私は、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット。
アデヴィット。この名を持つ者は、私を入れて6名だけだ。
皇帝であるお父様。第一皇子。第二皇子のお兄様。第二皇女のお姉様。第三皇子の弟。そして私だ。
母たちには、アデヴィットを名乗る権利を与えられていない。
私の母は、身分が低かった。
そのために、つけられた従者はメルリダとルカリダの二人だけだ。従者兼メイド兼護衛だ。私も、護衛術は嗜み程度には習得しているが、命が守れるレベルではない。
父である陛下が、御病気になってから、周りが騒がしくなった。
自分で自分を評価すれば、皇位継承順では低い。
ほぼ、至高の冠を被るのは不可能だ。
しかし、私にはお兄様たちやお姉様や弟にない事情がある。皆が無視して、必要がない物と切り捨てた場所が、私の支持基盤だ。
私は、身分が低い母のおかげもあり、民衆との距離が近い。
メルリダとルカリダを連れて、3人だけで帝都を散策することが多かった。そのために、帝都の民衆からは私の評価が高かった。
お兄様たちよりも私を皇帝への望む声が民衆から出てしまった。
焦ったお兄様は、お父様の名前を使って、私を王国への特使として帝都から排除することにした。
辺境にあり、帝国との国境近くにあった神殿が攻略されてから、王国は大きく変わった。
帝国にも、神殿が攻略されたという情報は流れてきたが、お兄様もお姉様も、情報の価値を計りかねていた。通常なら、新しく国が興るだけだ。そして、王国と帝国に挟まれた小さな国ができたからと言って大局には影響がないと判断された。
私は、お兄様やお姉様の意見に反対したが、権力という意味では、私はまったく相手にされない。
有力な貴族の後ろ盾もない。私があるのは、民衆からの人気だけだ。
お兄様の策略に乗る形で、私は帝都からの脱出を果たした。帝都に残っていても、暗殺に怯えながら生活をしなければならなかった。
護衛は、メルリダが雇った。ルカリダも面接を行った。私も身分を隠して参加した。
しかし、出発前に人数が増えていた。お兄様とお姉様が、私を心配して護衛を雇ってくれた。事になっている。
実際には、お兄様やお姉様からの刺客なのだろう。
道中ではなく、帰り道で私を殺すつもりのようだ。
帰りなら、王国の不始末だと言える可能性が出て来るためだ。この計画が解ったのも、私を邪魔に思っている弟からの密告があったからだ。弟は、私が帝国に帰って来ないことを期待している。
帝国を出るころには、私の気持ちは決まっていた。
王国に亡命する。
そのためには、騎士としてつけられた者たちの半数以上が邪魔だ。
お兄様やお姉様の息がかかっている。弟の手の者も居るが、そちらは無視してもいいだろう。弟からの刺客は、私が帰ろうとしなければ襲ってこないだろう。
チャンスは意外と早く訪れた。
国境を越えて、二日目の事。
魔物の襲撃があった。
あとで、話を聞けば、お兄様から指示を受けていた者たちが暴走したようだ。魔寄せの香炉を使って魔物を呼び寄せた。王国の街道では、それほど強い魔物が出ないと考えたようだ。
魔寄せの香炉は、所持が禁じられている物だ。香炉に細工がされていて、魔物が狂乱状態になって襲ってくるようにされていた。
その結果・・・。
護衛たちが、私たちを置いて自分たちだけで逃げ出した。逃げ出すときに、馬車を破壊して、金目の物で換金が容易い物だけを盗んで逃げた。
残ったのは、私と従者の二人。
そして、正義感だけ強い3人の姫騎士だ。
王国の近くの街に助けを求めるか、帝国に戻るか悩んでいる最中に、魔物が襲撃してきた。
3人の姫騎士は、騎士として魔物と戦うのなら、十分な力を持っているかもしれないが、護衛として考える落第点を与えるしかない。私たちを無視して、魔物と対峙している。
こんな所で・・・。
そんな思いが、頭の片隅に芽生えた時に、神殿の主に救われた。
思いつきと勢いで、神殿の主であるヤス様に、亡命を申し出た。
初めて、緊張をした。断られる可能性だってある。
神殿の主は、身分で言えば、私の上だ。国のトップであるお父様と同じだ。形式上だけだといっても、形式が大事なことが多い。
それに・・・。
ヤス様の隣の・・・。
ヤス様は、少しだけ考えてから、私の亡命を受け入れてくれた。
大きな物を見落としている可能性があるが、まずは安全を確保しなければならない。
メルリダとルカリダは、全面的に私の話に賛成してくれた。
問題は、騎士の3人だ。
特に、ヒルダは真っ向から反対してきた。王国なら納得もできるが、「王国の一部の神殿の主に膝を屈するのか」と、いきり立った。それも、神殿の主様の部下が居る前だ。
次の休憩で、ルーサ殿に謝罪した。
気にしていないと笑ってくれたのが印象的だ。それに、ヒルダのことを”正義に酔った者は怖い”と表現していたのが印象に残った。
どうやら、ヒルダは”帝国から追い出された可哀そうな皇女を盛り立てる騎士”に酔っている。そのための行為は、”私、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットにとっての正義だと”解釈しているようだ。
自己の正義の為なら、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットである私を自分の言いなりにするのは当然のことだ。
正義を遂行する自分を邪魔する者は、全部が敵で惡で、邪魔な存在なのだ。
メルリダとリカルダと何度も話し合った。いい方法が思いつかない状態で、神殿の入口の街に到着してしまった。
帝国でも、王国でも、共和国でも、皇国でも、神国でも、見た事がない様式の建物が並ぶ街で、神殿への入口だと思っていたが、違った。
正確には、神殿への第一の門らしい。詳しく聞いたが、よくわからなかった。
トーアフードドルフは、街だと思っていたが、”村”と言われた。
そこから、移動して訪れたのが、ユーラット。
私たちがよく知っている”漁村”だ。なぜか、安心ができた。
ユーラットに馬車を置いていく事に決まった。
ヒルダたちが馬車を見守ることになった。その経緯で、ヒルダたちがユーラットに残ることになった。
少しだけ安心したのは内緒だ。
神殿の敷地内に入った。
ここは、別世界なのか?
「メルリダ?」
「姫様」
「”姫”は辞めて、”アデヴィット”の名を捨てるのだから、オリビアと・・・。お願いよ」
「はい。オリビア様」
「メルリダも、ルカリダも、一緒に食事をしましょう」
「それは・・・」
「神殿は、身分がないのよ」
「「・・・」」
二人は、渋々だが私に従ってくれた。
意識は、これから徐々に変わっていけばいい。
私は、リーゼ様から神殿の案内を受けた。
メルリダとリカルダは、リーゼ様のお世話をしていたファーストと名乗ったメイドから、神殿での買い物やマナーを教えてもらった。
夕方には、ヤス殿から与えられた家に戻ってくる。皆で、神殿のことを話す。今までに感じられなかった充実がある。神殿に来て良かった。
広さは地方都市と同等だが、戦力は段違いだ。お兄様とお姉様が、神殿の力を侮ってくれている間は、安全だ。地方貴族が、神殿に攻撃を仕掛けて負けている。帝都には、報告が来ていない。私は知らない。
お兄様かお姉様が情報を握りつぶした可能性が高い。帝都で、帝国が負けた情報が流れたら、お兄様やお姉様の権威に傷がつく、特に第二皇子のお兄様は軍部の力が弱まると、権力基盤が弱まってしまう。
お姉様は、軍部の力をそぎ落としたいが、お兄様には逆らうには弱すぎる。だから、弱みを握って、お兄様から妥協を引き出しているのかもしれない。第一皇子のお兄様は、知らされていない可能性が高い。
皆が微妙な立ち位置でバランスが取れている。
いびつな関係だ。
でも、私にはもう関係がない。
今は、神殿に亡命して、アデヴィットの名を捨てた。
そして、明日からは、神殿にあるギルドで働くことに決まった。
家から、ギルドの建物までの移動は、バスと呼ばれる定期的に周ってくるアーティファクトに乗るか、自分で歩くか、自転車と呼ばれるアーティファクトで移動することになる。
リーゼ様と自転車の練習をした。一人で扱えた時には、嬉しくて涙がでてしまった。リーゼ様が私を褒めてくれた。恥ずかしいけど、嬉しかった。
オリビアは、すぐに神殿に馴染んだわけではない。
ヤスが用意した家は、屋敷と呼べるような大きさだ。従者と一緒に住むことが考慮されている。可能性は低いが、騎士の3人が神殿に住む場合には、オリビアたちに責任を取らせる意味も含めて、一緒に住める大きさの家をヤスは用意した。
