異世界の物流は俺に任せろ


「ミーシャ!ヤス!」

 ヤスがギルドマスターとの話を強制的に終わらせて階下に戻った所で、置いていかれたリーゼが怒鳴り込んできた。

「お!リーゼ。起きたのか?」

「ヤス!酷い。僕を起こしてくれても良かったのに!」

「いや、可愛く寝ていたからな。起こしては悪いと思って、そのまま寝かせておいた。そうだ、リーゼ。用事はいいのか?終わったのなら、領都を案内してくれよ」

「可愛い・・って・・・。そうだね。わかった。用事は、まだだよ。でも・・・。あ!ミーシャ。おばさんからの手紙を渡しておくね。ミーシャでしょ?」

 ヤスの後ろから降りてきたミーシャを見つけてリーゼが声をかける。

「わかりました。リーゼ様。コミュニティーにも顔を出してほしいのですが?」

「うん。いいよ?場所は?」

「ちょっと待って下さい。簡単な地図を書きます」

「ありがとう!ミーシャ。ヤスも一緒でいいの?」

「はい。ヤスも時間があると思いますので、是非お連れください」

「わかった!」

「おい。勝手に決めるなよ!」

 ヤスは形だけの抗議をしたのだが、無意味な事はわかっている。女性が一度決めたことを翻す事は滅多にないことを経験から知っている。ヤスが遠い目をしているのを、ミーシャもリーゼも気がついていない。
 その後もリーゼとミーシャが何かやり取りをしていたのだが、もう勝手にしてくれという気分でヤスは聞いていなかった。

「ヤス。リーゼ様のことをお願い致します」

「わかった。わかった」

 リーゼに腕を引っ張られながら冒険者ギルドを出ていく、ミーシャはそのままギルドマスターの所に戻ってリーゼが持ってきた書簡の中身を確認する事にした。内容はすでに知らされているのだが”ギルドマスター”と一緒に見る事が大事な内容なのだ。
 ミーシャが暗く沈んだ表情になっているに気が付かない状態で、リーゼは嬉しそうにヤスの腕を引っ張っている。

「リーゼ。少し待ってくれ」

「何?」

「朝を食べていないから、ラナと所に一度戻りたいけどいいか?」

「ん?あぁそう言えば、ラナおばさんから朝ごはんを預かっているよ?どっかで座って食べよう」

「おっおぉ」

 二人は、領都の中心と思われる広場に向かった。
 コミュニティーが近くにあるという事もあり広場を選んだのだ。リーゼが朝ごはんを取り出す。パンに肉を挟んだ物だが、空腹は最高の調味料をヤスは実感していた。

「さて、どうする?」

「ん?ヤスは何か用事があるの?」

「ないよ。ギルドの査定を待っているだけだからな。リーゼが行きたい所に行こう。あぁそうだ。図書館があれば行きたいけど優先度は低い」

「図書館か・・・うーん。ねぇヤス。先にコミュニティーに行きたいけどいい?」

「ん?ミーシャが言っていたやつだよな?エルフ族のコミュニティーがあるのか?」

「うん」

 二人は朝食を食べ終えてから、近くに出ていた屋台から飲み物を買ってミーシャから渡された地図を眺めている。

「ヤス。こっちだよね?」

 ヤスは、リーゼが示した方向を確認して、地図を確認した。
 そして、領都に来る時に間違った道を指差したのを思い出した。

「リーゼ。お前・・・。もしかしなくても、方向音痴か?」

「違うよ!僕!ユーラットでは迷ったことなんかないよ!」

 それは当然である。
 表門に行くか裏門に行くか港方向に行くかしか道が無いのだ、ユーラットで迷えたらそれは特技のレベルだろう。

「リーゼ。俺たちはどっちから来た?」

「え?三月兎(マーチラビット)だよね?」

「そうだな。どっちの方向から来た?」

「え・・・。あっちだよね?」

 確かに、リーゼが指差したのは三月兎(マーチラビット)がある方向だが、二人が来た方角ではない。90度程度ずれているのだ。

 ヤスは確信した。

「リーゼ。お前、方向音痴だな」

「え?違うよ。僕は、方向音痴じゃない。母様とは違うよ!」

「わかった。わかった。それで、行くのか?」

「うん!ヤス。一緒に行こう!」

 ヤスは、リーゼだけで歩かせたら間違いなく迷子になると考えた。そして、もしかしたら”ミーシャ”や”ラナ”や”アフネス”はリーゼが方向音痴だと知っていたのではないかという疑惑に辿り着いた。ただそれだけではなく、ヤスにリーゼのお守りをやらせるつもりなのではないかと考えたのだ。
 その疑惑は”ほぼ”合っている。皆が、リーゼの母親が極度の方向音痴だと知っていた。そして、リーゼも方向音痴ではないかと疑っていたのだ。ヤスと一緒に行動していれば、迷子にはならないだろうと考えていた。そして、リーゼがヤスから”離れることはない”と考えていた。

 ヤスが示した方向・・・。地図に示された、場所に向けてリーゼが歩き出した。

「リーゼ!」

「なに?」

「ゆっくり歩け。場所は解っているのか?」

「うん!大丈夫」

 ヤスは、この大丈夫が信頼できない物である事は理解できていた。
 短い付き合いだが理解するには十分な経験を積んだのだ。

「わかった。地図をよこせ」

「え?」

「いいから。地図をよこせ。俺が見る」

 リーゼから強引に地図を奪って方向をあわせて確認してから歩き出す。

 空いている手をリーゼに差し出すと最初は少しだけ躊躇したのだが嬉しそうに手を握った。ヤスは、リーゼが迷子にならないようにと手を差し出したのだが、リーゼは違う解釈をしたようだ。
 広場からコミュニティーまでは5分くらいかかった。

 店の名前はミーシャから預かった地図に書かれている店名なので間違いは無いだろう。

「なぁリーゼ」

「何?」

「場所は間違い無いようだけど、エルフ族は”(らびっと)”が好きなのか?」

「え?」

「ラナの所も、三月兎(マーチラビット)だっただろう。ここも、兎魔道具店(ツールドラビット)になっているからな」

「あぁそういう事ね。本当にヤスは記憶を無くしているのだね?」

「はぁ?」

「エルフ族のことを人族は、(ラビット)って呼ぶからだよ」

「へぇなんで・・・だ?」

「は?本気?」

「あぁ」

「僕の耳を見てよ。ピーンとなって(ラビット)みたいでしょ?」

 ヤスは、リーゼの垂れ下がった耳を見てから、頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜるようにした。

「リーゼの耳を見ても兎には見えないな」

「え?あっそうだけど、そうじゃないけど、違うの!」

「わかった。わかった。みんな耳がピーンとなっているのだな。リーゼだけ特別なのだな」

「そっそうだよ。僕だけ特別!」

「そうか・・・。それで、どうする?入るのか?」

「うん!ヤスも一緒に行こう!」

「そのつもりだから安心していいぞ」

 リーゼが思いっきり店のドアを開けた。

「誰か居ますか!」

 入った部屋には誰も居なかったのだが、すぐに人が出てきた。耳は隠されていたけど、エルフ族なのだろうイケメンだ。
 今までの経験からヤスは少しだけ見紛えた。ギャップがある声かもしれないと思ったからだ。

「だ・・・れ・・・?リーゼ様!」

「あぁ久しぶり!アルミンの店だったの?」

 また、ユーラット人脈だとヤスは理解した。
 領都のエルフはユーラット出身の人たちで成り立っているのか?と、本気で考えてしまった。

 今度のアルミンと呼ばれた男性は少し中性的な声をしているが、まぁまぁイケメンにあう声だったのでヤスは安心する事ができた。

「リーゼ様。そちらは?」

「あっそうだ。ヤス。神殿を攻略して、アーティファクトを操る、僕の命の恩人!」

「おい。リーゼ!」

 情報が多すぎる。話を聞いた、アルミンは目を丸くしている。ヤスとしてはイケメンの驚いた顔が見られたから良かったがこれから来る事が確定している質問攻めを考えて頭が痛くなってきた。いわゆる”頭痛が痛い”という状況だ。

「アルミン。詳しくは、おばさんから聞いて。どうせ、ここにも魔通信機が有るのでしょ?それとも、おばさん辺りから話が来ている?」

「リーゼ様。それは・・・」

「いいよ。それで、僕の役目は終わりでいいの?」

「はい。アフネス様からの書簡はギルドに届けていただけましたか?」

「うん。ミーシャに渡したよ」

「ありがとうございます。それでは、これをお願い致します」

 アルミンが、リーゼに何か地図のような物を渡す。

「これは?」

「領都にある。私たちの店です。リーゼ様。全部の場所を回っていただきたい」

「うーん。ヤス。いい?」

 ヤスは、アルミンの顔を見た。
 何かアフネスから言われているのは間違い無い。表情が物語っている。その上ですがるような目をしているのは、リーゼの方向音痴を知っているか疑いがあると思っているのだろう。それに、領都といえ治安がいい場所だけでは無いだろう。贔屓目なしに可愛いと思えるリーゼを一人で歩かせるのも怖いのだろう。

「あぁ問題ない。リーゼ一人だと少し・・・。じゃなく心配だからな。付き合ってやるよ」

 ミーシャとデイトリッヒが手配した者たちがヤスとリーゼにわからないように護衛している。ヤスが一緒ならリーゼも嬉しそうにするので、領都に住んでいるアフネス関係のエルフ族は安心する事になった。

