異世界の物流は俺に任せろ


 ヤスが美味しく夕ご飯の時間に食べる朝ごはんを食べている頃。

 領都は大騒ぎになっていた。

 領都の守備隊が魔物討伐に参加しないのは納得できないが、納得しなければならない理由がある。領都を守護するための守備隊なので、王家直轄領のユーラットに派兵する事はできない。そもそも、魔物がユーラットに向かっているという正確な情報がない上に領都に魔物が来ないという保証がない間は動くことができない。

 守備隊が動かないのは冒険者ギルドも納得していた。
 ユーラットに行くことができる冒険者を領都で募っていた。一部のチームには強制依頼を出した。
 200名を越える冒険者が集まった。冒険者ギルド(コンラート)は、ユーラット(アフネス)にも説明ができる数が集まったと考えた。

 問題は、冒険者が集まってから発生した。

 コンラートが、領都の門の前で冒険者と物資を集めに行った冒険者ギルドの職員を待っている所にミーシャが駆け寄ってきた。

「コンラート様!」

「どうした!ミーシャ」

「すみません。やられました」

「だから・・・。どうした?」

 ミーシャがコンラートに説明した事は最悪な状況を示していた。
 守備隊が、領主の次男からの命令だと言って、食料の買い占めを行ったのだ。
 冒険者ギルドにも備蓄は有るのだが、あくまで備蓄で領都が襲われた時のためで、遠征に使うものではない。数も絶対的に足りないのだ。冒険者ギルドの中には、冒険者ギルドの職員と近隣の住民たちが籠もる事を想定している物で量も多くはない。

「本当か?」

「はい。守備隊は、領主からの命令と言ったようですが、動いているのは、第二分隊だけのようです」

「買い漁っているのは食料だけか?」

「いえ、塩や胡椒などの調味料も対象になっています」

「それで?第二分隊で間違い無いのだな」

「はい。ラナの所に来て、食料を徴発していきました」

「は?徴発?何を持って?買っていたのではないのか?」

()()領主の命令だと言ったそうです。一部では買っていったようですが捨て値です」

「書類は?徴発なら、徴発令状が有るはずだろう?」

 コンラートは動揺してしまった。最悪な出来事に最悪が重なったのだ。買っていったと聞いた部分でも買い占めを行うような行為はできないはずなのだ。

「なかったそうです。剣で脅されたと言っています。ラナから明日には宿屋を閉める事にしたと聞いています。他の一族も同じです。どうやら、第二分隊は、エルフ族の店からだけ徴発したようです」

「はぁ?ちょっとまってくれ、ミーシャ!それは、間違いないのか?」

「間違いであって欲しいと思っていますよ。でも、間違いかどうかはもう関係ありません。私たちは、領都レッチュヴェルトを出てユーラットに向かいます」

 ミーシャの顔は笑顔が張り付いている状態だが、コンラートには解ってしまった。
 本気で怒っている状態だという事が・・・。

「そうか・・・」

「それだけではなく、愚か者の次男様は、守備隊に守ってほしければ、食料や水の配給を受けたければ、リーゼ様を差し出せと言ってきたようです」

「・・・・。はぁぁぁ!?あのバカ!なんてことを、ミーシャ。少し待ってくれ俺が領主様に有って話をしてくる」

「何を待つのですか?私たちは、リーゼ様を守る為なら何でもします。あぁ冒険者ギルドに貸し出している”魔通信機”はそのまま使えますから安心してください」

「な・・・。それでは・・・」

 コンラートの頭には最悪がよぎる。
 多分、領主に貸し出している物は何らかの方法で使えなくするのだろう。

「知りません。今後は、ご自分たちで修理やメンテナンスをしてください。私たちは一切お手伝い致しません。本日までありがとうございました」

「待って、待ってくれ、ミーシャ!」

 コンラートの叫びも虚しく戻っていくミーシャの背中に当たるだけで何も響かなかった。
 ミーシャは、そのままラナ()()が待つ宿屋に向かった。

 そこには、同士といえるエルフ族。それだけではなく、ドワーフ族もいる。獣人と言われる者は、ハーフの者たちもいる。全員、リーゼの母親か父親に世話になった者たちだ。領主の次男がリーゼを差し出せと書状を出してきた事に激怒しているのだ。今すぐにでも、領主の館に押し入ろうと言い出しかねない状況なのだ。
 当のリーゼは安全を考慮して隠れ家で匿っている。リーゼの意思ではなく、皆の意思で決まった事だが、ヤスに置いていかれたと予想通り駆け出しそうになるリーゼを押し留めたのだ。そして、隠れ家に連れて行って落ち着かせたのだ。

 こんな状況になっていると知らないヤスは朝食を食べ終えてトラクターをセバスの眷属たちに委ねた。

「マスター。ご許可いただきたい事があります」

「なに?」

「マスターが討伐した魔物の死骸をこのままにしておくとアンデットが産まれる可能性があります。また野生動物が魔物の肉を食べて凶暴化する可能性があります。そのために、野生のスライムをテイムして吸収させたく思います」

「ん?テイムなんてできるの?」

「はい。スライムは、眷属の末端です。そのために、野生ですので眷属化は無理でもテイムなら可能です」

「そうか・・・少し待ってね」

「はい」

 執事服を来たエントが頭を下げて一歩下がる。

 ヤスは、FITに乗った状態だったのだが降りてエミリアを取り出した。

「エミリア。今の話だけど、神殿の領域にスライムを出現させる事はできる?」

『可能です』

「それなら、野生のスライムよりも、出現させたスライムのほうがテイムしやすいよね?」

『はい。セバスの眷属なら、スライムを眷属にする事も可能です』

「わかった。ありがとう」

 ヤスは、執事服のエントを手招きした。

「はい」

「うーん。神殿の領域に、スライムを出す事ができるけど、それをテイムするなり眷属化したほうが楽だよね?」

「よろしいのですか?」

「あぁテイムするか眷属化するかは任せるけど、スライムを出す位ならいいよ。どのくらい?」

「数が居たほうが作業は捗ります。どれほどの数が可能なのでしょうか?」

 ヤスは、エミリアを操作してスライムの項目を見る。
 ”無属性/火/水/風/土/光/闇”がそれぞれ存在していた。魔力ポイントも全部同じで10ポイントで今なら何体でも問題ない。
 ヤスは注意書きをよく読まない癖がある。しっかりと、スライムの注意点が書かれていた。10体集まると、ヒュージスライムになって、100体集まるとビックスライムになる。そして吸収した魔物や物質によって進化するのだ。

 ヤスは考えないで、属性のスライムを各100体出現させた。
 2万もの魔物の後始末をするのでそのくらいは必要だろうと考えたのだ。

「魔物が持っていた武器や防具も使えそうなら貰って帰ろう。必要なければ吸収させちゃってね」

「はい」

 セバスの眷属達は驚きながらもヤスに感謝の言葉を告げる。

 ヤスは、結果を見ること無く領都に向かったのだ。

 ヤスが領都への道をギリギリの速度で走らせている頃・・・。
 セバスの眷属達は、スライムを眷属化して魔物の死骸を片付けていった。魔石や素材になりそうな者は除外しているのだが、それでもかなりの分量を吸収する事ができた。それも本来なら吸収することなどできない上位種も含まれていた。スライムたちが異常進化しても不思議ではない状況が揃っていたのだ。
 ヤスが進化したスライムたちを見るのは後日になるのだが、そのときにヤスは説明をしっかり読まなかったことを”ほんの少し”だけ後悔する事になる。

 ヤスが領都の近くまで来てから不思議に思った事があった。

「エミリア。誰にもすれ違わなかったよな?もう夜になっているからなのか?」

『わかりません。マスターの言葉通り、呼称名レッチュヴェルトから人族が出た形跡はありません』

「だよな?魔物の討伐隊を組織するとか言っていたけど辞めたのか?まぁほとんど討伐したし残りは雑魚だけだろうから、セバスの眷属達でも倒してしまうだろう?」

『可能です』

「そうか、それじゃ問題はないよな?さっさと、ミーシャとリーゼに会ってアフネスからの言葉を伝えてユーラットに帰ろう」

『はい。マスター。呼称名レッチュヴェルトの入り口に個体名コンラートが居ます。どうしますか?』

「ん?本当だ?なんだ?今から行くのか?それなら丁度いいよな?」

『はい』

 ヤスは、速度を落とした。砂煙が収まっていく。コンラートの姿は目立つ。なぜかはヤスは考えないようにした。しかし、ハイビームだったライトを落として近づくことにした。
 コンラートが手を振っているのがヤスにもわかった。

(俺を呼んでいるのか?)

