サンドラが、兄やジークムントやアーデベルトをリゾート区に案内するために、王都に向かっている時、ヤスは、自分の仕事を行っていた。
ヤスは、カートで遊んだり、東コースや西コースをS660で走り回ったり、工房でイワンと怪しい相談をしたりするのが仕事ではない。
外部から見たら、ヤスは神殿の主である。
したがって、いろいろと要望が上がってくる。しかし、それらはセバスやマルスが処理している。ヤスが目を通すのはごく一部だ。
今日は、そのごく一部の対応を行っていた。
「マルス。それで、設置は迷宮区の中でいいのか?」
「はい。マスター。新しい階層を増やします」
「わかった。場所はボスが居る階層を抜けた場所だよな?」
「はい。問題はありません」
迷宮区も階層が増えて、今では”公表”している階層は30階層にもなっている。実際には、51階層の深さになっている。
51階層目は、マルスが安置されている場所だ。今では、ヤス以外は立ち入りが出来ない空間になっている。50階層の奥に、セバスたちの本体が鎮座しているボス部屋がある天井の高さは30mにもなっている。攻撃力は皆無だが、体力と防御力と回避に優れた1cm程度の大きさで天井に張り付いているボスが居て、ボスを倒さなければ、先に進めない。しかし、先に進んでも神殿の攻略にはならない、最奥だと思っている部屋にあるのはダミーコアだ。
ダミーコアを破壊すると、即死級の魔法が発動される仕組みになっている。
ヤスが設定したのだが、設定後に考えると、”クソゲー”だなと呟いた。
階層が増えた事で、問題になるのは補給路の長さだ。
要望は、商人が迷宮の中に入られるようにして欲しいというものだ。
ヤスが要望を見て、考えたのは迷宮の中に小さな村を作ってしまう事だ。
しかし、その考えは却下した。健全ではないと思ったのだ。
そこで、ヤスが考えたのは不自然にならない方法で、商人が居られる場所だ。
階層を安全地帯にしてしまうのだ。そこまで、護衛を雇って、潜っていく。迷宮区では攻略した階層には移動できるようにした。なので、安全地帯の階層から、1階層下に降りれば、1階層手前には戻ってこられる。
商人がそれに気がつけば、安全地帯の階層で商売ができる。物資の輸送もできるような仕組みを作った。
商人が、安全地帯の使い方や有効性に、気が付かなければ、メイドの誰かに商店を開かせればいい。
「マルス。これでいいか?」
「はい。問題はありません」
ヤスが作った階層は、わかりやすく湖フィールドにした。
「次は?」
「マスターにギルドから依頼です」
「ギルド?ドーリスの所に行けばいいのか?」
「了」
ヤスは、マルスの返事を聞いて立ち上がった。
最近、物資の輸送が多くなっている。神殿内だけではなく、近隣の村や町への輸送だ。
カスパルたりが頑張ってくれているが、ダブルキャブや軽トラックでは、一度に運べる量が少ない。それでも、馬車よりも早く馬車の2-3倍は運べるので依頼はひっきりなしに来ている。ヤスは、カスパルたちに運べる距離を規定する資格を作った。カスパルが王都まで運べるようにはなっている。
エルスドルフとの交易は、ヤスからカスパルが引き継いで行っている。
ヤスが多く運べるのは当然だ。塩などの物資だけではなく、建材も用いる木材の輸送も行っている。
木材の輸送が喜ばれたのだ。魔の森は建材になる木材が豊富だ。それだけではなく、石も多く運べる。ヤスは、石や砂を運ぶときにダンプカーを使っている。石や砂は、いろいろな場所にあるように見えて、建材に適している物は少ない。ヤスは、イワンに聞いて神殿で石の採掘ができる場所を作った。工房の近くだ。そこで、石を加工して出荷した、均一の形にした石出使い勝手が良かった。結果いろいろな街から注文が入るようになった。
出してから気がついたのだが、形が揃っている石は使いみちが多い。家の建材にも使える。道の整備にも使える。石壁にも使える。しかし、石なので馬車で運ぼうとしても、運べる数には限界がある。
木材も同じだ。なので、ヤスのダンプやトレーラーに建材を積んで運ぶのは喜ばれたのだ。
多少、値段が上がっても問題はない。倍の値段になっても到着までの日時が違う。
ヤスは、サンドラに神殿に友好的な貴族領だけに輸送の手配をすると告げている。
サンドラは、ドーリスと話をして、神殿に友好的な貴族領にあるギルドからしか依頼を受け取らないと宣言した。ヤスに運搬を頼む場合には、必須条件とした。
「それじゃ行ってくる。ダンプカーかトラクターだろうから、両方とも出せるようにしておいてくれ」
「いってらっしゃいませ」
ヤスが神殿からギルドに向かっている最中に、マルスはヤスから命じられたようにディアナに指示を出す。
内容で使う車体を変えるのだ。討伐ポイントに余裕が出来た為に、ヤスが持っていた車体や工具の殆どが準備することが出来た。人が増えて、カタログも増えた。どういう理屈なのか、マルスにもわからない。もちろん、ヤスは考えるのを放棄した。
特殊車両と呼ばれる物まで交換できるようになった。
ただし、ヤスが元々持っていなかった物は、必要な討伐ポイントが高めに設定されている。初回限定だが、同じ値段帯のものと比べて2-3倍になっている。
カタログには、パーツが乗るようになった。これは、イワンを喜ばせた。作るのが難しいと思っていた物が作られるようになるのだ。工具も掲載されるようになった。魔物由来の素材で代替が出来ないか研究が始まっている。
「ドーリス。依頼があると聞いたけど?」
「あっヤスさん!よかった。エルスドルフを覚えています?」
「もちろん」
「あの辺りの地形は覚えていますよね?」
「あぁ」
「レッチュ辺境伯のギルドからの依頼で、エルスドルフか王都に向かう道幅を広げているのですが・・・」
「ん?」
「橋の工事を行っている最中に土台が崩れてしまって、大量の石が流されてしまったのです。道が崩れてしまって、人も通られなくなってしまって・・・。人が通られる程度までは復旧したいということです。石と土は、楔の村から運んで欲しいそうです」
「木材は?」
「そちらは、別に手配するそうです。穴が塞がれば、あとはなんとかできるという話です」
「わかった」
「ありがとうございます。それで、報酬は安くなってしまいますが・・・」
「ドーリスが適切だと判断できるのなら文句はない。もし、足りないというのなら、エルスドルフの米や大豆を送ってもらってくれ」
「わかりました。辺境伯領のギルドに伝えておきます」
「楔の村には話は通っているのだよな?」
「はい」
「わかった、出るから、そうだな・・・今日の夕方には、楔の村に到着すると伝えてくれ、明日の朝にはエルスドルフには到着できる予定だ。大きく予定が狂いそうな時には、マルス経由で連絡をいれる」
「はい。お願いします」
ヤスは、神殿に戻ってダンプカーに飛び乗って、楔の村に向かった。急げば、もう少し早く付けるが、ヤスが物流に関わる時には、大きな問題が発生する。
受け入れ側の体制が整っていないのだ。ローンロットのように、物流の拠点にしている場所は、24時間で動ける作業員が居る。荷物の受け取りや詰め込みを担当できる者たちが、存在しているが、拠点以外の場所では、ヤスが到着してから慌てて人を集めだす状態だった。
そのために、一度行ったことがある場所なら、ヤスは概ねの到着時間を告げてから、移動を開始する。人を集めておいてもらうためだ。
ヤスは夕方には楔の村に到着した。
慣れたもので、ヤスのアーティファクトが見ていたら、村長が出迎える。それから、聞いていた物資の搬入を行う。今回は、石や砂なので、地ならしで取り除いた石や砂をそのままダンプに乗せていく。魔法で、ダンプカーに乗せている。イワンたちが開発した魔道具も使っている。
積み込みをしている最中は、ヤスはいつも見守る。カスパルや他の者にも徹底しているが、荷物の搬入は、神殿の中以外で必ず立ち会うように言っている。眠かろうが、疲れていようが、絶対に立ち会う。荷物を下ろす時も同じだ。
ダンプにギリギリになるまで石と砂を積んだ、ダンプカーは王国側に戻っる道を進む。エルスドルフをナビに表示させて、移動を行った。
ローンロットで休憩を取り、あとは山道だ。
崩れた場所は、元々細い場所だった。原因はわからないが、道が途絶えてしまっていた。
ダンプカーで運んできた石や砂の2/3を使った所で、埋めることができた。残った、石や砂も使うとのことで、持って帰っても使いみちがないので現場に残した。
これで帰れば、ヤスもしっかりと仕事をしているのだと思えるのだが、ヤスも一人の健康な男性だ。
夜の街に行きたくなってしまう時もある。その時には、アーティファクトを置いて、護衛で連れてきている、狼を乗れるくらいまで大きくして、近くの街まで移動する。アーティファクトはディアナと他の眷属が守っているので大丈夫だとして、朝まで花街で過ごす。
ヤスは、そのために、イワンに髪の色と目の色を変える魔道具を開発させている。街ごとに、お気に入りを作る程度には、通っている。仕事が早く終わった時の息抜き程度だ。
今日も、新しい街に行って色街で遊んでから神殿に帰った。
アーデベルトが、リゾート区を2フロアを購入してから、3ヶ月が経過した。
アーデベルトのリゾート区の購入と同時に発表されたのが、アーデベルトが継承権を返上して神殿のリゾート区に住むという事だ。
王国の貴族だけではなく、国民にも驚きをもって迎えられた。
侯爵や公爵の処分が決定したのもあるが、その受け入れ先が、アーデベルトが購入した、神殿のリゾート区なのだ。