家の手配は、セカンドたちが行い。家具などの準備も行った。
オリビアは、ヤスから屋敷を与えられてから、メルリダとルカリダにも対等に接するように伝えるが、二人は固辞した。
神殿に居る者たちに相談をしたが、”別にいいのでは?”という緩い返事が来た事で、従者たちには、本人の好きにさせた。
それが良かったのか、帝国にいた時と・・・。いや、それ以上に、快適に生活が出来ている。
(そもそも、私が帝国の姫だと知っても、誰も態度を変えない。それが心地よい・・・)
オリビアは、進められるままに、日記を書き始めた。
最初は、何を書いて良いのか解らなかったが、日々の出来事を綴るだけでも楽しかった。
王国の辺境伯の娘だと名乗ったサンドラやサンドラの従者をしているマリーカから、神殿の事や王国のことを聞いていた。それだけではなく、神殿に溶け込めるように、いろいろな場所に顔を出して、話を聞いていた。
ギルドで仕事を始めた。サンドラの進めが有ったからだ。仕事とは別に、休みになるとリーゼと一緒に行動することが多くなっている。
オリビアの快適な亡命生活にも、問題が全くなかったわけではない。
ユーラットでは、ヒルダが問題を起こしている。
メルリダやルカリダが後始末を行うために、ユーラットに向っていた。しかし、回数が重なることで、オリビアが謝罪をしなければならない状況になりつつあった。
ヒルダたちは、空き家を接収した。実際には、ヒルダは国家を代表しているわけではないので、接収ではなく、占拠に近いのだが、本人たちは、帝国の姫であるオリビアの騎士を自称しており、空き家を管理していたロブアンから無理矢理に近い形で奪った。アフネスから、オリビアに形だけの抗議が届いた日に、オリビアが謝罪に行くというのを、ラナが止めた。
「オリビアさんが謝罪に行くのは、まだ早いと思います」
「早い?しかし・・・」
「迷惑を掛けたら謝る。素晴らしいと思いますが、それは本人たちが行うべき行動で、上位者が謝罪すべきではない」
「それでは」「姫様。ラナ様の通りだと思います。まずは、私とルカリダで状況を確認して、補償の約束をしてきます」
メルリダは、”補償の約束”という曖昧な表現をした。
今、オリビアには明確に、”補償”ができる状態ではない。オリビアも、自分たちの状況が解っているので、”補償”が約束手形になってしまうことを恐れた。
「オリビアさん。補償は、ヤス様の名前を借りましょう」
ラナの提案は、オリビアの想像を越えていた。
神殿の主である”ヤス”に、補填をさせると言っているのに近い言葉だ。
「え?」
オリビアが驚くのも当たり前だ。
自分が持っていた常識に当てはめれば、帝国に亡命してきた貴族の従者がやらかしたことを、帝国の長である皇帝が補償すると宣言するような事だ。帝国では、絶対にありえない。
「大丈夫です。これは、リーゼ様を通して、ヤス様に確認をしています」
既に確認済みの情報だ。
オリビアに拒否権はない。リーゼが、ヤスに頼んだ形にしているのは、オリビアがヤスに頼んでも、ヤスは許可を出しただろう。しかし、周りの評価を考えると、リーゼが動いて、ヤスを動かしたことにした方が、ラナの目的が達成される可能性が上がる。
そして・・・。
オリビアに、楔を打ち込むことができる。
「わかりました」
オリビアは、ラナの本当の目的には気が付かないが、表面的なメリットと、自分が被るべき汚名を甘んじて受け入れることに決めた。
ヤスとのやり取りを含めて、オリビアは日記に記載した。
メモの代わりにもなる。ヤスから出された条件は、”リーゼを裏切らない”ことだけだった。曖昧な基準で判断に困るが、オリビアは承諾した。ヤスは、現状の報告をラナから受け取っていて、オリビアが訪ねてきた時には、ユーラットに渡す資金を用意してあった。
ユーラットにあった空き家を、オリビアが買い取って、ヒルダとルルカとアイシャに渡した。
手続きは、メルリダとルカリダが代行した形だ。ヒルダたちは、資金がどこから出たのか気にしないで、空き家に住み始めた。定期的に、資金を渡すことで、騎士としての矜持が保たれているのだろう。ヒルダ以外の二人はおとなしくなった。
修繕が行われない状態で放置されていた馬車も、空き家の近くに移動した。もちろん、自分たちでは行わない。メルリダとルカリダがギルドに依頼を出して、馬車の移動を行った。結局、騎士を名乗る3名は何もしなかった。
ギルドでの日常にも慣れ始めた。ユーラットに居るヒルダが定期的に問題な行動を起こしているが、ヤスが補填に動いていることや、リーゼとオリビアが一緒に居る所が頻繁に見られる事から、ユーラットでもヒルダへの風当りが強くなるだけで、オリビアや謝罪に動いているメルリダとルカリダには懐疑的な視線は無くなってきている。最初には、迷惑を押し付けられたと思っていたユーラットの人たちも、謝罪行脚が重ねられる事で、帝国の問題というよりも、ヒルダの問題だと認識するようになってきた。
そして、休みの日には、リーゼがオリビアを連れ出して、神殿だけではなく、楔の村まで案内し始めている。もちろん、トーアフートドルフにあるアシュリや白虎門や玄武門を案内した。王国の肝になっているトーアヴェルデを案内した。集積場の役割もしっかりとオリビアに説明した。
本当に見せてはダメな。ヤスが居る神殿の地下は見せていない。しかし、地下に入るのは、ヤスと眷属を除けば、イワンくらいだ。リーゼも殆ど入らない。危ないという理由もあるが、入る必要がないというのが大きな理由だ。
「オリビア!早く!」
「リーゼ様。よろしいのですか?」
「いいよ。ヤスには、言ってあるから大丈夫!」
「でも・・・。ここは?」
「学校かな?」
「学校?でも、カイル君やイチカさんよりも、小さい子供たち・・・」
「そうだよ?」
「え?」
「神殿では、成人前の子供は、学校に通って、読み書きと計算と簡単な護身術を覚えることになっている!ヤスが考えて、実行したことだよ!」
オリビアが神殿で何度目かの驚愕を受けた。
帝国にも学校があるが、貴族に連なる者や豪商か他国からの留学しか学校は受け入れていない。王国では、もう少し門戸を広げているが、神殿を除く場所では、学校は余裕のある貴族が通って、人脈を作る為に豪商の子供たちが通ってくる。一部、騎士になるために、学校に通う者は居るが、神殿の様に、子供なら全員を受け入れて、教育を施している場所はない。
授業の内容にもオリビアは驚愕した。
帝国でも同じ内容を教えられるが、簡単な計算や教えるが、距離を求める方法や、方角を調べる方法や社会の仕組みは教えていない。オリビアは、立場が王女だったので、社会の仕組みや王族や貴族の常識は教えられた。計算も、学校では教えないような複雑な式を教えられたが、神殿で教えられているような実用ベースの計算は教えられていない。
そして、オリビアはヤスが怖くなってしまった。
距離が解れば、簡単な計算で時間が計算できる。それだけではない。必要な物資を、必要な場所まで効率的に移動させることができるようになる。学校で教えている事が、全てだとは思わないが、基礎には繋がる。
基礎ができた子供が、100名以上。いや・・・。それ以上・・・。軍事に利用できる知識を持った者たちが、100名以上。そして、ダンジョンと呼ばれる訓練場がある。オリビアたちも経験したアーティファクトで大量に人を素早く移動できる。
オリビアは、学校を見てから日記に神殿のことをしっかりと記憶するようになった。
オリビアは日記を書いているつもりでも、本来の気立てが影響しているのか、神殿の情報をまとめているようになってしまっていた。
今日は、私が議長を務める会議が神殿の一室で行われます。ギルドが入っている場所です。ふぅ・・・。少しだけ、本当に少しだけ心配です。
もう、何度も行っているので、会議には不安はありません。初めての議題で、皆の感心が高いです。感心が高いために、参加者の数も多いのが少しだけ心配です。予定の調整を行って、準備された会議室の広さからも、注目度がわかります。
自分が提案した会議です。資料もしっかりと作り込みました。
新しく加わる議題が少々・・・。では、なく・・・。面倒です。
前半は、報告がメインです。ミスがなければ、問題にはなりません。そのあとで、会議室を変えて行われる後半がどうなるのか解らないのがネックです。
ヤス様も、リーゼ様も、依頼でエルフの里に出かけて、なんで帝国の姫を拾ってくるのでしょうか?