「エミリア。コンラートが何を言っているのか解るか?」

『わかりません』

「・・・。しょうがない。近づけばわかるよな」

『了』

 ヤスは、速度を更に落として、コンラートの手前20m程度の場所で停止した。

 コンラートには、ヤスが救世主に見えたことだろう。何か情報を持っているのかもしれない。
 停まったアーティファクトの所まで、コンラートは急いだ。

「ヤス殿!」

「どうした?何か有ったのか?」

「何か有ったではない!ヤス殿。ユーラットには行けなかったのか?」

 コンラートが危惧したのは魔物がすでにユーラットに至る街道を封鎖してしまっていることだった。

「ユーラットには届けた。”魔通信機”での通信もできただろう?」

 確かにユーラットから通信が届いたと報告は有った。
 ヤスが荷物を運んできたと報告も上がってきている。

「はい。しかし・・・。いや、それよりも、ユーラットから来たのなら、魔物は?」

「いましたよ。でも・・・」

 ヤスは、どう言い訳しようか考えている。
 殲滅したことを言えば、ラノベの定番では領主は当然として国王まで出てくるかもしれない。それに、アーティファクトや神殿の事もあるので、あまり権力には近づきたくないと考えているのだ。

「”でも”?何かあったのなら教えて欲しい!」

 ヤスの気持ちや事情を考慮できないほどに、コンラートには難題が数多く降り掛かってきているのだ。
 一番大きな問題の情報は少しでも欲しい。ヤスが戦力となるのなら、これほど嬉しい事はない。いろんな思惑をすっ飛ばしてコンラートはヤスに縋り付きたい気持ちにさえなっている。

 ヤスは、アーティファクトに縋り付きそうになっているコンラートを煩わしく思ってきた。

「そうだな。説明してもいいけど、何度も同じ事を聞かれるのは面倒だから、ミーシャも同席させて欲しい」

「ミーシャは・・・」

「ミーシャが居ないのなら、俺の用事はすぐに終わる。終わったら帰るだけだ」

 ヤスはそもそも冒険者ギルドに登録したが固執しているわけではない気に入らなければ辞めればいいと簡単に考えている。なので、ここでコンラートが面倒に思えたら切り離す事も問題ではない。大事なのは、自分と神殿とユーラットで良くしてくれた人々だ。

 それにヤスじゃなくても門の所に冒険者ギルドのギルドマスターが立っていれば何か有ったのだと考える。そして、ミーシャがこの場に居ないのも不自然だ。

「ヤス殿!お願いします。今は少しでも情報が欲しいのです」

「わかりました。それで、ミーシャは?ラナでもいいですけど、冒険者ギルドに関わるのでしたらミーシャの方がいいですよね?」

「・・・」

「コンラート殿?何か、俺がミーシャに会えない理由でもありますか?」

「いえ、そうではありません。ミーシャは、冒険者ギルドを辞めると言っています」

「そうですか・・・。それなら、俺が冒険者ギルドに義理立てする必要もなくなりますね」

「待ってくれ、報酬なら、情報の質によってしっかりと払う。だから頼む。街道に魔物が居たかどうかだけでも教えてくれ」

「報酬は必要ないですね。規約違反というのなら、俺も冒険者ギルドを辞めます」

 アーティファクトが近づいてきた事を見たエルフ族がミーシャとラナに知らせに走っていた。
 それを受けて、ヤスとコンラートが言い争いに近い状況になっていた所に、ミーシャとラナが走り寄ってきた。

「ヤス」「ヤス!」

「お!ミーシャ!ラナ!ミーシャ。冒険者ギルドを辞めたのか?」

「ヤス!後で事情を話す。でも、私が辞めたのは冒険者ギルドの職員だけだ」

「へぇ・・・。それで、リーゼは?先に仕事の話をしよう。アフネスから、ミーシャに伝言がある。俺は、その為に戻ってきた」

「伝言?」

「あぁ”リーゼ様と()()にユーラットに来い”だそうだ。悪いが、俺は人を運ばない。だから、リーゼとミーシャは馬車を手配してユーラットまで行ってくれ」

「わかった。それで・・・」

「魔物の事だろう?コンラートも聞きたいだろうから、ミーシャと一緒なら話してもいい。どこか他の誰にも聞かれない場所を用意できるか?」

「それなら、ヤス。宿屋を使うといい。冒険者ギルドは大変な事になっている。ラナの所なら身内しかしない上に宿屋を閉じるから客も居ない」

「え?ラナ。宿屋を辞めるの?なんで?これから、俺が領都に来た時にどうしたらいい?」

「すまない。ヤス。ミーシャが言った通りに、事情は後で話す。それでいいか?」

「あぁ俺が事情を聞いて何かできるわけでもないから、別にいいけど・・・。話してくれるのなら聞いておきたい」

 コンラートはまだ何か言っていたがヤスとミーシャは無視してアーティファクトを領都に入れる。
 そのまま宿屋の裏手に停めた。

 宿に入ると、4-5人のエルフが旅の準備をしていた。ヤスは、日本人だった頃の癖で会釈だけしてミーシャについていく、ラナが奥から鍵を持ってきて、ミーシャに投げた。コンラートも後ろから着いてきている。

 部屋に入ってミーシャが魔法を発動する。

「ヤス。これで盗聴の心配はない」

「ありがとう。別に聞かれてもいいけど、補足説明はできない。質問が有っても答えられない。それでもいいか?」

「あぁ」「わかった」

 ミーシャとコンラートがうなずく。

「まず、ユーラットには武器と防具を届けた物資に関してもダーホスに渡してきた。”魔通信機”も使えるようになっていると思う」

「あぁ大丈夫だ。ユーラットのドーリスから連絡が入った」

 少し落ち着いたのか、コンラートがヤスの言葉を肯定する。

「俺は、ユーラットでアフネスからミーシャへの伝言を運ぶように依頼された」

「それは先程の伝言か?」

 コンラートが口を挟んでくる。
 ミーシャは伝言だけ十分なのだろう。ヤスの行動に質問をしない。ユーラットに行けば事情を含めて解るだろうと考えていた。

「そうだ。伝言の意図は知らない。俺は頼まれただけだ」

「わかった」「・・・」

 ラナは部屋の隅で3人を順番に見ながら話に耳を傾けている。

「流石に疲れたから一度神殿に戻って睡眠と食事をしてから、神殿を出た」

「・・・」「それで、魔物は?」

 コンラートにとっては大事なのは解るが結論を急ぎすぎている。ミーシャもラナも、ヤスがユーラットから来ている時点で魔物の数が少なかったか突破できる程度の強さだったのではないかと予測している。例年だと1万を少し切る程度なので、今年の規模は小さなかった可能性を考え始めている。

「居なかった」

「え?」「は?」「・・・」

「違うな。正確には、魔物が大量に居た形跡はある。ユーラットから領都に向かう街道で、ザール山と海との間で狭くなっている場所があるよな?」

 ミーシャもラナも、もちろんコンラートもそれだけでおおよその場所は解る。
 3人ともうなずく。

「その場所で戦闘が発生した跡があった。ゴブリンやコボルトや下位のオークは見かけたが、アーティファクトで跳ね飛ばして討伐した」

「ヤス殿!それは、何かと戦ったという事なのか?」

「コンラート。始めに言ったが、俺にはわからない。質問されても答える事ができない」

「あっ・・・。すまない。何か、見なかったか?」

「あぁエント・・・と言ったか、樹木の魔物がゴブリンを踏みつけているのは見た」

「え?それは」「コンラート!?」

「あっ済まない。ヤス殿!それで魔物は居なかったのですか?戦闘が有ったのなら死骸が有ったと思いますが?」

「そういっただろう。俺が来る時には、ゴブリンとコボルトとオークが居ただけで上位種や変異種は居なかった。今は知らないぞ?俺が来る時だからな。死骸はわからない。夜だったし暗かったからな。ライトの範疇には死骸はなかった」

「それだけでも十分な情報だ。ヤス殿。情報感謝する」

 コンラートは止める者が居なかったこともだけど、その話だけを聞いて部屋から飛び出してしまった。

 ドアが乱暴に閉められてラナが苦笑する。苦笑しつつコンラートが座って居場所に移動して来た。

 ヤスの正面になる形だ。

「ヤス殿?それで本当の事は?」

「ラナ。俺は嘘を言っていないぞ?」

「そうですね。()では無いでしょう。でも、全部本当の事でもないでしょ?」

「何を根拠に?」

「上位種や変異種は居なかったと言っていましたよね?」

「あぁそれが?」

「どうして、記憶を無くしていると言っている人が、上位種や変異種を知っているの?それに、領都の近くで発生するスタンピードに上位種や変異種がいる事を知っているのは、討伐に参加している者だけですよ?ヤスは、過去に討伐に参加したのですか?」

「はぁ・・・。わかった。ここだけの話にしてくれるよな?」

「アフネス様に言わないと、後でわかった時に怖いと思いますが?」

「ミーシャとラナはこれからユーラットに行くのか?」

「はい」「そうなります」

「アフネスとリーゼを交えて神殿で話すと言うのはどうだ?その方が早いだろう?」

 二人が承諾したので、ヤスの行った事は後日説明する事になった。

「それでミーシャはなんで冒険者ギルドを辞める事になったのだ?」

 二人がお互いの顔を見て、ヤスにどう説明したらいいのか悩んでしまった。

 ラナが立ち上がって部屋から出ていこうとする。ミーシャが腕を掴んで目線で何かを訴えている。ヤスに一人で説明するのが嫌なようだ。

「ミーシャ。飲み物を持ってくるだけよ」

 ミーシャも手伝う事で妥協したようだ。説明が嫌だった事も有ったのだが、話す内容の打ち合わせができていなかったので、ラナと話をしたかったようだ。ラナとミーシャは、コンラートの醜態を見て、ヤスには正直に話す事に決めたようだ。アフネスからの伝言もあり、ヤスには敵になって欲しくはなかった。できれば、リーゼのことを守って欲しいと思っていた。

 ラナとミーシャが飲み物と簡単に食べられる物を持って戻ってきた。

 喉を潤して、ヤスは二人をしっかりと見た。

「それで?ミーシャ。俺が居ない2日で何があった?」

「ヤス・・・。説明も何も無いのだけどな」

 ミーシャが簡単にヤスに説明を行う。
 話は、ヤスが冒険者ギルドの依頼を受けてユーラットに武器と防具を運ぶ為に領都を出た後から始まった。

---

 ヤスの予想通り、翌朝起きだしたリーゼはヤスが居ない事に気がついてミーシャとラナに食って掛かった。

「ミーシャ!ラナ!どういう事?なんで、ヤスが居ないの?僕を置いていったの?」

 泣きそうな顔をして、ミーシャとラナを問い詰めるリーゼ。
 置いていかれたのがショックだったのだ。

「リーゼ様。ヤスは、ユーラットに武器と防具を持っていったのです。リーゼ様が一緒だとアーティファクトが全力を出せないのでしょう。帰ってくると言っていますし待っていましょう」

