異世界の物流は俺に任せろ


 ヤスは、神殿への道を今度は遠慮する事無く跳ばしていた。

 カウンターをあてながらFITを横に滑らせて走っている。

「エミリア!神殿の結界に触れたら、ストップウォッチを停止!」

”了”

 その間にも、スマートグラスには進むべき道が示されている。
 エミリアは、一度通った道なので、カーブをRでも示されるようになっている。

「エミリア。Rでの表示を、松竹梅の三段階に変更できるか?」

”設定が曖昧です”

「わかった。神殿で全体像を見ることはできるか?」

”可能です”

「ドラレコの映像を確認する事は?」

”可能です”

「神殿に着いてから説明する。今は、Rで示すようにしろ」

”了”

 残りは直線。
 ヤスはアクセルを踏み込む。急に踏み込んでしまったために、軽くホイルスピンをして挙動が崩れた。

(しまった!)

 カウンターをあてて体勢を戻す。
 間違いなく速度が落ちてしまっている。速度が回復しないまま、結界に触れたのだろう、ストップウォッチが止まる。

(9分35秒759)

(これを基準とすればいいか?)
(荷物を積んでいる時には、こんなに早く走れないだろう。ユーラットに繋がる道も何通りか作っておきたいな)
(ラリーカーやスポーツカーで走りたくなってくる)

 ヤスは、くだらないことを考えながら、神殿の入り口まで来た。
 自分では気がついていないようだが、結界の中に入ってからは自動運転に切り替わっている。FITにはそんな機能は搭載されていなかったが、マルスが神殿の機能を把握してからできるようになったようだ。神殿の領域内なら、ディアナの権能がフルに使える事もわかってきた。

 神殿の入り口に近づくと自動的にシャッターが開いた。
 ディアナは、そのままFITを誘導して駐車位置に停めた。

 ヤスは、FITから降りてエレベータに向かう。
 マルスと会話をするのなら、1階が適しているからだ。

 1階は、広い空間にしてあるのだが、そのうち倉庫にしようと考えている。食料品を置く場所ではなく、アーティファクト級の物や遊び道具を置く場所が必要になってくる。そのための場所にするつもりなのだ。

 なにもない部屋だったのだが、ヤスはテーブルと椅子を残っていた討伐ポイントを使って出して設置した。
 必要になるかわからなかったが、有って困るものではないと思ったようだ。同時に、メモが必要になるかもしれないと、紙とペン(ちょっと高かったが、ジェ○トストリ○ムの4色ボールペン)を出した。

「マルス。それで、報告は?」

『マスター。お疲れ様です。いくつかご報告とお願いがあります』

「なんだ?」

 マルスの報告で重要な物からヤスは対処をしていく事にした。

「神殿の最終地点に配置するボスは必須なのか?」

『はい。神殿の最奥部にボスを配置しておかないと、自然発生してしまいます』

「それじゃダメなんか?」

『自然発生の魔物ですと、マスターの支配下に置けません』

「支配下?」

『はい。マスターがコアに行く時に、支配下にない場合には、襲われます』

「何でもいいから配置しておけばいいのか?」

『はい。それで問題はなくなります。神殿の領域が広がった事により、魔物を支配下におけるようになりました』

「わかった。意思ある魔物の方が、いいだろうな。でも、討伐ポイントが・・・。あっ魔力でいいのか・・・。ドラゴンは・・・。流石に高いな。妖精はいいイメージがないな。さすがに最下層のボスでスライムは無いだろう・・・」

 ヤスは、カタログを捲るように魔物が表示されるページを見ている。
 魔物をみながら、もっと大きなディスプレイが欲しいと考えてしまっている。確かに、エミリアは持ち運ぶのには便利なのだが、今のように机に座って使うのならパソコンの方が便利だと思えてくる。

「マルス。最奥部だけど、地形や環境を変えられるか?」

『可能です』

「討伐ポイント?魔力ポイント」

『討伐ポイントです』

「そうか・・・」

 ヤスは、討伐ポイントを確認すると、500を切っている。魔力ポイントは、1万ポイントを少し切るくらいまで増えてきている。

「ボスは一体じゃなきゃダメか?」

『大丈夫です。最奥部の部屋に居る魔物が全部倒されないとコアへの扉が開きません』

「そうか・・・」

 最奥部を見て、地形変更をやってみる。
 森林を選択すると、450討伐ポイントで変更ができるようだ。部屋の中だけに絞れば問題ないようだ。

 ヤスは、最奥部を森林に変更した。

 そして、エミリアに限界まで魔力を注いで、エルダーエントを配置した。
 このエルダーエントには眷属召喚や人化のスキルがある。ヤスは、エルダーエントに神殿内部の管理を任せようと考えているのだ。そして、本当のラスボスを配置する為に、また魔力をエミリアに注ぐ。

 次にヤスが配置したのは、ゴールデンスカラベ10体だ。
 ボス部屋の広さの森林に、親指サイズの魔物10体を探す事ができるだろうか?

 ヤスはそれだけではなく、ほぼ魔力を0にしたスライムを一体”天井”に配置した。天井部分に小さな小部屋を作って、その中にスライムを置いたのだ。そして、天井には残った討伐ポイント全部を使って光を配置した。

 攻略させる気がまったくないボス部屋が完成した瞬間だ。

「マルス。こんな感じでどうだ?」

『ありがとうございます。自然発生の魔物は、定期的に討伐する必要があります』

「自然発生した魔物だと、討伐ポイントが入るのだよな?」

『はい』

「わかった。今後、ゴテゴテに武装した装甲車でも召喚するか?」

『了』

「それで?他にもあるのだよな?」

『はい。神殿から提供される魔力が思った以上に多く使わないと強力な魔物が発生します』

「どうしたらいい?」

『魔力を消費する必要があります』

「うーん。しばらく、神殿内部に魔物を発生させて駆除するしかないかな」

『了』

 家電にて消費するのがベストなのだが、ヤス一人なので完全に消費できるわけではない。それに、必ず居るわけではない。
 今は問題としては小さいのだが、放置は愚策だ。放置していれば問題が大きくなってしまう。何らかの対処をこうじる必要が出てくるのだが、ヤスはこの問題を先送りにする事に決めた。もっと言えば、討伐ポイントが楽に稼げるかもしれない程度に考えているのだ。

「他には?」

『マスターからありました提案を確認した所、硬貨からの討伐ポイント切り替えが可能になりました』

「本当か!」

『はい。効率はすごく悪いので、緊急処置だと考えてください』

「わかった!やり方とレートは?」

『やり方は、エミリアに硬貨を収納しまして、討伐ポイントに変換で実行されます。レートは、大銅貨1枚で1討伐ポイントです』

「やり方はわかった。確かにレートが美味しくないな」

『はい』

 ヤスが躊躇してしまう位に交換レートが良くない。1討伐ポイントが1,000円程度になってしまう計算だ。
 サク○ドロップが、討伐ポイントで出すと1500ポイントが必要になっていることを考えるとサク○ドロップが150万円となってしまう。

「硬貨を変換する方法は無視したほうが良さそうだな」

『はい』

 討伐ポイントや魔力ポイントを貯める必要性はあるのだが、急務では無いと考えていた。

 ひとまず、FITがあれば近隣や少し離れた場所への移動はできると考えて、まずは領都に行ってこの世界のルールを少しでも把握しようと思ったようだ。
 それと、自分の身を守るための武器や防具を揃える必要性を感じているが、FITやモンキーが使える結界の強度を知りたいと思っている。この世界でしっかりと通用するようなら、護身用の武器を持つ程度で十分だと思っているし、最悪は小さなドローンのような物を購入して結界や索敵などの魔法を付与しておけば十分だろうだと思っていた。
 十分なオーバーテクノロジーだが、自分の身を守る為なら妥協する所ではないし妥協する必要はないと考えていた。

 ヤスの誤算は等価とは言わないがもっと安い感じの交換レートだと思っていたのだが、1000円相当が1ポイントになってしまうとは流石に思わなかった。

 自転車やキックスケーターの値段が日本で購入するときの1,000倍になる事になるが、アーティファクトだと考えれば安いのかもしれない。

(安いママチャリが、討伐ポイントで約1万。マウンテンバイクが3万ポイント・・・。間違いなくこっちだろうな。道を考えれば、ロードバイクは無理だろう・・・。クロスバイクも止めたほうが無難だろうな)

(討伐ポイントが貯まってから考えればいいかな・・・)

 無事ボスを配置して、修復が終了したディアナを慣らし運転で走らせて、神殿の様子を確認する事にした。

 ついでにヤスは各階層の階層主を配置しておく事にした。階層主が居た方ががカッコイイというすごく”まっとうな”考えだ。

 そのために、まずはエルダーエントに話を聞きに行く事にしたのだ。

 スマートグラスをかけてモンキーで神殿の中を爆走していった。これがまた面白かった。魔物が出てこない事もだが路面が石畳だったり砂利道だったり土の道だったりといろんな種類が混じっている。車でも楽しいと思うが道幅を限界まで使えるモンキーでの走行は違った面白さがある。

 ヤスは、最下層の直線をフルスロットルで爆走した。

(しまった。地下三階のスロープからストップウォッチを起動すればよかった)

 ボス部屋の扉を開ける。

『マスター!』

「エルダーエントか?」

『はい。マスター!』

 重低音で少しだけ濁った声がヤスの耳に届けられた。
 一本の大木がヤスの前に姿を表した。

「一応、お前がボスだからな。頼むぞ。ここに人が来る事はないと思うが、万が一のときには撃退してくれ」

『かしこまりました』

「人化もできるのだよな?」

『はい。行いましょうか?』

「頼めるか?」

『はい』

 光がエルダーエントに集まって、大樹の全体を覆ってから徐々に小さくなって、徐々に人型に変わっていく。光が収まって、エルダーエントが居た場所には、全裸の男性が一人立っていた。

「服は着られるのか?」

「可能です」

「服を着てくれ、同性でも目のやり場に困る」

「はい。かしこまりました」

 なぜか回転するエルダーエント(人型)。
 回転が終わると、ダークグリーンの燕尾服を着ている。(くろ)執事の”あくまでしつじ”が口癖?のキャラクターが着ているような服になっている。

 ヤスは、こっちでも執事服があるのだと変な感心をしていた。

「マスター。これでよろしいですか?」

「あぁ・・・。エルダーエントが、執事になれるのなら・・・。マルス!エルダーエントなら部屋に入る事ができるのか?」

『できません』

「できるように、ならないのか?」

『支配魔物のままでは無理です。眷属化が必要です』

「眷属化?」

『はい。魔物を、眷属にする事です』

「そりゃぁ解るけどやり方は?」

『不明です』

「おい!」

 思わずツッコミを入れてしまったヤスだったのだが、当然の行為だろう。知らないで眷属化を進めていたのか?