侯爵や公爵の一族は、神殿のリゾート区へと監禁されると決まった。監禁といっても、かなりの自由が許されている。リゾート区から出るのは許されないが、訪ねようと思えばアーデベルトに申請を行えばよいのだ。そこで、貴族派閥は神殿のリゾート区に別荘を持ち始めた。子爵以下の者たちは、いくつかの家が共同でフロアを購入した。伯爵以上の者たちは、フロアを買って別荘の建築を始めた。神殿に友好的ではない者たちも含まれていたので、サンドラはヤスに相談した。ヤスは、購入の許可をだして、サンドラに事情を説明したのだ。
ヤスは、神殿の機能は変更しなかった。詳しい説明もしなかった。求められなかったからだ。神殿の主からの使者と言っても平民に教えられるのが我慢出来なかったのだろう。その後、サンドラやアーデベルトが窓口になるしかなかった。
窓口になる報酬として、サンドラが求めたのが、リゾート区の諜報活動の許可だ。ヤスは、二つ返事でOKを出した。情報を閲覧できる権限をサンドラに付与した。それに合わせて、サンドラにタブレットを渡した。リゾート区の内容が閲覧できるようになっている物だ。記憶データから参照して見たり聞いたりできる。それ以外では、神殿の出入り口の記憶や、ポイントの履歴、リゾート区に関する情報のほぼすべてが閲覧できる物だ。
アーデベルトが求めた物は、神殿への移住と工房への入場の許可だった。マルスは、問題はないと許可を出したが、ヤスが条件をだした。神殿への移住は許可されたが、工房に入るのなら、王家からの歳費を断ることが条件になった。アーデベルトは、ヤスの話しを聞いてジークムントに連絡して歳費の停止を求めた。継承権を返上しても王家の者だ。歳費は継続するのが当たり前だと考えていたが、ヤスは停止を条件に上げた。理由の説明はなかった。アーデベルトは、工房に入られる方が優先で理由は別にどうでも良かったのだ。工房での作業工賃と窓口を行う対価がアーデベルトに支払われる。
アーデベルトの新居は、サンドラが借りている家の隣になった。そして、アーデベルトに付いていきたいと言ったメイドたちが到着して、アーデベルトの近くで共同生活を始めた。15人ものメイドが志願してきた。アーデベルトは自分の事は自分でやるし、工房にこもりっぱなしになるのは目に見えていた。アーデベルトの業務である窓口業務だけではなく、サンドラが行う予定だったリゾート区の管理運営の手伝いを行い始めた。急激に、リゾート区が売れたので、書類仕事が追いつかなくなってきていたので、サンドラは大喜びだ。リゾート区は、他の神殿の区画と違って、低く抑えられているが関税を課している。貴族の別荘の建築に関わる費用なので、かなりの関税が手に入った。それらが、メイドたちの給金となった。
工房が完全にオフになる日に、サンドラはアーデベルトを誘って女子会を開こうとしていた。
参加するのは、サンドラとアーデベルトとドーリスとディアスとミーシャとマリーカだ。リーゼも誘おうとしたが、ユーラットに行って不在だった。
神殿に居る女子にアーデベルトを紹介するのが目的だった。
「皆様。アーデベルトです。アデーと呼んでください。ここでは、王国の身分は影響しないと聞きました。私は、工房に籠もる一般人として生きていきます」
「アデー様」「様も止めてください。サンドラ様」
「アデーも、様は止めて下さい」
「わかりました。サンドラ」
にっこりと笑って返答するが、さすがは王家で海千山千の大人たちの間で過ごしてきただけはある。経験が違う。
順番に挨拶をしていく、そして、神殿で何をしているのかを説明する。
「そうなのですね。それじゃ、ヤスさんはディアスの命の恩人なのですね」
「はい。今でも感謝しています」
「え?でも、ディアスは、カスパルさんと住んでいるのですよね?結婚が間近だと聞きましたが?」
「え?あっ・・・。そうです」
ディアスが赤くなりながらも肯定する。
散々からかわれているので今更な感じもするが、改めて結婚と言われると照れてしまうのだ。
「ヤスさんを好きにならなかったのですか?」
「ならなかったと言えば嘘ですが、その・・・。えぇ・・・。と・・・」
「?」
「ディアスには言いにくいわよね」
「サンドラ?」
サンドラがディアスに助け舟を出す。
「ドーリスも同じだと思うけど、ヤスさんは、皆が尊敬していますし、感謝もしています。ヤスさんのためなら、という思いはあります。私も同じです」
皆がうなずくのを、アーデベルトは黙って見ている。
「でも、あの方は、恋愛対象にはならないのです」
「え?あたしは、てっきりサンドラが第一夫人候補だと思っていました。多分、多くの貴族がそう考えていると思います」
「それは解っています。だから、誤解させたままにしているのです。お父様にも、噂を否定しないようにお願いしています」
サンドラの意図は、アーデベルトはすぐに理解出来た。だが、あえて質問した。
「なぜですか?」
「え?アデーも同じ気持ちだと思いますが?」
「え?」
予想とは違う答えに少しだけ嬉しく思った。
アーデベルトは、貴族からの神殿への感傷をおさえるのが目的うだと考えたのだ。サンドラが、第一夫人候補なら、辺境伯よりも家格上であり、ヤスが気にいる女性でなければならない。サンドラは、貴族社会では才女として知られている。才女以上の女性を押し込むのは難しいと思わせるのが目的だと思っていた。
「ここなら、自分が好きな事を好きなだけ出来ます。研究したければ研究すればいい。料理を作りたければ料理を作ればいい。くだらない、晩餐会に呼ばれる事も、おべっかばかり言われるお茶会に行く必要もない。豚や蛇の様な目線を向けてくるバカな貴族の息子たちの相手をしなくていいのです」
「あっ・・・。私は、まだ1ヶ月くらいですが、気持ちが楽に感じるのは、余計な事をしなくていいからなのですね」
「えぇここなら仕事が出来ます!最高だと思いませんか?」
「そうですね。サンドラも、ヤスさんを恋愛対象には見ていないのですね?」
「えぇミーシャは、デイトリッヒが居ますし、ドーリスも隠しては居るようですが・・・」
「え?その話は知りませんでした!サンドラ!詳しく教えて!」
ディアスが食い気味でサンドラの話に食いついた。ミーシャは有名だ。二人で居るところを何度も見られているし、休みに迷宮の安全地帯でデートしているのを見られている。本人たちも隠していない。
「え?あっ。ちが・・・」
ドーリスが自分に矛先が向いて慌ててしまった。
「サンドラ!ドーリスのお相手は?」
「ほら、あの・・・」
「うぅぅぅ。サンドラ。ディアス。私の話は、ほら、今日はアデーの話を聞くのですよね?」
「いえ、私の話というよりも、皆様からお話をお聞きできると伺っております。サンドラ、そうでしたわよね?」
「はい。アデー。アデーの歓迎会を兼ねています。ほら、ドーリス。エアハルトさんとデートしているのを見られているのですよ」
「え?エアハルトさん・・・。確か・・・。ローンロットの責任者さんが同じお名前ですわよね?」
「・・・」
「ドーリス?」
真っ赤になってうつむいてしまっている。もう否定出来ないだろう。
「でも、ドーリスとだと年齢が離れていませんか?」
「それがね・・・」
サンドラの暴露が続いた。
マリーカが修正をいれるので、余計に場は混沌としてきた。
「そうしますと、ヤスさんのお相手は?だれもいらっしゃらないのですか?」
「そうよ。だから、アデーが来た時に、第一夫人の候補が来たと思われたのよ」
復活したドーリスがアーデベルトに、神殿に流れる噂を説明する。
「私は、違いますよ。何度か工房でお会いしまして、お話をさせていただきましたが、あの手の人は間違いなく一緒になると苦労します。貴族のように政略結婚なら問題は無いでしょう。割り切れますから・・・。でも、恋愛はむずかしいでしょう」
皆がアーデベルトの話を肯定する。
ヤスの話で女子会は盛り上がった。他に、共通の話題がないので、自然とヤスの話になるのは当然だが、恋愛対象に出来ないといいつつ。皆がヤスを気にしているのだ。神殿の主だという事実以上に気になる存在なのだろう。
ヤスの話とドーリスの恋愛話で、女子会は夜遅くまで行われた。
「リーゼじゃないの?」
ディアスの言葉は、リーゼの事情を知っている者たちは、あえて口にしなかったセリフだ。
皆の微妙な雰囲気を悟って、ディアスは首を撚る。
リーゼの雰囲気や、ヤスのリーゼへの優遇から、間違いないと思っていた。サンドラやアデーが違うのなら、第一夫人は間違いなく、リーゼだと思っているのだ。サンドラやアデーが第一夫人なら、リーゼは第二夫人になると思っていたのだ。
「ディアスは、リーゼの種族はご存知?」
代表して、サンドラがディアスに説明を始めた。
「えぇエルフ族だとお聞きしましたが?」
「そうですね。エルフ族なのは間違い有りませんが、ハイエルフのハーフなのです」
サンドラの説明は、そこで終わってしまった。
「え?」
ディアスの反応は間違っては居ない。
だが、アデーやサンドラやドーリスやマリーカには、その反応が不思議に思えた。リーゼの種族を説明するだけで、十分なのだ。
「・・・」
「・・・」
姦しかった部屋に静寂が訪れる。
「ハーフエルフだというのは知っているけど・・・?」
「え?」
今度は、サンドラたちが驚く。
常識だと思っていたことが崩れたのだ。
「サンドラお嬢様。ディアス様は、リーゼ様の・・・。ハイエルフのそれもハーフエルフの事情を、ご存知ではないのかもしれません」
皆の視線が、ディアスに集中する。
「事情?」
「ふぅ・・・。ごめんなさい。ディアス。私たちには常識だったので、知っているのだと思っていました」
「え?」
「ハイエルフは、エルフ族の中でも、特別な存在だと言うのは知っていますか?」
