子供の一人が体調を崩した事もあり安全が確認された野営地を2日に渡って使ったためだ。

 ユーラットに到着した一行は石壁のスタート地点に用意されている広場で野営地を作る事にした。
 リーゼは、すぐにでも神殿に向かおうとしたのだがミーシャとラナが必死に止めた。アフネスに会わないで神殿にリーゼを行かせたら怒られると思ったからだ。リーゼも挨拶をしないで移動したらアフネスだけではなくロブアンが神殿にやってくると考えて、ミーシャの進言に従う事にした。

 イザークとミーシャが話し合った結果。
 ユーラットの中に入るのはリーゼとミーシャとラナとデイトリッヒに決まった。
 それ以外の者はユーラットに残ることを希望する場合でも、アフネスとミーシャ/ラナの話し合いが終わるまで町の外で待機する事になった。

 ユーラットにあるギルドで話し合いが行われる事になった。
 そこには、緊張した面持ちでアフネスの到着を待つ3人の顔が並んでいた。

 右からミーシャ/ラナ/ダーホスだ。
 アフネスをギルドで行われる開示にできれば話に加わりたくないイザークが呼びに行った。デイトリッヒも居たのだが「自分は護衛だ」と言ってギルドの前で立っている事にした。
 リーゼは話に加わるつもりで居るのだがイザークがアフネスを呼びに行くのに一緒に連れて行った。今から行われる話し合いの内容をリーゼに聞かせたくないとアフネスが考えるようなら理由を作って宿屋においてくるだろう。連れてくるようなら聞かせても大丈夫なのだろう。
 イザークはリーゼの処遇をアフネスに丸投げする事にしたのだ。

 ギルドの入り口でデイトリッヒが挨拶をする。アフネスがギルドに入ってきた。

「ミーシャ!ラナ!それで?何があった?」

 椅子に座る前にアフネスは同郷二人に話しかけた。

 ギルドの入り口でデイトリッヒが挨拶をする。アフネスがギルドに入ってきた。

「ミーシャ!ラナ!それで?何があった?」

 椅子に座る前にアフネスは同郷二人に問いかけた。

 ミーシャとラナはお互いの顔を見て何かを諦めたかのような表情をしてヤスが領都からユーラットに向けて出立してからのことを話した。

「それで、ミーシャとラナはリーゼ様を守る形でユーラットに移住を決定したという事かい?」

「姉さん」「ミーシャ。その呼び方をするなと言っているよな?お前はわかってやっているのか?」

 ミーシャが頭を下げるが、ラナもアフネスもミーシャが改める気がないことを知っている。

「わかった、それでミーシャ。ヤスはなんと言っている?ミーシャとラナのことだから何も考えないで、大人数を率いてきたわけじゃないのだろう?」

 ミーシャとラナと一緒に座っていたダーホスが手を挙げる。

「アフネス殿。申し訳ないが先にギルドの・・・。冒険者ギルドの話をさせてもらっていいか?」

 ダーホスが意を決したような発言をした。
 みなの視線が集中するのだが、アフネスからの言葉は簡単だった。

「わかった」

 ホッと息を吐き出すダーホス。
 領都での出来事はすでにダーホスに伝わっている。秘匿しているわけではないが隠したい気持ちが強くドーリスだけにしか詳しく話をしていない。