『眷属化は、魔物によって違います。望む事が違うので当然の事だと思います』

「え?あっ・・・そういう事・・・。エルダーエント。俺は、お前を眷属にしたいが、どうしたらいい?」

 本来は屈服させてから問いかけるのだが、ヤスはストレートにエルダーエントに問いかけた。
 びっくりしたのは、マルスだけではない。エルダーエントも自分のマスターがいきなり”眷属にする”と言い出すことは考えていなかった。

 なので、エルダーエントは返事がすぐにできなかった。

 ヤスは、返事が来なかったので、まだ眷属にするのは難しいのかと落胆の表情を浮かべた。

「そうか・・・。いきなりは、無理だよな」

「マスター。違います。私が眷属でよろしいのですか?」

「ん?なにかダメな理由でもあるのか?」

「・・・」

 二人の話は噛み合っていない。
 ヤスは、雑用や神殿の管理を任せたいと思っているだけで、戦闘にはディアナがいるので大丈夫だろうと考えていたのだ。今まで、マルスが行っていたようなスケジュールの管理や物資の管理を行ってほしいと思っているのだ。
 エルダーエントは、眷属になるという事はマスターの近くで戦闘を行うものだと思っている。エルダーエントという種族は、知識や知恵はあるのだが単純な戦闘力では、中級以上の魔物には対抗できない。オークキングやオーガファイターあたりと対等で、ハイランカーの冒険者やワイバーンなどの劣竜種にも対抗できない。ましてや、通常の神殿のボスに採用されるようなキマイラやオルトロスなどには勝つことはできない。盾にもならないだろうと考えている。そんな弱い種族である自分が眷属になることはないと思っているのだ。

「マスター。他に眷属がいらっしゃるのですか?」

”マルス。お前やディアナやエミリアは眷属なのか?”

”違います”

「いない」

「それでは、私が筆頭眷属になってしまいます」

「うーん。俺としては、それでいいと思っているけどな」

「よろしいのですか!」

「あぁ」

「それでしたら、筆頭眷属の栄誉をお受けしたいです」

「どうしたらいい?」

「名前を、私に、マスター自ら名前を与えてください」

 すでに名前は決まっている。
 ダークグリーンの執事服でも、執事は執事。名前は一択だろう。

「わかった。エルダーエントの名は、”セバス”・・・。”セバスチャン”とする」

「はっ我は、セバス・セバスチャン。ご主人さま。ご命令を・・・」

 あっ・・・。ヤスは、やってしまったと思ったが取り消しもかっこ悪いし、セバスは呼び名だとは今更言えない。
 まぁ異世界人でもないと意味はわからないだろうからいいかなと考えていた。
 表情には出さないで、自分のミスを華麗にスルーする事にした。

(うん。これから、執事やメイドが増えたら、セバスチャンが家名だと言えばいいかな。それで、セバスが筆頭だと言えばいいだろう)

 などと適当な事を考えていたのだ。

「セバス。お前には、俺の寝所がある神殿の管理を任せたい」

「はっ!」

「それから、マルス!」

『はい』

「セバス。神殿のコアになっているマルスだ。俺が居ないときには、マルスの指示に従ってくれ」

「かしこまりました。マルス様。よろしくお願い致します」

『了』

「あぁ・・・。でも、セバスが部屋の管理で神殿の1階に移動したらボスを新たに配置する必要があるよな?」

「ご主人さま。神殿の管理だけでしたら、分体が対応できます。雑事を行う個体が必要なら眷属を呼び出す事にします。マルス様から魔力の提供を受ければ、私と同程度の強さの分体なら7体ほど作成が可能です。眷属も時間はかかりますが、10や20程度なら呼び出せます」

「え?そうなの?」

「はい。多少、お時間を頂戴いたしますが可能です」

「分体と眷属は違うのか?」

「はい。分体は、私から産まれますが、眷属は召喚を行います。エントとドリュアスが中心です」

「へぇそうなのか?その分体は戦えるのか?」

「はい。戦えるように調整する事ができます」

「わかった。一人は、執事長として俺のサポートを頼む、他6名はパーティーを組んで無理のない範囲で、神殿の掃除を頼む」

「かしこまりました。ご主人さま。神殿の中に入る者たちの武器や防具をお願いしてよろしいですか?」

「そうだな。わかった用意しよう」

「ありがとうございます。剣士を二人、弓使いを一人、魔法使いを三人」の構成を考えています」

 ヤスが考えていた組み合わせと同じだ。
 武器と防具は、ユーラットのギルドに預けているやつから抜いて渡せばいいと思っている。

「ご主人さま。神殿に入る6名は、男性型3名と女性型3名にする予定です。他の冒険者が来ても怪しまれないように、姿を調整したいと思います」

「わかった。そのあたりの調整は、マルスと相談しながらやってくれ」

「かしこまりました。私は、神殿の最奥部にてエント形態になり分体を操ります」

「眷属は、地下一階と地下二階で手伝いを頼む。喫緊では作業はないと思うが、待機していてくれ、暇なら適当に神殿の領域内なら移動や散策は許可する」

「はい。ありがとうございます」

 ヤスは、気になっていたことをマルスに聞く事にした。

「マルス。セバスの分体なら部屋に入る事ができるよな?」

『可能です。セバスの眷属は入る事ができません』

「それならよかった。セバス。頼むな」

「お任せください」

「さて、今日は戻って寝る。それから、明日はユーラットに行って来る、そのまま領都に行くから、帰ってくるのは5日後だと思う。それまで頼むな。マルス。セバス」

 二人からの返事を聞いてから、ヤスはモンキーに跨って神殿に来たときとは違うルートで帰る事にした。
 ストップウォッチを開始するのを忘れたが、帰りもドライブを楽しんだ。

 ヤスは、夜中にのどが渇いて起きてしまった。

(そうか、少し乾燥しているのだな)

 枕元に置いたエミリアで時間を確認した。

「エミリア。飲み物を用意できるか?」

”了”

 ローテーブルに水が入ったコップが用意される。

(これはこれで便利だけど、メイドさんとか、可愛い奥さんに用意してもらえたらもっといい・・・)

 ヤスはくだらないことを考えながら用意された少しだけ冷たくなっている水を飲み干して、再度時間を確認してからベッドに潜り込んだ。

「エミリア。5時になったら起こしてくれ」

”了”

 ヤスが布団に入る。
 月が優しく神殿を照らしている。まだ起きる時間ではない。

 ヤスは布団の中で二度寝という素晴らしい()()を楽しむことにした。ギリギリまで寝るのはどこの世界でも同じなのだろう。

 しかし、遠足前の子供の様に楽しみすぎて寝られない()()もまた世界が変わっても同じである。

 ユーラットでは、リーゼがすでに起き出して、ヤスが”いつ”来るのかと()()と宿屋を行ったり来たりを繰り返している。
 アフネスが呆れていい加減にしないとヤスと一緒に行かせないと怒った。渋々だが自分の部屋に戻ってベッドに横になった。横になるだけで寝られるわけではない。ヤスが二度寝を楽しんでいる時にもリーゼは布団の中でモゾモゾしていた。

 ヤスが裏門に現れるまでリーゼはワクワクした気持ちを抑える事ができなかった。
 領都までの道は知っていた。実際には、ほぼ一本道で太い道を進めば到着できる。リーゼの道案内はほぼ必要ない。ヤスとしては、リーゼが道案内だということもだがこの世界の常識を知っているリーゼを必要としていたのだ。

 リーゼは、初めてユーラットの町以外に行く事が楽しみでたまらないのだ。
 それも、アーティファクトに乗って行くのだ。それを楽しみにするなと言う方が無理な相談かもしれない。

 ウトウトしては起き出して窓から外を確認する。
 そんなことをリーゼは朝日が登るまで繰り返していた。朝日が登ってもうすぐヤスが()()に現れる頃にリーゼは睡魔に襲われ始めていた。遠足前の子供より始末に負えない。

 ヤスはエミリアに5時ピッタリに起こされた。
 いい加減な性格で大雑把な性格をしているヤスだが、目覚まし時計には従うのだ。

(さて、行くか!)

