サンドラは、ローンロットの道のりで2回の休憩を挟んだ。
アーティファクトの魔力切れを理由にしたが、実際には、ジークとアデーからの質問攻めに精神が疲れてしまったからだ。
質問される内容の殆どが、サンドラでは答えられない内容だった。ヤスに聞いて欲しいと思ったが、ヤスを質問攻めにすると、嫌になって貴族と合わないと言われてしまう。実際にヤスは気に入った人にしか合わない傾向が強い。それでは、困る場面が出てくるかもしれない。
サンドラは、ハインツに助けを求めたが、ハインツはアーティファクトの速度に驚いて使い物にならなかった。
「ジークさん。アデーさん。もうすぐ、ローンロットです。長めの休憩を取ります。ハインツ兄様。いつまでも驚いていないでください」
「え?もう?」
「はい。ローンロットです」
「・・・。本当に、一日で着いてしまうのですね」
アデーが呟くように言っているが、実際王都からローンロットまで通常の馬車で移動したとしても、12-3日必要になる。そこから、神殿のリゾート区までの移動には、2日は必要になってくる。アーティファクトであれば、一日で到着出来てしまう。
また、第二王女であるアデーが移動する場合には、護衛だけではなく、侍女が着いてくる。移動の日数分の物資も必要になる。寄る村や町で補充出来るのだが、小さな村では補充が出来ない場合も多い。
それだけ王族の移動は面倒なのだ。護衛の人数にもよるが、歩く速度と同等になってくる場合もあり、移動にさらに時間が必要になってしまう。
「リゾート区にも、食事を出している店はありますので、食事の必要はありませんが、関所の森を散策などしてはどうでしょうか?私は、魔力の回復を行う為に休みます」
サンドラは、無理筋だったが、エアハルトを呼んで、ジークとアデーとハインツの相手を頼んだ。
3人は、関所の森に入っていった。
ヤスがエアハルトに命じて始めたことだ。
ローンロットにもアーティファクトに乗りたいと言ってくる者たちが大量に居る。その者たちを、神殿まで運んだり、アシュリまで移動させたりするのは、非効率のうえセキュリティを考えてよろしくない。ヤスは、配送の邪魔になる見学希望者をまとめてアーティファクトに乗せて、関所の森を回るように指示をだした。それだけで満足して帰っていくのだ。貴族向けに専用アーティファクトのように少人数で乗るバージョンも作った。
今回は、その少人数のバージョンで関所の森を1時間遊覧するのだ。
サンドラは、FITの運転席に戻って座席を倒して目を閉じる。
今日を含めて4日間は仕事にならないのは覚悟している。ドーリスやディアスが代わりをしてくれている。ミーシャも手伝ってくれている。ただ、貴族の対応だけは、サンドラの対応を待つと決まったので、4日分の対応が溜まってしまう。
終わってからの作業を考えると、憂鬱な気分になってしまう。
「いいや。まずは、ジークムント様とアーデルベルト様の事を考えよう」
王子と王女の名前をつぶやきながら、サンドラは目を閉じた。
どのくらい寝ていただろう?
サンドラは、アーティファクトの窓が叩かれる音で目をさます。
「お兄様?一人?」
サンドラは、窓を空けた。
「サンドラ。よかった」
「え?」
「お前が、アーティファクトの中で倒れていると聞かされて、戻ってきた」
「そうだったのですか?大丈夫です。疲れて横になっていただけです」
「そうなのか?俺も、お前ほどではないが、魔力は多いほうだ。必要なら、俺が提供するぞ?」
「・・・。あっお兄様。ありがたいのですが、このアーティファクトは、私の魔力か神殿からしか、供給できないのです」
嘘である。
だが、ヤスが決めた、アーティファクトの設定だ。教習場で教えられるのだ。嘘の設定だが、アーティファクトだからあり得ると思わせてしまっていて、設定を変えるタイミングがないままズルズルと来てしまっているのだ。
「お兄様。ジークさんとアデーさんは?」
「遊覧を楽しんでおられる」
「それはよかった。もうすぐ帰ってきますね。お兄様。お乗りください」
「わかった」
ハインツがFITに乗り込んでから5分くらい経ってから興奮を押さえられない様子の二人が帰ってきた。
サンドラは、質問に答えるのを後回しにして、リゾート区に移動を開始した。
ローンロットからリゾート区までは整備された道だ。ナビに、馬車やアーティファクトの存在を示す印が出る。
リゾート区では、マリーカが待機していた。
「マリーカ。後はお願い。ジークさんとアデーさんよ。サンプルの別荘にご案内して、お兄様も同じでいいわ」
「はい。お嬢様。ジーク様。アデー様。マリーカと言います。よろしく願いいたします。ハインツ様。お久しぶりです」
マリーカの案内で、リゾート区の入口を見て回った。
サンプルで作った別荘は、専有タイプと共有タイプがある。共有タイプには、すでに商人や下級貴族が別荘の建築を始めている。移動には、馬車を使う。アーティファクトでも、ヤスが情緒を大切にしろと言い出して、使えるアーティファクトは、自転車とバイク(原動機付き自転車)だけになった。モンキーも禁止となっている。
ただ、馬車が規格外だ。イワンとヤスの趣味の結晶なのだ。魔道具で固められた馬車は、高級な馬車に乗りなれている王子と王女が乗っても欲しいと思わせる物だった。マリーカから報告を聞いたヤスは、サンドラに”売る?”と聞いたが、サンドラは即座に却下した。今の馬車工房を潰して乗っ取るのなら賛成だが、ドワーフの工房で馬車ばかりを作る事になるだろうと言ったので、ヤスもイワンも、売らないと決めた。ただ、王家や辺境伯向けには作って献上することとした。
最初に共有タイプの別荘を見てもらってから、専有タイプの別荘に案内した。
別荘は、サンドラの意見を取り入れて、見た目は普通にした。魔道具も自重した。サンドラが必要だと思った物だけを取り付けたのだが、別荘を作っている時点で、サンドラも世間の感覚からかけ離れていたために、サンプルの別荘が高級を通り越した超高級な別荘になってしまっていた。
専有タイプのサンプル別荘は、湖の畔に建築した。
「ジーク様。アデー様。ハインツ様。こちらがお泊りになる別荘です」
3人が固まってしまった。
王家が所有する別荘だと言っても信じてしまう大きさなのだ。
「マリーカ?本当にここなのか?」
「はい。お嬢様とヤス様がサンプルで建築した別荘です」
「マリーカさん。建物はこれだけなのですか?」
「アデー様。私は呼び捨てでお願いします。ご質問ですが、このフロアは専有タイプです。今、建築済みの別荘は一箇所だけですが、実際にはフロアのどこに建てられても問題はありません」
「このフロアの広さは?」
「正確な広さは、分かりかねますが、ヤス様からは、王都と同じ位だとお聞きしております」
「え?王都と同じ広さは、専有というのは、一人で使えると?」
「はい。専有フロアには、種類がございます。これは、川湖タイプです。他には、山岳タイプと草原タイプと森林タイプと、墓場毒沼タイプがございます」
「え?川湖タイプや山岳、草原、森林はわかるけど、最後は?」
「墓場毒沼タイプです。敷地内に、墓場や毒沼が点在して、枯れた木々や草花。アンデットが徘徊する場所です。正直、私は好きではありません。毒沼には、ポイズンフロッグやポイズンスパイダーなどの毒を持つ魔物が生息しております。墓地毒沼フロアなら、一年間、銀貨1枚で借りられます」
3人が何を想像したのかわからないが、誰も借りないのはわかりきっている。わざわざ作ったのは、ネタになるのと、実は墓場を開けると宝箱が出現したりするのだ。迷宮区と同じ扱いにしているのだ。悪意以外の何者でもないが、借りた者にはかなりの利益になる。
「どうかいたしましたか?」
「マリーカ。ひとまず、今日はここで休ませてもらう。使えるのか?」
「はい。メイドも手配しております。何なりとお命じください。質問がありましたら、メイドに質問してください。禁則事項に触れる質問以外は答えます」
「禁則事項?」
「はい。ヤス様に関しての質問はすべて禁則事項です。アーティファクトの原理に関しても同じです。それ以外は、質問を聞いてからの判断になります」
「わかったありがとう。明日の予定は?」
マリーカは、サンドラから聞いている3日分の予定を一気に説明した。
3人は、いろいろありすぎて考えたいと別荘に入って休む事にした。
心が休まるまでまだしばらくかかるのだが、そのときには3人は知らなかった。
サンプル別荘に入った3人は、驚愕で身体が固まってしまった。
メイドからフロアの説明を聞いたからだ。
「ハインツ?」
「おい!ハインツ!」
「あっはい。ジークムント様」
「ハインツ。ジークと呼べ」
「あっはい。もうしわけありません。ジーク様」
ハインツは、普段の癖が抜けきらない。
サンドラのように、”さん”とは呼べないのだ。王宮に行っていた癖が抜けきらないのは無理からぬことだ。
「”様”も必要ないが、無理だろうな。ハインツ。お前は知っていたのか?」
ジークムントが言っているのは、別荘に入ってきて、最初に説明を受けた、タブレットの事だ。
ヤスとサンドラは、別荘地を快適に過ごしてもらうために、専有フロアの場合には、タブレットで気候をある程度は調整を可能にしたのだ。
昼と夜の時間調整したりは出来ない。神殿がある場所と同じにしているのだ。
気温はある程度は調整出来るようにした。しかし、極端に寒い気温や、極端に暑い気温には出来ない。天気は簡単に調整出来る。
ただそれだけなので、ヤスもサンドラも神殿の迷宮区では一般的なことなので、深く考えなかった。
「いえ、知っていたら、これほど驚きません」
「そうだな」
「お兄様?ハインツ様?これが、そんなに驚くことなのですか?神殿の中ならできて当然ではないのでしょうか?」
「はい。アデー様。おっしゃるとおりです。神殿の中なので、当然だとは思っています。しかし、それを、こんなに簡単に、それも別荘を購入した者たちに提供するとは思っていませんでした」
「どうしてですか?」
