異世界の物流は俺に任せろ


 モンキーにまたがってエンジンを始動する。

 ヤスは、地下3階の入り口までは、モンキーにはまだ跨がらないようだ。一度またがったが、少し考えてから、シートから腰を浮かせてモンキーから降りた。押して移動する事にしたようだ。

 地下2階を通り過ぎて、3階の入り口でモンキーにまたがって、スマートグラスを装着した。

(おぉぉぉぉ!!!地図が表示されるし、ナビのようにもなっているのだな)

「エミリア。このナビは、神殿以外でも使えるのか?」

『使えます。マスターの魔力が登録されていますので、マスター以外には使うことができません』

「わかった。ナビに魔物の表示もできるよな?」

『はい』

「色分けとかできるか?」

『指示が曖昧です』

「人族は青色で、ゴブリンとコボルトは黄色で、それ以外の魔物は赤色にできるか?」

『可能です』

「ひとまずは、上記の設定・・・。いや、個人の識別ができるのなら、判断できるよな?」

『可能です』

「人族で、リーゼは青。アフネスとロブアンとダーホスとイザークは緑。あと、ドーリスは青。その他の人族は白」

『了』

 ヤスは、スマートグラスに映るナビ通りに神殿の中をゆっくりと進んでいる。
 地面は、石畳だったり岩場だったりするが、ディアナが通ることができる位の広さになっている。モンキーでの移動に支障が出るわけもなく、順調に進むことができた。

 ヤスがゆっくりとした速度で進んでいるのには理由があった。

「エミリア。宝箱みたいな物が有るけど、開けていいのか?」

『問題ありません』

「罠とかは?」

『存在します』

「罠の解除なんてできないぞ?」

『マスター。ナビに罠があるときには表示されます。何も表示されなければ、罠はありません』

「わかった」

 ヤスは、通り道にある宝箱だけでも開けていこうと考えたのだ、攻略しているのに、宝箱を開けていないのは不自然だと考えたのだ。

 宝箱の中には不思議な物が詰まっていた。
 剣や防具はわかる。ポーションのような物もなんとなく理解しよう。

 しかし、パンが出てきた時には理不尽に感じてしまっている。宝箱の中は、時間が停止しているのか、開ける瞬間に中身が補充されるのか?
 ヤスの手には”焼き立てのパン”が有る。もちろん、毒が混入されていないかエミリアに問いかけてから食べた。空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ、焼き立てでもバケットよりも固く味も薄いパンだが、ヤスはすべてのパンを美味しく食べた。
 一息つけたヤスは、探索の速度を上げる事にした。

 具体的にはエミリアに1つの命令を出した。

「エミリア。宝箱の位置をナビに示してくれ」

 エミリアからの返答は一言『了』だ。

 ヤスは、地図上に現れる宝箱のマーク(ヤスが指定)を片っ端から開けていくことにした。

 罠がある宝箱は無視するようにしたのだが、地下3階のフロアボスが居たと思われる場所に有った宝箱から、罠解除の魔道具が見つかった。
 成功率は低いが何度でも使えるので、宝箱から罠がなくなるまで使い続ければ必ず安全に開ける事ができるようだ。解除に失敗しても罠が発動するような事は無い。罠は宝箱を開ける時に発動するので、その前に解除すれば問題ないのだ。

 宝箱の中身をアイテムボックスに入れながら最下層を目指している。

 魔物が一匹も居ない場所で、宝箱だけを回収する楽な仕事だ。ヤスは、快適に進んでいた。ある程度の道幅と舗装されている道ではないが平の道路。制限速度も何も無い道を勝手気ままに走る事ができる。
 それだけではなく、結界を発動していれば、壁に激突しない。それだけではなく転んでも怪我をしない。どんなに乱暴な運転をしてもモンキーに傷がつかない。
 エミリアからの報告で、時速150キロを超えて壁に激突したり、転んだりしたら結界が解除されると言われているが、ヤスもそこまで出そうとは思っていない。実際に路面のミューが低く時折バンプがある道路なので、160キロまでは出せそうにない。
 ヤスも一度直線で思いっきり加速してみたのだが、120キロくらいで限界になってしまっている。細かいバンプにハンドルを取られてしまうのだ。サスペンションを交換するか、もう少し調整しないと無理だという結論に達した。

 それでも、60-70キロ程度で巡回している。かなりの速度で走っている事になる。

 昼過ぎには、地下4階を走破して、地下5階に降りる事ができた。

「エミリア。最下層だよな?」

『はい』

 ナビを見ると、一直線になっているのがわかる。
 距離にして、2キロほどか?

 地面は石畳。

 ヤスは、迷うこと無くアクセルを全開にする。

 1分ほどで大きな扉の前にたどり着いた。今までも扉が有った。ディアナが通る事ができる扉なので、ある程度の大きさは有ったのだが、この扉はそれ以上に大きい。異常な大きさと言ってもいいだろう。

 ヤスがモンキーから降りて近づくと、扉が光って内側に向かって開いた。

 中は、大きな空間があるだけでボスが居るわけではなかった。
 ここにドラゴンが居たのかと考えて、ちょっとだけ見てみたかったと考えている。

(ん?そうだ!)

「エミリア。ディアナのフロントカメラは無事だったのか?」

『一部は破損しましたが、撮影には問題ありません』

「動画は残っているか?」

『はい。ディアナアプリのディアナからカメラを選択していただければ確認できます』

「取り出すこともできるのか?」

『”取り出す”とは?』

「例えば、今後TVを購入して家に設置した時に、ディアナカメラの映像を見る事はできるのか?」

『可能です。すべての物がリンクします』

(ビ○ラリンクのような感じだと思えば良さそうだな)

 最下層のボス部屋は広い。天井も高い。
 ディアナが戦った跡だろうか、タイヤ痕が残されている。パーツは残っていない事から、方法は不明だが回収されたのだろう。魔物の死体は、神殿に魔力として還元されている。

 入ってきた場所の対面に小さな扉がある。
 ヤスが掛けているスマートグラスに表示されている内容だと、小さな扉の先が目指すコアがある部屋のようだ。

 ヤスは一度ボスの部屋を出てモンキーにまたがって、小さな扉を目指す。

 小さいと言っても比較対象は今までの扉だ、十分の大きさがある。
 扉は、ヤスが近づくと自動的に開いた。

 部屋は、10人程度が会議をする広さは有るだろう。
 中央に、台座に乗った水晶のような珠がある。大きさは、直径で20cmくらいだろうか?中央部が、赤く光っている。

『マスター。コアに触れてください』

「マルスか?」

『はい。マスター。コアに触れてください』

「あぁわかった」

 モンキーから降りて、中央に歩み寄って、水晶に触れる。
 水晶が光りだした。

『マスター。魔力を!』

「わかった」

 ヤスが魔力を水晶に注入すると、光が集まっていく、光が水晶の中央に集束した。
 赤かった光が白色灯のような光に変わる。

【”神殿んなほすちオぉてェから”のマスター登録が終了】

(え?)

「マルス!」

『マスター。ありがとうございます。これで、神殿を完全に支配下におけます』

「そうか、それなら問題ない。名前は呼びにくいな。変更できないのか?」

『可能です』

「分かりにくいから、神殿はマルスとする。問題はないよな?」

『問題ありません』

「マルス。これからも頼むな。でも、これって他の人間がコアを触ったら、支配権が移動してしまうのか?」

『大丈夫です。ロックできます。マスターの指示がなければ、コアの支配権を移譲できません』

「わかった。ロックしておいてくれ」

『了』

 マルスがヤスに説明ができると言ったが、ヤスは聞いても覚えられないから必要になったら、エミリアかマルスに聞く事にした。
 まずは、食料の確保を考える必要がある事は変わっていない。

「マルス。もう大丈夫だよな?」

『はい』

「FITも駐車スペースに出ているだろうから、ユーラットに行くけど問題はないよな?」

『大丈夫です』

 ヤスは、コアが置かれている部屋を出て、モンキーにまたがった。
 このまま地下1階の駐車スペースまで移動する事にしたようだ。

 スマートグラスには来た時と同じでナビが表示されている。迷わず帰る事ができる。

 ヤスは時刻を確認した。14時ちょっと過ぎをさしている。地下1階に戻って、FITに乗り換えてユーラットに到着するのが、16時位。

 買い物をする時間があればよいがなければ、ロブアンのところで食事だけして帰ってくる事も考えなければならない時間だ。

 ヤスは最下層から1時間程度の時間を使って地下1階に帰ってきた。
 指示した場所(駐車スペース)に、新しいクルマ(おもちゃ)が出現しているのを確認してから、モンキーを駐輪スペースに停めた。

 FITに乗り込んでエンジンスタートのボタンを押下した。
 どうやら、エミリアが鍵の代わりにもなるようだ。モンキーの時にも不思議に思っていたようだが、クルマに乗り込んだ事で把握できたようだ。

 電子キーに切り替わっていて、エミリアがキーになっている。
 ヤス以外が運転できない理由の1つになっている。

 エミリアのコピーを作るかエミリアの代わりになるようなアイテムを作るか購入する必要があると考えたのだが、実はそれほど難しい事ではない。スマホを購入してエミリアと接続すれば使えるのだ。その条件が、前に説明を受けた”従業員契約”や”伴侶”や”永続奴隷”なのだがヤスはすっかりと忘れてしまっている。

 設置したばかりの地上に出る事ができるスロープを上がっていく、途中にセンサーがあり、正面の扉が自動的に開く仕組みになっている。

 自動シャッターは、日本に居るときにも経験しているので、使い方は問題ない。シャッターから差し込む夕日が少しだけやすの目を刺激する。
 シャッターが上がるまで待っているのだが、ヤスにとって、シャッターは有って当然の設備なのだ。