 ヤスとリーゼは、2日に渡って領都中を歩くことになった。
 主に、リーゼの責任だが、ヤスにも問題はあった。リーゼが方向音痴だという事を認識しながら、リーゼが地図を持って案内することを許したのだ。ヤスなりの考えも有ったのだがすべてリーゼの方向音痴度合いが上回った。広いと言っても1日あれば十分回れる広さ程度の領都の中に、訪れる必要がある場所が11ヶ所あるのだ。
 一日目は迷いながらも4ヶ所に辿り着いた。リーゼはその時点でヤスに泣きついた。その日は、宿に戻ってゆっくり休んで翌日にヤスが地図を見ながら残りを訪れたのだ。一日目からヤスが地図を持っていれば1日で全部回れたのだが、ヤスはリーゼに自分自身が方向音痴だと認識させるために、わざとリーゼに案内させたのだ。

 全部を回った二日目の夜。
 ヤスは疲れて寝てしまったリーゼを部屋に残して、ラナとミーシャの呼び出しを受けていた。ラナがヤスを呼び出してミーシャと3人で宿屋の食堂を閉めて話をしたいと誘ってきたのだ。

「それで?」

 ヤスは、二人の真剣な表情から何か問題が発生したのかと思った。
 最初に思い浮かんだのが、武器と防具を盗まれたとかいうことだろうかと思ったのだ。

「ヤス。今から話す事は、リーゼ様には話さないで欲しい」

「わかった。ミーシャが話してくれるのか?」

「本来なら、コンラートが話すべきだろうが、彼は許可を取るために、王都のギルドと折衝中だ」

「あぁ?どういう事だよ?」

「ミーシャ。それでは、混乱するだけですよ。ヤス様。この街が今どのような状況なのか説明しましたよね?」

「あぁ覚えている」

「魔物たちがこちらに向かっていません」

「はぁ?それ・・・。まさか!」

「そうです。まだ確かな情報ではありませんが、ユーラット方面に向かって移動を始めたようなのです。いくつかの商隊が移動している魔物を確認しています」

「どういう事だ!本当に、ユーラットなのか?」

「わかりません。スタンピードの前兆が確認されてから魔物の集結が早すぎるのです」

 ヤスは落ち着くために出された飲み物を煽る。
 アルコールは入っていないが、紅茶のような感じがしている。

「ふぅ・・・。それで?俺に話を持ってきたって事は何かあるのだろう?」

「えぇ」

「スタンピードを確認してきて欲しい・・・とかなら無理だぞ?」

「いえ、それは大丈夫です。早馬を出しましたし、王都から来た商隊や帝国からの商隊が確認しています」

「俺に何をさせたい?」

「ヤス様。ユーラットに武器と防具と持てるだけの食料の輸送を頼みたい。それと、スタンピードの情報をユーラットのギルドに届けて欲しい」

「輸送は任せろ。本職だ。武器と防具・・・。まさか?」

「そうだ。ヤス様から買い取った物をユーラットに貸し出す。スタンピードが終わったら、また領都に運んでもらいたい」

「それは構わないが、情報は何故だ?魔通信で伝えられないのか?」

 二人はお互いの顔を見てからヤスを見る。
 ヤスとしては当然の疑問だ。武器と防具はわかる高品質な武器を持っていけば使える者ならそれだけで生存率が変わってくる。
 しかし武器と防具はユーラットにすでに有る。確かにヤスが売りに来たような高級品ではないが戦闘に支障が出るような物ではない。

 そして、今回領都に来てみてわかった事だが、思った以上にアフネスからの指示や説明がされている事だ。書面でのやり取りではありえない情報量だ。それに、ヤス以上に早く移動できる手段は無い。リーゼが言った”魔通信機”が答えだ。ギルド間なら通信できる事はヤスも認識している。

 それなのに、”通信”で一番伝えなければならない安全を脅かすかもしれない事象を伝えない事は考えられない。

「ヤス様。ユーラットのギルドに”魔通信”が繋がらないのです」

「・・・」

 ヤスは、自分が考えた最悪なパターンを思い浮かべた。

”エミリア。ユーラットの街に魔物が迫っているか調べられるか?”

”魔の森を除いた探索範囲内に魔物の気配は、ゴブリン種と思われる魔物が3体。獣種が6体だけです”

”それはユーラットの近くか?”

”『近く』が曖昧です”

”そうだな。魔の森を除いて、ユーラットの街から10キロ以内”

”10キロは探索範囲外が含まれます”

”探索範囲内は距離を教えてくれ”

”呼称名:表門から5.3キロです。呼称名:裏門から神殿の範囲内で魔の森以外では魔物は検知されません”

”そうか、ありがとう”

”はい”

「ヤス様?」

 ヤスがエミリアと念話で話しているのをミーシャが感じたようだ。
 説明はラナが続けておこなうようだ。

「なんでも無い。それで?」

「はい。ヤス様にはユーラットのギルドに武器と防具を運んで頂くとともに、ギルド長のダーホス殿に書簡を持っていって欲しい。それだけではなく、ユーラットの”魔通信機”の対処して欲しい」

「荷物運びは俺の仕事だ。問題はない。”通信機魔”は無理だな。俺に直せるとは思えない。まず、現物を見たことがない」

 ヤスのセリフを聞いた二人はヤスが記憶を無くしている事を思い出した。
 そしてミーシャが説明を始めた。

 ユーラットのギルドには予備を含めて3台ほどの”魔通信機”が置かれている。
 全部が故障しているとは思えないので、”魔石”がなくなってしまっているのだろうと予測できるという事で、ヤスには”魔通信機”で使う魔石の搬送をお願いしたいという事だった。

「ユーラットに魔物が到着している可能性はないのか?」

「商隊の情報や魔物の進行速度からそれは無いと見ている」

 ミーシャが断言したことで、ヤスはひとまず落ち着く事にした。

「わかった。魔石を運ぶのなら俺の仕事だ。武器と防具と一緒に運ぶ。どうしたらいい?」

「いいのですか?」「本当ですか?」

 二人は頼んでおきながらヤスが断ることを想定していたのだ。
 わざわざ持ってきた物を持ち帰ってくれという失礼にあたることを言い出した上に、ギルドの不始末を押し付けるようなことを言ってしまっている。

「そうだな。ミーシャ。冒険者ギルドからの依頼だよな?」

「はい。そうなります。依頼料は、銀貨5枚ですが受けて頂けますか?」

「いいぜ。ユーラットには世話になった奴もいるからな。それに、リーゼの帰る場所を守らないと駄目だろう?」

「そうですね。それでは、冒険者ギルドで手続きをしましょう」

「わかった」

 夜だが、そのまま3人で冒険者ギルドに向かう。魔道具だろうか、灯りが付いている。
 中に人影は見られないが、バックヤードでは怒鳴り声に近い音が聞こえている。

「そうだ、ミーシャ。手続きはいいのだが、買い取りは?」

「査定は終わっています。それを含めて説明致します」

「わかった」

 3人が冒険者ギルドに入るとミーシャが受付と少し話しをしてからヤスの所に戻る。

「コンラートの用事が終わるまで5分ほど待ってくれ」

「わかった」

 短いが長い5分が経過した。
 ミーシャは事情をしっかりと把握していたので、焦る気持ちが強いがヤスに知られたくない。ヤスが依頼を受けて、領都を立つまでは・・・。

「ヤス様」

 ドワーフ(ヤスの勝手な解釈)族なのに甲高い声(ヤスの偏見)のコンラートが奥の部屋から出てきた。

「手続きを頼む」

 ヤスは事務的に接する事にしたようだ。
 感情的になっても”いい事”がないことを理解しているのだろう。

「あぁまずは武器と防具と魔道具の査定だが、金貨39枚だ」

「わかった。それで、ユーラットに持っていくのはどれだ?」

 ヤスはいきなり本題を切り出す。
 焦っているわけではないのだが、早いほうがいいだろうと判断しているのだ。コンラートやミーシャも同じ様に焦っているのだが、ヤスと大きく認識が違う事があった。ヤスは、武器と防具と食料を受け取ったら、夜でも構わずに出発するつもりで居たのだ。スマートグラスは持ってきているし、外に出たら荷物を収納すれば速度を出しても問題ないだろうと考えていた。一人なら多少無理な運転をしてもいいだろうと考えていたのだ。
 コンラートとミーシャは、夜の帳が下りた状態では優秀なアーティファクトでも出発は難しいだろうと考えていた。そのために、出発までは数時間は余裕が有るだろうと考えていたのだ。

 儂は、コンラート。辺境伯の領都にある冒険者ギルドのギルドマスターだ。
 髪の毛が薄いのも、背が低いのも、全部”ドワーフ”の特性だ。ただ、一点違うのは、声が甲高いことだ。全部がドワーフ族の特性なら問題はなかった。父方の父。儂から見たら祖父だが・・・。その祖父の嫁がハーフリングだった為に儂はこんな声になってしまった・・・。らしい。

 別にこまる事はないが、初めて合う人間からはかなり驚かれる。笑い出す者もいる。

 アフネス殿から話しを聞いて、面談した人族も少しだけ驚いた顔をしたのだがすぐに表情を消した。
 面談は問題なく終わった。しかしヤスと名乗った人族の事がよくわからなかった。

 儂の鑑定眼で見ても、アフネス殿と同じ見解なのだが、頭の中で警鐘がなり続けている。冒険者だったころに何度も救われた感覚だ。この感覚は儂の命綱なのだ。ダーホスからの報告とアフネス殿からの説明で神殿を攻略して掌握しているのは間違い無いだろう。
 ただ、見た目では強そうには思えない。冒険者というよりも、商人と言われたほうが納得できる。