 この説明でリーゼは、納得はしていないが騒いでもしょうがないことは悟った。

「ミーシャ。ラナ。門まで行きたいけどいい?僕、やっぱり、ヤスの足手まといになっていた?」

 ミーシャが慌てて否定する。
 ここで、リーゼがヤスに絡むのを辞めると言い出すのは、ミーシャとしても困ってしまう。主に、ユーラットに戻ったときの対アフネスの意味で・・・。

「違います。リーゼ様。ヤスは、リーゼ様の安全を考えて・・・」「そんな事はわかっている。でも、僕も一緒に・・・。ユーラットは、僕の大切な場所で・・・」

 最後は泣き声になってしまっている。
 ミーシャにもその気持がわかるから何も言えなくなってしまっている。

「リーゼ様。ミーシャもなんですか?ヤス殿が戻ってきたときにどうするのですか?」

 ラナの一声で、二人は俯いてしまった。

 リーゼは納得したと言ってもやはり置いていかれたと考えてしまっているのだ。

「でも・・・。僕・・・」

「リーゼ様!」

 リーゼはラナの顔を見てビクッと身体を震わせる。

「・・・」

 今度は幼子に話すような優しい声でリーゼに語りかける。

「リーゼ様。ヤス殿は、私とミーシャにリーゼを頼むと言っていきました。帰ってくるつもりなのでしょう。だから、リーゼ様はここでヤス殿を待ちましょう。これからも、ヤス殿が領都や王都に出かけるたびに着いていくのですか?できませんよね?リーゼ様は、ヤス殿の奥方ではないのですよ?」

 シュンとしてしまったリーゼだったが、奥方という言葉には耳を垂れさせている。

「わかった。ラナ。僕。領都でヤスを待つよ」

「ありがとうございます。ミーシャは、冒険者ギルドの仕事が有るでしょうから、リーゼ様は私とヤス殿が帰ってくる門に行きましょう」

「うん!ラナ。ありがとう。ミーシャもありがとう」

 リーゼは二人に頭を下げる。
 二人は、下げられた頭よりも、垂れ下がった耳が気になってしょうがない。注意したら、いろいろ説明しなければならないし、意識してしまったら困る事になるかもしれない。目線だけで二人は合意してアフネスに丸投げする事に決定した。

 そして、ラナやリーゼと一緒に門に向かった。正門とは別の門でユーラットに向かうときに使う門だ。ヤスが帰ってくるなら、この門だと思っているのだ。

 ミーシャは二人と別れて、冒険者ギルドに向かった。
 そして、コンラートから物資の調達を命令された。本来なら、ミーシャの仕事ではなかったが約200人が2ヶ月間動くことができる為の物資だ。輸送の事も考えなければならない。

 そして、ミーシャは何件か馴染みの店を回って異変に気がついた。買える物資が少なく次回入荷も未定だと言われたのだ。
 冒険者ギルドに帰ってきて物資の調達に向かった職員からも同じ様な報告を受けた。その日は、情報のすり合わせだけをして、輸送の準備を始めたのだが同じ様に手配できる馬車がいつもよりも少なくなっていたのだ。

 最後に入った店で理由が判明した。
 領主の次男が隊長を務める第二分隊が買い占めを行っていたのだ。それも、ほぼ徴発に近い形だ。丁寧に”冒険者ギルドには言うな”と命令まで付いていた。

 ミーシャが冒険者ギルドで書類をまとめているときに、リーゼはエルフの隠れ家に来ていた。
 リーゼとラナはミーシャと別れた後に、門までヤスが帰ってきていないか確認していた。まだ出ていって半日も経っていないのでヤスが帰ってきていない事は当然なのだが、リーゼが何かしていないと落ち着かない様子だったのでラナが提案した形になる。

 門には、仲間であるエルフ(アフネスの下僕)が居たので話が簡単に通った。しばらくは、門番をしているので、ヤスが戻ってきたら冒険者ギルドにいるミーシャかラナに知らせが行くことになった。リーゼに直接連絡が行かないようにしたのは、門に付いてから第二分隊の隊長を名乗っている男が執拗にリーゼの名前を聞いたり妾にしてやると言ったり執拗に話しかけてきた為だ。リーゼの居所を探られるのをラナが嫌ったのだ。

 一部の貴族では、エルフ族の女を妾に持つのがステータスになっているらしいのだ、人族とエルフ族では寿命が違う。そのために、自分の子どもたちをエルフ族の妾に任せる事が貴族の中で”家を守る事”に繋がると考えられているのだ。
 そのために、次男も執拗にリーゼを妾に来いと誘ってくるが、リーゼもラナも相手にしなかった。特にリーゼは冷たい目線を向けるだけでそれ以上の事も煩わしいと思ってしまったほどだ。耳も警戒心を示している。ヤスと一緒にいる時に垂れ下がっている事が嘘のような反応だ。

 この態度に気分を害された次男はリーゼを強引に連れて行こうとしたが、それは副官に止められた。そして、もうひとりの副官が耳打ちをしてから第二分隊は立ち去ったのだ。

 リーゼとラナも宿屋に戻って落ち着いた頃に、領都で食事処を営んでいるエルフが宿屋に駆け込んできた。

「リーゼ様は無事か!」

「どうした?」

 話を聞くと、食事処に第二分隊の人間がやってきて籠城に備えて店の中に有る物資を徴発すると言ってきたようだ。店主は抵抗したが、守備隊が”リーゼとかいうエルフを差し出せばいい。簡単な事だろう”と脅してきたらしく抵抗する事なく物資を渡して、リーゼの安全を確認するために、宿屋に来たという事だ。

「え?僕・・・」

「リーゼ様。すぐに、隠れ家に逃げてください。ヤス殿が来るまで、隠れていてください」

 ラナが指示を出す。リーゼの意見は完全に無視した形になるのだが、ラナたちにとってはリーゼの命の方が大事なのだ。
 食事処の店主がリーゼをすぐに着替えさせてフードをかぶせて耳を隠して隠れ家に連れていく。

 リーゼが宿屋から脱出した。
 それから、領都で店をやっているエルフ族やドワーフ族やハーフ達・・・。いわゆる、ユーラットから流れてきた者たちが集まって来た。
 全員が第二分隊に徴発を受けて物資を奪われたのだ。リーゼを脅しに使われたり、暴力を振るわれたり、ときには家族に武器を向けられたものまで居た。

 この時点で残っているのは、ラナの店だけという事になっている。
 徴発を免れた場所も有るようだが、それらの店でも捨て値で買っていかれた状態のようだ。

 ラナは集まってくる仲間の状況を聞いて、ユーラットに移動する方法を考え始めた。
 スタンピードが発生している事はわかっているが、突破できない状況ではないと考えていたのだ。犠牲が出るかもしれないが、領都にいるよりは”まし”だと考えたのだ。
 問題になりそうなのは食料だけだ。ラナの所にある食料だけでは、数日は大丈夫だと思えるが、ユーラットまでは持ちそうになかった。ミーシャが戻ってきたら相談する事にした。この日は、皆で食料を隠しながら今後のことを話し合った。

 皆がユーラットに向かう事を承諾した。

 ミーシャとラナはお互いが知っている事情を補足しながら、一日目に発生したことを説明した。ヤスは、目を閉じながら二人の話を聞いていた。

 ヤスが閉じていた目を開いて二人を見た。

「それで?それだけじゃないのだろう?」

 ヤスの怒りを含んだ言葉に二人は驚いた。
 飄々としていたヤスがはっきりと怒りの感情を出したのだ。二人は、自分に向けられた怒りの感情でない事は理解できているが、それでも背中に流れる汗を止める事ができなかった。それほど、ヤスは怒っていたのだ。ヤスも自分が何に怒っているのか理解できないでいた。ただ、理不尽な状況に怒りを覚えているのは間違いはなかった。

 二人を威圧してしまったのも、ヤスのステータスに原因がある。
 2万体の魔物を倒したのだ。そして、神殿に居た魔物もディアナが討伐している。全てがヤスの経験値となってステータスが上昇していたのだ。マルスが偽装しているので、本人も忘れているのだがヤスはステータスだけなら強者と言っても問題がないほどだ。戦闘経験が伴わない上に、自分でも戦えないと思っているので、今後ヤスの実力が露呈するチャンスはないだろう。

「ヤス殿。次の朝にまた事態が動きます」

 ラナがヤスに向かって説明を始める。

---

「ラナ様大変です!」

 丁稚に来ていたハーフドワーフの子供が宿屋に駆け込んできた。
 ラナは予想していた者たちが来たと認識して子供を裏門から逃した。他の者たちもすぐに裏門から逃した。裏門が見張られて居ない状況なのは昨日の夜からわかっている。だからラナの役目は、皆が逃げる時間を稼ぐだけで十分なのだ。

 ラナが宿の受付で待っていると、武装した男たちが乱暴に扉を開けて入ってきた。

「貴様が、この宿屋の店主か?」

 ラナはひと目で第二分隊の者だとわかった。
 辺境伯も長男も長女も立派な人間でエルフ族だからと蔑んだりはしない。貴族らしい貴族だが無駄な事はしない。例外なのが、次男なのだ。長男が立派に領都の兵をまとめ上げているので、自分はそれ以上の手柄が欲しくて、辺境伯に無理を言って”第二分隊”を設立して自分が隊長におさまった。
 第二分隊は人族至上主義なのか、エルフ族を下に見る傾向が強い。それだけではなく、獣人や亜人は人ではないと言い切って何をしても許されると思っている状態なのだ。長男や長女の手前あまり無理な事はしていないがタガが外れてしまうと何をしだすかわからない集団だ。
 それだけではなく、資金の出所は不明とされている状態だが、全員が派手な衣装で身を固めている。武具や防具も領兵や守備隊に渡されるものとは違っている。ヤスが持ってきたような実用性がある武器や防具ではなく、ただ単純に派手なだけだが人目を引く格好をしている。
 ラナでなくても間違える事はない。