それもとびっきり面倒な『オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット』を・・・。会って、話をすれば、”いい子”だと解るけど・・・。
本人は、”身分は捨てた”と言っていますが、帝国に確認した所、しっかりとオリビアは、帝国の姫として認識されていて、現在も”姫”として登録されています。”籍”を消す手続きは無いのでしょう。帝国で、オリビア姫が”死んだ”ことにならない限りは、”身分は捨てた”ことにならないのでしょう。
辺境伯の娘である私が言えたことではないが、王国の王女が出入りして、屋台で焼き鳥を買って食べるような場所ですから、帝国の姫が居ても不思議ではないとは思います。
神殿は、神殿なので、対王国なら問題はありません。しかし、同じ理屈が帝国には通用しません。それこそ、帝国で政権交代が発生して、オリビア姫の価値がなくなる状態にならなければ、無理でしょう。辺境伯である。お父様も同じように考えているようです。
しかし、お父様・・・。
娘に”任せる”だけは酷いと思います。それも、意味がない”注視している”だけ書かれても嬉しくもありません。お父様のことを考えて、細かく、それも詳細に、資料をまとめて送ったら、概要だけで十分だと言われてしまいました。忙しいのはわかりますが、辺境伯であるお父様が、帝国の姫から齎した情報を蔑ろにするのは間違っていると思います。
今日の資料と、資料の作成時にまとめたメモを含めて、お父様に送り付けることが決定しています。お兄様にも、お送りします。是非、読み込んで欲しいです。辺境伯の軍の一部を解体したのを知っています。神殿が王国に攻めてきたらどうするつもりなのですか?確かに、攻められたら、対応が不可能なのはわかりますが・・・。
ダメですね。資料を読みながら、お父様の対応を思い出して、”怒り”が戻ってきました。
深呼吸をして感情を落ち着かせましょう。
「お嬢様?」
マリーカが、ホットチョコレートを持ってきてくれた。お礼を言って受け取る。疲れた頭には優しい甘さが嬉しい。
会議まではまだ時間があるようです。もう一度、資料を読み込んでおいた方がいいでしょう。
後半に繋がる情報はないとは思いますが、確認は無駄ではないでしょう。前半の資料は回収しますが、皆が心配しているのも解ります。特に、ユーラットでは問題になっています。情報の抜けがあると、ユーラット対応が間違える可能性があります。注意しなければなりません。
そもそも、資料に突っ込みを入れて来るような者は居まいと思います。私が資料をまとめている間にも、リーゼ様とご本人が動き回っていたので、ある程度の情報は、皆と共有が出来ています。私は、拡散してしまった情報をまとめて、時系列にまとめて、必要な補足をつけ足しただけです。それでも、膨大な資料になってしまいました。
前半は、大きな問題は無いでしょう。問題は、後半です。アフネス様ではなく、ラナ殿が代わりに参加すると言ってきてくれたのが、唯一の救いです。しかし、それを合わせて、考えれば、ヤス様に提言しなければならない時期が来ているかもしれない。
「マリーカ。前半の問題点は?」
「カイル様とイチカ様からの証言しだいですが、問題はないと思われます。ルーサ様からも証言を頂いております」
イチカは、後半も参加するので、大丈夫でしょう。
今日まで、カイルと膝を付き合わせて話が出来なかったのが悔やまれます。
「リーゼは来ないのよね?」
「はい。オリビア様とカート場に居ると思われます。こちらに向った時には、ファーストから連絡が入ります」
よかった。
リーゼが来ると話せない内容が増えてしまいます。
私は、話してもいいと思っていますが・・・。アフネス様が・・・。怖いから考えてはダメです。私は、まだ死にたくありません。
「問題は、アデーだけね?」
「アーデルベルト殿下は、後半からの参加です」
後半が面倒なことは既に解っています。紛糾するとは思っていません。序列も決まっています。決まっていないのは、序列が一番上だと思われているご本人が自由すぎることです。
私とアデーとドーリスとイチカとアドバイザー役としてのラナ殿です。”女子会”と呼ばれる会合です。他にも、数名の”女子”が参加を希望しているのだが、資格を有していないと断っています。正確には・・・。
ヤス様の”正妻”がリーゼなのは本人以外には確定な事ですが、なんとか”夫人”や”側室”に滑り込めないか考えています。この考えになったのは、アデーが持ってきた情報が拍車をかけました。
「マリーカ。アデーが持ってきた情報を”どう”考える?」
「”どう”と、言われましても、そのままだと思います」
「真偽は考えないのね?」
「意味がありません」
「え?」
「そもそも、どうやって確認をされるのですか?」
「あっ・・・。そうか、リーゼが選ばれても・・・。問題は、私たちではどうやっても確認ができない」
「はい。ですので、”ある”と考えて、行動するのが”よい”と思っております」
確かに、アデーが持ってきた”過去の神殿攻略者”の情報でも、王国の始祖と言われる人物は、該当から外れている。
情報が無くても、ヤス様の”夫人”や”側室”になりたいと思うのは自然な流れです。
神殿の主であり、一国の王と同等の権限を持ち、経済力では、お父様を越えて、陛下に届きかねません。それも、陛下の個人資産ではなく、王国の総資産です。支配領域の大きさでは、120:1だと考えれば、ヤス様の資産の大きさが異常だと解ります。
”物流”を握ってしまっているヤス様は、どんな豪商も太刀打ちできません。そして、獲得した資金を惜しみなく神殿に投下してきます。困ってしまう位に・・・。
私は、辺境伯の予算会議にも出席をしています。
神殿の予算会議は、辺境伯家や王国の貴族家で行われる会議と根本が違います。辺境伯では、各部署が予算の取り合いを行うのが、恒例行事でした。しかし、神殿は、予算は有り余っています。その為に、予算を奪い合う状況にはなりません。それどころか、より良い提案をして、予算を押し付け合う場合もあります。
予算を余らせると、次回に余った予算が追加されてしまいます。そして、予算枠が膨れ上がっていきます。お父様も、貴族の矜持とか面倒なことを思わなければ、神殿から予算を回すことができます。ヤス様も、『必要なら使ってくれ』と言ってくれています。
神殿という環境が、不正を許しません。なので、予算が余るのです。
ユーラットの街道整備を行っていた者が着服を行ったことがあります。その時には、即日、神殿への入場が出来なくなってしまいました。
神殿の入場審査は、清く正しくではなく、”神殿に不利益”を与えなければ大丈夫だと言われても、誰も怖くて試すことができません。
「お嬢様。そろそろ・・・」
部屋に表示されている”時計”を見ると、確かに『第一回 報告会』の時間が迫ってきています。
続々と会議室に人が集まってきます。
各部署のトップだけではなく、補佐を行う者たちも多い状況です。それだけ、今回の会議を重要だと考えているのでしょう。
資料をまとめるだけでも、1ヶ月近い時間が必要でした。情報の精査を行って、真偽を確認しました。本当に、疲れました。
「お嬢様」
マリーカの声で、現実に引き戻されます。
参加予定者が揃っているのを確認して宣言を行います。私の本当に疲れる一日の始まりです。
「第一回 観察対象者『オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット』に関する報告会を行います」
「サンドラ。それでは、オリビア殿下は、問題になりそうな行動はしていないのだな」
資料の読み込みの時間を経て、私がオリビア殿下と従者になっている二人の行動を説明する。
神殿への攻撃的な態度や外部への情報流出を含めて、問題がなかった事を報告する。
特に、アフネス様が心配して、ユーラットに居る人たちが心配していたのが、ユーラットに残る問題児たちを処罰した時に、オリビア殿下がどう動くか?リーゼやヤス様に危害を加えようとするのか?そもそも、問題児たちへの対応を考えているのか?
「はい。アフネス様」
結論は出ている。
ヤス様から貴重な時間を貰って、オリビア殿下との面談にも参加してもらった。
オリビア殿下と従者二人は、”帝国”を捨てたと考えていいだろうと結論が出ている。
帝国の情報の提供も躊躇はしていたが、適切な価値との交換には応じている。
対価の交渉もオリビア殿下が行っている。適正だと判断ができる。こちらから出るのは、神殿に住む者なら知っている常識や衣食や神殿で流通しているイワンたちが作る道具や酒精だ。
「何度もいうが、”様”は必要ない。そうか、ヤスとリーゼが連れてきたと聞いた時には、殴ろうかと思ったが、大丈夫の様だな」
そこは、止めないで、ヤス様とリーゼを殴って欲しい。
私たちの総意として、アフネスさんに全部を委ねたい。
「神殿は、大丈夫です。ヤス様の監視もあります。敵対行動は不可能です。アフネスさん。ユーラットの方が問題なのでは?」
監視対象となっている状況だと、ギルドの奥で、居場所が解るようになっている。
実際に、神殿に居る者たちは、神殿の門を通過している。それだけで、安心はできないが、目安としては十分だ。そのうえ、監視対象になっている。問題が発生するリスクは少ない。
「そちらは、報告をダーホスがまとめた」
ダーホス殿が、資料を皆に配る。
これも、ヤス様が齎した事だが、”紙”に同じ内容を書き込むことができる。会議が凄く簡単になった。それだけではなく、”紙”の資料が壁に掛けられたモニターに表示される。手元を見ながらでもいいが、皆が顔を上げてモニターを見ながら話ができるのは、会議として凄く楽だ。
ダーホス殿がまとめた資料を見ていると、解りやすい。確かに・・・。解りやすい。
