異世界の物流は俺に任せろ


「着きましたけど?」

 ヤスが後ろに居る二人に声をかける。

「え?」「は?」

 二人は、外の景色がそれほど見えているわけではなかったので”いろいろ”判断ができない。
 着いたと言われても何を言われているのかわからなかった。

「外で待つか?ここで待っているか?」

「ヤス殿?着いたとは?もう表門に着いたのですか?」

「あぁ」

 そこまで言われて、改めて外の景色を見ると、たしかにユーラット町の表門にたどり着いている。

「ヤス殿?」

「ん?」

「どのくらいの時間が経過したのですか?」

「うーん。5-6分って感じだな」

「え?」

 ダーホスもアフネスも絶句するしかなかった。かなり早く到着するとは思っていたのだが、二人の想定の5倍以上だ。ユーラットの町は小さな港町で、海の方向に伸びている。そのために、表門から裏門までの距離は、港側に比べて長いわけでは似。それでも、2-3キロメートルはあり歩けば30分位は必要になる。

 ヤスはディアナを停めて、二人を降ろした。

「ヤス」

「ん?」

「リーゼも座っていたのか?」

「あぁ」

「そうか・・・」

 それっきりアフネスは黙ってしまった。

「ヤス殿」

 今度は、ダーホスが話しかけてきた。

「ん?」

 この時点で、やすはかなり面倒に感じている。
 しかし、この後もしかしたら食料面で世話になる可能性が高い町の住民なので、なるべく冷たい態度は取らないようにしようと考えていた。

「いや、なに、少しアーティファクトに関して聞きたい事が有っただけだ」

「俺に答えられる事ならいいぞ?」

「世間話程度に聞いてくれ」

「あぁ」

 どうやら、ダーホスは考えながら話すのが苦手なタイプのようだ。
 回りくどい前段で保険をかけるような話し方をしている。

 実際に、ダーホスはヤスが”怖い”のだ。このアーティファクトだけではなく何かを隠していると感じているのだ。小さな町とは言っても、3つのギルドの責任者を兼ねる者だ、それなりの経験を持っている。直感で、ヤスを敵に回しては駄目だと感じている。
 それは、アフネスも同じなのだが、アフネスの場合は自分たちに”なにか”有った時にリーゼを守ってもらうために利用できないかと考えているのだ。

「ヤス殿。このアーティファクトは人を・・・。例えば、100名の人を運ぶ事ができるのでしょうか?」

「どうだろうな。正直わからない。でも、俺は人を運ぶような事はしたくないな」

「なぜでしょう。これだけ早ければ、それこそ貴族の移動や商人の移動で重宝されます」

「うーん。やっぱり、人だけを運ぶのは”なし”だな」

「理由を聞いても?今の言い方ですと、”できるけどやらない”に聞こえます」

「1つには、人の運搬が”戦争”や”紛争”に利用されない保証がない」

「え?」

「次に、移動距離として500km離れた場所に行くのに、2日程度は必要になる。一人で操作するのは流石に疲れる」

「それは、他の者に・・・」

「できるのか?アーティファクトは、俺が認証して、俺しか操作できないのだぞ?なにか、抜け道があるのかもしれないが、それは今の議論には必要ない」

「・・・」

「一番の理由は、人は文句を言うし、対応が面倒だ。大量の移送を依頼するような人間は、貴族や豪商なのだろう。それこそ対応が面倒だ」

「それは、ギルドが・・・」

「”できない事”は、言わないほうがいい」

 アフネスが割り込んでくる。

「アフネス殿。しかし、ギルドには」

「確かに権限はあるが、あの子爵家や、あの伯爵から、苦情を言われて、お主達は抑えられるのか?それこそ、第2王子派の連中が出てくるかもしれないのだぞ?」

「それは、そうですが・・・。このアーティファクトの能力を考えれば・・・」

「ダーホス。俺は、人は運ばない。ただ、俺が大切にしている物や人が危険に陥れば何でもする。そう考えてくれ」

「はぁ・・・。わかりました」

 ヤスの言葉を聞いて、一人は落胆して、一人はニヤリと笑った。
 リーゼが、ヤスの大切な存在になれば守られる。最低でも、神殿に匿ってもらう事位はできるかもしれない。

「なぁ俺からも質問していいか?」

「もちろんです」「・・・」

 微妙な反応を返す。ダーホスを無視して、ヤスは質問をする事にした。
 この世界の事は、リーゼから概要を聞いたのだがイマイチわからない。特に、皆が神殿にあんなに喰らいついてくるのが理解できないのだ。

「神殿を攻略していた時と、していない時の違いがわからない。ディアナ・・・。あぁこのアーティファクトがなにか絡んでいるのか?」

 ダーホスの顔が歪んだのを、アフネスは見逃さなかった。
 ヤスが知る前に、ヤスの情報を抑えておきたかったのだ。

「それは・・・」「ヤス。神殿を攻略していると、神殿に関する所有権は、攻略者の物になる。神殿を攻略していなければ、出てきたアーティファクトは、領主や国に納めなければならない可能性が出てくる。建前は、”買い取る”事になる」

 ダーホスが言葉を濁して避けようとした話を、アフネスは一気に言い切った。
 苦虫をまとめて噛み潰したような表情をしているダーホスとは対照的にアフネスは出し抜きが成功した事や、ヤスの目線からダーホスに不信感を持ち始めている事がわかった。

「そうか、なんか、リーゼからは、独立した国にする事もできると聞いたが?」

「可能だ」「可能です」

 二人の答えは簡潔だった。
 ダーホスもこれ以上情報を隠蔽してもしょうがないと考え、話や説明の方向性を変えた。

「うーん。国は面倒だな。独立は魅力的だけど・・・」

「ヤス殿。それならば」「ヤス。大丈夫よ。神殿の攻略が確定したら、誰も手出しはできないから」

「どういう事だ?」

 またしても、ダーホスの思惑はアフネスによって邪魔された。
 ヤスが国を興すつもりはないと聞いて、それならば、バッケスホーフ王国に属して貰えれば良いと考えたのだ。しかし、そのためにもどこかの派閥に属さなければならない。ダーホスとしては、ギルドに融和政策を取る辺境伯の派閥に属してもらいたいと考えたのだ。
 アフネスも、ダーホスが言いたい事がわかったので、先に潰す事にした。目の前に居るヤスが狡猾な貴族とやり会えるとはどう考えても思えない。アフネスは、オババ様に会ってもらって、エルフ・・・。できれば、精霊の加護がヤスに付けられないかと考えている。そのためにも、どこかの貴族や国の紐付きにはなってほしくないのだ。

 ヤスを挟んだ。ダーホスとアフネスの攻防戦が始まった。

「ヤス。亜人に偏見は?」

「亜人?なんだ?それは?」

 もちろん、ヤスは亜人を知っている。正確には、ラノベ設定の亜人に関しての知識を持っているのだが、あえて知らないフリをした。

「アフネス殿!」

 ダーホスが何かを言いかけたが、アフネスが手で制す。国に属するにしても、独立するにしても、亜人の話は避けて通る事はできない。アフネスの考えている事がわかったのだろう、ダーホスはそれ以上話を遮らないことにしたようだ。

「ヤス。私やロブアンやリーゼを見ても何も思わない?」

「ん?美形だと思うけど、それ以外で・・・か?」

「そっそう。ねぇヤス。私たちは、エルフ族と言って人族とは違うの?」

「へぇ・・・。それで?」

「それで?」

「だって、話ができて、コミュニケーションが取れるのだろう?何か問題でもあるのか?」

 ヤスの答えを聞いて、ヤスが記憶を失っている事に思い至った。

「そうね。ヤスは、記憶が無いのよね」

「覚えている事はあるが・・・」

「ねぇヤス。獣の因子を取り込んだ人族はどう?」

「ん?それは、猫のような耳やしっぽを持つ人や、犬の嗅覚を持つ人や、熊のような力を持つ人の事か?」

「知っているの?」

「いや、ディアナの・・・アーティファクトにそんな情報があったことを思い出しただけだ」

「純血種の事ね。私が言ったのは、混血種と言って人と交わった者たちのことよ」

「ハーフやクォータとは違うのか?」

「よく、そんな古い言い方を知っているわね。神殿の知識なら当然よね。概ね。その認識でいいわ。ヤスは、彼らの事をどう思う?」

「どう思うと言われても、俺や俺の大切な物に危害を加えなければ、別に気にならないし、危害を加えるのなら亜人だろうとエルフだろうと人族だろうと魔族だろうと関係ない。国や種族で分けるなんて無意味な事はしない」

 ヤスは、自分の考えを言い切った。

 二人はヤスの答えを聞いてホッとした。
 アフネスはヤスが”偏見”がない事に対して、ダーホスはヤスが”人族至上主義”や”亜人解放思想”などの偏った主義思想を持っていない事に・・・。

「ヤス殿。貴殿は、神・・・女神や精霊をどう思いますか?」

「ダーホス!」

 今度は、アフネスが慌てる。
 アフネスとしては、聞かなければならない事だとは思っていたのだが人となりがしれてからでも遅くないと思っていたのだ。まさか、ダーホスから藪を突くような行為をするとは思わなかったのだ。