 ラナが隊長と思われる若造を見てからかうようなことを言う。

「違うと言ったら帰ってくれるのかい?」

「ふざけるな!お前の所に、エルフの娘が宿泊しているだろう?次期領主様が妾にと望んでおられる。すぐに連れてまいれ」

 若造は、すっかりとラナのペースに乗せられたのだが、エルフ族にバカにされたと思って一気に頭に血が登ってしまった。
 部下がいるので、無様な姿を見せるわけには行かないという思いが強く下に見ているエルフ族にバカにされた事で冷静さを失ってしまっている。

「は?宿泊?どこに?知らないね」

「嘘を言うな!」

 実際に、宿泊はしていたのだがもう逃してある。

「嘘じゃないね。なんなら調べたらいい。それに、次期領主とは辺境伯様は跡継ぎを決められたのかい?たしか、クリストフ様と・・・。なんと言ったか・・・あのブタは・・・あぁ思い出した、ゲロンメロンだったか・・・。決まったのか?」

 調べられて困る事はない。
 派手なだけの装備で怒鳴っていれば誰もが言うことを聞くと思っている愚か者には嫌味も通じないらしい。
 自分たちの隊長をブタやゲロンメロンとか言われても”バカにされている”としか考えないようだ。

 実際には、辺境伯は”次期領主”は長男か長女の婿に継がせるつもりだ。王国の社交界では有名な話だ。だからこそ次男は、長男や長女の事が霞んでしまうような武勲を求めている。スタンピードに先立って物資を集めて、部下を率いて魔物に対応すれば領主が自分を跡取りに指名するはずだと考えたのだ。そこに、エルフ族のリーゼを妾にすれば完璧に長男を越える事ができると思ったのだ。
 次男に進言した奴の狙いは、領都から食料と物資を買い集めてエルフ族からは徴発する。物資が無くなったエルフ族にリーゼと引き換えに食料と物資を渡す事にする。こうする事でスタンピードへの備えができ、邪魔なエルフ族を屈服させる事ができる。その上リーゼが手に入る。取らぬなんとか・・・なのだが本人たちはこれで全てがうまくいくと思っている。自分たちのことを知恵者だと思っているのだ。

「きっ貴様!次期領主様は、ゲロストフ様に決まっている!宿屋の中を調べさせてもらう!食料や物資も守備隊が貰い受ける」

「貰い受ける?どんな根拠で?」

 ラナが腕を組んで隊長を威嚇する。

「根拠?ゲロストフ様が、スタンピードに備えて貴様らを守ってやるのだ、物資くらい喜んで提供しろ!」

 すでにラナ達は昨日の時点で領都を出る事を考えていた。
 そのために調べられても何も無い状態なのだ。

「どうぞ、勝手に探して持っていってくれ」

「おい。女を探せ!髪の毛を短くしているエルフ族だ!物資も全部持ち出せ!」

「はっ」

 ラナの宿屋にやってきたのは中隊長だったのだが、自分の事を”隊長”と呼ばせている。他の中隊も同じなのだ。見栄の塊のような集団なのだ。部下たちもうまく行けばおこぼれに預かれる程度の事しか考えていない。次男が求めているエルフ族の娘以外に女がいれば皆で廻せる程度に考えていたのだ。
 連れてきた部下たちが宿屋の中に入っていく。ラナは、その様子を一歩も動かずに見ている。

「勝手にするのがいい。そうだ、アンタの名前と所属を教えてくれよ」

「なぜだ?」

「決まっているだろう。エルフ族にアンタの名前を周知するためだよ。二度と、エルフ族に関わりたくないだろう?」

「なに!」

「早く教えな。エルフ族の秘宝も使えなくする必要が有るだろう?特に、”魔通信機”は二度と使えると思うな!」

 ラナが強く言い切る。

「貴様にそんな事が・・・」「できないと思うのはアンタの勝手だよ。だから、早く名前を教えな。アンタとゲロンメロンがエルフ族と敵対したから、”魔通信機”が使えなくなったと領主に説明する必要が有るだろう?まぁ教えなくても、ゲロンメロンがエルフ族を不当に扱ったと正式文章にして王国と辺境伯に届ける事になるけどな」

 ラナは、中隊長が話し終わる前に言葉をつなげる。

 中隊長はこのときになって事態が悪い方向に動いたことを悟った。
 ”魔通信機”がエルフ族の秘宝だという事は有名な話なので知っていたのだが、ラナに権利があるとは考えていなかった。それに、エルフなんて人族よりも劣る者たちなら神に愛された人族が命令すれば喜んで従うと考えていたのだ。
 しかし、領主や国王まで出されると話が違ってくる。自分だけで判断できるような事ではない。絶対に大丈夫と言い切ることができない状況なので、誰か他の人間に罪をなすりつけたいと思っていたのだが・・・。

 部下がその考えを木っ端微塵に砕いてくれた。

「ハーゲン隊長。誰もいません。食料も物資も何もありません」

 宿屋の中を探っていた部下の一人が帰ってきた。
 中隊長の名雨がハーゲンだという事がわかった瞬間だった。

 ラナはニヤリとだけ笑った。

「ほぉ・・・。あんた、ハーゲンというのだね。さて、誰も居なかっただろう?帰ってくれよ。この店はもう閉じるのだからね」

「なに?閉じてどこに行くつもりだ!逃亡は許さん!」

 ハーゲン中隊長は名前を告げた部下を睨むが怒るわけには行かない。
 ラナの言葉の中で、”閉じる”という言葉を”逃亡”という言葉に置き換えて話をずらそうとした。

「そんな事、ハーゲン隊長には関係ない事だろう?ゲロンメロンや領主様に褒められることだね。ハーゲン隊長。エルフ族と敵対したと褒めてくれるだろうからな。領主の所の”魔通信機”だけを止めるのは困るだろう。王国全部の物を使えなくしよう。よかったな。ハーゲン隊長。国宝陛下や貴族の方々からお褒めの言葉がもらえるでしょう」

 ラナが、ゲロストフのことを敬称も付けないし、そもそも名前が間違っているのに気が付かないほどに動揺していた。

 ハーゲン中隊長は悪態を付いてから近くにあった机を壊して宿を出ていった。

---
 それから、ヤスが到着するまでに受けた嫌がらせや罵倒などをラナが語りだした。

「わかった。ラナ。でも、ユーラットに・・・。エルフ族が何人いるのかわからないけど入る事ができるのか?入れたとして、生活できるのか?」

「わかった。ラナ。でも、ユーラットに・・・。エルフ族が何人いるのかわからないけど入る事ができるのか?入れたとして、生活できるのか?」

 ヤスの懸念も当然なのだ。
 ユーラットは王国の辺境伯の領地から更に辺境に移動した場所にある。辺境の町だ。村と呼んでもいいレベルだ。
 土地は有るのだが問題は食料となる物が、漁業が中心になってしまう事だ。肉は魔の森が近くになるので供給する事はできるだろう。

 問題は、穀物や野菜や水だ。
 狭い土地を切り開いて作った町なので、畑を作る余裕が無い。ユーラット単体ではどうあがいても限界が来てしまう。
 塩はリーゼの父親が指南した方法で確保できているので問題は少ない。

 今までは、領都から商隊が運んできていたのだが、それも今後は規制される可能性だってある。
 辺境伯が、規制するとは思えないが”魔通信機”の復活を条件にしてくる可能性だってある。

 ラナも、リーゼの事があって頭に血が登っていた事は認めつつもやはり譲れなかった・・・。と、小さい声で説明するしることしかできなかった。

「俺に言われても困るけど・・・な。やっちゃった物はしょうがないだろう?今は”これから”を考える必要があるだろう?」

「ヤス殿?」「リーゼ様と私はユーラットに戻る予定だが、ヤスはどうする?」

 ラナもミーシャもヤスに聞きたい事が有るようだ。
 ミーシャがラナの質問を打ち切るようにヤスの予定を聞いてきた。

「そうだな。領都もきな臭くなってきたから、神殿に帰ろうかと思っている。その後は、アフネスとリーゼとミーシャとラナが神殿を訪ねてきてから考えるかな?」

 ヤスとしては、領都にとどまってもやることも無いしできる事も無い。
 ユーラットに帰って、神殿に籠もったほうが有意義な事ができるかもしれないと考えているのだ。討伐ポイントも貯まっている。それに、トラクターの整備も気になっている。かなり無理をしたという自覚もある。

「わかった。姉さんにも言われているから、リーゼ様を守って移動する。街道の魔物・・・」

 ミーシャはここでヤスを見る。
 何か、ヤスが魔物を倒してきている事は確定だと考えている。全ての魔物が倒されているとは思っていない。したがって、ユーラットまでリーゼを安全に届ける方法を考える必要があると思っているのだ。護衛はリーゼを慕う者たちから募れば集まるだろう。ユーラットまで移動する事を考えれば多少の犠牲は出るかもしれないが突破は可能だと考えていた。スタンピードで出現した魔物たちも一箇所に集まっているわけではない。突破できる隙間くらいはあるだろうと考えていた。

 ラナもほぼ考えはミーシャと同じだった。
 違ったのは、もう少しだけ現実的だった事だ。領都の情報を得る機会を失うのはまずいと考えていたのだ。

「なぁラナ。少しだけ疑問が有るのだけどいいか?」

「はい?」

 ヤスは感じていた疑問をラナに聞く事にした。
 本来なら、リーゼに聞くのが筋だろうがリーゼではポンコツ過ぎて答えられないと考えていた。そこで、アフネスに聞いても良かったのだが答えてくれるとは思えなかった。答えてくれたとしても絶対に何か条件が付けられる。それなら、現状で優位に立っているラナに聞くのがベストだろうと思ったのだ。