しかし、皆が眉をひそめるか、苦笑を浮かべている。
そして、私に視線が集中する。
「まずは、賠償は、オリビアが行うと言っています」
「できるのか?」
「不可能です。しかし、ヤス様の保証が入っていますので、神殿のギルドで補填します。あっユーラットのギルドが被った被害は除外してください」
「なっ」
ダーホス殿の表情が曇る。
「ヤス様からの指示です。ギルドなのだから、”自分の所で対応できるだろう?”と言われてしまいました」
「はぁ・・・。わかりました。本人たちに賠償を求めます。無理だろうけど・・・」
「頑張ってください。アフネスさん。賠償はいいですか?」
「大丈夫だ」
「それでは、次は帝国への情報流出作戦に関しての説明です。アデーが説明します」
オリビア殿下の発案で、アフネスさんやロブアン殿だけではなく、多くの者が賛同した。
繊細な作業と絶妙なタイミングが必要になるために、私が骨子を作り上げて、アデレード殿下が王家に協力を求めて、神殿の西側に作戦本部の設置が提案されている。王家と辺境伯家からの返答を待っている状況だ。
ここには、参加していないが、ルーサ殿やヴェスト殿やエアハルト殿も、作戦には参加する。
作戦の目的は、いい加減に”帝国のちょっかいを止めさせよう”だ。王国として、帝国領に侵攻する。その時に、港がある町や都市を奪い取る。
その前段階として、オリビア殿下が書いている日記が、帝国に流出する。
オリビア殿下からの提案をアデレード殿下が聞いて、私がオリビア殿下と話をしながら、作戦案にまとめた。
神殿の情報が”一切”帝国に流れていないことを問題だと考えて、立場が似ていて、顔見知りであったアデレード殿下に話を持ちかけた。帝国は、神殿の情報がないので、判断が”威力偵察”に近いことを行って情報を得ようとしている。その為に、楔の村に、戦力を送っている。同様に、トーアヴェルデにも戦力を送ってくる。
そして、海からはユーラットにスパイを送り込んでくる。
ユーラットの情報は持っているはずなのに・・・。
オリビア殿下にも聞いたが、ユーラットは漁村と認識されている程度だ。そう、漁村だ。間違ってはいない。間違っているのは、帝国の情報部の対応だ。漁村なので、知らない人が居たら目立つ。確かに、従来のユーラットから比べたら、人の往来は増えたが、顔見知りが殆どだ。そして、神殿に向かうために立ち寄る者たちは、アーティファクトは”知っている”。ユーラットに入るには、アシュリ経由になる。アシュリで確認できない者で、ユーラットの住民が知らなければ、それは”よそ者”だと認識される。殆どが、アフネスさんかロブアン殿が対処を行う。
捕えた者は、アシュリ経由で神殿の西側に送られる。ユーラットで捕えられない者も、神殿に伝えられて、監視対象になる。
簡単に言えば、帝国は神殿が出来てから、神殿やユーラットの情報が入手できていない。
オリビア殿下は、情報部は無能ではないと言っているが、好きではないようだ。
そして、侵攻作戦にも乗り気だ。
できるだけ、”民”には犠牲を出して欲しくないとは言っているが、帝国の行いを考えれば、犠牲はしょうがないと思っている。
私たちも、復讐者ではないので、最低限の犠牲を考えている。
アデレード殿下の作戦の説明が終わった。
王国内の法に適切に従う必要がある。その為に、帝国には”手を出して欲しい”と思っている。神殿では意味がない。
「サンドラ。情報流出には、ユーラットに居る愚か者たちを使うのか?」
「オリビアが、”ヒルダなら間違いなく”と言っています」
「本当に、嫌いなのだな」
「ノーコメントでお願いします。作戦の実行は、こちらに任せると言われています」
「わかった。アデレード殿下。国王からの返答は?」
アフネスさんが、アデレード殿下を睨むような視線で質問をしている。
国王からの許可が無くても実行はできるのですが、侵攻して領土を奪い取っても、ユーラットと神殿の勢力では、領地の運営はできない。実際には、できるだけの能力を持った人物は居ますが、誰も”そんな”面倒な事をやりたいとは言い出さない。
村や町で十分で、出来れば、この役目も誰かに渡したいと考えている者ばかりだ。ルーサ殿が、領地を欲しがりそうだけど、アシュリを獲得して、おもちゃを手に入れたら・・・。ダメな大人が多すぎる。
「まだです」
「そうですか・・・。わかりました。辺境伯や国王に渡す場所は?」
これは、作戦の中にも記載されているけど、ユーラットに繋がることが出来そうな港町は神殿勢力が領有する。
他の領地は、王国の王家や辺境派閥に分割支配させればいいと考えている。
ヤス様にも了承を貰っていて、物流は全面的に任せて大丈夫だ。ヤス様が、運んでくれる。らしい。どうせ、リーゼが一緒に行くだろう・・・。
「港がある場所以外を指定しています」
「ヤスは?」
「王国と辺境伯に、ユーラットを貰うと宣言されました」
アデレード殿下から、ユーラットを神殿に組み込むとも取れる発言で、皆から安堵した空気が流れる。
ユーラットが神殿の領域になっていなかったために、ヒルダやルルカやアイシャの排除が出来なかった。
「さて・・・」
アフネスさんの宣言に近い言葉で、視線はカイルとイチカに集中する。
「カイル。イチカ。面倒なことを頼んで悪かった」
アフネスさんが、二人を労ってくれます。当然です。私たちにはできない事を行ってくれたのです。
「いいよ。話せばいい?」
「頼めるか?」
報告書にはまとめてある。
しかし、皆が二人から話を聞きたいと言っている。二人とも、幹部候補として、この会議に参加をしたいと言っていた。タイミングが丁度よかった。
カイルは緊張した面持ちで、立ち上がった。
イチカも、カイルと一緒に立ち上がったが、カイルよりは余裕が見える。
二人は、報告書で大丈夫というサンドラからの提案を、皆の前でしっかりと発表をしたいと言い切った。質問にも答えると言っている。
まだ早いという意見もあったのだが、二人は神殿に住む子供たちのリーダーの役割を持っている。実際に、子供の数は、成人している者から神殿にアタックしている者と西側に住む者たちを除けば、最大の人数になっている。大人たちがなんとなく、種族でまとまっているのに対して、子供たちは種族でまとまる事も、出身でまとまることもないので、二人が率いている子供たちが神殿では最大の派閥と言ってもいい。
「カイル!」
アフネスの言葉で、カイルが反りかえるくらいに背筋を伸ばす。
「カイル。緊張しなくていい。君とイチカが、子供たちが感じたことを教えて欲しい」
アデレードの言葉で、カイルは少しだけ落ち着いた。反対に、イチカが今度は緊張してしまっている。
カイルは、アデレードの神殿に来る前の身分は知っているが、優しい年上の女性だという認識しかない。イチカは、元の身分で、自分たちに声を掛けて来る事が信じられない状況に緊張をしてしまっている。
「うん」「はい!」
カイルが、イチカの方を見てから、前に出る。
一歩だけの前進だが・・・。カイルとしては、イチカを守るという意思もある。自分がしっかりと説明が出来なければ、イチカが皆の視線を浴びてしまう。自分がリーダーだと思わせる一歩だ。
カイルは、イチカから説明の為に作ってきた紙を受け取る。
二人は、今日の為に、子供たちの前で練習をしてきた。
「ふぅ・・・。俺たち「カイル!」あっ。僕たちが、メルリダさんとルカリダさんから聞いた話を発表します」
カイルたちは、自主的に(自分を含めて)、オリビアの従者として神殿に住むことになった、メルリダとルカリダを監視していた。監視だけではなく、接触をして、世間話(時には恨みつらみをぶつけることもあった)を行った。二人が何を思っているのか調べようと考えていた。
子供たちには、帝国を恨む土壌があるのは、メルリダとルカリダも理解していた。皇室が行ったわけではないが、配下の貴族の施策の結果。子供たちが、まともな生活が不可能な状況を作ってしまった。
二人は、子供たちのことは知らなかったが、神殿に来てからオリビアから聞かされた。オリビアも詳しいわけではないが、王国との国境近くの貴族たちが行ったクズのような所業は報告書を読んで知っていた。
オリビアが主導したわけではない。オリビアの兄たちが手柄欲しさに実行したのだ。
カイルの説明は、子供の発言をまとめた状況なので、時系列になっているわけではなかった。
それでも、メルリダとルカリダが、子供に対して真摯に向き合っているのが解る報告だ。
謝罪の言葉は、”自分たちでは軽くなってしまう”と前置きをしているが、謝罪をしている。子供の一人が、それでは納得ができないと言えば、”オリビアに話を通す”と答えている。後日、オリビアを含めた3人で謝罪を行っている。
3人とも謝って終わりだとは思っていない。
子供たちにしっかりと向き合っている。
「イチカ。何か、補足はあるか?」
アフネスの問いかけに、首を振ってから、しっかりとアフネスを見てから、”ない”と答える。
「わかった。アデレード。サンドラ。私は、オリビアの参加を認める」
アフネスの宣言から、アデレード。サンドラ。ドーリス。ラナ。他の参加している者も、オリビアの参加を”認める”と宣言する。
満場一致での参加が決定した。
「イチカ。オリビアを呼んできてくれるか?ドーリスは設定を頼む。メルリダとルカリダも一緒に来るのだろう?そういえば、サンドラ嬢。マリーカは?」
「呼んできましょうか?」
「頼めるか?メルリダとルカリダの二人にも教えておいた方がいいだろう?」
「わかりました」
指示は、アフネスが出しているが、この場の仕切りはリーゼが、行うのが本来の姿だ。
ただ、リーゼには仕切りができないために、アフネスが代わりにやっている。そして、何時しか、リーゼが参加しなくなった。リーゼが参加するのは、ヤスが参加する時だ。
イチカとサンドラが部屋から出ていくと、ラナが人数分の飲み物を新しくする為に、席を外す。