 ステアリングに付いている結界を発動するボタンを押下して、FIT全体を結界で包み込む。
 ナビが何やら更新している。

「エミリア。ナビが更新しているけど、このまま走って大丈夫か?」

『大丈夫です。ナビにディアナとの接続、マルスとの接続、エミリアとの接続を行っています。地図情報の更新を行っています』

「あぁそうか、地図データや異世界固有のデータの更新はしないとダメだな」

『はい』

「どのくらいで終わる?」

『20,976秒です』

 約6時間。待っていられるような時間ではない。
 ヤスは、探索中に見つけたパンを食べたがそれだけだ。空腹感は多少だが満たされたがまだまだ空腹で食べられる。

「そうか、わかった。走ってもいいのなら、ユーラットまでは、スマートグラスで行こう」

『了』

 ヤスがかけたスマートグラスにはユーラットまでの道が表示されている。
 ほぼ一本道なので迷うことは無いのだが、山道を走る上では次のカーブは把握しておきたい。また、魔物が飛び出してくることも考慮しなければならない。

 それに、ヤスはすっかり・・・。完全に忘れているのだが、イザークから伝言を聞いたダーホスが神殿に向かう可能性を・・・。

 スマートグラスをしていたので、神殿に向かってくるダーホスとアフネスに気がつくのは、もう少し後になる。

(快調だな)

 ヤスは快適にFITを走らせている。
 普段使いできるコンパクトカーとして日本でも乗っていたのだ。ホンダ狂の親友に進められたのだが気に入っていた。同じスペックが有ったのでいろいろ理由をつけて購入したのだが、フィーリングが有っているようだ。

(それにしても、道が綺麗になっているな)

 道に関しては、最初はディアナで無理矢理に通ったのだが、それ以降はディアナが道として認識して、マルスが支配領域にした事で、魔法を使って整備をしているのだ。舗装道路ではないが、”一般のクルマ”が普通にはしる事ができる位には整備できている。

(道が、日○平パークウェイみたいで楽しい。道幅が少し広いし、俺しか使っていない!と、いうことは!!)

 ヤスは、アクセルを踏み込む。
 FITの1.5リッターのエンジンをHybridシステムがパワーアシストする。エコモードを解除して、走行をスポーツモードにするSモードボタンを押下する。エンジンの回転数が上がるのがわかる。パドルシフトを使いながら、ギアのアップダウンを行う。道は全く同じではないが、結界がある事や対向車を気にする必要がないことなど、いろいろな要因が重なりヤスのリミッター(安全運転の心)が外れた状態になっている。
 下りの山道・・・。それも舗装されていない道を爆走している。4WDでもタイヤが流れるのがわかる。

 ヤスは結界を信じてギリギリまで攻めている。事実、日本で同じ事をやったら谷底に何度か落ちているだろうし、ガードレールとダンスを踊ったのも一度や二度では無いはずだ。

(ん?)

 スマートグラスに人族を示す白色のマークが3つと緑色のマークが3つと青色が2つ光っている。
 スマートグラスで示されている場所は、ユーラットの裏門の近くだろうか?ヤスがディアナを停車していた場所のようだ。

(あ!忘れていた!そうか、ダーホスが神殿に来るとか言っていたな。なんで今日だよ。明日にすればいいのに!)

 自分で伝言したことを忘れて文句をいいそうになっていた。

 それでもいろいろ思い出したのか、速度を緩めて考えながら運転し始めた。

 裏門が見えてきたところで、伝言した事を思い出した。
 ギリギリセーフだろう。

 裏門の近くにある広場(ヤスがディアンを停めた場所)に、武装した---護衛だろうか?---3名と、アフネスとダーホスと武装した3人に指示を出しているイザークが居た、少し離れた場所にドーリスがなにか荷物を持っているのが見えた。

 近づいてきたFITを見て何かを悟ったアフネスとダーホスとイザークが身構える武装した3人を制止した。

 ヤスは、結界を解除して窓を開けた。速度は10キロ程度のいつでも止まれる速度(徐行)にした。

 イザークが近づいてきた。

「ヤス。また新しいアーティファクトか?」

「そうだ。それよりも、停めていいか?」

「そうだった。ちょっと待て」

 イザークが武装した3人を下がらせて、ディアナを停めた場所を指差して、そこに止めろと言っている。

 ヤスはすぐに出す事を考えて、バックで駐車する事にした。

「ヤス!」

 一番近かったイザークが話しかける。

「ん?」

「それも神殿のアーティファクトなのか?」

「あぁ増えた」

「増えた?」

「説明が難しいけど、神殿は地下5階」「ちょっとまってくれ、ヤス殿!」

「どうした?ダーホス?」

 ヤスとイザークの会話を、ダーホスが遮った。

「いえ、申し訳ない。イザーク殿。ヤス殿が来られたので、護衛は・・・」

「わかった。ダーホス。俺たちは戻る。ヤス。またな!」

 イザークが少しだけ怒った声で話をしてから、離れていった。
 そして、離れたところで待機していた、3人に声をかけて、アフネスに声をかけてからユーラットの町に帰っていった。

 最後まで、なにかブツブツ行っていたのだが、アフネスに挨拶して肩を叩かれたところで落ち着いたようだ。

 イザークと護衛の3人が裏門から町に入ったのを確認してから、アフネスとドーリスが近づいてきた。
 ドーリスは初めて見る、アーティファクト(HONDA FIT)に興味津々だ。

「ダーホス。ドーリスはどうする?」

「帰しますよ。ドーリス。いつまでここに居る。ギルドに帰りなさい。業務が有るだろう!?」

「え・・・。あっ・・・。はい。わかりました」

 渋々という体で、ドーリスはユーラットの裏門の方に戻っていった。
 ドーリスの様子は後ろ髪を引かれるように・・・。なんでそんな状態になっているのかわからない位に、ヤスのアーティファクト(HONDA FIT)をチラチラ見ながら帰っていった。


「さて、ヤス殿」「ヤス。神殿に連れて行ってくれるよな?」

 アフネスが直球で聞いてきた。

「問題ないが、その前に食料を買いたい。1週間分くらいあればいい。水は確保できるので大丈夫なのだが、食料がまったくない。このままでは餓死してしまう」

「ハハハ。たしかに。ダーホス。持っていくはずだった食料を、ヤスに渡していいか?かなりの量があるはずだよな」

「はぁ・・・。いいですけど、そうだ、ヤス殿。そのアーティファクトで、私たちを神殿に運んでくれますか?」

「え?」

「ヤス。ダーホスが、私とダーホスを神殿まで”()()”する依頼をヤスに出す。報酬は、食料だ。どうだ?」

 ヤスに損はない。
 どのみち、ダーホスを連れていかなければならないのは確定していた。それなら、一緒に行ったほうが楽だ。

 ヤスは、人を運ぶ仕事はしないと決めているが、数少ない例外の1つで仕事を受けるために人を運ぶのはしょうがないと考えている。今回の、ダーホスとアフネスを運ぶのはまさにそれだと思って受ける事にしたのだ。
 食料が欲しい・・・が、主な理由なのだが、別に煩い法律が有るわけではないし、大量に運ぶわけでもないので、まぁいいかなと軽く考えていた。

 ヤスが、ダーホスからの依頼を承諾して、荷物を積み込んだ。
 依頼なので、一旦ギルドに戻って手続きを行う必要がある。

 ヤスとダーホスは、二人でギルドに移動して手続きを行なってから、神殿に向かう事になった。

「ヤス!」

 裏門から出て、アーティファクト(HONDA FIT)の側に居るはずがなかった、リーゼが居てヤスの方に駆け寄ってきた。

 ヤスは驚きながらも、リーゼの突進を停めた。
 抱きつかれるのは嬉しいが、アフネスも居るロブアンに知られたら殺されるかもしれない。

「え?なんで?」

 ヤスは、疑問を投げかける目線でアフネスを見る。アーティファクト(HONDA FIT)の見張りをしていたはずのアフネスがヤスを見て手招きした。
 なにか言っているリーゼを無視して、アフネスのところまで移動した。

「どうして、リーゼが?」

「すまない。うちの馬鹿が・・・」

 アフネスが馬鹿と言った時点で、ロブアンがリーゼにアフネスの予定を話してしまったと理解した。

「ロブアンがどうした?」

「ヤスが来ていると、リーゼに言ってしまった」

「それは別にいいけど、なんでリーゼがここに居る?」

「私とダーホスが神殿に行くなら自分も行くと言って聞かない、危険だからと言っても護衛を帰らせた手前・・・」

「あぁわかった。一人増えても大丈夫だ。どうせ、リーゼを置いていっても、一人で来てしまうのだろう?」

「本当にすまない。危険があるなら帰すが?」

「危険は・・・。ない・・・。と、思う。神殿までの道は、アーティファクトで移動する。神殿の中も、最奥部の手前までは移動できるからな」

「そうなのか?!」「ヤス殿。中は、そんなに広いのですか?」

 二人が一斉に質問してきた。

「ダーホスも、アフネスも、神殿に行けばわかるだろう?」

「そうだよ。早く行こうよ!」

 リーゼは、絶対についていくつもりで居る。ダーホスは、情報は少ない人間で把握したいと考えているのでリーゼは来ないでほしかった。
 現状を考えれば、リーゼを置いていくのは無理に近い。
 アフネスがダーホスを説得したのだ。神殿に行く事とは別に、前回のアフネスが出した依頼の不始末をどうするのかを話し合った結果、アフネスは1つの条件を出した。”リーゼに任せた仕事の護衛をヤスにする事”だ。アフネスは、神殿のことを含めてギルドが独占しないようにリーゼを楔に使う事にしたのだ。ダーホスとしても打算はある。ヤスのアーティファクトを使えば、リーゼの護衛だけではなく遅れを取り戻せると考えているのだ。数日遅れ程度なら、もともとの契約範疇とする事ができる。