「ミーシャ。それに、ラナ殿。スタンピードが無くなっていたと聞いたが間違いないのか?」

「ユーラットのギルマスには申し訳ないが、”わからない”が答えです。ラナも同意見で、デイトリッヒに聞いても同じ意見になると思う」

「そうか・・・。何か、ヒントのような物は無いのか?このまま動いても無駄足になってしまう」

 無駄足と聞いてアフネスが口を挟む。

「ダーホス!ギルドなんて物は、無駄足だと解ってもやるべき時に動かなければ存在する意味がない」

「アフネス殿。それは解っているが、危険だと解っている場所に・・・」

「それが間違いだと言っている!危険な場所に赴いて情報や素材を持ち帰る。それが冒険者ギルドの役目じゃないのか?」

「そうだが、領主が・・・」「ダーホス。領主は領主だ。今は、冒険者ギルドの話をしている!」

 アフネスが完全に切れている。
 ダーホスに切れているわけではない。領主が動かないことに嫌気が差しているのだ。

「姉さん。ダーホス殿。スタンピードのことなのですが、ヤス殿に聞くのは良いと思うのですが?」

「は?ヤス殿?」「ヤスが素直に話すと思うか?」

 ダーホスは普通に疑問に思っている。
 アフネスはヤスが何かをした可能性があるとは思っているが素直に話すとは思えなかった。

「ミーシャ。ヤス殿が何をしたのかはわからないが流石に・・・」

「そうね。教えてくれるとは思えないけど、聞いてみる必要はあるだろうね」

「アフネス殿?」

「ダーホス。スタンピードの時期が明確になっていないから正確な事は言えないけど、ヤスは領都とユーラットの間を最低でも1往復している。その間にスタンピードがユーラットに近づいていると考えるのが自然だ。それなのに、ヤスは無傷で領都にもユーラットに現れた。イザークが見た所、アーティファクトにも傷がなかったのだろう?」

 急に声をかけられたイザークは肯定の意味を込めてうなずく。
 うなずいてから一つだけ伝えていない情報があることを思い出した。

「ヤスの奴、俺と話をしたときにかなり疲れていたのは確かだぞ?」

「「!!」」

 アフネスとミーシャがイザークの言葉に驚いている。

「イザーク。それは本当か?」

「うーん。間違いないかと言われると心配になるけど、疲れているように見えたのは間違いないぞ?」

「・・・。そうか・・・」

 アフネスが考え込んでしまった。
 実際には、単純に寝ていないから疲れていただけなのだが、ヤスが乗っているのを通常のアーティファクトと同等だと考えている面々は、ヤスの魔力を使って動いていると思っているためにヤスの疲労はアーティファクトを酷使したためだと考えたようだ。
 実際に魔力は使っているが、ヤスの魔力だけを使っているわけではない。そのために、皆が考えているほどヤスには負担はない。

「そうだ!」

 ミーシャが何かを思い出した。
 正確には、報告すべきことを思い出しただけなのが、あたかも”今思い出した”雰囲気を出すことにしたのだ。

「どうした?」

「いや、領都からユーラットに来る途中の石壁や湧き水や空き地は確実にヤス殿が行ったことだろうとは思うが一つだけ不思議なことがある」

「ん?石壁や湧き水や空き地だけでも不思議だぞ?」

「ヤスのことと、スタンピードのことは、領都からユーラットの道中の話を話し終えてから話をしませんか?」

 ミーシャが気になるワードを口にしたことから、ダーホスも状況を確認してからスタンピードのことを聞くことに方向転換した。

「姉さんもダーホス殿もイザーク殿も、今から説明()が終わるまで質問はしないでください。答えられません。ラナとデイトリッヒは補足をお願いします」

 ミーシャは、領都を出た辺りからの説明を始めた。
 当初は予定よりも遅れていたことも正直に話をした。

 神殿の麓に来たときの異様な風景は言葉では説明が難しいと思っていたのだが、ラナとデイトリッヒが補足を入れることでアフネフにもダーホスにもついでにイザークにも伝わった。