 朝はどうするかと思って三階に降りると、セバスが食事を用意して待っていた。

「ご主人さま。マルス様にお聞きして、ご主人さまでも食べられる物を用意致しました」

「お。ありがとう」

 セバスが用意した朝食はこちらの世界ではスタンダードな物だったが、ヤスには少し”味”の面で不満が残った。今後に期待する事にした。

「行ってくる。セバス。神殿やマルスのことを頼む」

「はい。ご主人さま」

 セバスは地下一階まで着いてきて、ヤスがFITに乗って、駐車スペースから出ていくまで見送った。
 それから小走りで最下層を目指すのだった。まだ分体が作る事ができるほどの魔力が貯まっていなかったのだが、マルスからヤスが夜中に起き出してしまったと連絡を受けて、様子を見に来たのだ。途中で湧き出していた魔物を数体倒して戦闘にも問題がないことを確認していた。

 食事も、マルスから聞いたて味の概念がまだわからない事から眷属を呼び出して研究する必要があると考えている。

 セバスは、最下層に着いてから魔力を温存する形態に戻った。
 ヤスのために・・・。自分を眷属にしてくれたマスターの為に・・・。

 そんな事になっているとは知らないヤスは今回も快調に跳ばしていた。

 ユーラットの裏門が見えてきた。
 いつもの位置にFITを停めて裏門から入る。宿にはよらずに、ギルドに顔を出す。

 今日もドーリスが受付に座っていて、ヤスを見るとすぐにダーホスの所に通してくれた。

「ヤス殿!」

「悪い。早かったか?」

「いえ、大丈夫です。書類は準備できています」

「それで悪いけど、剣を2本と弓を1つと魔法発動媒体を3つと男性用の防具を3組と女性用の防具を3組ほど選んでほしいけどいいか?」

「構いませんがどうされるのですか?」

「なぁに、少しな。それは買い取りから外したい。頼めるか?」

「構いませんが、武器はいいのですが、防具はどういう組み合わせで?」

「組み合わせ?」

 ダーホスは、息を大きく吐き出しながら防具の説明をヤスにした。
 軽装なのか重装備なのかでだいぶ違ってくるうえに、パーティーの組み合わせでも違ってくると説明された。

「うーん。面倒だな。男女で軽装から重装備までいいものを6組選んでくれ」

「はぁ・・・。まぁいいですよ。剣はどうします?」

「そうだな・・・。ダーホスが、パーティーを組んだときに使いたい武器を選んでくれればいい」

「・・・。わかりました。私が欲しいと思えるような物を、先程の組み合わせで選べばいいですか?」

「あぁそれでいい。防具もその基準でいい」

「わかった。書類を修正する必要があるので、30分後にまた来てくれ」

「わかった。リーゼを呼びに行ってくる」

 ヤスは、ギルドを出て宿屋に向かった。
 宿屋では、リーゼが”裏門”の方を見てソワソワしていた。ヤスが後ろから近づいているのに気が付かないリーゼの後ろから声を掛ける事にした。

「リーゼ!」

 びっくりして振り向いたリーゼの顔の前で軽く手を叩くヤス。猫騙しだったのだが、それが思いのほか成功してしまった。リーゼは驚いてよろけて転びそうになったので、慌ててヤスが手を伸ばして抱き寄せる格好になった。

「ヤス!ひどいよ!すぐに宿屋に来てよ!僕、朝から待っていたよ!」

 腕の中に収まりながら文句を言うリーゼの頭を軽くなでながら。

「悪い。悪い。ダーホスに頼み事があってギルドに行っていた。30分くらいでギルドの準備も終わるけど、リーゼはその格好でいいのか?」

「ふぇ?」

 可愛らしい反応だったが、自分の格好を思い出して赤くなりつつある。
 リーザは、待ちきれないのと、ヤスがいつ来るのかわからないから、寝間着に近い格好で外に出ていたのだ。エルフ族の習慣なのか家や安心できる場所で寝るときの格好をしていたのだ。どんな格好だったのかは、リーゼの名誉の為に内緒にしておこう。リーザが今の格好を思い出して、それもヤスの腕の中に収まっている状況を考えれば、顔が赤くなって白くて綺麗な首筋まで赤くなってしまうのはしょうがない事だろう。

「リーゼ!!あっヤス。リーゼを迎えに?そのまま連れて行くかい?」

「俺としては構わないけど、流石にその格好じゃ領都についてもアーティファクトから降ろせないぞ?」

「私としては、そのまま神殿に連れて行ってもらっても構わないのだけどな」

「それは魅力的な話だけど、まだまだ若いな。あと10年後に頼むよ」

「わかった。わかった。リーゼ。ほら、いつまでもヤスに抱かれていないで、着替えて出かけられる格好になりな。そうだ、ヤス!朝ごはんは?」

「朝は神殿で食べてきた。飲み物だけもらえるか?」

「はいよ」

 ヤスは少しだけ安堵した。
 煩い男(ロブアン)は買い出しに出ているようで宿屋に居なかった。居たら、リーゼがこんな格好で外に出る事もなかったのだろう。

 アフネスは首筋がまだ赤いリーゼを連れて奥に入っていく、ヤスは椅子に座って待っている事にした。
 真面目な表情をしているが、考えている事はかなり失礼な事だった。

(リーゼの奴・・・。小さいながらもしっかりと弾力が有ったな。生意気にも雌の匂いをさせていたな。小さいながらも確かな感触もあったな。小さいながらも)

 一度奥に引っ込んだアフネスが飲み物を持って戻ってきた。

「ヤス。時間は大丈夫かい?」

「あぁ別に遅れても問題ない。ギルドからは30分くらいはかかると言われたからな」

「わかった。これでも飲んで待っていてくれ」

「いいよ。あっ!アフネス。リーゼにやった短剣は、俺がリーゼにあげた物だからな。宝飾品も同じで料金は必要ないからな!」

「はいはい。わかった、わかった。無理に渡そうとはしない。その代わり、リーゼのことを頼むからね」

「わかっている」

「・・・。それなら・・・。いい・・・」

 アフネスはなにかを言い掛けて辞めた。ヤスにそこまでのこと(リーゼの事情)を背負わせるのは間違っていると思ったのだ。

 ヤスもあえて何も聞かなかった。
 アフネスに問い返せば教えてくるとは思っていたのだが、聞いても何もしてやれない可能性がある。そんな事を聞いてもしょうがないと思ったのだ。それに、アフネスなら必要になれば教えてくれるだろうし話してくれると思っている。

 少しの沈黙の後・・・。アフネスは立ち上がって、奥に戻っていった。
 リーゼのアフネスを呼ぶ声が奥から聞こえた。

(それにしても、リーゼはなにか秘密があるのだろう。姫様だって事は確定だけど、この町からでた事がないとか・・・隠していたのだろう?それに、元締めがアフネスとなると、ロブアンもなにか別の役割があるのだろうな。そして、漁師の大半がエルフ族かハーフエルフだったのも気になった。リーゼの奴はそんな事言っていなかった。もしかしたらこの町に何か秘密があるのかもしれない)

 20分ほどしてからリーゼがアフネスと一緒に戻ってきた

「ほぉ・・・。馬子にも衣装とはよく言ったものだな」

 リーゼが着てきたのは普段着ではない。肩を出したドレスだ。確かに、場所で行くのなら不釣り合いだが、アーティファクトで移動して今日中に到着できるのなら別に問題は無いだろう。

(途中で着替えるような事があったらどうするのだろう?最悪は、FITの中で着替えさせればいいかな)

「”まごにもいしょう”?」

「あぁ気にするな。すごく綺麗で可愛いって意味だ」

 本当の意味を告げると怒られそうだと思ったヤスはとっさに誤魔化した。
 それが正解だったことは、リーゼの顔を見ればすぐに解る。

 ニコニコ顔で、照れているのが解る。

「さて、アフネス。それで?リーゼに案内させるのはいいが、領都ではどうしたらいい?リーゼを一人で歩かせるのは・・・。危険だよな。いろいろな意味で」

 ヤスは、チラリとまだ照れているリーゼを見る。
 素直に可愛いとは思う。後10年とは言わない。5年後ならどうなっているかわからない。でも今はまだヤスにとっては近所の可愛い女の子程度でしかない。
 ヤスは”そう(近所の女の子と)”思い込もうとしている。

「そうだね。ヤス。頼まれてくれるか?」

「それは、この前の食料と調味料を集めてくれると言った事への報酬という事でいいのか?」

「ん?あぁそうだな。ヤス。リーゼを領都でギルドまで連れて行って欲しい。その後は、ギルドに居る(連絡員)が対応してくれるはずだ」

「わかった。丁度、俺もギルドに行く用事があるから丁度いい。他には?」

「そうだな。領都から帰ってくるときも、リーゼを連れて帰ってきてくれ。リーゼが領都を見て回りたいといい出したら一緒に居てやってほしい」

「わかった。それは、領都をリーゼに案内させる事でいいのか?」

「いいが、リーゼは領都のことを知らないぞ?」

「俺よりは詳しいだろう?それに、リーゼならギルドに居る(連絡員)に聞く事もできるだろう。俺が聞いたら怪しすぎるからな」

「僕!ヤスを案内するよ!」

 照れから復活したリーゼが食いついてきた。

「お!リーゼ。頼むな」

「うん!でも、どこに行きたいの?」

「そもそも、領都に何があるのかわからないからな。行ってから考えるけど、食料や香辛料や調味料が欲しいかな。あとは、実際に武器や防具を見ておきたい」

「それなら市場に行けばいいよね?」

「市場ならギルドで場所を聞けば解る」

 アフネスが教えてくれたことにより、リーゼに市場を案内してもらう事が確定した。

「そうだ、アフネス。領都で1泊する事になると思うけど、おすすめの宿はあるか?」

「あ!それなら僕が泊まる予定だった場所でいいよね?」

 ヤスは、自分が言い出した事だが1泊で終わらない予感を持っていた。
 リーゼの用事を詳しく聞いていないのだ。手紙を届ける事になっているのは知っているのだが、返事を貰ってくる必要があるような場合には一日で終わるとは思えない。

「なぁアフネス。リーゼが本当にすべき予定は別にあるよな?」

 眉を少しだけ動かして冷静を取り戻すアフネスだが、ヤスが言った事は間違いではない。
 リーゼに持たせる手紙は、以前なら”領都”で問題はなかった。しかし、ヤスが神殿を攻略してしまった事実ができたために、”領都”に居る連絡員では判断ができない事象が起きてしまっている。そのために、王都に行って”エルフの里の連絡員”に連絡を付けなければならない。