 ラナ殿の宿に泊まる事になっていると聞いて、守備隊のフリをして近づいたのだが”本当にこの男が?”というのが正直な感想だった。

 その感想が間違っていたと解ったのは、ギルドの儂の部屋で奴と対峙したときだ。
 部屋の前ではわからなかった。儂の前に座って目があった時から頭の中で警鐘がなり続ける。絶対に敵対しては駄目だと・・・。

 しかし、儂もギルドマスターだ。
 冒険者ギルドの利益になるように誘導しなければならない。

 その目論見もアフネス殿によって見透かされていた。ミーシャによって阻まれたのだ。

 ヤス”殿”が部屋を出ていったのをミーシャが追った。少ししてから、ミーシャが戻ってきた。
 あの笑顔は何か合ったのだろう。

 ミーシャは儂に書簡を手渡してきた。アフネス殿からの書簡だと言っていた。読まないという選択肢はない。だが読みたくない。
 この後、領主に会いに行かなければならないのがまた気分を重くしている。

 アフネス殿の手紙を読んで余計に領主に会いたくなくなってしまった。

 ユーラットのエルフ族が全て”神殿を攻略したヤス”に味方する事にしたようだ。それはいい元々約定によりつながっていただけだ。”魔通信機”などのアーティファクト級の道具の利用は継続してくれるようなので問題はない。利用料も据え置きになると説明が書かれていた。確かに、問題では有るが大きな問題ではない。

 アフネス殿が言っていることの問題点は次の項目だ。
 エルフ一族・・・。正確には、アフネス一派は、ヤス殿に味方するためにユーラットに集結するということだ。
 冒険者ギルドとしてはミーシャとデイトリッヒなので問題は大きくない。下も育ってきているので混乱も少ないだろう。
 問題は、辺境伯に関係する施設だろう。報告しなくても、いずれエルフ族から辞表が出されれば解ってしまう。その時になって事情が辺境伯に届いたら冒険者ギルドの問題にもなってしまう。

 アフネス殿は本気なのか?
 書簡に書かれていることを全部実行したら王国はともかく法国や帝国は”敵”に回る可能性だってある。リーゼ殿のお父上とお母上のことを考えれば、アフネス殿の言っていることは解る。

「おい」

 奥に控えている儂に付いている者を呼びつける。

「これを辺境伯と領主に渡してくれ」

「はっ」

「後日・・・そうだな。スタンピードが落ち着いたら、相談にあがるとお伝えしてくれ」

「かしこまりました」

 辺境伯はこれで大丈夫だろう。
 領主も問題は無いだろう。馬鹿息子もおとなしくしてくれるだろう。

 問題の先送りにしかならないが、王国が何か言ってくるとは思えない。
 ヤス殿の力を取り込もうと躍起になるかもしれないだけだ。

 ギルドの方針も決めなければならないだろう。王都に招集されるのも時間の問題かもしれないな。

 飲みかけだったエールを煽る。
 一息入れたい所だが、問題は山積みだ。ヤス殿の持ってきた武器と防具が高品質なのは解っていた。買い手もすぐに見つかるだろう。魔道具もすでに見つかっているような物も多いが品質が最上級で使える物が多い。査定額は、ドーリスが算出した額に色を付けても良さそうだな。

 翌日になって領主から書状が届いた。
 対処が早いのはいいことだ。書状の中身も予想よりは良かった。辺境伯からの了承は後日になるようだがそれでも荷物を降ろせた気持ちだ。
 エルフ族の件は全面的に了承された。後日相談すると書かれていた。これで一つの懸案事項が片付いた。

 ヤス殿が持ってきた武器の目録を作る必要がありそうだ。
 魔法が付与されている物もあり、”魔剣”だと言える物も多いので効果をしっかり明記しなければならない。

 前向きな作業は楽しくなる。打ち直しや修復が必要な物が無いか確認しながら目録を記載していく。

 スタンピードの前兆が見られることもあり武器と防具はありがたい。

「ギルドマスターは!」

 下が騒がしい。
 儂を呼ぶ声も聞こえる。

「コンラート様!」

「ミーシャか?どうした?」

「スタンピードが・・・。魔物の集団がユーラットに向かっています」

「何!それは間違い無いのか?」

「わかりません」

「今、王都から来た商隊を護衛してきた者の証言では、発生していた魔物がいつもの場所に居ないようです」

「それだけでは・・・。そうか、帝国からの商隊か?」

「はい。帝国からの商隊のいくつかが魔物に襲われました」

「それで」

「帝国から、ユーラットに魚を仕入れに向かった商隊が魔物の集団を確認しています」

「数は?」

「・・・」

「ミーシャ!」

「はい。1万~2万。オーガの上位種も確認しているようです」

 普段の2倍から3倍?
 何か・・・神殿関係でなければ良いのだが・・・。

「・・・」

「場所は?」

「商隊に付いていた護衛の話では、ここから1.5日程度の距離です」

「ユーラット方面にということだな」

「・・・。はい。それだけではなく・・・」

「なんだ?」

「ユーラットに”魔通信”が繋がりません。いくつかの番号を試しているのですが全部駄目です」

「・・・。アフネス殿の番号は?」

「駄目です。普段からこちらからの通信は繋がりません」

「商隊で1.5日の距離なら、まだ半分にも達していないな!」

「はい。それからこちらに商隊が戻ってきていることを考えると、半分地点だと考えられます」

「ミーシャ。リーゼ殿が襲われた場所と規模は?」

「え?あっほぼ同じ場所です。規模はゴブリンが15-6体と聞いています。上位種が居たと報告に書かれています」

「・・・。それが前兆だったのかもしれないな」

「マスター!コンラート様。今は、前兆云々を言っている時ではありません」

「・・・」

「対処は?ユーラットに向けて冒険者を出しますか?」

「出すにしても・・・。通常と違うと位置が不明だな。それに、ユーラットに事情を説明しなければ・・・」

「どうしますか?私とデイトリッヒが出ますか?私たちなら魔物の集団を突破できます」

「・・・。いや、ミーシャ。頼まれてくれるか?」

「はい。行きます。ユーラットは、私とデイトリッヒの故郷です」

「違う。ヤス殿に依頼を出したい。武器と防具と魔石を持っていってもらおう」

「え?」

「ミーシャとデイトリッヒだとどんなに急いでも、2-3日は必要だが、ヤス殿なら半日で到着できる。その上、武器や防具だけではなく食料も積んでいける。ポーションの類も可能かもしれない。それに、ミーシャたちだと到着と同時に魔物たちが迫ってくる可能性があり対処が遅れる可能性がある。ヤス殿なら1-2日程度の余裕が考えられる。ヤス殿が断った場合には、ミーシャ・・・。悪いが命をユーラットの為にかけてくれ」

「わかりました。ヤス殿の説得を行います。コンラート様は?」

「儂は、領主に会って事情を説明する。一番いい武器と防具をよこせと言っているのだが、できなくなった事の説明と、ユーラットに向けて冒険者を出す事の許可を得てくる」

「え?」

「忘れたか?ユーラットは、王家直轄だ。領都から冒険者だけでもユーラットに向けて出撃すれば問題になってしまう可能性だってある」

「あ!わかりました」

 それから慌ただしい時間が流れた。
 ヤスが承諾してくれたと連絡が入ったのは、儂が領主と”魔通信”で許可を取り付けた後だった。

「ヤス様。こんなに詰めるのですか?」

「あぁ問題ない」

 ヤスの前には、コンラートが持ってきた武器と防具が並んでいる。
 それだけではなく、食料やポーションも置かれている。

「ヤス様。これは、武器と防具と食料とポーションと魔石の目録です。ダーホスに渡してほしい」

 コンラートが目録をヤスに渡す。受け取った目録をポケットに押し込むふりしてエミリアに格納する。

「わかった。それで積み込んでいいよな?」

「えぇ大丈夫です。数は品物の確認はいいのですか?」

「武器と防具の本数と、食料の数。ポーションの総数が合っていた。種類までは俺じゃわからない。ミーシャも居たし、ラナも居た。これで騙されたら俺が間抜けだったと思う事にする」

「ヤス様・・・。それでは・・・」

「いいよ。それと、こっちで使う武器と防具も残してあるのだろう?ユーラットには、それほど戦える者は多くないのだろう?」

「そうですね。こちらも、冒険者を選出してすぐにユーラットに向かいます」

「わかった。挟撃できればいいのだろうけどな」

「そうですね」

「そのためにも、ダーホスに情報が伝われないと駄目だな。よし。これでいいだろう」

 ヤスは、話をしながらアーティファクト(HONDA FIT)の後部座席を倒してフラット状態にしてから木箱を詰め込んだ。

「コンラート。ミーシャ。それから、ラナ。俺は行くぞ!」

「え?」「は?」「・・・」

 ラナだけはやっぱりという表情をしている。

「ヤス様。外は・・・」

 コンラートが何かいいかけた所で、ヤスはアーティファクト(HONDA FIT)に乗り込んでエンジンをスタートさせた。そしてライトをつける。
 前方をしっかりと照らすライトをみて、コンラートもミーシャも何も言えなくなってしまった。

「大丈夫だ。それに早いほうがいいだろう?今から出れば、夜明けには到着できる」

「え?半日程度ではないのですか?」

 コンラートがアフネスとミーシャから聞いた事から推測したのは、ヤスのアーティファクト(HONDA FIT)を使っても半日~16時間位は必要だと考えていた。

「いや、あれはリーゼも乗っていたからな。もっと出せる。それにミーシャの話では、ユーラットまでの道には商隊がいるとは思えないのだろう?」

「確かに、商隊はいないと思います。帝国から来た商隊にも話を聞きましたが、関所を越えたのは自分たちだけだと言っています」

「もし、商隊が居たとしても助けるのは無理だから無視するけどな」

「それは・・・。でも、そうですね。商隊は自己責任ですし、ユーラットの方が大事です」

 コンラートではなくミーシャが断言する。

 ヤスは窓を開けて見ている者たちに退くように指示を出す。
 滑り出しこそ少し焦ってホイルスピンをさせてしまったが、その後は問題なく走れている。しっかりとタイヤが路面を掴み始めれば速度を維持して走る事ができる。

 門まで皆が付いてくると言っていたので、ヤスは速度を落とした。

 門が近づいてきた所で、ラナがアーティファクト(HONDA FIT)に近づいた。

「ヤス殿。リーゼ様が暴れだすと思いますが、宿に軟禁しておきます」

「頼みます。早ければ明日の夜には帰ってきます。明後日の朝にはリーゼを迎えに行くと伝えてください」

「わかった。無理はしないようにしなさい」

「もちろんですよ。無茶と無理が嫌いですから、絶対に大丈夫です」

「それを聞いて安心した」

 ヤスは門を出てアーティファクト(HONDA FIT)を停めた。
 本来なら門で検閲をしなければならないのだが、コンラートが代わりに手続きをしていたので、ヤスはそのまま門を出た。

 街道に出た所で、一度速度を上げた。領都から離れた事をルームミーラで確認してから、アーティファクト(HONDA FIT)を停めた。

”エミリア。後ろの荷物を全部しまうけど大丈夫だよな?”