「えぇもちろん。エルフ族の族長が、ハイエルフで、エルフの集落をまとめている種族ですよね?」
「寿命に関しては?」
「え?500年とも1000年とも言われていますが、実際にはわからないと言うのが通説なのでは?」
「やはり・・・」
マリーカが予想した通りだ。
知らないのなら、リーゼが第一夫人候補だと考えていても不思議ではない。
「サンドラ様」
「そうね。皆が知っていると思っていたのは、確かに間違いのようね」
サンドラが途中まで話をして途中で、アデーの方を向く。
「私もそこまで詳しいわけではないので・・・」
アデーが、ドーリスを見る。
確かに、ギルドの職員であるドーリスは事情を知っている。
「ドーリス?」
ディアスが、ドーリスに狙いを定めた。
「はぁ・・・。ディアス。ハーフのエルフは人数が少ないと思いませんか?」
「え?リーゼ以外は見たこともないかも・・・。だけど、偶然じゃないの?エルフ族は子供ができにくいと聞いたから・・・」
「それも間違いではありませんが、エルフ族は実は子供が出来にくいのは俗説です」
「え?」
「エルフ族が精霊祭と呼んでいる期間は必ず子供が授かるのです。ただ、エルフ族は長命な為に、相手を定めない場合が多い上に、子供は集落で育てるので、子供が少ないと思われているのです」
「そうだったのですね。でも、それだけでは、リーゼがヤス様の相手ではないという理由にはなりません?よね?」
「はい。エルフ族として、子供が少ないという理由は無いのに、ハーフエルフは少ないのです」
「それは、エルフ族が、多種族とあまり関わりを持たないからなのでは?」
「はい。それも正しいのですが、ハーフエルフの特性が問題なのです」
「特性?」
「はい。ハーフエルフ・・・は、オンリーワンという特性を持っています。生涯に、伴侶は一人だけで、心が認めて、身体が求めなければ駄目なのです」
「ん?」
「それに、もう一つ特性がありまして、伴侶に定めた人に寄り添ってしまうのです」
「それは、悪いことなのですか?いいことのように聞こえます」
「はい。ハイエルフでないのなら問題はありません。ただ、ハイエルフの場合には、どういう理由なのかは語られていませんが、伴侶に選んだ者と同等の寿命になってしまうのです」
「え?それは・・・。リーゼが、ヤス様を求めて、伴侶に慣れたとしても、ヤス様の・・・。人族の寿命と同等になってしまうと?」
「はい。だから、ハーフエルフの相手は、人族ではなく、エルフ族やハイエルフが務めるのです」
「でも、それを乗り越えて、リーゼがヤス様を求めて、ヤス様も受け入れたら話は違いますよね?」
「えぇそうですが、その場合でも・・・」
ドーリスが、サンドラを見る。
サンドラが息を吐き出しながら、話し始める。
「はぁ・・・。ディアス。エルフ族は、伴侶を決める時に、族長の許しを得なければならないのです」
「でも、リーゼは・・・」
「リーゼ。本人は、母親と父親のことがあるのでしょう。追放されたのだと思っているようなのですが、私がアフネス様に確認した所は、事情は複雑なようです」
「そうなのですか?」
「はい。リーゼは、追放されていません。そもそも、追放されているのなら、アフネス様やミーシャさんやディトリッヒさんが敬うはずがないでしょ?」
「あっ!?考えていなかった」
「追放されたのは、リーゼのお母さんだけで、リーゼは、森の民の一員で次期族長候補なのです」
「え?」
「なので、リーゼの気持ちも大事なのですが・・・」
「そうだったのですか・・・。ヤス様は、ご存知なのですか?」
皆が、首を横にふる。
誰もが知っているものと考えていたので、話しては居ない。もちろん、アフネスが話している可能性はあるが、それも無いと思えた。
ヤスが前から知っていた可能性も考えられるが、それも無いだろうと、皆が思ったのだ。
リーゼの話が終わると、沈黙が支配したが、すぐに姦しい状態に戻っていく。
次のターゲットは、カイルとイチカだ。二人の噂話なら、困ることがない。好意を隠さないイチカに、必死に隠しているカイル。可愛くてしょうがないのだ。
カイルは、バレてはいないと思っているのだが、神殿に住まう者たちだけではなく、ユーラットやアシュリやトーアヴァルデやローンロットだけではなく、最近移動が許されたウェッジヴァイクや湖の村に住む者たちにも知られている。主に、酒呑みたちのツマミにされているのだ。
駄目な大人たちは、酒場でカイルとイチカがどうなるのか賭けが行われている。
姦しい女子会が行われている裏で、ヤスが遊んでいる・・・。なんて、ことはなく。
ヤスは、辺境伯や各種ギルドからの依頼を受けて、王国中を走りまくっていた。
依頼された、荷物を運んでいたのだ。ギルドの依頼が殆どだが、辺境伯や王家からの依頼も増えている。
各地に、ヤスが提案した物流の拠点が出来始めている。王家直轄領や辺境伯がまとめている王家よりの派閥に属する貴族の領地だ。ヤスの運送は、拠点までと決めた。それ以上は、よほどの大荷物やヤスでなければ運べない物だけにした。
ヤスは、王国中を走りまくったことで、王国の地図が十分精度で、作成することが出来た。ディアナに目的地を伝えると、正確に到着時刻が予測できるようになってきた。
ヤスが求める速度にはまだまだ到達していないが、王国内の物流は飛躍的に改善している。ヤス以外が運ぶ時には、時間がかかるが、荷物の到着率が飛躍的に上がった。道が整備されたことが大きい。
今までは道が作られていなかったのは、スタンピードを警戒していた。他にも、帝国に攻められた時に道があれば、そのまま自領が襲われてしまう可能性が有ったのだが、王国を守るように出来た石壁の存在が、懸念を取り除いた。
それだけではなく、物流の集積所だけに繋がる道だけで十分なので、攻め込まれた場合でも防御に移る時間を確保することが可能になる。時間を確保するための連絡網が構築できた。
ヤスが考案した、定期便も運用し始めている。
今までは、荷物がある時に街から街に荷物を運んでいたのだが、集積場が出来たことで、定期的に集積場から集積場に馬車を走らせている。荷物がなくても運行している。料金は、領主と王国が折半している。行商になったが、仕事が無い者たちには喜ばれた。小さな荷物を依頼する者たちも多く現れた。実際には、手紙などの荷物を運ぶ需要は前から存在していた。しかし、料金に見合わなくて躊躇していた者たちが定期便を使うようになったのだ。
定期便を狙った野盗も現れたが、王家と領主が協力して徹底的に追い詰める。いくつかのグループが潰されると、定期便を狙うのは割に合わないと、思っている様子で、定期便が襲わなくなった。同時に、集積所と集積所を結ぶ道が整備され、軍事練習がしやすくなったので、魔物討伐を兼ねる守備隊が行き交うので、安全になっていった。
ヤスは、各地に出来た拠点に荷物を運んでいた。
拠点から拠点に荷物を運んでいる。主に、建材に使うような物が多く、馬車ではそれこそ、数ヶ月にも渡って搬送しなければならない建材も、ヤスなら1-2日で搬送できる。それも、馬車の何倍もの量を積んでも大丈夫なのだ。
「旦那様」
「あぁ今日、神殿の主が来たのだったな。どうだった?」
「・・・。はい」
「どうした、正直に話せ。何か、無茶なことをいいだしたのか?それなら、辺境伯に苦情を言わなければならない」
「いえ、違います。神殿の主様は、ヤス様と名乗られまして、その荷物を全部運ばれて・・・」
「全部か?あの石材を全部か?」
「はい。そして、持ってこられた木材を置いていかれました」
「そうだ。木材の量は?建築に間に合うのか?」
「旦那様。石材が全部乗せられた、アーティファクトに同量の木材が積まれていました」
「・・・。はぁ?確かに、連絡が来たのは今朝だったな?」
「はい」
「半日程度で到着したのか?」
「そうなります」
「辺境伯がおっしゃっていたことがわかった」
「はい。それで、支払いですが・・・」
「忘れていた。今の話だと、木材もかなりの量に鳴るだろう?かなりの支払いになるな」
「・・・。旦那様。これを」
執事から差し出された請求書を見て、旦那様と呼ばれた男性は目を見開いた。
「これは?」
「はい。ヤス様から渡された物で、辺境伯様の署名も本物です」
執事から渡された書類を見ると、いろいろ書かれているが、支払いが”0”になっている。
「どういうことだ?石材は売ったのだろう?」
「はい。ヤス様のアーティファクトに積み込んだ分の支払いは頂きました」
「辺境伯に魔通信を繋げ。儂が直接謝罪する」
「はい」
魔通信機を執事から受け取った。
『ミューゼル男爵です。レッチュ辺境伯様』
『男爵。様は必要ないと何度も言ったであろう』
『はっ。クラウス殿』
『それで、ミューゼル殿。どうしました?』
『クラウス殿。建材をありがとうございます。それで、支払いなのですが・・・』
『高かったですか?』
『えぇものすごく高くて、払えないので、なんとかなりませんか?』
『解りました。それでしたら、石材をオストマルク領に融通していただけますか?』
『量は?』
『あればあるほどと言っています。オストマルクもミューゼル殿の所と同じで、建設ラッシュで、石材がなくて困っています』
『わかりました。神殿の主殿に依頼は出せますか?』
『大丈夫です。もう一度、木材を運ぶ予定になっています』
『ありがとうございます』
ミューゼル男爵は、辺境伯にこれで貸しが返せると考えた。
そして、この流れは、ヤスがディアナで荷物を運ぶ場所で大なり小なり発生していった。
ヤスへの支払いは、辺境伯と王家が負担している。