「神様?宗教って事か?」

「そう捉えてもらって構わない」

「俺が覚えている事と違っているだろうからな」

「ヤス殿は、なにか覚えているのですか?」

「あぁ俺が居た場所は、”八百万の神々”が統治していた」

「やおよろずのかみがみ?」「・・・。やおよろずのかみがみ!」

「そうだな。簡単に言えば、”石や水や木々や草花に、神々が宿っている”という考えだな」

「「・・・」」

「俺自身の事で言えば、神も女神も精霊も見たことが無いから、さっき聞いた亜人と同じで、俺に害意があれば抵抗するし、そうでなければ気にしない」

「ヤス殿は、神罰を恐れないのですか?」

「神罰?それは、宗教家が言っている事か?それとも、神自らが言ったことか?」

「なにか違いでも?」

「大きく違う。俺の目の前に、神とやらが来て、俺に罰を下すのなら、納得できる理由があれば受けるが、宗教家・・・そうだな。司祭や教皇とか”神の声を聞いている”とか言っている連中が俺に罰を与えると言い出したら、徹底的に抵抗する。神の代弁者を名乗る連中が俺は嫌いだ。気持ち悪い」

「ハハハ!!!!」

「・・・」「・・・。アフネス殿?」

「すまない。ヤス。貴殿には、是非、エルフの里のババ様に会って欲しい」

「え?」「アフネス殿?それは、ヤス殿を、エルフの里に招くという事ですか?」

「その話は、神殿の様子を見てからでもいいだろう?ヤスもダーホスもそれでいいよな?」

 有無を言わさない雰囲気でアフネスが言い切ったために、ヤスとダーホスも従う事になる。
 ヤスとしても、他にもいろいろ聞きたい事が有ったのだが、それは後日になりそうだ。

 町の中から、ヤスを呼ぶ声が聞こえてくる。

 リーゼたちが門まで走ってきたようだ。

「ヤス!!」

 リーゼが、ロブアンの制止を振り切って、ヤスに駆け寄る。

「どうした?」

 ヤスに冷静に返されて、リーゼ自身なにが不安だったのか思い出せなくなってしまった。

「うぅぅぅ」

「はぁはぁはぁリーゼ・・・」

 どこかの変態さんみたいな声を出しているのは、遅れてやってきたロブアンだ。
 別に急ぐ必要はなかったのだが、リーゼが走り出したので、一緒に走り出したのだ。その後ろから、イザークが小走り程度の速度でやってくるのがわかる。
 たしかにイザークは急ぐ必要がないので、小走り程度なのだがヤスから見るとイザークが要領よくやっているようにみえてしまう。

 遅れていたイザークも到着して、皆が揃ったことになる。

「そうだ。イザーク。これ返しておく」

 そう言ってユーラット町に入る時に渡された物をポケットから取り出してイザークに返す。
 ギルドの会員証ができたのでもう必要ない物だ。

「お!そうだった、忘れていた。これで、ヤスもユーラットの人間だな」

「そういう事になるのか?」

「ん?ならないのか?」

 イザークは、ヤスがユーラットに住居を持って生活するために、ギルドに登録したのだと思っていたのだ。ヤスは、これからいろいろな場所に行くのに、ギルドカードがあれば楽だという”ラノベ設定”を思い出して作ったに過ぎないのだ。

「イザーク。ヤスは、ユーラットには住まないわよ」

 アフネスが少し笑いながらイザークに説明を始めた。
 どうやら、リーゼとロブアンに聞かせる目的も有るようだ。リーゼは、ヤスが神殿に用事があるのは知っていた。そのために、一度神殿に行くだろう事は理解していたが、神殿に住むとまでは思っていなかったようだ。だんだんと暗い表情になるリーゼとは対称にロブアンはすごく嬉しそうな表情に変わってきた。

 しかし、ロブアンの嬉しそうな表情は、今夜アフネスの計画を聞いて一変することになる。

「あ!そうだ、それで、ダーホス。これで、納得したか?」

 ダーホスがうなずく。
 納得するしかない状況だ。報告を考えると、頭が痛い問題である事も間違いない。それこそ、ヤスとアーティファクトであるディアナと一緒に辺境伯のところに行こうかと考えたくらいだ。しかし、それもアフネスの策略で頓挫してしまう可能性が出てきた。

 辺境伯は、問題はない。問題は、”辺境伯()”の部分なのだ。息子達、特に次男に大きな問題がある。
 まず、リーゼを妾に・・・。はっきり言えば、愛人にしようとした。その上、人族至上主義で、エルフ族を下に見て奴隷が丁度良いというような人物なのだ。不思議な事に、長男よりも人気がある。長男は、無難と言えば聞こえがいいが、凡庸な人物でよくも悪くも貴族なのだ。

 辺境伯は、ヤスの事情や神殿のことを話せば理解して納得して、自分たちに一番”利”になる道を選ぶだろう。ヤスとの共存を選ぶだろう。
 しかし、息子たちは違う。長男は、貴族なのだ。それも良い事も悪い事も行う貴族なのだ。ヤスのアーティファクトが出たのが神殿だとしても、その神殿を管理していたのは、バッケスホーフ王国で領地が近い自分たちの物だと考えるだろう。金や女、最後には権力を持ち出して奪おうとするのは間違いない。
 次男はもっと達が悪い。ヤスのアーティファクトを見れば間違いなく”暴力(権力)”を使ってでも奪い取ろうとするだろう。その結果、ヤスが建国を宣言してしまうかもしれない。建国した結果周りの貴族や国々に及ぼす影響が”どのくらい”か、などヤスは考えないだろう。
 王家も、1貴族が神殿を管理するのは危険性がある事は認識していた。そのために、神殿の周りの山々や森はすべて神殿の影響範囲として設定して、神殿に向かう唯一の道の途中にユーラットという寂れた港町を作成したのだ。そして、ユーラットの周辺を直轄領として管理する事に決めたのだ。

 ダーホスが納得した事で、この場は解散となった。

「ヤス。今日は、泊まっていくのでしょ?」

 アフネスがヤスに声をかける。

「頼めるか?俺は、さっきの場所まで、ディアナを移動させる」

「あ!なら、僕も一緒に行く!」

「リーゼ!」「ア・ナ・タは、私と話しながら帰りましょう。ヤス。リーゼの事をお願いね」

「あっ・・・。おぉぉ」

 ヤスは、アフネスの勢いに押されて承諾した。
 ロブアンはまだなにかを言っていたのだが、アフネスに引っ張られるように、町の中に入っていった。

「ほら、ヤス。早く!」

「あぁ(まぁしょうがないか)」

 ヤスは、ディアナのドアを開けて乗り込む、待っているリーゼに手を差し出した。
 嬉しそうに手を握ってくるリーゼを引っ張り上げて、後ろに座らせる。

「出発!」

 何が嬉しいのか、リーゼは終始ご機嫌な表情で、ヤスに話しかけている。
 ヤスも、ユーラットに住む者たちの事が知れるいい機会だと考えて、リーゼの話を聞きながらディアナを走らせた。急ぐ必要もないので、ハンドルが取られない速度で走る事にした。

 倍以上の10分かけて裏門にたどり着いた。

「あぁもう着いちゃった。ヤス。今日は泊まっていくよね?また来るよね?」

「そうだな。これからどうしたらいいのか考える必要があるからな・・・。アフネスに相談に行くと思う」

「わかった!」

 ディアナを停車させて、ドアを開けて、ヤスが降りる。リーゼがドアの近くまできたので、手を握って降ろす。

「えへ」

 何が嬉しいのか、リーゼが嬉しそうにしている。

 リーゼは降りる時に握った手を離さないで、ヤスを引っ張るように町の方に移動を始める。

「リーゼ。少し待ってくれ」
「え?」

「すまん。ディアナをロックしておきたい」

 リーゼは、ヤスに言われて、自分の先走った行動をわびた。

「いいよ。謝るような事じゃないからな。だから少し待ってくれ」

「うん。僕、待っている」

 リーゼをその場に待たせて、ヤスはディアナに乗り込む。

「エミリア」

『はい』

「さっきの会話は、聞いていただろう?マルスにも伝えて、検証してくれ」

『マスター。マルスとのリンクは終了しております』

「そうか、それなら、神殿の攻略に関する情報と近隣の情報の収集を頼む。明日になるとは思うが、拠点に行く」

『了』

 ヤスとリーゼは宿の前で、ロブアンとアフネスが来るのを待っていた。
 ロブアンは律儀に宿の扉を閉めて出ていたのだ。

「おじさん!」

 遠くに見えるロブアンを、リーゼが見つけて叫んだ。
 ロブアンは、リーゼが呼んでいるのだと勘違いして喜んで走ってきた。しかし、それは鍵をかけていって中に入る事ができなかったリーゼの非難する言葉を聞いて表情が変わるというオチまで着いてきた。

「ヤス。今日は泊まっていくのでしょう?」

「あぁいろいろありすぎた。疲れたよ」

「そうね。ごめんなさい。食事はどうする?」

「食べるよ」

「わかった、準備ができたら、リーゼに行かせる。それまで、部屋で休んで居てくれていいわよ」

「わかった。部屋は?」

「あっリーゼ!ヤスを、そう、案内して」

 リーゼがすでに鍵を持っていた。
 特別な部屋というわけではないが、上等な部類の部屋だ。

 部屋に案内されたヤスは、”こんな物か”と思っていた。現代日本のビジネスホテル並を期待していたが、部屋の広さは少し高めのホテルと同じ位だが、部屋の設備がない。ヤスは、”ラノベの定番”と考えていたので問題はなかった。ただ1つ驚いたのは、シャワー設備が有ったことだ。トイレはなかったのだが、シャワーだけだが設備として備わっていたのだ。