「ミーシャ。質問ではなく確認なのだが?」

「何でしょうか?姉さん」

「石壁は、イザークが数日前に門の近くにできたと言うのと同じか?」

「同じなのかわかりませんが、麓からユーラットまで続いています。それから、私の憶測ですが、裏門まで続いているのではないかと思います」

「そうか・・・。ミーシャ。話の腰を折って悪かった続きを頼む」

 ミーシャは不思議な休憩場の話をまとめた。

「それで?」

「発見者は私ではなくデイトリッヒですが、神殿の麓は海までの距離も近くなっています」

「そうだな」

 ダーホスが肯定する。そのまま、イザークにギルドから周辺の概略地図を持ってきてもらった。普段はギルドの関係者にしか見せることが無い地図だ。

「この辺りか?」

 ミーシャはよくわからないと言葉を詰まらせたので、デイトリッヒが補足を入れる。

「わかった。それで?」

 ダーホスが地図に置き石をしたことを確認してから話をすすめる。

「この辺りの海は崖になっていますよね?」

 ダーホスとイザークがうなずく。

「崖の下と表現していいのかわからないけど、捨てるように大量の魔物の死骸があった」

「なに!本当か?」

 ダーホスが立ち上がってミーシャに詰め寄る。

「ダーホス。少し落ち着け。話の続きがありそうだ」

「姉さん。ありがとうございます。それで死骸には、コボルドやゴブリンやオークやオーガだけではなく上位種や変異種らしく死骸もありました」

「数は?」

「わかりません。それこそ、おびただしいと表現してよいかと思います。それだけではなく、大量のスライムも確認しました」

「数は・・・確認するしか無いか?」

「ダーホス。それは無理だ。スライムが居たとミーシャが言っていただろう?すでに溶かされてしまっているだろう」

「姉さんのおっしゃっている通りです。私たちが確認した時でもすでに溶かされた死骸がありました」

 ダーホスは少しだけ考えてから口を開く

「そうなると確認するには降りて魔核を確認する必要があるのか?」

「あっそうでした。すべてを確認したわけではありませんが、ゴブリンやコボルトは喉の下辺りを、オークやオーガの中型種は、胸の中心部分が切られていました」

 ミーシャの説明をデイトリッヒが補足する。
 魔物が自ら死んだわけではない事はわかっている。確実に人の手が入っている証左である。

 ヤスだけの仕業であると考えるのには無理がある。
 最低でも、数千の魔物を倒せたとしても、それを崖に落とす作業だけでもかなりの時間が必要だ。二人の説明から、かなりの距離を移動しながら魔物を倒して、倒した魔物から魔核を抜き取って、さらに崖下に落としていくことが可能なのか?それだけではなく、海には存在しないスライムを死骸の処理に使っていることも不思議な方法だ。ギルドに持ち込めば換金できる。

「結局、ヤスを問い詰めないと話がわからないということか?」

「結局、ヤスを問い詰めないと話がわからないということか?」

 アフネスの言葉が総意であるとは思えないが、皆”ヤスに聞かなければわからない”には同意することだろう。

「姉さん。それで・・・」

「なんだい?」

「アフネス殿。スタンピードのことを先に話したいのだがいいか?」

 ミーシャがアフネスに相談したいことがあることは雰囲気で解る。その話を始めると長く掛かりそうなので、ダーホスとしてはまずはスタンピードのことを決定したいと考えている。ヤスというよりも神殿への対策は、出張所を作ってドーリスを初代の責任者にすることが決まっている。なので、ダーホスとしては、ヤスへの対応はドーリスに丸投げするつもりなのだ。神殿への出張所作成の話が無くならないようにする為にもスタンピードの情報がほしいのだ。

「ダーホス殿。私の見解でいいか?」

 デイトリッヒが話に割り込んでくる。デイトリッヒとしては、スタンピードのことよりも得体が知れないヤス対応の方が重要なのだ。リーゼのことを差し引いても無視できる存在ではない。終息したであろうスタンピードよりもヤス=神殿への対応を誤ればユーラットだけではなく国や大陸に大きな被害が及ぶ可能性だってある。エルフ族の存続に関わってくると考えていたのだ。

「見てきた者の意見は是非聞きたい」

 ミーシャではなく、デイトリッヒがダーホスに見解を語る。ミーシャとラナは魔物に遭遇しなかったことで、スタンピードは終息したと考えている。
 デイトリッヒは少しだけ違う見解の話をし始めた。

「まず、スタンピードは発生したと考えて良さそうです」

「そうだな」

 ダーホスとしては、スタンピード自体がなかったと考えるほうが楽なのだ。スタンピード自体が誤報だと言える状況の方が楽なのだ。
 しかし状況や伝えられている情報からスタンピードはなかったことにはならない。

「それでユーラットに向かってきたのも間違いないでしょう」

「根拠は?」

「ヤス殿です」

「ん?」

「ヤス殿は、領都にリーゼ様を送ってから、武器や防具を持ってユーラットに向かいました」

「そうだな」

「その後、ユーラットは通っていないのですよね?」

 デイトリッヒは、イザークに確認するように尋ねる。イザークも絶対とは言わないが、一度神殿に帰ると言ったことは覚えているが、その後にユーラットを通った形跡が無いことを告げた。

「それなのに、ヤス殿は領都に現れました」

「それが?神殿の力を使ったのでは無いか?」

「そうです。何らかの方法を使ったのでしょう。非才な私ではヤス殿が取った方法は思いつきませんが、ではなぜヤス殿はわざわざユーラットを通らずに領都に来たのでしょう。それに時間が不自然です」

「時間?」

「イザーク殿。ヤス殿は、私たちより何日前に到着しましたか?」

「そうか・・・。そういうことだな」

「イザーク!どういうことだ?」

「ミーシャやラナ殿の日程を聞いた感じだと、ヤスとは2日違いで領都を出立した事になる。ヤスの到着が早かったのは当然だが、ヤスがユーラットから領都に向かう時の日数が合わなくなってくる」