それだけ、物流倉庫の優位性を見抜いて、将来性を感じているのだ。道の整備も力を入れている。”リップル子爵の反乱”で、力を落とした派閥は、別荘区に幽閉されている公爵と侯爵に伺いに忙しい。その間に、辺境伯の派閥は、道を整備してヤスのアーティファクトの力を借りて建材を流している。
「ガイスト」
クラウス辺境伯は、家令のガイストに資料を持ってこさせた。
娘から回される神殿への支払いに関する資料だ。その他にも、派閥に属する貴族からの陳情が大量に来ている。あとは、自領の税収の資料だ。王家に助成を頼まなければならない。その為の資料を作る必要がある。
「はっ」
「どう思う?」
「ヤス様ですか?」
「違う。神殿に関して・・・。だ!」
「今の距離感が最適だと思われます」
「そうか?」
「はい。別荘区の話を、サンドラ様からお聞きする前なら、辺境伯に組み込む方法を進言することも出来たと思いますが、現状では愚策です」
「現状維持が難しいと思うのだが?」
「旦那様。ヤス様は利己的な方です」
「そうか?」
「はい。ヤス様と、旦那様たちの”利益”が違うのです」
「そうなのか?」
「ヤス様は、ご自分の価値観で動いていらっしゃいます。もし、金貨を得るのでしたら、簡単な方法があります」
「ん?」
「アーティファクトで”人”を運べばいいのです。旦那様。レッチュ領から王都まで半日で移動できる、この価値は・・・」
「そうだな。金貨で話が済むなら・・・」
「はい。しかし、ヤス様は、”人を運ばない”だけではなく、物資を運んでも、馬車で運んだ時と同じだけの代金しか受け取りません」
「そうだな。サンドラがヤス殿に聞かれて答えたと言っているからな」
「なので、ヤス様は、神殿の力を行使したり、アーティファクトの力を誇示したり、何かを支配するつもりは無いのだと思います。頼まれたから、やっているのだと思います」
「頼まれたから?」
「はい。ヤス様は、依頼はお断りになりません。”人”を運ぶ以外の依頼は全て実行してくれています」
「・・・」
「なので、今の距離感を保つのは、それほど難しくありません。ヤス様の神殿に住まう”人”を害さなければいいのです」
家令のガイストが考えた”ヤス”の考察は間違っていない。
全面的に正しいかと言われると少しだけ疑問を感じる。クラウスも納得はできるが、それだけではないように思える。明確な反論が浮かばないので、言葉を飲み込んだのだ。
サンドラやアデーやドーリスが話に加わっていたら、もう少しだけ違った結論が出たのかもしれない。
ヤスの価値観は、”敵なら潰す””味方なら守る”で成り立っている。
”面白いこと”に首を突っ込むが、面倒に思えたら指の一本も動かさない。気に入らないと思えば、羽虫の如く払うのも煩わしいと思うような態度を取る。
「旦那様。今は、ヤス様の考察を行うよりも、確認をして頂きたいことが山積みです」
「そうだった。それで?」
「はい。レッチュ領の税収は、現在で、前年の税収を越えました」
「ん?すまん。わかりやすく説明してくれ、俺の勘違いなら、今年度は、まだ1/3ほど残っているよな?」
「はい。これから、寒い季節がやってきます。しかし、本年度の税収は異常です。すでに、前年の税収を越えています」
「なぜだ?今年は、サンドラからの進言を入れて、ランドルフの問題をもみ消すために、人頭税を廃止した。計算を間違えていないか?」
「私も、不思議に思って確認しました。旦那様。あと、入領税や商品への関税を見直しました」
「聞いている。商人や商隊が喜んだのだったな」
「はい。入領税も、犯罪歴がなければ免除して、職制で税を課すようにしました」
「聞いた。それで、何で増える?最初の試算だと、半減とは言わないが、半減に近い数字だったはずだ!」
「旦那様。資料をお読み下さい」
慌てて、家令のガイストが持ってきた資料を、クラウスが凝視する。増えたのは嬉しいが、増えた理由がわからなければ、国王に説明出来ない。すでに、減収の可能性があると申告をしてしまっている。今更、”税収が増えたので、補填の必要がありません”とは言えない。補填を断るためにも、税収が増えた理由を説明しなければならない。
「・・・」
「ガイスト」
「はい」
「理由は解ったが・・・。本当なのか?」
「はい」
「高級な武器や防具や酒精や銀貨を超えるような食事の時に、税を課すことで、これほどの効果があるのか?これも、サンドラからの進言だったな」
「正確には、サンドラ様がヤス様からお聞きになったと記憶しております」
「街に入った時ではなく、商店で買った時にだけ税がかかるようにしたよな?」
「はい」
「銀貨5枚で売ったら、銅貨5枚が税となる計算だったな」
「はい。商店は、売るときに銀貨5枚で売りたいと思えば、銀貨5枚と銅貨5枚で売ります」
「・・・」
「旦那様。それだけではなく、道や拠点の作成で、ヤス様の進言を入れて、スラム街から優先的に人を集めました」
「あぁ」
「その結果、スラムが縮小して、賃金を得た元スラムの住民が、街にお金を落とします」
「しかし、微々たるものだ」
「はい。その微々たる銅貨がまとまって、銀貨になり、金貨になり、税金として回ってきます。神殿産の高級な武器や防具を買ったり、高級な酒精を買ったり、王都の商店が買付に来ています」
「しかし、入領税は減っているよな?」
「はい。しかし、豪商と言われる者たちは、食事で銀貨以下を使うとは思えません。食事のたびに税が発生しているのです」
「・・・。不満は出ていないのか?」
「はい。不思議と苦情は出ておりません。旦那様。王都でお食事をされるときに、値段を気にされますか?」
「・・・。そうだな」
クラウスは、資料を読めば読むほど恐怖が心から湧いて出てくるのを感じている。
神殿の主が、どこまで先を見ていたかわからないが、金貨を回すことで、最終的に税収が上がっている。人頭税をあげるバカな領主に教えたくなってしまう。
『マスター。個体名サンドラから依頼が入っています』
「ディアナに出してくれ」
『了』
ヤスは、ディスプレイに表示される文字を目で追う。
目的地も解る。荷台が空にならないように、サンドラやドーリスが調整をしてくれているのが解る。
今の荷物を運び終わってから空荷になるのはローンロットまでだな。
「マルス。積み込みは?」
『おおよそ、52分で終了します』
「わかった。少しだけ寝る。終わったら起こしてくれ」
『了』
ヤスは、居住スペースに移動する。
もともと、改造されて快適に過ごせるようになっていた居住スペースが、ヤスの意見を取り入れて、マルスが魔改造している。
マルスは、ヤスの望みを叶えるために、イワンに開発を頼んでいた。
空間を拡張する魔道具の開発は成功していない。瞬間的な拡張は出来ているが、永続的な拡張が出来ない上に安定しないのだ。伝説級の魔道具の開発なので、時間をかけて開発を行っている。
居住区に付けられたのは、全身を清潔に保つための魔道具と、所謂空気清浄機だ。
日本に居た時なら、荷物を降ろしたら、近くの銭湯やスパで身体と心を休めたが、現状では難しい。街に、公衆浴場がある場所もあったが、一般的ではない上に”湯につかる”というヤスにとっては当たり前の行為が出来ない。
ヤスは、街に立ち寄って、ギルドから報酬を引き出す方法を覚えた。
そして、懐が暖かくなったヤスは、街で遊びを覚えた。溺れているわけではない。日本に居た時にも、ある程度の遊びは経験している。適度な距離には自信がある。遊びは遊びとして楽しんでいる。娼館で顔なじみの番頭が出来るくらいだ。
ヤスも、自分が器用な性格をしているとは思っていない。だから、番頭が勧めた遊びを楽しんでから、金を払って帰る。チップや心付けも忘れない。番頭だけではなく、店の子たちからも好かれる遊びをしている。ただ、お気に入りを作らないことや自分の身元が伝わりそうになると、店に顔を出さなくなる。店側もそれが解るのだろう。ヤスの素性はギルドに照会はしただけで止めている。ギルドも遊ぶのに問題が”ある”のか”ない”のかしか答えない。資産状況を伝えるだけだ。過去の犯歴は伝えるが、ヤスにはもちろん犯歴は存在しない。
『マスター。積み込みが終わりました』
「ん?あぁわかった。一度レッチュガウに戻ってから、ローンロットに行けばいいのだったな?」
『了』
ヤスは、ディアナのエンジンを始動させる。アクセサリモードだったディアナが再び走行が可能な状態に戻る。
整備され始めている街道を走る。
「マルス。ディアナの表示領域に商隊を表示」
『了。不明な反応が、6』
「魔物は?」
『不明な反応以外には、存在しません』
「不明は、経路に居るのか?」
『違います』
「よし。無視する」
『了』
街道を、時速50キロで走行している。
もちろん、安全マージンを取っている速度だ。それでも、馬車で運ぶよりも速い。荷物を積んでいる時には、40キロ程度まで落とす場合もある。道が舗装されていないために、速度を出さないでいる。
『マスター。右前方3キロに魔物ゴブリンの反応が6』
「道は?」
『あります』
ヤスが言っている”道”はディアナで通ることができるのかが基準になっている。
「殲滅する。ナビを頼む」
『了』
ヤスの指示を守って、マルスはナビを開始する。
急に出現したゴブリンなら、ノーダメージで倒せる。街道沿いに出現した魔物は、街道に出てまっすぐに街を目指す。それが決められた動きのようになっている。商隊や移動している者を見れば、襲い始める。
知性が産まれた魔物は連携してくるが、基本の行動は同じなのだ。
森で産まれた魔物は、集落を形成して、同族以外が近づいた時に攻撃を開始する。コロニーを形成した魔物たちは、その中から長が選ばれる。