「なぁリーゼ。シャワーは一般的なのか?」

 食事ができたと誘いに来たリーゼにヤスは疑問に思っていたことを聞くことにした。

「ん?」

「あの部屋に有ったのはシャワーだろう?」

「あっそうだよ。一般的じゃないと思う。普通の部屋にはなくて、お湯を桶で運ぶよ」

「そうか・・・。風呂なんてないよな?」

「お風呂なんて、貴族のそれも上位貴族しか持っていないよ。王都の宿屋なら設備としてあるかもしれないけど、一泊金貨1枚とか取られるよ」

「そうなのか・・・。風呂があったら入りたいか?」

「もちろんだよ!」

 ヤスは、情報に関して礼を言ったのだが、リーゼはいい部屋に泊まった事への礼だと受け取った。
 微妙にすれ違ったのだが、お互いに気にしていないので問題にはならなかった。

 ヤスは、従業員用の宿舎を作ることを考えている。
 その時の参考にしようと思っていたのだ。

 食堂に案内されると、何人かが食事をしていた。

「夜は、酒精の入った飲み物を出すから、食事に来る人が多いのよ」

 ヤスが客を見て不思議な表情をしているのを見て、アフネスが説明した。

「何がある?」

「酒精の物?」

「あぁ」

「今日は、エールだけね。ハチミツ酒の入荷は無いわよ」

「そうか・・・。エールは冷やして飲んだりできるか?」

「エールを冷やす?リーゼならできると思うけど・・・。そんな飲み方・・・。知らないわよ?」

「試してみたいから頼めるか?」

 エールとビールが違う物だと、ヤスは”ラノベ知識”で知っているが試してみてもいいだろうと思っている。

「あっリーゼに頼むのなら、氷を入れたりしないで、コップの方を冷やして欲しいと伝えて欲しい」

「わかった」

 アフネスが厨房に入っていって、リーゼになにか伝えている声が外まで聞こえてきている。
 ロブアンの作った料理をリーゼが運ぼうとしていたようだが、ヤスの注文を先にやってくれるようだ。

 アフネスが料理を持ってきた。リーゼは、ロブアンに指示されながらコップを冷やす作業をしている。

「ヤス。今日は、魚がメインだけど大丈夫?」

「あぁ魚は好物だ」

 ユーラットは、港町だけ有って魚料理を食べるのだが、内陸部では輸送の関係で魚料理を食べる地域は少ない。まだ、塩漬けの魚があるだけで、干物や燻製にした魚はない。ロブアンは、ヤスが魚料理を食べ慣れていないと期待して今日のメインに決めたのだが、ヤスも海が近い港町で普段から魚を食べていた。肉料理よりも、魚料理の方が食べる頻度が多かったくらいだ。
 ロブアンの誤算はそれだけではなかった。ユーラット以外の人間には魚醤がダメな人が多い、そのためにヤスもダメだと思った。そのために、たっぷりと魚醤を使った料理を出したのだが、ヤスにとっては慣れ親しんだ味だったのだ。醤油も使っていたが、昔から漁師めしには魚醤と決まっていた。そのために、普通に魚醤を使った料理を常日頃から食べていた。それだけではなく、機械的に作られた魚醤と違って、ロブアンが使った魚醤はしっかりとした素材で作られた天然物だったために、ヤスとしては最高の味に思えてしまったのだ。
 残念だったのが、予想通り米がなく、固く焼き固められたパンしかなかった事だが、それでも十分美味しく食べる事ができた。

「ヤス。冷やしてみたけど、本当に、こんな物を飲むの?」

 コップを持ったヤスはニヤリと笑った

「あぁ美味しそうだ!?」

 そう言うと、コップに口を付けて、エールを流し込む。
 ”ごきゅごきゅ”と喉を鳴らしながら流し込む。心地いいくらいの飲みっぷりだ。

 外の気温はまだ肌寒い位だが、ヤスにとっては関係ない。
 飲み物は冷えていたほうが美味しいという特殊な感性を持っているのだ。

ヤスは食事を平らげて、リーゼを呼んだ。

「なに?」

「なぁこういう時ってチップはどのくらいが妥当だ?」

「はぁそれを僕に聞く?」

「俺もおかしいとは思うけど、リーゼしか頼れる人が居ないからな」

「僕しか・・・。しょうがないな。ヤス。宿泊客はチップはいらないよ」

「そうなのか?」

「うん。高級宿屋とかなら別だけど、出さないのが普通だよ。特別なことを頼む時に、銅貨数枚か、大銅貨1枚くらいかな」

「そうか、ありがとう。ほら、リーゼ!」

 ヤスは、ポケットから大銅貨2枚を取り出してリーゼにわたす。

「ヤス!」

「エールを冷やしてもらったからな。うまかったよ」

「うん!ありがとう!」

 食器を下げるリーゼをヤスは見送った。

 厨房に居るロブアンとアフネスに声をかけて部屋に戻る。

 ヤスは部屋に入るとベッドに体を預ける。
 天井を見上げながら考えていた。

--- ヤスの考察?まとめ?

 異世界なのは間違いない。

 食事もまずくはない。美味しいかと聞かれると、少し微妙だけど十分食べられる。味付けの問題だけだろう。追々解決していけばいい。

 それ以外も俺が知っている”ラノベ設定”と代わりが無い。
 魔法も有るらしい。リーゼがエールを冷やす時に使った・・・、らしい。

 そもそも、俺が呼ばれたのか?誰に?なんのために?
 定番設定だと、そろそろ神様や女神や王様や姫様や神官辺りが説明してくれるのだけど、その様子も無い。

 あと、人非人と呼ばれていたけど、どうやら同郷や他国の人間もこの世界に来ているようだ。
 定番設定だと、言葉は喋れるようになっているのだろうけど、そうなっていないようで、現地人との軋轢が産まれて殺されたか、逃げてひっそりと暮らしているようだ。

 俺は、マルスのおかげで言葉がわかるけど、これもどうかと思う。実際に通じていると思っているけど・・・・。リーゼやロブアンやアフネスの反応からは、意味は通じていると思えるから大丈夫だと思いたい。

 明日起きたら、神殿(拠点)に移動して状況をマルスに確認して、今後の方針を決めるための考察をしないと・・。それにしても、情報不足だ。誰か状況がわかる手引をしてくれないとチュートリアルも進められない。生きていくためにできることを考えないと、冒険者への道まっしぐらだ、それだけは避けたい。俺に魔物討伐はできるかもしれないが、討伐部位を持って帰ってくるとか無理・・・だ。今は絶対に無理だ。

 今ある金も何時なくなるかわからないし、理想は自給自足だけど、俺に某アイドルのような事はできそうにない。
 村を作ったり、海岸を生き物の楽園に変えたり、島を開拓したり・・・。できるとしたら、坂道の上から自転車のペダルを一回も漕がないでどこまでいけるか・・・とか、3,000歩でどこまでいけるか・・・とか、そんなことだけだろう。ソーラーカーで異世界一周・・・一筆書きはやってみてもいいかもしれないな。

 ダメだ、眠くなってきた。
 疲れたな。

 もういいや、明日マルスとう相談しよう。覚えていたらだけど・・・。

 ヤスは、ポケットに入れたエミリアの警告音で目が覚める。

「なんだよ。今、何時だよ?」

”マスター。すでにお眠りになってから、7時間39分経過しております”

「いい。それよりもなんだ?」

”ディアナに魔物が迫っております”

「なに!?ゴブリンか?コボルトか?」

”はい。ゴブリン30。コボルト60。未知の魔物1です”

「迎撃は可能か?」

”問題ありません”

「できるだけ町から離れて迎撃してくれ」

”了”

 エミリアの画面が切り替わる。ディアナの正面に付いているカメラの映像が表示される。

 ヤスは、ディアナに付いているカメラを切り替えながら状況を見ている。

 エミリアには、討伐記録が随時表示されていく。

「オークでいいのか?エミリア。1体だけ居る奴を撮影できるか?」

”可能です。撮影はマスターがされますか?”

