帝国は確かにトーアヴァルデには近づいてきている。
しかし、戦闘が開始されるような距離ではない。入口に到達したに過ぎない。それも、野営地を作って新たに作られた壁を調べている段階だ。帝国は、リップルとは違って撤退しても問題はない。攻めてこない可能だって残されている。
リップル元子爵軍は、騎士を中心に一斉に動き出した。
規則正しい動きではなく、統率も取れていない。ただ、門を目指しているのだ。
先頭が門に到達する寸前に、門が内側に開かれた。
”開いた!”
”進め!勝利は我らの物だ!”
”何が神殿の主だ!所詮は何も知らない平民だ!”
誰が叫んだのかわからないが、集団での声はまたたく間に広がっていく。
そして、皆が一点を目指して殺到する。門を突破すれば何かが変わると思っているのだ。帝国に移住して、幸せな生活が出来ると考えている。貴族たちも、先を争うように門に向かっている。王国にいれば、いずれ粛清されてしまうのは間違いない。派閥に損害を与えた上に、公爵や侯爵に恥をかかせたのだ。主導したのは、子爵家だが二つの男爵家も同類と思われている。帝国に行くか、公爵が欲しがっている神殿が所有するアーティファクトを入手するしか道がないのだ。
神殿が所有する関所を占拠して、帝国と交渉する。
神殿を攻略したと言っている若造を騙して、アーティファクトを我が物にする。子爵が思い描く輝かしい未来が、手を伸ばせば届く所まで来ている。
それが幻想だったとしても、幻想と気がつくまでは・・・。現実に絶望する瞬間までは、子爵は幸せで居られるのだ。
門は5m程度進めば突破出来る。
突破した先には開けた場所がある。平静を欠いた軍ほど脆いものはない。ただの群衆と化したリップル元子爵軍は、勢いのまま門を突破した遮るものがない場所を突き進んだ。
そして、2万を割り込んでいた兵のすべてが、関所の門を通った所で、門が閉じられた。
門が閉じられただけではなく、なぜか何もなかった門から弓矢を持った完全武装の兵が現れて、5mの関所の中で陣取っている。誰も居なかったはずの関所の壁の上にも同じ様に、弓矢と魔道具を装備した兵が等間隔に並んでいる。よく見れば、石壁の隙間から魔道具を構えた者たちが居る。
揃いの防具は見るものを威圧する。
ヴェストは、一射目を命じる。
”撃て!”
命令を受けた者たちは、リップル元子爵軍の足元を狙って斉射する。
今回の戦いで、神殿の守備隊が攻撃したのは、この最初に斉射した場面だけだ。
あとは、勝手に崩れていった。門をむやみに攻撃する者。壁に登ろうとするが失敗する者。仲間を攻撃して生き残ろうとする者。
ヴァストは、一射目が狙い通りの効果を発揮したのを確信してから、内門を閉ざした。
ヴァストがやるべき事は中の奴らに呼びかけるだけだ。
”武装を解除して、神殿に下れ”
愚かにも、神殿に武器を向けたことを後悔すればいい。
ヴァストは、殲滅してもよいと考えていた。ただ、ヤスが殲滅ではなく主導者を捕縛しろと言ってきているので、それに従っている。子爵家や二つの男爵家が民衆にしてきた内容を考えれば、1度や2度ころした位では物足りない。殺したいほど憎んでいる人間も一人や二人ではない。ヴァストもその一人だ。
だが、皆はカイルが言い放った
『別にどうでもいい。俺は弟や妹とイチカと仕事をしてヤス兄ちゃんを助ける!』
ヤスはカイルとイチカと子供たちに約束した。
リップル子爵に後悔させると・・・。形だけの謝罪を引き出すのは簡単だと思っている。しかし、カイルやイチカは謝罪を求めていない。
大人たちも、カイルとイチカを見習った。だから、ヤスの嫌がらせに賛同した。
結果、2万に届きそうな人間が関所のトーアヴァルデに捕らわれた状態になっている。
腹も減って、体力も限界になっている。気力を失った者から、壁に背を預けて座り込んでいる。夜は眠れるようになっただけでも良かったのかも知れない。安全かわからないが、魔物の襲撃はない。
一人、一人と死んだように眠っていった。
そして・・・。
リップル元子爵軍が関所に捕らえられてから、3日目の夜。
「マルス」
『はい。マスター。検査は終わりました』
「実行してくれ、結局、残すのは何名だ」