「どういうことだ?」

 ダーホスはまだわからないようだ。
 デイトリッヒが外に落ちている石を拾い上げて、日数がわかりやすくする。

「!!ヤスは、ユーラットでアフネス殿の依頼を受けてから神殿に戻った。そこから領都に向かうまでに4-5日ほど時間がかかっているということか?」

「そうです。実際に、神殿で用事を済ませていたのかもしれません。しかし、2-3日の猶予はある。移動に1日か1日半かかるとしても、ヤス殿が何かしたと考えるのが自然でしょう・・・」

「その結果、スタンピードが終息した・・・」

 皆がテーブルの上におかれた石を見つめている。スタンピードに対応するのには短すぎる日数であることは理解している。しかし、アーティファクトの移動速度から考えると長すぎる日数なのだ。ここでも、ヤスに聞かなければわからないという結論になってしまう。

「ヤス殿に聞かなければならないのは理解したが、スタンピードの発生と移動はどう考える?ユーラット方面に向かった事実を断定できる情報は出てきていないと思うが?」

「それこそ、ヤス殿の動きですよ。石壁を神殿の境界に作ってみせた」

「そうだな。スタンピードが迫っていなければ作る必要がないな。神殿の領域を汚さる事を避けたかったのだろう」

「それに・・・」

「それに?」

「ダーホス殿。領都からユーラットまでの街道で、数千の魔物の群れを見たことがありますか?オークは出現するかもしれませんが、オーガの上位種や変異種まで死骸として有ったのですよ?通常の発生と考えるのには無理があります」

「・・・。そうだな。状況証拠だけだが、スタンピードが終息したと考えるのが妥当なようだ。イザーク。依頼を出すから数名で見てきてもらえるか?」

「まぁいいですよ。準備をします。どこまで行けばいいのかを、決めてください」

「わかった」

 ダーホスとイザークは一時的に離席することになった。やはり神殿のことよりも、スタンピードが本当に終息したのか確認したほうが良いだろうと考えたようだ。イザークは、ユーラットに残ることになって、イザークの代わりにカスパルが確認に出ることになった。ギルドからも人を出したほうがいいだろうということになったが動けるのがダーホスだけだった。
 カスパルを隊長にした確認部隊が編成されて、それにダーホスが護衛依頼を出すことに話がまとまった。ダーホスは準備を行うために、話にはドーリスが参加することになった。

「アフネス様。ラナ様。ミーシャ様。デイトリッヒ様。よろしくお願いいたします。大まかな話は聞いていましたので大丈夫です」

「それでミーシャ?本題に入ってくれ」

 本題と言っているが、アフネスも一通りの話は承知している。

「あっその前に、アフネス様。ラナ様。ダーホスから聞いたかもしれませんが、ギルドとしてヤス様の掌握されている神殿の領域にギルドの支部を出すことになりました。最終的にどうなるのかはわかりませんが、私が支部の代表になることに決まりました」

「それは、ダーホスからの指示か?」

 アフネスがドーリスを睨む。

「いえ、上の方からの指示としか聞いていません」

「移住するのか?ここから通うというわけじゃないのだろう?」

「上からの指示は出ていませんが、ヤス様にギルドの場所を確保すると言っていただきました。それで、ご相談なのですが・・・」

 ドーリスが、ラナを見る。
 ラナを見る理由など無いように思えるのだが、ミーシャはある事情を聞いているので、決定する前に確認しておきたいと思ったのだ。

「ラナ様たちはどうされるのですか?」

「ミーシャが、それをアフネス様に確認して許可を取ろうとしていたのです」

「アフネス様?」

 ドーリスがアフネスを見る。
 アフネスは”やれやれ”という雰囲気を出しながら机に肘を付いて皆を見る。

「ミーシャ。ラナ。ヤスには確認しているのか?ドーリス。移住はギルドが認めてからになるが、住む場所の確保をヤスに頼んだか?」

「「え?」」「??」

「ミーシャ!ラナ!ヤスに説明はしてあるのだろう?」

 ミーシャとラナはお互いの顔を見る。ヤスに説明がわからなかったようだ。

「姉さん。リーゼを神殿に住まわせてくれとはお願いして許可をもらいましたが?」

「ミーシャ。そこじゃない。ヤスに許可を求めるのは当然だ。住む場所の手配や建築はどうする?資材は?場所はヤスが用意してくれるかもしれないが、建築まで頼むのか?神殿にはヤスしか居ないぞ?」