「いい。エミリアが行え」

”了”

 撮影音・・・。なんてなく、一枚の写真がエミリアに転送された。
 ヤスには、画面に見える豚面はオークと名付けるには十分に醜悪な魔物だ。

「こいつを、仮称オークとする」

”了”

 ヤスがエミリアを見つめている間に、ディアナは魔物を駆逐した。
 正面から轢き殺すというアグレッシブな方法だ。オークだけは、体が頑丈だったのだろう。飛ばされて、意識が飛んだところを、頭を轢いて殺した。

”マスター。殲滅が終了しました”

「大丈夫だ。見ていた。今の所は大丈夫だけど、相手が大きくなったり頑丈になったりしたらディアナでは対応が難しい場面も出てきそうだな」

”マスター。拠点にて強化が可能です”

「そう言っていたな。わかった、考慮しよう」

 ヤスが、エミリアから話を聞いて方針を考え始めた瞬間にドアをノックする音が聞こえた。

「ヤス。起きている?」

「あぁ。どうした?」

 リーゼが、ヤスを起こしに来た。
 本来なら、起こすような事はしないのだが、アフネスがリーゼに頼んだのだ”ロブアンがヤスに朝食を用意したから起こして、一緒に食べな”と言ったようだ。

 ロブアンは、ヤスに朝食を食べてさっさと出ていけといいたいのだろう。
 アフネスは、ロブアンの考えそうな事はわかっていたので、ロブアンがヤスを起こしに行く前に、リーゼに頼んだのだ。
 ロブアンはアフネスの考えている事がわかっていたが、反対はできない。リーゼの気持ちを一番に考えると言ってしまったからだ。実際、リーゼの気持ちは二人にはわからない。リーゼ自身もわかっていないだろう。

 今まで男性と話をしようともしなかったリーゼが自分から話しかけているのだ。男性恐怖症が少しでも治ればいいとアフネスは考えているのだ。アフネスはそれ以上の事も考えていたのだが、ロブアンはリーゼの男性恐怖症が少しでも治ればいいと考えている程度なので、対応に温度差がでるのは当然の結果なのだ。

「起きているぞ」

「朝食ができたけど、食べるでしょ?」

「あぁわかった。食堂に行けばいいのか?」

「うん!あっ!僕も一緒に食べなさいって、おばさんに言われたから一緒に食べよう!」

「わかった。すぐに行く!」

 ヤスが着替えを済ませて食堂に降りていくと、すでに準備が終わっていたが、リーゼが居ない。

 厨房から、声が聞こえてくる。

「おじさん!何?あれ?ヤスに嫌がらせをしたかったの?」
「違う!俺は、そう、ヤスに、リーゼが好きな食べ物を食べてもらおうと思っただけだ!」
「ア・ナ・タ?」

 厨房から聞こえてくる声は、リーゼとアフネスがロブアンに詰め寄っているようだ。
 ヤスは用意されている朝食の前に座って待つ事にした。

(ほぉ・・・米も有るのか?玄米のようだな。それに、なんの魚かわからないけど、開いて焼いた物か・・・。ところてん?ほぉ・・・それに、納豆かぁ・・・。さては、俺が納豆を食べられないと思ったのか?おぉぉぉぉ!!ワサビもあるのか?味噌があれば完璧なのだけどな。さすがに、味噌汁はなさそうだ。残念だ。納豆があるのなら、小豆や大豆があるのだろう?醤油や味噌が作られないかな?多分・・・。誰かが作っているよな?)

(生卵は駄目だろう・・・)

「おーい。リーゼ。朝食にしようぜ?」

「ヤッヤス!」

「これでいいよ。大丈夫だ。あっ!なにか、果実水のような物があれば嬉しいな」

「え?」

 厨房から、リーゼが飛び出してくる。

「ヤス。本当に大丈夫なの?」

「あぁ。それよりも食べようぜ。せっかくの料理が冷めたら美味しくない」

「あっうん」

 厨房からアフネスの笑い声が聞こえてくる。それに、続いてロブアンが”なにか”を言っている。ヤスが大丈夫と言ったのが信じられないようだ。

 リーゼが座ってからもヤスに本当に大丈夫?無理していない?
 そんなことを聞いてきたが、純日本人であるヤスにとってはご褒美に近い食事だ。

「ヤス。果実水はこれでいいかい?」

 アフネスが、コップに何を入れて持ってきた。
 匂いから、りんご水だろう事はわかる。

「お!ありがとう。もう少し冷たい水を入れてくれると嬉しいかな?」

「わかった。それから、ヤス。これは食べるかい?」

「おばさん!」

 アフネスが持ってきたのは、生卵だ。

「お!それは食べられるのか?」

「えぇ今日の朝に産んだ卵で、魔法で汚れ(けがれ)は払ってある」

「へぇ・・・」

 ヤスは、生卵を受け取って少しだけ匂いをかいでから、ホークでかき混ぜる。それを見ていた、アフネスが小さな声で”やっぱり”とつぶやいた。ヤスがテーブルの上でなにかを探していたので、アフネスは黙って魚醤を差し出した。

「おっサンキュー!これこれ!」

 ヤスは、何も考えないでアフネスから魚醤を受け取って、少しだけ生卵にかけてから、ご飯の上にかけた。TKGにして食べるようだ。玄米で、魚醤を使っている。それでも、食べてきた味なので、ヤスは気にせず口に運ぶ。

「ん。うまい!アフネス。この・・・あぁなんていうのかわからないけど、これはもう少しもらえるか?」

「ありますよ。リーゼ」

「うん!」

 リーゼが、ヤスから碗を受け取って、厨房に入っていく、ロブアンがなにか言っているようだが、リーゼは無視して玄米を同じくらい入れて、生卵を持って出てきた。

 ヤスは、同じようにTKGにして、行儀が悪いのはわかっているのだが、その上に納豆を置いて一気に食べた。

「うまかったよ」

 ヤスは綺麗に平らげてから、アフネスが持ってきた果実水を飲み干した。

「ヤス。おかわりは?」

「頼めるか?」

「うん」

 リーゼが、ヤスからコップを受け取って、自分のコップと一緒に厨房に入っていった。

 残っていたアフネスが、リーゼが座っていた場所に座って、肘を付いて顎に手を置いてヤスに話しかけてきた。

「ねぇヤス」

「なんだ?」

「これから、いろいろな場所に行くつもりなのでしょ?」

「そのつもりだけど?」

「悪い事は言わないから、糸引き豆(納豆)と生卵と魚油(魚醤)は、食べないほうがいいわよ。街に居るエルフ族だけの時は別にして、他の種族が居る時には避けたほうがいいわよ?」

「なんでだ?あんなに美味しいのに?」

 厨房から、リーゼとロブアンがなにか言い争っている声が聞こえる。
 まだ戻ってくる様子がない事から、アフネスは話を続ける事にしたようだ。

「あの料理は、ロブアン(バカ旦那)が出した物だけど、一部のエルフ族や獣人族が好んで食べたりしているけど・・・。人非人が食べていた物だからだよ」

「へぇ・・・。それで?」

「そう言えば、そういう人だったわね。だから、ヤスが人非人だと思われるのは困るわよね?」

「そうなのか?」

 アフネスは大きなため息をついて、首を横にふる

「そうなのよ。エルフ族なら、糸引き豆(納豆)と生卵は、昔から食べていたから問題は無いのだけど、他の種族は食べないから注意しなさいね」

「お!わかった。食べたくなったら、ここに来ればいいだけだな」

「はぁ・・・。そうね。そう思ってくれればいいわ」

 アフネスの大きなため息だけが朝食が終わった食堂に響いた。

「はい!ヤス」

 ヤスは、リーゼが持ってきた果実水を受け取った。

「お!冷やしてくれたのか?」

「うん!この方が美味しいでしょ?」

 リーゼから受け取ってからすぐに口をつける。

「ありがとう!うん!うまい!」

 リーゼに礼をつ会えてから一気に飲み干した。
 ヤスは”さてっ”といいながら立ち上がった。

「アフネス。リーゼ。それから、ロブアン。世話になった。神殿に行ってみるわ!」

「え?もう行くの?」

「あぁ早めに行って、確認してダーホスに報告しないと駄目だろう?」

「そうだよね。ねぇヤス。僕も一緒に」「リーゼは、後片付けと宿の仕事が有るでしょ?」

 リーゼがヤスに付いていこうとしたのだが、アフネスに止められた。

「それに、ヤスはまた来るでしょ?」

「あぁ。食事がうまいからな。また来るよ」

「本当!」

「あぁ本当だ」

「わかった」

 もともと荷物は、エミリアと小銭だけだったヤスはそのまま裏門に向かって歩いていった。

「ヤス!」

 後ろからイザークが走りながら、ヤスを呼んでいる。

「どうした?」

「はぁはぁはぁ」

「落ち着けよ」

「おぉっ・・・・。ふぅ・・・。ヤス。これから、神殿に行くのか?」

「そのつもりだ」

「よかった。間に合った・・・・」

「ん?」

 ヤスが不思議に思うのは当然だ。イザークには用事はないと思っていた。

 イザークの話は、町として当然の事だ。
 裏門は、常に閉じている。そのために、次回から一度表門でギルドカードを見せてから、裏門の鍵を預かってから、裏門に回って入って欲しいという事だ。裏門を常に開けておくのは問題だが、表門にアーティファクト(ディアナ)を置いておくのはもっと問題だ。
 そのために、一度ヤスに鍵を預けてから、裏門から入ってもらう事にしたようだ。

 ディアナは、昨日置いた場所の近くなら問題ないという話だ。門の外なので、好きにして良いという事だ。

 ヤスとイザークは、裏門まで一緒に歩いて、裏門から出て鍵をかける。

「イザーク。表門まで送っていくよ。乗れよ」

「いいのか?」

「あぁその方が早いからな」

「ありがとうな」

 イザークに、町のことを聞いた。
 ユーラットは、王家直轄領の中で最小のために、代官が置かれていない。
 代わりに、ギルドの責任者が代官を兼ねているという事だ。

 簡単にいうと、ダーホスが代官の役目も担っているという事だ。権限は一切持っていない。ただの代理でしかない。

 税に関しては、人頭税だけで年に一度、徴税吏員が町に来ることになっている。

「ついだぞ」

 ディアナは表門に到着した。

「本当に、早いな」

「そうだろう!」

「ヤスは、戻って神殿に行くのか?」

「そのつもりだ」

「思い出せるといいな」

「あぁでも、思い出さなくても、ユーラットの町に迎い入れてくれるのだろう?」

「もちろんだ!俺たちは、ヤスを歓迎するぞ!そのアーティファクトだけでもいろいろできそうだからな!」

「ハハハ。嬉しいよ。俺じゃなくて、ディアナ(アーティファクト)の方が重要のようだけどな」

「違う。違う?」

「なぜ、疑問形で答える」

「ヤスが居ないと、そのアーティファクトは動かせないのだから、ヤスが重要だってことだろう?」

「まぁいいよ。イザーク。いろいろと助かった。神殿の事が解ったら戻ってくる!その時はよろしく!」

「わかった!」

 ヤスとイザークは握手をした。
 イザークは、鍵を受け取って門番に戻るようだ。ヤスは、ディアナに乗ってUターンしてから、裏門に一度出だ。そこから神殿に向かう事にした。