「アデー様。もし、王都の周りで、1年間雨が振らなかったらどうなりますか?」
「お水が無くなって、作物が育たなくなります」
「そうです。でも、この神殿のリゾート区では雨を降らすことが出来ます」
「はい?」
アーデベルトは、不思議そうな顔をして、ハインツを見る。神殿なのだから、当然だと思っているのだ。
「いいですか、アデー様。このフロアは、アデー様がご購入したら、アデー様の物です。王都と同じ広さがあります」
「そうですね。説明されましたよ?」
「そうです。アデー様ですと、例えが、難しいですね。そうですね。アデー様の御学友の子爵家が少し無理をして、このフロアを購入したとします」
「はい」
「農民を100名ほど連れて、開拓をしたとします。魔物も居ない、獣は居るらしいのですが、それさえも調整出来るようです。天気が調整できる。農民にとっては最高の場所でしょう」
「あっ・・・」
「そうです。それで、子爵家が不作になっても、100名が作る農作物は子爵家に届けられます。ローンロットまで運べば、そこから子爵家に食物が届けられます。魚や獣肉も可能でしょう」
「そうですね。王都の人数を賄うのは難しいでしょうが・・・」
アーデベルトは思い出した。リップル子爵家の暴挙から始まった、王国の混乱。小さいながら、多数の貴族を絡んだ紛争が発生していた。問題になるのは、難民が発生してしまっている。王都に集まり始めているのだが、王都には、それだけの人数に与えられる仕事はない。仕事がない者は、生活が苦しくなり、スラムに行くようになってしまう。
「お兄様!」
「あぁハインツ。サンドラ嬢に、聞いて欲しい」
「はい。人はどこまで入れられるかですか?」
「それもあるが、神殿の中で作った作物や狩った獣の取り扱いだ」
「わかりました」
メイドの一人が、3人の会話に入ってくる。
「失礼致します。ジーク様。アデー様。ハインツ様。専有フロアでは、”何をしても構わない”となっております。また、フロア内で得たものは、すべてフロアを持っている者の裁量によるとなっております」
「え?それは、作物を育てても、狩りをしても、川で漁を行っても、山で採掘を行っても・・・」
「はい。しかし、資源を復活させるためには、対価が必要です」
「対価?」
「はい。ご説明しますか?」
「お願いしよう」
ジークが前のめりでメイドに食いつく。
メイドは、タブレットをジークの前に提示した。
メイドが提示した場所には、”木の復活”/”鉱石の復活”/”獣の復活”/”魚の復活”/”地力の復活”と並んでいる。他にも、細かく細分化されている。
「これは?」
「例えば、木を切りすぎたと思った時に、木を復活させる必要があります。もちろん、幼木を持ってきて育てる方法もございますが、木の復活を行えば・・・」
メイドは、別荘から見える場所に”木”を復活させた。
「こうなります」
「え?」「は?」「・・・」
三人は空いた口が塞がらないと言った感じだ。
「それで、木を一本増やすための対価が、この数字です」
木の横に数字が出ている。復活させる場所で、数値が変わっている。20ー40の間で移動している。
「その数字が、対価なのか?」
「はい。そうです。対価は、この部分に表示されています」
メイドがタブレットの上部の数字を指差す。
現在は、5,731になっている。
「そうなると、20の木を200本以上は復活させられるのだな」
「そうです。この対価を支払えば、資源の復活が可能です」
「その対価は、どうやって増える?」
「このフロアで人が過ごすことで増えます。あとは、お勧めしませんが、”課金”という方法もあります」
「過ごすだけでいいのか?」
「はい」
アデーが、ハインツとジークの間に身体をねじり込むようにしてタブレットを見る。
「お兄様!それなら!」
「そうだな。でも・・・。対価は、どのくらいで増えるのだ?」
当然の質問だ。
「明確な数字は、わかりません。平均でよろしいですか?」
「構わない」
「平均で、一人の人間が3日程度過ごせば、”1”増えます」
「そうか、木が60日程度で伐採できるのか?産業として考えると、”あり”だな。木の種類は選べるのか?」
「はい。果実が出来る樹木もあります。先程のタブレットがカタログになっております」
アデーが、ジークやハインツからタブレットを奪い去って、カタログを穴が空くような視線で見つめている。
操作がわからないのか、メイドに質問を重ねている。
そして、一つの項目で目が止まる。
「お兄様。ハインツ様。これを見てください」
「はぁぁぁぁ?」「・・・。サンドラ。頼む。嘘だと・・・」
「あの・・・。これは、本当に・・・」
アデーが指し示す項目は、”エント”となっている。
「??」「エント?魔物の?」「え?サンドラは、何を・・・」
ハインツがパニックになっている。
「エントですが育てて、擬態が出来るまで育ちますと、人形の精霊を産み出します。簡単な、屋敷の管理や草木の環境維持を行えます。便利です。魔力を必要としますが、名付けして頂ければ、外に連れ出すことも出来ます。おすすめです」
「・・・。魔物だよな?」
「はい。分類は、魔物ですが、カタログから産まれたエントは、産み出した方々に危害を加えません」
「そっそうか・・・」
「戦力にはなりません。通常の人と同じ程度の力しかありません」
「ねぇ。これ、借りていい?今晩だけでも、じっくり見たい!」
「構いません。何かお試しになりたい時には、おっしゃってください。必ずとは言えませんが、なるべくご期待に添えるようにいたします」
「ありがとう!お兄様。ハインツ様。私は、ここで失礼します。あ!お風呂があるのでしたわよね?」
「はい。ございます」
「入りたい!準備にどのくらい時間が必要なの?」
「準備は出来ております。神殿から、お湯が提供されております。お湯が湧き続けているので、好きな時にお風呂を使えるようになっております」
「お兄様。ハインツ様。私は、お風呂に入ります。その間、タブレットをお預けしておきます」
アデーはメイドを見て、案内を頼んだ。
先程まで説明をしていたメイドとは違うメイドが、アデーの前で会釈して、案内をするようだ。
タブレットを渡されたジークとハインツは疲れ切った顔をしている。
「そうだ!この専用フロアの内容は、父上。クラウス辺境伯は知っているのか?」
「わかりません」
「そうだよな。サンドラに聞かなければダメだな」
「ハインツ。俺」「ダメです」
「まだ、何も言っていないぞ?」
「どうせ、ここに住みたいとか言い出すのでしょう。貴方は、第一王子なのですよ。ダメに決まっています」
「ほら、神殿は別の国だろう?留学という感じで・・・。それに、弟も」「ダメです!サンドラと父様が言っていたのは、これだったのか・・・」
ハインツは驚愕しているが、それ以上に帰る時に、第一王子と第二王女をどうやってこの別荘地から引き剥がそうか考えるので、頭が痛くなってきた。
「(はぁ・・・。俺も、ここに住みたいよ。サンドラの奴・・・。うまくやったな)」
風呂を堪能してから、タブレットを兄のジークムントとハインツから奪い取った。タブレットをニコニコ顔で抱えながら、与えられた部屋に入ったアーデベルトは、早速カタログを見始めた。
「(ふふふ。やはりありました!さすがは、神殿ということでしょう!!!)」
バッケスホーフ王国の第二王女アーデベルト・フォン・バルチュ=バッケスホーフ。近親者や上級貴族の間では、”錬金姫”と呼ばれている。
アデーはカタログから素材がないか探していた。
アデーが、今回、兄であるジークムントの視察に着いてきたのは、神殿の工房に興味が有ったからだ。クラウス辺境伯に、話を聞いていた。神殿では、ドワーフの技術とエルフの技術が融合していると教えられた。
最初に聞いた時には、信じられなかった。しかし、見せられた魔道具は、ドワーフとエルフの技術が見られた。綺麗に融合している魔道具を見て、アデーは戦慄を覚えて、次に歓喜した。神殿に行けば、”錬金術”がさらなる高みに上げられると考えたのだ。
兄であるジークムントを誘導して、神殿の工房を見学する時間を作らせた。許可が降りるかはわからないと言われたが、ダメと言われれば諦めるが、自分だけでも行けないかと粘るつもりで居る。
「(兄様も、剣や防具ではなく、魔道具の素晴らしさを知ればいいのに・・・)」
兄であるジークムントは、王都に住む者なら知っているほどの”剣マニア”なのだ。珍しい剣や素晴らしい剣があると、欲しがる。王家の予算を使うわけではなく、買える範囲で集めるので、文句は出ていない。クラウス辺境伯は、もちろん知っている。知っていて、あえて、ハインツに工房が作った二級品のナイフを持たせた。ジークは、そのナイフを欲しがったが、ハインツは父親の言いつけどおりに、ジークには渡さなかった。どこで手に入れた物なのか教えた。その後で、クラウス辺境伯が、王家に神殿での別荘の話を持ち出したのだ。
アデーはカタログを見ていると時間が経つのを忘れてしまった。
欲しかった薬草もある。それだけではなく、幻と言われている果実の木まで見つけられた。
対価の値を計算し始める。
アデーはフロアをレンタルするのではなく、購入を考えている。
対価を支払えば、欲しかった素材が手に入る環境。別荘ではなく工房を作って、引きこもりたいと考え始めている。第二王女の身分から、政略結婚は避けられない。相手が誰であれ受け入れるつもりではいるが、できれば”錬金術”に理解のある人だと嬉しいと考えていたのだ。
アデーは自分の欲望を満たす方法を考え始めている。サンドラの成功例を見て、なんとかなるのではないかと思い始めているのだ。
まずは、明日の見学を終えてから、兄の説得を行うと心に決めた。
翌日は、サンドラではなくメイドがそのまま案内をすると挨拶をした。
「神殿でメイドをしております。ツバキです。本日は、よろしくおねがいいたします」
「ツバキ殿。よろしく頼む。それで、サンドラ嬢は?」