「ラナ。”魔通信機”を見る事はできるか?」

 ヤスはある程度は予想ができていた。
 物を見たわけではないが、”電話”だと思っている。それも、固定電話だと予想している。ダイヤル式ならロマンを感じるが再現が意外と面倒なのでボタン式では無いかと思っている。

「なぜ?」

 ラナは少しだけ警戒した声を出す。
 ヤスが気になるのは解るのだが見てみたいと言い出すとは思っていなかったのだ。

「リーゼの父親が作ったのだよな?」

「はい」

 ラナにとっては当然の事だが、ヤスは敢えて聞いた。人非人であるリーゼの父親なら自分と同じ考えを持っても不思議ではないと考えた。
 そして、複雑な機構にはしないはずだと考えたのだ。ヤスは、前世?で悪友だったシステムエンジニア(本人はプログラマと呼称)から聞いていたことを思い出していた。”複雑にすればいいと思っているシステム屋は素人だ。本当に優れている奴は誰でも解るシンプルな作りで複雑な状況を解決する”そう言い切っていた事を・・・。

「さっきのラナの説明では、遠隔で機能を止められるようなことを言っていたけど可能なのか?」

「可能です。”魔通信機”の原理は知っていますか?」

「うーん。わからない。見たこと無いからな」

「そうですか・・・。”魔通信機”には11個のボタンが付いています」

「0から9の番号ともう一個か?」

 ヤスは自分の予想が当たっていた事で考えが確信に変わる。

「え?やはりご存知なのですか?」

「いや、11個って言っていたからな。すまん。それで?どうやって使う?」

「・・・。はい。領都のギルドに通信しようとしたら、008010とボタンを押して最後に”改行”を押します」

「・・・・。それで?」

 ”改行”と聞いたときに奴らと同じ人種が来ていたのかと思った。
 悪友から聞いていた話では、あの業界では”人が居なくなる事”はよくある事で心配はするが”逃げた”と考える異常者の集まりだと・・・。消えた人がこっちの世界に来ていたのかもしれない程度に考えたのだ。

「そうすると、相手に繋がります」

「・・・。直接・・・。そうか、交換機か?どこかに、繋げる場所があるのだな。そして、繋がらなくする事で使えなくするのだな?」

 ヤスはこの時点で確信した。
 交換機を作って魔通信機からの通信を繋げて、番号に合致した相手に繋げる。

 解約の方法もしっかりと考えていることを考える。ヤスは二人の悪友を思い浮かべる。そして

(やつらと同類だな。話をしてみたかったな)

「!!」「!!ヤス!どこでそれを!」

 ミーシャが答えを言ってしまった。
 ラナはミーシャを睨むが後の祭りだ。ラナとしては、ヤスに”魔通信機”の秘密か設置を餌に領都にいる同朋を神殿で受け入れてくれないかと頼むつもりで居たのだ。都合がいい取引である事はわかっているのだが、ヤスにすがるしか無い状況になっていると理解していたのだ。

「ミーシャ。せっかく、ラナが俺との駆け引きをして何かの取引材料にしようとしていたのにお前がそれを言っちゃぁ駄目だろう?」

「え?ラナ?」

 ミーシャがラナの顔を見るが、ラナは苦笑するだけにとどめた。

「ヤス殿・・・。まぁいいですよ。そこまでわかっていたのですね」

 ヤスが言った事が本当の事だと認めたような物だったが、ミーシャもラナもそれどころではなかった。

「いや、知らなかった。よく知った物を使った事があっただけだ」

「わかりました。そういう事にしておきましょう。それで、何を知りたかったのですか?」

 ”魔通信機”の秘密はアフネスたちにとっては”秘中の秘”、外部にばれてしまうわけには行かないのだ。
 だが、ラナはこれ以上のことを説明したらヤスに全部がばれてしまうかもしれないと思ってしまったのだ。

「ん?俺の知り合いにもそういうのを作るのが好きな奴が居て、そういう奴なら必ず仕掛けを作っていると思っただけだ」

「仕掛けですか?」

「そうだな。例えば、通信の内容を盗み聞きできたりする機能だな」

「え?」

「無いのか?」

「申し訳ない。私は知らない。もしかしたら、アフネス様なら知っているかもしれない」

 ヤスはこの時点で交換機があるのならユーラットだと思っていた。
 それでなければ、アフネスがユーラットを離れない理由がない。

「そうか、そうなると”交換機”はユーラットだな」

「!!」

「その顔だけで十分だ。アフネスと交渉する。そうだな・・・俺が出せる事は、領都からユーラットに移動する奴らの住処くらいかな?」

 ヤスが出した条件こそラナが今一番に欲しかった事だ。

「ヤス殿」「ヤス!」

 ラナはヤスの名前を呼ぶことしかできなかった。
 まだ何も安心できる要素はなかった。スタンピードの魔物たちがいる街道をユーラットまで行かなければならない。しかし、ヤスの言い切った顔を見て安心してしまった。もしかしたらなんとかなるのかもしれないと・・・。

「リーゼと一緒に神殿の敷地内に住む事を許すくらいしかできないな」

 ヤスはそう言ってニヤリと笑った。

 二人は、ヤスの提案を承諾するしか道が無いように思われた。頭の中でいろいろ考えているのだが条件が曖昧すぎるために何を聞いていいのかさえもわからない状況になってしまっている。そのために、二人はヤスが何か聞いてくれる事を期待しているのだ。

 三人がいる部屋に沈黙の時間が流れる。

”エミリア。神殿の広場にユーラットに向かう道と山下りへの道と魔の森に向かう道を作る事はできるか?”

”個体名セバス・セバスチャンの眷属に指示を出す事で可能です。討伐ポイントでの設置は現実的ではありません”

”討伐ポイントは使えない?”

”使えますが、道を作るだけで、1億ポイント以上は必要です。個体名セバス・セバスチャンたちに石畳を作らせるほうがよいと判断します”

「ラナ。ミーシャ。たしか、領都からユーラットに移る者たちの中に、ドワーフやハーフドワーフがいたよな?」

 ヤスは、ラノベの定番を思い出す。
 物作りはドワーフに頼る!酒があれば働いてくれる!

「数名だがいる」

 ラナが的確な人数を言わなかったのにも理由がある。
 領都に残ると考えている者もいるからだ。それに、全員が神殿に移住を希望するとは思えない。

「そうか、神殿の前に広がっている広場があるが、建物や道を作らないと住むことは難しいだろう?上下水道も必要になるだろう?神殿の中で寝泊まりにも限界がある。そこに神殿にいる者たちに協力するかたちでドワーフやハーフドワーフたちに家を作ってもらいたい」

 二人はいきなり現実を突きつけられた気分になってしまった。
 確かに神殿に匿ってもらえば数日は過ごせるだろう。1週間は?1ヶ月は?現実問題として難しいと言うしかない。

”エミリア。水は神殿から提供できるよな?”

”可能です”

”下水道も神殿に流せば処理できるか?”

”可能です。また、呼称名スライムを放り込んでおくことで汚水の処理も可能です”

”え?それなら、セバスの眷属がテイムしたスライムの使いみちがあるのか?”

”あります”

「ヤス殿。建物となるとドワーフ族では無理だ」

「え?無理なの?」

「あぁ・・・。まだエルフ族の方がいいと思うが、それでも難しいと思う」

「そうなのか?ラナ。何かいい方法はないか?最初は、神殿の中に住んでもらってもいいが・・・」

 また3人は黙ってしまった。
 ラナは即答ができない。家をすぐに作ることなど不可能だと考えている。実際、エルフ族やドワーフ族が協力しても家を1軒建てるのに数週間から1ヶ月程度は最低でも必要だ。住めるようにする事を考えると、2ヶ月程度は見なければならないだろう。
 それだけではなく、家を建てるための木材はどうする?道具は?問題が山積みに思えてくるだけだった。

”エミリア。セバスたちに住むための場所を作ってもらう事はできるよな?”

”可能です”

”マスター。マルスです。以前に従業員の寮を望まれたのを覚えていますか?”

”・・・。すまん。忘れていた”

”わかりました。従業員の家を作る事や駐車スペースを作る事が保留になっています”

”それで?”

”はい。保留にしたときに、作成に必要なポイントも保留しています”

”ん?討伐ポイント?”

”そうなります”

”討伐ポイントが保留になっている?”

”そうです。2億6319万1679ポイントです”

”マルス。ポイントを使ってユーラットにあるような家を建てる事は可能か?あっ上下水道だけはつけるぞ。あと風呂や水回りは俺の知識を使ってくれ”

”可能です”

”何軒くらい建てられる?”

”大きさを均一にして内装も変えなければ、27軒です。駐車場を作らなければ、追加で34軒建てられます”

”畑や果樹園を作る事も可能なのか?”