 ディアナに乗り込んだヤスは1つ忘れていたことを思い出した。

「エミリア。マルスはどうしている?」

『マルスは、拠点の拡張を行っております』

「拡張?」

『マスターが確保いたしました神殿の大きさが把握できました』

「ん?」

『先日の個体名アフネスの話から、マスターの拠点の広さを限界まで広げております』

「どういう事だ?」

『地域名ブレフ山、地域名アトス山、地域名ザール山、地域名フェレンの確保を行っています』

「山?フェレン?」

『神殿の支配地域を拠点とリンクさせています。地域名フェレンは、山に広がる森の名称です』

「支配領域になると、なにか変わるのか?」

『今は、なにもありません』

「は?」

『今後の対策として支配領域への侵入を検知・阻害する事ができます』

「侵入の検知と阻害?」

『詳しくは、拠点でご説明いたします』

「わかった」

 エミリアが説明をしている最中にも、ディアナはユーラット側道(ヤス命名)を走っている。丁度、裏門に出たところだ。

(この辺りに、駐車スペースを作っておきたいな。まずは、金を稼いでからだな)

 ディアナを拠点に向けて走らせる。
 速度は時速10キロに固定した。ディアナに自動運転モードで走らせている。

 自分自身でも運転はできるのだが、エミリアから自動運転を進められた。どうやら、ユーラットから拠点に向かう道は整備されていないようだ。それも当然だろう、ユーラット-拠点(神殿)ルートは、冒険者が依頼として神殿の様子を見に行く時にしか使われない。それも、数年に一度だ。直近では、5年前に調査されたのが最後だ。

(道の整備が先だな。どうやってやろう?)

 ゆっくり走るディアナの窓から外を眺めながらヤスは街道の整備を考えているが、答えが出るような事ではない。

(この辺りは、魔物は居ないのだな)

 ディスプレイには、赤い点が見られない。

「エミリア。この辺りには、魔物は居ないのだな?」

『神域のため、弱い魔物は存在しません』

「ん?弱くない魔物は?」

『神殿の中に存在します』

「え?大丈夫なのか?」

『支配領域にしたために、魔物は出現しません』

「出現しないけど、すでに居るのだよな?」

『はい。マルスが駆除できますが?神殿の権能を使うために、討伐記録になりません』

「うーん。それじゃ保留で、後で詳しく聞く事にする」

『了』

 約2時間30分かけてユーラットから拠点への(獣道)を進んだ。
 途中からディアナでは通る事ができそうにない道幅になってしまったために、エミリアの助言にしたがって、木を倒しながら進んだ。そのために、予定の倍以上の時間がかかってしまった。

(うーん。バギーじゃなくて、ラリーカーが欲しいな)

 ヤスは拠点の入り口にたどり着いた。

(疲れた)

(俺が運転したわけじゃないが、精神的に疲れた。街道の整備は必要だ、やらないと楽しめそうにない。やることが多そうだ。まずは、定期的に金が入ってくる状態を作らないと生活ができない。それに、うまくやらないとディアナを使っての運送業にもいろいろ制限が出そうだ)

(まずは、拠点の把握からだ!)

 ヤスの眼の前に広がるのは、何もない広大な空き地だ。

 しかし、空き地に足を踏み入れようとしても入る事ができない。

「エミリア!」

『マルスが答えます。マスター。魔力登録をお願いいたします』

「わかった。どうすればいい?」

『足元が、神域の境界です。地面に魔力を流すようにお願いいたします』

 ヤスが地面に手をついて、魔力を放出するイメージで流すとヤスから光が空き地を包むように広がっていく。

「マルス!」

『ありがとうございます。これで、神域はマスターの物になりました。続きまして、正面にある建物までお願いします』

「わかった」

 マルスは建物と説明したのだが”かつて神殿だった物”と行っても問題ない位に朽ち果てている。

 建物まで、10分位かかってしまった。
 途中でヤスはディアナで来ればよかったと何度考えたことか・・・。

『マスター。扉に魔力を流してください』

「わかった」

 ヤスは同じ要領で扉に触れて魔力を流し込む。

 神殿を中心に光が周りに広がっていく・・・。

『マスター。神殿への干渉が可能になりました。エミリアを御覧ください』

 ヤスは、エミリアを取り出して確認する。

 今までは、マルスというアイコンだけが存在していたのだが、マルスのアイコンの名前がディアナに変わっている。
 建物のアイコンが増えて、マルスと名前がつけられている。人のアイコンがあり、ヤスとなっている。

「マルス。これは?」

『今後マスターの道具となる”車”はディアナが管理します。マルスは、拠点及び神殿の管理を行います。マスターの情報も管理/閲覧できます』

「よくわからんが、わかった」

 ヤスは、エミリアの操作を始めたが、操作項目(できること)が少ないのに気がついた。

「マルス。あまり操作項目(できること)が少ないな」

『討伐記録で増やす事で、操作項目(できること)が増えます』

「やっぱり、そこに行き着くのだな」

『マスター。現在、コボルトとゴブリンとオークの討伐記録があります。神殿の補修を優先したいのですがよろしいでしょうか?』

「そうだ、忘れていた。マルス。神殿を攻略した証明とかできるのか?」

『可能です』

「どうしたらいい?」

『最奥部にある。神殿のコアを見せれば大丈夫です』

「・・・。わかった。今度、ダーホスを連れてくるから、準備を頼む」

『了』

「そう言えば、マルスもエミリアも喋り方が大分人間に寄っているようだが?」

『はい。個体名リーゼや個体名アフネスや個体名イザークや個体名ダーホスとマスターの会話から学びました。不快でしたら戻します』

「いや、今のままで問題ない」

『了』

 この時点で、多少の設定の矛盾があるがヤスは気にしない事にした。
 自分が考えてもしょうがないという思いも有るし、なんとかなるという思いも有る。全部”アーティファクト”の一言で済ます事を考えている。それが通用しないときには、神殿の権能という事もできると思っていた。

 事実、調べてもわからない物がアーティファクトと呼ばれている。そして、神殿の権能は”よく解っていない”事だけが解っている事だ。
 解っていないのだが、コアを最初に触れた者が支配する権利を有する事は解っている。その者が死去した(魔力的な繋がりが切れた)場合は、登録の書き換えを行えば新たな支配者を置くことができる事までは解っている。
 実際に、バッケスホーフ王国の王宮地下に存在している神殿のコアは代々王家の者に引き継がれる事になっている。

「マルス。ディアナにトレーラーを作りたいけどどうしたらいい?」

『エミリアから作成が可能です』

「ん?あぁディアナアプリか?」

『はい』

 ヤスは、ディアナアプリを起動した。
 現状利用できるマシンが表示されていて、新規作成となっている部分もある。
 一覧に表示されているトラクターを選択すると、オプションが表示されるが、現状で選択できるオプションは何もない状態になっている。下部にある新規作成を選択すると、作る事ができるオプションが一覧で表示されて、必要なポイントが表示されている。
 現状では、ポイントが足りていないのか、全てがENABLEになっていない。

「マルス。”ポイント”てなんだ?」

『討伐ポイントです。討伐記録が数値化された物です』

「それは、どこで見ればいい?」

『マスターアプリから確認できます』

 ヤスは、言われたとおりに”ヤスアプリ”を起動する。
 ステータスが表示されて、伴侶が空白になっている。

 ポイントは、10ポイントと表示されていた。

 マルスを起動すると、神殿内部を見る事ができるようだ。1階層より上層階は居住区になっているようだ。
 地下にマップが広がっているのがわかる。そこには、赤い点で魔物が存在しているのがわかった。

 ヤスは、アプリを眺めていたが、10ポイントでは何もできそうもなかった。

「なにか方法はないかな?」

『マスター。神殿の権能をお使いください。神殿の権能は、魔力によって動作します。マスターの魔力を、神殿に流し込む事で、施設を充実させる事ができます』

「ん?討伐記録・・・。討伐ポイントとは違うのか?」

『同義だとお考えください。マスターの権能である”スキルマルス”は討伐ポイントが必要になります』

「・・・・。マルス。神殿の地下1階層に、最弱の魔物を配置する事はできるか?」

『可能です』

「それを、俺が倒せば、討伐ポイントになるよな?」

『なります』

「何が配置できる?」

『”マルスアプリ”からご確認ください。現在、神殿に存在している魔物が一覧で表示されます。なお、魔物の名前はマスターの記憶を利用しております』

 ヤスは、言われたとおりに、マルスアプリから魔物を確認した。
 殆どの魔物の名前がわからない状況になっていた。

「マルス。魔物の写真だけを表示する事はできるか?」

『可能です』

「設定しておいてくれ、ダーホスやドーリスに確認して名前がわかる魔物や性質がわかる状態にしておきたい」

『了』

(スライムは、倒すのが面倒だろう・・・、ラノベ設定では・・・。ゴブリンやコボルトは、俺が倒せるか不安だ。強さは大丈夫だろうけど、精神的に難しそうだ。何か無いかな・・・)