「わかった。問題ない。アフネス。ダーホス。問題ないよな?」

 神殿の(仮)持ち主のヤスが言っているのだ。問題にならない。

 ヤスは、運転席に乗り込むが、誰も乗り込んでこない。

「ん?」

「ヤス。どうやって乗るの?あの大きな馬車じゃないの?」

「おっと・・・。すまん」

 ヤスは、リーゼにドアの開け方を教える。リーゼは、助手席に座る。
 アフネスとダーホスは後部座席に座る。

 結界を発動するから安全だとは思っているが、皆にシートベルトをしてもらう事にした。
 口での説明ではうまくできないようで、ダーホス以外の女性の二人にヤスは自ら身を乗り出してシートベルトをしていった。
 下心がまったくなかったわけではない。いやそれどころか、リーゼのまだ青臭いメスの匂いと、アフネスの熟成したメスの匂いを堪能していた。

「よし、シートベルトはできたな」

「ヤス。これ・・・。胸が少し苦しいよ?」

 リーゼが少しだけ、本当に少しだけ見栄で胸を強調した。

「だめだ。安全の為にしておけ、それに、苦しくなるような物は持っていないだろう?」

 ヤスが何気なく言ったセクハラなセリフの意味は、リーゼには通用しなかったがアフネスとダーホスはすぐにわかったようで苦笑していた。

 ヤスはバックミラーで後部座席に座る二人を確認して、横を見て隣に座っているリーゼを確認した。

「窓を開けたかったら・・・。そうそう、そのスイッチを押せば開くからな。結界を張って走るから大丈夫だとは思うけどな」

「けっ・・・。結界?」

「あぁなにかダメなのか?」

「ダーホス。これは、アーティファクトだぞ?」

「そうだった。すまない。それで、ヤス殿。どのくらいで到着できる?」

「うーん。ゆっくり走るからな。2時間もあれば付くと思うぞ?」

「え?2時間?そんなに早く神殿に到着するのですか?」

「あぁ違う!違う!」

「そうですよね。びっくりしましたよ」

「到着するのは、最下層だ。神殿だけなら、30分あれば余裕だな」

「え?」「本当!?」「・・・・」

 ダーホスが驚き、リーゼが喜び、アフネスはなにかを考えている。

「ねぇヤス」

「ん?なんだ?まぁいいか、走りながら聞くよ」

「そうね」「わかった」「うん!」

 ヤスは、アクセルを踏み込む。
 少しだけタイヤを空転させたが問題なくスタートする。ゆっくり行くと言ったが、ヤスの感覚でのゆっくりだ。

 山道の上り。それも対向車はなし。崖もないから落ちる心配もない。そして結界を発動しているので、ゲーム感覚で岩壁や木々に当たっても問題ない。

 速度は、徐々に上がっていってアベレージで50キロ近い速度が出ている。

「それで、アフネスなにかあるのか?」

 運転しながらでも問題はない。
 スマートグラスをかけて道がわかっている事もだが、スマートグラスから聞こえてくる音声での指示がコドラの役目を果たしている。ヤスは、右耳にイヤホンを入れてコドラの指示を受けている。左耳だけだが、会話には困らない。

「ヤス。アーティファクトが増えるのかい?」

「あぁ増えた。どういう条件なのかわからないが増える事がわかった」

「そう・・・」

 それっきり、アフネスは黙ってしまった。
 ダーホスは、さっきから”ひっ”や”はぅぅ”などと情けない声を出している。

 この状況を一番楽しんでいるのは、間違いなくヤスの隣で”キャァキャァ”騒いでいるリーゼだ。
 怖がっているのではなく、確実に楽しんでいるのだ。カーブを曲がるたびに、路面がすべて流れるがそれを楽しそうに見ている。

「ねぇねぇヤス。僕にも動かせる?」

「無理だ・・・と、思う」

 ヤスは、リーゼに無理と言ったのだが、言った後で1つの可能性があることを思い出した。
 極小の可能性だが、絶対に無理ではない事には違いない。

 アフネスはすっかり黙ってしまっている。ダーホスは、速度に慣れていない上に横に揺らされるのが怖いのだろう。シートベルトに捕まっているだけだ。ただ一人、楽しんでいるリーゼだったがヤスの運転が激しくなるにつれて話しかけるのはダメだと思って黙って前を見ている。

 予定よりもだいぶ早い15分で到着した。

 アーティファクト(HONDA FIT)が速度を緩めた事で、ダーホスが復帰してきた。
 でも、最初に口を開いたのはリーゼだ。

「ヤス!ここが神殿!」

「リーゼは初めてなのか?」

 リーゼは、神殿を指差して聞いてきた。

「うん。うん!すごい!広い!奥に建物がある!あそこに行くの!」

「そうだ」

「ヤス殿?え?もう?」

「あぁまだ神殿の前だけどな。広場に着いたぞ?」

「ほ、本当です。こんなに・・・。どのくらいですか?」

「ダーホス。ヤスのアーティファクトに乗ってから、15分ね。私も今驚いている。ねぇヤス。アーティファクトはどこでも走れるの?」

「今と同じ位の速度が出すためには、道が整備されていないとダメだな。街道ではもう少し落とさないと無理だな」

「そう・・・。難しいのね」

 神殿の前まで辿り着いている。ヤスが、エミリアを取り出して、駐車スペースに入る為のシャッターを開ける。

「え?」「な?」「ほぉ・・・」

 ヤスは3人の反応を無視して駐車スペースに降りていく、そのまま工房を通って地下3階に降りる。
 見るものすべてにリーゼが興奮していて、ヤスはその都度簡単に説明をしている。

 アフネスが何やら微笑を浮かべているのが気になったが、突っ込んではダメだとヤスはスルーする事にした。

 地下3階になると道幅が多少狭くなるが、スマートグラスに道が示されるので迷うこと無く進む事ができている。

 地下3階から地下4階に降りる。

「ヤス殿」

「ん?なんだ?」

「いくつかのことで質問したいのだが大丈夫か?」

 ダーホスが一応質問することを宣言したのには理由がある。リーゼが話しかけてもヤスの操作にミスはなく問題なく走らせる事ができているが、アーティファクトを動かすのには”魔力”を使うのが通説だ。そのために、ユーラットを出てから1時間近く経過しているのに、ヤスが疲れる様子も無いことから話しても大丈夫だと判断はできるのだが、質問しても大丈夫か自分だけで判断しないためにも、ヤスに断りを入れたのだ。

「質問?問題ないぞ?でも、解る事しか答えられないぞ」

「ヤス殿。神殿に入ってから魔物が出てきていませんが・・・」

「あぁディアナで倒した」

「え?」

「コアの部屋に行くのだろう?いちいち魔物を倒していたら時間がかかってしまうから、出さないようにした。その上で、居た魔物を全部倒した」

「は?」

「どうした?」

「いえ・・・。わかりました。攻略時にも同じ様にしたのですか?」

「うーん。よく覚えていない。すまんな」

「いえ・・・。構いません。それでですね。入り口は、前からあんな感じだったのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「何度か冒険者を派遣して報告を受けていましたが、広場は変わっていません。神殿自体も変わりがないようです。入り口が間違っていたのですね」

「どういう事だ?」

「ヤス殿が、アーティファクトで入ったところが本当の入り口なのでしょ?」

「あぁ神殿への入り口はたしかにあそこだな」

「ヤス!もしかして、神殿以外にも」

 アフネスが興奮してダーホスの質問をぶった切った。
 それほど、アフネスが興奮している理由はヤスにもダーホスにもリーゼにもわからない。だが、アフネスには興奮してしまう理由があるのだ。ヤスが居住区と定めた場所は、神殿の一部である事は間違いない。アフネスは、自分たちが入る事ができた事で、ここは神殿に挑戦する人のための入り口で攻略した人の入り口は別にあると考えていたのだ。

「あぁ今は俺しか入る事ができないけどな」

「やっぱり・・・。ヤス。その場所に入る為の条件はわかっているの?」

「条件?いや、なんのことやら」

 もちろんヤスは条件に関しては、マルスに聞いて知っているが、ごまかすことにした。
 自分以外は入る事ができない設定のままの方が良いと考えたのだ。”知っている”といってしまうとアフネスからの追求を躱せる自身が無いのが大きな理由でもある。

「ねぇヤス。コアはまだ?僕、疲れたよ」

 散々騒いで、はしゃいだリーゼがお疲れモードのようだ。
 ヤスは苦笑しながら、エミリアに命令を出す。

”エミリア。スマートグラスに目的到着時間を出せるか?”