「ラナ!飲み物は必要ない。マリーカとメルリダとルカリダに任せよう」
「はい。解りました」
ラナは、ドアの近くまで来ていたが、アフネスの呼びかけで、席に戻る。
カイルは、緊張の糸が切れたのか、自分の椅子に戻って、浅く腰掛けて、力が抜けた状態になっている。
「カイル!」
「はい!」
カイルは、アフネスの呼びかけで、背筋を伸ばす。
「前に、イチカが言っていたことはいいのか?」
「・・・。あっ。大丈夫です。実際に、オリビア姉ちゃんやメルリダ姉ちゃんやルカリダ姉ちゃんを恨んでいる者は居ません。それに、俺たちは、ヤス兄ちゃんに・・・」
「それならいい」
「うん。帝国とか王国とか言われても、あまり解らない。謝ってくれる人たちは、いい人だって、リーゼ姉ちゃんが言っていた」
「ははは。リーゼも成長しているのだな」
最初に戻ってきたのは、サンドラだ。
マリーカは、部屋の外で待機して、メルリダとルカリダが来るのを待っていることになった。
部屋のアラームがなって、ドーリスが確認に出た。
「来たようだな」
アラームの内容が、3人の到着を告げている。
ギルドの奥にある部屋は、許可された者しか入場ができない。設定で、3人を追加する必要がある。
最初は、ゲスト登録だ。正式に、許可を持っている者と一緒でなければ、部屋に入れない。給湯室も使う事ができない。マリーカが待機している理由は、メルリダとリカルダに使い方を教える意味もあるが、マリーカが一緒で無ければ使えないからだ。
ドーリスを先頭にして、イチカとオリビアが部屋に入ってきた。座る場所は決まっていないが、サンドラの隣から、ずれて、オリビアを座らせた。
オリビアの正面はアフネスになるので、皆が座りたがらないから丁度いいのだろう。特に、ドーリスは、わざと席を開けたという疑惑さえある。
イチカは、アフネスの隣に座っているラナの隣に座る。カイルが、少しだけ嬉しそうにするが、イチカには意味は伝わっていない。
この席順も、今回の話し合いに合わせての席順だと、オリビアには説明が入る。
説明しているのは、ドーリスだ。議題で、メンバーが変わることや、席順も変わることが説明される。
「質問。よろしいでしょうか?」
「構わない。もう、オリビアも神殿の住民で、この会議に出る権利を得た」
「ありがとうございます。質問なのですが、アフネス様の左隣が空いているのは?あと、テーブルの端・・・。あの場所にある椅子は?」
オリビアが、少しだけ立派な席を見て質問をした。
「私の横で空いている席は、リーゼが座る席だ。リーゼは常に、同じ場所だ。そして、あの椅子はヤスが座る席だ」
オリビアは、何か納得した表情で頷いた。
丁度、マリーカに連れられて、メルリダとルカリダも部屋に入ってきた。人数分の飲み物と軽く摘まめる物を持ってきた。皆の前に、飲み物をセットした。全員が同じではない。マリーカが、二人に説明をしながら飲み物をおいていく.、注文がない時は、出すものが決まっている。
「オリビア。作戦は、動き出している。今は、国王と辺境伯の返事を待っている状況だ。この段階だが、最終確認をしたい。本当にいいのか?オリビアが今、降りると言っても、誰も咎めない」
「作戦の実行を指示します。許可が出なくても、作戦は実行するのですか?」
「ヤス。神殿の主次第だ」
「解りました。全てを、委ねます。しかし、ユーラットは?」
「大丈夫だ。危険は、解っている。それに、危険度で言えば、オリビアの方が上だぞ。最悪は・・・」
「覚悟はしています。しかし、そうならないように、動いてくださっているのが・・・。申し訳なく・・・」
「神殿のことだ。考えるのも、動くのも当然だ。私たちの危険も織り込み済みだ。ヤスからの指示だ。”神殿の仲間は守る”これが、絶対のルールだ」
アフネスの宣言に、皆が頷いている。
報告会が行われてから、皆が動き始めた。
アデレードとオリビアとサンドラは、神殿の主であるヤスに許可を求めた。
最悪の状況をしっかりと説明をした。
正直な話として、神殿が受けるメリットは少ない。”ほぼない”と言ってもいいだろう。それでも、ヤスは作戦の実行を許可した。
リーゼの安全が確保されていることや、マルスからも作戦の実行中に神殿部分に被害はないだろうと推測している。
危険なのは、トーアヴェルデとウェッジヴァイクだろう。二つ目には、戦力を配備している。帝国に面している森にも戦力を配置している。
会議が終了してからも、細部を決めるために、呼ばれる者を変えながら、会議が行われた。
ヤスが、許可を出したのは、神殿の住民として受け入れ始めているオリビアの安全と立場を確立するためだ。
--- ユーラット
ギルドの一室。
「アフネス殿。どういう事ですか!?」
部屋はドアを閉めているが、ギルドマスターのダーホスの怒号が外まで響いている。
「ダーホス。少しは落ち着け」
「落ち着けだと?落ち着いていられるか!アフネス殿。貴殿が大丈夫だというから、見逃していたのだぞ!」
「先ほどから謝っているだろう?」
「謝って済む問題ではない。元帝国の姫というだけで、他のギルドから睨まれているのに・・・」
「亡命を受け入れたのは、神殿のヤスだ。ユーラットではない」
「そういう建前の話をしているのではない!」
「ダーホス。神殿に居るドーリスからの報告か?」
「そうです!ドーリスが扱いに困って、報告をしてきました」
「困ったものだ」
「ドーリスは、ギルドの人間です。神殿の人間ではありません。報告は、当然の事です」
「わかった。わかった。それで?」
「それで?”それで?”と言いましたか?」
「貴殿が何を望んでいるのか解らないから対処ができない。腹の探り合いもいいが、毎回だと胃に凭れる。はっきり言え」
「それでは、はっきりと言わせていただきます」
「・・・」
「帝国の姫が書いているという日記を処分するか、ギルドに渡して貰いたい」
「は?ダーホス。何を言っているのか解っているのか?」
「解っていますよ。帝国の姫が、日記の形で神殿の情報を書き留めているのだと認識しています。神殿の情報が漏れるのは・・・。困りますが、ギルドの問題ではないので、いいでしょう。しかし、ギルドの機密に近い情報や、周りの情報や、戦力はダメだ。アフネス。解っていますよね?日記ではなく、密偵に渡す情報だと考えています」
「何を・・・。そこまでいうのなら、ダーホスは、中身を見たのだな」
「見ていません。だから、確認の為に、持ってきて欲しい」
「ドーリスに頼めばよかろう」
「何度でも言いますが、ドーリスはギルドの人間です」
「だから、ギルドの命令で、日記を取り寄せればいいだろう?」
「無理です。帝国の姫が、ギルドに登録をしてくれれば、可能ですが、違いますよね?だから、貴女に頼んでいるのです」
「なぁドーリス。頼むというのは、こちらへのメリットの提示が必要だとは思わないか?」
「・・・」
「無理なら、この件は、貴殿が対応するしかないだろう?」
「・・・。解りました。アフネス殿。ギルドではなく、私個人として、帝国からの亡命姫である”オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット”を呼び出します」
「それが、貴様の判断なのだな。神殿と事を構える可能性もあるぞ?」
「覚悟の上です」
「せめてもの慈悲だ。我が、呼び出し状を持って神殿に行く」
二人の話は、部屋の中で行われていた。
ギルドマスターの怒号と、ユーラットのまとめ役を行っているアフネスの会話は、静まり返ったギルド内に響いていた。もちろん、ギルドに呼び出されていた、3人も話を聞いていた。
部屋の扉が乱暴に開けられて、ギルドマスターであるダーホスが出てきた。
呼び出していた3人を軽く見ただけで無視をして、ギルドマスターの部屋に向かう。そこで、オリビアを呼び出すための手続きを行う。ギルドとして動くのではなく、個人としての呼び出しだ。
ダーホスが、ギルドマスターの部屋から出て、アフネスが待っている部屋に入って、書類を渡す。
「アフネス殿」
「わかった。わかった。何時だ?」
「すぐに行ってもらう。準備も必要だろうが、すぐに行動してくれ」
「わかった。それで?オリビア姫は、何時までにこちらに来るように言えばいい?」
「即日だ。それが条件だ」
「無理だと言えば?」
「ギルドから正式な呼び出しになる。最悪は、解っているだろう?」
「王都の査問委員会を動かすか?」
「それだけの事案だ」
「わかった。オリビア姫には、すぐに動くように伝える。護衛は?」
「必要か?神殿との往路は、安全だ。それに・・・」
ダーホスは、ここまで言って、ドアからダーホスとアフネスの話に聞き耳をたてている、ヒルダとルルカとアイシャを見る。3人は、ダーホスとアフネスの視線に気が付いて、横を向いた。しっかりと聞いていたのは、はっきりと解ってしまっている。
「わかった」
アフネスは、ダーホスから書状を奪い取るようにしてから、部屋を出た。
そのまま、3人の方向に歩く。
「貴様たち」
「なんだ!」
ヒルダは、虚勢だがアフネスの問いかけに答える。
ルルカとアイシャも同じように、威嚇をするように構える。
「ははは。そんな、野栗鼠が歯をむき出しにいきがっても怖くない。それよりも、話を聞いていたのなら解るだろう?」
「何を!だ!話?何のことだ?」
「弱いだけではなく、演技も下手だったのか・・・。まぁいい。貴様たちの姫。あぁ亡命が認められているから、元姫だな。元姫が、ユーラットに来るが貴様たちには会わせない。意味は解るな?」
「何!貴様にそんな権利はない!」
「権利?面白いことをいう。元姫は、お前たちの借金を肩代わりする条件を飲んだぞ?」
「貴様!」
「もっと、言葉はないのか?さっきから、同じ事しか言っていないぞ?」
「何を、姫様が、私たちを」