「サンドラ様は、旦那様。ヤス様にご面会をされております。ジーク様。アデー様。ハインツ様の工房・学校・地下施設・迷宮の見学許可の申請です」
「え?サンドラが?」
「はい。本日は、私が、フロアをご案内いたします」
ジークとアデーとハインツは、ツバキの案内を受けた。
すべてのフロアを巡ってから、アデーは、ツバキにもう一度、フロアを回りたいと言い出した。
「構いませんが、お二人もご一緒なさいますか?」
「お兄様とハインツ様は、お疲れだと思いますので、お休みください」
アデーは、タブレットを持って、草原フロアの見学がしたかったのだ。
ツバキの説明にあった、フロアによって”対価”が違うと言われたのだ。”錬金”で欲しい素材は、概ね手に入るのは解ったが、コストの違いがあるのなら、認識しておきたいと考えたのだ。
ツバキに連れられて、アデーは先程とは違って、フロア内での移動も希望した。
そして、場所の違いで”対価”が違うことも認識した。メモを取りながら、いろいろな場所で素材の確認をしていた。
「アデー様」
「はい。なんでしょうか?」
「なにやら、素材を気になされているようですが?」
「そうですね。欲しい素材の宝庫で、効率がよい方法が無いかと思っています」
「それでしたら、迷宮区での採取の方が、効率が良いと思います。冒険者に依頼を出してもいいですし、神殿に直接依頼を出せば、もっと効率が良いと思います」
「え?冒険者はわかりますが、神殿に直接とは?」
「はい。冒険者ギルドに依頼をだすよりも、神殿に問い合わせたほうが”いい”素材が手に入ります。工房では、貴重な素材は”対価”を支払って入手して、それ以外は冒険者ギルドに依頼を出して、どうしても欲しい場合には、神殿に問い合わせをしています」
「問い合わせ?」
また新しい方法に、アデーは戸惑いを覚えた。
「はい。ヤス様が自ら入手するので、時期も量も対価もわかりません。工房では、出来た物の1-2割をヤス様に渡す条件で貰い受けています」
「その程度で?」
「はい。ですが、ヤス様も確実に入手出来る保証がありません」
「それは、わかりますが、冒険者ギルドに出すよりも確実ですよね?」
「もうしわけありません。私には判断できません」
「ありがとうございます。考えてみます」
「はい。他に、何も無ければ、次は墓地毒沼フロアですが?」
「え?あっ必要ないです。あっ・・・。でも、そのフロアは、出入りを制限することは出来ますか?」
「全部のフロアで可能です」
「・・・。二つのフロアを購入した場合に、対価で支払う数値は合算されますか?」
「少しだけお待ち下さい」
ツバキが、アデーに背中を向けて。
誰かとやり取りしているようだ。
アデーは、一つの可能性を考えたのだ。為政者として残酷なまでの冷徹さで、罪人を裁く場所として墓地毒沼フロアが使えないかと思ったのだ。
罪人を人知れず葬れる場所は、王家だけではなく、貴族をやっていると必ず必要になってくる。辺境伯も、第二子をリップル子爵家に始末させた。その様な場合に、神殿のリゾート区に連れて来て、墓場沼地フロアに隔離する。勝手に死んでくれる。連れて行く方法も、神殿のリゾート区に行くという理由が付けられる。騙す方法としては最良に思えたのだ。
「アデー様。確認いたしました。アデー様が複数のフロアをご契約されて、タブレットを一台で済ませた場合は、ポイントが統合されます。また、墓場毒沼フロアはヤス様からの指示で複数フロアは存在しません」
「ツバキ様。いくつか確認なのですが、タブレットが複数の場合は、分散されるのでしょうか?それとも、合算されて分けられるのでしょうか?」
「分散されます。通常の使い方です。また、統合されている時には、タブレットの持ち出しが可能になりますが、盗難や紛失時には、フロアの代金と同等の金額のお支払いが必要です」
「わかりました。墓場毒沼フロアは、契約者以外にも、入場が可能に出来ますか?」
「可能です。入場の可否は、購入者が決められます」
「入場後に出られなくすることは出来ますか?」
「可能です」
「生きている状況を確認できますか?」
「タブレットで、フロア内の人数が確認出来ます」
「ありがとうございます。ポイントというのは、”対価”で支払う数字の事ですか?」
「そうです」
「昨日、ポイントは、フロアに人が居る状態で増えると言われましたが、墓場毒沼フロアの場合には、人が死んでしまいます。死んだ人のポイントはどうなるのですか?」
「もうしわけありません。私には判断できないので、マルス様にお聞きします。しばらくお待ち下さい」
「わかりました」
アデーは、サンドラやハインツから、”マルス”なる人物が神殿の主である、ヤスのブレーンであると教えられていた。
ツバキが何やら相談している最中に、アデーは神殿との関係を考えていた。
レッチュ辺境伯のやり方が正しいように思えていた。
自分の願望も含まれているが、王家から自分(アーデベルト)が出向いて、友好的に接する。住む場所は、リゾート区でも問題はない。できれば、工房には行ってみたい。ドワーフの職人やエルフの職人と話をしたいと考えていた。
「アデー様。墓場墓地フロア以外で、人が死んだ場合には、調査を行います。墓場毒沼フロアでの死亡は、ポイント還元の対象と考えます」
「ポイントは?」
「平均でよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「10-15ポイントになると思われます」
「ありがとうございます」
ツバキが頭を下げて話は終わった。
フロアの説明も終わったので、別荘に戻った。
昨日と同じように、アデーはタブレットを持って、自分にあてがわれた部屋に籠もった。
「お兄様はごまかせても、お母様は無理でしょう。お父様は、お母様を味方につけてから、お父様の説得をお願いしようかしら・・・。豚公爵の一族を、墓場墓地フロアに押し込めたら、さぞ愉快でしょう」
アデーの部屋から、”ふふふ”と含み笑いが夜遅くまで響いていた。
「ジーク様。アデー様。ハインツ様。見学の許可が降りました。どの順番で回りますか?」
3人は、起きてから食事を済ませていた。案内である、サンドラが来るのを待っていたのだ。
そこに、ツバキが別荘にやってきて、3人に予定を聞いたのだ。
「お兄様!工房に行きましょう!工房!」
「アデー。落ち着け。ツバキ殿。案内は、ツバキ殿がしてくれるのか?」
「はい。私が、ご案内いたします」
「ハインツはどうする?」
「ツバキ殿。サンドラがどこに居るのかご存知ですか?」
「サンドラ様は、本日はお休みの予定ですが、ギルドに顔を出すとおっしゃっていました」
「ありがとう。ジーク様。アデー様。私は、サンドラと話をしてこようと思っております。ツバキ殿。途中から合流する事は出来ますか?」
「大丈夫です。皆様、神殿の領域への入場が可能になるカードをお持ちください。皆様の分をお持ちしております」
ツバキが、3人にカードを渡した。
「ツバキさん。このカードは、今日だけなのでしょうか?」
「ゲストカードでして、発行した日しか使えません。再発行もできません」
「わかりました。フロアを購入したら、改めて、神殿への入場許可を行えばよろしいのですか?」
「はい。そうして頂ければ、その時点で審査が行われます」
「たしか、見学の申請は、工房と地下と学校と迷宮だと思いましたが?」
「はい。間違いはありません」
「お兄様。学校は、見ておいたほうが良いと言われました。授業が行われている時間の方がいいですよね?」
「あぁ」
「迷宮は、さすがに中に入られないと思いますので、雰囲気を感じるだけですよね?」
「そうだな」
ツバキが案内に関して訂正を行う。
「迷宮の中にもご案内出来ますが?」
「え?魔物は?」
「護衛を付けます」
「アデーは行きたいだろうが、今回は諦めよう」
アデーがジークの言葉に頷いた。
「かしこまりました」
「そうなると、工房と地下施設ですね」
「アデーは、工房の見学に時間が欲しいのだろう?」
「もちろんですわ」
「俺は、学校に興味がある」
「ジーク様。私が、サンドラと話をして、ジーク様と私で学校の見学に行って、ツバキ殿はアデー様を工房に案内するという感じではどうでしょうか?」
「ハインツ様!私は、問題はありません。ツバキさん。どうですか?なにか、問題はありますか?」
皆の視線がツバキに集中する。
「私に問題はありません。私が、アデー様を工房にご案内いたします。ギルドまでご一緒に移動してから、ジーク様とハインツ様は、サンドラ様と学校に見学に行くという流れでよろしいですか?」
「そうですね。サンドラ様のご都合次第だとは思いますが、お兄様。ハインツ様。迷宮を先に見学しませんか?」
「あぁそれがいいかもしれないな」
ジークが承諾したので、方針が決定した。
ツバキの案内で、最初に迷宮の見学に行く。迷宮は、ジークとアデーとハインツが一緒に行動する。
その後、ギルドに移動する。
ギルドで、二手に分かれる。
ジークとハインツは、サンドラかギルドに居る者に依頼して、学校の見学に向かう。
アデーはツバキの案内で工房の見学に行く。
昼は、個々に食べて、時間は決めないが合流して地下施設の見学に向かう。ツバキとサンドラが居れば連絡を取り合う事が出来る。
予定が決まったので、行動を開始した。
リゾート区から迷宮区までは、西門を通過しなければならない。西門までは、馬車で移動して、それから乗り合いバスで移動する。
迷宮にはギルドから連なる通路ではなく、別の入口から入った。
「ツバキ殿。ここが迷宮の入口なのですか?」
「はい」
ハインツが聞きたくなるのも解る。3人は、迷宮の広場の光景に目を奪われていた。
大型モニターに映し出される迷宮内の戦闘シーン、救護所に運び込まれて治療を受けている冒険者。広場には、それだけではなく商人が店を構えている。冒険者に物資を売る店だけではなく、情報を売り買いしている店まで出来ているのだ。
「ツバキさん。あの表示されている物は?」
「迷宮から持ち帰った物資の買い取り価格です」
「え?買い取り価格?」