”可能です”

”コア部屋の手前への到着時間を計測してくれ”

”了”

 スマートグラスに、”所要時間:計測中”と表示されてから数秒後に画面上に所要時間13分と表示された。
 速度は、アーティファクト(HONDA FIT)から取得したデータを使ったのだろう。通常のカーナビでも同じ表示がされるので、標準機能なのだ。

「リーゼ。あと、15分だと思うぞ」

「わかった!5階層とか言っていたけど?本当なの?」

「そうだ!ヤス殿。神殿が地下5階まであるというのは本当ですか?」

「あぁ地下五階の最奥にコアが納められている」

「最初からですか?」

「俺は、そのあたりの事に記憶が曖昧でわからん。すまない」

「ダーホス。ヤスは、記憶を無くしている()()()()()()()のよ。覚えていなくても当然よ?」

 ヤスは、アフネスの言い回しが気になったがあえて・・・。そう!あえてスルーする事にしたのだ。
 怖かったとか、面倒な事になりそうとか、そんな感情が芽生えたわけではない。

「そうか・・・。ヤス殿。このユーラットの神殿は、古い文献によると地下3階までの神殿だったようです。地上部には、誰も入る事ができなかったようですが、地下にはある程度の魔力がある人間なら入る事ができたようです」

「そうなのか?でも、今は地下3階じゃなくて5階だぞ?」

 実際に、地下5階まである事は確定している。

 話しながらも、ヤスは”右へ”移動して、”左へ”移動して、神殿を進んでいる。

「ねぇヤス。神殿だから宝箱も有ったよね?」

「ん。あぁそうだな。それで、今度ダーホスに頼もうと思っていた」

「なんでしょうか?」

「宝箱の中に、武器や防具やいろいろ有ったから、俺に必要ない物とか、ギルドで買い取りはできるか?」

「できますよ」

「えぇぇぇぇ!!!有ったの!僕も見たい!」

「はい。はい。ダーホス。ギルドに持っていけばいいのか?かなりの量があるぞ?」

「わかりました。大丈夫です。そうだ、ヤス殿。預かり箱を作りませんか?」

それ(預かり箱)はどういう物だ?」

 ダーホスは、預かり箱を説明してくれた。
 ヤスにとってはよくある設定なので、すぐに受け入れられた。

「通常はパーティー単位ですが、ヤス殿なら一人でパーティー登録しても大丈夫でしょうし、大量の買い取りが発生するのなら、作ってもらったほうがいいですからね」

「わかった。後でギルドに行って申請すれば作る事ができるのだよな?」

「はい。問題ありません。ありがとうございます」

「ねぇねぇヤス。その時にも僕も連れて行ってよ。宝物を見てみたい」

「って事だけど、ダーホス。問題はないよな?」

「大丈夫です」

「ねぇダーホス。ギルドの規約だと、パーティーは複数の人間での構成になるわよね?」

「そうですが、よくある事なので、問題ないですよ?」

「そう言っても・・・」

 アフネスが、ヤスをルームミラー越しに見つめる。

「はぁ・・・」

 ヤスは、諦めた表情で大きく息を吐き出した。
 アフネスが次の言葉を言う前に、言わないと後々まで言われそうだと感じているのだ。

「リーゼ。お前、ギルドに登録しているのか?」

「僕?商業ギルドには登録しているよ?」

「ダーホス。俺とリーゼでパーティーを組んでもその預かり箱は作れるのか?」

「え?問題ないですが・・・。そのときには、ヤス殿と同じ登録にしてもらったほうが、処理が楽です」

「わかった。リーゼ。他の2つに登録して、俺とパーティーを組まないか?」

 ヤスは、ルームミラー越しにアフネスを確認すると、にこやかに笑っている。これで間違っていなかったと確信して少しだけ安堵の表情を浮かべる。

「え?僕?でも・・・」

「いいわよ。リーゼ。ヤスの言う通りにして、登録料は、私たちが出してあげる」

「本当!ありがとう!ヤス。一緒にギルドに行く!パーティー名はどうしようか?」

「リーゼに任せるよ」

 ヤスは自分のネーミングセンスに疑問を持っていた。
 リーゼを巻き込むのなら、リーゼに任せてしまおうと思ったのだ。

 そしてアフネスは思いがけずうまく言ったとニコニコ顔だ。ヤスをつなぎとめる方法を考えていたのだが、こんな早くにチャンスが来るとは思っていなかったのだ。その上、今後パーティーメンバーが増えても、初期メンバーとして意見する事も可能になるだろうと思っている。

「よし!」

 地下5階に降りてからは直線だ。
 アクセルを踏み込んで一気に加速する。160キロを超えたところで、扉が見えてきた。

「ついだぞ」

「ここが最奥部?」

「そうだ」

 ダーホスのつぶやきに対してのヤスの言葉だ。

「ここは自分で開けないとダメだからな」

「わかった。手伝おう」
「僕も手伝う!」

 シートベルトがなかなか外れないというお決まりのイベントをこなしてから、4人は扉の前で止まった。
 ダーホスがやけに緊張している。アフネスは、何をかんがえているのかわからないがヤスを見つめている。
 リーゼは、ただただワクワクしているようだ。

 ヤスが扉に手をあてると、扉が光りだす。

「(やはり・・・)」

 アフネスが小さな声でつぶやくが誰にも聞こえていない。

 光が消えて、”カチャ”となにかが外れる音がした。

「扉を押すぞ!」

 皆が扉に手を置いて押す。
 それほど力を入れていなかったが、ゆっくりと扉が開き始めた。

 扉から光が漏れ出す。ゆっくりとした動作だが、徐々に光が強くなって扉が開いていった。

「ヤス殿?」

「ん?あぁそうだな」

 ダーホスは、中に入って確認したいのだが、ヤスが最初に入らないとダメだと思っていた。それにはわけがある。神殿を攻略していない者が、神殿の最奥部に入ると守護者が現れると言われているからだ。アーティファクト(HONDA FIT)を降りる時に、ダーホスはヤスに聞いたのだがよくわからないと言われてしまった。
 伝承通りになっていると、ヤス以外の3名が先に入ってしまうと、コアを守護している魔物(ラスボス)が出現する事になる。

 最悪の自体を避けるために、ダーホスとアフネスの二人からヤスが先に入るように要望されたのだ。

 ヤスが神殿の最奥部・・・。正確には、コア部屋の直前にある広間に入った瞬間に広間が光った。

 ダーホスとアフネスは見紛えるが、リーゼはこの状況を楽しんでいた。

 光が濁流となって入り口に押し寄せてきた。

 光が収まるとヤスが立っている場所からコアが置かれている部屋まで一直線に七色の光が道標のように光っていた。

「光の道・・・」
「綺麗」
「ヤス殿・・・」

 ヤスもこんな状況は聞いていないし、何が発生しているのか判断できないでいた。

 7色”火炎の赤/水氷の青/木森の緑/土鋼の茶/風雷の黄/闇の黒/光の白”がヤスを導いているように見えるのだ。

 そして、アフネスが呟いた”光の道”は英雄を導くと言われている物だ・・・。

 古きエルフに伝わる話なのだ。
---
 英雄この地に現れし時、神々の祝福あり
 火炎の赤(赤の神)が、道を焼きて
 水氷の青(青の神)が、道を凍らし
 木森の緑(緑の神)が、道を彩りて
 土鋼の茶(茶の神)が、道を固めし
 風雷の黄(黄の神)が、道を吹き抜け
 闇の黒(闇の神)が、害意を排除し
 光の白(光の神)が、英雄を導く
---

 もちろん、ヤスは英雄でも勇者でも賢者でもない。ただの女性が好きなトラック運転手だ。
 この演出は、マルスが神殿に納められていた記憶から読み取ったことを再現しただけだ。そして、エルフには残念なお知らせになるのだが、この現象はコアが継承されれば発生する現象なのだ。
 しかし7色になる事は珍しい。それだけは貴重な現象だと言える。光の色に関しては、最初に入った人間(ヤス)が持っている属性に沿っているだけなのだ。

 だからこそ7色=全属性を使える英雄であるとも言える。

 ヤスは、スキルとして”魔法属性”が発現しているわけではないが、マルスやエミリアやディアナが全属性に対応できるために、7色の光をまとったのだ。

”マルス!お前か?”

”はい。マスターの偉大さを知らしめるために行いました”

”わかった・・・。そうか、ありがとう。でも、次からは先に説明してくれよ。俺も一緒に驚いたら台無しになるだろう”

”了”

 ヤスはわざと数歩進んでいから後ろを振り向く

「行かないのか?コア部屋はすぐそこだぞ?」

「行く!行く!もちろん!」

 ハイテンションなリーゼは置いておくとして、残り二人は顔色を白黒させている。自分がどういう表情をしているのかわからない状況だ。それだけ、目の前で行われている状況が信じられないのだ。

 リーゼは喜んでヤスの隣を歩いて・・・。いや、ヤスの周りを走り回っている。
 そんな二人を見ながら、ダーホスとアフネスも一歩踏み出す。

 4人が通った場所から光が消えていく。

 10分位かけてゆっくりとコア部屋まで歩いた。途中で、ヤスがクルマを持ってくればよかったと後悔したが、半分進んでいる上に神秘的な現象を堪能しているリーゼを見て諦めたのだった。

 コア部屋の扉は、ヤスが近づくと勝手に開いた。

 リーゼは素直に驚いていた。
 ダーホスは、これでヤスが神殿を攻略して手中に納めたと確信した。
 アフネスは、どうやってリーゼとヤスをくっつけるかを考えている。

 全員が、コア部屋に入った瞬間に扉が閉まって、部屋が暗くなる。
 中央に置かれているコアが白色灯の様に光っている。

”マスター。コアに触れてください”

”わかった”

 ヤスがマルスに指示されたようにコアにふれると、コアから光が漏れ出して、コアを中心に7色の光が部屋を照らした。
 先程のように圧倒的な光ではなく、優しく包み込むような光が漏れ出している。

『マスター』

”マルスと呼びかけて大丈夫か?”