”問題ありません”

 ヤスは、後ろに回り込んで荷物をしまっていく。

”マスター。目録と荷物を突合しますか?”

”必要ない”

 スマートグラスを取り出してから、ルームライトを切る。
 アーティファクト(HONDA FIT)のアクセスを踏み込む。今まで以上の急加速に身体を預けて、ヤスは漆黒の闇をユーラットに向けて走り出した。

すでに時速は130キロを越えている。
 ヤスは遠慮すること無くアクセルを踏み込む。

”エミリア。索敵範囲内の魔物をスマートグラスに表示”

”了”

”FITで討伐が可能なのはゴブリン程度だよな?”

”1体ならオークまでいけますが、損傷が激しくなります”

”結界を張っていても損傷が激しいのか?”

”データが不足しているため推測できません”

”ひと当たりしたら判断できるか?”

”了”

 ヤスはゴブリンかコボルトが居たら結界を張った状態で突っ込んでみようと考えていた。
 幸いな事に日本にいる時には人を轢いたり撥ねたりした事はない。器物破損も・・・。無いと思っている。そのために、積極的に魔物を轢いたり撥ねたりする事に忌避感があったのだ。しかし、そんなことを言っていられる状況ではない。今運んでいるのは命と等価な情報なのかもしれない。武器や防具も大事なのだが、情報が正確に届くだけでも対処が可能になる。対処が早ければ助かる命が増えるかもしれない。

 FITを限界まで飛ばしている。
 速度は、150を超えた辺りからあまり上がらない。路面が悪い事もあり、制御が難しい。ディアナと違って姿勢制御が入っているわけではないので、バンプで跳ねるのだ。それだけではなく道に石があり避ける必要がある。結界があるので、いきなり横転する心配は無いのだが、速度が著しく落ちてしまうのだ。

 ヤスは大きな岩を避けながら速度を殺さないようにカウンターを当てながら爆走している。
 スマートグラスには走るべき方角が示されている。しばらく走っていると、赤い点が表示され始める。

「エミリア!念話じゃなくても大丈夫だよな?」

『はい。マスター』

「よし、一番近いゴブリンまでのナビを表示」

『了。6体の群れです』

「丁度いい。そこを潰すぞ!」

『了』

 スマートグラスに方角を示す矢印が出る。
 ヤスは、速度を80キロまで落として、矢印の指示に従う。

「おおよその距離を表示」

『了』

 赤い点までの時間的な距離で表示される。

「ドライブモニターの映像をスマートグラスに表示する事はできるか?」

『可能です』

「前方のドライブカメラの映像を拡大して表示。接敵の10秒前からカウントダウン」

『了』

 ヤスは、スマートグラスに表示されている情報を読みながらゴブリンの群れに近づく。

(10)(9)(8)(7)(6)

(見えた!)

 ゴブリンの群れを見つけて、ライトをハイビームから通常のライトに戻す。
 気づかれているだろうがゴブリンたちに対処できる時間は存在しない。

 速度をあげられたFITがそのままゴブリンの群れを跳ね飛ばす。

 スマートグラスの赤い点が消えたことを確認した。

「エミリア。FITの損傷は?」

『皆無』

「正確に!」

『0.06%。呼称名:ゴブリンを轢いたタイヤが損傷しました。すでに回復しています』

「結界で倒せそうだな」

『結界の損傷6%。速度が出ていれば6体程度の群れなら問題ありません』

「わかった。ユーラットに向かう。ナビを頼む」

『了』

 ナビの表示が切り替わる。

「ユーラットまでの時間的距離を表示」

『了』

 スマートグラスに表示される時間は、3時間12分。

 流石に休憩なしでは辛い時間だ。

「1時間走ったら休憩する。安全な場所があればスマートグラスに表示」

『了』

 ヤスの指示を受けて、エミリアは54分後に休憩のアラームを鳴らす。

 FITの中で30分ほど仮眠を取ってからヤスはハンドルを握る。日本に居たときにもやっていたように、頼まれた物を頼まれた場所に運ぶ。
 今回の依頼には時間指定が存在していない。
 ”なる早”で運ぶ事が推奨されていた。実験を挟んだが宣言した通りに朝日が登る前にはユーラットに到着した。
 Hybrid車でエンジン音もそれほどしないが静寂な朝にはやはり目立つ音だ。開けた場所ならいいが、山が近い場所ではやはりエンジン音が響いている。

 通ってきた街道の近くには、大きくなった魔物の群れは存在していなかったが索敵範囲内には数千の魔物が確認できた場所も存在していた。

 ヤスが、そんな爆弾を持ってきたとは知らないイザークが聞き覚えのあるエンジン音を聞いて、ヤスがユーラットに戻ってきたのだと思って門の前で嬉しくなって待ち構えた。ヤスが到着するまで・・・2分の時間が必要な状況だ。

 ヤスは、寸前まで猛スピードで突っ込んで門の手前で停まった。砂煙を上げてユーラットの正門前で停まったのだ。

「ヤス!」

「イザーク!丁度良かった。裏門の鍵。それから、ダーホスとアフネスに裏門・・・。いや、ギルドに集まるように言ってくれ。俺もすぐに行く」

「・・・」

「イザーク!」

「すまん。わかった」

 イザークは、屯所に居た者に声をかけて、ヤスに裏門の鍵を渡すようにいいながら自分はギルドに向かって走り始めていた。
 どう考えても、ヤスの到着のほうが早いと考えたからだ。

 何かが発生しているのは解るのだが、ヤスが慌てている状況がわからないのだ。

 ヤスは、裏門の鍵を受け取って今度は”ゆっくり”と周りを観察するように脇道を進んだ。

「エミリア。周辺の魔物を調べてくれ」

『了』

 スマートグラスには魔物を示す点は表示されなかった。
 ヤスは魔物がユーラットに迫ってきていない事に安堵した。

「エミリア。ディアナは動かせるか?」

『マスター。マスターが動かしている物がディアナです』

「あぁそうだったな。トラクターは動かせるか?」

『可能です。修復は終わっています』

「了解。ありがとう。いつでも出られるようにしておいてくれ・・・と、マルスに伝えておいて欲しい」

『了』

 ヤスは一つの可能性を考えていた。
 魔物の侵攻が早かった場合に、ユーラットの街まで来てしまうのではないかという事だ。

 そして、討伐ポイントを稼ぐチャンスなのではと・・・。捕らぬ狸の皮算用を始めそうになってしまっている。

 トラクターで魔物の討伐を行うのは間違っていない。狩りにはならないだろう。虐殺に近い状況になってしまう事も考えられるのだが、ヤスは”ユーラット”をどうやって安全に保てるかしか考えていなかった。

 裏門の所定の位置にアーティファクト(HONDA FIT)を停めた。
 裏門の鍵を開けて中に入ると、ドーリスが待っていた。

「ヤス様?」

「おっドーリス!アフネスとダーホスは?」

「ダーホスはギルドでお待ちです」

「ありがとう」

「荷物は?」

「あっそうだ!」

 ヤスは、エミリアから目録を取り出す。
 コンラートの事だから、目録以外にも何か報告のような事が書かれているだろうと考えたのだ。自分が”説明する項目が減ればいいな”と考えていた。

「これは?」

「とりあえず、ダーホスに渡してよ。それから話をする」

「わかりました」

 ドーリスがギルドに小走りで向かった。後ろから、ヤスが歩いてついていっている。
 ヤスが走らないのには理由がある。30分の仮眠では睡魔を完全に追い払う事はできない。運転している時には、感じていなかった疲れが身体と精神を襲い始めている。睡魔も襲いかかってきている。

”エミリア。FITの自動運転は可能か?”

”神殿の領域内なら可能です”

”神殿の中だけか?”

”神殿内ではなく、神殿の領域内です”

”・・・。そうか、それならユーラットの近くから自動運転で神殿に帰る事は可能か?”

”マスターが運転するような速度では無理です”

”安全に帰る事は可能か?”