 アフネスは最初ヤスに頼んでエルフの里までリーゼを運んでもらおうかと思ったのだが時期尚早だと判断した。
 ヤスならエルフの里までかなり早く到達できる。それだけではなくアーティファクトを見せれば神殿を攻略したという説明に真実味をもたせる事ができる。しかしエルフ族以外の者が里に入って”何もされない”可能性のほうが低い。それに、リーゼが一緒だと余計に気分を悪くしてしまう可能性が高い。今の状態でも実勢だけで考えれば連れて行くには十分なのだが、連れて行ったためにヤスが敵対してしまう可能性がある。アフネスはそれだけは避けなければならないと考えている。

「あるのだが、それは別の者の仕事だから大丈夫だ」

「返事を待たなくてもいいのか?」

「問題ない」

「それなら・・・。別に、いいかな。4-5日待つようなら自分で行った方が早いと思っていただけだし、それ以上待つようなら一旦帰ってこようと思っただけだからな」

 ヤスは手紙を出したら返事を貰ってくる物だと考えていた。アフネスは手紙が届かないことも考えているために返事を待つような事は考えていない。返事が必要な連絡事項なら連絡員が”エルフの里”に赴くことになる。そうなると、内容によっては3ヶ月や4ヶ月くらいは余裕でかかってしまうだろう。

「大丈夫だ。疲れもあるだろうから、領都での一泊は頼みたい」

「わかった」

 ヤスは出された物を飲み干して席から立ち上がった。

「ヤス。行くのか?」

「そろそろいい時間だろう?リーゼの準備も終わっている見たいだからな。そうだ!アフネス。途中で食べる飯とか用意できるか?リーゼなら持っていけるだろう?簡単に食べられる物でいいから頼めるか?」

「わかった用意しよう。ギルドの帰りに寄ってくれ」

「頼む。4食分・・・。いや、安全を見ると5食分あれば大丈夫だと思う」

「わかった、6食分用意する」

「いくらだ?」

「そうだな。飲み物込みで、銀貨1枚でどうだ?」

「わかった」

 ヤスはポケットから銀貨を取り出してアフネスに渡す。

「リーゼ!」

 ヤスの後に付いていこうとしたリーゼをアフネスが呼び止める。手伝わせるようだ。リーゼはヤスに助けを求めるような目線を送るが、ヤスは気が付かないフリをして宿を出てギルドに向かった。

「ドーリス。準備はどうだ?」

「はい。できています。書類はこれです」

 3通の封書を受け取る。封書には宛名と簡単な内容が書かれている。それと、重要度を示すマークが付けられていて、ヤスが見てもわからないのだがギルド職員が見れば解る様になっている。

 領都のギルドマスター宛てが二通。
 ヤスが持ってきた武器・防具・宝石類の買い取り依頼に関する事だ。鑑定だけなら、ユーラットのギルドでもできたのだが、値段を積み上げていくと支払いができない事が判明した。領都ではユーラットで買い取りを行う場合と違って、冒険者ギルドで一括になってしまう。武器や防具は問題ないのだが宝石や宝飾品は安くなってしまうので、ヤスと敵対したくないダーホスは、注意書きで冒険者ギルドのマスターに伝える事にしたのだ。商業ギルドを巻き込んで買い取りをして欲しい事を追記したのだ。
 もう一通は、冒険者ギルドから領主に渡してもらう”神殿”に関しての報告書だ。最重要のマークを押している事から問題なく領主に届くだろう。ヤスが神殿を攻略した事や手中におさめている事を綴った書類だ。それに合わせてヤスの人となりをダーホスなりに感じたことを書いてある。

 最後の一通は、武器と防具と宝石類の目録になっている。もちろん、ヤスが持ち帰る12組の防具と10種類の武器は外してある。
 武器がヤスの指定よりも多くなっているのは、ダーホスが甲乙つけがたいと思った物が多かったからだ。そして、ヤスが使わないと言えば、ダーホスが買い取ろうと考えていたのだ。

 ヤスは封書を受け取ってから、ダーホスが居るギルドの倉庫に向かった。
 倉庫では、武器と防具の最終確認が行われていた。

「ヤス殿」

「わるいな。こっちがダーホスがいいと認めたものか?」

「そうだ。俺が現役なら使いたいと思う物を選んでおいた」

「助かる」

 それでも全部で100点以上ある。ヤスはダーホスから説明を受けながら一点一点確認しながら収納していく。

「これで全部だ」

「あぁ」

「ヤス殿。すぐに向かうのか?」

「そのつもりだ。リーゼも待っているからな」

「わかった。これを持っていってくれ」

「これは?」

 ヤスは、ダーホスから書簡を受け取る。

「領都のギルドマスターへの紹介状だ」

「お。ありがとう。それじゃ行ってくる」

「頼む」

「依頼を受けたからな!」

 手を振りながら、倉庫を出て宿に向かう。
 宿ではすでに準備が終わったリーゼが表まで出てきて待っていた。

「ヤス!遅い!」

「わるい。わるい。それで準備はいいのか?」

「うん!早く行こう!裏門?」

「あぁ」

 リーゼは本当に待ちきれないのか、ヤスの手を引っ張って裏門に急いだ。

「リーゼ。準備は本当に大丈夫なのか?」

「おばさんに確認したから大丈夫!」

 リーゼの声を聞いてアフネスが宿から出てくる。

「おい!アフネス!本当に大丈夫なのか?」

 アフネスがヤスを手招きしている。

「リーゼ。なんか、アフネスが俺に話があるらしい。先に行っていてくれ」

「うん!わかった!」

 本当に、飛ぶようにリーゼが裏門に向かっていく、ヤスはリーゼを見送ってから、アフネスの所に歩み寄った。

「ヤス。頼むわよ」

「解っている。そんなに心配ならリーゼを置いていくぞ?案内なら、ギルドで頼めば居るだろう?」

「ヤス。今、リーゼにそんな事を言ってもダメな事位解っているでしょ?」

 ヤスは、苦笑で返すしかなかった。
 そのくらいわかりきっている。すでに、目の前からアーティファクト(HONDA FIT)に移動して、周りをぐるぐるしている好奇心が旺盛な女の子のことを思い浮かべる。

「ヤス」

「なんだよ?」

 アフネスがヤスの近くに来て耳元で囁くようにつぶやく

「リーゼは、安心できる場所で寝る時には下着を付けないよ」

「はぁ?」

「ヤスと一緒なら間違いなくリーゼは下着つけないで寝るから襲うならその時にしな」

「アフネス!」

「ハハハ。襲ったら責任を取って、リーゼと一緒になってもらうけどね」

「しねぇよ。子供は守備範囲外だ」

 裏門から、ヤスを呼ぶリーゼの声が聞こえる。

「ほら、リーゼが呼んでいるよ。行ってきなさい。あっそうだ!ヤス。これを渡しておく」

 アフネスはヤスに、素材はわからないのだが”割符”の様な”鍵”のような不思議な物体を渡した。

「これは?」

「エルフ族なら解る物で、ユーラットの町のお守りだよ。ヤスとリーゼを守ってくれる物よ」

「ふぅーん。わかった。怪しそうなエルフ族が居たら見せればいいのだな」

「そうね。リーゼは知らないから聞いても無駄よ」

「そうなのか・・・。ふぅーん。聞いても教えてはくれそうにないな。まぁいい。行ってくるな」

 アフネスはヤスの背中を叩いて送り出した。
 ヤスも手を上げて答えてから裏門に向かった。

 ヤスが裏門から出ると、リーゼはFITの周りをぐるぐる回っている。触るようなことをしていないのは、アーティファクトで何があるのかわからないからなのだろう。

「リーゼ。おまたせ」

「遅いよ!おばさんとの話は終わったの?」

 ヤスは、裏門から出て扉を閉めて鍵をかける。
 鍵に付いている紐に指を通して器用に回している。

「あぁ終わった。リーゼの秘密を聞いただけだから気にするな」

「えぇぇぇぇ!!僕の秘密?え?なに?教えてよ!」

「教えてもいいが、そうしたら、リーゼは俺と一緒の部屋で寝ることになるぞ?いいのか?」

「え?もともとそのつもりだよ。宿泊代がもったいないし、1泊だけだよ?あっ身体を拭く時には外に出てもらうよ!?」

 ヤスは頭を抱えてしまいたくなった。
 警戒心を持たせて別々の部屋に泊まる事を考えていた。ヤスはせっかく領都に行くのだから娼館デビューをこっそりと考えていたのだ。日本の箱ヘルとは違うのだろうと考えて少しだけワクワクしていたのは内緒だ。リーゼが一緒の部屋だと抜け出す事が難しいだけではなく、抜け出した事がばれたときのリーゼの反応やアフネスからの追求を考えると面倒だという気持ちが先に出てしまう。

「リーゼ。俺が男だって事を忘れていないか?」

「忘れてないよ?なんで?」

「あぁ・・・。わかった、もういい。裏門も閉めたから・・・。行くか?」

「うん!でも、ヤス。どうやって乗るの?」

 ヤスは不思議に思った。
 この子はバカなのではという思いも出てくる。

(この前乗っただろう?)
(そうか、ドアの開け方がわからないのか?そうだ!)