「あっ」

「ドーリスも、一人なのか?ヤスにしっかり伝えたか?”ギルドの出張所を作りたい”とだけ伝えたのではないか?そうすると、ヤスはユーラットのギルド・・・。もしかしたら、領都のギルドの規模を想定しているかもしれないぞ?」

「え?」

 アフネスの指摘に3人は黙ってしまった。
 心当たりがありすぎるのだ。

「結局、ヤス頼りになってしまうし、ヤスの考えを聞かないと移住の事もすすめる事ができないということだな」

 3人は黙って頷くことしかできなかった。

 ヤスがアフネスから渡された交換機の起動を行う少し前。
 魔通信機の接続が切られている状態になったことを皆が騒ぎ出していた。

 とある辺境伯の屋敷に、街に放っていた密偵からの報告を読んだ辺境伯が自分の息子と娘を呼び出していた。

「馬鹿者!!!!」

 執務室に怒号が響き渡った。

「貴様!何をしたのか解っているのか?いや、その前に事実なのか?」

 辺境伯であるクラウスは、まとめられた報告書を握りしめている。

「お父様。俺は」「兄様は、第二分隊を動かして、エルフ族やドワーフ族から食料を徴発していました」

「なっ?!サンドラ。お前」「ランドルフ。お前は黙れ!」

「お父様。俺は」

「サンドラ。それで、ランドルフが動かしたのは本当なのか?」

「間違いありません。私が偶然入っていたエルフ族の方が経営されている宿屋に来られて『次期領主の命令』だと言って食料と調味料を持っていきました。あっそうでした。お父様。例の方がお泊りになった宿屋です。ひと目見ようとお待ちしていたのですが・・・」

「サンドラ。その話は後で」「いえ、お父様のお耳に入れておく必要があると判断しております。それも早急に・・・」

 父親である辺境伯に怒鳴られて萎縮してしまっているランドルフを横目に、妹であるサンドラは自分が見聞きしてきたことを父親に告げるのだ。

「わかった、サンドラ?第二分隊は何をした?」

「お父様。エルフ族のアフネス様をご存知ですよね?」

「もちろんだ。本来ならユーラットなぞに居てほしくない。レッチュガウに来て、儂の屋敷にお招きしたいと思っている方だ。それがどうした?」

「はい。アフネス様のユーラットの宿屋に居候というのはおかしいのですが、ご一緒に住まわれているリーゼ様のことは?」

「もちろんだ。第二王子だけじゃなく帝国や共和国だけではなく法国からも婚姻の申し込みが殺到している娘だな」

 この辺りでランドルフの顔色が青から白に変わる。

「あの混ぜものが?」

「兄様。少し見識を疑いますよ?」

「うるさい!妾の娘が!偉そうに、侯爵家の血を引く俺に意見するな!」

「ランドルフ!!貴様!おい!誰かランドルフを自室に連れて行け!儂がいいと言うまで出すな!あれにも会わせるのを禁止する!」

 部屋の外に立っていた護衛が部屋に入ってきた。
 ランドルフの両脇を抱えるようにして部屋から連れ出す。

「お父様!俺は間違っていない!俺は!領都の為だと思って!お父様!」

「連れて行け!」

 部屋から出ても何かを喚いている。

「はぁ・・」

 辺境伯は、椅子に深く座り直してから大きく息を吐き出した。

「お父様?」

「サンドラ。すまない」

「いえ、構いません。事実ですから・・・。それで、お話を続けてよろしいですか?」

「頼む」

 先程までの雰囲気とは違う愛おしい娘を見るような目線をサンドラに向けて辺境伯は話しの続きを聞くことにした。

「兄様は、リーゼ様のことをご存知なのですか?」

「知っている・・・はずだ。ちょっとまて、ランドルフは何をした?リーゼに手を出したのか?」

「そうですか?お父様。兄様は、ラナ様のお店でリーゼ様を見かけたようで”妾にするから差し出せ”と言って連れ出そうとしていました。食料の問題もありましたが、リーゼ様の件がきっかけになって皆様がレッチュガウからユーラットに移動してしまいました。私の見立てではエルフ族と関係者はほぼ全員。鍛冶屋の8割り程度。それ以外にも領都の重要な役割を担っていた方々の半数が居なくなってしまっています。冒険者ギルドではミーシャ様とデイトリッヒ様がすでに辞表を提出していらっしゃいます」