 ヤスは、アプリに出ている魔物を眺めながらなにか良さそうな魔物がいないか探している。
 討伐ポイントが高くて楽に倒せそうで、血が出ないもの・・・。とてつもなく難しい条件で探していたのだ。

 そして、1つの魔物のページで手が止まった。

「マルス。神殿の権能で、魔物を出す時に出現場所の指定はできるのか?」

『可能です』

「やり方は?」

『神殿のマップ上を選択して、配置する魔物を選択すれば出現します』

「わかった。魔力は、神殿に流せばいいのか?」

『はい』

「魔力量はどこでわかる?」

『”マルスアプリ”に表示されます』

 ヤスが起動したマルスアプリのステータスを見ると、魔力ポイントと表示されている部分があり、100ポイントと表示されていた。
 ヤスが見つけた魔物は、6000ポイントで討伐ポイントが12000と破格な魔物だ。

 ちなみに、ゴブリンは出現させるのに20ポイントで討伐ポイント2となっている。コボルトは、ゴブリンの半分になっている。殆どの魔物が、出現ポイントの1/10が討伐ポイントになっているのに、ヤスが見つけた魔物は討伐ポイントが倍になっているのだ。

 ヤスは、6000になるまで魔力を流し込んだ。

(よし!)

 ヤスは、魔力ポイントが溜まったことを確認してから、地下1階に移動した。
 もちろん怖いので地下1階に居た魔物は全部削除している。階段の近くにある小部屋に入って扉を閉める。

 ヤスが呼び出そうとしている魔物は、ゴールデンスカラベだ。ヤスは、名前からフンコロガシだと予想している。そして、某国民的RPGに出てくる特別なスライムのような物ではないかと思っている。

 ゴールデンスカラベを配置してすぐに、5cm程度の黄金のフンコロガシが現れる。
 ヤスは、迷わず踏み潰す。逃げられたらもったいないと思ったのだ。
 ヤスの目論見通りにゴールデンスカラベはヤスの力で踏みつけた事で討伐する事ができた。

 ヤスは、魔力が続く限りこれを繰り返した。
 実際にヤスの魔力は多少人よりも多いレベルだったのだが、ゴールデンスカラベを討伐する事で、魔力の底上げができてしまったのだ。

 そして、ヤスの見立て通りゴールデンスカラベは、特別な魔物だった。
 ゴールデンスカラベは敏捷性に特化した魔物で、見つけてもすぐに逃げてしまう。倒せば、討伐ポイントが大量に入る事や金を落とす事が有るために、冒険者からは見つけたらすぐに討伐しなければならない魔物として認知されていた。1、000体の魔物(スカラベ)を見つけて1体の見つける事ができるかどうか・・・。可能性として、0.1%未満の希少性が高い魔物なのだ。

 その希少性が高い魔物を、ヤスは調子に乗って大量討伐を始めたのであった。

 エミリアのディアナアプリで、討伐ポイントを確認したヤスは、自分がやってしまった事にようやく気がついた。
 ポイントが、80万ほどになっていたのだ。ゴールデンスカラベを100体ほど倒していたのだ。時間にして、3時間・・・。繰り返していたのだ。

 当初は自分の魔力を使ってゴールデンスカラベを出現させて討伐していたのだが、討伐ポイントが魔力ポイントに変換できることを知ったヤスは、ゴールデンスカラベを倒して得た討伐ポイントを魔力ポイントに変換して、ゴールデンスカラベを出したのだ。ヤス自身の魔力を使うよりも効率は落ちるのだが、討伐ポイントが楽に増える方法として実行していたのだ。

 足元に転がった2cm四方程度の”(ゴールド)”も拾わないで居たので、”(ゴールド)”もかなり溜まっていた。

「マルス。この金・・・。ギルドで換金したら駄目だよな?」

『神殿で見つけた事にすれば問題ありません』

「お!それなら拾っておくか!」

 全部で、29枚の金片を拾う事ができた。

(さて、(ゴールド)も手に入った事だし、ディアナオプションでも作ろうかな)

 ヤスは、ディアナアプリを起動した。
 まずは、獲得した討伐ポイントで何ができるのかを確認してみる事にしたようだ。

--- ヤスの思考 ---

 おいおい

 乗用車のラインナップが偏っている。ラリーカーで、ヤリスが掲載されているけど・・・ぉ!CIVIC Type-R のラリー仕様車?
 駄目だ。高くて買えない。車は、買えそうにないな。ディアナのオプションも、1-2千万のポイントが必要になる。ドライブレコーダーとかなら安いけど、現状で必要ではないからな。

 バイク?
 モンキー125<ABS>が、43万ポイントで購入できる。色も選べるし、オプションも選べるようだな。
 モンキーの色は、赤色一択!自動運転は・・・。高いな。60万ポイントも必要になる。ナビが、10万ポイントだけど・・・。必要か?

「エミリア」

『はい。マスター』

「例えば、フェレンの森に入って、エミリアにナビを頼むような事は可能か?」

『できます』

 それなら、ナビは必要ないな。
 ノーパンクタイヤにして、サスペンションを交換して、ライトを強化して・・・。おっ!結界とかあるのか、安・・・1000ポイントで付けられるようだ。結界の種類が複数あるな。物理結界と魔法結界か、2つとも必要だな。2つ同時につけられそうだな。
 魔法媒体?あぁモンキーから魔法を打つことができるのか?安いから付けておくか?

 いろいろオプションを付けていくと、60万ポイント位になってしまったな。
 えぇぇい度胸だ!駄目だったら、またゴールデンスカラベを殺しまくればいい。

---

 ヤスは、自分にいろいろ言い訳をしながら、日本に居たときにニュースで知ってから欲しかったモンキー125を購入した。
 もちろん、使い途を考えたわけではない。自分が欲しかったただそれだけの理由で購入したのだ。

 そのために、討伐ポイントの残りは20万を切ってしまっている。

『マスター。残りの討伐ポイントで、神殿の補強を行うことを推奨いたします』

 マルスからの問いかけまで、ヤスは神殿の事を完全に忘れていた。

「そっそうだな。頼む。俺の寝所とかも作れるのか?」

『問題ありません』

「頼む」

『了』

 神殿の事とか、ダーホスの事とか、一切合切忘れて、ヤスはディアナアプリを操作した。
 購入したモンキーに乗るためだ。

 ガレージという名前のタグが増えている。管理する車体が複数になったので出てきたのだろう。
 購入したモンキーをタップすると、”初回出現時間:7分”と表示される。迷うこと無く、承認をタップする。どうやら、討伐ポイントを使ってこの時間も短縮できるようだが、ヤスは7分間待つ選択をした。
 その間、変わっていく神殿を見守っている。

 神殿が劇的に・・・。変わっていない。
 外観は殆ど変えないようだ。

 エミリアのマルスアプリからの連続でメッセージが通知されている。ヤスは、もちろん読み飛ばしている。大事な事は、マルスかエミリアが教えてくれるだろうと考えているのだ。事実、大事な承認ごとはアプリから承認を求める画面が表示される。ヤスは、画面を確認して承認ボタンをタップしている。
 内容を見ては居るが認識して考えているとは思えない。
 マルスから神殿内部の構造に関する提案も有ったのだが、全部承認しただけだ。

「マルス。地下の改装も頼みたいけど大丈夫か?」

『どのようにしますか?』

「全部で5階層にできるか?」

『可能です』

「神殿には、俺しか入る事ができないのだよな?」

『はい。マスターと伴侶と永続奴隷だけです』

「うーん。なんとかならない?」

『”なんとか”とは?』

「居住区に入る事ができないのは、しょうがないとしても、地下施設には入ってもらわないと困るよな?ダーホスにコアの確認をしてもらう必要があるのだよな?」

『マスター。説明が足りませんでした。神殿は、2つに分かれています』

「2つ?」

『はい。1つは、居住区。こちらは、安全のために、マスターと伴侶と永続奴隷しか入る事ができません』

「あぁ」

『神殿区は、もともと地下に広がっている空間です。この部分は、マスターが許可すれば誰でも入る事ができます』

「それなら大丈夫か?それは、他の神殿でも同じなのか?」

『同じですが、コアの場所を隠す事や、コアを奪われないために、秘匿するのが一般的です』

「そうか・・・。そうだ!コア=マルスだとおもっていいのか?」

『間違いではありません。コアの機能は、マルスが乗っ取りました』

「ん?まぁいい。わかった、大丈夫なら、地下は5階層で、俺の知識を使って、ダンジョンっぽくしてくれ」

『かしこまりました。魔物はどういたしましょう?』

「必要ない。そうだ。マルスなら、車の幅はわかるよな?」

『はい』

「それなら、ダンジョンの道幅は、ディアナがトレーラーを引いていない状態で走れるサイズにしてくれ、入り口もサイズをあわせてくれ」

『了』

 ヤスとマルスが話し込んでいる?状況でも、ディアナアプリのモンキーの出現は進んでいる。
 残り時間は、1分を切っている。ヤスは、減っていくカウントをワクワクしながら見ている。

(5)(4)(3)(2)(1)(!!!)