「はい。ギルドからの依頼以外で迷宮区から物資を持ち帰って、この広場の商人に買い取りをお願いした場合の基準です」
「なぜ?」
「ヤス様の指示で、新人の冒険者が不当に安い価格で買い叩かれたりしないようにするためです」
「価格はわかりましたが、横にある矢印は?」
「上に向いているのは、前回の買い取り価格よりも値段が上がった物で、下に向いているのは下がった物です。横は、同じ価格だった場合です」
「物資の横の記号は?」
「最近、付いた物で、魔道具を使って物資の鑑定をしたときに、品質を出すように改善されました。その品質をマークで表示しています」
「え?鑑定?品質?え?え?」
アデーがツバキの説明を聞いて軽くパニックになってしまった。
「実際に見てもらったほうが良いでしょう」
そういって、ツバキは近くの商人に話をした。
商人は、快く説明を行ってくれた。アデーの質問にも話せる範囲で説明をしてくれている。
「ツバキさん。魔道具は、工房が作成したのですか?」
「はい。第一層の工房が作成しています」
「販売は?」
「ギルドが優先権を持っております。ただ、神殿の施設に行き渡らせるまでの数の用意が出来ていないので、実質的には販売はまだ行われていません」
「わかりました。それに、工房の第一層とは?」
「神殿の内部で使う物や、外部に販売する魔道具を作成している場所です」
「それは・・・」
「後ほど、工房でご説明いたします。責任者から説明をお聞きください」
「わかりました」
迷宮区を出て、ギルドに移動するとサンドラが仁王立ちで待っていた。
「お兄様!」
「サンドラ?」
「お兄様は、昨日、お三方の許可を取り付けるために、責任者に事情説明を行っていた私に、今日も学校の案内をしろとおっしゃるのですか?」
「おっぉ?サンドラ?」
「お兄様?ジーク様も、ご一緒に学校の見学を行うのですよね?今日、ゆっくりと休もうと思っていた私がご案内して差し上げます。ツバキさん。ヤスさんに、”お二人を。教習場の体験をさせていただきます”とお伝え下さい」
「わかりました。サンドラ様。ジーク様とハインツ様をお願いいたします。後ほどご連絡いたします。その後は、地下施設の見学です。旦那様からはカートの使用許可も出ております。ポケバイでもいいそうです。コースは、空いている場所を使って欲しいそうです」
「え?わかりました。ありがとうございます。お兄様。ジーク様。学校の施設と授業風景をご案内いたします。その後で、学生寮と食堂と会議室をご案内いたします」
「サンドラ様。旦那様からは、クラウス様にご説明した設備は見せても大丈夫だろうということです」
「ありがとうございます!」
サンドラは、ニヤリと笑った。
これから案内をして、二人の顔が驚愕で染まる未来を想像したのだ。
連れ去られていく二人を見送ったツバキは、アデーに声をかける。
「アデー様。すぐに工房に向かいますか?」
ツバキの言葉を聞いて、アデーは勢いよく頷いた。
3人が合流するまで、神殿の表層のみだが説明を受けた。
学校では、算数の授業だったのだが、ジークもハインツも上級貴族で教育を受けていた。二人がギリギリわかるような問題を、成人前の子供が簡単に問いている姿を見て驚愕した。それが初級だと聞いて、自分の知識を疑った。中級になると、面積の求め方や時速と距離の関係を教えている。
食堂では出された食事が王宮で出される食事よりも美味しいと驚いている。週に一度行われるマナーの日で、貴族との会食でも失礼にならない程度のマナーを教えていると言われたが、二人が見ても王家や他国との会合や食事でも大丈夫なマナーを身に付けていた。
教習所では、アーティファクトを貸し与えるための練習だと言われて、あごがはずれるくらいに驚いた。
二人は、サンドラの思惑通り、疲れ切った目をして、ギルドに戻ってきた。
そこに、同じく疲れているが、目はランランと輝いているアデーが合流した。
ストレスが発散出来た、サンドラはニコニコ顔だ。ジークに対しては、丁寧に接しているが、兄であるハインツには、父親以上の衝撃を与えるように、説明を行った。
アデーは、ジークやハインツと違う疲労感で満たされていた。
イワンと会話して、エルフの責任者からも、付与や魔道具の作成に関しての話を聞いた。
秘術に関わる部分では無いのかと質問したが、二人は笑って、ここでは標準的な内容で秘匿する価値もないと教えられて、自分の常識が崩れ去った。
奥には、案内されなかったが、それでも十分な魅力を感じてしまった。リゾート区ではなく、神殿への移住を真剣に考えるほどだ。自分の知識欲を満たすためなら、王位継承権”くらい”なら簡単に手放すつもりで居る。兄であるジークムントに高値で買わせる方法を考え始めている。
「サンドラ様。お兄様とハインツ様がすごくお疲れですが?」
「すごく驚いていたので、お疲れになったのだと思います」
「そうですか?それで、今からは、地下施設ですか?」
「はい」
「地下施設は、どの様な施設なのですか?」
「言葉で説明するのがすごく難しいので、実際に見て体験をして頂きます」
「え?」
「サンドラ!まだ何かあるのか?」
「お父様も体験されております。大丈夫です」
「お前のその笑顔が怖い!何をさせる気だ!」
「大丈夫です。お兄様。ジーク様も、アデー様も、行きましょう。ツバキは、明日の用意をお願い。明日は、マリーカが私の代わりに付き添います」
「かしこまりました」
ツバキが4人に頭を下げてから踵を返して帰っていく。
サンドラは、アデーを連れて地下のカート場に足を向けた。
カート場に到着した。
「サンドラ?」
「カート場です」
3人の顔に”?”が綺麗に浮かび上がる。
「カイル。使っていないコースは?初心者向けが、良いのだけど?」
「うーん。インディアナポリスは使っているし、カートでしょ?フジとかは?この前、リーゼ姉ちゃんが、サンドラ姉ちゃんの記録を塗り替えていたよ?」
「え?フジで?嘘?今日は、無理だから明日・・・も、ダメだ。調整しないとダメだな。カイル。ありがとう。フジを貸し切りにできる?」
「わかった。兄ちゃんと姉ちゃんたち頑張ってね」
それから2時間後、スッキリした顔のサンドラと更に疲れ切ったジークとハインツ。アデーは、アーティファクトの構造を、整備をしていたドワーフに詰め寄って聞き続けていた。ハインツとジークは、アーティファクトに乗れると喜んだが、最初はサンドラも流していたのだが、それが全力だと勘違いした。
サンドラに1周のハンデを貰えば勝てると思ったが、15周の勝負では1周程度ではハンデにもならなかった。簡単に抜かれていくので、アーティファクトが違うのだと思って交換しても結果は同じだった。
たっぷりとストレスを発散させたサンドラと対象的に負け続けて心が折られたが、言い訳を口にしない、男性二人は黙って、アデーを睨みつけていた。
アデーはドワーフから構造を聞いて、どうしたら早くなるのかを考えて、サンドラの動きを見て学んだ。
最終的に、走り続けた二人よりも早くゴールできるようになったのだ。
「サンドラ様。このカート場は、リゾート区の人間にも使えるのですか?」
「コースは減っていますが、リゾート区の人たち専用のコースが用意されています。こちらは、神殿の住民用ですので、観客席とか作っていませんが、リゾート区向けのコースには観客席が作られています。カートも用意されています」
「アーティファクトのカートを買い取ることは出来ますか?」
「値段が決まっておりませんが、リゾート区を購入された方に販売する予定です」
「カートは持ち出せないのですよね?」
「もうしわけありません。持ち出しは禁止ですが、工房に依頼を出して、改良を行うのは許可されています」
アデーは、サンドラに質問を繰り返したが、満足できる返事はもらえなかった。
結局すべてはリゾート区を購入してからの交渉になっている。
アデーは、自分に割り当てられている歳費と錬金術で稼いだ金銭をつぎ込めば、リゾート区が買えるだろうとは考えていた。
しかし、買えるだけで、それ以上が難しい。工房を見学して、カート場に来て、神殿に移住は無理でも、リゾート区に住み続ける方法を考え始めている。
帰る時に、ローンロットでこっそりと抜け出して、神殿に潜り込もうかと本気で考えていた。アデーは、それで良いかも知れないが、神殿に迷惑がかかってしまう可能性を考えて実行は難しいだろうと踏みとどまった。ヤスはさらなる厄介事を抱え込むリスクは回避できた。
サンプル別荘に戻ってきた3人を出迎えたのは、ツバキとマリーカだ。
「マリーカ!」
「ハインツ様。ジーク様。アデー様。明日の案内は、私とツバキで行います。朝、リゾート区を出て、神殿に移動します。神殿では、食堂で朝食を摂っていただいて、神殿の守りからユーラットを目指します。その後、アシュリまで移動して、トーアヴァルデと楔の村に移動します。湖の村を見ていただいて、ローンロットで一泊していただきます。翌日も、ツバキと私で王都までお運びいたします」
一気に、マリーカが説明した。
「え?マリーカもアーティファクトを操作できるのか?」
「当然です。ヤスさんからは、領都までの許可は貰っています。ツバキは、問題はありませんので、私はサポートです」
「でも、人数的に狭くないか?」
「大丈夫です。神殿の中を走っていたバスを使います。速度は出ませんが、多くの人数を一度に運べます」
「そうか、わかった。ジーク様。アデー様。よろしいですか?」
「あぁハインツに任せる」
「私も問題はありません」
「ツバキ殿。マリーカ。よろしく頼む」
予定も決まったので、ツバキとマリーカが用意していた夕飯を食べてから、順番に風呂に入って寝る事になった。
当然、タブレットはアデーが部屋に持っていった。カタログを眺めているだけで幸せな気持ちに慣れるのだ。
翌日は、予定通りに行動した。
ローンロットに付いて、関所の森の中に作られた、貴族向けの宿に3人は泊まった。
食事も終わって、お茶を飲みながら”村”の話をしていた。
「ハインツ」