「違うな。貴様たちの行いで、元姫は多額の負債を抱えた。負債の利息の代わりに、債権者が求めたのが、ユーラットにいる元部下や帝国との連絡を断つことだ。元姫様は、悩まれたが、貴様たちがユーラットで行ったことを聞いて、承諾された。だから、元姫と貴様たちは会えない。貴様たちの行いの結果だ。よかったな」
「何が!よかっただと!貴様たちが、姫様と私たちを・・・」
ヒルダが激昂した所で、ルルカとアイシャが間に入った。ヒルダが話を続けたら、この場で戦闘になるのは解り切っている。今までも、何度も近い状況になって回避してきた。
「ははは。そっちの二人は解っているようだが、一人、考えが足りない者も居るようだ。こんな者でも騎士を名乗れるのだな。だから、ここ数年は負け続けているのだな。帝国の人材も底をついたのか?」
アフネスは、言葉になっていない音を、ヒルダが発しているのを無視して、ギルドを後にした。
近くに待機していた。ディアスを手招きする。
「旦那は?」
「もうすぐ来ると思います。警備隊に顔を出しています」
「そうか・・・。貴様まで来るとは思わなかったぞ?」
「ヤス様の指示です」
「ヤスの?」
「はい」
「??」
「・・・」
ディアスは警備隊の屯所から出てきたカスパルを指さす。
「そうか、飲まされるな」
「はい。時間が、時間ですし、久しぶりなので、可能性として、高いだろうと・・・。それに、ユーラットの警備隊は、今・・・」
「問題を抱えて、ピリピリしている。カスパルが能天気に飲み物を持って訪ねたら・・・」
「はい。私は、カスパルが飲まされた時の交代要員です」
「?と、いうことは?」
「はい。ユーラットまでの運航許可とカスパルと同じ免許に、合格しました」
「それはおめでとう。安心して、任せられる」
「はい」
千鳥足ではないが、確実に飲まされた雰囲気があるカスパルは、アフネスに謝罪して、妻であるディアスに鍵を渡す。
ヤスとしては、久しぶりだからゆっくりと飲んできてもいいと言ったのだが、カスパルとディアスが役目を全うしたいと言い出したのだ。
停留所から離れた場所に、ライトバンが置かれている。
カスパルの愛車だ。
盛大な茶番の始まりは、ディアスが吹かすエンジン音だ。
俺は、オリビアとアーデルベルトから、ユーラットを囮にした作戦の詳細を聞いている。作戦が決まったので、会議室で説明をしたいと呼び出された。
危険はあるが、二人だけではなく、皆が作戦の実行を支持しているようだ。
サンドラも途中から加わって、3人から説明を始めた。ドーリスが書類を持ってきて、補足を説明する為に残って、俺の説得に加わった。
作戦には、マルスとセバスも立案に携わっている。
ユーラットのギルドと神殿のギルドも協力を表明している。
この段階で、俺がストップしても止まらないだろう。
それに、いい加減に帝国からのちょっかいを止めたい気持ちにもなっていた。滅ぼすとか、政権交代とか、面倒なことは考えていない。神殿へのちょっかいを辞めさせたいだけだ。
特に面倒なのが、楔の村への攻撃がうまく行かなくなると、トーアヴェルデに兵を向けて来る。違う貴族なのか、似たような作戦を実行する。貴族に連なる者も何人も捕えている。
サンドラにもアーデルベルトに聞いても、無駄だと言われて、捕えて神殿の肥しになってもらっている。
取り扱いが面倒な者(貴族家の当主や跡継ぎ)はまだ来ていないが、時間の問題だと言われている。
俺が居ない時にも、何回も攻め込んできた。
そんな状況の時に、俺とリーゼがオリビアたちを連れてきたので、皆が警戒をした。
オリビアとメルリダとルカリダの努力やリーゼのフォロー。カイルとイチカからの話で、徐々にオリビアたち3人は神殿に受け入れられた。ここで、問題になったのは想像の通りに、ヒルダとルルカとアイシャだ。特に酷いのがヒルダだ。
今回の作戦には、姫騎士の3人を排除することまで含まれている。
もし、3人の中で、皆が想定している状況を変えた者が居たら、引き込みたいと考えているとまで言っていた。サンドラの予想では、アイシャは、こちら側に転びそうな雰囲気があるらしい。
そして、前々からサンドラを通じて話が来ていた、ユーラットの神殿への統合を実行するタイミングにも丁度いいだろうという事だ。
その作戦まで含まれていると、説明された。
皆の想定通りに動くとは思えないが、それでも神殿のメリットが考えられている点は評価をしている。
「大筋は理解した。実行は?」
「ヤス様の許可を頂きましたら、開始したいと考えています」
俺の許可を待っている状況か?
辺境伯と連名で、国王・・・。じゃなくて、第一王子のジークムントの名前で作戦の許可の書簡が添えられている。
「そういえば、ジークの許可なのだな?」
アーデルベルトが頭を下げてから説明をしてくれた。
「はい。私の名前だと、いろいろ国内が・・・」
そうか、許可を出した者の功績になってしまうのだな。ジークムントが作戦の責任者になっているけど大丈夫なのか?失敗した時の責任は神殿の主である俺ではなく、作戦を許可したジークムントと辺境伯が取る事になってしまっている。
成功を確信しているけど・・・。
成功の定義が無いのだな。
ユーラットに攻め込んできた帝国兵を撃退する。神殿の力を借りたが、無事に守り切った。その時に、ギルドからの情報流出がきっかけだと神殿から糾弾される。困った王国は、ユーラットを神殿に差し出す事で、糾弾を交わす。ギルドは、責任者ということで、ダーホスの首を切る。ダーホスは、辺境伯領で引き取る。時期を見て、神殿の西側と辺境伯の橋渡しを行う組織の長になる。
アーデルベルトの名前だと、茶番が際立ってしまう上に、派閥論争が再発する可能性がある。アーデルベルトも神殿で羽を伸ばして気楽な生活に馴染み始めている。今の生活を失いたくないと言っている。
「そうか?それで、最初は、ユーラットで、ダーホスとアフネスの演技にかかっているのだな?」
資料を持ってきて、説得に加わったダーホスが笑いながら教えてくれた。
「はい。練習しても無駄なので、本気でアフネス様と喧嘩するつもりで、話をすると言っていました。私は、ダメだと思っていますが、今回は情報が、ヒルダに渡ればいいので、演技は求められていないと思います。それに、密室で声だけなので、大丈夫だと・・・」
脚本が悪い。
ユーラットに昔から居る者には、ダーホスとアフネスの力関係が解っているのだろうけど、ヒルダやルルカやアイシャは、力関係が解らないだろうからいいのだろう。漠然と、ギルドマスターであるダーホスの方が権力者に思えるだろう。
人選では、ダメだけど、肩書だけを考えれば、配役としては正解なのだろう。
それに、アフネスを宿屋の女将程度に思っているのなら・・・。
ダーホスが、神殿に肩入れしているアフネスを叱責するのは、神殿を過小評価しているヒルダには受け入れやすい。
「本当に?」
大丈夫だとは思うが、心配は心配だ。最初に躓いたら、作戦もなにもない。
「大丈夫だと・・・。いいと、思っています。アフネス様が一緒なので、大丈夫だと思います」
俺は、そのアフネスを心配しているのだけど・・・。
ダーホスは、アフネスに言いたいことが山ほどあるだろう。言葉が悪いが、脚本を盾に、アフネスを怒鳴り散らせるから大丈夫だろうけど、アフネスがダーホスの言葉を聞いて、言葉のナイフを隠していられるか心配だ。
「そうか?俺は、アフネスが怪しいと思っているのだけど・・・」
「ははは。聞かなかったことにします」
オリビア以外の表情が固まることから、俺と同じ事を考えたのだろう。
アフネスが大丈夫だと言っている限り、俺たちはアフネスの”大丈夫”を信じるしかない。
さて、本題に入ろう。
”おじさん”をあまり舐めないで欲しい。今は、若返って”おじさん”には見えないけど、経験は心に残っている。
表情を上手く隠しているつもりだろうけど、出来ていない。
カイルやイチカとは違うから、何倍も上手いけど、まだまだ経験が追いついていない。これなら、ドーリスの方が上手く感情を隠している。
「それで、皆で揃って、俺の説得に来ているけど、俺がここに来た時点で、許可されると思っているよな?」
「そんなことは・・・」
「サンドラは辺境伯の娘だし、アデーとオリビアも国は違うけど王家の血筋だ。表情を隠すのは上手いけど、経験が足りない」
「え?」
「海千山千の連中と渡り歩いてきたからな。契約書も自分で読み込んで・・・。いや、それはいい。経験をあまり甘く見ない方がいいぞ?」
「・・・」
「いいよ。やってみろよ。安全には配慮されているのだろう?」
「はい!」
話が終わったと考えて、マルスがモニタに現れて、話しかけてきた。
『マスター』
「どうした?」
『地域名ユーラットの組み込みを実行しますか?』
「待て」
『了』
「サンドラ。アデー。ユーラットを神殿に組み込むタイミングは?組み込んでいいのか?」
オリビアだけが意味が解らないのだろう。
この場所に居るのなら知っておく必要があるだろう。気にしないで話を進める。後で、サンドラかアーデンベルトから説明させればいい。
裏切られたら、その時に処分すればいい。神殿からは逃げられない。
「ヤス様のタイミングで、大丈夫です。書類上は、既にユーラットは神殿に譲渡されています」
指摘はしないで置くけど、多分こういう所で経験が不足しているのが露呈してしまう。
作戦の説明で、神殿のメリットとして上げているユーラットの譲渡が、既に書類上で終わっているというのは、最後のカードとして残しておくべきだ。
「マルス。聞いたな?」
『了。地域名ユーラットの組み込みを開始します。終了予定。795秒後。カウントダウンの必要はありますか?』
「必要ない。終わったら知らせてくれ」
『了』
さて、ドーリスが俺の言葉を受けて、会議室を出て行った。
ユーラットのギルドに連絡を入れたのだろう。
平行で遂行できる時期は既に終わっている。
キャストとなるヒルダがどんな踊りを見せてくれるのか?