 ヤスは、運転席のドアの取っ手にあるボタンを押した。ミラーが自動で開く。
 リーゼは、ミラーが動いた事で少し距離を取る。

「リーゼ!」

「なに?」

「ドアの取っ手が有るだろう。それを握って引っ張ってみてくれ」

「爆発したりしない?何か、魔法がかかっているよね?」

「爆発したりしないし、魔法もかかっていない」

「本当?」

 ヤスは少しだけ心配になって助手席側に移動した。

 ヤスは、リーゼの手を取っ手に誘導した。

「ヤス?」

「リーゼ。そのまま、取っ手を握って、引っ張ってみてくれ。リーゼなら開けられると思う」

「本当?」

 リーザが少しだけ力を入れて取っ手を引っ張ると、ドアが開く音がした。

(リーゼなら開けられるのだな)

”個体名リーゼは、神殿の入場が許可されていますので、ディアナへの接触も許可されています”

「乗れよ」

 ドアを持ったまま固まっていたリーゼに声をかける。

「うん!」

「乗ったら閉めろよ。足には注意しろよ。あと、服も挟むなよ」

「わかった!」

 馬車に乗る時にも服や足には注意しなければならないので、挟むことなく自分でドアを閉められた。
 何が嬉しいのか、リーゼは顔がにやけている。FITに乗り込んで、ヤスを見る目がまた嬉しそうだ。今日は、髪の毛もアフネスにセットしてもらったのだろうか、エルフ族の特徴である耳を隠して可愛い髪型にしている。

 ヤスは少し怪しい(半ドア)かな?と、思ったが、スタートさせれば解るだろうと思って、そのまま運転席に乗り込もうとした。

”マスター。後部座席を倒してトランクルームを広くして荷物を出すことをおすすめします”

”なぜだ?”

”マスターの知識から、領都に入る場合には荷物を見られる可能性があります。荷物が無いと怪しすぎます”

”たしかにな”

「リーゼ。少し待ってくれ」

「ん?何か忘れ物?」

「あぁ違う。違う。後ろに荷物を積み込んで起きたいと思っただけだぞ」

「僕も手伝うよ?」

「いいよ。すぐに終わる」

 ヤスは、降りて後ろに回った。
 エミリアに指示をして荷物を置く。箱のような物もダーホスから貰っていたので、そのまま使う事にした。
 リーゼが身を乗り出して後ろを見ている。何が珍しいのかわからないのだが、ガン見している。

 荷物の積み込み?は、5分くらいで終了した。

 ヤスは運転席に戻ってシートベルトをする。

「ヤス・・・」

「できるだろう?」

「うぅ・・・」

 少しだけ甘えるような声を出して、ヤスを見つめる。

「わかった。わかった」

 ヤスは自分のシートベルトを一度外して、リーゼのシートベルトをしてやることにした。
 リーゼのシートベルトがはまった事を確認して、自分のシートベルトをしてエンジンをスタートした。

「一旦、正門に出て、イザークに鍵を返してから、領都に向かうからな」

「うん!」

 荷物を積んでいるので、ヤスはゆっくりと方向を変えた。
 ナビの同期が終了しているので、スマートグラスは今は使っていない。高速走行が必要になったら使うつもりでいるのだが、今は必要ないと思っている。

 ナビには、近隣の地図が表示されている。
 赤く光る点がない事から、敵対する(魔物)が近くには存在しない事がわかる。

 正門について、ヤスは裏門の鍵をイザークに返した。

「ヤス。領都まで行くのだよな?」

「あぁ」

「無事に帰ってこいよ」

「もちろん。まだまだやりたい事があるからな」

「ハハハ」

 鍵を返して、FITに乗り込んでシートベルトをした。

「リーゼ。道案内を頼むな」

「うん!任せて!」

 ヤスもこの時点では、リーゼの道案内をあてにしていた。

 それが崩れたのは、走り出して2時間ほど経ってからだ。

「ヤス!ヤス!あれ何?」

「リーゼ。俺が知っていると思うか?そもそも、道は合っているのか?」

「合っているよ!おばさんにも確認したから大丈夫!」

 前回リーゼを拾った場所からユーラットまでの道はディアナが覚えていた。そのために、ナビには道が表示されている。
 そして、初めてのY字になっている場所が見えてきた。

「リーゼ。どっちだ?」

 ナビのルートでは右を指している。

 リーゼは、迷いながら”左”を指した。

 ヤスは絶望した表情で、ハンドルを”右”に切った。

「アンタ。もう大丈夫よ」

「リーゼ様は領都に向かったか?」

「えぇ」

「それにしても、本当にヤスをリーゼ様の伴侶に考えているのか?」

「そうね。そうなればいいと思っているけど、ヤスはどうもまだまだのようね。リーゼ様は・・・」

「そうだな。あんな”耳”をされたら認めるしか無いな」

 リーゼ様は口では否定しているが、耳がリーゼ様の心を映し出している。
 エルフは、感情が現れるのは耳だ。だからではないが、髪の毛で耳を隠すエルフが多い。特に、エルフの里で育った者たちは、隠す傾向にある。

 しかし、リーゼ様はユーラットの近くで産まれてユーラットで育った。そのために、エルフの常識に疎い。髪の毛は長くしているが、耳を出している。リーゼ様なりにエルフである事に誇りを持っているのだろう。エルフの証明となる耳を顕にしているのだ。
 私もロブアンもこれまでにリーゼ様がエルフに興味を示すように・・・。エルフの常識を教える意味でエルフの里経由で里を出て生活しているエルフを紹介してもらって、ユーラットに住んでもらった。それだけではなく、男性に恐怖心を持たないように冒険者や商人になった者を招待してはリーゼに会わせたのだが、今までリーゼの耳が動く事はなかった。

 初めてリーゼ様とヤスを見た時にリーゼ様の耳が下がっている事に驚愕した。
 警戒心で耳が常に立っていたリーゼ様が心を開きかけている。それも、見たこともない人族の男にだ。
 ロブアンは、最初に聞いた時には信じなかった。自分で見ても信じたくなかったのだ。それはリーゼ様が可愛くて仕方がないという思いが強いのは当然有ったのだが、リーゼ様の母親と同じ事になってしまうのではないかという危惧が頭から離れないからだろう。私も同じなのだ。

 アフネスは、リーゼ様の為にヤスをいろいろ試した。
 しかし、解ったことは、”よくわからない”事がわかっただけだ。

「アンタは、ヤスをどう思う?」

「あぁ悪い奴じゃねぇのは間違いなさそうだ。港の奴らにも聞いたが、ヤスの奴・・・」

「どうしたの?」

「婆さんが干したアジを買いたいと言ったらしいが、ダメだと言うとすぐに引き下がったらしい」

「その話なら聞いたわよ。”元締め”というセリフだけで私のことを見抜いたようね。多分、アンタの事も見当が付いているかもしれないわね」

「あいつ・・・。バカなのは確定だが、俺には判断できない。ただのスケベだったらここまで悩むことはなかった」

「そうね。それなら、リーゼ様があそこまで耳を垂らす事もなかったのにね。それにしても、アンタの鑑定でも見抜けないのよね?」

「あぁ人族なのかも怪しいが、人族としか判断できない。知力Hなのは多分魔法の扱いができないと思ったのだが、そういうわけでもなさそうだ」

「そうね。人非人なのかと思ったけど、言葉が通じるし、文字を読むことができる」

「アフネス。一つだけわからない事があった」

「なに?」

「ヤスの奴は、リーゼ様が持っていったメニューを読んだよな?」

「そうね」

古代エルフ(ハイエルフ)語で書かれていた部分も読んでいなかったか?」

「そうなの?」

「もしかしたら知識として持っていたのかもしれないが、糸引き豆を”ナットウ”と呼んでいた」

「それは、人非人なら読めると言っていたわよ?」

「うーん。そうだよな。本当に、あいつの事がわからない。悪い人間では無いのは間違い無いな。バカでスケベだけど・・・」

「そうね。バカでスケベだけど、誠実な人間だと思うわよ」

 リーゼ様が間違いなく惚れている。まだ淡い気持ちで本人は無自覚なのかもしれない。
 ゴブリンの群れから救われたのなら惚れないほうが無理だという事だろうけど、厄介な人間である事は間違い無いだろう。

 リーゼ様の事だけなら私たちの考えだけでなんとかなるとは思っていたけど、神殿を攻略しているとなったら話は別だ。話が大きくなりすぎる。隠せるのなら、隠し通したいが・・・。無理だろう。そのためにも早めにエルフの里に連絡をしなければならない。ユーラット神殿は、エルフ族が認めた数少ない神殿で未攻略だったはずだ。そもそも神殿の敷地内に入ることさえできなかった。
 ダーホスも似たような報告を冒険者ギルドや王国にあげているはずだ。

 ヤスは攻略を覚えていないと言っていた。
 直感でヤスが嘘を言っているとは思わなかった。ただ、本当のことを言っているとも思えない。

「それで、アフネス。どうするのだ?」

 ”どうする”は決まっている。

「里からの連絡を待って見る。返事が来なければ、勝手にする」

「わかった。その方針で問題ないと思う」

 ヤス本人の事も問題なのだが、ヤスが使っているアーティファクトも問題だ火種になると言ってもいい。
 あれは、エルフの里だけではなく、バッケスホーフ王国もアデヴィト帝国やフォラント共和国やラインラント法国が欲しがるに違いない。対魔物と考えても有効だ。それだけではなく、ヤスがユーラットから神殿に行く時に物資を簡単に運んだ事を考えれば兵站事情が大きく変わってしまう。
 人は運ばないと言っているが、ヤスの言い方から考えれば、人は”運べる”が”運びたくない”が真相なのだろう。戦争や紛争に関わりたくないと言っていたのがヤスの正直な気持ちなのだろう。その点は評価したい。

 アーティファクトが操作できるのがヤスだけという説明もなんとなく怪しいと思うのだが見た感じではどうやって動かしているのか判断できない。ヤスも本当の意味で理解しているとは思えない。