『179名です』
「意外と少ないな。もう少し多いのかと思った」
『神殿の基準で犯罪者も除いております。個体名リップル子爵の取り巻きだけ残します』
「そうか、処理を始めてくれ」
『了』
ヤスとマルスが行っているのは選別だ。
子爵軍の中で、リップル子爵や男爵の取り巻きを除いた者たちを神殿に取り込むのだ。
もちろん、犯罪者や神殿に有害になりそうな者は、迷宮区で過ごしてもらう。紛争や戦争や討伐以外での殺人を行った者は、犯罪者として認定している。村から無理矢理連れてこられた者たちは、アシュリで解放する。戻りたい者は勝手に戻ってもらう。そこまで、神殿が面倒を見る必要はない。
残りたいと言った者も、アシュリやローンロットに分散してもらう。
残った179名は、辺境伯に引き渡す。話の都合で数名は死んでしまう可能性もあるが気にしない。
王国の法で捌いてもらう。出来る限りは捕縛する。
その前に、せいぜい苦しんでもらおうと思っている。
179名は、マルスの指示で潜入していた栗鼠の眷属が魔道具を使って眠らせた。
眠っている間に、他の者たちを処理したのだ。
翌日、取り巻きの一人の声で、リップル元子爵は目を覚ます。
「閣下。閣下。起きてください!」
「どうした!?門が開いたのか?帝国が儂を迎えに来たのか?」
どこまでも頭の中がお花畑の発言だが、本人は大真面目なのだ。
昨日も部下たちを怒鳴り散らして門を開けさせようとしていた。命令は出されるが、命令を受けた方はそれどころではない。立つのも辛い状況なのだ。おかげで、子爵たちは生きていられたのだ。連れてきた者たちは、心が折れただけではなく、体力も限界だ。門が開いて助かると思った所で、攻撃を受けた、気力も体力も何もかもがなくなってしまっているのだ。気力が残っている者が10名も居れば、頭が正常に動かせる者が居れば、貴族たちを殺して神殿に命乞いをしたのだろう。
「違います!閣下。誰も・・・」
「なんだ!?はっきりと言わないか?」
「閣下。誰もいません」
「なに?どういう事だ。誰か、説明しろ!」
説明出来る者が居るとしたら、ヤスとマルスだけだ。
178名は誰も目の前で発生した事象を正しく子爵に説明出来ない。
慌て始めるがもう遅い。
子爵の所に集められていた食料も残りわずか。全員分はもう存在しない。
『愚かにして蒙昧なる子爵閣下。間違えた、元子爵。今そこに残っているのは179名だ。そして、隷属の首輪が178個ある。隷属を受け入れた者から開放してやろう』
子爵の足元に、178個の首輪が出現した。
『言い忘れた。隷属の首輪は、他人がすると死ぬまで締まる仕組みだ。自分で自分の首に”隷属の首輪”をしろ。それから、残った一人は死ぬまで、その場所で飼ってやるから安心しろ』
言葉が終わると、179名を取り囲むように鉄格子が出現する。
『お前たちのおかげで、関所の開通が遅れたが、明日にも開通が出来る。そうしたら、ここを帝国や王国の商人が通る。いい見世物が出来た。安心していい、お前たちがどんなに叫ぼうと外には聞こえない。お前たちには外の声が聞こえるようにしてやろう』
その後、子爵たちが怒鳴ろうが、反応は何もなくなった。
食料と水が届けられるが、リップル子爵領の農民が一日に食べる平均が届けられるようになる。
見世物になるのが確定しているリップルたち”ヒトモドキ”は、隷属の首輪をするのを拒否している。
リップル子爵の命令で、身分の低い者が首輪を付けられた。宣言通りに、絶命するまでゆっくりと首輪が絞まっていった。その間、首輪を付けられた者は苦しみ続けた。それを見て誰も首輪を着けようとしなくなってしまったのだ。一人と首輪一つが減った檻の中では、醜い争いが発生していた。
身を隠すことが出来ない場所に捕らわれている。食事も人数分しか提供されない。
快適な生活が出来るような場所と環境ではない。魔物が出ないだけマシだと思わなければならない。
トーアヴァルデの中は通常の状態に戻っている。
4日前まで1万以上の人が居たとは思えない状況だ。現在は、中央に檻が作られていて、中に178名が捕らわれている。
首が絞まって苦しみながら死ぬさまを見てしまった178名は恐怖で隷属の首輪に近づかなくなってしまっている。