”大丈夫です。コアに名前をつけるのは一般的な行為です”

『マルス』

『はい。マスター』

「ヤス殿。この声は?」

「聞こえたのか?」

「はい」

 ダーホスが訪ねて、アフネスが答えた。

「このコア。マルスの声だ。念話だと言っていたが、皆にも聞こえたようだな」

 ヤス以外の3人がうなずく。

「マルス殿。私は、ダーホスと言います。ヤス殿が貴殿の支配者ですか?」

『マスターはただ一人。我を光らせることができる方です。すべての権限を移譲しております』

「マルス殿。ありがとうございます。ヤス殿。神殿攻略おめでとうございます」

 ヤスは、ダーホスを見てから、アフネスを見る。アフネスもヤスが見ている事に気がついてうなずいた。

「ありがとう。それで、これからどうしたらいい?」

「ヤス殿。それは、ギルドに戻ってからでもいいですか?」

「俺はそれでいいが、アフネスはどうする?」

「もちろんユーラットには一緒に戻る。その後、相談したいけど・・・。リーゼの事もあるから、ギルドに顔を出す方がいいだろうな」

「わかった。それでは、一旦ユーラットに戻る・・・で、いいのか?」

「頼むよ」

「ねぇヤス!僕、ここに一泊したいけどダメ?」

「ん?泊まるところなんて無いぞ?」

「えぇぇヤスの寝所は?」

「俺しか入る事ができない。後で試してもいいがダメだと思うぞ?」

「うぅぅぅ。試してみる。ダメだった・・・。諦める・・・。かもしれない」

 ヤスはリーゼの顔を見て”諦めないな”と思っている。事実、リーゼは諦める気持ちなんて欠片も持っていない。
 ヤスは短い付き合いながらリーゼの好奇心を把握し始めている。

 リーゼはアーティファクトがこれだけすごいのだから、ヤスの寝所はアーティファクトだらけだろうと考えている。だから、見てみたいと思ったのだ。男性の部屋に入るとい行為を考える事もしないで自分の好奇心を優先した形になっている。

「マルス。何かあるか?」

『ございません』

「わかった。俺たちが広場から出たら結界の発動を頼む」

『かしこまりました。個体名リーゼ。個体名アフネス。個体名ダーホスは登録しますか?』

「どうする?」

 ヤスは、3人を見る。
 リーゼはもちろん登録を望んだ。ダーホスは保留してほしいという返事だ。アフネスは必要ないという事だ。

 リーゼが登録する事になった。
 登録する事で、広場と神殿地下にはヤスの許可なしに入る事ができるようになる。

「マルス様。1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

『個体名アフネス。我に”様”は必要ありません』

「わかりました。マルス殿。神殿の領域の広さはどうなっていますか?」

『神殿として機能/管理しているのは、地下空間。広場。マスターの居住区です。神殿の領域は、地域名ブレフ山。地域名アトス山。地域名ザール山。地域名フェレンになり、地域名ユーラットの手前までが対象です』

「ダーホス。問題はないね?」

「えぇ王国が定めた神殿の領域と一致します。マルス殿。もし、冒険者が神殿の領域である大森林フェレンにて狩りを行った場合にペナルティなどありますか?」

『マスター次第です』

「ヤス殿?」

「好きにしていいぞ?別に、狩場の独占なんて望んでは居ない」

「ありがとうございます」

「それで、ヤス。1つ頼みがある」

「なんでしょうか?」

 アフネスがヤスを正面から見据えて今までとは違う雰囲気で頼み事があると言っている。
 ヤスも真剣に向き合う様に、アフネスの方を見据える。

「ヤス。ユーラットになにか有った場合に、一人でも二人でもいい。神殿の広場に避難させてほしい。できれば、安全な神殿内部に入れてくれると嬉しい」

「有事を判断する事が難しいが、わかった。ただし、リーゼの知っている者だけだ。リーゼが先導してきている場合だけだ。それでいいか?」

 アフネスが”我が意を得たり”と言わんばかりに承諾した。リーゼは何が起こったのかわからない状況のようだ。
 ヤスもアフネスが望んでいるのがわかった。リーゼを安全に匿ってほしいのだろう。

「マルス。設定は可能か?」

『可能です。個体名リーゼが認めた者だけが、広場及び神殿地下に入る事ができる様に設定しました』

「アフネス。これでいいか?」

「あぁ・・・(予想以上だ。これで、リーゼ様の安全が担保された)」

「なにか言ったか?」

「いや・・・。ヤス。ありがとう」

「おぉ!リーゼ。そういう事だから、お前はユーラットを離れるなよ?」

「えっ・・・。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 やっと事情を理解したリーゼの絶叫がコア部屋に響き渡った。

 批難を含んだ絶叫を上げたリーゼを無視して、ヤスとアフネスとダーホスは、今後のことを決めることにした。

 まずは、ユーラットに戻る。これは、すでに決まっている事だ。ヤス以外の人間を届けなければならない。
 その前に、もらった物(食料)を居住区に移動させなければならなかった。

「アフネス。ダーホス。一度、地下一階に移動して、荷物を居住スペースに移動させたいけどいいか?」

「あぁ」「問題ない。手伝うか?」

「悪い。俺しか居住スペースには入られないから気持ちだけもらっておく、荷物の移動を手伝ってくれ」

「わかった」

 まだなにかブツブツ言っているリーゼの頭をアフネスが一発叩いた。

「痛い!何するの!?」

 アフネスが、リーゼを抱き寄せて、耳元で何やら呟いている。
 リーゼの顔が青くなってから、赤くなって行く。耳まで赤くなってから、元の色にだんだん戻っていく。

「わかった。僕!頑張る!」

「うん。頼んだよ」

 やっと落ちつたリーゼは、当初アフネスとヤスに騙されたと思っていたのだ。
 リーゼにはやりたい事があった。自分の目で、足で、手で、身体で世界を見て回りたいと思っていたのだ。ヤスと知り合ったときには、辺境伯の領都まで手紙を届ける事になっていた。リーゼはそれさえも嬉しくてたまらなかった。ユーラットの町は記憶に無いくらい小さいときに来て育った町で好きだが、他の町や街や都を見てみたいと思っていた。
 ヤスのアーティファクト(ディアナ)に乗ってびっくりしたのは当然だけど、それ以上にこのアーティファクト(ディアナ)があればもっともっと世界を見て回れると考えたのだ。
 ロブアンはリーゼの考えには頭から反対している。アフネスは消極的な賛成だと思っていたのだが、ユーラットを有事から守るという役目を押し付けられて、長い間町を離れられない”騙された”と、思ってしまったのだ。
 しかし、耳打ちされた内容はリーゼが望んだ事以上だったのだ。リーザは、アフネスが味方してくれたと考えを変えたのだ。

「アフネス。リーゼ。もういいのか?」

「あぁ」「うん!ヤス。僕も手伝うよ。寝所に入るのを試していいよね?」

「あぁそれじゃ一度地下一階に戻るぞ!」

 今度はしっかりとシートベルトを自分でしていた。若干、リーゼだけがわざとだと思うのだが、もたついていたので、ヤスが最後だけ手伝っていた。やたら嬉しそうにしていたので、ヤスもアフネスもダーホスもそのままスルーする事にしたようだ。

 帰りもナビはまだ使えない状況だったので、ヤスはスマートグラスをかけて神殿を進んでいった。

 リーゼの質問攻撃もない事から、ヤスは徐々に速度を上げて神殿の中を進んでいった。

(落ち着いたらバイク(モンキー)で来てみても楽しそうだな)

”エミリア。確か、神殿のマップは自由にいじれるよな?”

”可能ですが、討伐ポイントが必要です”

(そうか・・・金以外に、神殿の改造や今日中スペースの充実には討伐ポイントが必要になるのだったな)

”なぁ金貨を討伐ポイントに変換(エクスチェンジ)する事はできないか?”

”マルスにて検討します”

”頼む。討伐ポイントの稼ぎ方も考えないと駄目だろうからな”

”了”

 ヤスがエミリアと話している最中に地下一階に到着した。

「すまん。少し待ってくれ、荷物を移動したい」

「わかりました。手伝います。どこに移動すればいいですか?」
「僕も手伝う!」

 ヤスがハッチバック部分を開けて荷物を降ろす。
 それを、リーゼとダーホスとアフネスが、居住区に向かう(エレベータ)に積み込んでいく、荷物は多くなかったので、すぐに搬入が終了する。

(そうだな。フォークリフトとかも欲しいよな。そうなると、パレットや木箱も必要だよな)

「ヤス!それで、どうやるの?」

「ん?あぁそれに乗って上がるだけだぞ?リーゼが乗っていると上がらないと思うから、俺だけでやってみる」

「・・・。う・・・ん。わかった」

 ヤスがエレベータに乗り込むと、透明な壁が横から出てきた。

『認証完了。マスター。おかえりなさい』

 ヤスの前に透明な板が出現した。
 エレベータのコントロールのようだ。

”B2階/B1階/1階/2階/3階/4階”
 と、表示されている。

 B2階は、工房になっている
 B1階は、地下駐車スペースになっている
 1階は、外に出るための場所で何も設置していない
 2階は、今後の為に作った場所で何もない
 3階は、リビングやキッチンが設置されている場所になる
 4階は、寝室と風呂が作られている場所になる

 トイレは、ヤスの希望で全部の階に男性用と女性用が別々に作られている。

 ヤスは、3階のボタンを押した。

「あっ」

 リーゼの切ない声が響いたのだが、動かないものはしょうがない。
 ヤスも3階で荷物を降ろしたらすぐに戻るつもりでいた。日持ちする物がほとんどだと言っていたので、気にしないようにした。

「マルス」

『はい。マスター』

「この部屋の温度を気持ち下げられるか?」

『どの程度下げますか?現在は、約75度』

「75?あぁ華氏か?摂氏に変換できるか?」

『現在は約24度です』

「そうか、10度くらいまで落とせるか?」

『可能です。実行しますか?』

「たのむ。それから、荷物を保管する場所を作りたいけど、すぐに作られるか?」

『討伐ポイントを確認。現在の荷物の3倍ほど入る場所まで可能です』

「3倍で作ってくれ、部屋ができたら5度くらいまで下げておいてくれ」

『了』

 すぐに反映されて、3階のエレベータの出口の横に新たな扉が出現した。
 中に入るとひんやりしている。これから、室温が下がっていくのだろう。ヤスは、荷物を一旦その部屋に入れる事にした。

 荷物の搬入が終わってヤスは一息ついた。

(一人じゃ辛いな。外にダミーの家でも建てて誰か雇おうかな?事務員も必要だからな・・・。うーん。その前に、金稼ぎの方法だよな・・・。はぁ楽できないようになっているのだな)

