ヤスは、ポケットに入れたエミリアの警告音で目が覚める。

「なんだよ。今、何時だよ?」

”マスター。すでにお眠りになってから、7時間39分経過しております”

「いい。それよりもなんだ?」

”ディアナに魔物が迫っております”

「なに!?ゴブリンか?コボルトか?」

”はい。ゴブリン30。コボルト60。未知の魔物1です”

「迎撃は可能か?」

”問題ありません”

「できるだけ町から離れて迎撃してくれ」

”了”

 エミリアの画面が切り替わる。ディアナの正面に付いているカメラの映像が表示される。

 ヤスは、ディアナに付いているカメラを切り替えながら状況を見ている。

 エミリアには、討伐記録が随時表示されていく。

「オークでいいのか?エミリア。1体だけ居る奴を撮影できるか?」

”可能です。撮影はマスターがされますか?”

「いい。エミリアが行え」

”了”

 撮影音・・・。なんてなく、一枚の写真がエミリアに転送された。
 ヤスには、画面に見える豚面はオークと名付けるには十分に醜悪な魔物だ。

「こいつを、仮称オークとする」

”了”

 ヤスがエミリアを見つめている間に、ディアナは魔物を駆逐した。
 正面から轢き殺すというアグレッシブな方法だ。オークだけは、体が頑丈だったのだろう。飛ばされて、意識が飛んだところを、頭を轢いて殺した。

”マスター。殲滅が終了しました”

「大丈夫だ。見ていた。今の所は大丈夫だけど、相手が大きくなったり頑丈になったりしたらディアナでは対応が難しい場面も出てきそうだな」

”マスター。拠点にて強化が可能です”

「そう言っていたな。わかった、考慮しよう」

 ヤスが、エミリアから話を聞いて方針を考え始めた瞬間にドアをノックする音が聞こえた。

「ヤス。起きている?」

「あぁ。どうした?」

 リーゼが、ヤスを起こしに来た。
 本来なら、起こすような事はしないのだが、アフネスがリーゼに頼んだのだ”ロブアンがヤスに朝食を用意したから起こして、一緒に食べな”と言ったようだ。

 ロブアンは、ヤスに朝食を食べてさっさと出ていけといいたいのだろう。
 アフネスは、ロブアンの考えそうな事はわかっていたので、ロブアンがヤスを起こしに行く前に、リーゼに頼んだのだ。
 ロブアンはアフネスの考えている事がわかっていたが、反対はできない。リーゼの気持ちを一番に考えると言ってしまったからだ。実際、リーゼの気持ちは二人にはわからない。リーゼ自身もわかっていないだろう。

 今まで男性と話をしようともしなかったリーゼが自分から話しかけているのだ。男性恐怖症が少しでも治ればいいとアフネスは考えているのだ。アフネスはそれ以上の事も考えていたのだが、ロブアンはリーゼの男性恐怖症が少しでも治ればいいと考えている程度なので、対応に温度差がでるのは当然の結果なのだ。

「起きているぞ」

「朝食ができたけど、食べるでしょ?」

「あぁわかった。食堂に行けばいいのか?」

「うん!あっ!僕も一緒に食べなさいって、おばさんに言われたから一緒に食べよう!」

「わかった。すぐに行く!」

 ヤスが着替えを済ませて食堂に降りていくと、すでに準備が終わっていたが、リーゼが居ない。

 厨房から、声が聞こえてくる。

「おじさん!何?あれ?ヤスに嫌がらせをしたかったの?」
「違う!俺は、そう、ヤスに、リーゼが好きな食べ物を食べてもらおうと思っただけだ!」
「ア・ナ・タ?」

 厨房から聞こえてくる声は、リーゼとアフネスがロブアンに詰め寄っているようだ。
 ヤスは用意されている朝食の前に座って待つ事にした。

(ほぉ・・・米も有るのか?玄米のようだな。それに、なんの魚かわからないけど、開いて焼いた物か・・・。ところてん?ほぉ・・・それに、納豆かぁ・・・。さては、俺が納豆を食べられないと思ったのか?おぉぉぉぉ!!ワサビもあるのか?味噌があれば完璧なのだけどな。さすがに、味噌汁はなさそうだ。残念だ。納豆があるのなら、小豆や大豆があるのだろう?醤油や味噌が作られないかな?多分・・・。誰かが作っているよな?)