「なぁサンドラ。アイツら、さっさとクラウス殿に渡したいけど駄目か?」
「何度か交渉していますが、のらりくらりと逃げられてしまっています」
「ヤス。もう面倒だから殺すか?」
今、ヤスとサンドラは、リーゼが運転するFITでアシュリに来ている。ルーサと会談するためだ。リーゼは、会談には参加していない。その代わり、アシュリに流れてきた者たちや、リップル子爵軍に強制参加させられた者たちを相手にして炊き出しを行っている。もってきた物資はリーゼがユーラットで買い集めたものだ。道具までは持ってきていなかったので、アシュリで生活している人たちに借りた。あと、余剰の物資を分けて貰ったり、手伝いを出してもらったり、炊き出しに協力を求めて動いている。
「ルーサ。殺すのは簡単だから、生かしておこう。見世物としては最低だけど、明日には事情を説明した立て看板を立てるだろう?」
「そうだな。あれを見れば、神殿に攻めてこようとする”輩”は減るだろうな」
「それで十分だよ」
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ルーサは、子爵たちの現状を見てきた。
殺したいほど憎んでいたが、憎んでいたのが馬鹿らしく思えてしまった。カイルとイチカも同じだ。ルーサに言われて、親の仇を見に行った。ヤスからは、『殺したければ殺せばいい』と言われたが、二人は仇の顔を見ただけで終わった。
「カイル。イチカ。いいのか?お前たちを苦しめ元凶だぞ?」
「うん。ルーサのおっちゃん。俺とイチカは、ヤス兄ちゃんに言われてギルドの仕事を手伝った。その時に、いろんな人にあった。それでいろいろ話を聞いた」
「あぁお前たちは、今ではローンロットまで行くよな?」
「そうだよ」
「カイル。違いますよ。ルーサさん。ローンロットだけではなく、湖の村や帝国の村まで行きます。ヤスお兄様が神殿の領域内だから大丈夫だと言ってくれました」
「そうだったな」
「はい。ルーサさん。私もカイルも、自分たちが一番不幸だと思っていました」
「あぁ」
「でも、違いました」
「それは、自分たちよりも不幸な人たちが居るのを知ったのか?」
「いえ違います。不幸は比べる事ではないのです。そして、貴族だった人たちや豪商だった人たちが私たちに媚びを売る姿をみました」
「そうだな」
「お父さんとお母さんが言っていました。どんなに貧しくても、心まで貧しくなるな。カイルと話をしました。私は最初”殺す”つもりでした。ヤスお兄様から渡されたボタンを押すつもりでした。でも、カイルが『あんな奴ら殺す価値もない。殺すよりも、ここで見世物になっていればいい。捕らえられたゴブリンと同じだ』と言ってくれた。私の心が貧しくなるのを止めてくれた」
「そうか」
ルーサは二人の頭を手で”ワシャワシャ”としてこの話は終わった。
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「それでヤス。カイルとイチカが持っていたボタンを押すとどうなる?」
「知りたいか?」
「是非。教えてくれ」
「ヤスさん。ルーサさん。私は嫌な予感がしますので、席を外します」
立ち上がって逃げ出そうとするサンドラの手をルーサが掴んだ。
「ヤス。頼む。サンドラも”是非、教えて欲しい”と言っている」
「言っていません!ルーサさん。絶対に、後悔します。絶対です!今まで、何度もこういう場面で・・・」
「大丈夫。大丈夫。そんな酷い内容じゃないよ」
「騙されません!」
「ヤス。それで、ボタンを押したらどうなる?」
「檻が、黒くした鉄の板で覆われて、天井部分が透明なガラスになるだけだ。外から何も見えなくなる」
「え?」「は?それだけなのか?」
「あぁそれだけだ」
「ヤス。それじゃ、奴らは死なないぞ?」
「そうか?ルーサ。今からの、トーアヴァルデは暑くなるよな?」
「そうだな」
「奴らを閉じ込めた場所は、トーアヴァルデの中央だよな?」
「そうだな」「あ!ルーサさん。暑い時に、何も遮る物がない場所で馬車に乗っていると・・・」