”可能です”

 ヤスは寝るなら神殿に戻ろうと思っていたのだ。
 無茶はしたつもりは無いが少しだけ無理な運転だった事は認識している。

「ヤス!リーゼ様は?」

 アフネスがギルドの外で待っていた。

「あぁ・・・。ラナの所で寝ている。そろそろ起きて暴れだしているかもしれない・・・」

「一緒じゃないのか?」

「仕事だからな。アフネスも一緒に聞いてくれ、多分ダーホスよりもアフネスの方が適任かもしれない」

「わかった」

 ギルドに入ると、ドーリスとダーホスが待ち構えていた。ダッシュしたのだろうイザークが椅子に座り込んでいた。

「イザーク。大丈夫か?」

「ヤスか?考えてみたら、お前のアーティファクトに乗せてもらって裏門から走ればよかった・・・。疲れた」

「あ!そうだな。すまん」

「ヤス殿。イザークの事はいいから、話を聞かせてくれ」

「わかった。どこか広い所はあるか?」

「奥の倉庫を使ってくれ。目録を見た。どういう事だ?」

 ダーホスが重ねてヤスに質問をする。

「アフネス。ダーホス。それに、イザークも一緒に来てくれ、倉庫で物を出してから話す」

 3人がうなずいてヤスについていく、ドーリスも3人の後ろからついていく事にしたようだ。

 倉庫に入って、空いている場所にヤスが目録にかかれていた物を出した。

「ダーホス。全部あるか?」

「正確には確認しないと駄目だが有ると思える。だから、なんでこれを持って帰ってきた?コンラートからの指示なのか?」

 ヤスはどれから話そうか考えたが、考えてもいい順番が思いつかない。
 考えるのが面倒に思えてきた。どうせ全部話すのだから、順番は関係ないか・・・と投げやりなことを考え始めていた。

「全部話すまで質問も何も受け付けない。それに俺も多くは知らされていない。それでもいいよな?」

「あぁ」「わかった」「おぉよ」「・・・」

「まず。ドーリス。”魔通信機”が壊れていないか?」

 ヤスは、ドーリスが居たので適任者はドーリスだと考えて質問してみた。

「え?大丈夫だと思うのですが?」

「ヤス!どういう事だい!」

「アフネス。質問は後にしてくれ」

「すまない」

 一歩前に出たアフネスが少し下がる。
 アフネスとしては、”魔通信機”はリーゼの父親。アフネスの恩人と言ってもいい人からの授かりものだ。それが故障と言われて咄嗟に怒りの感情が出てしまったのだ。

「ドーリス。ダーホス。コンラートからユーラットのギルドに繋がらないと言われた。俺には故障なのか判断できない。ひとまず、魔石を運んできた。入れ替えて試してみてくれ」

「わかった。ドーリス。頼む」

「はい」

 荷物の中から魔石を取り出して、ドーリスが出ていこうとしたので、ヤスが呼び止める。
 全部の話を聞いてから出ないと、魔石を入れ替えて繋がってしまうと領都からの情報が入ってきて混乱してしまう可能性がある。緊急時には情報は多く欲しいが、違う方向からの情報は混乱を招く恐れがある。ヤスは、防災訓練や実際に発生した自然災害の現場か知っていたし経験もしていた。

 ヤスが、ドーリスを呼び止めた理由が解らない3人は怪訝な表情を浮かべたが、質問は後だと言われているので、黙ってヤスの言葉を待つことにした。

「ダーホス。武器と防具と食料とポーションは、ユーラットに必要になると言われた」

「だから、何故だ!」

「スタンピードが発生した。商隊や斥候の報告から、多くの魔物たちは領都に向かわずにユーラット方面に向かってきている」

「なに!」「え?」「ヤス!本当なのか!」「・・・」

「俺は、スタンピードが解らない。ただ、領都からこっちに来るまでの街道で6体のゴブリンを倒した。それだけではなく、アーティファクトに表示された情報では数千の魔物の存在も確認した。最低でも2千だろう・・・」

「2千・・・。それは・・・。いや・・・」

 ダーホスは難しい顔をして何かを考えているようだ。アフネスは何かを考えているようだが、表情には出していない。イザークは、苦虫を噛み潰したような表情をしているが、武器と防具を見つめ始めている。ドーリスは声にならない悲鳴を上げたあとで黙ってしまった顔色がどんどん悪くなっていく。

「ヤス。それは、どの辺りだ?」

「場所は解らない。時間でいいか?」

「あぁ」

”エミリア。魔物の集団が居た場所までの距離は?”

”正確な時間は出せません。現在も移動している事と思われます”

”俺が見た時間でいい。ユーラット到着を基準としてくれ”

”ユーラット到着の2時間27分前です”

「2時間30分前だ」

「ヤス。そこから距離は出せるか?」

「そうだな。時速120キロがアベレージだから約300キロって所だな」

「・・・。300キロがどの程度か解らないが、ヤスのアーティファクトで領都まではどのくらいかかる?先程と同じくらいの急いだとして・・・だ」

「そうだな。アベレージ120キロで走ったとしたら・・・」

”エミリア。どのくらいだ?”

”5時間39分です”

「だいたい、6時間くらいだな。今回と同じ速度で走り続けるのは難しいけど、その位と考えてくれ」

「・・・(予想以上に早いな)そうなると、ザール山の麓の辺りだな」

 ダーホスがザール山の麓と聞いて解ったようだ。
 イザークも心当たりがあるようだ。

「アフネス殿!」「あ!」

「そうだな。ユーラットを目指している・・・。と考える事ができるのだが、そのまま山を登り始めれば、ユーラットではなく神殿に向かう可能性も有る場所だな」

 沈黙が場を支配する。

 沈黙を破ったのは意外にもイザークだ。

「ヤス。魔物が迫っているのは間違いないのか?」

「解らない。大きな群れができていたのは間違いない。領都に向かっていないと言っていたが、それも俺が確かめた情報ではない」

 ヤスの言い回しが気になったのかアフネスが口を挟む。

「ヤスは、その情報だけで、リーゼ様を領都に置いてきたのか?」

 批判する気持ちが全く無いわけではない。連れてきて欲しいというのは状況を考えれば無理な話である事も理解している。
 たとえ、スタンピードが発生してユーラットに向かっているのではなく、領都が包囲されているような状況でも領都の中ならかなり安全なのだろう。ミーシャやデイトリッヒがむざむざリーゼを危険に晒すような事はしない。アフネスが二人に寄せる信頼はかなり高いのだ。

「そうだ。それに、さっきも言ったが、俺は仕事で荷物を運んできた。領都の冒険者ギルドからの依頼だ。リーゼを連れてくる理由はない」

 今までのような少しだけ軽薄そうな物言いではなく、確固たる意思のもとに紡がれた言葉。
 拒絶に近いとアフネスは感じ取った。アフネスの批判に対する答えなのだろう。ヤスは怒るわけではなく完全に拒絶するのではなく、区別しただけなのだ。

 仕事として受けただけで、リーゼがいる事でのデメリットが多いことを考慮した結果なのだ

「わかった。それでヤスはこれからどうする?」

「うーん。神殿に行って寝る。さすがに、領都を夜に出て夜通し走ってきたから疲れた」

 アフネスもそう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。

「ヤス殿。話はそれだけなのか?」

「そうだな。俺から話せる”ギルド関係”は終わりだな」

 アフネスは言い回しが気になったのだが、ヤスとダーホスの会話に割って入らなかった。

「わかった。イザーク!戦える者を集めてくれ、ヤス殿が持ってきた武器と防具を必要な者に貸し与える」

「はい!」

 イザークが倉庫から出ていく。今度は誰も引き止めないので、そのままイザークが走り去っていくのを見送る形になる。

「ドーリス。”魔通信機”に新しい魔石を入れて、領都の冒険者ギルドに連絡。ヤス殿から聞いた話以外に新しい情報がないか確認」

「はい!」

「それから、ギルドの職員を倉庫に回してくれ目録と合っているか調べる。食料とポーションはギルドで保管して必要になった物から出していく」

「わかりました。皆に指示を出します」

「頼む」

 アフネスがヤスを手招きしている横でダーホスが指示を出している。
 ギルドから職員がやってきて目録の確認を始めている。

 アフネスはヤスと一緒に倉庫の邪魔にならない場所に移動する。

「ヤス」

「なんだよ。もう話は終わりだ。リーゼは領都の宿屋にいる。それじゃ駄目なのか?」

「駄目じゃないのが・・・」

「なんだよ。はっきりと言えよ」

「そうだな。ヤス。リーゼ様は領都を気に入っていたか?」

「どうだろうな?楽しんでいたとは思うぞ?ミーシャから渡された・・・。そうだ!アフネス。リーゼが方向音痴なのを知っていたよな?」

「あっ・・・。すまない。リーゼ様までもが方向音痴だったとは・・・」

「なんだ!知らなかったのか?」

「ヤス。この町でどこに迷う要素がある?」

 ヤスは自分で歩いた時を思い出して納得してしまった。

「・・・」

「それでヤス。リーゼ様は領都を楽しんでいたのだな?」

「それは、リーゼが帰ってきてから聞いてくれ」

「帰ってくるのか?」

「そのつもりだろう?確か帰り道も依頼に入っていたと思うけど・・・。違うのか?」

「ハハハ。そうだった。確かにヤスの依頼だったよな?」

「そうだ。だから、ひと眠りしたらリーゼを迎えに領都に行く予定だぞ?」

「え?あっアーティファクトなら魔物の群れを突破できるのか?」

「わからないが、やってみる価値は有るだろう?」

「そうだな。ヤス。一つ依頼を出したが受けてくれるか?」

「あ?人を運ぶ以外の運搬なら受けるぞ?」

「伝言だけだ。手間は取らせない」

「わかった。それで?」

「報酬は、銀貨2枚。伝言内容は、領都にいるミーシャに”リーゼ様と()()にユーラットに来い”だ」

「わかった。そうなると、リーゼは領都に置いてきていいのだな?」

「それでいい。ミーシャならうまくやってくれるはずだ」

 ヤスは、アフネスからの依頼を受諾した。
 本来なら、ギルドを通さなければならないのだが、お互いに納得しているので揉める要素がない。

 倉庫では、イザークに連れられた戦える者が武器や防具を選んでいる。ヤスとアフネスの話が終わったことを感じたダーホスがアフネスを呼ぶ。どうやら漁師になっているエルフからも戦える者を出すことになるようだ。
 本当の意味での総力戦が開始されようとしていた。