「ジーク様・・・。どうしたら・・・。あれが、村と言っている辺り、常識を疑ってしまいます」
「そうだな。湖の村は、村で納得できるが、他は駄目だ。帝国側に初めて入ったが、それどころではない。楔の村とか言ったな。あれは村か?砦や前線基地とか言われても納得したぞ」
「お兄様。説明をお聞きになりましたわよね?」
「なんだ?」
「村長の説明では、帝国は、村と街では税金が違っているとおっしゃっていました」
「・・・」
「村ですと、国からの支援が”村”相当になる代わりに人頭税が安いと言っておられました」
「あぁ」
「だから、楔の村と名乗っているのです。帝国からの支援よりも、人頭税を抑えたいのでしょう。それに、迷宮もあるので、国からの支援は必要ないのでしょう」
「そうだな。あの村はすごかった」
ジークが評価しているのは、”わかりやすかった”という意味だ。
他の村も見て回ったが、理解出来なかったのだ。唯一、自分たちの常識に照らし合わせて、”すごい”と言えるのが楔の村だったのだ。安心出来たのは、湖の村だったのだが、”すごい”と表現すると違うと思えてくる。
「えぇそうですね。いろいろ参考になりました」
ハインツも、ジークと同じで他の村は、ヤスの気が向くままに作ったために参考にならないのだ。
「防御体勢や、街の中を分ける方法が自然にできていた」
「はい。ジーク様。身分で場所を分けるのではなく、役割で分けると、あれほど機能的で素晴らしい街になるのですね」
「私もそれは思ったが、王都ではすでに都市として出来上がっている。今更、何ができよう・・・」
「ジーク様。お忘れですか?」
「ん?」
「お兄様。本当に・・・」
アデーまで呆れた声ジークを非難する。
「ジーク様。侯爵家が持っていた領地と今回の騒動で取り潰しになった貴族家が所有する領地の中に、ジーク様が主導して・・・」
「あ・・・。おも・・・。覚えていたぞ。当然だ。私の領地として、割譲されるのだったな」
完全に忘れていたジークだったが、二人からの視線とヒントで思い出しただけ良かったのだろう。
ヤスには、会えなかったが3人はそれぞれ収穫になる情報を持って帰ることができる。
ジークは、王都に向かうアーティファクトの中で、ハインツと話をしている。
「ハインツ。神殿を”どう”見る?」
「ジークムント様。難しい質問です」
「ハインツの感じたことを教えて欲しい」
「そうですね。まず、敵対しないほうがよいと思います」
「そうだな。俺もそう思う。帝国とのやり取りや、リップルへのやり方といい。公爵や侯爵の現状を考えると・・・。敵には容赦がなさすぎる」
「はい。しかし、頼ってきたものには門戸を開いていますし、仲間の為ならば神殿の権能を使うのに戸惑いはなさそうです」
「あぁ仲間は無理でも、敵対しては駄目だ。王国が滅びるかもしれない」
アーデベルトは、二人の話を聞きながら、違う事を考えていた。
兄であるジークムントを説得するのは、それほど難しいことではない。問題は、母親だと考えている。
「お兄様」
「どうした?」
「お兄様は、フロアを購入されますか?ハインツ様は?」
「アーデベルト様。私は、父が購入すると思います。個人では購入いたしません」
「お兄様?」
「俺は、駄目だな。神殿に近づきすぎる。アデー。当初の目論見どおり、アデーが購入して、避難場所にするのが妥当だろう」
「お兄様。それでは、神殿に対して不義理を働くことになりませんか?」
「どういうことだ?」
「サンドラ様も神殿でお過ごしです。神殿を避難場所とかんがえるのなら、私が神殿のリゾート区に住みます」
「アデー。それは、お前が工房に行きたいからなのか?」
「お兄様。それは否定いたしません。しかし、神殿と対等に付き合うのなら、神殿からの要求を聞き届ける者がいたほうがよくありませんか?」
「それが、お前が適任だと?」
「はい。神殿は、自治区となると思いますが、実質的には一国と同等です。ならば、王国も王家の者が窓口になるのが筋ではないでしょうか?」
「・・・。アデー。お前・・・。まぁいい。アデーが言っているのは間違いではない。間違いではないが・・・」
ジークムントは、アーデベルトの言っている内容が間違ってはいないと認めながらも、素直にうなずけない。
ハインツは自ら口を挟むのを止めた。
ジークムントが国王になれば、自分が補佐役を仰せつかるはずだったのだが、弟の失態から、辺境伯を継がなければならない。サンドラが婿を取り、辺境伯を継ぐというオプションも有ったのだが、サンドラは父親に継承権の放棄を申し出てしまった。
逃げられたとは思わないが、自分一人になってしまったハインツは、辺境伯を継がなければならない立場に戻ったのだ。
なので、王家の問題に口を挟まない。
今、ハインツが口を出せば、やぶ蛇になると考えている。
「お兄様。それと、私は毒沼フロアの購入を考えています」
「ん?」「え?」
「アデー。まて、なぜだ?あのフロアは使いみちがないぞ?」
「お兄様。それこそ、使いみちがあるから、購入を考えているのです。それに、あのフロアは一つだけなので、早めに意思表示をしなければならないのです」
「アデー。お前は・・・」
「お兄様。毒沼フロアは、神殿の迷宮区と同じ仕組みのようです」
「ん?」「あ!」
「ハインツ様がお気づきのようですね」
「ハインツ!」
「ジークムント様。アーデベルト様のお考えと同じかはわかりません。私なりの解釈ですが、よろしいですか?」
「構わない。話せ」
「はっ」
ハインツは、ジークムントに命令されて、自分の考えを語った。
アーデベルトが考えている物から、神殿の対価に関する部分が入っていない事以外は、アーデベルトが考えた通りの説明をした。
「アデー」
「ハインツ様。お兄様。どうですか?何か問題はありますか?」
二人は黙ってしまった。
特に、ジークムントは、王都で話し合われている内容の帰着点の想像が出来ている。確かに、神殿のフロアを使うのはいい方法と思えてきた。
「わかった。アデー。父に進言しよう。お前の提案に乗ってやる」
「ありがとうございます」
アーティファクトは静かに進んだ。まもなく王都が目前に迫ってきていた。
「ジークムント様。アーデベルト様。ハインツ様。門から離れた場所に、アーティファクトを止めます」
マリーカが皆に説明する。
皆の偽装用の着替えも用意してある。
マリーカは、王都の中に入っていく、辺境伯の印を持つので、すんなりと中に入れた。
その後、辺境伯の屋敷に赴いて、馬車を一緒にアーティファクトまで移動する。
着替えた3人を馬車に乗せて王都に戻る。
馬車には、辺境伯の印が付いているので、門番のチェックも厳しくはない。
「なぁハインツ」
「はい」
「神殿の認証だけでも、王都に導入は無理か?」
「難しいかと思います。マリーカ。何か知らないか?」
「私よりも、ツバキの方が詳しいのですが、神殿の権能を使っておりますので、難しいかと思います」
「そうか・・・」
「チェックだけなら、魔道具で実装出来ますが、問題はカードの発行なのです」
「どういうことだ?」
「今回、皆様のカードは、1日だけ使えるカードをお渡ししました」
「あぁ」
3人は、土産のつもりでカードを持って帰ってきていた。カードを取り出して眺めている。
「カードの発行が、神殿でしか行えないのです。それが解決できれば、認証を含めて魔道具として出せると、ヤスさんは言っていましたが、優先順位は低い・・。いや、最低だと思います」
「そうなのか?」
「はい。ヤスさんの優先順位というよりも、イワン殿たちの優先順位と言った方が良いかも知れません」
「あぁ・・・・」
アーデベルトには心当たりがある。工房の説明も、半分以上が蒸留酒の話になっていた。
「アーデベルト様は、工房に行かれたからご存知だと思いますが、気が向かないと、開発を行わない人たちでして・・・」
「それは、しょうがないだろう。王都で導入できる可能性があるだけ良かったと考えるべきだな」
そんな話をしていると、馬車は貴族街に入った。
辺境伯の屋敷までは距離があるが、3人はなんとなく黙ってしまった。
馬車は、辺境伯の屋敷に吸い込まれていった。
馬車を降りると、ハインツにキースが近づいてきた。
「ハインツ様。クラウス様がお待ちです」
「キース!父上が戻られたのか?」
「はい。先程、お戻りになりました」
「わかった。ジークムント様。アーデベルト様は、馬車をお使いください。王城にお送りいたします。キース。頼めるか?」
キースが馬車に案内を始めようとしたのを、ジークムントが手で制した。
「ハインツ。辺境伯が帰ってきているのなら、話を聞きたい」
ハインツがキースに目で合図を送った。キースが、先行してクラウスに話を通すために、屋敷に入っていった。
別の者が出てきて、部屋に案内をした。
「こちらでお待ち下さい」
5分ほどして、クラウスが部屋に入ってきた。
「お久しぶりです。ジークムント様。アーデベルト様」
クラウスは、二人に挨拶してから、二人が座っている前に腰をおろした。隣にハインツを座らせてから、付いてきていたマリーカに飲み物を頼んだ。
「それで、ハインツ。神殿はどうだった?」
「父上。知っていたのなら教えて下さい」
「ハハハ。サンドラに良いように遊ばれたようだな」
「えぇおかげで解りました。けして敵対しては駄目だという事や、王都やレッチュ領に足りない物を教わった気持ちです」
クラウスは、ハインツの言葉が嬉しかった。
ただ驚くだけではなく、しっかりと取り入れるべき物を探していたのだ。
「まずは、何を行う?」
「孤児院を充実させます。それに伴って子供の教育を行います」
「うむ」
「食料は簡単に増えませんが、子供の知識は増やせます。子供でもまとまれば、知恵も出しますし、仕事も出来ます」
「今までは出来ていないな?」
「はい。今までは、”感謝”されるような事をしておりません。神殿に居た子供は、皆が神殿の主に感謝していました。難しいとは思いますが、だからと言ってやらないのは間違っています。試行錯誤は必要だとは思いますが、やってみたいと思います」