「そうか!檻の天井がガラスになるとか言っていたな。囲まれているから風も通らない。熱がこもる」
「そう。そして、あの場所は中心部分が少しだけ高くなっているから、雨水も貯まらない。さぞ、暑いだろうな。ボタンを押されなかったから、そうならないけどな」
サンドラが椅子に座り直した。
話を聞いても後悔はしなかったようだ。
「ヤスさん。本当に、それだけですか?」
「ん?そうだな。最初は、目隠しをして、中にメスのゴブリンとオークとオーガを放そうかと思ったけど、後片付けが面倒だし、苦しみそうにないから止めた」
サンドラが頭を抱えた。聞かなければよかったと心の底から思った。油断してしまったのだ。
「ヤス。絶対に、他でそれを言うなよ?」
「ん?わかった」
解っていない表情のヤスにルーサも頭を抱える。
ルーサは、ヤスに言ってはならない理由の説明を始める。途中で、サンドラも参加して説教に近い話になるが、ヤスは二人の話をありがたく聞いていた。
「そうなのか・・・。他の神殿でも、同じ事が出来ると思うけどな」
「ヤス。問題はそれだ!お前が出来るのは、神殿の主だからですませられる。俺たちも、お前が街中に魔物を呼び出すとは思っていない。問題は、お前が出来るというのは、他の神殿でも出来る可能性があるということだ」
「あぁそうか、王都は神殿の上にできているのだったな」
「そうだ。解ってくれて嬉しいよ」
「王都の神殿は何が出来るのだろうな。行ってみたいな」
「ヤス」「ヤスさん!」
「ん?何?・・・。二人とも、そんな顔しないでよ。行かないよ。俺は、荷物を運ぶのが仕事で、冒険が仕事じゃないからね」
二人はヤスの言葉を聞いて納得したが、どこか不安に感じている。
ルーサは、ヤスが神殿の攻略に乗り出して、中で死んでしまう事を・・・。
サンドラは、ヤスが神殿に潜ると知った貴族たちがアーティファクトを強奪に来る未来を考えて・・・。
マルスは、3人の話を聞いていて、王都の神殿に興味を示した。自分が行くことは出来ないが、自分の分身なら可能かも知れないと考え始めた。
「ふぅ・・・。ヤスさんの話を聞いていると本当に疲れます」
「俺が悪いのか?」
「ヤスが悪い」「ヤスさんが悪いですね」
二人の間髪を入れないツッコミで落ち込んだフリをしたヤスだが、サンドラが話を戻したので、それに乗っかる。
「それで、ヤスさん。この書状は本物なのでしょうか?」
「さぁ俺は、リップル子爵が持っていた、公爵の手紙を持ってきただけだからな。あぁ明日には帝国の将軍が持っていた、侯爵の手紙も手に入るぞ」
「それがおかしいのですが、蝋封を見ても本物ですし、筆跡は私にはわかりませんが、押されている紋は本物だと思います」
「だから、本物だって言っているだろう」
ヤスがサンドラとルーサに渡したのは、公爵が子爵に送ったと見られる封書4通だ。
内容は、アーティファクトを手に入れろ、自分が国王になるために資金を集めろといった内容が書き連ねられている。関連する貴族の名前も判明している。困ったら、これらの貴族を頼れとなっている。
侯爵が書いたと思われる封書は5通。
内容は、帝国軍の引き込みを子爵家が行う。帝国に海に繋がるユーラットを渡す代わりに、侯爵は帝国の武器や防具や魔道具をもらう話になっている。また侯爵が国王になったときの後ろ盾を約束させる物だ。
もちろん、どちらともドッペルが作った物だが、本人の筆跡の癖も完璧だ。内容も、本人が考えたことがある内容を書いているだけだ。
「ヤスさん。書状の入手方法は問いません。ただ、今後、似たような事を考えた時には、私かルーサさんに相談してください。こんな爆弾をいきなり、辺境伯の娘に渡されても困ります」
「わかった。わかった。でも、入手は偶然だぞ」
「酷いペテンだな。ヤス」
サンドラもルーサも、方法は想像できないが、手紙はヤスが用意したと思っている。
手紙は、サンドラが預かることで決着した。
「ヤスさん。公爵と侯爵の手紙をネタに、子爵をお父様に引き取らせようと思います」
「そうなのか?それが出来たら最高だな」
「はい。そこで、子爵が知っていることを全部話すようになるのは難しいですか?」