「サンドラ。その話は?」

「私と私の手の者しか知りません。それから、お父様。魔通信機はお手元にありますか?」

「もちろんだ。これこそ、アフネス殿やリーゼ殿の・・・。まさか!」

「はい。使えなくなっています。一時的な物なのか、それとも永続される状態なのか?そしてこの領都にある物だけなのか、それとも・・・」

「待て!サンドラ。領都にある物と言ったな?」

「はい。冒険者ギルドや商業ギルドにも確認しましたが同じく使えなくなっております」

「奴らは理由が解っているのか?」

「本当の理由や原因は解っているのかは不明ですが、兄様の行いがトリガーになっていると考えて居るのは間違いありません」

「・・・」

 辺境伯であるクラウスは頭を抱えてしまった。
 そして、立ち上がって執務を行っている机から一枚の報告書を持ってくる。本来ならサンドラに見せるような物ではない。ランドルフに見せて対処させようと思っていたのだが、問題をおこしたランドルフには無理だと判断してサンドラに見せる事にしたのだ。

「お父様?」

「すまん。儂は領都を離れることができない」

「帝国が動いていますか?」

 クラウスは大きくため息をついた。サンドラが座っている正面に座り直した。
 外に居る者を呼び、サンドラに暖かい飲み物を、自分には酒精の入った物を持ってくるように命じた。

 飲み物が出てくるまで、サンドラに書類を読む時間を与えたのだ。

 サンドラは要点だけを読み込むことにした。クラウスから説明されることで詳細を知ろうと思ったのだが、クラウスが話を切り出さないことや報告書の内容が驚愕の内容だった為に全部を丁寧に読むことにした。自分が知っている事と突き合わせる事で情報の整理ができると考えたのだ。

「お父様?これは、謎のアーティファクトを操る方のことですか?」

「そうだ。ギルドからの報告を聞くと間違いない」

「それに・・・。スキルを持っている者でも追えない速度での移動。小型馬車2-3台分の荷物の運搬。ユーラットまで1ー2日程度?リーゼ様の伴侶候補。そして、ユーラット神殿の攻略者?」

「その者が例のアーティファクトの持ち主だな。ランドルフがアーティファクトに手を出さなくてよかったと思ってしまっているぞ」

「お父様。兄様でも、さすがに・・・」

「無いと言えるか?」

「・・・」

 辺境伯は出された飲み物を飲んでから、持ってきたメイドに話しかける。

「ランドルフはどうしている?」

「お部屋でお休みになっています」

「本当は?」

「悪態をついて暴れています。それから、奥様が旦那様にお会いしたいとおっしゃっております」

「どっち・・・。聞くまでもないか?」

「はい。それでどうされますか?」

「わかった。3時間後に奥の部屋に行くと伝えて追い返せ」

「かしこまりました」

 メイドが頭を下げてから部屋を出ていく、部屋の前に居た執事にクラウスからの指示を伝えている。

「お父様。どうされるのですか?」

「お手上げだな。ランドルフのことだけでも頭が痛いのに、神殿や見たことも無いようなアーティファクトまで絡んできた。それだけではなく、魔通信機まで・・・。王都に居るハインツにスタンピードのことを連絡した後で助かったが・・・」

「お兄様が来られるのですか?」

「許可が出ればそうなるのだが、ひとまず食料の調達を依頼した」

「食料?」

「当然だろう。スタンピードが発生しているのだぞ?遠征する者たちの食料が必要になる」

「帝国から・・・。そうでしたね」

「奴らの難癖にも困ったものだ。それで、これから食料が足りなくなることを考えて、ハインツに食料の買付を頼んでいたのだ。それを、ランドルフの奴・・・」

「え?兄様?」

「そうか、サンドラは知らないのだったな。王都からここまでの輸送を担当していたのが、ミーシャ殿がリーダになる冒険者たちで、主軸はエルフ族と獣人族で構成されていたのだ。馬車の扱いがうまいし、専用の馬車も持っていた」

「王都の冒険者に依頼して搬送してもらうことはできないのですか?」

「無理だな。コストがかかりすぎる」

「え?」

「サンドラ。少し考えれば解るぞ?ミーシャ殿たちは、王都に行く前にユーラットに行くことになっている」

「ユーラット。そうなのですね。ユーラットで商品を乗せて、王都まで移動するのですね」

「あぁそれだけではなく、アフネス殿。正確には、リーゼ殿に魔通信機の利用料を渡してもらう役目も持っている。それだけじゃなく、ミーシャ殿が王都に行って集まっている利用料を集めてくることになっている」