「うむ。ハインツ。キースと必要になる予算を算出しろ、問題がなければ、お前に任せる」
「ありがとうございます」
ハインツは立ち上がって、頭を下げる。
「クラウス殿。少しだけいいか?」
「何でしょう、ジークムント様」
「ハインツの事業だが、まずは王都で試してみないか?俺も、王家から支援を出すように、父に具申する」
「よろしいのですか?ハインツの計画は、成功する保証はありません」
「構わない。ハインツ。俺も参画する。それなら、父も文句は言わないだろう」
「わかりました。ハインツもいいな」
「はい」
ハインツに選択肢があるわけではない。”はい”と答えるしかないが、王都で王家の支援を受ける事業だ。敷居は上がったが、成功する為のピースが揃っていく。
ハインツの話が終わったと見て、アーデベルトがクラウスに質問をする。
「クラウス様。会議は、まだ難航しているのですか?」
「難航しているのは、処分のために、どこかに身柄を預かる必要がある。陛下は、最初は教会に協力を求めたが、教会は正式に拒否してきた。中立性が保てないという理由だ。陛下は、すでに叔父である公爵閣下を排除されると決めた。あとは方法だけだ。同時に、侯爵や寄り子の貴族たちを含めて、このタイミングで勢力を削るおつもりだ」
「お兄様!」
「あぁアデーの読みが当たった形になるな」
「ジークムント様?アーデベルト様?」
「クラウス辺境伯。神殿のリゾート区の話は聞いているな?」
「はい。サンドラから連絡がありました。儂も助言をしました」
「そうか、それなら話がはやい。アデーの計画を聞いて欲しい、そして、協力を頼みたい」
「??」
アーデベルトが主導して、クラウスに計画の説明を行う。
30分にもおよんだ話が終わった。
「わかりました。明日の会議が終わってから、陛下にお時間を貰って提案してみる」
「ありがとうございます」
「アーデベルト様。でも、よろしいのですか?この計画が成功したら神殿に住む事になり継承権の返上を求められます。そして失敗したら継承権の剥奪です」
「構いません。私ができる最大の親孝行です」
「はぁ・・・。わかりました。ジークムント様もよろしいのですね?」
「どっかの娘と一緒で、俺の妹も言い出したら引かないからな」
男三人がお互いの顔を見て笑い出した。
不本意な顔をするアーデベルトだが、自分の思惑通りに進んでいるのを実感して嬉しくなってしまっていた。
翌日、会議の終了後に、クラウス辺境伯は陛下に面会を申し入れて、ジークムントとアーデベルトからの提案だと前置きして、計画を説明した。
「陛下?」
「クラウス。これ以上、いい方法が儂には思いつかない」
「陛下、残念な事に私にも、これが最良の方法に思えています」
「そうだな。誰か、アーデベルトを呼べ」
アーデベルトは、父である陛下から神殿のリゾート区にアーデベルトが主体となって王家の別荘を建築せよと命令が下った。
表向きの理由は、王家の別荘に構築と管理の役目だ。貴族向けには、神殿との繋がりを強化するために、神殿にアーデベルトを差し出す。そして、本当の狙いは、アーデベルトが管理している毒沼フロアに、処分しなければならない貴族を送り込むのだ。
話を聞いたヤスがそれなら・・・。
アーデベルトに、ドッペルたちを貸し出した。これで、公爵家や侯爵は、アーデベルトが管理する別荘地で幽閉された形になった。本人はすでに死んでいるが、生きているという体裁を作る事が出来た。そして、公爵や侯爵にすり寄る愚か者たちの話が、アーデベルトに筒抜けになった。
アーデベルトは、父親から許可が出ると、取る物も取らないで、神殿に向かった。
マリーカがとツバキが帰るのに便乗したのだ。そのまま、リゾート区の購入を行った。資金的に余裕が出来たので、毒沼フロアと草原フロアと湖フロアの3フロアを購入した。自分は、草原フロアに小さな別荘を建てた。湖フロアは、父親や兄が別荘を建てるだろうと考えたのだ。
サンドラが、兄やジークムントやアーデベルトをリゾート区に案内するために、王都に向かっている時、ヤスは、自分の仕事を行っていた。
ヤスは、カートで遊んだり、東コースや西コースをS660で走り回ったり、工房でイワンと怪しい相談をしたりするのが仕事ではない。
外部から見たら、ヤスは神殿の主である。
したがって、いろいろと要望が上がってくる。しかし、それらはセバスやマルスが処理している。ヤスが目を通すのはごく一部だ。
今日は、そのごく一部の対応を行っていた。
「マルス。それで、設置は迷宮区の中でいいのか?」
「はい。マスター。新しい階層を増やします」
「わかった。場所はボスが居る階層を抜けた場所だよな?」
「はい。問題はありません」
迷宮区も階層が増えて、今では”公表”している階層は30階層にもなっている。実際には、51階層の深さになっている。
51階層目は、マルスが安置されている場所だ。今では、ヤス以外は立ち入りが出来ない空間になっている。50階層の奥に、セバスたちの本体が鎮座しているボス部屋がある天井の高さは30mにもなっている。攻撃力は皆無だが、体力と防御力と回避に優れた1cm程度の大きさで天井に張り付いているボスが居て、ボスを倒さなければ、先に進めない。しかし、先に進んでも神殿の攻略にはならない、最奥だと思っている部屋にあるのはダミーコアだ。
ダミーコアを破壊すると、即死級の魔法が発動される仕組みになっている。
ヤスが設定したのだが、設定後に考えると、”クソゲー”だなと呟いた。
階層が増えた事で、問題になるのは補給路の長さだ。
要望は、商人が迷宮の中に入られるようにして欲しいというものだ。
ヤスが要望を見て、考えたのは迷宮の中に小さな村を作ってしまう事だ。
しかし、その考えは却下した。健全ではないと思ったのだ。
そこで、ヤスが考えたのは不自然にならない方法で、商人が居られる場所だ。
階層を安全地帯にしてしまうのだ。そこまで、護衛を雇って、潜っていく。迷宮区では攻略した階層には移動できるようにした。なので、安全地帯の階層から、1階層下に降りれば、1階層手前には戻ってこられる。
商人がそれに気がつけば、安全地帯の階層で商売ができる。物資の輸送もできるような仕組みを作った。
商人が、安全地帯の使い方や有効性に、気が付かなければ、メイドの誰かに商店を開かせればいい。
「マルス。これでいいか?」
「はい。問題はありません」
ヤスが作った階層は、わかりやすく湖フィールドにした。
「次は?」
「マスターにギルドから依頼です」
「ギルド?ドーリスの所に行けばいいのか?」
「了」
ヤスは、マルスの返事を聞いて立ち上がった。
最近、物資の輸送が多くなっている。神殿内だけではなく、近隣の村や町への輸送だ。
カスパルたりが頑張ってくれているが、ダブルキャブや軽トラックでは、一度に運べる量が少ない。それでも、馬車よりも早く馬車の2-3倍は運べるので依頼はひっきりなしに来ている。ヤスは、カスパルたちに運べる距離を規定する資格を作った。カスパルが王都まで運べるようにはなっている。
エルスドルフとの交易は、ヤスからカスパルが引き継いで行っている。
ヤスが多く運べるのは当然だ。塩などの物資だけではなく、建材も用いる木材の輸送も行っている。
木材の輸送が喜ばれたのだ。魔の森は建材になる木材が豊富だ。それだけではなく、石も多く運べる。ヤスは、石や砂を運ぶときにダンプカーを使っている。石や砂は、いろいろな場所にあるように見えて、建材に適している物は少ない。ヤスは、イワンに聞いて神殿で石の採掘ができる場所を作った。工房の近くだ。そこで、石を加工して出荷した、均一の形にした石出使い勝手が良かった。結果いろいろな街から注文が入るようになった。
出してから気がついたのだが、形が揃っている石は使いみちが多い。家の建材にも使える。道の整備にも使える。石壁にも使える。しかし、石なので馬車で運ぼうとしても、運べる数には限界がある。
木材も同じだ。なので、ヤスのダンプやトレーラーに建材を積んで運ぶのは喜ばれたのだ。
多少、値段が上がっても問題はない。倍の値段になっても到着までの日時が違う。
ヤスは、サンドラに神殿に友好的な貴族領だけに輸送の手配をすると告げている。
サンドラは、ドーリスと話をして、神殿に友好的な貴族領にあるギルドからしか依頼を受け取らないと宣言した。ヤスに運搬を頼む場合には、必須条件とした。
「それじゃ行ってくる。ダンプカーかトラクターだろうから、両方とも出せるようにしておいてくれ」
「いってらっしゃいませ」
ヤスが神殿からギルドに向かっている最中に、マルスはヤスから命じられたようにディアナに指示を出す。
内容で使う車体を変えるのだ。討伐ポイントに余裕が出来た為に、ヤスが持っていた車体や工具の殆どが準備することが出来た。人が増えて、カタログも増えた。どういう理屈なのか、マルスにもわからない。もちろん、ヤスは考えるのを放棄した。
特殊車両と呼ばれる物まで交換できるようになった。
ただし、ヤスが元々持っていなかった物は、必要な討伐ポイントが高めに設定されている。初回限定だが、同じ値段帯のものと比べて2-3倍になっている。
カタログには、パーツが乗るようになった。これは、イワンを喜ばせた。作るのが難しいと思っていた物が作られるようになるのだ。工具も掲載されるようになった。魔物由来の素材で代替が出来ないか研究が始まっている。
「ドーリス。依頼があると聞いたけど?」
「あっヤスさん!よかった。エルスドルフを覚えています?」
「もちろん」
「あの辺りの地形は覚えていますよね?」
「あぁ」
「レッチュ辺境伯のギルドからの依頼で、エルスドルフか王都に向かう道幅を広げているのですが・・・」
「ん?」
「橋の工事を行っている最中に土台が崩れてしまって、大量の石が流されてしまったのです。道が崩れてしまって、人も通られなくなってしまって・・・。人が通られる程度までは復旧したいということです。石と土は、楔の村から運んで欲しいそうです」
「木材は?」