(ん?)

 ヤスは、カウントダウンが終了すれば目の前にカスタマイズしたモンキーが顕現すると考えていた。

 エミリアが振動した。
 ヤスが画面を確認すると、ディアナアプリからメッセージが表示されていた。

”出現場所を選択してください”

 選択肢が表示されるのかと思って、見てみるが表示されているのは”+”の表示だけ・・・。

 画面上に一覧で表示されているのを期待したのだが、まずは出現場所を作成する必要がありそうだ。

 ヤスは、”+”をタップした。

(ふーん。駐車場の領域を確保して、そのどこに出現させるか・・・。ん?ディアナの場所も必要なのか?)

(そうか、普段は?ディアナアプリの中に入っていて、それを取り出す場所の設定をするという感じだな)

(そうなると、工房は神殿の中に作ったほうが良さそうだな。駐車場も同じように、神殿の中だな)

「マルス」

『はい』

「神殿だけど、少し訂正。2階層分を、駐車スペースと工房に設定」

『了』

『マスター。工房を作るには、討伐ポイントが不足しています』

「そうか・・・!!!そうだ、マルス!ディアナの自動操縦は可能だよな?」

『可能です。ただし、マスターの様に運転する事はできません』

「わかっている。それなら、神殿の内部に魔物を出現させて、ディアナで討伐したらどうだ?」

『計算中・・・・。マスターに残念なお知らせです。マスターが魔力を注入しない限り、討伐ポイントが増えません』

「ん?俺が魔力を提供すればいいのか?」

『はい。ただし、現状ディアナで安全に討伐できるのは、オーク種であると想定し計算を実行したところ、工房を作るまでに、2057日19時間42分必要です』

「はぁ?却下だ。その間、俺が魔力を提供し続けなければならないのだよな?」

『はい。現状居る魔物を討伐する事で、討伐ポイントを得る事ができます』

「ん?魔物は消したよな?」

『最初から居た魔物は、現在地下3階と地下4階に移動しています。これらは、討伐ポイントの対象になります』

「ディアナで倒せるのか?」

『不明です。ただし、全力でぶつかれば可能だと判断できます』

「わかった、少し保留する」

『わかりました』

「まずは、駐車スペースの確保。そうだな。駐車スペースは地下1階にしろ、工房用に地下2階を使えるようにしろ。地下3階と地下4階はダンジョンにして、地下5階はボス部屋とコアの部屋まで一本道にしろ。内装や様式は、俺の記憶を参照しろ」

『了』

 ヤスは、駐車スペースから居住スペースに移動した。

「マルス。これから、居住スペースを、俺の家にする。呼称もだけど、設備とかも揃えていくからな。まずは、この世界にある物で揃えていこう」

『了。居住スペースを、”家”と呼称』

「それから、マルスは、神殿の領域内なら声が届けられるようだけど、緊急の時以外は神殿の1階部分でのみ受け答えをするように、家は2階から上のみとする」

『了。1階部分は、神殿スペースとする。地下1階から神殿とする。地上2階よりも上がマスターの居住スペースで”家”と呼称する。セキュリティの設定をあわせます』

「そうだ。それから、駐車スペースの準備はできているのか?」

『問題ありません』

 ヤスは、マルスの言葉を聞いて移動を開始した。
 地下スペースは、天井がやたら高い駐車場になっている。クレーン車とかでも問題なく停めておくことができそうな高さだ。15m位は有るだろう。

 ヤスは、その中からスロープに近い場所を駐輪スペースに決めた。
 これからもバイクや自転車を購入?する予定なので、少し広めに設定した。駐車スペースは車種別になっていて、小型車から超大型車に分かれている。出口のスロープは一箇所だけだが、マルスオプションの駐車スペースを見てみると、カーリフトも購入?できるようなので、ヤスは討伐ポイントを貯める決心をした。

 駐車スペースを確保した事で、もう一度モンキーを呼び出す。

 懐かしさを感じるフォルムなのに、125ccという排気量を持つバイクだ。ヤスは、50ccのモンキーを持っていた。近所の買い物に便利に使っていたのだ。

 ディアナで通ってきたユーラットから神殿までの道は、車で移動するよりもバイクのほうがいいだろうと判断していたのだ。ただ単純に、モンキーが欲しかったというのは、8割り程度で残り2割は実用性を考えた結果だ。

 モンキーのエンジンをスタートさせる。

「マルス・・・は、上か・・・。エミリア!」

『はい』

「ガソリンはどうなっている?」

『ガソリンはありません』

「え?でも、エンジンがかかっているぞ?」

『魔力で代替えします。マスターが供給する必要があります』

「そうなると、俺がやらないとダメなのか?」

『駐車スペースに置かれている場合には、自然に魔力が充填されます』

「わかった。それなら、俺と一緒なら途中でガス欠になるような事は無いのだな?」

『わかりません。マスターの魔力が枯渇したら、ガス欠の危険性があります』

「そりゃぁそうだ」

『また、機種名モンキーは魔法を使う事ができます。魔法の種類によっては、魔力が大幅に必要になる事が考えられます』

「わかった。魔力は、ガソリンメーターに表示されている量でいいのだな?」

『了』

 ヤスは、エンジンをかけたまま、モンキーを押して1階に上がった。

「マルス。ユーラットに行ってくる」

『かしこまりました。マスター。神殿の拡張後、神殿に居る魔物の対処はどうしましょうか?』

「ディアナで倒せそうなら、ディアナで対処してくれ」

『了』

 ヤスは、そのまま広大な何もない場所に出てからモンキーに再度またがった。
 ヘルメットがない事に気がついたが、気にしないことにしたようだ。警察が居るわけではない。一応、モンキーに付けた結界を発動してから、クラッチを繋いでアクセルを開ける。

 ゆっくりとした速度で走り始める。
 ヤスは、徐々にアクセスを開けて速度を出していく。

 不思議に思ったようだ。速度は、メーターを見ても流れる景色を見てもかなり出ている。しかし、風を感じる事ができないのだ、車の中に居て振動や景色から速度は感じるのと同じ感覚になっている。バイクの楽しみである風を感じる事ができない。

 ヤスは、手元を見て結界を解除する。

(そうか、結界があると風を感じる事ができないのだな。安全を考えると、結界が有ったほうが良さそうだけど、考えどころだな)

 結界を発動させてから、ユーラットに向けて出発する事にした。
 ゴールデンスカラベを倒した事で、金が手に入ったし、ギルドで少しだけ換金するつもりで居たのだ。

 それほど速度が出せるわけではないが、ディアナで走るよりは速度が出せる状況のようだ。

 ディアナで木々を倒した事もあり、スムーズにユーラットの裏門にたどり着いた。
 何度か、途中でエミリアを確認したが、近くに魔物が居る様子はなかった。

 裏門から、表門に移動した。
 すでに夕方と思われる時間だったが、門にはイザークが居た。

「イザーク!」

「お!ヤス。どうした?え?それは?」

「これも、アーティファクトだ。モンキーという乗り物だ」

「へぇ・・・。あ?それで?どうした?」

 イザークは、ヤスの事に関しては深く考えないことにしたようだ。
 神殿を攻略していれば、アーティファクトを複数持っていても不思議ではないと勝手に解釈したのだ。それに、聞いても答えない可能性が有る事に時間を取られるのも馬鹿らしいという思いもある。

「そうだ。ギルドの責任者・・・。ダーホスに、”神殿に来て欲しい”と伝えたくて来た。いろいろ解って問題がない事が確認できた」

「それだけか?」

「そうだ」

「わかった、俺から伝えておく。今日はどうする?ロブアンのところに泊まるのか?」

「いいや、今日は神殿に帰る。向こうに寝床があるからな」

「・・・。そうか、わかった。ダーホスと・・・。多分、アフネスが行くことになると思う」

「わかった。”待っている”と伝えてくれ」

「了解!なぁヤス。それも・・・」

「あぁ悪い。今の所、俺しか操作できそうにない」

「そうか、残念だな。おっと、悪い。早くしないと暗くなってしまうな。夜になれば、魔物が出る可能性が高まるからな。アーティファクトがあるからって安心しないで、注意して帰ってくれよな」

「おぉ。イザーク。ありがとう。それじゃ、伝言を頼む」

「わかった!またな!」

「あぁまた来る!」

 ヤスは、かっこよくターンを決めたのだが、イザークには目の前で行われた事が、難しいことなのか判断する事ができないので、”ポカーン”とした表情で走り去るヤスを見送るしかなかった。

 ヤスは、そのまま裏門に抜けてから、神殿に帰っていくつもりだった。ギルドで、金を買い取ってもらう事はすっかり完全に頭から抜けていた。

”マスター。魔物の反応です”

 神殿に向かう街道に入ろうとした時に、エミリアからの通知が入った。
 ヤスは、モンキーを停めてエミリアを取り出した。

「魔物の確認をするには?」

『ディアナアプリからマップを開いてください』

 エミリアからの操作指示を受けながら、画面を確認する。
 確かに、魔物の反応があるが、神殿とは違う方向だ。魔の森(フェレン)方面だ。町から、1km程度の場所のようだ。