彼女たち、神殿の頭脳であるマルスが想定している通りに動いてくれるのか?
俺とリーゼの出番はなさそうだから、今回は高みの見物を決め込む。
そういえば、軽飛行機に手が届きそうだけど、必要かな?遊びでは欲しい。凄く欲しい。操縦はできる。燃料の心配もない。空の面倒な法律もない。
私は、アデヴィト帝国-近衛兵団-オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット付きの騎士だ。
姫様が、何をお考えになっているのか解らなかった。
しかし、姫様からの私に対する指示だと思える話を聞いた。
「いいか、明日。姫様がこちらに来られる」
「ヒルダ。いい加減に」「うるさい!姫様が、帝国の皇女である姫様が、帝国を裏切ることはない。絶対にない!今までの姫様は、擬態だ。神殿を攻撃して、帝国の物にするための策略に違いない。そうだ。そうでなければならない。姫様は皇女だ。私たちの主なのだ。私と、私たちと、帝国のために動かれている!」
そうだ。
姫様が、帝国を捨てるわけがない。
だから、あのような文章が残されているのだ。
「でも、ヒルダ」「うるさい!うるさい!」
ルルカとアイシャは、姫様が心変わりをされていると言っている。
私が聞いてきた話も、都合がよすぎると言っている。
それに、神殿の話を村民に聞いて、話している姿を何度も見ている。
そうか、姫様は裏切り者が居るとお考えなのだ。
私は、姫様のお心がしっかり、はっきり解っている。私だけが姫様の事を理解している。私だけが姫様のお味方なのだ。姫様もわかっておられる。だから、私にだけ解る方法でお知らせ下さったのだ。
そうだ。そうだ。ルルカとアイシャが裏切り者だ。間違いない。
姫様からのご指示は私が・・・。
そうだ。私は、姫様に選ばれた騎士だ。実家や学院から押し付けられたルルカやアイシャとは違う。
流石は、姫様だ。
裏切り者まで把握されている。
そのうえで、神殿の情報をまとめていらっしゃる。
そうだ。
姫様を救出して、情報を帝国に送る。私が姫様から託された作戦だ。姫様と私で神殿を手中に収める。そして、帝国に凱旋する。姫様が、初めての女帝となり、私が姫様を支える近衛兵団をまとめる。
そうだ。そうだ。そうだ。
私は間違っていない。私は正しい。私は・・・。私は・・・。
---
「いいのか?」
「はい」
「帝国を裏切る行為だぞ?」
「もともと、帝国に忠誠を誓っておりません。私が忠誠を捧げるのは、オリビア殿下です」
「わかった。貴殿たちの協力に感謝を」
「アフネス殿。我らも、あのおんなの狂信には・・・」
「ルルカ!」
「何度も確認して悪いが、本当に良いのか?」
「構わない」
「帝国が滅ぶかもしれないのだぞ?」
「構わない。帝国が、姫様に何をした!報いを受けるには遅すぎる!」
---
私は、ルルカ。
オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット付きの騎士だった。
同僚と呼べる者は、殆ど居ない。
帝国では、”外れ姫”などと陰口を叩かれている姫だが、私たちには”良い姫”だ。
オリビア様の口癖は、”私が間違えたら指摘して欲しい”だ。
陛下ではなく、姫様の兄上である第二皇子が姫様を王国に送り出した。姫様が”民衆からの支持を受けているのが気に入らない”というあまりにも理不尽な理由だ。帝国は腐っている。
王族は、宮廷闘争にしか興味がない。貴族も同じだ。一致団結して何かを成し遂げようとはしない。
私は、帝国の子爵家の三女だった。上の二人の姉は、正妻の子で私は第二夫人の子供だった。
貧乏貴族だが、見栄だけは立派な親に育てられた。親の借金を清算するために、皇都の豪商に嫁入りが決まっていた。私が10歳の時だ。相手は、46も上の男性だ。妻と呼べる者だけで19名。愛人の数は本人も把握が出来ているとは思えない。そんな相手だ。
嫁入りの日。
絶望を越えて、感情が死んだ私を救ってくれたのが、オリビア様だ。
姫様は、泣きそうな私を従者に望んでくれた。
子爵家の三女であった私は、あの時に死んだ。
それからは、姫様に剣を捧げる騎士となることを夢見た。従者やメイドの道もあったのだが、私は姫様に救っていただいた心を、命を、姫様のために使いたい。メイドでは、姫様をお守りできない。姫様の代わりに死ぬことができない。
姫様が、王国に使者として赴く時に自ら志願した。
従者兼メイドが二人と騎士が三名。姫様が自ら選んだ者たちだ。他は、第二皇子が指名した者たちだ。
騎士の中で、年齢が上のヒルダが騎士を仕切ろうとしていた。
姫様に諫言を言っているが、私にはヒルダの言っていることの理解ができない。確かに、帝国は大事だ。しかし、私は、姫様が望んだことなら・・・。
決定的になったのは、私たちが襲われたことだ。第二皇子の関与が疑われる状況だ。
襲われた私たちを救ったのが、帝国と王国の間に出現した神殿の主だ。
どんな恐ろしい者なのかと思ったが普通の人だ。
一緒に居たエルフの少女の方が、恐ろしい魔力を感じさせる。
”ヤス”と呼ばれた神殿の主殿は、姫様を受け入れてくれた。
姫様が、私を見ている。
何かを心配している時の目だ。
私を見てから、アイシャにも目を向けている。そして、ヒルダを見てから視線を逸らした。
そうか、姫様は・・・。
それから、姫様の懸念が当たってしまった。
ヒルダが、神殿の主殿に・・・。
ヤス殿が所有しているアーティファクトを見て、あれこそ帝国に相応しいと興奮している。
私とアイシャは、姫様に忠誠を誓っている。近衛になりたかったヒルダとは根本の考え方が違う。
姫様が、神殿への亡命を希望した。
ヒルダからしたら、最悪の事態だ。しかし、姫様の気持ちは変わりそうにない。ヒルダが叫べば叫ぶほどに、姫様の気持ちが固まっていく。。
私だけで話し合うと言っていたが、姫様が必死にヒルダを説得している状態が続いた。
ヒルダも渋々だが、姫様の言葉に従うが、姫様が居なくなれば、私やアイシャに八つ当たりをする。
私の両親だった人たちの様だ。自分の考えが正しいと思い込んで、自分の考えを他人に押し付ける。押し付けられる側の事など何も考えない。
信じている正義なら、自分一人で満足していればいいのに、自分が信じる正義が唯一絶対の正義でなければ気が済まない。反対側に同等の正義があるとは考えない。自分の考え以外は悪で間違っている事だと本気で信じている。狂信者だ。
姫様と従者兼メイドのメルリダとルカリダが神殿の領域に行くことになった。
ヒルダは、ユーラットという港町に残る。私とアイシャもヒルダに表面的には従っているように見せた。アイシャと話し合って決めた。姫様が何を考えているのか解らないが、ヒルダを一人にしておく方が心配だ。ヒルダが自滅するだけならいい。姫様に”害”が向かないようにする必要がある。
ユーラットの町では、ヒルダは問題行動を繰り返している。
帝国の漁村で貴族の愚か者が行うような問題だ。帝国の近衛を名乗っているのも問題だ。私たちは、姫様の騎士で、近衛ではない。何度も注意したがきかない。
神殿で、姫様の世話をしているルカリダから密書が届いた。帝国の暗号で書かれた書類だ。
最初は、姫様に何かあったのかと思ったが、暗号の指定を変えるという密書だった。
ヒルダに知られないように、新しい暗号の方法をアイシャと共有した。
ルカリダから送られてくる密書は、神殿やユーラットの有力者の検閲を受けていると教えられた。
神殿には、王国の辺境伯の娘や王女が居るという信じられない内容ばかりだ。それだけではなく、最初に会った”リーゼ”と名乗ったエルフは、エルフの里の巫女だと教えられた。実際には、巫女の家系だという事だが、伝説上の存在である”ハイ・エルフ”のハーフだ。そんな人に、ヒルダは暴言をぶつけている。それだけでも、ヒルダが殺されても帝国は文句を言わないだろう。
そして、喜んで、ヒルダと姫様を生贄に捧げるだろう。
ハイ・エルフは、世界樹と繋がっている。世界樹の素材を得られる可能性があるのなら、騎士の一人や二人や三人や四人くらいなら平気で差し出す。帝国は、そういう国だ。
私は、帝国が滅ぼうとも構わない。
滅んでしまえとも思えている。ヒルダのような人間が帝国の上層部には多い。奴らの為に、姫様が犠牲になるくらいなら、姫様が神殿に亡命して安心して笑って過ごせるのなら、亡命もありだと思える。