 敵対しない事は大前提だ。
 ヤスを隠す事はできない。ヤスが望んでいない。

 エルフの里は動くだろう。里が動いたら、動いたという事実だけで、情報が拡散するのは間違いない。
 ギルドも動くだろう。ギルドは、間違いなくヤスを守るだろう。国を相手にするよりも、神殿一つを相手にするほうが厄介だ。それに、ユーラットの神殿がヤスの使っているアーティファクトを生み出すだけの能力だけのはずがない。自分たちはそう思っても、エルフの里の者や”あの国”の者は絶対に違うと考えるだろう。
 エルフの里に伝わる伝承が本当ならユーラットの神殿が持っている能力は”権力者が最も欲する能力”なのだ。権力者だけではない。豪商なども欲するだろう。金と権力を握った者たちが欲する能力がユーラットの神殿には眠っていると言われている。

 そして・・・。ヤスの生まれも気になる。髪の毛の色は違うが、顔立ちは・・・。

「アンタ。もしかしたら・・・」

「ありえるな。どうする?」

 脳裏には、リーゼ様の父親の姿が浮かんでいた。そして、とある国の名前もだ。

「どうするも何も、私は約束を守る。リーゼ様を奴らには渡さない。そのためにもヤスを利用する」

「そうだな。そうすると、リーゼ様に父親のことを教えないとダメだろうな」

「・・・。それでも、リーゼ様の自由は誰にも犯させない」

「あぁもちろんだ。そのために、俺たちは居るのだからな」

 ヤスがギルドに武器や防具や宝飾品の買い取り依頼をしたと聞いて割り込んだ。買い取りは、ユーラットのギルドでも十分可能だった。鑑定もダーホスとドーリスが行う事ができるのだ。ヤスに支払う対価が足りなかったのは事実だったがヤスは商業ギルドのギルド員である事からヤスに信用取引を持ちかければいいだけなのだ。商業ギルドとしてヤスから借りている事にする事もできたのだ。
 ギルドからの依頼という理由を作ってもらった。ダーホスには借りを作る形になってしまったが、十分な成果だろう。ヤスが、リーゼ様の護衛を受けてくれなかったのは計算外だったのだが問題はなかった。リーゼ様を領都まで運んでもらえれば十分だ。

 ヤスがリーゼ様に手を出す可能性は低いだろう。
 でも、それならそれでリーゼ様のヤスへの気持ちが固まる可能性だってある。そして、アーティファクトを操るヤスに不埒な者が絡むのはほぼ確定だろう。そうなったときのヤスの人柄を見る事もできる。

「ヤス殿は行ったか?」

 イザークは後ろから声を賭けられたが正面を向いたままでも、声の主は解っている。

「あぁ律儀に裏門の鍵を返すために立ち寄ってくれたよ」

「そうか・・・。イザーク・・・。いや、いい。忘れてくれ」

「そうだな。できれば、帰ってきて欲しいよな」

「大丈夫。そのためのリーゼだろう?」

「そうだな」

 二人は、ヤスが走り去った道を見ている。

「イザーク。ヤス殿のアーティファクトを”どう”考える?」

「ダーホス。いや、ギルド長。質問の意味がわかりません」

 イザークは、ダーホスというユーラットで昔から呼んでいる名前ではなく肩書で呼んだ。

「ヤス殿と敵対するつもりは一切ない。無いのだが、危なっかしい・・・と、思っているだけだ」

 イザークは、ダーホスがヤスからアーティファクトをその先にある神殿をギルドが専有するつもりでは無いかと考えた。ダーホスにはそのつもりが無くても、冒険者ギルドは神殿を専有したいと考えるだろう。商業ギルドは、アーティファクトを専有したいと考えるのは間違いない。イザークも、アフネスとロブアンから話を聞いて賛同している。二人ほどリーゼを守ろうと考えているわけではないが、普段から世話になっているアフネスとロブアンの話を優先するのは当然の事だと思っている。
 ダーホスにも世話になっているが、ダーホスの場合には対価の交換をしているだけで一方的に世話になっているわけではない

「たしかに・・・。あのアーティファクトはできれば秘匿しておいたほうがいいとは思う。思うのだが、あのアーティファクトがなければ神殿を攻略したと言っても誰も信じないだろう。俺もアフネスやダーホスから聞かなければ信じないと思う」

「あぁ自分で見ても・・・。コアの光は信じられませんでしたよ」

「アフネスからも聞いたが、すごかったのだろう?神話の世界だと言っていた」

「えぇその言葉がチープに思えるくらいすごかったですよ」

「俺も見たかったな。無理矢理にでもついていけばよかったかな」

「辞めておいてよかったですよ。イザークは馬車でも酔うのですよね?」

「短時間なら大丈夫だけどな」

「ヤスのアーティファクトは馬車の数倍の速度で走りますよ?裏門から神殿までの間でどれだけ怖かったか・・・。死ぬかと思いましたよ」

「そんなに?」

「えぇそうですね。あぁそうだ。イザークは、雪山を板で滑り降りる遊びをしますよね?」

「あぁエルフ族の若い衆に誘われて何度かやったぞ」

「あの速度で森の中を疾走すると考えてください。多分、速度はあれ以上出ています」

「・・・。確かに、怖いな。でも、リーゼは楽しんだのだろう?」

「一部の異常な感性を持った子を引き合いに出されても困りますよ」

「たしかに・・・。俺も、大きいアーティファクトには乗ったけど、揺れは少なかったし、速度もゆっくりだったけど、たしかに酔いそうだったな」

 イザークは、いろいろ考えているようで何も考えていないだろうヤスの事が気に入っている。
 できれば、ユーラットで生活して欲しいと考えている。アフネスから神殿のことを聞いた日に、違うタイミングでイザークからも神殿のことを聞いた。二人とも同じことを話してくれた。イザークは、二人の話を聞いて感じたのは、アフネスは『”自分たち”の仲間にできなくても敵対しないようにしたい』と考えている。しかし、ダーホスは『自分たちの為に神殿を使うことを考えて、ヤスと敵対しないようにしようとしている』と感じた。そして、ダーホスの考える”自分たち”はこの国やギルドのことを指していると感じたのだ。そのために、アフネスとダーホスの利害が一致している間ならいいが、一致しなくなった時にユーラットはどうなってしまうのか考える必要が出てくる。

 神殿を攻略したという事実はそこまで大きな事なのだ。

「それで、ダーホスはどうする?」

「私ですか?」

「あぁ今まで通りなのか?それとも、他の町や領都に居る奴らの様にするのか?」

「それは・・・」

「いいよ。まだ今は考えるだけだろう?俺は・・・。違うな。そんな選択をしなくて済むようにすればいいだろうな」

「そうだな。そのために、ヤス殿に領都に行ってもらったのだからな」

 二人の間を風が吹き抜ける。
 意識したわけではないが二人の距離は初めてであった時よりも広がってしまっている。

 イザークは、ダーホスとの距離を見ないように走り去ったヤスが無事に帰ってきてくれる事を祈っている。

 ダーホスは、ヤスが走り去った方向を見てから、イザークとの距離を見て憂鬱な気分になってしまった。

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 ダーホスが、イザークやアフネスと、感じた心の距離を憂鬱に思っている頃。ギルドの中でもちょっとした騒動が発生していた。

 ギルドの受付がざわついているのだ。
 中心に居るのは、ヤスを受け持つ事が決まったドーリスだ。

 実はドーリスは領都への移動が内定していたのだ、しかし、ドーリスはユーラットのギルドに残ることを希望していた。
 やりがいを見つけていたと言えればカッコイイのだが、残りたいという理由はもっと個人的な理由だった。

 ドーリスは王都の冒険者ギルドで採用されたエリートだったのだが、ギルドの職員間の足の引っ張りあいが嫌になってユーラットへの移動を出した。場所はどこでも良かったのだが、辺境の方が忙しいかもしれないが、職員やギルド員との関係で悩む必要はないという理由だった。

 事実、ユーラットのギルドは面倒な駆け引きもなく気楽に過ごせた。出世を諦めた人たちが多く日々を平穏に過ごす事を目標にしているので、肩肘張った人が少ないのだ。
 その上、ドーリスを喜ばせたのは王都の冒険者ギルドでは”冒険者ギルド”の仕事しかなかったが、ユーラットのギルドでは商業ギルドや冒険者ギルドや職人ギルドの仕事をしなければならなかった事だ。それが嫌で辺境努めを嫌がる者が多い中、ドーリスは喜々として他のギルドの仕事をこなした。

 しかし、元々王都での採用されたエリートなので、ドーリスは次の定期交代で領都の冒険者ギルドに移動になる通知を受けていたのだ。
 必死に抵抗したのだが認められるわけもなく、冒険者ギルドが用意した護衛と一緒に領都に行く事になっていた。

 冒険者ギルドの歯車が狂ったのは、リーゼの護衛がリーゼを置き去りにして逃げた事だ。
 有耶無耶になったかのように思えるが、領都でリーゼを護衛するはずだった者たちは捕縛された。現在、冒険者ギルドの判断待ちの状態になっている。問題になったのは、この者たちを推薦したのが”領都の冒険者ギルド”なのだ。そして、リーゼを護衛して帰ってきたら今度はドーリスを護衛して領都に戻る事になっていたのだ。
 ユーラットから領都は比較的に安全だと言われているが、ゴブリンのコロニーができたりオークの集団が現れたり、ときには、”はぐれオーガ”が発見される事があり、単独での移動は推奨されていない。
 そのために、領都の冒険者ギルドが護衛を用意したのだ。
 その護衛が逃げ出しただけではなく、護衛すべきリーゼの荷物だけではなく商人の荷物を持って逃げたのだ。

 冒険者たちにもいろいろ言い訳はある。逃げ切れる勝算もあったのだ。
 リーゼ達を置き去りにしてから、領都まで急げば3日程度で到着できる。そのために、冒険者たちは領都で商品やリーゼの荷物を換金してから、アデヴィト帝国に逃げようと思っていたのだ。帝国にもギルドはあるのだが、逃げた冒険者たちは冒険者ギルドにしか登録していなかった為に、領都で商業ギルドに登録して新しい身分証を得てから、帝国に行こうと思っていたのだ。
 しかし、ヤスのおかげでリーゼが思った以上に早くユーラットに戻ってしまった為に、護衛放棄だけではなく窃盗容疑がかかってしまった。
 その上リーゼの持ち物の一部を換金してしまっていた為に言い逃れができない状況になっていたのだ。