これらの謎は、マルスが解析を行っているが明確な判断は出来ていない。情報が少ないことが原因だが優先度が低いために、マルスも解析を急いでいない。
ヤスは、マルスから説明を聞いたが、わからないことは考えても仕方がないと思い。考えないようにしている。
街道に出てきた魔物は、どんなに少数でも商隊の驚異になりえるので、倒すことにしている。
『マスター。接敵機動が見られます』
「わかった。こっちに向かってくるまでのカウントダウン」
『違います。前方500メートルの商隊に向かっています』
「時間的な猶予は?」
『63秒』
「飛ばすぞ」
『了。時速50キロ以上で商隊より前で駆逐可能』
「わかった。止まる時間を考慮して、60も出せば大丈夫だな」
『是』
アクセルを踏み込む。荷物を積んでいるが、ヤスが指示した通りの積み方になっているので、多少の揺れなら大丈夫だ。
時速65キロで走行した。ゴブリンの小集団が見えた。商隊には攻撃を開始していない。
「間に合った。マルス。結界を発動。跳ね飛ばしが出来なかった奴は魔法で攻撃」
『了』
ヤスは、ゴブリンの集団で層が厚い部分を目指して、アクセルを踏み込む。マルスと相談して作った結界だ。中心点から円状に広がる結界を二つ使って、中心にくぼみを作っている。高速でぶつかる時に中心に魔物を誘導できるようにしている。
5体のゴブリンの駆除が完了した。
1体は、跳ね飛ばした先で生きていたが、商隊の護衛たちが、気がついて生き残った魔物の駆除を行い始める。
冒険者は、他の者が戦った魔物にとどめをさすようなことはしないのだが、ヤスがアーティファクトではねた魔物は、近くに冒険者が居た場合にはとどめをさすのが推奨された。ヤスが求めたからだ。ルールではなく、暗黙の了解となっている。
アーティファクトを停止させてまで魔物にとどめをさすのが非効率だと判断している。ヤスは、魔物の討伐を、”行きがけの駄賃”程度に考えている。
「マルス。マーキング」
『了』
これは、ドーリスに頼まれた行為で、街道で魔物を倒した場合に、場所と種族と個体数を記憶して提出して欲しいと言われたのだ。
最初は、適時報告をお願いされたのだが、ヤスが面倒に感じて、まとめて報告でも大丈夫となった。数が多い場合や討ち漏らしが発生した場合には、次の街にあるギルドに報告することで落ち着いた。
ヤスのもたらしたデータはそれだけではない。
地図の提供も行った。ヤスが走った場所だけだが、今までよりも正確な地図だ。距離も記載されている。
領主とギルドで地図は共有することになった。地図の販売は行われていない。
「マルス。ナビをしてくれ」
『了』
ヤスは商隊の横を通り過ぎる。
冒険者たちもアーティファクトを見て事情を把握した。
『マスター。最後の魔物ゴブリンの駆除を確認』
「わかった」
必要な素材があれば、冒険者に譲ると宣言している。
なので、ヤスがアーティファクトで倒した魔物は、近くに居る冒険者がもらっていいことになっている。街道に出てくる魔物は、それほど強くないので、素材も必要ではない場合が多い。ただ、駆け出しの冒険者にはいい小遣い稼ぎになる為に、喜ばれる場合が多い。
また、魔物が魔核を残す場合もあるが、ヤスは放置している。よくても銅貨程度にしかならない物を、ディアナを停止させてまで拾いたくないと思っているのだ。
「レッチュガウの商隊のようだな」
通り過ぎと時に、商隊の幌を確認して呟いた。
『是』
馬車の幌に、レッチュガウの街をしめすマークが書かれていた。
最近になって商隊が幌にマークを付け始めた。領主が認めた商隊であることをしめすマークである。他にも商隊が店舗を持っている場合には、店舗のマークが示されている場合もある。
「さて、レッチュガウに向かうぞ」
『了。ナビを開始します』
魔物を討伐した為に、多少の遠回りになったが、アーティファクトの速度を考えると誤差の範囲だ。
しかし、ヤスは普段よりも2割ほど速い速度で、レッチュガウを目指した。当初の予定よりも、1時間遅れて到着した。予定では、1時間37分の遅れだった。
ギルドで手続きを済ませた。報酬をまとめて受け取って、魔物の討伐場所の報告を行った。
ローンロットでは、報告を受ける立場だ。問題がないことがわかれば十分なのだが、セバスやサンドラやアデーから、報告を受けるのも義務だと言われて、渋々従っている。
「ねぇヤスは?」
リーザは、ファーストに神殿の主であるヤスの居場所を尋ねる。
「セバスの話では、明日には帰ってくるそうです」
「わかった。明日だね。ねぇ僕が相談したいことがあると言ったらヤスは会ってくれるかな?」
「大丈夫だと思います。事前に、お伝えしておきますか?」
「え?あっうん。お願い」
ファーストが、すぐにリーゼの家から出て、神殿に向かった。
セバスかツバキに、リーゼの要望を伝えるためだ。
幸いなことに、セバスが神殿に居たので、リーゼの要望を伝えた。
セバスは、マルスに伝達をして、移動中だったヤスから返事を貰った。ファーストは、返事をリーゼに伝えた。
「リーゼ様。旦那様は、明日の昼にはご帰還の予定です。昼を一緒に食べようとおっしゃっています」
「お昼?どこに行けばいい?」
「食堂での会食を準備をするように言われております」
「わかった」
---
ヤスは、神殿の領域に住んでいる人たちに、強制することはなかった。住居を与えたが、それ以上は何も言わない。最低限の食事は、ファーストたちが対応してくれている。そのために、仕事をしていなくても生活が出来る。
リーゼの場合は、それに”エルフ族”からの支援があり、しっかりとした食事も生活もできている。
「リーゼ様。旦那様とのお食事の時間です」
「ん?ありがとう」
リーゼは、ファーストが用意した服に着替えて、食堂に向かった。スカートだったので、自転車ではなく、キックスケーターで食堂まで移動する。
「リーゼ!」
「あっサンドラ?どうしたの?」
「どうした?は、こっちのセリフ。ギルドに来るなんて珍しいね。何か依頼?」
「あっ違う。食堂に行こうと思っているだけだよ」
「食堂?」
「うん」
「へぇ・・・。なんか、ヤス様が、食堂に入っていったけど、リーゼ絡みなの?」
「そうだよ?なんで?」
「え?」
サンドラは、リーゼを冷やかそうと思ったのだが、素直に答えられてしまって、冷やかす以前だと認識した。
リーゼがヤスを意識しているのは、神殿に住んでいる者たちの共通の認識だ。ただ、誰もリーゼに確認していないので、真偽は不明なままだ。ヤスにしても同じだ。ヤスが、街々で娼館に行っているのは公然の秘密になっている。神殿には、ヤスにならと考える女性は多い。
「サンドラは、王都に行かないの?」
「え?」
「ほら、なんとか子爵と、なんとかいう貴族がヤスに喧嘩売って、ヤスが返り討ちにして、なんとかいう貴族がお取り潰しになって、アデーが管理している別荘に押し込まれたのでしょ?」
リーゼの話は的を得ているが、話に出てくる人物の殆どが”なんとか”になっていてわかりにくい。
「えぇ」
「王都では、大変なのでしょ?なんか、商人たちが慌てていたよ?それに、サンドラのお父さんはまだ帰ってこられないのでしょ?行かなくていいの?」
「それは・・・」
「裁定が下っても、まだ帰ってこられないのは、何か決まっていないってことだよね?」
「え?あっ」
サンドラが声を詰まらせたのは、リーゼの予想が大筋で当たっているからだ。事情を知っている者なら簡単に導き出せるのだが、リーゼに渡っている情報は、サンドラが知っている限りでは、商人たちの噂話以上ではない。それも、王都から来ている商人は、リーゼには接触していない。ユーラットやアシュリの商人だけだ。
「どうしたの?」
「え?あっ。私は・・・」
「あっ!ヤスを待たせている!サンドラまたね!」
「え・・・(嵐のような人ですね)」
サンドラと別れたリーゼは、食堂に急いだ。
ヤスが待っていると聞いたからだ。待たせているという認識があるので、急いでいるのだが、別の感情が芽生え始めている。
「ヤス!」
「久しぶりだな。なんか、相談があると聞いたけどなんだ?勝負なら仕事が終わってからにしてくれよ」
「違うよ!あっ!その前に、『おかえり!』」
「ただいま」
ヤスは、立ち上がってリーゼを椅子に座らせる。ファーストに食べ物を持ってきてもらうように頼んだ。リーゼもファーストに注文をした。
「それで?」
「あっうん。ヤス。僕ね・・・・」
「なに?」
ここで、ファーストが二人分の食事を持って戻ってきた。
話は、食事の後にして、まずは食事を摂る。
食事の間、リーゼはヤスに、ヤスが居なかった間の話をしている。ファーストがフォローをいれるが、ヤスはリーゼの話を黙って聞いている。カートの話だけではなく、東門に作られたコースで、カイルやイチカとのレースの話や、西門にあるコースでの話だ。リーゼが楽しそうに話すのを、聞いているだけで、ヤスも嬉しくなってしまう。
リーゼが楽しそうにしているのも嬉しいが、カイルやイチカだけではなく、保護した子どもたちが楽しそうにしているのが嬉しいのだ。
食事が終わって、食後のデザートをリーゼが食べる。ヤスは、コーヒーをファーストに頼んだ。
「リーゼ」
「あっ。ヤス。僕、お店を持ちたい」
「店?」
「リーゼ様。それでは、旦那様に伝わりません」
「えぇ・・・。だって・・・」
「ファーストは聞いているのか?」
「はい。旦那様。リーゼ様。私からご説明してよろしいですか?」
「うん!お願い」
ヤスは、ファーストの説明を聞いて、なんとなくリーゼがやりたいことを整理した。
「リーゼは、神殿の迷宮区に店舗をだして、対価を貰って治療をする」
「うん。駄目?」
ヤスは、考えるふりをしてマルスに相談をしている。