そして、密書で書かれている姫様の日常は、姫様が望んでも手が届かなかった事なのかもしれない。
姫様が笑って過ごせるのなら・・・。
---
「本当?」
「本当です」
「あの子・・・。」
「明日は、注意した方がいいと思います」
「そうだね。どうする?保護する?話は通した?」
「はい。話はしました。できる限りのことはしてくれると・・・。しかし・・・」
「そうね・・・。特に、あの子は・・・」
各陣営の思惑が入り混じった混沌とした作戦の実行が明日に迫っていた。
踊らされている陣営が上手く誘導されているのか最終確認に向かった者が先ほど、神殿に帰ってきた。
「首尾は?」
「渡してきました。姫様。本当に、よろしいのですか?」
最後のピースを、ヒルダに渡す役目はルカリダに委ねられた。
オリビアが持っていて、盗ませる方法も考えたのだが、どう考えても不自然な上に、ヒルダが、最後のピースに気が付かないと、作戦が破綻してしまう。作戦の鍵になりえる物を先に渡してしまおうと考えたのだ。
作戦の鍵を託されたのは、ルカリダだった。作戦に先だって、ルカリダは、アーティファクトを使わずに、数回に渡ってユーラットを行き来した。その間に、アイシャを通してヒルダと接触を行っている。
当初、ヒルダはルカリダのことを警戒していた。しかし、ルカリダの『”姫様を正常に戻すため”の準備をしている』を信じた。自分に都合がいい事柄は、信じるまでの時間が極端に短い。ヒルダは、ルカリダがスパイだとアイシャに話をして、自分の手柄のように伝えている。
ヒルダの暴走を使った”茶番劇”の幕が上がろうとしている。
その結果、誰が幸せになるのか解らない。しかし、ヒルダにしても、ヒルダから情報を受け取る者も、疑うことも、信じることも、そして、行動を起こすことも、起こさないことも、自由だ。
どれを選んでも、自由だ。しかし、自由には責任が伴うのを認識してほしい。
選択肢を絞られているが、出だしで間違わなければ、疑わなければ、”正義”を信じなければ違う道が・・・。
---
「姫様」
第一幕が上がろうとしている。
客席で舞台を見る事はできない。自分が、舞台で踊らなければ・・・。
アデレードは、気合を入れなおす意味で、鏡に映っている自分の表情を見直す。
神殿に来てから、”姫”であることを意識しなくなった。自然と振舞えるようになった。帝国に居る時には、”姫”と呼ばれるのに違和感が付きまとっていた。しかし、神殿では”姫”と呼ばれるのも、違う呼び方をされるのも、同じに聞こえる。皆が、アデレードをアデレードとして見てくれるからだ。
「どうしたの?」
「そろそろ、お時間です」
「わかりました。でも・・・」
「危険ですので、お辞めいただいても・・・。アフネス様も、アデレード殿下も、サンドラ様も、ヤス様も、姫様のお気持ちが大事だと・・・」
「メルリダ。ありがとう。違うの・・・」
「違う?」
「そう・・・。神殿に来てから、アーティファクトでの移動に慣れてしまって、カートというアーティファクトの楽しさを知って・・・。馬車での移動が苦痛に思えてしまって・・・。神殿で改造された馬車なので、揺れが無くて快適なのは解っているのに・・・」
「あっ・・・」「・・・」
二人とも、オリビアが何を残念に思っているのか身をもって体験して理解している。
オリビアが、ユーラットに謝罪に行くという理由付けの為に、アーティファクトは使わない。帝国式で作られた馬車に乗って、ユーラットに行くことになっている。その為に、わざわざイワンたちが、楔の村から拿捕した馬車を神殿に移動して改造を施した。少しでも乗り心地をよくする為だ。それでもアーティファクトに慣れてしまった者たちには不評だ。揺れるし、速度が遅い。アーティファクトに比べたら取り回しが圧倒的に悪い。
それでも、自分が言い出した作戦だ。
オリビアは、準備をして家を出る。
「本当に、この屋敷は素晴らしいですね」
「そうですね。もう少しだけ広ければ、もっと良いのですが・・・」
神殿の家なので、鍵は必要ない。
登録した者とヤスにしか家に入る権限が与えられていない。安全面が配慮されている。
「十分でしょ?私は、メルリダとリカルダが側に居てくれる・・・。この屋敷が気に入っていますよ。それに・・・」
「それに?」
「自分でいろいろできることが、こんなに楽しいとは知らなかった。リーゼさんに感謝ですね」
3人は、中央の神殿に移動した。
既に、馬車の準備は終わっている。
「オリビア姉ちゃん?」
「大丈夫よ。少しだけ緊張をしているだけ・・・。メルリダ。行きましょう」
カイルが心配そうな顔をしている。
作戦の概要を伝えている。そして、カイルとイチカだけではなく、子供たちが見送りに来ているのには理由があった。
学校の先生を、オリビアが担当している。
ヤスからのお願いで、オリビアが帝国式の授業を再現している。最初に、話を聞いたときに、オリビアだけではなく、アデレードもサンドラも意味が解らなかった。
ヤスとしては、王国の教育だけでは偏ってしまう可能性があるのを懸念していた。
オリビアから話を聞いて、歴史観以外は大きな違いがない事や、臣民に関する考え方と貴族家の考え方が微妙に違うことなどを皆に説明した。オリビアから帝国で教わる内容を皆に教えることを求めた。
子供たちから見たら、オリビアは帝国の姫ではなく、神殿の学校で、自分たちに帝国の事を教えてくれる先生に変わった。
オリビアが、”先生”と呼ばれるのを固辞した関係で、一部の子供たちは”姉ちゃん”と呼ぶことになった。
「ヤス様。リーゼ様」
オリビアが、二人が近づいてきたのに気が付いて、馬車から降りて挨拶をする。
「無理はしないように・・・」
「ふふふ。解っています。それに・・・」
「そうだな」
「はい」
「オリビア!」
リーゼがオリビアに駆け寄って抱き着いた。
「リーゼ様?」
「無事に帰ってきて、失敗してもいいから、怪我をしないようにね。帰ってきたら、僕とアデーとサンドラとオリビアで、神殿の攻略に行くからね。僕が決めた事だから・・・。だから・・・」
「そうですね。カートもまだリーゼ様に勝てません。勝つまでやめません」
「うん。僕も簡単には負けないよ。だから・・・」
「はい。必ず、帰ってきます」
オリビアが泣きそうになっているリーゼの背中を撫でながら力強く宣言をする。
リーゼもやっと納得したのか、身体を離して少しだけ恥ずかしそうにして、ヤスの隣に戻る。隣に戻ってから、ヤスがリーゼを見ていたのに気が付いて余計に恥ずかしくなったのか、ヤスの後ろに下がって、ヤスの服の裾を掴むような仕草を見せる。
いつもの事なので、誰も突っ込まない。
「ヤス様。ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしていない。それよりも・・・」
「はい。覚悟は出来ています。あっ必ず戻ってきます。私の覚悟は、もっと違う事です」
オリビアは、ヤスの問いかけに”覚悟”という言葉を使った。オリビアが、”覚悟”と言った瞬間にリーゼが顔を出したので、オリビアは慌てて言い直した。
「ははは。解っている。安全面にも考慮している。安心してくれ」
「はい。ありがとうございます」
ヤスにマルスから念話が入った。ヤスが、皆から一瞬だけ目を離した。
リカルダが、ヤスの前に来て、頭を下げる。
「ヤス様。私に何かありましたら、姫様を」「ダメだ」
「え?」
「メルリダも、ルカリダも、神殿の住民だ。住民を守るのが、主の役目だと言われた。だから、オリビアも二人も神殿の力を使って守る。皆、いいよな?」
ヤスの呼びかけに、アデレードもサンドラも頷いている。
知らないのは、オリビアとメルリダとルカリダと子供たちだ。
「ヤス。それじゃぁ!」
「あぁマルスも大丈夫だと認めた」
「よかった!」
リーゼがヤスに抱き着いて、オリビアに”よかったね”と話しかけるが、オリビアにも、メルリダにも、ルカリダにも意味が解らない。
当然だ。神殿の秘儀に近い情報だ。表に出していない情報の一つで、知っている者も少ない。
子供たちには教えていない。
「オリビア。メルリダ。ルカリダ」
ヤスは、三人を神殿の地下室に招き入れる。
もちろん、リーゼとアデレードとサンドラも一緒に地下に入っていき、子供たちには、解散が言い渡された。
カイルとイチカだけは、ドーリスがギルドに連れて行くことになっていた。