「その為の隷属の首輪だけどな。子爵が引き取ってくれるのなら、全員に隷属の首輪をした状態で渡すぞ?そうだ!隷属の隷属が可能な事は解っているから、隷属の首輪を填めたゴブリンが主人というのはどうだ?」
「駄目だ!」「止めてください!」
二人同時に否定されたので、ゴブリンが主人になるという前代未聞の事態は避けられた。
隷属の首輪をして引き渡すだけになった。
それから二日後、辺境伯から返事が来て、引取を了承したと言われた。捕らえた者たちを、ローンロットまで護送して、辺境伯が手配した王都から来る者たちに引き渡す。詳細は、サンドラが決めるので、ヤスは承認するだけとなった。
そして、心置きなく帝国への対処を行い始めるのだった。
もちろん、サンドラもルーサも辺境伯もドーリスも知らない。知っているのは、ヤスとマルスと眷属だけの内容だ。
子爵たちの処分に目処が付いたヤスは、保留していた帝国への対応を開始した。
マルスからの情報で、帝国軍は、3つの家の連合で作られているようだ。それぞれの家の三男や四男が率いている。連合と言っても、統率が出来ているわけではない。ただ一緒にいるだけの関係だ。兵士数も、各家では3、000の兵士を出して、物資を輸送する兵站を1,000名出している。合計すると1万2,000にもなるが烏合の衆であるのは間違いない。
石壁が始まっている場所で、陣取って動こうとしない。
先に攻撃を仕掛けて、失敗したら笑いものになる。他にも、後ろから攻撃されるのを疑って動けないのだ。
そして、誰かが出し抜くのを恐れている。
ヤスだけアシュリから神殿に戻ってきた。
丁度、カスパルがバスで人を運んできた。帰るので、バスに乗った。リーゼは炊き出しを続けたいと言っていた。サンドラもルーサと詰めの話をした後でリーゼの炊き出しに付き合うと決めたようだ。
「マルス。帝国の動きは変わっていないか?」
『変わりありません』
「そうか、王国側の始末が決まったから、帝国側も始末するぞ?準備は出来ているのか?」
『はい。すでに、神殿の領域を半円で広げています。半径は1キロ程度です』
「わかった。中央は、迷宮区に繋がる洞窟にしたのだよな?」
『はい。難易度の設定は、マスターの指示通りです』
「わかった。まだ開いていないよな?」
『建物や村の施設と同時に開く予定です』
「頼む。さて、ドッペル男爵からドッペル息子を出させて、村を開拓したと思わせたほうがいいだろう」
『手配は終わっております。陣取っている者たちの処遇が終わりましたら、すぐにでも移動させます』
「奴隷商ドッペルにも支店を出させろよ。それから、陣取っている奴らの中にも奴隷や二級国民が居るだろう?全員、解放しろ。解放に値しない奴は、解放後に、神殿の中で過ごしてもらおう」
『了。陣取っている者たちを、数を減らします。その後、捕らえるようにします。攻撃までに選別を行います』
「了解。作戦は、せっかく王国からの客人のおかげで鎧や武器が手に入ったし、指物も有ったから、王国兵として戦って見るのはどう?ドッペルの数も揃っているのだろう?負ける練習が出来るぞ?」
『はい。弱いドッペルも居ますが、一度戦って逃げるだけですから、ドッペルに王国兵に擬態をさせて戦います』
「そうだな。逃げて、”中に誘導できたら門を作る”だったな」
『はい』
「よし、実行してくれ。別に取り逃がしてもいい。奴隷や二級国民はできるだけ確保」
『はい。選別が終了する。明日の朝に実行します』
「頼む」
『了』
ヤスの役割はこれで終わりだ。
王国側の後始末もすでに動き出している。
ローンロットに運ぶ方法は、サンドラが考えるらしい。ルーサもヴェストも準備を手伝うと言っていたので大丈夫だ。ローンロットに居るエアハルトは嫌そうな反応を示しているが、ヤスから頼まれれば嫌とは言えない。関所の森の中に牢獄を作るとヤスが提案したので納得したのだ。
ローンロットまでは、首輪を繋げた状態で街道を歩いていく。見世物になるのは間違いない。辺境伯領や近くの貴族には通達を出している。情報を公にして、子爵家や男爵家を助けようとする者が居れば襲ってくるだろう。それを迎撃するのが目的なのだが、サンドラもルーサも助け出そうとする者はいないと考えている。