 遠回しにヤスのおかげでドーリスの領都行きは延期された。

 それだけではなく、ヤスが神殿を攻略した事実やアーティファクトの件が事実と認められると、ダーホスはドーリスをヤスの専属にした。
 ヤスが冒険者ギルドだけではなくすべてのギルドに登録したために、全てのギルドに精通している者が担当する事になったためだ。

 ヤスが持ってきた武器や防具や宝飾品を”ユーラットのギルド”に買い取りを依頼した事が決め手となった。
 ダーホスとアフネスの取引によって、買い取りは領都の冒険者ギルドが行う事になるのだが、実績はユーラットのギルドの手柄となる事が決定している。

 そのために、ダーホスがドーリスに指示を出して、買い取り金額の査定額を皆と共有した。

 概算で最低額を計算したのだが・・・。
 出された金額をベースに特別報奨金を計算すると、安く見積もってもギルド職員の全員に”一年分に相当する”金額が支給される事になるのだ。

 騒ぐなという方が無理だ。
 ドーリスは最初に自分の計算を疑った。それから、隣に座っている同僚に検算を頼んだ。同僚も同じ結果になった。

 ドーリスは、ヤスのおかげで領都の冒険者ギルドに移動となる話がなくなって、ヤスのおかげで一年分に相当する金額の報奨金を得る事ができたのだ。

「ヤス。道違うよ。こっちじゃないよ?」

「そうだな。でも、リーゼを助けたのはこっちの道だぞ?」

「え?そうなの?」

「あぁ間違いない。アーティファクトで通った道は覚えている」

「それじゃ、僕の間違いだね。ごめん」

 ヤスは運転しながらリーゼの顔を見る。
 少し驚いた。素直に謝るとは思っていなかったからだ。

「その先は?」

「え?」

「だから、しばらくはまっすぐでいいよな?」

「うん!後は、太い道を進めば間違い無いはず」

「わかった」

 ヤスは少しだけアクセルを緩める。
 バンプが激しくて、FITが左右に揺られるのだ。ナビはまだ使い物にならない。

 ナビに映る赤い点が気になっては居るが無視する事にした。

「リーゼ」

「ん?なに?」

「疲れたら言えよ」

「うん。大丈夫だよ。馬車より疲れないよ!」

「そうだ、馬車で思い出したけど、馬車での移動の時には、どのくらいの頻度で休む?」

「うーん?どうだろう?僕もこの前が初めてだったからよくわからなかったけど、昼に少し休憩して、あとは日が暮れる寸前まで移動していたよ?」

「そうなのか?馬車の中では移動とか身体を動かしたり運動したりできるのか?」

「ううん。座っているだけ、何もする事無いし・・・。下向いていると気持ち悪くなっちゃうから、寝ているか・・・。商隊の人と話をしていた」

「冒険者・・。護衛も同じなのか?」

「護衛の人たちは、御者の横と外に居たよ。交代で馬車の中で休んだりしていたよ」

「・・・。そうか・・・。そうだ!リーゼ。トイレとかはどうしていた?」

「ヤスのエッチ!」

「そう言われてもしょうがないけど、排泄は必要だろう?」

「うん。だけど、生活魔法で抑えられるから、休憩地点までは我慢していたよ?おばさんにもそうしなさいって言われたからね」

「そうな・・のか?」

「うん」

「生活魔法なら俺にも使えそうだな・・・。どうやって使う?」

「え!ヤス。生活魔法を知らないの?」

「あぁ忘れてしまっていた。リーゼに教えてもらおうかな?」

「いいよ!領都で美味しいごはんをおごって!」

「わかった。交渉成立な!」

「うん!」

 途中でナビにあるマークが示される。
 リーゼを乗せた場所だ。

「リーゼ」

「ん?なに?」

 リーゼは朝からワクワクしていた遠足前の小学生の状態だった為に、ヤスが気を使って速度を緩めて走っていた事や窓を締め切って適温になるようにしていた。結果ウトウトを通り越しそうになっていたのだ。

 慌てて起きて、ヤスに答える姿が可愛かった。

「あっそろそろ、お前を拾った場所だけど、何かするか?」

「何かって・・・。何をするの?」

「ん?手を合わせたり何かをお供えしたりしないのか?」

「うーん。手を合わせる?何か意味があるの?」

「あぁ死んだ者への感謝は違うな。祈りのような事はしないのか?」

「うーん。ヤスの所じゃそんなことをするの?」

「そうだな。墓参りとかするぞ。祖先・・・。自分を産んでくれた両親や家族に感謝を伝えるためにな」

「へぇ変わった風習だね。僕は聞いた事がない。祈りを捧げることはあるけど・・・。それだけかな。それも、親しい人の時だけだよ」

「わかった。それなら止まる必要はないよな?」

「うん!何か残っていてももう誰かが持っていただろうし、倒したゴブリンも他の魔物が食べただろうから残っていないと思うよ」

 ヤスは、異世界に来ているのだと実感した。
 命の値段が安い事は想像していたのだが、当たり前のように言われるとやはり異世界なのだと感じているのだった。

「そうか、それじゃ休憩は必要ないな?」

「うん。大丈夫だよ」

 会話がなくなると、リーゼがウトウトし始めた。
 領都が近づいて来たのか、ナビに人族を表す点が表示され始めた。

 ヤスはFITを停めて、ナビの動きを見ている。
 人族を表す点が一定方向に向かって進んでいるのが解る。その方向に、領都があるのだろうと予想した。

”エミリア”

”はい。マスター”

”リーゼが寝ているから念話にしたけど大丈夫か?”

”問題ありません”

”そうか。それでな。マルスに検索を依頼したけどできるか?”

”問題ありません”

”よかった。今俺がいる場所からから近くで人族が集まっている場所を調べてくれ”

”了”

 2分後

 ナビの表示が変わる。

”マスター。地図情報がありませんでしたが、人族が集まっている場所があります”

”その場所の表示は可能か?”

”可能です”

”表示してくれ、直線距離からの到着推定時間も出してくれ”

”了”

 ナビの画面に、平均速度で計算した場合の到着予測時間が表示された。

 17時には到着してしまうようだ。

(さて、リーゼを起こすか?)

「リーゼ!リーゼ!」

「ん?何?」

「よだれ」

「え?うそ!」

 慌てて口元を拭う仕草をする。

「ヤス!」

「ハハハ。ごめん。ごめん。気持ちよさそうに寝ていたところ、悪いけど少し教えてくれ」

「え?あっうん。何?」

 ヤスは、領都への到着が17時くらいになると説明した。

 ヤスがリーゼに確認したかったのは3つだ。

「17時だと少し暗くなって、門の外には誰もいないと思うよ?」

「そうか、それならこのまま走っても大丈夫か?」

「領都なら、何時でも門番が居るはずだから、審査してもらえるよ」

「そうか、審査はアーティファクトのままでも大丈夫か?」

「大丈夫だと思うけど、ダメだったら冒険者ギルドのギルドマスターにわたす書類を見せればいいと思うよ」

「そうだよな。なんとかなるよな?」

「うん。ダメだったら、戻っておばさんかダーホスを連れてくればいいよ」

「それもそうか・・・」

 ヤスとリーゼは簡単に考えた。
 アフネスが1手打ってくれているとは考えていなかった。

 16時を少し回ったくらいで領都の外壁が見えてきた。

「リーゼ。リーゼ」

 ウトウトしていたリーゼに声をかけて起こす。

「なに?あ!!!!レッチュヴェルト!」

「そうか、領都で間違いないのだな」

「うん!本当に、一日で着いちゃう!ヤスのアーティファクトってすごいね!」

 ヤスはナビを確認するが、外壁の外に人族を表す点は存在しない。

”エミリア。外壁の位置を把握できるか?”

”周回していただければ可能です”

”わかった。人族の表示を切ってくれ”

”了”

 数えたわけではないが、数千の印が付いた状態ではナビが見えにくくなってしまう。

”エミリア。領都に入ってからのナビも可能か?”

”一度訪れた場所なら可能です”

”スマートグラスに表示する事もできるか?”

”可能です”

”頼む”

”了”

「ヤス?どうしたの?」

「あぁ気にしなくていい。少し今後のことを考えていただけだ」

「ふぅーん。それで、もう領都に向かうの?」

「そのつもりだ」

「わかった!」

 ヤスは少しだけアクセルを緩めて、FITの速度を下げた。
 音が思った以上に響いたからだ。

(外壁の高さは、10m位だな。重機も無くてよく作るよな?魔法があるから、それほど大変じゃないのか?)

 レンガではなく石を積み上げて、土で覆った感じの外壁を見てヤスは魔法で作ったにしろ建築法が確立しているのだなと変な関心をしている。

 外壁の手前20mでヤスはFITを停止させた。

 武器を構えた者たちが、アーティファクト(HONDA FIT)を威嚇するように立ち塞がったのだ。
 人数にして15名ほどだ。ヤスは、結界を発動して襲われても大丈夫な様にした。

”エミリア。結界が破られたら検知できるか?”