「それでは、ほぼ・・・」

「そうだ。ミーシャ殿は単独で動かれるだろう。もう手遅れなのかもしれない」

 辺境伯は大きく息を吐き出した。

 辺境伯の屋敷。奥にある当主が使っている執務室には、父親と娘だけがテーブルを挟んで向かい合っている。
 娘はサンドラ。母親の身分は平民なのだが、辺境伯が自分で選んだ女性との間に生まれた娘だ。現在17歳。婚約者が居たのだが、半年前に発生したスタンピードで命を落としている。そのため、婚前未亡人となってしまっている。婚約者の死去から1年間は喪に服すことになる。その間は、領主の許しがなければ外に出ることは無い。

「お父様。どうされるのですか?」

「第二分隊に王都に食料を」「おやめになったほうがよろしいかと思います」

「なぜだ?奴らがしでかしたことだぞ?奴らに責任を取らせるのが当然ではないのか?」

「私見を述べてもよろしいですか?」

「構わない。言ってみろ」

「はい。ありがとうございます。第二分隊は、練度が足りていません。ミーシャ様が組織した護衛と比べると恥ずかしくらいでは無いでしょうか?」

「そうだな。しかし・・・」

「練度だけではありません。彼らは、お父様への忠誠がありません。もちろん、兄様に忠誠を誓っているわけでもありません。”利”で繋がっているだけです。そんな者たちが、目の前に大量の食料があり金品を輸送して大丈夫だと思いますか?」

「・・・」

「また、ミーシャ様がどのようなルートで移動していたのかわかりませんが、村や町に立ち寄って補給しながら王都に向かったと思われます」

「そうだな」

「お父様。そんな場所に第二分隊だけで行かせたらどのようなことが発生するのか考えればお解りになると思います」

「しかし、彼らしか・・・。それに、儂からの命令で・・・」

「無駄でしょう。兄様の部下で、領都の中でさえ好き勝手している連中です。お父様もご存知だと思いますが?」

「・・・。だが、喧嘩や脅し程度の問題だ。その程度ならどこでも同じではないのか?」

「お父様。ミーシャ様に依頼を出すときに同じことが発生しましたか?」

「・・・」

 父親は娘のセリフを肯定するしかなかった。
 娘は父親の言葉を待つために冷えた紅茶を口に含んだ。

「発生していませんよね?それが答えです」

「わかった。それでは・・・。依頼料が高くなるが王都で商隊を雇って輸送させるか?」

「お父様。ユーラットに行く許可をいただきたい。そして、神殿の主にお会いしたいと考えております」

「神殿の主?」

「はい。アーティファクトを利用して食料を運んでくれるように依頼しようと思います。ご許可をいただけますか?」

 辺境伯も貴族である。神殿が攻略されて、主を定めたと報告を受けた時に衝撃を受けた。
 新しい国が勃興するかもしれないと考えたのだが無理であると考えを改めた。まず場所が悪すぎる。神殿の領域になっている場所は、王国の辺境の辺境なのだ。それだけではなくユーラット方面以外は山に囲まれているので広げることができない。王国が定める領域では、魔の森は神殿の領域となっているが、資源に乏しい森なので大きな発展は望めない。辺境伯は、作るとしたら”国”ではなく”自治領”が妥当だと考えている。王都に居る息子に送った報告書が早ければ王宮に届けられているだろう。判断は、神殿の攻略者に委ねられるのだが、神殿が接しているのは実質的には辺境伯の領都になっている。交易を行うのは自分が治める領だと思っているのだ。
 サンドラを神殿の主や近い者に嫁がせることも考慮しなければならない。報告に合ったようにリーゼのことが気になるが、エルフ族を敵に回すような愚かなことはしたくない。それだけではなく魔通信機の権利を持つリーゼを蔑ろにはできない。サンドラなら母親の身分も低いし第二夫人でも良いと思っている。

 ランドルフが行ったことが問題になってくる。
 すでに神殿の主がリーゼと恋仲の場合にはサンドラを向かわせることで一気に関係が悪化することが考えられる。神殿の主がどの程度の武勇なのかわからないが、今までの幾多の冒険者や兵士たちが攻略を試みた神殿をらくらく手中におさめていることから絶対に敵対してはならない人物だと判断している。

 辺境伯は娘の提案を考える。

(成功しても、失敗しても、メリットとデメリットが存在する。最悪はサンドラを差し出せばいいか?神殿と付き合うことができるのは、儂の領地だけだ。神殿の主がどのような人物なのか確認する必要もあるか?)