「そちらは、別に手配するそうです。穴が塞がれば、あとはなんとかできるという話です」
「わかった」
「ありがとうございます。それで、報酬は安くなってしまいますが・・・」
「ドーリスが適切だと判断できるのなら文句はない。もし、足りないというのなら、エルスドルフの米や大豆を送ってもらってくれ」
「わかりました。辺境伯領のギルドに伝えておきます」
「楔の村には話は通っているのだよな?」
「はい」
「わかった、出るから、そうだな・・・今日の夕方には、楔の村に到着すると伝えてくれ、明日の朝にはエルスドルフには到着できる予定だ。大きく予定が狂いそうな時には、マルス経由で連絡をいれる」
「はい。お願いします」
ヤスは、神殿に戻ってダンプカーに飛び乗って、楔の村に向かった。急げば、もう少し早く付けるが、ヤスが物流に関わる時には、大きな問題が発生する。
受け入れ側の体制が整っていないのだ。ローンロットのように、物流の拠点にしている場所は、24時間で動ける作業員が居る。荷物の受け取りや詰め込みを担当できる者たちが、存在しているが、拠点以外の場所では、ヤスが到着してから慌てて人を集めだす状態だった。
そのために、一度行ったことがある場所なら、ヤスは概ねの到着時間を告げてから、移動を開始する。人を集めておいてもらうためだ。
ヤスは夕方には楔の村に到着した。
慣れたもので、ヤスのアーティファクトが見ていたら、村長が出迎える。それから、聞いていた物資の搬入を行う。今回は、石や砂なので、地ならしで取り除いた石や砂をそのままダンプに乗せていく。魔法で、ダンプカーに乗せている。イワンたちが開発した魔道具も使っている。
積み込みをしている最中は、ヤスはいつも見守る。カスパルや他の者にも徹底しているが、荷物の搬入は、神殿の中以外で必ず立ち会うように言っている。眠かろうが、疲れていようが、絶対に立ち会う。荷物を下ろす時も同じだ。
ダンプにギリギリになるまで石と砂を積んだ、ダンプカーは王国側に戻っる道を進む。エルスドルフをナビに表示させて、移動を行った。
ローンロットで休憩を取り、あとは山道だ。
崩れた場所は、元々細い場所だった。原因はわからないが、道が途絶えてしまっていた。
ダンプカーで運んできた石や砂の2/3を使った所で、埋めることができた。残った、石や砂も使うとのことで、持って帰っても使いみちがないので現場に残した。
これで帰れば、ヤスもしっかりと仕事をしているのだと思えるのだが、ヤスも一人の健康な男性だ。
夜の街に行きたくなってしまう時もある。その時には、アーティファクトを置いて、護衛で連れてきている、狼を乗れるくらいまで大きくして、近くの街まで移動する。アーティファクトはディアナと他の眷属が守っているので大丈夫だとして、朝まで花街で過ごす。
ヤスは、そのために、イワンに髪の色と目の色を変える魔道具を開発させている。街ごとに、お気に入りを作る程度には、通っている。仕事が早く終わった時の息抜き程度だ。
今日も、新しい街に行って色街で遊んでから神殿に帰った。
アーデベルトが、リゾート区を2フロアを購入してから、3ヶ月が経過した。
アーデベルトのリゾート区の購入と同時に発表されたのが、アーデベルトが継承権を返上して神殿のリゾート区に住むという事だ。
王国の貴族だけではなく、国民にも驚きをもって迎えられた。
侯爵や公爵の処分が決定したのもあるが、その受け入れ先が、アーデベルトが購入した、神殿のリゾート区なのだ。
侯爵や公爵の一族は、神殿のリゾート区へと監禁されると決まった。監禁といっても、かなりの自由が許されている。リゾート区から出るのは許されないが、訪ねようと思えばアーデベルトに申請を行えばよいのだ。そこで、貴族派閥は神殿のリゾート区に別荘を持ち始めた。子爵以下の者たちは、いくつかの家が共同でフロアを購入した。伯爵以上の者たちは、フロアを買って別荘の建築を始めた。神殿に友好的ではない者たちも含まれていたので、サンドラはヤスに相談した。ヤスは、購入の許可をだして、サンドラに事情を説明したのだ。
ヤスは、神殿の機能は変更しなかった。詳しい説明もしなかった。求められなかったからだ。神殿の主からの使者と言っても平民に教えられるのが我慢出来なかったのだろう。その後、サンドラやアーデベルトが窓口になるしかなかった。
窓口になる報酬として、サンドラが求めたのが、リゾート区の諜報活動の許可だ。ヤスは、二つ返事でOKを出した。情報を閲覧できる権限をサンドラに付与した。それに合わせて、サンドラにタブレットを渡した。リゾート区の内容が閲覧できるようになっている物だ。記憶データから参照して見たり聞いたりできる。それ以外では、神殿の出入り口の記憶や、ポイントの履歴、リゾート区に関する情報のほぼすべてが閲覧できる物だ。
アーデベルトが求めた物は、神殿への移住と工房への入場の許可だった。マルスは、問題はないと許可を出したが、ヤスが条件をだした。神殿への移住は許可されたが、工房に入るのなら、王家からの歳費を断ることが条件になった。アーデベルトは、ヤスの話しを聞いてジークムントに連絡して歳費の停止を求めた。継承権を返上しても王家の者だ。歳費は継続するのが当たり前だと考えていたが、ヤスは停止を条件に上げた。理由の説明はなかった。アーデベルトは、工房に入られる方が優先で理由は別にどうでも良かったのだ。工房での作業工賃と窓口を行う対価がアーデベルトに支払われる。
アーデベルトの新居は、サンドラが借りている家の隣になった。そして、アーデベルトに付いていきたいと言ったメイドたちが到着して、アーデベルトの近くで共同生活を始めた。15人ものメイドが志願してきた。アーデベルトは自分の事は自分でやるし、工房にこもりっぱなしになるのは目に見えていた。アーデベルトの業務である窓口業務だけではなく、サンドラが行う予定だったリゾート区の管理運営の手伝いを行い始めた。急激に、リゾート区が売れたので、書類仕事が追いつかなくなってきていたので、サンドラは大喜びだ。リゾート区は、他の神殿の区画と違って、低く抑えられているが関税を課している。貴族の別荘の建築に関わる費用なので、かなりの関税が手に入った。それらが、メイドたちの給金となった。
工房が完全にオフになる日に、サンドラはアーデベルトを誘って女子会を開こうとしていた。
参加するのは、サンドラとアーデベルトとドーリスとディアスとミーシャとマリーカだ。リーゼも誘おうとしたが、ユーラットに行って不在だった。
神殿に居る女子にアーデベルトを紹介するのが目的だった。
「皆様。アーデベルトです。アデーと呼んでください。ここでは、王国の身分は影響しないと聞きました。私は、工房に籠もる一般人として生きていきます」
「アデー様」「様も止めてください。サンドラ様」
「アデーも、様は止めて下さい」
「わかりました。サンドラ」
にっこりと笑って返答するが、さすがは王家で海千山千の大人たちの間で過ごしてきただけはある。経験が違う。
順番に挨拶をしていく、そして、神殿で何をしているのかを説明する。
「そうなのですね。それじゃ、ヤスさんはディアスの命の恩人なのですね」
「はい。今でも感謝しています」
「え?でも、ディアスは、カスパルさんと住んでいるのですよね?結婚が間近だと聞きましたが?」
「え?あっ・・・。そうです」
ディアスが赤くなりながらも肯定する。
散々からかわれているので今更な感じもするが、改めて結婚と言われると照れてしまうのだ。
「ヤスさんを好きにならなかったのですか?」
「ならなかったと言えば嘘ですが、その・・・。えぇ・・・。と・・・」
「?」
「ディアスには言いにくいわよね」
「サンドラ?」
サンドラがディアスに助け舟を出す。
「ドーリスも同じだと思うけど、ヤスさんは、皆が尊敬していますし、感謝もしています。ヤスさんのためなら、という思いはあります。私も同じです」
皆がうなずくのを、アーデベルトは黙って見ている。
「でも、あの方は、恋愛対象にはならないのです」
「え?あたしは、てっきりサンドラが第一夫人候補だと思っていました。多分、多くの貴族がそう考えていると思います」
「それは解っています。だから、誤解させたままにしているのです。お父様にも、噂を否定しないようにお願いしています」
サンドラの意図は、アーデベルトはすぐに理解出来た。だが、あえて質問した。
「なぜですか?」
「え?アデーも同じ気持ちだと思いますが?」
「え?」
予想とは違う答えに少しだけ嬉しく思った。
アーデベルトは、貴族からの神殿への感傷をおさえるのが目的うだと考えたのだ。サンドラが、第一夫人候補なら、辺境伯よりも家格上であり、ヤスが気にいる女性でなければならない。サンドラは、貴族社会では才女として知られている。才女以上の女性を押し込むのは難しいと思わせるのが目的だと思っていた。
「ここなら、自分が好きな事を好きなだけ出来ます。研究したければ研究すればいい。料理を作りたければ料理を作ればいい。くだらない、晩餐会に呼ばれる事も、おべっかばかり言われるお茶会に行く必要もない。豚や蛇の様な目線を向けてくるバカな貴族の息子たちの相手をしなくていいのです」
「あっ・・・。私は、まだ1ヶ月くらいですが、気持ちが楽に感じるのは、余計な事をしなくていいからなのですね」
「えぇここなら仕事が出来ます!最高だと思いませんか?」
「そうですね。サンドラも、ヤスさんを恋愛対象には見ていないのですね?」
「えぇミーシャは、デイトリッヒが居ますし、ドーリスも隠しては居るようですが・・・」
「え?その話は知りませんでした!サンドラ!詳しく教えて!」
ディアスが食い気味でサンドラの話に食いついた。ミーシャは有名だ。二人で居るところを何度も見られているし、休みに迷宮の安全地帯でデートしているのを見られている。本人たちも隠していない。
「え?あっ。ちが・・・」
ドーリスが自分に矛先が向いて慌ててしまった。
「サンドラ!ドーリスのお相手は?」
「ほら、あの・・・」