 エレベータで地下一階に降りると、リーゼが閉まった扉を叩いたり押したり引いたりいろいろしている。

「え?」「あっ」

 ヤスが地下一階に到着したら、当然の様に扉は開く・・・。

 結果、リーゼは叩こうとした扉がなくなって、そのままヤスに抱きつく形になってしまった。

「おっと。リーゼ。熱烈なお出迎えありがとう。でも、あと10年後に頼む。まだまだ子供だな」

 ヤスはリーゼを抱きながら、尻を思いっきり触っている。

「バカ!エッチ!ヤスのバカ!」

 リーゼは抵抗しようとしたようだが、ヤスの腕から出たくないのかそのままの状態で文句だけを言っている。

「なんだよ。助けたのに、文句かよ?」

「え?あっ・・・。ごめん。ありがとう。抱きとめてくれないと転んじゃうところだった」

「いいよ」

 素直になったリーゼの頭を2-3回ポンポンと優しく叩きながらヤスはリーゼの体制を元に戻す。

「リーゼ。これでわかっただろう?ここから先は、俺しか入られない」

「うん。残念だけど、何をやっても駄目だった」

「わかってくれればいい」

 アーティファクト(HONDA FIT)のところには、アフネスとダーホスが何やら話し込んでいる。
 辺りを指差している事はヤスにも確認できるのだが会話の内容まではわからない。それに聞いてもあまりいいことは無いだろうと判断している。

「悪い。またせたな」

「いえ、大丈夫です。このまま、ユーラットに戻るのですか?今、アフネス殿と話したのですが、外は暗くなっていますよ?この地下1階なら魔物もでませんよね?ここで一泊してからもいいと話していたのです」

「あぁそうか・・・うーん。大丈夫だ」

「え?」「は?」

「いいから、乗れよ」

「はぁ」

 リーゼは、ディアナのライトを見ているからヤスの言った事がわかるのだろう、アフネスの背中を押して後部座席に押し込んで自分は助手席に座った。

 ヤスはシートベルトがされていることを確認してから、走り出した。
 もちろん、ライトはハイビームだ。

 ダーホスとアフネスの質問が少しだけ有ったがそれだけで、自然と二人は黙った。
 暗闇の中をライトの灯りで照らされているのだが、それだけで走らせるヤスの感性を疑ってかかっている。

 リーゼは、怖い。怖い。いいながらどこか楽しんでいる様子だ。

 下り道だが、暗闇の中を抜けていく感覚を楽しみながら20分の走行でユーラットに到着した。

「本当に・・・・」

 ダーホスは、ユーラットの裏門が見えてきた時に呟いてしまった。
 ダーホスは、つぶやきと同時に安堵した気持ちにもなっている。それほど恐怖を感じていたのだ。
 山道のそれもカーブを、ドリフトで抜けるときのタイヤが滑る音は結界の中なので聞こえてくる。風切り音が聞こえてこないが、ヤスのアクセルワークやシフトダウンやシフトアップのときのエンジン音や、時折石を飛ばす音などが結界の中に木霊しているのだ。
 怖がるなと言う方が無理な相談だ。その上、前方を明るく照らすライトがあるが、カーブのときには先は見えない状況で突っ込んでいくように思える。そこに道があるのか後ろから見ているとわからない状況なのだろう。何度か、小さな悲鳴を上げていた。

「着いたぞ?ギルドは、明日にしたほうがいい・・・ようだな」

 ヤスは、疲れ切った表情をしているダーホスを見て考えを変えた。

「ヤス。今日、泊まっていってよ。いいよね!」

 リーゼは、アフネスを見た。
 アフネスもうなずいているので、いいのだろう。

 そのアフネスも少しだけ顔色が悪い。酔ったのかもしれない。

 元気なのはリーゼだけだ。

 ユーラットの裏門から入って、宿屋に行く。

「リーゼ!」

 アフネスとヤスは、煩いのが居たのを思い出して、頭が痛いと感じている。

「おじさん。今日、ヤスが泊まるからご飯をお願い。僕は、ヤスを部屋に案内する」

「え?」
「アナタ。リーゼが言った事をお願いします。ヤス。リーゼに着いて行ってください。リーゼ。この前の部屋に案内して」

「わかった」

「ロブアン。成り行きだが、1晩だけ厄介になる。すまない」

 ヤスは頭を下げる。
 ロブアンはいきなりのことだったが、アフネスが奥に連れて行って説明するようだ。

「ヤス!」

「わかった」

 ヤスは、リーゼに連れられて部屋に向かった。
 この前使った部屋なので、鍵だけ渡してくれたら大丈夫だと言おうかと思ったようだが、リーゼが嬉しそうに手を引っ張っていたので、そのまま案内を頼むことにしたようだ。

 今日は、夕飯を食べて寝る事になった。
 明日になったら、ヤスとリーゼでギルドに赴いて、パーティーを組む事になっている。

 ロブアンは反対したのだが、アフネスとリーゼの勢いに押される形で承諾するしかなかった。
 その上で、アフネスがヤスの神殿のことを説明して、リーゼが長期間町の外に行くことができないことを聞いたときには、複雑な表情ながら納得したようだ。

 翌日、この前と同じ様にヤスは起こされて、食事をした。
 朝食は、この前ヤスが問題なく食べていた物が出された。ヤスが好物だと解って、リーゼとアフネスが用意したものだ。

 朝食を美味しそうに食べるヤスを満足そうな表情で眺めるアフネス。
 何が嬉しいのかニコニコしているリーゼ。
 それを忌々しそうに見ているロブアン。

 しばらくは、この関係が続きそうだとヤスは感じていた。

「リーゼ。ちょっと早いけど、ギルドに行くぞ。俺は、売るものを売ったら、買い物して帰りたいからな」

「えぇもう1泊しないの?」

「しない。やる事があるからな」

「・・・。うぅぅ。わかった。おじさん。おばさん。行ってくる!」

 ヤスとリーゼは、ギルドに向かった。

 ギルドに入って、受付に居たドーリスに話をした。
 すぐに、ダーホスがやってきて、リーゼの冒険者ギルドへの登録と、職人ギルドへの登録が行われた。

 終始ニコニコしているリーゼを横に置いて、ヤスはエミリアから神殿で見つけた剣や防具やアイテムを並べていく、事前にマルスやエミリアに聞いたが必要ないと言われた物たちだ。残った物は、魔核やポーションと思われる物だけだ。

「ねぇヤス。短剣と防具をもらっていい?」

「ほしいのか?」

「うん。最低限、身を守れる装備が欲しい・・・。おじさんは駄目だと言っているけど・・・。ダメ?」

「気にいるのがあれば持っていけよ」

「本当?いいの?」

「あぁパーティー組んだ記念だ。アイテムも欲しい物があれば持っていけよ。アフネスにはしっかり言えよ」

「うん!あっ代金!」

「いいよ。そうだな。今度泊まる時に値引きしてくれよ」

「わかった。おばさんに言って置くね」

「ヤス殿?」

「おっと悪い。ダーホス。リーゼが選んだ物以外を買い取って欲しいけどできるか?」

 ヤスとダーホスとドーリスが座っているテーブルの前には大量のアイテムと武器と防具が並べられている。
 アイテムの中には何に使うのかわからない物も含まれている。宝石の類も数多く並べられている。

 並んでいる物を見るダーホスの目は狂喜に染まっている。ドーリスも同じくニコニコ顔だ。
 ヤスから買い取った物がすぐに売れるだろう事が想像できているからだ。ギルドの売上になるので、ダーホスは実績が付くし、ドーリスは臨時ボーナスが出る可能性だってある。

「ダーホス。鑑定や査定に時間が必要だろう?」

「そうですね。1時間程度は必要です。これだけの量ですし、質もいいので期待してください」

「それは信用しているからいいけど、先にパーティーを組みたいけど問題ないか?」

「そうでしたね。リーゼ殿。ヤス殿とのパーティーで問題ないですか?」

「うん。僕は、問題ない。ヤスも、僕でいいの?」

「あぁ。それで、リーゼ。名前は考えたのか?」

「うーん。”ラビリンロード”か”ルナティックキャッスル”のどちらか!」

「ん?俺は、何でもいいぞ?リーゼが気に入った名前にしてくれよ」

「それなら、”ラビリンスロード”で!」

「だってさ、ダーホス。手続きを頼む」

 ドーリスがまた珠を持ってきている。ヤスとリーゼは簡単に説明を聞いた。
 どうやら、二人の魔力をパーティーとして登録しておく事で、預けている資金の取り出しが可能になるという事だ。
 個人での管理はできない。王都や領都にある商業ギルドなら個人での口座が持てるようになるという事だが降ろす場合には、商業ギルドでしかできないので注意が必要だ。

「わかった。別に、個人で持つのなら、俺もリーゼもアイテムボックスがあるし困らないよな?」

「うん!」

 ヤスとリーゼはお互いに納得して、パーティー申請を行った。
 リーダーは、ヤスが務める事になる。

 ヤスとリーゼのギルドカードに、パーティー名が刻まれる事になる。
 これで手続きは終了になるのだが、詳細な規約は二階にある本棚にあるという事だ。もちろん、ヤスもリーゼも興味がないので、読みに行くことはしない。

「俺は、買い取りを待っているけど、リーゼはどうする?」

「僕?うーん。待っていたいけど、おばさんに、ギルドの登録料を借りちゃったから、今日は帰るよ。帰る前に寄ってくよね?」

「あぁそのつもりだ。糸引き豆や魚醤をロブアンから買うつもりだよ」

「わかった!おじさんにも言っておくよ」

「頼む」

 リーゼは椅子から飛び降りるようにしてから出口に向かっていった。

「ヤス殿。しばらく時間が必要なので、適当に時間を潰していてください」

「わかった・・・!あっそうだ。ダーホス。魔物に詳しい奴に話を聞きたいけど誰か話を聞ける奴はいないか?」

「それなら、この辺りで、私の次に詳しいのは、イザークですが?」

「ありがとう。イザークは、門番をしているよな?」

「そのはずです」

「わかった、イザークと話をしているから、査定が終わったら教えてくれ」

「わかりました」

 ヤスは立ち上がって、ギルドから外に出た。

 ヤスは、ギルドを一旦出てイザークが居ると教えられた門に向かった。

(初めてゆっくり歩くけど、いい町だな。店もあるし、海が近いからなのか潮の香りがする)