ヤスは、明日の朝に戦果を見る。
寝る前に風呂に入っている時に思い出した。
言わないとまた怒られる可能性があるのを思い出したヤスは、慌てて主要人物に連絡を取った。
時間は、夜だと言ってもいい時間だ。サンドラがアシュリに居たのも影響しているが、ルーサも神殿にやってきた。リーゼの運転だ。リーゼは会議には参加しない。
会議は、ルーサ。サンドラ。ディアス。カスパル。ドーリス。ミーシャ。ディトリッヒ。ヴェスト。エアハルト。イチカも近くに居たので、ヤスが連れてきた。少しでも味方が欲しいと思ったのだ。そして、リーゼがアシュリから移動するときにユーラットに寄ったので、アフネスとダーホスも参加している。
集めた後で後悔したヤスだったがもう遅い。サンドラは、なにか問題が発生した時の為に、クラウスとハインツに通話を繋げるつもりだ。巻き込むのなら、多いほうがいいと皆が思っているのだ。
セバスはヤスの後ろに立ち、機器の操作や補足説明をする。ツバキは本来の役目に戻って、給仕をしている。ファースト。セカンド。サード。ファイブ。シックス。セブン。エイト。ナイン。テン。イレブン。も、集まって準備を手伝っている。
会議の口火を切ったのは、アフネスだ。
「それで、ヤス。今度は、何をやらかした?」
「やらかしたって、明日の朝に関所の近くに陣取っている帝国軍を蹴散らすだけだぞ?作戦も、マルスと考えたから、問題はない。実行後に、二級国民や奴隷の村を作ってもらおうと思っているだけだ。あっなんとかいう貴族が協力してくれるのが確定している。奴隷商人も支店を出して、奴隷や二級国民の解放を行う。あと、そうそう、なんとかって言う教会の司祭も協力してくれる。商人も話が着いている。帝国にローンロットの様な場所が出来るから、拠点が出来る。あと何だったかな・・・。あっ!その村の中心に神殿の迷宮区と同じ様に魔物が出る場所が出来るみたいだな。難易度は迷宮区の中層からと同じ位なはずだ。あぁ最終層に到達しても、神殿みたいに攻略にはならない。何か神殿で要らなくなったアーティファクトが入った宝箱は出るけど、それだけだ。どちらか、どちらかと言えば村の資金源と食料確保のためだな」
ヤスは、一気に言い切った。誰かが口を挟む空きを与えなかった。
ヤスの言葉を聞いて、この場で話を聞いたのを後悔した者は6名。すぐに父親に連絡した者が1名。立ち上がってなにか言おうとした者が1名。頭を抱えたものが1名。理解出来なかったものが2名。
「まず、ヤス。帝国が攻めてきているのは本当なのか?」
「ん?見る?セバス!」
「はっ」
ギルドの会議室に集まって話を聞いている皆の前にスクリーンが降りてくる。ヤスにはお馴染みのプロジェクターで投影するのだ。セバスがコントローラーを操作すると、帝国が陣取っている場所が投影された。
この表示を見て帰ろうとした者は後悔した者6名のうち3名だったが、隣に座っている者に腕を掴まれて逃亡に失敗した。
「わかった。これはいつの絵だ?」
「ん。今・・・。正確に言えば、1秒くらい前かな?」
「なぁヤス。お前は、ここにいながら帝国軍の奴らを見て、攻め方を考えて、指示を出せるのか?」
「そうだね。でも、それはルーサやヴェストもやったよね?」
エアハルトを含めた3人がうなずく。サンドラも承諾している内容だ。サンドラは父親を巻き込むのに失敗したようだ。リップル子爵に関する後始末で王都に旅立った後のようだ。
「わかった。それで、数は?」
「うーん。1万2千程度で、今、奴隷と二級国民を選別している。それが、明日の朝には終わるから、殲滅しようと思っている。辺境伯に聞いたら、貴族とか貴族の子弟を捕らえたら身代金が貰えるらしいから、できるだけ無傷で捕縛しようとは思っている」
「サンドラ!クラウスは、ヤスに何を教えた!」
アフネスの怒りの矛先は、サンドラに向けられる。
「知りませんよ!私だって、この話を聞いたのは今日が初めてです。それに、もう一つの問題もまだ片付いていないのに・・・」
「もう一つの問題?」「え?なにか、まだあるの?」
ヤスはすっかり完全に忘れている。侯爵の直筆の手紙が5通見つかって、届けられるとサンドラに伝えてあったのだ。