『マルス。どう思う?』
『マスター。個体名リーゼが、治療魔法や治癒魔法を使えるのは判明しています。他人に教えることが出来るか確認してください』
「なぁリーゼは、魔法を他人に教えることは出来るのか?」
「僕が?基礎なら大丈夫だと思うけど、それ以上は難しいと思う。僕の魔法は、ちょっと特殊だから・・・」
『マスター。基礎だけでも、学校の子どもたちで、素質がある者を個体名リーゼの部下につけて教えるのならよいことだと思います』
『それで?』
『治療や治癒の魔法が使える者が増えれば、神殿の価値が上がります』
『価値?』
『はい』
『まぁいい。リーゼがやりたいみたいだし、子供が出来る仕事が増えるのはいいことだからな』
『了』
「リーゼ。迷宮区にリーゼの店を出すのは許可する。対価も、リーゼに任せる。商店でポーションを売っているから、ポーションよりは安い対価はやめてくれよ。それと、子どもたちをリーゼの部下につけるから、基礎を教えてくれ」
「旦那様。対価は、私が調べて調整します」
「任せる」
「ヤス、ありがとう!僕、頑張るね!」
「ファースト。セバスとツバキと相談して、リーゼの店の場所を決めてくれ」
「かしこまりました」
『マルス。サポートを頼む。それから、セバスとツバキに、子どもたちで適性がある者をリストアップしておくように言ってくれ』
『了』
ヤスは、リーゼが自主的にやりたいと言ってきた内容なら認めようと考えていた。
治療院なら、冒険者たちの治療が行える。
翌日には、ギルドにリーゼが書いたことになっている申請書が届けられた。ヤスが承認しているというサイン付きだ。迷宮区の入り口は、ギルドが管理しているので、筋を通す必要があったのだ。
ギルドもヤスが許可をだしていることに異議を唱えるつもりはない。それに、治療院が出来るのはギルドにとってもいいことなのだ。
リーゼの実力はわからないが、冒険者に選択肢ができるのは、競争が産まれるので、良いと考えた。
リーゼの対価は、低級のポーションよりは高く、中級のポーションよりは安くしている。怪我の度合いで変えようとする意見も有ったのだが、判断が難しいので、一回の対価として考えたのだ。助手の子どもたちが行う場合には、低級のポーションと同等にしている。そして、子どもたちの中から本人が承諾した者は、迷宮区に一緒に入る許可が出た。冒険者が護衛をしっかり行うことと低階層のみという縛りがあるが、ドーリスからの要望を受けて行っている。
リーゼが作った治療院は、マルスが考えていた以上に神殿の価値を上げた。
未来の話なのだが、神殿で治療や治癒を習った子どもたちが、他の場所(=集積所)に店舗を出し始めて、各地の治療や治癒を行い始める。ヤスは最後まで抵抗していたのだが、店名は”オオキ(場所の名前)治療院”となってしまった。
大木の都に住む者たちは順調に増えている。しかし、神殿の都に住む者たちは増えていない。
カイルとイチカたちは、神殿の都で受け入れた。その後に、帝国で二級国民になっていた子どもたちも受け入れた。ヤスが決定したことなので、異議を唱える者は居なかった。神殿の都に住むには、マルスの審査が必要になる。厳しい審査だ。審査基準が公開されていないので、敬遠する者も多いのだ。しかし、他の村では、審査は王国の町や都市に近い状況なので、移民として移り住む者が増えている。
神殿の都ないで特別な施設は、学校関連だろう。カイルたちや帝国で保護された子どもたちで、テスト運用していた学校関連の施設が、正式に稼働し始めた。
午前中は基礎学習を行う。文字の読み書きから、簡単な計算を勉強する。年齢で学年は分けていない。ヤスは、日本の小学校をイメージしていたのだが、育った環境がバラバラで、年齢で分けるよりも、習熟度で分けるほうがいいと判断した。
基礎学習は、テストに合格すれば卒業となる。あとは、成人の年齢まで、学校で生活を行っていく。
食事と住居が与えられる。卒業までは、学校で行われる好きなカリキュラムを受けることが出来るようになっている。
リーゼの治療魔法を教えるカリキュラムは人気講座の一つだ。
他にも、イワンが選出して学校に派遣してきた者が行っている、魔道具の製作講座も人気だ。
ヤスも、最初は運転の講座を実行しようとしたが、神殿の住民から”辞めて欲しい”懇願された。神殿の主が講座を行えば皆が受けたいと思うのは当然の話で、受けられない者から苦情が”学校やギルド”に殺到するのが目に見えていたからだ。
施設の利用は、大木の都の住民には解放した。
成人後でも意欲があれば勉強を始められるようにしたのだ。文字の読み書きは必須ではないが、出来たほうがいいのは当たり前だ。四則演算も必要ではないが、騙されないためにも覚えておいたほうがいい。
学校の施設は、成人前の子供なら無料で利用できる。元々は、住民に限っていたのだが、大木の都も大きくなり、バスの運行が始まったことで、ユーラットだけではなく、トーアフードドルフやトーアヴァルデ、ローンロットだけではなく、湖の村やウェッジヴァイクからも通ってきている。
講座も、いろいろ始まっている。神殿の都の住民が申請して始まった講座も存在する。受講を希望する講座は、最初は”ギルド”で受けていたのだが、作業が多く煩雑になることから、学校に事務局を設置した。
事務局には、三月兎の店主だったラナが就任した。事務局長はお飾りだがヤスが就任している。神殿の都の施設は、ギルド以外は全てのトップはヤスなのだ。ヤスは、面倒だから好きにしてくれと言っているのだが、住民からの求めに応じた形になっている。
学校は、発展には必要な物だが、効果がすぐに現れる施設ではない。
ヤスが、為政者なら学校など作らなかったであろう。各村の代表が集まる会議でも、議題として学校が取り上げられる。支出が飛び抜けて多いのが学校施設だからだ。大木の都は一国として考えると、領土は少ないし、領民も少ない。純粋な戦力で考えると、最弱なのだが、”神殿を攻略した”事実が不気味に見えるのだ。ユーラット近くにあった”神殿”は活動していないと言われていた。しかし、大量のアーティファクトが産出されて、迷宮区と呼ばれる場所まであったのだ。神託を伝えていた皇国のメンツが潰された状態になっているのだ。ヤスだけが目立つ形になっている状態で、”国”としての大木の都は、辺境に出来た”街”程度に考えられていた。
各村の代表は、”村”と呼ばれる場所が、従来の常識で考えれば、”都市”と同等以上の防衛力を有している状態なのを認識している。
ヤスが、頑なに”村”という呼称を続けているので、皆も”村”と呼称し続けている。王国内で、神殿の情報に詳しい者たちは、”村”でないのは承知している。学校で行われている内容は把握していても、その価値に気がついている者は少ない。
学校は、ヤスが絶対に続けると言っている施設だ。運営を行う為の資金の殆どは、ヤスから出ている。
---
サンドラは、4つの案件を持って、ヤスに面会を申し込んだ。
ヤスは、物流倉庫の設営のために出ていた。二日後に戻ってくると伝えられたサンドラは、安堵の表情を浮かべる。4つのうち3つは大きな問題にはならない。問題は、王都から伝えられた内容だ。サンドラは、伝えられた内容を、アデーに確認したのだが、アデーも知らない内容だった。すぐにジークに連絡をして確認したが、書類には不備がなく、すでに発行された命令だった。大木の都は、独立した国家と同等と考えられていて、そこの主人であるヤスに命令は出来ない。サンドラは、与えられた二日間で最大限の努力をした。情報を収集して、打開策を模索した。アデーやドーリスやアフネスを巻き込んだが、いい方法は浮かばなかった。
サンドラは、重い足で約束の場所に向かった。疲れた身体を、重くなっている心が更に重くさせていた。
部屋の前に居たセバスに、ヤスとの面会で来たことを告げる。
「お待ちしておりました」
セバスが開けたドアから、サンドラは部屋に入る。サンドラが、重要な報告があるとヤスに伝えての会議だったので、学校の会議室ではなく、ヤスの工房に隣接して作られている執務室に通された。
「おかけになってお待ち下さい」
「ありがとう」
サンドラを案内したセバスが部屋から出ていくと、入れ替わりにツバキがコーヒーを持って現れた。サンドラが良く飲んでいる物だ。ヤスが座る場所には、紅茶を置いた。サンドラは、出されたコーヒーの美味しさから息を吐き出した時に、工房に繋がる扉が開いて、セバスが部屋に戻ってきた。サンドラは、持っていたカップをテーブルに置いて立ち上がろうとした。
「立たなくていいよ。座って」
セバスの後ろから、ヤスがサンドラに座っているように言っている。素直に従って座り直す。
「悪かった。待たせたな」
「いえ、お時間を頂きましてありがとうございます」
「うん。それで?報告があると聞いたけど?」
「はい」
サンドラは、4つの報告があるとヤスに伝えてある。
細かい内容を伝えようとしたのだが、ヤスがサンドラの様子から、直接会って話を聞きたいと言ったのだ。
1つ目の報告は、各”村”の現状をまとめた物だ。
ヤスは、サンドラから報告を受ける。ヤスは、好きにしていいと、何度も言っているのだが、”村”の代表は、ヤスが”頭”だと譲らないのだ。仕方がないので、ヤスは報告をマルスにも聞かせて、問題がないのかをチェックさせている。サンドラたちも、報告をまとめる時に皆で集まって作成するようにしている。二重にチェックが行われているような状況になっている。そもそも、ヤスは”村”から税を徴収していない。”村”は王国に支払っていたのと同等の”税”を収めようとしたのだが、ヤスは必要ないと言っている。その代わり、集めた”税”は各村で使うように指示を出した。それに異議を唱えたのは、各村の代表だ。折衷案として、”税”は神殿に集められて、全部を各村に配布するとことになった。今は、集められた”税”の説明が行われている。