 その頃イザークは門で暇を持て余していた。
 それには理由がある。

 ユーラットは、辺境の辺境なのだ。もう少し正確に言えば、バッケスホーフ王国の中にあっても辺境伯の領地から更に辺境に移動した場所にある。神殿を隠す為に作られた町なのだ。冒険者の数も多くないし、月に一度程度の割合で商隊が来るだけで、門番の仕事は忙しくない。
 それでも辺境のために魔物が出る。商隊よりも、魔物の襲来の方が多いくらいだ。しかし、それは裏門と港方面に限られている。町は、T字になっている。表門と裏門があり、海の方面に伸びる形になっている。海方面からも、フェレンに入る事ができる為に、冒険者は海方面から向かう事が多くなる。
 しかし、今ユーラットに滞在している冒険者は、ヤスを除けばユーラット生まれの3人だけだ。先日、リーゼに着いていった護衛は王都から小遣い稼ぎにやってきたパーティーですでに旅立ってしまっている。

 簡単に言ってしまえば、イザークは暇なのだ。
 若い頃は、この暇な任務がいやで王都に帰る事も考えたのだが、なんだかんだ過ごして気に入ってしまって、永住する事にしたのだ。嫁も町で見つけた漁師の娘だ。子供はまだだが夫婦仲は悪くない。

 そんなイザークなのだが、リーゼを助けたと言って町に来た”ヤス”が気になっている。
 神殿を攻略して、アーティファクトを得ただけではなく、そのアーティファクトをしっかりと使いこなしているように見える。停滞してしまっている、辺境の小さな町に変革をもたらしてくれる可能性がある人物として注目しているのだ。

「イザーク!」

 ヤスは、イザークを見つけて声をかけた。

「どうした?」

「今、ギルドで買い取りの査定を頼んでいるけど、時間がかかるみたいだから、イザークと話をしたいと思ったのだけど、時間あるか?」

「いいぞ?なんだ?質問か?」

「質問と言えば質問だな。俺のエミリア・・・。あぁアーティファクトの1つだけど、見て欲しい」

「ん?」

 ヤスは、エミリアを取り出して、マルスアプリを起動した。
 魔物図鑑となっている項目を起動した。スライドショーの様に見る事ができるので、一枚一枚イザークに見せて名前を教えてもらおうと考えたのだ。

「ほぉ・・・。これは、コボルトだな。ほぉ・・・。ゴブリンとオーク・・・。こりゃオーガじゃないか!ヤス。これは?」

「あぁアーティファクトだけどな。神殿に居た魔物たちが表示されているらしいけど、魔物の名前がわからなくてリーゼやアフネスに説明できなくて困っている」

「へぇ・・・。まぁいいけど、それで、ヤス。どうしたらいい?」

「そうだな。わかる魔物だけでいいから、弱点や素材について教えて欲しいけどダメか?」

「問題ないぞ。そうだ、ヤス。神殿は、攻略すると魔物が出現しなくなると聞いたけど、本当なのか?」

「あっそう言われているらしいな。よくわからない。俺もまだ勉強中だ」

「なんだ・・・。そうなのか?山を超えた先にあるフォラント共和国には、攻略しても魔物が出る神殿があるらしくて、ヤスの神殿にも魔物が出るようなら、冒険者を呼び込めて、ユーラットの町も潤うと思っただけだ。解ったら教えてくれ」

「そうだな。もし、魔物が出るようなら、そのときにはイザークに相談するから話を聞いてくれよ」

「もちろんだよ。おっそうだ。そのためにも、ヤスには魔物に詳しくなってもらわないとならないな。聞いた話だと、フェレンの森も神殿の支配領域なのだろう?」

「そうなのか?よくわからない。俺は、神殿とアーティファクトだけあれば困らないからあまり領域とか聞いていない」

「そりゃぁそうだ。あのアーティファクトは凄まじく早いようだからな」

 それから、ドーリスが呼びに来るまで、ヤスは門番をしているイザークが居る屯所でエミリアを見せながら魔物の話を聞いた。
 実は弱点や素材は、エミリアにすでに入っている。食用に適しているかなどの情報も入っていたのだが、ヤスは生きた情報として魔物の詳細情報は開かないで、イザークの魔物講義をしっかりと聞いていた。
 雑談を交えながらだったので、魔物全部の名前を把握できたわけではなかったが、(仮称)にさえなっていなかった魔物は全部網羅する事ができた。
 エミリアの情報には入っていなかった、”テイム”可能な魔物なのかも教えてもらえた。実際にテイムできるのかは、テイマーの力量に依存するのだが、不可能とされている魔物がわかっただけでもかなりの収穫に思えた。

「ヤスさん!」

「ドーリスさん。査定が終わったのですか?」

「はい。終わったのですが、少しご相談があると、ダーホスが言っています」

「わかりました。伺います。それじゃイザーク。またな!」

「おぉ!またな!」

 ドーリスに連れられてギルドに向かっている最中に、ヤスは気になったことを聞いた。

「なぁドーリスさん。ダーホスって結婚しているのか?」

「え?あぁぁぁそう思いますよね!!」

 ドーリスには、ヤスの疑問もわかる。
 ダーホスは、人族なのに見た目では年齢を予測する事ができない。苦労性なのか、白髪を短く切りそろえているが、目の下には熊を何匹か飼っているようになっているし、ギルドにいつもいる印象がある。小太りだがバランスが取れている容姿なのだ。結婚していても、不思議ではないが、結婚していないと言われても納得してしまう。

 しかし、ヤスが本当に聞きたかったのは別の事なのだ。

「ダーホスの見た目から年齢がよくわからないし、本人に聞いていいのかわからない」

「ダーホスは、結婚していますよ。10歳になる娘さんと、6歳になる息子さんがいらっしゃいます」

「へぇ奥さんはどんな人?」

「確か、漁師の元締めをしている人の娘さんだと思いましたよ」

「そうなの?やっぱり、この町は、町の中での結婚が多いの?」

「どうでしょう?イザークさんの奥さんも漁師の娘さんだと思いましたよ」

「へぇ・・・そうなの?」

「はい」

「へぇ・・・。それで、ドーリスさんの旦那さんも、この町の人?」

「え?私?えぇぇぇ私、結婚していませんよ。結婚どころか、彼氏もいませんよ!」

「嘘だぁ!?こんなにかわいいのに?!彼氏候補が多すぎて困っているだけじゃないのですか?」

「違いますよ!モテナイですよ!自分で言っていて悲しくなってしまいます」

 ヤスは小さくガッツポーズをした。
 リーゼは年齢的に守備範囲外だが、ドーリスは”多分”年齢的にはセーフで守備範囲内だと思っていた。
 それに、大きいよりも小さい方が好きなヤスから見ると理想的な女性なのだ。

「それじゃ俺が立候補しようかな」

「本当ですか?でも、ヤスさんにはリーゼが居ますよね?」

「リーゼ?違う違う。リーゼとは何も無いですよ?」

「ハハハ。そういう事にしておきますよ。あっギルドに着きますよ。ダーホスが部屋で待っています」

 ヤスはなんとも言えない気持ちのまま、ドーリスに案内されて、ダーホスが居る部屋に向かった。

「ヤスさんを連れてきました」

「入ってもらってくれ」

「はい。ヤスさん。どうぞ」

 ドーリスはドアを開けて、ヤスをダーホスの部屋に通す。
 部屋は、ヤスの感覚では、中小企業の社長が使う部屋の様に思えた。広くもないが狭いわけではない。ダーホスが書類と格闘する為の机と、客に対応するためだろう、ローテブルを挟んでソファーシートが置かれている。

 ヤスは勧められて、3人がけのソファーの中央に座る。ヤスの正面には一人がけの椅子が二脚置かれている。片方にダーホスが座って、もう一つにはお茶を持ってきた、ドーリスが座った。

「ヤス。まずは、査定なのだが、金片は純度が高いので、等価でどうだ?」

「問題ないですよ」

「それでな・・・ヤス。申し訳ないのだが、他の物は買い取る事ができない」

「え?なぜですか?」

「なぜ?ヤス。お前が持って来た物・・・。そう、リーゼに渡した物を含めてだけどな。全部魔道具だ」

「魔道具?」

「魔道具も忘れてしまったのか?」

「えぇ・・・。まぁ・・・。なんとなく覚えているのですけどね」

「まぁいい。魔道具の説明は置いておくとして、剣に至っては、魔剣だぞ?慌ててリーゼが持っていった短剣を鑑定したら、あれ・・・。物理強化と魔法吸収と雷属性が着いていたぞ?いいのか?」

「うーん。俺には使えないですからね」

「・・・。はぁ・・・。ヤス。こんなことをいいたくないけどな、リーゼが持っていった剣だけでも、オークションに出せば金貨30枚とかの値段が付くぞ?」

「へぇ・・・。そうなのか?」

「”へぇ・・”って、お前、金貨30枚だぞ?この町なら、5年は楽に暮らせるぞ?」

「いいですよ。どうせ、宝箱から出た物ですからね。あ!それで、ここじゃ換金する事ができないのですね」

 ヤスは、出された飲み物を一口飲み込んでから、ダーホスとドーリスを交互に見た。

「それで、ダーホス。どうしたらいい?」

 ヤスは、置かれた飲み物にもう一度口をつける。
 一口飲んでからカップをローテーブルの上に置いた。

「ヤス殿。冒険者としてでも、商人としてでも、どちらでもいいのですが、ギルドからの依頼を受けてもらえませんか?」

「依頼?」

「はい。ヤス殿から預かった、品々を辺境伯の領都にある”冒険者ギルド”に運んでもらいたい」

「ん?なにか、おかしくないか?俺の依頼品を俺が運ぶのか?」

「えぇそうですが?なにか問題でもありますか?」

「・・・・うーん」

 ヤスは少しだけ考えたのだが、別に問題はないと自己完結した。
 そもそも、”考えた”結果として受ける事にしたかったのだ。少しでも賢そうに見せたいヤスの心がそうさせた。
 けして、ドーリスに良い格好しようとおもったわけではない・・・。と、思いたい。