”可能です”

”わかった。詳しい話は、帰ってからする”

”了”

 ヤスはこの時点でアフネスとの交渉に関係なく、エルフを受け入れるつもりになっていた。
 自分の食料確保の可能性も見えてくる。

「ラナ。忘れてくれ」

「え?」

「家は用意できる。あと、畑や果樹園も用意できそうだ」

「それは・・・」「神殿の力だと思ってくれればいい」

 ミーシャの言葉に被せる形で言い放ったが、”神殿の力”以上に説明する事ができない。実際、ヤスにも説明ができないのだ。

 ラナもミーシャも”神殿の力”と言われてしまうと何も言えなくなってしまう。悪い事ではないのはわかっている。住む場所が確保されて、安全になるのだから文句を言う筋合いの事ではない。ただ、ラナもミーシャもヤスからの条件提示がない事が怖いのだ。場所も家も用意されてしまうと、移住する者たちに何を要求されるのか考える事ができないのだ。

「ヤス。それで、移住した者たちは・・・」

「ん?何人が移住してくるのかわからないけど、畑や果樹園の管理を頼みたい。最終的には、何か仕事をしてもらいたいと思っている。小さな町くらいにはなると嬉しい」

「え?他には?」

「ん?ほか?何かあるのか?あぁユーラットとの交易を行ってもいいかもしれないな。肉は神殿の地下や魔の森に行けばいいかもしれないけど、魚はユーラットだろう?」

「え?」「は?」

「あぁそうか、アフネスと話したほうがいいのか?」

「いや、そういう事ではなくて、家や畑まであるのだろう?移住者はそれを管理するだけでいいのか?」

「ん?働いてもらうぞ?最低でも自分たちの食い扶持くらいは確保してもらいたい。最初は、神殿に確保している肉やユーラットから購入した物資が中心になるとは思うけど、自給自足が可能になるためにも野菜や果物が有ったほうがいいだろう?」

 ミーシャとラナはお互いの顔を見てからうなずいた。
 ヤスの言っている事は解るのだが、”税”を取るつもりなのだと解釈した。

「それはいいのだが、ヤス殿にどの程度の品物を収めればいい?領都と同じだと”ちと”辛いが安全だと考えれば・・・」

「領都と同じ?あぁ税のことを言っているのか?必要ない。俺が買う時に売ってくれればいい」

「え?」「は?」

 ミーシャとラナがバカみたいに口を開けて声を出すのも解る。
 ヤスは”税”も要らなければ何もいらない。

「あ!希望者には、すぐにとは言わないから俺の仕事を手伝ってほしいかな?」

「ヤスの仕事?」

「そ?」

「どんな?」

「運送業」

「”うんそうぎょう”?」

「アーティファクトを使って町から町に商品を運ぶ仕事だな。あぁいきなりアーティファクトを操作しろとは言わない。練習できる場所も作るし、教えるから安心してくれ」

 またまたミーシャとラナをお互いの顔を見る。
 そして、呆れた表情でヤスを見る。

「ヤス。はっきり言ったほうがいいですか?」

「ん?なんだよ。ミーシャ!」

「ヤス。アーティファクトを貸し出すという事ですよね?」

「そうだな」

「はぁ・・・。ヤス。アーティファクトの価値がわからないのですか?」

「使わなければ、粗大ごみ以上の価値は無いと思っているぞ?」

「え?」

「せっかくあるのだから使わないと勿体だろう?それだけじゃなくて、俺のアーティファクトは神殿で魔力を充填しないと長距離移動はできないし、メンテナンスも無理だろう。それこそ世界一の鍛冶屋でも一人で全部を把握するのは無理だろうな」

「そうなのか?」

「あぁ見てみるか?」

「え?」「見られるのか?」

「問題ない」

 ヤスは、二人を連れてFITまで移動した。
 ボンネットを開けて中を見せる。エンジンだけではなく走るために必要な機構が詰まった場所だ。実際には制御系もあれば操舵に必要な装置もある。馬車が主流の世界で”車”を”いきなり”いじれるような天才はいないと思っている。

 ボンネットを閉めてから二人を見るが、開いた口が塞がらない状態のようだ。

 材質も鉄だと思っていたようだが改めて触ってみて鉄ではない事がわかったようだ。
 盗んでバラバラにしても売るにも困ってしまう状況になる妥当と判断できる。

 部屋に戻ってきて、ミーシャとラナはヤスの提案を受諾する事になるだろうと話した。
 正確には、ユーラットに移動してからアフネスを交えて話をする事になる。

「大体で構わないのだが、何人くらいが移住できそうだ?」

「大体で構わないのだが、何人くらいが移住できそうだ?」

 ヤスの言葉に、ミーシャとラナは固まってしまった。
 ある程度は把握していたのだが、実際に移住の意思を確認した事がなかったのだ。

「おい?」

 実際に人数の把握は難しいことはヤスにもわかっている。

「ヤス殿。神殿に移住を希望する者は全て受け入れてくれるのですか?」

「そうだな・・・。今の状況だと、リーゼも神殿に来るよな?」

「・・・」「・・・」

「おい。ラナ!ミーシャ!俺を見ろ。目を逸らすな!」

 ラナとミーシャは、リーゼを止める事ができないことはわかっていた。それこそ、朝には明るくなり夜には暗くなる。通常の自然現象と同じレベルで、リーゼは神殿に移住する事を選ぶだろうと考えていた。

「わかった。リーゼは受け入れる方向で考えるが、アフネスの説得には俺は参加しないからな。神殿への移住者はアフネスの許可が得られれば受け入れることにする」

「本当ですか?」

 ミーシャが食い気味にヤスに聞き返す。

「あぁ大体の人数を聞いたのも住む場所の問題が有るだろう?」

「はい・・・」

 ミーシャが少しだけ落ち込むのは人数をしっかりと伝える事ができそうにないからなのだ。

「独り者が多いのか?家族が多いのか?」

「あっそれなら独り者が多いです。エルフもドワーフも長命なのでパートナーを持っている者のほうが少ないのです」

「そうか・・・。それなら、どのくらいの家が必要になる?」

「??」「・・・」

 ミーシャとラナはヤスが言っている事がわからなかった。
 言葉の意味は解るのだが、家が必要になるとは思っていなかった。大きな建物がありその中で生活して徐々に生活場所を整えると思っていたのだ。それこそ、神殿の内部で寝泊まりできれば十分だと考えていたのだ。

「ヤス殿?移住者には雨露しのげる場所を提供いただければ十分です。場所の提供を受けられれば自分たちで作る事になるでしょう」

 認識の違いがあったのだが、独り者が多いのならトイレと風呂が付いているだけの”寮”のような物を作ればいいかと思い始めている。
 個別に家が欲しい者は、自分たちで作ればいい。

 上下水道の規格だけは守ってもらうとしてそれ以外は自由にしてもらえばいいとも考えたのだが、やはり”寮”を用意したほうが問題は少なくなると思っている。

”マルス!個室を備えた寮を作る事にする。帰ってから説明するが、場所は大丈夫だよな?”

”問題ありません”

「ラナもミーシャも聞いて欲しい。独り者用の部屋を用意する。ひとまず100名分ほど用意するつもりだ。部屋の広さは、アフネスの宿よりは少しだけ広くするから家族でも我慢すれば少しなら生活できるだろう?」

 ラナとミーシャから反対はない。
 好条件すぎて気持ちが悪いと思ったほどだ。

 話も終わりかけた頃に、爆弾が振ってきた。

 ドアが乱暴に開けられた。
 大きな音がして3人がそちらの方を向くと、肩で息をしているリーゼが立っていた。

「ヤス!ミーシャ!ラナ!」

 今にも飛びかかろうとしているのが解る。
 リーゼは怒っていたのだ。何に怒っているのか自分でもわかっていないのだが怒っていたのだ。

「リーゼ?どうした?」

 そして、怒りの矛先はヤスに向けられる事になる。

「どうしたじゃないよ!ヤス。なんで、僕を置いてユーラットに行ったの!僕は、ヤスを案内する役目があるよね?」

「そうだな。だから、領都までの案内はリーゼに頼んだのだが、それ以降は無いはずだ。それに、依頼もアフネスに確認して終了扱いになっている」

「え?おばさんが?」

「そうだ。リーゼの仕事は領都で終わり。アフネスからの新しい依頼もミーシャに伝えた」

「え?」

 この時点で怒りよりも困惑の度合いが大きくなった。何に怒っていたのか自分でも理解していない状況だったので、アフネスの伝言と聞いた時点で気持ちが切り替わってしまったのだ。

 リーゼがミーシャを見るが、ミーシャは首を横にふるだけでヤスを見て”説明をしてくれる”ようにと懇願している。
 ヤスは肺に溜めた空気を一気に絞り出すように吐き出した。

「リーゼ。アフネスは、リーゼにミーシャと一緒に帰ってこいと伝言を俺に託した」

「ヤス・・・。それは・・・」

「そうだな。俺は、神殿に向かう。リーゼは、ミーシャたちを束ねてユーラットに帰ってきてくれ。リーゼにしかできない事だ」

 リーゼはヤスの言葉を聞いて何か考え始める。
 皆を連れて帰るというのは任せられる仕事としては最上の事だと理解している。だが、ヤスと一緒に帰りたいという気持ちが勝っている。

「リーゼ様。我らをお導きください。ユーラットまでの道中は、スタンピードで発生した魔物がいる状況です。しかし、リーゼ様がいれば皆で乗り越えられます」

「・・・」

 リーゼは、ヤスをチラチラと見る。
 本心ではヤスと一緒にユーラットに行きたいのだ。ヤスが、リーゼが必要だと行ってくれると期待しているのだ。

「はぁ・・・。リーゼ。皆を無事に一人の脱落者も出さずにユーラットまで帰ってこられて、アフネスの承諾が取れたら神殿の敷地内に家を用意してやる」

 ヤスは”何を”リーゼが期待しているのか解ったが、違う提案をリーゼにする事で丸く収めようとしている。

「え?ヤスの家?」

「違う。神殿の前に広場が有っただろう?神殿に一番近い場所にリーゼの家を作ってやる。だから、ミーシャ達をしっかりとユーラットにつれてこい」

「うん!わかった!」

 素直なのか何も考えていないのかわからないがヤスの提案にリーゼは飛びついた形になる。
 リーゼは神殿に住むのがひとりだと思っているのだが、ヤスはリーゼだけだとは言っていない。話を横で聞いていたミーシャとラナもヤスの思惑がわかったので苦笑を浮かべるにとどめた。二人もリーゼが港一緒にユーラットに向かったほうがいいと思っているのだ。