”可能です”

”もし、結界が破られたらギアをリバースに入れて緊急発進”

”了”

 守備隊とヤスとリーゼが睨み合ってから5分くらいが経過した。

 一人の女性が守備隊の間を割って近づいてきた。護衛と思われる男性を一人だけ連れている。

「あぁ!!ミーシャ!」

「リーゼ。知り合いか?」

「うん!前にユーラットのギルドに居た人!エルフ族で、おばさんの事を”(あね)さん”と呼んでいた!」

(ふぅ・・・。アフネスが手配してくれたのか?少しは安心してよさそうだな)

「リーゼ様。本当だったのですね?」

 ミーシャと呼ばれた女性は、アーティファクト(HONDA FIT)の前で止まる。

「ミーシャ!こっちがヤス。それで、僕を連れてきてくれた!アーティファクトだけど乗り心地も最高だよ?ミーシャも乗ってみる?」

「リーゼ様。自由なのはいいことですが・・・。その耳は・・・。はぁ(あね)さんの苦労が・・・」

 垂れきっている耳を見て、ミーシャが呟いた。

「耳?割とはじめからリーゼはこんな感じだよな?」

「え?あっそうそう。僕の耳はこんな感じだよ。ね。ね。ミーシャ。そうだよね?」

 リーザはヤスに言われて自分の耳が垂れている事に気がついた。
 そして、ヤスから初めからこんな感じだったと聞かされて、自分の気持ちに気がついたのだが、恥ずかしさが勝ったのかミーシャに口止めをする事を考えた。今の時点でヤスにばれなければいいという安易な方法だがそれだけで今は十分だったのだ。

 ミーシャはすがるような目のリーゼを見て情けないやら嬉しいやら恥ずかしいやらいろんな感情が湧いて出てきている。

「はぁ・・・。わかりました。それで、貴殿がヤス殿ですか?」

 ヤスは、アーティファクトから降りてミーシャの前に立つ。
 場所は目測だがアーティファクト(HONDA FIT)が作っている結界の中だ。いきなり襲われても問題ない。

「そうだ」

”エミリア。結界を俺のギリギリまでにできるか?”

”可能です”

”頼む”

”了”

「それが馬車よりも早いアーティファクトですか?」

「そうだ」

「なぁ俺もシロも今朝ユーラットの町を出て移動してきた」

 ミーシャはまだ何か聞きたい雰囲気があったのだがヤスがぶった切った。

「え?今朝?」

 だか、ヤスのセリフがミーシャが一番聞きたかったことなのはヤスは知らなかった。

「あぁそれで疲れているから、問題なければ領都に入ってリーゼおすすめの宿に泊まりたいのだけど、ダメか?話なら、明日冒険者ギルドに行くからその時にして欲しい」

「わかりました。そのアーティファクトのまま入られるのですか?」

「そのつもりだけど?君たちも馬車のまま宿屋に行くよね?何か違う?」

「・・・。わかりました」

 何か葛藤したのだが、たしかにアーティファクトだが馬車だと言われてしまうと何も言えなくなってしまう。
 それだけではなく、アーティファクトをここに置いていって欲しいと伝えた場合は、何かあった場合には自分たちの責任になるが宿に停めたあとで何かあった時には領都の警備兵や宿側の責任を少しは追求する事ができる。

「うん。それで、あの人達に武器を降ろすように言ってください。怖くて、操作を間違えて踏んだり跳ねたりしたら困るのはそちらだと思いますよ?」

「・・・」

 ミーシャが後ろを振り向いて手をかざす。
 武器を構えていた者たちが武器をおろすのが確認できる。

「ヤス殿。ユーラットのギルド長からの書簡があると思いますが?」

「あるぞ?」

「見せていただいてよろしいですか?」

「あぁ」

 ヤスが懐から書簡を取り出して、ミーシャに見せる。

「確かに明日・・・。ですか?冒険者ギルドに来られた時に、受付に出していたければ解るようにしておきます」

「お願いします」

 ミーシャは書簡を確認だけしてヤスに返した。
 少しだけミーシャはヤスとリーゼから離れて護衛の者に何か指示を出す。

「ヤス殿。アーティファクトのままお願いします。それで申し訳ないのですが、周囲をこの者たちに守らせてください」

 ヤスには守らせて欲しいという言葉を使ったのだが、それが守るのはどちら向きなのか話をしていない。もちろん、ヤスもその事は気がついていたのだが、指摘するのも面倒だし、なによりも早く宿に入って休みたいと思っていたので無言でうなずいた。
 護衛たちに合わせた速度で移動を開始した。人の歩く速度ではアクセルの踏み込みに気を使うのだが無理して速度を上げる必要も無いし威嚇してもしょうがないので、ほぼクリープ現象だけでついていく事にしたのだ。

 門をくぐると街並みが見えてくる。
 ヤスが思い浮かべた”異世界”の街並みが”そこ”にはあった。ヤスのテンションが上がっていくのをリーゼは不思議な顔で見ている。

 ゆっくり走るアーティファクトに興味を無くしたリーゼがヤスに話しかける。

「ねぇヤス。”ここ”は開かないの?」

「ん?窓か?開くぞ?」

 ヤスは運転席で操作をして助手席の窓を下げる。
 モーター音に少しだけ驚いたが、開いていく窓を見ながら外から流れ込む風を楽しむように手を外に出す。

「ねぇねぇヤス。僕にもできる?」

「窓の開け閉めか?」

「うん!」

「そこの・・・。ドアの所にあるスイッチ・・。あぁそうそう。そこを押せば開け閉めができるぞ」

「わかった!」

 子供が楽しむように窓を開けたり閉めたり始めた。

「リーゼ。指を挟むなよ。指くらい簡単に切れるからな」

 もちろん安全装置が作動して挟んだ場合でも大丈夫な事はわかっているのだが、リーゼなら挟んでしまうような気がしたので注意の意味も込めて少しだけ脅した。ピタッと窓の開け閉めを辞めたリーゼがヤスの方を向いて”本当?”と聞いてきたのでうなずくにとどめた。
 それから、リーゼはおとなしく座っているだけにしたようだ。
 いろいろなボタンがあるので押したいのだろうけど、壊れたりしたら困るのでおとなしく座っている方を選んだようだ。走っている時には気にもならなかったのだが、速度がゆっくりになっていろいろ見えるようになったので余計に気になってしまっているようだ。

 10分位ゆっくりとした速度で領都の中を走っていると、ミーシャがリーゼを手招きした。リーゼはシートベルトを外してドアを開けた。もう乗り降りは一人でできるようだ。
 少しだけ外で話をしてから、リーゼが戻ってきた。

「ヤス。この先にあるのが宿で、アーティファクトは裏に馬車を停める場所があるからそっちに停めて欲しいと言われたよ」

「わかった。それだけか?」

「ううん。ミーシャが言うには、アーティファクトを盗まれないように護衛をつけるかと聞かれたけど・・・」

「エミリア。どうする?」

『マスター。個体名リーゼ。必要ありません。結界を発動して居ますので近づけません。攻撃を受けた場合の対処だけ決めてください』

「だって、リーゼはどうしたらいいと思う?」

「攻撃を受けた時に何ができるの?」

『個体名リーゼ。できる事は、3つです。ディアナで轢き殺す。跳ね飛ばす。クラクションを鳴らす。あとは”何もしない”です』

「ヤス。轢き殺すのはまずいと思うし、跳ね飛ばすのもダメだよね?」

「あぁ跳ね飛ばしたら多分死ぬ」

 リーゼは、ディアナがゴブリンを跳ねたときのことを思い出す。大きさは違うが、似たような事ができるだろうと考えたのだ。

「だよね」

「エミリア。ライトで襲撃者を特定して、クラクションを鳴らす事は可能か?」

『可能です』

「ヤス。ライトは、灯りだよね?前に神殿からユーラットに帰った時に使ったよね?」

「あぁ」

「それで、”くらくしょん”って何?」

「大きな音で周りに知らせる物だな」

「へぇ試せる?」

「試してもいいけどかなり大きな音がなるぞ?」

「うーん。ちょっとまってね。そうだ、ヤス。結界は解除してある?」

「解除してあるぞ?」

「ありがとう」

 リーゼは窓を開けて、身を乗り出してミーシャを呼ぶ。

「ねぇミーシャ。さっきの話だけど、音で周りに知らせるじゃダメ?」

「いいのですが、それで大丈夫なのですか?」

「うん。ヤス。説明して!」

 そこまで話したのなら全部言っても同じだろうとは思ったが、ヤスは簡単に説明する。
 まずは、アーティファクトがヤスにしか操作できない事。結界を張るので近づけない事。攻撃を受けたら大きな音を鳴らす事。

「わかりました。音の確認はできますか?」

「できるけど、かなり大きいぞ?」

「小さくはできますか?」

「そうだな。少し鳴らして見るから、びっくりするなよ。護衛の人にも言ってくれ」

「わかりました」

 ミーシャが護衛で来ている者たちに大声で、今からアーティファクトから音がなる。
 それだけ言ってヤスにやってくれとお願いしてきた。

 ヤスは、クラクションを軽く鳴らす。

 効果は十分だった
 日本では挨拶くらいの音の大きさだったのだが、攻撃性の音に聞こえたのだろう。護衛がびっくりしていたのがヤスにも確認できた。

「ヤス殿。今の音は半分位なのか?」

「いや、1/10くらいだな」

「あれで・・・。なのか?」

「あぁだから、十分抑止力にはなるだろう?」

「十分だな。わかった」

 やはりリーゼを手招きして、護衛を集めて話をする。

 リーゼが戻ってきてFITに乗り込む

「ヤス。決まったよ」

「おぉ」

 リーゼの誘導(ナビ)・・・。実際には、ミーシャが前を歩いて、アーティファクトを停める場所を指定された。
 何故かドヤ顔になっているリーゼを無視してヤスはFITを降りた。

 ミーシャが少し待って欲しいという事なので、リーゼが降りていることを確認してFITをロックする。

”エミリア。俺たちが離れたら結界を張って待機モード。攻撃されたらライトで威嚇してクラクションを鳴らせ”

”了”

 アーティファクト(HONDA FIT)の準備が終わってヤスがリーゼを手招きした。
 リーゼが近くに来た時にミーシャが一人のエルフ族を連れてきた。