(生卵は駄目だろう・・・)

「おーい。リーゼ。朝食にしようぜ?」

「ヤッヤス!」

「これでいいよ。大丈夫だ。あっ!なにか、果実水のような物があれば嬉しいな」

「え?」

 厨房から、リーゼが飛び出してくる。

「ヤス。本当に大丈夫なの?」

「あぁ。それよりも食べようぜ。せっかくの料理が冷めたら美味しくない」

「あっうん」

 厨房からアフネスの笑い声が聞こえてくる。それに、続いてロブアンが”なにか”を言っている。ヤスが大丈夫と言ったのが信じられないようだ。

 リーゼが座ってからもヤスに本当に大丈夫?無理していない?
 そんなことを聞いてきたが、純日本人であるヤスにとってはご褒美に近い食事だ。

「ヤス。果実水はこれでいいかい?」

 アフネスが、コップに何を入れて持ってきた。
 匂いから、りんご水だろう事はわかる。

「お!ありがとう。もう少し冷たい水を入れてくれると嬉しいかな?」

「わかった。それから、ヤス。これは食べるかい?」

「おばさん!」

 アフネスが持ってきたのは、生卵だ。

「お!それは食べられるのか?」

「えぇ今日の朝に産んだ卵で、魔法で汚れ(けがれ)は払ってある」

「へぇ・・・」

 ヤスは、生卵を受け取って少しだけ匂いをかいでから、ホークでかき混ぜる。それを見ていた、アフネスが小さな声で”やっぱり”とつぶやいた。ヤスがテーブルの上でなにかを探していたので、アフネスは黙って魚醤を差し出した。

「おっサンキュー!これこれ!」

 ヤスは、何も考えないでアフネスから魚醤を受け取って、少しだけ生卵にかけてから、ご飯の上にかけた。TKGにして食べるようだ。玄米で、魚醤を使っている。それでも、食べてきた味なので、ヤスは気にせず口に運ぶ。

「ん。うまい!アフネス。この・・・あぁなんていうのかわからないけど、これはもう少しもらえるか?」

「ありますよ。リーゼ」

「うん!」

 リーゼが、ヤスから碗を受け取って、厨房に入っていく、ロブアンがなにか言っているようだが、リーゼは無視して玄米を同じくらい入れて、生卵を持って出てきた。

 ヤスは、同じようにTKGにして、行儀が悪いのはわかっているのだが、その上に納豆を置いて一気に食べた。

「うまかったよ」

 ヤスは綺麗に平らげてから、アフネスが持ってきた果実水を飲み干した。

「ヤス。おかわりは?」

「頼めるか?」

「うん」

 リーゼが、ヤスからコップを受け取って、自分のコップと一緒に厨房に入っていった。

 残っていたアフネスが、リーゼが座っていた場所に座って、肘を付いて顎に手を置いてヤスに話しかけてきた。

「ねぇヤス」

「なんだ?」

「これから、いろいろな場所に行くつもりなのでしょ?」

「そのつもりだけど?」

「悪い事は言わないから、糸引き豆(納豆)と生卵と魚油(魚醤)は、食べないほうがいいわよ。街に居るエルフ族だけの時は別にして、他の種族が居る時には避けたほうがいいわよ?」

「なんでだ?あんなに美味しいのに?」

 厨房から、リーゼとロブアンがなにか言い争っている声が聞こえる。
 まだ戻ってくる様子がない事から、アフネスは話を続ける事にしたようだ。

「あの料理は、ロブアン(バカ旦那)が出した物だけど、一部のエルフ族や獣人族が好んで食べたりしているけど・・・。人非人が食べていた物だからだよ」

「へぇ・・・。それで?」

「そう言えば、そういう人だったわね。だから、ヤスが人非人だと思われるのは困るわよね?」

「そうなのか?」

 アフネスは大きなため息をついて、首を横にふる

「そうなのよ。エルフ族なら、糸引き豆(納豆)と生卵は、昔から食べていたから問題は無いのだけど、他の種族は食べないから注意しなさいね」

「お!わかった。食べたくなったら、ここに来ればいいだけだな」

「はぁ・・・。そうね。そう思ってくれればいいわ」

 アフネスの大きなため息だけが朝食が終わった食堂に響いた。