「あぁ侯爵の手紙?あぁうん。うん。アイツら持っていたことにするよ?」
「ヤス。手紙なんて初めて聞いたが?どういう事だ?ドーリス。ダーホス。それに、イチカとか言ったね。あと、ミーシャとディトリッヒとカスパルとディアスは、この先を聞きたくなかったら部屋から出たほうがいいようだよ」
結局、誰も出ていかなかった。ただ、内容次第では、ドーリスとダーホスは聞かなかったことにすると宣言した。
ヤスの夜は長くなりそうだ。
「ヤス。正直に教えてほしい。なんなら、ここに居る全員にリーゼを呼んで制約の魔法をかける」
「そこまでは必要ない。話を聞いて出ていきたいのなら出ていけばいい」
ヤスは、自分の行動を秘密にする必要性を感じていない。秘密にして隠していれば、弱みになりかねない。秘密は弱点にもなりかねない。ヤスは、幼馴染でもある男の顔を思い出していた。
「わかった。聞いた後で判断させてもらうよ」
「皆もそれでいいか?」
サンドラに続いてルーサが皆に確認をする。
ルーサの確認に皆がうなずいた。
皆がうなずいたのを見てヤスは肩を落とした。説明するのは問題ではないが面倒だと思っているのだ。
「セバス」
「はっ」
「面倒だ。マルスに頼んで、連れてきてくれ」
「かしこまりました。誰にいたしましょうか?」
「ん?戻ってきているのか?」
「はい。お役目は終了しており、今は、待機状態だとお聞きしております」
「わかった。侯爵でいい」
ヤスがセバスに指示を出すのを皆が黙って聞いていた。
セバスが皆に頭を下げてから会議室を出ていった。
「ヤス」
「アフネス。少し、待ってくれ、説明がめん・・・。難しいから、実際に見てもらう」
ヤスが、面倒と言おうとしたのを皆が感じたが誰も指摘しなかった。
指摘しても無駄だと知っているのだ。
ツバキが統率しているメイドたちが皆に飲み物を配る。それぞれの好みを共有しているので、皆に違う飲み物が配られる。ルーサだけが、”なんだ!酒精じゃないのか?”とぼやいたが、サンドラが睨んで黙らせていた。
10分くらいしてから、セバスが戻ってきた。
「マスター。イワン様が会議に参加されたいとおっしゃっていましたので、一緒に参りました」
「わかった。入れてくれ、事情は伝えてあるのだな」
「はい。他の方々と同じです」
「わかった」
イワンが中に入ってきて、ルーサの隣に座った。
メイドにコップだけを持ってくるように伝えて、自分とルーサの間に瓶を置いた。自分のコップとルーサのコップに注いだ。皆の冷たい目がイワンとルーサに集中するが気にする様子は見せていない。
「セバス。入れろ」
「はい」
入ってきたのは、リューネブルグ侯爵だ。
イワンはセバスが連れているのを見たので驚きはしなかったが、イチカを除いては声にならないほど驚いた。
「おい。皆に挨拶しろ、そして擬態を解け」
「はっ。マスター。皆様。お初にお目にかかります。私の今の名前は、ドッペル侯爵です。本体は」
ドッペル侯爵は擬態を解いた。
顔の表情がない、黒い人の形をしたなにかに変わった。服を着ているので、余計に気持ちが悪い。
皆が口を押さえて声を失う。
唯一声を出したのは意外にもイワンだ。
「ヤス。ドッペルゲンガーだな。それも、かなりの高位だろう?」
「あぁ俺の眷属だ」
「クッククク。それで、狐に化けて、手紙を書かせたのか?手紙の内容は全くの嘘なのか?」
イワンは畳み掛けるようにヤスに質問する。
「まず、最初の質問だが”Yes”だ。そして、次の質問は”Yes”と”No”だな」
「曖昧だな。説明しろよ」
「このドッペル侯爵は、記憶まで擬態をすることが出来る」
「それで?」
「侯爵が実際に考えていた内容を手紙に書き出した。そのときに、宛先や日時などを付け足しただけだ」
「なるほど・・・。サンドラの嬢ちゃん。いつまでも、呆けていないでヤスに質問があるのだろう?」
イワンの呼びかけで、サンドラは”はっ”として頭を激しく降ってから、ヤスを見た。
「手紙はわかりました。ヤスさん。そのドッペル侯爵の他には、どなたに擬態をしていらっしゃるのですか?」
「セバス」
「はっ」
ヤスはセバスに説明を任せた。