 ユーラットに付いてからの問題は解決したと勝手にヤスは思うことにした。実際ヤスに”何が”できるのかわからない。頼ってくれれば手を差し伸べる事はできるのだが、そのためにも”何が”したいのかを明確にして欲しいと思っているのだ。

「それで、ヤスはどうするの?」

「俺は、アーティファクトで神殿に戻る。そこで、受け入れ体勢を整える事にする」

「え?そうなの?」「リーゼ様。ヤス殿は神殿が本拠地です。ユーラットや領都を拠点に定めているわけではありません」

 ラナはリーゼが何を言い出すのか解ったので、リーゼがヤスにお願いする前に話を遮ってしまった。ラナとしては、リーゼが必要以上に、ヤスに近づいて欲しくない。ヤスの事がもっと解ってくれば違う考えになる可能性もあるが、現状ではまだリーゼの相手として考えることができないでいる。

「それは解ってるけど・・・」

 リーゼは憮然とした表情でラナを見てから呟いた。
 自分でも無理なのは解っているのだろう。先程、ヤスからもユーラットに皆を連れてきて欲しいと言われたのだ。

「リーゼ。リーゼにはリーゼにしかできないことをお願いしたい。俺は、神殿で待っている」

「わかった!でも、ヤス。神殿に僕の居場所を作ってよね!」

「解っている。荷物も有るだろうから、一度はユーラットに行ったほうがいいだろう?」

「え?荷物?」

「あぁ着替えとか?」

「え?あっ大丈夫。僕は、アイテムボックスがあるから大丈夫だよ」

「そうだったな。そういえば、ミーシャ。移動する者たちの荷物でユーラットに持っていきたい物があればアーティファクトに詰めるだけ持っていくぞ?嵩張るものが多少でも減れば移動も楽になるだろう?」

「いいのか?」

「料金はもらうけどな」

「それは当然だ。冒険者ギルド・・・ではなく、商業ギルドからの依頼を出す形でもいいか?ユーラットなら冒険者ギルドも商業ギルドも同じ扱いになる」

「ミーシャがやりやすい形でいい」

「わかった。ラナが商業ギルドに依頼を出す形にしたい。ラナと一緒に商業ギルドで手続きをして欲しい」

「わかった」

 ヤスはラナとなぜか一緒に付いてきたリーゼと商業ギルドに向かった。
 その間にミーシャはヤスから言われたとおりに木箱を用意した。ヤスは感覚でFITに入りそうな大きさを指示していた。
 木箱は3つ用意された。後部座席をフラットにできるので3つの木箱を置くことにしたのだ。

 持っていける量は木箱に入るだけにしてもらった高さが有るものは制限をつける事にした。

「ヤス殿。申し訳ないが、時間を少しもらいたい」

 ラナが申し訳無さそうにヤスに頭を下げる。

「ん?どうした?」

 ヤスとしてはもう自分の作業は終わったものと思っていた。後は、荷物が積み込まれたらユーラットに運ぶだけだと考えていたのだ。魔物はすでに討伐しているので、帰りは流しながら帰る事ができると思っている。

「思った以上に神殿への移住が魅力的なのか希望者が増えてしまった」

「そうなのか?荷物が多いのか?」

「いえ、人数が多くなってしまいまして、アイテムボックスを持っている者もいるのですが、ドワーフたちが鍛冶や酒造りの道具をどうしても・・・」

「わかった。わかった。詰めるだけなら問題ない」

「それは大丈夫だ。ドワーフたちも自分で持っていくと言っている」

「それじゃ何に時間がかかっている?」

 ヤスがラナを見ると疲れ切っているのが解る。移住者がワガママを言っていると思っていたのだ。

「さっきも言ったが、移住希望者が多くなってしまった。子供も居るから馬車での移動になるのだが、割り振りに手間取っている」

「子供?エルフ族やドワーフ族の?」

「いや・・・。違うのだが、違わないのか?」

「どういう事だよ」

 ラナがヤスに事情を説明したのだが要領を得ない。
 説明が回りくどいのだ。

「ラナ。今の話を簡単にまとめると、孤児院を開いている女性が居て、その女性がエルフでアフネスの関係者だって事はわかった。その上で、孤児院ごと神殿に移住したいという事だね。理由は、いろいろ言っていたけど、領主の次男が孤児院に嫌がらせをしているという解釈でいいの?」

 長い話をヤスは簡単にまとめた。
 実際には、次男が孤児院を開いているエルフを自分の愛妾にしようとして孤児院を潰すためにいろいろやっているのだが思った以上にエルフやドワーフからの支援がありなんとかなってしまっていたのだ。

 次男としては孤児院がなんとかなっているのが気に入らないのか嫌がらせは徐々にエスカレートしてしまっていた。
 他の孤児院を潰して、エルフの孤児院に子どもたちを集中させていた。子供も人族や獣人族など多岐にわたって居る。人数もすでに50名を越えていた。
 次男の陰険な攻撃に対して辟易していた所に、神殿への移住を聞かされた孤児院を営んでいた孤児院が飛びついたのだ。

 孤児院には院長と呼ばれている老齢の女性と孤児院出身の若い女性が二人。合計3名で運営している。

「そうです」

「それで、遅れている理由は子供の割り振りで揉めているの?」

「いえ・・・。子供を馬車に乗せようとしているのはミーシャなのですが、孤児院側は”自分たちはついていくだけなので馬車は必要ない”と言っていて・・・」

「そうか、わかった荷物の問題では無いのだな?」

「はい。荷物は子どもたちの荷物が大部分でして・・・。その・・・」

 ヤスは言いにくそうにしているラナの様子からなんとなく理解できた。それでも、大きくは妥協するつもりはない。

「わかった。助手席を使えばもう少し乗せられる。木箱一個くらいなら追加していい。ただし、孤児院に居る子供の持ち物だけだぞ?」

「いいのか?」

「乗せられる分だけだぞ」

「それでも助かる」

「それで、どのくらい待てばいい?」

「そうだった。子どもたちの荷物が馬車から降ろせる事を考えれば、半日・・・。いや、3時間で話をつけてくる」

 ヤスの話を聞いてラナが勢いよく店を出た。

 ヤスは一人残された場所で、孤児院のことを考えていた。

(孤児院か・・・。定番だと、冒険者になって、神殿にアタックとかだろうけど・・・。後は、孤児院に何か作らせるのだけどな・・・)

 ヤスは、孤児では無いが両親を亡くした記憶を持っている。知り合いにも事故や事件で家族を亡くした者が多い。そのために、孤児に”何かできること”がないか考えていた。

「エミリア」

”はい”

「孤児院に何かさせる事は可能か?」

”質問が曖昧です”

(そりゃぁそうだな)

 ヤスはこの時点で孤児院への対応は棚上げする事にした。
 子供に何ができるのか知る必要は有るのだが一般的な対応がわからないのでアフネスに聞いてから対応する方が良いと判断したのだ。

 何もする事がなくなったヤスはエミリアを操作して、討伐ポイントや神殿の様子を確認していた。
 操作している最中にエミリアに新しい機能が追加されているのに気がついた。

「エミリア。この”眷属”って機能はなんだ?セバスたちが見られるわけでは無いのだろう?」

”眷属の状況が確認できます”

「眷属・・・。アプリを起動すればいいか・・・」

 ヤスはアプリを起動した。
 アプリには、ヤスが討伐ポイントで交換したバイクと車が表示されている。HONDA FITの横にはマスターと表示されている。

「エミリア。眷属は、ディアナの事なのか?マスターと言うのは、今ディアナの本体が操作しているという事なのか?」

”違います。マスターが操作しているという意味です。全てをディアナが補助しています”

「そうか・・・」

 ヤスはまた思考を始めた。
 考えている事はアプリの名前が”眷属”ではわかりにくいという事だ。すでにディアナというアプリは存在している。マルスという名前のアプリも存在している。したがって、いい名前がヤスには思い浮かばなかった。

(慣れればいいか・・・)

 早々に新しい名前を諦めたヤスは討伐ポイントの確認を行った。
 そこには、20億を越える数字が表示されていた。

「ん?マルス。討伐ポイントは2億ポイントとちょっとが、保留になっているのだよな?」

”エミリアが答えます。マスター。保留になっているポイントは2億6319万1679です”

「表示されているのは?」

”討伐ポイントです”

「そういう事か・・・」

 ヤスはここで初めてスタンピードで魔物を大量に討伐した事を思い出した。
 その後でセバスたちが魔石や素材を集めたのも思い出したのだ。

 討伐ポイントが大量に有るのだが何に使うか考えないとすぐに無くなってしまうだろうと思っている。事実、ヤスが欲しいと思う物を交換してしまうと足りないのはわかりきっている。それではどうしたらいいのか?
 ヤスは自分が使う分とは別にセバスに討伐ポイントを渡しておけばマルスと相談しながら神殿の溜めに使ってくれるのではないかと考えた。

「セバスに討伐ポイントを使わせる事ができるか?」

”可能です”

「そのときに、制限をつける事もできるのか?」

”可能です”

「わかった。そもそも、セバスに討伐ポイントを渡して何か意味があるのか?」

”マスターが持ち込んだ食料や調味料と交換する事が可能です。また、個体名セバス・セバスチャンの眷属の強化が行えます”

「そうか使いみちが有るのなら使えるようにしておくほうがいいな。マルス!頼む」

”マルスが設定を行います。ポイントの制限と、ディアナオプションとの交換制限を行います”

「頼む。1億ポイントあれば大丈夫だろう?」

”はい”

「1億討伐ポイントを渡して、ディアナオプションへの交換は不可。セバスには、眷属の強化と神殿の補修と魔物の補充を頼む事とする」

”了”

 マルスが設定を終わらせた事がエミリアに表示される。

”マスター”

 マルスがヤスを呼びかけた。

「どうした?」

”報告があります。神殿領域への侵犯が確認されました”