「ん?エミリア。魔物の探索範囲が広がったのか?」

『いえ』

「前は、500m程度だったよな?」

『はい』

「今は、範囲が1kmに見えるぞ?」

『マルスの支配領域が広がっている関係で探知ができるようになりました』

「そうなると、今後も通知が来るのか?切る事はできるか?」

『可能です。呼称名フェレンから出てきた場合に通知する事も可能です』

「それで頼む、それから、支配領域が広がって内部まで管理できるようになったら、大きめの集落ができたら知らせるようにしてくれ」

『”大きめ”が曖昧です』

「そうか、30体以上が一箇所に集まったら通知してくれ」

『了』

 エミリアに指示を出してから、今回の魔物が森の中に居る事や、5体の集団だったこともあり、ヤスは無視する事にした。怖いわけではない。面倒なわけではない。モンキーで討伐できる自身がなかったわけではない。そう、自分に言い聞かせたのだが、言い訳では自分を納得させる事ができなかった。

 モンキーにまたがって、神殿に帰る事にしたようだ。

 そして、ヤスは帰ってから大きなミスに気がついたのだ。

 ヤスは、モンキーでのドライブを楽しんでいる。
 舗装されていない山道で、モンキーで走るには不適切かもしれないオフローダーの方が適しているだろうとは思っているが、ヤスは気にしないでスロットルを開けていく、カーブを攻めて日本に居た時だと(法律的な意味で)不可能な運転を楽しんでいる。

 無茶な運転をしているのも、結界を発動している事が大きな理由になっている。

(うーん。楽しい!この山道を、時速60キロで抜けられる。舗装したら、もっと出せそうだな。アスファルトってどうやって作るのだったかな?マルス・・・。作り方を知らないかな?コンクリートでも舗装したらだいぶ違うよな?)

 そんなことを考えながら、夕暮れになって薄暗くなった神殿への道を、ヘッドライトを点灯させて爆走した。

(そういやぁリーゼは、何を持ってどこに行こうとしていたのだ?聞いたら厄介事になるのはわかっているが聞かないと駄目なのだろうな)

(リーゼを連れて行くのなら・・・。ディアナでは大きすぎるし目立つよな?コンパクトカーが丁度いいかな?)

 この時点で、ヤスは大きな勘違いをしていた。ディアナ=トラクターはたしか大きくて目立つのだが、日本では目立つ程度で済んでいた話だ。内装を大きく改造してしまって、それに合わせて外装も法律の範囲内でいじってしまっている。通常のトラクターとは見た目が少し違っていた。しかし、日本では”少し不思議なトラクター”で済んでいたのだ。コンパクトカーで移動すれば目立つ事は無いだろう。多少改造したとしても、痛車やラリー仕様にしなければ、ごくごく一般的な範囲でおさめる事ができるだろう。
 しかし、ここは異世界なのだ。車がなかった世界だ。馬車は走っているのだが、馬やテイムされた魔物が牽いている物だ。それも、材料は一部に鉄やそれに類する金属が利用されているのだが、ほとんどの部分が木材と魔物由来の素材でできている。
 そこに異質な乗り物=車が走っていれば必然として・・・”目立つ”事は自明だろう。

 些細な問題を抱えながら、拠点に到着したヤスは神殿の中に入っていく。
 モンキーを駐輪スペースに置いて、家に向かう事にした。

(エレベータが欲しいな。きっと高いのだろうな。でも、あると便利だよな)

 入り口が複数になるので、認証の問題が発生するのだが、そんな事は考えもしない。自分が楽になる為ならエレベータの設置も考えるだろう。

(ディアナが無いな?マルスと一緒に魔物討伐にでも出ているのか?)

(ん?)

 ディアナアプリを起動すると、ディアナの損傷率が21%になっている。

(!!)

 ヤスは急いて1階部分に上がった。

「マルス!」

『マスター。おかえりなさい。家の設備の確認をお願いします』

「それは、後でやる!ディアナの損傷が21%になっているぞ!大丈夫なのか?」

『現在、4階層で魔物の掃討を行っております。しばらくお待ち下さい』

「違う!”大丈夫か”と聞いている」

『大丈夫です』

「わかった。絶対に無理はするな」

『了』

 少し落ち着いた状態で、エミリアを確認してみる事にしたようだ。
 マルスアプリを起動して、ディアナの現在位置の確認をした。

 確かに、4階層に居るようだ。

「ん?マルス。討伐ポイントが増えている・・・。よな?」

『はい。神殿に居た魔物は消去しないで、ディアナに討伐させています』

「そうなのか?」

『はい。討伐ポイントを利用して、マスターの家の充実を行う必要があります』

「そう・・・。なのか?」

『はい』

 地下4階の状態ではなく、地上1階部分の見取り図を表示した。

(たしかに・・・。何もない。地下に降りる階段位は飾っておくか?)

 表示されている1階の見取り図を拡大して、地下に降りる場所を入り口から近くした。
 ヤスなりに考えた結果だ。排気ガスは出ていないのだが、気分的な問題として家の中を走らせるのは”駄目だろう”と考えた。地下に繋がる場所を、そのまま表現在の入り口とは違う場所に繋げた。
 これで、家が駐車スペース=神殿と完全に分離した形になる。
 当初、ヤスがマルスに命じた設定が崩れたのだが、ヤスはこれが正しい形だと思っているようだ。

 討伐ポイントを確認したヤスはマルスに問いかける。

「マルス。討伐ポイントは、どこまで使っていい?」

『マスターの物です。お好きにお使いください』

「わかった」

 ヤスは討伐ポイントを確認してニヤリと顔を歪めた。

 討伐ポイントは、500万ポイントほどまで増えていた。

 ディアナは、現在4階層の魔物を掃討している。この時点で、溜まった討伐ポイントになる。

 ヤスがまず手を付けたのは、出入り口を自動シャッターにする事だ。
 130万討伐ポイント程度が必要だったのだが、ヤスは躊躇せずに自動式のシャッターを選択して購入した。シャッターの操作は、エミリアで行う事ができるようだ、ほかにも音声入力にも対応している。音声を登録しておく事で、シャッターの開閉ができるようになっている。大型車も大丈夫なように、ある程度の大きさにしたのだが、本当の大型車は別に車両用エレベータを設置する事を考えている。今は必要ない物なので、設置は後日に回すようだ。

 家の内装を整える事にしたヤスは、当面は自分しか入らない場所なので、遠慮する事なく”日本由来と思われる”物を多数配置した。
 エアコンのような物は、寝室にした部屋とリビングにした部屋に設置した。拡張が後からできる事もわかっているので、今は2LDKの広さにしている。他にも、風呂とトイレにはポイントをつぎ込んだ。

「マルス。家電が有るけど、魔力で動くのか?」

『神殿からの供給です』

「神殿の魔力は大丈夫なのか?」

『問題ありません。使わないと、魔物が自動出現する可能性がありますので、魔力を消費してください』

「わかった!」

 給湯システムは、日本式ではないようだが、火の魔法が・・・とか説明は書かれていたが、ヤスは適温のお湯が出て、浴槽にお湯を貯めることができれば問題ないと説明は読み飛ばして、どんどん設置していく。トイレは3か所作った。もちろん温水洗浄付き便座だ。
 布団も討伐ポイントで購入できるようだ。ヤスは、高級布団を購入する事にしたようだ。
 キッチンもオール家電(魔力)の物があったので設置した。冷蔵庫にスチームレンジも、料理なんてしないのに配置をした。欲しいと思っていた、料理家電もいろいろと購入して配置していった。家具は、日本式ではなかったので、使いやすそうな物を適当に購入していった。
 地下1階から家に入るためのエレベータも設置した。日本由来の物かと思ったが、魔物素材でもともと魔法で動作していた物があり、思った以上にやすかったのだ。

 ヤスは気がついたら、500万近くあったポイントも残高が7万ポイントになってしまっていた。

「さて、なにか食べるものを・・・」

(ん?サ○マドロップだけしかない?)

 マルスアプリの討伐ポイントで交換できる物リストの中を探しても、食料になりそうな物はサク○ドロップだけだ。それも、べらぼうに高い。

「マルス!食料が無いぞ!」

『消耗品は、マスターがお持ちになっていた物だけです』

 マルスが無慈悲に告げる。

 慌ててヤスはアプリを確認する。
 確かに、ディアナに積んでいた記憶がある物だけしか購入できない。

 ドロップの他には食料は見当たらない。
 ティッシュペーパーや(ちょっと高い)トイレットペーパーが有るのは嬉しかったのだが、食料と思われる物がリスト上に存在しないのだ。飲み物は、インスタントコーヒー(庶民コーヒー)やティーパックのお茶と紅茶や”SA”や”PA”で飲むために買っていた飲み物が交換できるようになっている。

 しかし・・・腹にたまる物ではない。したがって、今日食べる物が何も無いことになるのだ。

 呆然としてしまったヤスは勢いで、ドロップを購入して今日はドロップを食べて飢えをしのいで起きたらユーラットに戻る決心をした。
 そして、ユーラットで食料を買ってこようと考えたのだ。

 腹が減っているが、疲れていたのか・・・。風呂にお湯を張って、湯船に使っていると眠気が襲ってきた。タオルは購入できたので、タオルで身体を拭いてから、全裸のまま布団に潜り込んで寝てしまう事にしたようだ。

 3分もしたら、布団からはヤスの寝息が聞こえてきた。
 マルスは、エアコンの温度を数度上げて、ヤスの睡眠を妨げないように配慮したのだった。