 ヤスは、慌ただしくなる倉庫から抜け出して神殿に帰る事にした。

「ヤス。帰るのか?」

「あぁ俺がここに居ても邪魔だろうからな」

「そうか・・・」

 話しかけたイザークとしては、ヤスと一緒に戦って欲しいという気持ちはある。ヤスならなんとかできるのではないかと思っているのだ。

 ドーリスが持ってきた話が皆に伝えられる。
 領都の冒険者ギルドからもたらされたのは絶望的な話だけだった。

 魔物の数は、1万以上になっていると推測される事や上位種の存在も確認されている。
 それだけでも十分な脅威なのに、領都から”守備隊”がユーラットに向かうことができない事。王都から兵が出るのだが、どんなに急いでも3ヶ月以上かかってしまう。その上、領都で募集に申し込んだ冒険者の数が200にも満たなかった事などが挙げられている。出発が明日の明け方になり、こちらもどんなに急いでも決戦場になる場所には10日程度は必要になってしまう。

 吉報なのは、領都や王都に住んでいるエルフ族がユーラットに向かっている事だが、すでに領都を発った者もいるらしいので多少は早く合流できる者が出てくる可能性が有るのだが、焼け石に水の状態である事は間違いないだろう。

 イザークは、ヤスが裏門から出ていくのを見送るために付いていった。

「ヤス。これを渡しておく」

「これは?」

 ヤスは、一つの鍵を受け取る。

「裏門の鍵のスペアだ。アフネスとダーホスにも話してある。町の衆にも話をしてヤスに持っていてもらう事になった。その方が便利だしヤスもユーラットの住人だからな!」

 イザークの言葉でヤスは嬉しくなってしまった。
 どこか線を引かれている感じがしていたのだが、受け入れてもらえた感じがしていたのだ。
 ”鍵”を渡されるという事は、それだけで認められたと感じる事ができたのだ。
 そして、今鍵を渡される意味もしっかりと考えたのだ。イザークは自分が死ぬ事を考えているのだ。

 ヤスは鍵を受け取ってからエミリアに保管した。

 裏門の鍵を閉めてから、アーティファクト(HONDA FIT)の周りを見て回る。
 日本に居たときからの癖だ。自分の拠点に置いている時ならイタズラをされる事もなかったが外の駐車場に置いたときなどは隣のドアが当たったような傷が着いた事もあった。それから車の周りを見て回る癖が着いてしまったのだ。傷があれば治す必要がある。

(うーん。タイヤはまだ大丈夫だけど、やっぱり石によるダメージは酷いな)

”エミリア。トラクターと同じで停止状態で直ると思っていいのか?”

”傷やタイヤの摩耗は、マスターが乗っている状態で停車するか、神殿内での停止で修復されます”

”あぁそうか・・・。俺が一緒じゃないと魔力の供給ができないからか?”

”そうです”

”何か他に方法はないのか?”

”マルスが代わりに答えます。マスター。魔石で修復が可能です”

”魔石?”

”はい。マスターがエミリアに格納した事で解析を行う事ができました”

”それで?”

”魔石は、魔力の塊です”

”乾電池のような物か?”

”はい。その為に、修復に必要な魔力を魔石から取る事が可能です。ただし、マスターの魔力を使うよりも効率が悪くなります”

”それはしょうがないな。使い方は?”

”ガソリンタンクに入れてください。後は、ディアナが処理を行います”

”わかった。まずは、魔石の入手を考えなければならない。それよりも・・・ゆっくり寝たい”

”マスター。ディアナにお乗りください。後は誘導致します”

”頼む”

”了”

 ヤスは、マルスの指示通りにアーティファクト(HONDA FIT)に乗り込む。

 神殿の領域範囲内のギリギリだがディアナでの制御が可能で自動運転ができる状況なのだ。

 ヤスがエンジンをスタートした。

『マスター。自動運転に切り替えますか?』

「頼む。さすがに疲れた」

『了』

 ディアナは静かにスタートさせた。
 速度を緩めるだけでモーターだけで動作する事がわかっている。マスターであるヤスが乗っているので、魔力の供給が受けられる為にモーターでの移動が可能なのだ。常にバッテリーがチャージされている状態なのだ。

 ゆっくりとした速度で神殿への道を走っていく。
 運転席に座っているヤスからは穏やかな寝息が聞こえてきた。ヤスは、SAやPAで車を停めて寝ている感覚なのだろう。運転席のシートを倒し気味にして横を向いている。

 神殿に到着して、ディアナは車を所定の位置に移動させた。

 駐車スペースには、マルスの指示を受けた、セバス・セバスチャンが待機していた。
 ドアを開けて寝ているヤスを起こさないように抱きかかえる。

 この時に、セバス・セバスチャンは魔法を使ってヤスの眠りを深い物にする事も忘れなかった。マルスから魔法を使ってヤスを眠らせる許可を得て実行した。
 マスターであるヤスにしっかりと休んでもらうための処置だ。

 きっちり3時間後にヤスは目が覚めた。
 自分がどこで寝ているのか判断できなかったヤスだが周りを見回して神殿の中で寝ていた事がわかった。

「セバス!」

「はい」

 部屋のドアを開けてセバス・セバスチャンが入ってきた。

「ありがとう。俺は、どのくらい寝ていた?」

「3時間ほどです。どうされますか?」

「そうだな。飲み物を持ってきてくれ、それからマルスと話がしたいから、1階に準備しておいてくれ、パンがあればパンも用意してくれ」

「かしこまりました」

 セバスが準備の為に部屋を出る。ヤスはそのままシャワーを浴びる事にした。
 さっぱりして部屋に戻ると着替えが一式用意されていた。セバス・セバスチャンが用意していたものに着替えて1階に向かう事にした。下着と肌着と靴下と靴は、ヤスがディアナに積んでいた着替えがあった。そのために、討伐ポイントでの交換が可能になっている。討伐ポイントが貯まってきたら交換する事もできる。
 そしてなぜかヤスが持っていた女性物の下着と肌着と靴下と靴。輸送品のサンプルがディアナに残されていたのだが、それも討伐ポイントでの交換が可能になっている。他にもヤスが見ていないカテゴリー(日用品)の中には、トラクターの中で整理整頓をしていなかったヤスが貰ったサンプルの品々が交換できる状態になっているのだ。ヤスの仕事は荷物運びだったのだが客先にサンプルを見せるという業務も受ける事があった。それらの品は持ち帰るのだが殆どの場合は返す必要がなくディアナの中に放置されていたのだ。居住スペースにはそれらのサンプルが乱雑に押し込められていた。
 トラクターの修復を行っていたマルスがセバスに指示を出してそれらのサンプルを神殿最奥部まで持ってこさせて取り込んだのだ。

 ヤスが一階に降りると野菜を煮込んだスープと果物のジュースとパンが用意されていた。
 料理はマルスが神殿の記録を参照してセバスに教えたのだ。

「マルス!」

『はい。マスター』

「スタンピードはどうなっている?」

『神殿の領域内の呼称名:ザール山の麓に魔物の存在が確認できます』

「数は?」

『137体です』

「その場所は、トラクターで移動が可能な場所か?」

『呼称名:ザール山の境界上は岩場になっている為に不可能です。ただし、岩場と森の間には通行が可能な場所が存在します』

「トラクターでは一気に駆け下りるのは難しいか?」

『損傷する可能性があります』

「やってできない事はないというレベルだな」

『はい』

「わかった。ディアナに足回りの制御を任せて、俺が運転すれば可能だな」

『降りる事はできますが、トラクターでは上がってくる事はできません』

「それはしょうがない。直線だと登坂限界を越えているのだろう?」

『はい』

「わかった。ありがとう。少し考える」

『はい。領域内の事や周辺事情は個体名セバス・セバスチャンにお聞きください。森林の樹木を介して情報を収集できます』

「え?セバス。できるの?」

「魔物たちの動向を調べる程度でしたら可能です」

「あそうだ!セバスにわたす物を忘れていた」

 ヤスは思い出したかのように、武器と防具を取り出す。
 同様にユーラットや領都で買ってきた物をセバスにわたす。

「これは?」

「セバスの分体に持たせる武器と防具。食料は保管しておいてくれ」

「ありがとうございます。食料で加工されている品物を少し頂いてよろしいですか?」

「ん?問題ないけどなんで?」

「味付けの確認をしたく思っております」

「あぁそうか料理の基本を知りたいという事か?構わないぞ。好きなだけ使って調べてくれ」

「ありがとうございます。武器と防具は分体に分配して神殿の掃除を行わせます」

「頼む」

 セバスはヤスから渡された物を持ってまずは地下二階に向かった。
 分体が待機する部屋をマルスにお願いして作ってもらったのだ。マルスとしても工房で修正されたディアナを細かくチェックする為にも人手が欲しかったので丁度良かったのだ。現状は洗車をする行為に留められるのだが、最終的には物品の改造や搭載を行わせて最終チェックを行わせる予定でいるのだ。そのために必要な施設も今後ヤスにお願いして設置してもらう予定にしているのだ。