「侵犯?誰に?だ!ユーラットの住人なのか?」

”いえ違います。個体名が不明の人族が複数です”

「ユーラット方面では無いのだな?」

”はい。個体名セバス・セバスチャンが眷属を用いて魔石と素材を回収した場から2.87キロメートル領都方面に移動した場所です”

「何かしていたのか?」

”人族の死体を捨てていきました”

「は?死体?」

”吸収せずに放置しています”

「わかった。ひとまずセバスに死体の回収を急がせろ。それから、神殿領域への侵犯ができないように何ができる?」

”個体名セバス・セバスチャン及び眷属に死体の回収作業を行わせます。侵犯への対応は、神殿領域を示す壁の設置を推奨します”

「壁を作るということだな?」

”はい”

「討伐ポイントで作るとしたら?端数はいい。概要で構わない」

”石壁を作成すると3億2000万ポイントが必要です。また、マスターが使った通路の整備に4億6700ポイントが必要です”

「両方で8億ポイントか・・・。マルス。設置を頼む通路は登れるように整備してくれ」

”了”

 ヤスがマルスに指示を出している間に、ラナは移住希望者の間を駆け回っていた。
 領都を見捨てる決定をしたのはラナだったのだが、エルフ族の取りまとめをしている者たちへの説明を行う必要があったのだ。

 経緯の説明をした結果、移住希望者の数が増えてしまった。

 当初は、ラナを中心にした者たちだけの予定だったのだが、リーゼの話が伝わるとラナたちが(正確にはアフネスがリーゼの両親が残した物を使って)支援している孤児院も移動する事になった。成人して孤児院を出ていった者たちもそれに加わった。

 ドワーフたちも移住を行う事に決めている。荷物は、ドワーフたちが自ら運ぶと言っていたので問題ではない。
 問題になりそうなのはドワーフが力は強いのだが歩くのが遅いという事だ。
 孤児院の子どもたちよりも遅いので移動に時間がかかってしまう事だ。野営地はある程度決まっているのだが行程の調整が必要になってしまった。

 それだけではなく、少し歩くと疲れたと言い出して酒精を浴びるように飲むのだ。
 そのために、酒精も大量に持っていく事になる。

 ラナは、ドワーフの為だけの馬車を手配している。
 スタンピードで発生している魔物が大量に居る事が予測される場所を通り抜けることを考えるとまとまって行動したほうがいい。

 リーゼを中心にして周りを皆で囲むように配置する予定なのだ。
 ドワーフは戦力的な意味でも大きく期待できる。ラナもミーシャもドワーフたちがリーゼと子どもたちを守ると言ってくれたので”ワガママ”を放置している。

 馬車への配分を決めてヤスに運搬を依頼する荷物を決めて調整が終わったのが、ヤスと約束時間ちょうどだった。

 ラナが荷物をアーティファクトの近くに運び込んだ。
 ヤスが周りに居ることを期待したのだが、アーティファクトの近くにはヤスの姿はなかった。

 ラナは荷物を置いたままヤスを探すために宿に戻る事にした。

 ヤスは、食堂のテーブルで食事をしていた。
 これから運転することを考えて酒精は控えて果実水を飲んでいた。

「ヤス殿?!」

 そこにラナが裏口から入ってきた。

「荷造りは終わったのか?」

 さもラナが来る事を待っていたかのような態度だが、さっきまで神殿の確認をしていたのでタイミングは良かったのだ。

「まとめて、アーティファクトの近くに置いてある」

「わかった」

 席を立って裏口から二人はアーティファクトまで歩いた。
 荷物を入れた木箱が積み上がっている。

「ラナ。重い箱と軽い箱を分けて欲しい。バランスを考えて積まないと横転してしまうかもしれないからな」

 そこまで神経質になっているわけではないが、所詮小型車でしかないFITに大量の荷物を積むことは考えられていない。
 バランスを考えて積まなければ”日本の舗装された”道路でなければ速度を出して走る事ができない。バンプが多い街道を走るので荷物が崩れないようにするのは当然だとしても荷重のバランスを考えなければならないと思っていた。
 助手席への荷物は子供の荷物だけにしたのは荷重バランスを取りやすくするためでもあった。

”エミリア。荷物を乗せる時に荷重バランスを調べる事はできるか?”

”不可能です”

 ヤスも無理だと思って聞いてみたがやはり無理だという返答が来た。

”そうだよな”

 アーティファクト(HONDA FIT)の横にはヤスが指定したサイズの木箱が積まれていた。
 数にして16個。後部座席を倒せば十分に搭載できる量だ。積まれた荷物とは別に一つの木箱が置かれていた。追加された子供の荷物なのだろう。

「荷物はどこに積んだらいい?」

「今から開けるから待ってくれ、それから重い荷物を先に積むようにしてくれ」

「わかった」

 荷物は最初から重さが記されていた。
 ヤスは知らなかったのだが、馬車に乗せる場合には重さで料金が違ってくる。そのために、アーティファクトに乗せる為の荷物にも同じ様に重さを示す印がつけてあったのだ。

 移動中に利用する為の物や食料や飲料は馬車に積んで一緒に移動しなければならない。
 アーティファクトに積み込みたい物は、すぐに必要はないが購入が難しい物だ。他には、今の季節には必要ない服や肌着がほとんどだ。そのために、重さが偏っている事はない。

 30分くらいかけて中身を確認しながら荷物を積み込んでいく。
 時間をかけたのは、ヤスが中身をラナと一つ一つ確認していたからだ。確認した木箱に、ラナに持ってこさせた羊皮紙で蓋をしてサインを書かせていたからだ。

 ラナとしては多少の破損は気にしなくても良いと思っていたしヤスが盗むとも考えていない。
 ヤスも道が悪い事を言い訳に乱暴に運ぼうとは考えていない。しかし、信頼関係は些細な事で崩れる事を知っているので、築きかけた関係を崩したくなったのだ。そのために面倒だと思われる事も考慮したが、全部の荷物を確認して木箱が開けられた場合にわかるようにしたのだ。

「ヤス殿。ここまでしなくても大丈夫だと・・・」

「わかっているけど癖みたい物で落ち着かないからな。荷物は積み終えたようだな」

「あっ子どもたちの荷物はどうしたらいい?」

「おっ大切な物を忘れるところだった」

 ヤスは同じ様に木箱の中を確認した。
 子供らしく自分たちで作ったと思われるおもちゃや、誰かからもらったと思える少しだけ立派な道具が入っていた。それらを確認して封をした。

「ラナ。子どもたちの着替えが無いけどいいのか?」

「え?」

「だから、孤児院の荷物の中に子供の服や下着がなかったけどいいのか?50人くらい居るのだろう?」

 ラナたちは荷物を少なくするために自分の着替えは自分のアイテムボックスに入れている。アイテムボックスが使えない者も家族や知り合いに持ってもらっている。それでも入りきれなくて木箱の中には服が溢れている。
 孤児院にアイテムボックスが使える子供が居ると思えなかったヤスは子供の服がない事が不思議だったのだ。

「あぁ・・・。孤児院の子供は2-3着しか服を持っていないから自分たちで持っていく事にしたようだ」

「わかった。ラナ!」

 ヤスはエミリアから金貨を数枚取り出して、ラナに渡す。

「ラナ。悪いけど、子供向けの下着や肌着を買えるだけ買ってきてくれ」

「え?」

「ユーラットの気候が領都と違うかわからないけど、神殿の周りは少しばかり寒いのは間違いない。だから、子どもたちには新しい下着や肌着を渡して欲しい」

 何も変わらない。買い与える事は偽善だと解っていても、子どもたちには少しでも健康に過ごせるチャンスを作ってやりたかった。

「ヤス殿?」

「なんだ?足りないのか?」

「いや、そういうわけではないのだが・・・。いいのか?」

「孤児院だけではなく子供向けなら渡してくれて構わない。それで足りるか?」

 ラナの手元には金貨で5枚が渡されていた。

「十分すぎます」

「そうか、それなら子供用の下着や肌着を多めに買ってきてくれ」

「は・・・。わかりました」

「荷物は多くなるだろう?」

「大丈夫ですよ。私のアイテムボックスかリーゼ様のアイテムボックスに入れていきます」

「そうか・・・」

 ヤスは少しだけ考えたのだが、別に金貨5枚を騙されたとしてもいいと考えた。自分の事をその程度の金貨で裏切るのなら今後も近くに置いておくことはできないと考えたのだ。

「わかった。ラナに任せる。それじゃ荷物はもう無いようだから、俺は神殿に向かう。アフネスなら神殿までの道を覚えていると思うから、リーゼと一緒に来てくれ、リーゼじゃないと神殿の領域に入る事ができない」

「わかった。リーゼ様に伝えておく」

「頼む」

 ヤスは話が終わったとばかりにアーティファクト(HONDA FIT)に乗り込んでエンジンを始動させる。
 ゆっくりとした速度で動かして前を歩くラナについて門まで移動した。

 門では一通りの検査を受けた。
 検査にはラナも立ち会っていたので問題になるような事はなく、ヤスは領都を出る事ができた。

 ラナは小さくなっていくヤスのアーティファクトを見送ってから領都に戻っていった。
 ヤスもドアミラーに映る領都が小さくなるまでは速度を落として運転をして、領都から離れるに従って徐々に速度を上げた。バンプで跳ねるが荷物はしっかりと固定している。荷物の状態を確認しながらヤスはユーラットに向けてアーティファクト(HONDA FIT)を走らせる。

(魔物の死体は綺麗に片付けたのだな)

 ヤスは魔物を全部倒したとは思っていなかったのだが、ユーラットまでの道には魔物が居なかった。
 リーゼたちが通る道なので残っているようなら跳ね飛ばしておこうと思ったのが、ヤスが手を出すまでもなくセバスの眷属によって討伐されて街道は綺麗だった。