2つ目の報告は、各村からの提案だ。
ヤスは提案に関しては、どんな些細なことでも伝えるように各村に伝えている。そのために、本当に些細なことからぶっ飛んだ要望までヤスに伝えられる。人間関係や個人的な願いは却下していくが、生活が楽になったり、村の為になったり、公益になるような物ならヤスは受け入れている。
今回の提案の中から即座に採用が決まったのは、3つだ。
一つは、アシュリとトーアヴァルデとローンロットの間に一定間隔で物見櫓を建てたいという提案だ。商人だけではなく、別荘に向かう貴族や豪商の安全を確保するためにも必要だと思われた。サンドラが裏の意味として、貴族たちや豪族たちの置き土産を排除する意味があると言っていた。
置き土産。護衛として申請して連れてきた者を、神殿の近くに忍ばせて諜報活動をしようとしているのだ。完全な排除は難しいが、抑止力にはなると提案はまとめられていた。
実は、物見櫓は必要ではない。マルスが領域を神殿の領域を広げて監視を行っているので、不審者は処理されている。その事実を知らされていない者たちからの提案だった。
二つ目は、一つ目にも関わることだが、守備隊の増強を提案された。予算に問題がないのなら増強は問題ではないとヤスはサンドラに伝えた。
三つ目は、マルスからの微妙な反応を無視してヤスが即決した。各村が集まる”祭り”の開催提案だ。会場の手配から、内容までヤスが責任を持つと宣言した。
残り二つの報告は、一つはそれほど問題ではないのだが、もう一つが・・・。
サンドラは、残っていたコーヒーを一気に煽ってからヤスに報告を告げる。
ヤスは、サンドラからの二つの報告を聞いて、少しの休憩を挟んだ。ヤスの問題ではなく、サンドラの体調を考えてのことだ。
会議に参加はしていなかったが、マルスからの指示を受けて、ツバキがタイミングを見て飲み物の替えを用意した。一段落したタイミングで飲み物の交換なのだが、サンドラの分だけしか用意されていなかった。
ツバキがお茶を替えている時に、セバスがヤスを探していると告げた。強制的に中断させる方法を取ったのだ。
部屋から一時的に出ていくヤスを、サンドラは見送った。気を使われているのだと解ったが、確かに休憩が欲しいと思っていた。自分の考えが、まだまとまっていないのも影響しているのだが、ヤスにどう説明していいのかわからないのだ。ヤスの逆鱗に触れて、サンドラだけが出ていけと言われるのなら、甘んじて受けようと思っている。
ゆっくりと出されたコーヒーを飲みながら、サンドラは問題になっている。王都から送られてきた書類を見る。
アフネスは無視してしまえと言っていたが、無視できるような物ではない。他の”村”の長たちも、送り主にはあまりいい感情を持っていないので、ヤスに見せる必要はないと言っていたのだが、ドーリスとサンドラが、見せなかった時のデメリットが大きいと判断した。
15分くらいの休憩を挟んで、セバスが戻ってきた。
「サンドラ様」
「あっ飲み物はもういいわ」
これ以上、緊張を和らげるために、コーヒーを飲んだらヤスと話をしている時に、中座したくなってしまう。それだけは避けなければならないと思っていた。
「わかりました。旦那様が戻られます。座ってお待ち下さい」
「ありがとう」
ヤスが、執務室に戻ってきた。サンドラの正面に座って、ツバキに飲み物を頼んだ。
「それで?」
「はい。残り二つの報告なのですが、一つ目は・・・」
ヤスは、サンドラから渡された書簡の束をみながら、話を聞いていた。
サンドラから見えるヤスは、書類に目を落としているが、サンドラの説明をしっかりと聞いてくれている。しかし、ヤスは書類を目で追っているし、話も聞いている・・・。ように見えているが、実際にはマルスに確認をしながら、どうしようか考えていた。
「会議では、結論が出ませんでした」
「意見も出なかったのか?」
「・・・」
「サンドラ。どうした?」
「ヤス様。意見は出ました。反対意見もありましたが、概ね受け入れてもいいのではという意見です」
「うーん。反対意見は?」
「財政面が主な理由です」
「他には?」
「技術の流出を懸念しています。あと、ヤス様や神殿の内部に関する情報の流出です」
「技術は、本当に秘匿しなければならない物以外は公開していい。情報は、積極的に開示しているよな?」
「はい。貴族たちは、ヤス様が開示されている情報を欺瞞情報だと思っています」
「うーん。欺瞞情報だと思われているのなら、何をしても無駄だ。無視する」
「はい」
「技術を習得して、自領の為に働きたいのなら、別に構わないぞ?基幹技術は、イワンが秘匿しているから、結局、神殿に頼らないと無理なのだろう?」
「そうなってきます」
「人数は?」
「え?」
「予想される、学校に通いたい人数が書かれていなかったからな」
「え?あっ。貴族家からは打診が有っただけで、無条件に受け入れてくれるとは思っていないようです」
「そうか・・・」『マルス。帝国は、まだ神殿への侵攻を諦めていないと思うか?』
『是』
『そうだよな。一回の失敗で懲りるような連中じゃないよな?』
『はい』
「なぁサンドラ。書類には、学校の場所が明記されていないけど、間違いはないよな?」
「え?神殿の都で受け入れるのでは?」
「それも考えたけど、神殿の領域にある学校は、俺たちが保護した孤児や孤児院出身の者たちの為で、貴族の子弟を預かるようにはなっていない。そうだよな?」
「・・・。あっ!そうですね。宿の問題もあります。孤児と同じ宿舎に泊めるわけには行かないと・・・」
「うん。でも、受け入れを行わないと、後がうるさそうだ。実際に、レッチュガウからの留学は認めているよな?」
「はい。もうしわけございません」
「サンドラを責めているわけではない。それに、レッチュガウから来ているのは、孤児やスラム街に居た子どもたちだよな?」
「はい。父には商人の子供や寄り子からの押し込みは拒否してもらっています」
「クラウス殿の寄り子や派閥の貴族なら、それで話が通るけど、書類を見るとそれだけではないよな?中立派閥の者も多いよな?」
「・・・。はい」
今、ヤスがした指摘が、サンドラの頭を悩ませていることだ。父や王家の者たちの思惑としては、神殿を餌に中立という日和っている連中を派閥に組み込みたいと考えているのだろう。ヤスなら、貴族の思惑にも気がついていると思っていた。あえて説明しないで、指摘されてから、事情の説明をしようと考えていた。
「ふーん」
サンドラは、冷や汗が止まらない。書類を見る。ヤスの表情が怖いのだ。
「サンドラ。”学校に通わせたい”がこの書類の趣旨だよな?」
「はい。そうなります」
「教師にも限界がある。クラウス殿や王家から人を出してもらうことは出来るか?」
「受け入れる条件に設定はできます」
「わかった。それなら受け入れよう。学費は、神殿で講座を受ける大人と同じでいいか?」
「え?」
サンドラは、その10倍程度の要求を行うつもりだった。
『マルス。ウェッジヴァイクとトーアヴァルデの間にある使いみちが無かった土地に使いみちを与えるぞ』
『了。よいお考えだと思われます』
「サンドラ。提案がある。王家は無理だと思うが、学園の理事を派閥のトップから出してくれ、それから、学園に子供を送りたい貴族は、必ず子弟を送るように付け加える」
「よろしいのですか?」
「問題はない。学園の理事会を作る。理事会の役割は、後で説明するけど、学園の運営は理事会が全て決定する。議席数の2/3の賛成が必要で、神殿から厳選した理事の数は、2/3以上になるように調整してくれ」
「はい。問題はありません。理事会の全員が、神殿の関係者でも問題にはなりませんが?」
「駄目だ。必ず、貴族や豪商の関係者を潜り込ませろ、そうしないと、神殿側の人間を買収しようと動くはずだ、数名でも神殿側ではない人間が居れば、そいつらをマークすればいい。情報戦を制することができる」
「はぁ・・・。わかりました」
サンドラは、ヤスの目論見が未だにわからない。
神殿の物で、ヤスが運営すれば問題にはならないと思っているのに、”なぜ他人に任せる”のか、理解ができないのだ。ヤスが自分で得た権利を手放しているように思えてしまうのだ。
ヤスに言われたことは、メモしているが、ヤスから渡された”録音機材”を使って録音もしているので、後で、アフネスたちと検証して、ヤスの真意を理解しようと思っている。自分一人で抱えるには案件が大きすぎる。最低でも、アデーを巻き込もうと考えていた。
サンドラが、ヤスの真意が見抜けないまま、言われた内容をメモしている。
ヤスは、セバスに指示をして、部屋にかけられているスクリーンに地図を表示する。サンドラは、更にヤスの真意がわからなくなっていた。サンドラたちの提案として、受け入れる場合には、別荘区を貴族に買い取らせて、そこに子どもたちの宿舎を自分たちで建てさせるつもりだったのだ。別荘区からなら歩いてでも学校に通えるし、無駄な警戒をする必要がない。
「サンドラ。神殿にある学校では、授業内容は別にして貴族の子弟が満足出来るような物ではない。そうだな?」
サンドラは、違うと思っているが、くだらない部分で見栄を張る奴らはどこにでも居る。平民と貴族が同じ場所で勉強をするのがおかしいと文句を言い出す輩が絶対に存在する。
「・・・。はい」
「だから、この場所に、新たな学校を作る」
「え?」