 ヤスはすでに決めていた。
 トラクターで無謀とも思える山下りを実行する。

 イザークから渡された裏門の鍵を見つめる”スペアー”とイザークは言っていたが、どう見ても今まで渡されていたマスターキーだ。もしかしたら、今までもスペアキーを渡されていたかもしれないのだが、”鍵”で間違いない。マスターだろうとスペアーだろうとイザークの考えている事がわかってしまう。
 ヤスはイザークが死ぬつもりでいることを悟っている。イザークだけではない。言葉を交わしたわけではないが、守備隊にいる連中は死んでも守るという気持ちが見え隠れしていた。

(トラクターで魔物に突っ込めば倒せる。そうすればイザークだけではなくユーラットの町を・・・)

(違う。違う。俺は、アフネスからの依頼を遂行するだけだ。FITでは、魔物の群れを突破できない可能性があるから、トラクターを使うだけだ。山下りもそうだ。早く到着する方法を考えているだけだ)

 ヤスは自分に言い聞かせるように呟いている。
 自分自身も騙せていないのだが、”誰かの為”や”自分しかできない”と考えないようにしているのだ。

(俺は、俺の仕事をまっとうするだけだ。その過程で魔物を倒すかもしれないが、俺が仕事を遂行する為に必要な事だ)

「マルス!トラクターの準備はできているか?」

『問題ありません』

「確か改造もできるのだよな?」

『はい』

「セバス。ゴブリンやオークやオーガ。それらの上位種にはどんな魔法が効く?」

 ヤスは、トラクターへの改造を行うことを決心した。
 魔法が打てるようになれば多少囲まれても突破する事ができるだろうと安易に考えた。

「マスター。風魔法が適していると思います。弱点はわかりませんが、人族が風魔法で魔物を切り刻んでいる情報があります」

「わかった。他には?」

「マスター。上位種の存在が確認できているのでしたら、結界の強化をお願いします」

「強化?」

「はい。上位種は魔法を使います。トラクターには、物理防御の結界しか実装されていません」

「マルス。そうなのか?」

『はい。マスター。眷属セバスの言っている事が正しいです』

「二人共、ありがとう。それでは、トラクターに風魔法と魔法を防御する結界を付与する。マルス。討伐ポイントは足りそうか?」

『はい。ギリギリですが大丈夫です』

「それなら、トラクターに風魔法と結界の強化を頼む」

『了。完了まで12分19秒です』

「わかった。終わったら教えてくれ」

『了』

『マスター。トラクターの準備が整いました』

「ありがとう」

 ヤスは残っていたパンを口に押し込んで、ジュースで流し込んだ。

「マルス。トラクターを正面まで移動しておいてくれ」

『了』

「エミリア。山下りのルートは算出できるか?」

『可能です』

「スマートグラスに表示してくれ」

『了』

 5分ほど経過した。
 ヤスは準備を整えていた。死ぬつもりはない。運転には自信を持っている。無茶な事ではないと考えているのだ。

「マルス。行ってくる」

『マスター。お気をつけて』

 マルスに声をかけてから正面に停められているトラクターに向かう。

 ヤスは今から乱暴な運転をする認識があったので、余計な荷物は全部降ろすつもりで居た。

「セバス!」

「はい」

「荷物を降ろすから手伝ってくれ」

「かしこまりました。眷属を呼んでもよろしいですか?」

「構わない。言っていた、手伝いをさせる奴らか?」

「はい」

 セバスが、5人の執事服を着た者と、5人のメイド服を着た者を呼び寄せた。

「ん?あぁ眷属には人数の制限はなかったな」

「はい。駄目でしょうか?」

「ん?セバスに任せる。分体は地下二階で待機だったよな?」

「はい。神殿に潜る準備を行っております」

「わかった」

 ヤスは少しだけ考えてエミリアを取り出す。
 セバスにはトラクターの中から動きそうな物を全部運び出すように指示をする。
 その間にも、セバスに指示を受けた眷属達が荷物を神殿の地下一階に運び込んでいく。
 そこで初めて商品サンプルがトラクターの中にあったのを思い出したヤスだったが、日本に置いてこなくてよかったのかと思ったのだが、そもそも自分が何故来たのかわからないことを思い出して忘れる事にしたようだ。

「エミリア」

『はい。マスター』

「セバスの眷属は、地下一階にしか入る事ができないのか?」

『はい。マスターの眷属ではないので地上部には入る事はできません』

「眷属化すればいいのか?」

『すでに個体名セバス・セバスチャンの眷属の為にマスターの眷属になる事はできません』

「わかった。ありがとう」

 ヤスは、セバスの眷属達も地上での活動が可能なら1階のスペースをもう少し変更しようと考えていた。しかし、現状セバスだけしかヤスの世話ができないのなら拡張の必要は無いだろうと考えたのだ。

「セバス」

「はい!」

「眷属は増やせるのだよな?種族は、エントだけなのか?」

「男性型になっているのがエントで、女性型はドリュアスです。眷属は人型になる事ができませんが、スライム種やマタンゴ種は眷属として呼び出す事ができます」

「基本が、植物系の魔物だな?」

「はい」

「例えば、神殿内に新しい魔物を俺が配置したら、セバスが認識して眷属にする事はできるか?」

「わかりません。しかし、植物系の魔物だけになる事は間違いありません」

「そうか・・・。そうなると、安全を考えると人型になれる魔物で動物系の上位種を眷属にするのが良いのか?」

「それがよろしいかと思います。動物系の魔物ですと、種族特性が残ってしまう事を考慮して、獣人族だと言えるような者がよろしいかと思います」

「わかった。俺は、これから仕事で領都に行くけど、2-3日で戻ってくる予定だ。その間に、マルスを交えてどんな魔物がいいか検討してくれ」

「かしこまりました。何体くらいをお考えですか?」

「そうだな。最終ボスは、セバスになってもらっているからだな。3階と4階の責任者って事で2体と、神殿の・・・。違うな・・・。広場に作る門の門番にむいた魔物を3体・・・。合計で五体を選んで欲しい」

「魔物に何か制限はありますか?」

「うーん。今から、討伐ポイントが多少はいると思うから・・・。あぁ魔物は魔力だったな。魔力なら別に問題ないかな?セバスと同等で考えてくれ」

「かしこまりました」

 ヤスはもうひとつセバスにして欲しかったことを思い出した。

「あ!」

 下がろうとしたセバスを呼び止める為に声を出す。

「はい」

「セバス。あと、マルスと相談して、セバスの眷属達が住む場所を作ってくれ」

「え?」

「ん?」

「マスター。眷属たちは、最下層に魔物として存在させます」

「あ!そうか、それなら必要ないか?マルスと相談して、環境を整えてくれていいからな。多少なら討伐ポイントが入ると思う」

「大丈夫です。マルス様にお願いして自分たちで討伐ポイントを稼ぐことに致します」

「ん?わかった。セバスたちが大丈夫ならいいよ」

「はい。ありがとうございます」

 セバスの眷属たちが荷物を全部運び終わったようだ。一度にもっと持っていけるだろうとヤスは思ったのだが、セバスの眷属から見たらヤスは至高の存在なのだ。その存在から荷物運びを頼まれたのだから、丁寧に運ぶのは当然だし、丁寧なだけではなく一品一品を丁重に扱うのが当然の事なのだ。
 そのために時間がかかってしまったのだ。

 ヤスは、生まれたばかりで”まだ”無理ができないのでは無いかと思っていたのだが、事情は全く違っていた。

 セバスと眷属達がトラクターの横に一列に並ぶ。
 マスターであるヤスを見送るためだ。

 荷物を降ろしてスッキリした所で、ヤスはエンジンをスタートする。

(やはり愛機だな。しっくり来る。こいつとなら多少無謀な山下りも大丈夫だろう)

 ヤスはスマートグラスをかけた。

「エミリア。ナビを頼む。山下りだ!事前に次のカーブを教えてくれ」

『了』

「山下りをして、領都からユーラットに移動した街道にぶつかるまでの時間を表示」

『了』

 スマートグラスにはナビが表示される。到達時間が表示される。

「エミリア。トラクターの損傷率を出せるか?」

『可能です』

「魔力の残量から計算する稼働が可能な時間を表示する事はできるか?」

『可能です』

「魔力の残量を風魔法に変換した時に可能な残数は出せるか?」

『稼働の時間との兼ね合いで完璧には計算できません』

「それはいい。俺が計算する。残数の表示は可能か?」

『可能です』

「あと、結界は壊れるまで、壊れた事がわからないのか?」

『質問の意図がわかりません』

「結界を張って移動している時に結界が何かに接触して損傷する事があるよな?」

『はい』

「その時に、後何回程度なら耐える事ができるのかを表示する事は可能か?」

『結界の損傷を出す事はできますが回数の表示は不可能です』

「わかった。トラクターの稼働が可能な時間の表示。風魔法での残数表示。結界の損傷をバーで表示」

『了。結界は物理結界と魔法結界の両方を別々に表示。稼働が可能な時間から、結界分の魔力は除外。風魔法に関しても同様の処置を行う』

「頼む」

『はい』

 ヤスのスマートグラスには指示した通りの情報が表示される。
 ニヤリと笑いそうになる気持ちを抑えながら、神殿の広場を移動してエミリアが指示した場所まで移動した。

”到着まで:57分”

 1時間後には魔物と遭遇している。
 息を大きく吸い込んで、アクセルを踏み込む。大きなタイヤは盛大にホイルスピンする。

「ディアナ。駆動制御と姿勢制御を行え!」

『了』

 ナビの画面に制御が開始された事が解る表示が出る。

 エンジンの大きな音を響かせながら斜面を下っていく。
 ヤスの気分的には、走らせているというよりも落ちていくと言ったほうが的確だろう。

 それでも、タイヤが路面を噛んでいれば制御ができる。
 ブレーキはよほどでなければかけない。アクセルワークとギヤチェンジで山道を下っていく。

”到着まで:33分”