「わかった。冒険者ギルドのギルドメンバーとして依頼を受けよう。でも、俺は領都の場所がわからないぞ?」

「あぁそれですが・・・」

 ダーホスが、ドーリスに目配せをした。ドーリスは立ち上がって奥の部屋に入っていった。

 このとき、ヤスは少しだけ・・・。本当に少しだけ期待した。
 ドーリスが道案内をする為に一緒に領都まで行くのではないかと・・・。

 戻ってきたドーリスは一枚の羊皮紙を持ってきた。
 ヤスの眼の前に羊皮紙を置いた。

 思惑が外れたヤスは羊皮紙の内容について問いただす。

「ダーホス。これは?」

「リーゼ殿・・・。正確にはアフネス殿からの依頼書だ。ヤス殿に受けてもらいたい」

 ヤスは、ダーホスをにらみつける。
 ほぼ、強制依頼に近い事はわかっている。

「ふーん。リーゼをリーゼが持つ荷物ごと辺境伯の領都にある冒険者ギルドに届ける依頼なのだな?」

「そうなる」

(うーん。人は運ばない主義だけど、道案内が無いと無理だよな)

”エミリア。辺境伯の領都までのナビは可能か?”

”辺境伯の領都が曖昧で不可能です”

 ヤスは、羊皮紙を見るとリーゼの送り先が書かれていた。

”辺境伯領の名前は、レッチュガウ。領都はレッチュヴェルトらしいぞ”

”領都レッチュヴェルトを検索・・・。失敗。該当するデータがありません。神殿の情報には地域名レッチュヴェルトがありません”

”そうか・・・”

「ダーホス。悪い。この依頼は受けられない」

「なぜ?」

「俺は、人は運ばない」

「え?」

 ヤスは、口元を歪ませた笑いを浮かべた。
 しかし、ダーホスもドーリスも頭の上に”?”マークが大量に出るだけで、何を言われているのかよくわからない状況なのだ。

「ダーホス。その依頼は、アフネスに返してくれ」

「しかし、アフネス殿の依頼も誰かがやらないとなら・・・」

 ヤスは手をかざしてダーホスの言葉を遮る。

 コップに残っている飲み物を一気に煽ってから、ダーホスとドーリスを見てゆっくりとした口調で喋りだす。

「ダーホス。鑑定の荷物を持ってく為には、領都レッチュヴェルトまでの案内を依頼したい。荷物があるのなら、アーティファクト(HONDA FIT)で移動予定だから詰め込めるぞ?」

「え?」「は?」

「あっ依頼だから依頼料を出す。案内をしてくれる者が欲しいと思う”短剣”を出そう。それか、換金目的の中から1つ進呈しよう。どうだ?」

 ヤスは、羊皮紙に書かれていた”依頼料”からアフネスの狙いを察知した。
 依頼料が、”金貨50枚”となっていたのだ。ヤスが、リーゼに渡した短剣の値段+αなのだろう。それを依頼料としてヤスに渡そうとしたのだ。ヤスは、アフネスの狙いがわかった(気になっている)のだが、そのまま承諾できない気分になっている。

 日本に居たときからの考えで、依頼では”人は運ばない”ことをポリシーにしている。日本に居たときには、ディアナ(マルス)の魔改造を説明するのが面倒になることを避ける為にも、そして人を依頼で運ぶのは”タクシー”があるのでそちらに任せるのが筋だと考えていたのだ。それに、ヤスがディアナ(マルス)を使って人を運ぶのは”多分”違法だったからだ。
 いろいろ魔改造したり、魔改造されたり、敷地内で無茶な走行テストをしたり、ギリギリをやっていたヤスだが明確な法律違反をしたのは、中学の同窓会での1件だけなのだ。

「”どうだ”と言われても・・・。ヤス殿」

 ヤスは、ローテーブルの上に羊皮紙を置いて、指で弾いてダーホスに返した。
 依頼が書かれた羊皮紙は回転して、ダーホスの前で止まった。

「なんだ」

 ダーホスは、睨むような目線でヤスを見ているが、ヤスは空になってしまったコップを持ち上げて降ろす動作をするだけで、なんの反応も示さない。

 ダーホスも、この依頼書の意味がわかっている。いくつかの目的があるのだが、アフネスとして安全にリーゼを領都の冒険者ギルドに届けたい。ヤスがリーゼに渡した短剣が高価だったためにアフネスがその代金をヤスに渡そうと考えたのだが、素直に受け取ってくれるとは思っていない。そのために、依頼を出して報酬の形を取ろうとした事はわかっている。副次的な目的として、リーゼをヤスにくっつけておきたいという目的もある。リーゼがヤスのことを気にしているのも知っているが、それ以上に神殿を攻略したヤスに繋ぎを作る意味もある。
 そして、アフネスの大きくないが重要な目的は、ヤスのアーティファクトを使った場合に、領都までの移動時間を知りたいのだ。
 いずれ必ず伝言なり命令が届くだろう事だが、エルフの里にヤスを連れて行く事になる。その時にどのくらいの日数が必要なのかを知りたいのだ。

「ふぅ・・・。わかりました。アフネス殿には、私から連絡します。案内人は、ギルドが選出していいのですか?」

「そうだな。行く前に、面談させてくれ、襲われたり、途中で逃げられたりしたら目も当てられないからな」

「わかりました。出発は、いつくらいにしますか?」

「そうだな。案内人の選出に時間がかからないのなら、明日でいいぞ?」

「そうですね。案内人には、これから話を通します。問題にはならないとおもうので、明日の朝に出発でいいですか?」

 トントン拍子で内容が決まっていく、ダーホスもアフネスの説得の必要がない事はわかっている。リーゼの予定だけだが、依頼書の内容の通りになるので、予定の調整も必要ないだろう。
 ヤスも同じに考えていた。リーゼを助けたときの会話から、4-5日で半分くらいだとして領都までは馬車で10日の旅となる。
 馬車との速度比較で10倍は無理でも4-5倍は出せるだろうと考えているので、野宿を一回程度行えば到着できるだろうと考えていた。”ラノベ設定”で言えば何かしらのイベントが発生する事も考えられるのだが、領都に到着が夕方以降になるであろう事は予想できる。そうなった場合に、もう1泊してから領都に入る事になる。
 鑑定にかかる時間がよめないが、リーゼの用事のことを考えて領都で1泊する必要が有るだろう。

「大丈夫だ。あっ!その時に、領都の冒険者ギルドへの紹介状を貰えるか?」

 ヤスは、鑑定の待ち時間を減らすために、ダーホスに1つの依頼をした。

「もちろんです。それから、査定依頼の物品ですが、目録は作りますか?」

「そうだな。頼めるか。俺の持ち物である証明はできるのか?」

「可能です。ヤス殿。これは、依頼ではなくお願いなのですが、領都の冒険者ギルドのギルドマスターに書簡を届けてほしいのですがよろしいですか?」

「いいぞ?」

「良かった」

 ダーホスは立ち上がって自分が使っている机に移動して、書類の束の中から一枚の羊皮紙を見つけ出して、封筒のような物に入れてから封蝋をした。
 作った書簡をヤスに手渡した。

「良かったです。この書簡は、ヤス殿がユーラットの神殿を攻略したことを、ユーラットのギルドが確認した書類です」

「それを、俺が持っていって問題にならないのか?」

「大丈夫です。概要はすでに伝えてあります」

「わかった。ギルドで受付に渡せばいいのか?」

「はい。こちらで用意するギルドマスターへの推薦状と一緒に受付に出してください。ギルドカードの確認はすると思いますので、ヤス殿である確認は取られる事はありません」

「そうか、わかった。それなら、その書簡も行く前に受け取る。目録と一緒にくれ。明日は、表にアーティファクトを停めてもいいよな?」

「問題ないです。ギルドに来るのなら、裏門の方が楽ですよ?」

「それもそうだな。リーゼも裏門の方が近いだろうからな」

「えぇ」

 ふたりとも案内人がリーゼになることをぼかしていたのが意味がなくなる発言をしているのに気がついていない。
 実際二人とドーリスはリーゼが案内人だと確定した事として話をしているのだ。

「わかった。朝、ギルドに寄る事にするよ」

「お願いします」

 それから、ドーリスから依頼に関する説明をされた。
 今回の場合は、ユーラットのギルドからの指名依頼となる事。明日の朝までに依頼内容をまとめておくので、朝ギルドに来たときに、ドーリスが手続きをすると説明された。ヤスの出した案内人の依頼も受理されたので、書類を作成するので、同時に処理を行ってくれる事になった。
 冒険者ヤスがギルドからの依頼を受ける形になり、商人ヤスが案内人を募集する依頼を商人ギルドに出して、商人ギルドから冒険者ギルドに依頼を流す形になるのだと説明されたのだが、ヤスにとってはどうでもいいことで、話の半分も聞いていない。

 自分が望んだ形になればいいと思っているだけだった。

 説明が終わったので、ヤスはダーホスの部屋から出て、神殿に帰る事にしたようだ。

 金片を換金した金貨を受け取って、ギルドを出た。