「わかった。まずはやってみろ。後で資料を渡す。前回までの輸送した実績と今回の予定が書かれている」

「ありがとうございます。お父様」

 ユーラットまでの予定やどこまで交渉を行うのかを話し合った。
 クラウスは娘のサンドラに全権は与えずに許せる範囲の裁量を与えることにしたのだ。

「それではお父様。早速準備を行いましてユーラットに向かいます」

「わかった。アフネス殿に手紙を渡してくれ」

「かしこまりました」

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(ふざけるな!俺よりも、妾の子の方が大事なのか!)

 自室に軟禁される形になってしまったランドルフは部屋にあるものに当たり散らしていた。
 自分の行いのどこに問題が有ったのか考えもしていない。

 自分以外はすべて無価値な物として判断しているので、自分が正しいと思うのは当然のことなのだ。

(俺が!俺が、辺境伯を継ぐ!ハインツは高々子爵家の後ろ盾しか無い!俺には侯爵家の血が流れている!王家の血さえ入っている!)

 ランドルフは次男だ。長男であるハインツは王都の屋敷の管理を任されている。
 母親の身分だけを考えれば次男であるランドルフの方が上なのだ。ハインツの母親は子爵家から嫁いでいる。順番は、ハインツの母親が先に嫁いでいるので、第一夫人になるのだが、子供がなかなか産まれなかったことで侯爵家が横槍を入れてきて、ランドルフの母親を第一夫人にするように圧力をかけたのだ。
 それでも、クラウスは子爵から嫁いだ夫人が産んだハインツを後継者に指名した。そして、ハインツは皇太子の従者をしている。

 王家には、男児は皇太子の他にもうひとり居るのだが年齢的にかなり下でまだ成人の儀式を行っていない。ハインツは皇太子からの信頼も厚いだけではなく次男からも”ハインツ兄様”と呼ばれて懐かれている。そのため、辺境伯は王都での仕事を安心してハインツに任せている。

「おい。誰か!近くに居ないのか?母上を呼べ。侯爵家に直訴しに行く」

「ランドルフ様。クラウス様のご命令で部屋からお出しすることも、誰かをお通しもできません」

「何!俺を誰だと思っている。お前程度ならすぐに首にしてやる」

「どうぞご自由に。私は、クラウス様のご命令に従います」

 部屋の中では、ランドルフが真っ赤になって怒鳴っているが、扉の外に居る者たちは何も感じることがない。

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 父親であるクラウスとの話を終えて納得がいく状況に持っていくことができたサンドラは機嫌よく自分の部屋に戻った。
 部屋では、サンドラ付きのメイドで護衛であるマリーカが待っていた。

 サンドラは、マリーカから渡されたガウンを羽織ながら、少し興奮した口調でマリーカに命令を出す。

「マリーカ!お父様のお許しを頂きました。馬車の用意をお願いします」

「お嬢様!少しお待ち下さい」

 マリーカは、サンドラから話を聞いて相談を受けていた。今年17歳になるサンドラは母親の身分が低いこともあり、一度婚約者が死去してしまっている事もある新しい婚約者を決めない状態で来ている。現状は”喪に服している”という理由で領都で過ごしていたのだ。
 マリーカとしては、主人であるサンドラの命令なら叶えたいのだが情報が少なすぎる。馬車だけで行けるような距離では無いのだ。

「待っていられないわ。アーティファクトよ!それも完全に動いているのよ!早く準備をして出発します!」

「出発と申されましても・・・」

 目的地はユーラットでいいのか?何日くらい滞在する予定なのか?
 聞かなければならないことが多い。サンドラの頭の中はそんなことをすべてすっ飛ばしてあることだけを考えている。

「まずはユーラットに謝罪に行きます。でも最終的には神殿に移動します」

「かしこまりました。ユーラットまではわかりますが、神殿と申されましても情報が無いので食料や着替えがわかりません」

「ひとまず、ユーラットまで往復できる準備だけをお願いします。それから、護衛は最少人数にしてできるだけ移動時間を短縮できる方法を考えてください」

「かしこまりました」

 マリーカと呼ばれた女性は、頭を下げてから主の部屋から出ていった。主人からの命令を実行するためだ。

(兄様のおかげで神殿に行くことができる!あの不思議なアーティファクトをじっくりと見ることができるかもしれない!)

 サンドラの目的は領都の食糧問題の解決やエルフ族との和解ではなかった。
 辺境伯であるクラウスが考えているような婚姻の為でもない。全ては自分の好奇心を満たすためだったのだ。