 時間がいきなり半分になった。速度が出ているので計算が変わったのだろう。路面を考慮しながらだが徐々に速度を上げていく。
 ヤスには到着時間を気にする余裕はない。木々の間を縫うように走って岩を避けるだけで精一杯だ。実際に奇跡の連発だ。ナビが出せるのは”道”の情報だけだ。マルスの支配領域だが、トラクターが通る事ができる道は探せるが、道端に転がっている岩まではナビする事はできない。
 ヤスは岩を避けながら山を下っていく。

”ゴブリンと思われる。魔物の群れ発見”

 多少ではなく無茶をしたヤス。
 第一章は無事クリアしたのだが、これからすぐに第二章が始まろうとしていた。本番と言っても間違いではないだろう。

 ヤスは決めていたセリフをエミリアに告げる。
 エミリアの表示から神殿の支配領域から離れた事がわかった。これからは神殿(マルス)の手助けは期待できない。己の腕と魔力で乗り切るしか無い。

「全力で周りを索敵。大きな群れから潰していく!」

『了』

「結界の発動トリガーはエミリアが担当。結界の効力が切れたら発動」

『了』

「100体以上の群れが索敵対象。それ以外の群れはスマートグラスに表示」

『了。マスター。上位種がいる集団を”群”。それ以外は集団と認識します。色分けを行います』

「わかった。群れの上位種も解るように色分け。色は、赤の濃さで識別」

『了』

 ヤスも指示が熟れてきた。
 曖昧な部分を消すことはできないが、それでも以前よりもだいぶマシになってきた。エミリアやマルスも学習を行い。ヤスの指示を補正できるようになってきている。

「索敵対象の群を時間的方角と距離で教えてくれ。スマートグラスには進路を表示。進路上の群れと集団はスマートグラスに表示」

『了』

「損傷率は、1%未満の表示はしなくていい」

『了』

損傷率:1%未満
稼働時間:残6時間
風魔法:---回
結界損傷:1%未満

「ディアナ!エミリア!いくぞ!俺の敵を蹴散らすぞ!」

『了』

 ナビにも”了”とだけ表示される。

『11時の方向、接敵12分後。ゴブリを中心とした魔物118体。上位種はゴブリンの上位種と判定』

 アクセルを踏み込む。
 左に向かってハンドルを切る。トラクターのエンジンがうなりを上げる。

 スマートグラスには小集団が表示されている。
 進路上には10の集団や群れが点在している。ヤス車、規模が小さい集団にハンドルを切る。

「いくぞ!」

 自分に気合を入れる意味で声に出したのだが、現状はそれだけで変わるほど優しくはない。

 ヤスのスマートグラスには”赤く染め上がった”進路が表示されている。

 それほど広くはないと言っても、街道になっている部分だけでも道幅?は20mくらいはある。
 ユーラットから領都に向かう道だが、ザール山の麓には森が広がっている。森は神殿の領域内になっている。領域内にはスタンピードで発生した魔物は入ってきていないようだ。そのため、森から街道までの草原部分と街道部分と街道から反対側の草原部分にのみ魔物が氾濫している事になる。

 ヤスが強行軍で山下りをして出た場所は、一番狭まっている場所になる。神殿の領域である森と街道と反対側を切り立った崖になっている部分だ。崖の下は、海になっているので落ちればまず助からないだろう。崖の高さも30m級だ。東尋坊の高さが25mなのでそれよりも高い事になる。

 スタンピードの先頭集団はすでにこの狭い場所を越えている。
 狙いはユーラットで間違いないだろう。

 ヤスは、この狭くなっている部分を確保する事を考えているのだ。
 この部分を守り通せれば、ユーラットから迎撃に出てきたイザーク達の負担も少ないだろうし、領都から来る冒険者たちの負担も少ないだろうと考えたのだ。

 正しい判断かどうかはヤスにはわからない。
 わからないが、大きな群れだけでも潰しておけばなんとかなると思っているのだ。

 ヤスのしているスマートグラスに近づいてきている小集団の内訳が表示される。

”コボルト3のゴブリン6”

 アクセルを踏み込む。
 速度は、50キロを越えている。

 まずは結界+トラクターの質量で跳ね飛ばす事を考えている。これができなければ、尻尾を巻いて逃げ出すしか無い。

 結果はあっけないくらいに簡単に討伐する事ができた。

 スマートグラスに討伐の状況がログとして流れる様に表示される。

「討伐ログは表示しなくていい」

『了。討伐ポイントの表示は必要ですか?』

「必要ない。全部終わってから確認する」

『了』

「エミリア。損傷率の文字と数字は透過させる事はできるか?」

『可能です』

「50%を切るまでは透過率20%で表示。50%を越えたら透過率10%で表示。80%を越えたら赤字で透過なしで表示」

『了』

 スマートグラスの視界がかなりクリアになる。
 魔物が見やすくなり、跳ね飛ばされた魔物を視認できるようになった事だ。

 ヤスは受け入れた。自分が奪った命である事を認識してそれでも自分の為に魔物を駆除する事を心に決めたのだ。
 死んだ魔物を生きている魔物が食べようとしている所も目に入るが気にしては居られない。

 次の小集団に向かう。
 今度は、群れの進路上に位置するようだ。

 体勢を崩すこと無くハンドルを操作する。アクセルを緩めて”風魔法”の発動ボタンを確認する。ハンドルに新たに出現したボタンが”風魔法”の発動だという事は解るのだが、どの程度の規模で殺傷力がわからないので、実践する前に使っておけばよかったとヤスは後悔するのだが、すでに実践に入ってしまっている段階では思いつくのが遅すぎる。
 ぶっつけ本番ではあるが、やらないよりはいいだろう。

”オーク2体。ウルフ系5体”

「風魔法発動!ん?」

 ボタンを押したが何も発動しない。

「エミリア!」

『魔法は、詠唱を必要としますマスターは詠唱破棄が可能なので、魔法のイメージを紡ぎながら発動してください』

「わかった」

 ヤスは言われたとおりに、射程もわからないが、アニメやラノベでは定番な”ウィンドカッター”をイメージして発動した。

「え?」

 ヤスが驚くのにも理由がある。
 目の前のオークの首が切断されたのだ。ウルフ系には届かなかった。狙ったのがオークの首だったので結果は成功だろう。

風魔法:93回

「エミリア。風魔法は、今と同じレベルなら93回使えるという事だな」

『はい』

 ウルフ系を跳ね飛ばして次の獲物に向かう。
 ハンターというよりも”虐殺()”と言った雰囲気がある。結界の損傷もほとんどない状態だ。

 ヤスは小集団との二回に渡る戦闘の結果を受けて安心して魔物を倒せると確信した。
 上位種は風魔法では倒せない可能性もあるが、それでも傷を追わせる事が可能だと考えたのだ。

 その後はあまりヤスも覚えていない。
 エミリアが見つけた群れにトラクターを向かわせて、風魔法を数発打ってから群れの中心にいる上位種に突撃する。
 単純に思えるかもしれないが、相手は武器を持っている場合もある。結界の損傷によってはフロントガラスを割られる心配もあった。

 上位種はセバスの懸念通りに魔法を使ってきた。火魔法や風魔法なら問題は少なかった。結界で阻まれるので、対処を行う必要がない。

 ヤスを困らせて悩ませたのは地形を変えるような土魔法を使われる事だ。
 防御のつもりなのか、土壁をトラクターの目の前に作られた時には、横転しそうになった。横転してしまえばいくらトラクターでも魔物の襲撃を防ぎ切る事は難しい。楽に討伐をしているように見えるヤスも実はギリギリの攻防を繰り返しているのだ。

 上位種が居ない小集団や群れなら風魔法と質量を活かした突撃でほぼ終了する事がわかった。
 魔力も討伐した魔物から漏れた魔素を吸収する事で少しは回復する事がわかった。マルスが、吸収率を上げる事ができないか検討すると報告が入った。

 魔素の吸収で稼働限界が伸びたのは間違いなかったのだ、相手は万を数える魔物だ。

 すでに戦闘が開始されてから3時間が経過した。
 ヤスが討伐した魔物は、3千を数えることができるのだが、まだ魔物は7千以上の生存が確認できている。

 上位種には結界を突破してくる魔物も存在した。
 風魔法を当てても少し怯むだけでトラクターに向かってくる。ヤスも覚悟を決めてアクセルを踏み込む。正面で当たるよりはサイドで跳ね飛ばすほうがいいだろうと考えて、直前でトラクターをスライドさせる。姿勢制御が入っていなければ横転しても不思議ではない動きだったが、女神はヤスに微笑んだ。
 トラクターの速度が緩んだので、そのままギアをバックに入れて上位種に突進する。上位種は踏みとどまった。
 そのまま押し返そうと力が入ったのを確認してギアを1速に戻して前進させる。前に倒れるような形になった魔物をスピンターンして正面から捉えてアクセルを踏み込む。上位種が立ち上がる前にフロントが接触する。乗り上げる形になった。
 ヤスはそのままアクセルを踏み込んでトラクターの重さで上位種を潰す。上位種がトラクターの下に入った瞬間に下に向けて風魔法を放った。

 一番濃かった赤い点が消えた。
 ヤスが勝利した瞬間だ。

 しかし、ヤスは勝利の余韻に浸ることなく次の群れに向かう。

 ヤスと魔物たちの戦場には、ヤスの索敵できる範囲で上位種は確認できない状況にまで持っていく事ができた。

 この時ヤスが神殿を出てから10時間が経過していた。
 辺りは夜の帳が落ち始めていた。