「うぅぅぅ。サンドラ。ディアス。私の話は、ほら、今日はアデーの話を聞くのですよね?」
「いえ、私の話というよりも、皆様からお話をお聞きできると伺っております。サンドラ、そうでしたわよね?」
「はい。アデー。アデーの歓迎会を兼ねています。ほら、ドーリス。エアハルトさんとデートしているのを見られているのですよ」
「え?エアハルトさん・・・。確か・・・。ローンロットの責任者さんが同じお名前ですわよね?」
「・・・」
「ドーリス?」
真っ赤になってうつむいてしまっている。もう否定出来ないだろう。
「でも、ドーリスとだと年齢が離れていませんか?」
「それがね・・・」
サンドラの暴露が続いた。
マリーカが修正をいれるので、余計に場は混沌としてきた。
「そうしますと、ヤスさんのお相手は?だれもいらっしゃらないのですか?」
「そうよ。だから、アデーが来た時に、第一夫人の候補が来たと思われたのよ」
復活したドーリスがアーデベルトに、神殿に流れる噂を説明する。
「私は、違いますよ。何度か工房でお会いしまして、お話をさせていただきましたが、あの手の人は間違いなく一緒になると苦労します。貴族のように政略結婚なら問題は無いでしょう。割り切れますから・・・。でも、恋愛はむずかしいでしょう」
皆がアーデベルトの話を肯定する。
ヤスの話で女子会は盛り上がった。他に、共通の話題がないので、自然とヤスの話になるのは当然だが、恋愛対象に出来ないといいつつ。皆がヤスを気にしているのだ。神殿の主だという事実以上に気になる存在なのだろう。
ヤスの話とドーリスの恋愛話で、女子会は夜遅くまで行われた。
「リーゼじゃないの?」
ディアスの言葉は、リーゼの事情を知っている者たちは、あえて口にしなかったセリフだ。
皆の微妙な雰囲気を悟って、ディアスは首を撚る。
リーゼの雰囲気や、ヤスのリーゼへの優遇から、間違いないと思っていた。サンドラやアデーが違うのなら、第一夫人は間違いなく、リーゼだと思っているのだ。サンドラやアデーが第一夫人なら、リーゼは第二夫人になると思っていたのだ。
「ディアスは、リーゼの種族はご存知?」
代表して、サンドラがディアスに説明を始めた。
「えぇエルフ族だとお聞きしましたが?」
「そうですね。エルフ族なのは間違い有りませんが、ハイエルフのハーフなのです」
サンドラの説明は、そこで終わってしまった。
「え?」
ディアスの反応は間違っては居ない。
だが、アデーやサンドラやドーリスやマリーカには、その反応が不思議に思えた。リーゼの種族を説明するだけで、十分なのだ。
「・・・」
「・・・」
姦しかった部屋に静寂が訪れる。
「ハーフエルフだというのは知っているけど・・・?」
「え?」
今度は、サンドラたちが驚く。
常識だと思っていたことが崩れたのだ。
「サンドラお嬢様。ディアス様は、リーゼ様の・・・。ハイエルフのそれもハーフエルフの事情を、ご存知ではないのかもしれません」
皆の視線が、ディアスに集中する。
「事情?」
「ふぅ・・・。ごめんなさい。ディアス。私たちには常識だったので、知っているのだと思っていました」
「え?」
「ハイエルフは、エルフ族の中でも、特別な存在だと言うのは知っていますか?」
「えぇもちろん。エルフ族の族長が、ハイエルフで、エルフの集落をまとめている種族ですよね?」
「寿命に関しては?」
「え?500年とも1000年とも言われていますが、実際にはわからないと言うのが通説なのでは?」
「やはり・・・」
マリーカが予想した通りだ。
知らないのなら、リーゼが第一夫人候補だと考えていても不思議ではない。
「サンドラ様」
「そうね。皆が知っていると思っていたのは、確かに間違いのようね」
サンドラが途中まで話をして途中で、アデーの方を向く。
「私もそこまで詳しいわけではないので・・・」
アデーが、ドーリスを見る。
確かに、ギルドの職員であるドーリスは事情を知っている。
「ドーリス?」
ディアスが、ドーリスに狙いを定めた。
「はぁ・・・。ディアス。ハーフのエルフは人数が少ないと思いませんか?」
「え?リーゼ以外は見たこともないかも・・・。だけど、偶然じゃないの?エルフ族は子供ができにくいと聞いたから・・・」
「それも間違いではありませんが、エルフ族は実は子供が出来にくいのは俗説です」
「え?」
「エルフ族が精霊祭と呼んでいる期間は必ず子供が授かるのです。ただ、エルフ族は長命な為に、相手を定めない場合が多い上に、子供は集落で育てるので、子供が少ないと思われているのです」
「そうだったのですね。でも、それだけでは、リーゼがヤス様の相手ではないという理由にはなりません?よね?」
「はい。エルフ族として、子供が少ないという理由は無いのに、ハーフエルフは少ないのです」
「それは、エルフ族が、多種族とあまり関わりを持たないからなのでは?」
「はい。それも正しいのですが、ハーフエルフの特性が問題なのです」
「特性?」
「はい。ハーフエルフ・・・は、オンリーワンという特性を持っています。生涯に、伴侶は一人だけで、心が認めて、身体が求めなければ駄目なのです」
「ん?」
「それに、もう一つ特性がありまして、伴侶に定めた人に寄り添ってしまうのです」
「それは、悪いことなのですか?いいことのように聞こえます」
「はい。ハイエルフでないのなら問題はありません。ただ、ハイエルフの場合には、どういう理由なのかは語られていませんが、伴侶に選んだ者と同等の寿命になってしまうのです」
「え?それは・・・。リーゼが、ヤス様を求めて、伴侶に慣れたとしても、ヤス様の・・・。人族の寿命と同等になってしまうと?」
「はい。だから、ハーフエルフの相手は、人族ではなく、エルフ族やハイエルフが務めるのです」
「でも、それを乗り越えて、リーゼがヤス様を求めて、ヤス様も受け入れたら話は違いますよね?」
「えぇそうですが、その場合でも・・・」
ドーリスが、サンドラを見る。
サンドラが息を吐き出しながら、話し始める。
「はぁ・・・。ディアス。エルフ族は、伴侶を決める時に、族長の許しを得なければならないのです」
「でも、リーゼは・・・」
「リーゼ。本人は、母親と父親のことがあるのでしょう。追放されたのだと思っているようなのですが、私がアフネス様に確認した所は、事情は複雑なようです」
「そうなのですか?」
「はい。リーゼは、追放されていません。そもそも、追放されているのなら、アフネス様やミーシャさんやディトリッヒさんが敬うはずがないでしょ?」
「あっ!?考えていなかった」
「追放されたのは、リーゼのお母さんだけで、リーゼは、森の民の一員で次期族長候補なのです」
「え?」
「なので、リーゼの気持ちも大事なのですが・・・」
「そうだったのですか・・・。ヤス様は、ご存知なのですか?」
皆が、首を横にふる。
誰もが知っているものと考えていたので、話しては居ない。もちろん、アフネスが話している可能性はあるが、それも無いと思えた。
ヤスが前から知っていた可能性も考えられるが、それも無いだろうと、皆が思ったのだ。
リーゼの話が終わると、沈黙が支配したが、すぐに姦しい状態に戻っていく。
次のターゲットは、カイルとイチカだ。二人の噂話なら、困ることがない。好意を隠さないイチカに、必死に隠しているカイル。可愛くてしょうがないのだ。
カイルは、バレてはいないと思っているのだが、神殿に住まう者たちだけではなく、ユーラットやアシュリやトーアヴァルデやローンロットだけではなく、最近移動が許されたウェッジヴァイクや湖の村に住む者たちにも知られている。主に、酒呑みたちのツマミにされているのだ。
駄目な大人たちは、酒場でカイルとイチカがどうなるのか賭けが行われている。
姦しい女子会が行われている裏で、ヤスが遊んでいる・・・。なんて、ことはなく。
ヤスは、辺境伯や各種ギルドからの依頼を受けて、王国中を走りまくっていた。
依頼された、荷物を運んでいたのだ。ギルドの依頼が殆どだが、辺境伯や王家からの依頼も増えている。
各地に、ヤスが提案した物流の拠点が出来始めている。王家直轄領や辺境伯がまとめている王家よりの派閥に属する貴族の領地だ。ヤスの運送は、拠点までと決めた。それ以上は、よほどの大荷物やヤスでなければ運べない物だけにした。
ヤスは、王国中を走りまくったことで、王国の地図が十分精度で、作成することが出来た。ディアナに目的地を伝えると、正確に到着時刻が予測できるようになってきた。
ヤスが求める速度にはまだまだ到達していないが、王国内の物流は飛躍的に改善している。ヤス以外が運ぶ時には、時間がかかるが、荷物の到着率が飛躍的に上がった。道が整備されたことが大きい。
今までは道が作られていなかったのは、スタンピードを警戒していた。他にも、帝国に攻められた時に道があれば、そのまま自領が襲われてしまう可能性が有ったのだが、王国を守るように出来た石壁の存在が、懸念を取り除いた。
それだけではなく、物流の集積所だけに繋がる道だけで十分なので、攻め込まれた場合でも防御に移る時間を確保することが可能になる。時間を確保するための連絡網が構築できた。
ヤスが考案した、定期便も運用し始めている。
今までは、荷物がある時に街から街に荷物を運んでいたのだが、集積場が出来たことで、定期的に集積場から集積場に馬車を走らせている。荷物がなくても運行している。料金は、領主と王国が折半している。行商になったが、仕事が無い者たちには喜ばれた。小さな荷物を依頼する者たちも多く現れた。実際には、手紙などの荷物を運ぶ需要は前から存在していた。しかし、料金に見合わなくて躊躇していた者たちが定期便を使うようになったのだ。
定期便を狙った野盗も現れたが、王家と領主が協力して徹底的に追い詰める。いくつかのグループが潰されると、定期便を狙うのは割に合わないと、思っている様子で、定期便が襲わなくなった。同時に、集積所と集積所を結ぶ道が整備され、軍事練習がしやすくなったので、魔物討伐を兼ねる守備隊が行き交うので、安全になっていった。