ヤスが示した場所は、サンドラたちの斜め上をいく場所だ。別荘区のフロアの一つに学校を作ってはという意見はたしかに存在していたし、一番いい解決策のように思えた。しかし、ヤスが示した場所は、誰も考えていなかった場所だ。
「しかし、その場所は・・・」
「法的な問題はないよな?帝国側が問題にしてくるだろうけど、実効支配しているのは神殿の勢力だ」
「そうですが・・・」
サンドラは、メリットとデメリットを考える。
「あっ!それで、理事会なのですね」
ヤスはニヤリを笑う。いたずら小僧の笑いだが、サンドラは別のことを考えていた。帝国だけではなく、王国内の貴族に対しての牽制にもなる。
お父様たちも、こんな手を使われるとは思っていなかったでしょう。
「そう。それで、トーアヴァルデと同じように、城壁で囲った、学園村を作る」
「学園村?」
「そうだ、学校のベースは同じにして、寮を分ける。あとは、商人を誘致してもいい。神殿に商店を作られない者たちの不満が溜まっているのだろう。ガス抜きに使えばいい。運営は、理事会に一任。神殿は、技術提供と場所貸しだな」
「わかりました。検討します」
「うん。広さとか決まったら教えてくれ、セバスたちに城壁を作らせる。学校施設と寮は作るけど、商店や住民用の住居はまかせていいよな?」
「はい。お任せください」
「それで?」
サンドラは、次の話をする前に、資料をヤスに見せる。
「ヤス様。話は一つですが、その前に状況をお伝えします」
「頼む」
「はい。リップル子爵家から始まった騒動ですが、セバス殿やツバキ殿のご協力を得て、証拠が固められました。本来なら、王家がヤス様にお礼を言いに来るのが筋ですが・・・」
「必要ない」
「ありがとうございます。既に、ヤス様にご報告の通りに、指示を出した、公爵家と侯爵家は当主の交代と、領地の没収が完了しております」
「あぁ聞いている。クラウス殿の領地が増えるのだろう?寄り子に任せたとは言っていたな」
「はい。王国としては、ヤス様に領地を任せたかったようですが・・・」
「飛び地だし、俺は、ユーラットと周辺だけで満足だよ」
「はい。ヤス様から言われているように領地は必要ないと伝えてあります。そして、関わった者たちへの処分が終了しました」
「一部、別荘区に来ているよな?」
「はい。アデーが管理する別荘に幽閉しております」
「いいのか?」
「はい。その件で、レッチュ辺境伯からお礼が届いております」
「必要ないのに、俺としてもメリットがある話なので受けただけだ」
「わかっております。貴族の見栄だとお考えください」
ヤスは少しだけサンドラを見つめてから、受け取ると返事をした。サンドラは、話の前段が問題になるような部分がなく終了したことに安堵した。
王国からの報告を交えてしまうと、王国が神殿を”流刑地”にしている印象を持たれてしまう。それに、王家からの”礼”ではなく、辺境伯から”礼”が来ている時点で、王家が神殿を”下”に見ていると思われてもしょうがない。
実際の話として、ヤスは”上”とか”下”とか、もっと言えば、”メンツ”にはこだわらない。もし、メンツを考えているような人間なら、アデーに別荘区の管理を一部とは言え任せたりはしないだろう。それだけではなく、”流刑地”だと思われるような使い方をされたら、文句の1ダースをサンドラにぶつけているだろう。
ヤスにとっては、些細なことなのだ。
自分がやりたいことが出来る状況になっているのが嬉しいのだ。
辺境伯も自分たちにメリットがある為に、ヤスの提案である”物流倉庫”の建築を推し進めた。短期的な効果は予想以上に大きいが、長期的なメリットを感じ始めるには至っていない。長期的なメリットが感じ始めた時には、ヤスの”物流”に頼ってしまっている実情を嘆くことに鳴るのだが、神殿の価値が上がる行為なので、サンドラも辺境伯に言葉を濁した忠告をしただけだ。
二人が言及しない”辺境伯からの礼”には、情報提供が含まれている。
サンドラとアデーには、別荘区の管理を任せている。実際には、管理ではなく、監視業務を任せているのだが、サンドラは貴族に関係する業務が多いために別荘区の業務はアデーに任せたいと思っていただのが、アデーは自分の趣味に走ってしまっている。二人は、自分たちの従者や侍女に一定の権限を与える許可をヤスに求めた。ヤスは元々二人が業務をやるとは思っていなかった。別荘区の入り口近くに作った建物を二人に与えて、その中で業務を行うように伝えて、侍女や従者に権限を与える許可を出した。別荘区に出入りする者たちの監視が表向きの業務だが、神殿の力を使った監視が行える状況になっている。それらの情報をまとめて辺境伯や王国に提供しているのだ。もちろん、アデーとサンドラの名義での提出になっている。二人は、情報料を貰って、ヤスに”監視施設”の賃料にしようと考えていたのだが、ヤスは受け取らなかった。代わりに、別荘区で働く者たちへの給金として渡すように言われた。二人は、孤児院などから成人が間近に迫った子どもたちを雇って、最低限の教育をさせてから施設の運営に必要な人員を確保する計画を立てて、ヤスに承認してもらった。
「”礼”に関しては、俺からクラウス殿に、”受け取り状”を出せばいいのか?」
「もうしわけありませんが、お願い致します」
「わかった」
「ヤス様。本題なのですが・・・」
「あぁ」
「別荘区に、幽閉されている公爵家の元当主が、帝国経由で皇国に密書を流していたことがわかりました」
「それは?」
ヤスも、その事実は掴んでいる。
サンドラやアデーのルートとは違うが、セバスが楔の村経由で掴んだ情報だ。帝国のヤスに乗っ取られた男爵家にも同じ内容が皇国から届けられている。
「要約すると、”王国の公爵家が、神殿の管理は皇国に委託された。従って、不法占拠している、管理者を名乗る者を皇国に差し出し、神殿を明け渡すように通達する”です」
「へぇ・・・」
ヤスが怒り狂う状況を考えていた、サンドラは拍子抜けしてしまった。
「ヤス様?」
「あぁサンドラ。少しだけ、考えたのだが、俺の考えを補填するために、状況を少しだけ教えてくれ」
「はい。私が知る限りの情報をお伝えいたします」
「まずは、皇国が言い出した根拠となる”公爵家の当主”は、別荘区に居るのだよな?」
「はい」
「ドッペルだよな?」
「はい」
「事情を聞き出すことは出来るよな?」
「はい。事情は既に聞いています。本人も認めています。帝国からの増援が欲しくて、帝国からの提案を受ける形で、密書を送ったようです」
「密書なのか?」
「はい。しかし、公爵家の紋章が使われています。密書でも、正式な文章としての効力があります」
「それは、どうでもいい。重ねて聞くが、サンドラたちが対処に困っているのは、王国にある教会も似たようなことを言い出しているからなのか?」
「え・・・。はい。公爵家と侯爵家の派閥にいた者たちが、教会を扇動したようです」
「なぁサンドラ?」
「はい」
サンドラは、身体をこわばらせる。
「俺が、神殿を攻略したから、神殿の領域は俺が好き勝手にしていいということだよな?」
「はい」
「神殿の迷宮区は、開放しているけど、俺が各地を回って聞いた話では、俺たちが居る神殿以外では、神殿を攻略した者だけが神殿に入られるようになっているのだよな?それは、再攻略されるのを恐れるからなのか?」
「当然です。再攻略されたら、神殿の権利を奪われてしまいます」
ヤスは、周りが見ている神殿の状況を改めて認識した。
自分がしているように神殿の権能を使って、迷宮を複雑に攻略出来ないようにすれば、迷宮区を公開して、冒険者たちを誘致すればメリットが多くなる。ヤスの考えが異端だと認識出来たのは大きいことだ。これで、ヤスの思考が加速する。サンドラの目の前で話をしても良かったが、一人で考える”フリ”してマルスと相談しようと考えた。
「ふぅーん。10分くらい考える時間をくれ」
「え?わかりました」
サンドラは、ヤスに頭を下げてから控えの部屋に移動した。
『マルス!話は聞いていたな』
『是。愚かなことです』
『だよな。再攻略は不可能だろう?』
『今、迷宮区に入っている者たちが100万人居ても可能性は”0”です』
『一人が、100万倍の強さになったら?』
『それでも、0.0025%です。マスター。最下層の部屋を思い出してください』
『あっ・・・。そうか、もう密林になっている広大なフィールドの中で、天井に結界で何重にも守られた場所に居る米粒程度の魔物を倒す必要が有ったのだな』
『はい。それだけではなく、エルダーエントの個体名セバス・セバスチャンやエルダードリュアスになっている個体名ツバキの本体があります。経験を積んだ眷属たちが守っています。攻略は不可能です。また、密林は炎で焼き尽くしても、すぐに復活します』
『そうだけど、できれば最下層は隠したいな』
『是』
『マルス。今なら、階層はどこまで増やせる?』
『限界はわかりませんが、魔素の充填を考えると、255階層が限界です。入り口が実質的には、5階層になるので、迷宮区として使えるのは、250階層です』
『作るのには?』
『マスターの努力次第ですが、階層だけなら、164時間39分です』
『約1週間か・・・』
『作成に当たって、討伐ポイントの殆どがなくなります』
『運用を現状維持で考えて、支障がないレベルで作成を行うと?』
『261時間45分です』
『わかった。階層を増やす処理を始めてくれ』
『了。最下層の前に挿入する形で階層を増やします』
『わかった。一時的な安全装置の解除も可能だよな?』
『是。マスターが命名した安全装置の解除は可能です』
ヤスは、その後も時間までマルスと打ち合わせを行った。
時間が来て、サンドラをセバスが呼びに行った。