実際、ヤスはドッペルゲンガーたちを把握していない。名前も適当だ。ドッペルゲンガーたちにも仮の名前だと伝えている。そのために、セバスたちのように心に刻まれたりはしていない。
「以上です」
セバスが説明を終えた。
ヤスも知らなかったが、知っているフリをした。
イワンの手が上げる。
「ヤス。セバス殿。ドッペルゲンガーは解ったが、例えば、儂に擬態をして、儂と同じ様にスキルが使えるのか?」
「無理です。イワン様。姿と記憶だけです」
「そうか・・・。残念だな。あと、誰でも擬態ができるのか?」
「出来ない。それも一度で出来るとは限らない。条件はまだ解っていない。神殿の加護が付いていると無理なのだけは解っている」
「ん?神殿の加護?」
「俺やマルスで勝手に呼んでいるだけだが、神殿のカードを持っているだろう?あれを持っていると、神殿の関係者だと認識されて、擬態が出来ないらしい」
ヤスは、マルスから聞いた話を皆に伝える。
実際には、ヤス以外の者には擬態が出来るのだが、神殿の関わりがある物を持つ者には擬態ができないと思わせておいたほうがいいとマルスと決めたのだ。
神殿に入る為のカードには、識別の為に魔力が登録されている。その魔力を使って、神殿の関係者なのかを判断しているのだ。
「ヤスさん」
「どうした?サンドラ?」
「今の話では、帝国にもヤスさんの配下のドッペル男爵とドッペル奴隷商とドッペル子爵が居るのですよね?」
「あぁ。子爵じゃなくて、司祭な」
サンドラの間違いを指摘したが、誰もきにする内容ではない。サンドラも、頷いただけで話を進める。
「スキルは真似ができないとおっしゃっていました。どうやって奴隷を解放しているのですか?」
「魔道具を使っている。ドッペル奴隷商が持っていた。本物だ。司祭が持っていた二級国民にするための魔道具と解放の魔道具も持っている」
皆がまたびっくりする。
「ヤス!その魔道具は一組か?複数なのか?」
「司祭の方が持っていた物は二組しかないけど、奴隷商は3つある」
「ヤス。頼む。魔道具を貸してくれ、違うな、儂に解析させて欲しい。ここの工房なら、マルス殿が居れば、解析して複製出来るかもしれない」
「わかった。他の者の反対意見がなければ、イワンに渡す」
皆が反対しない。
帝国の奴隷を解放するのは反対していないのだ。特に、王国の民を捕らえて帝国に連れて行って奴隷にするような無法を平気で行っているのだ。連れて帰って来たとしても、奴隷紋が消せない状況になってしまっていて、皇国に苦情を伝えても金貨1,000枚で奴隷紋を消すとか言い出す始末なのだ。
「いろいろ、驚いたけど、ヤス。これだけだね?」
「そうだな。帝国に、ローンロットの様な集積場を作りたいと思ったのは本当だ」
「それについては反対しないよ。帝国側もヤスの手駒なのだろう?」
「そうだな」
サンドラが手をあげる。
「ん?」
「ヤスさん。話がそれてしまいましたが、そのドッペル男爵は、ヤスさんの眷属なのですよね?」
「そうなる」
「帝国の貴族のままで問題はないのですか?」
「セバス。どうだ?問題は発生しているか?」
「対処出来ない問題は発生しておりません」
「セバス。何が発生したのか説明しろ。サンドラも、そっちを聞きたいのだろう」
「はっ」
セバスが、今まで男爵領で発生した内容を説明した。
皆の目がだんだんとヤスを睨むようになっていったが、ヤスは気にしないでセバスに説明を続けさせた。
イチカ以外がヤスに言ってやりたい雰囲気になっている。
サンドラがなにか言い出しそうになったのを、アフネスが止めた。
「ヤス。セバス殿が言っているのは、間違いはないか?」
「そうだな」
「はぁ・・・」
イチカ以外が同じ反応を示す。
「ヤス。確認だけど、そのドッペル男爵領は、当初の半分の半分程度まで領地を減らしたのだね」
「そうだな」
セバスがうなずく。
アフネスがそれを見て確認を続ける。
「それは、奴隷や二級国民を解放すると言ったからか?」
「それだけじゃなくて、すべての村と町の関税を撤廃した。税金も最低額まで下げた。違反した者は容赦しないで粛清した」
「それで、周りの貴族から攻められたと」
「あぁ撃退したけどな。住民が自分たちの新しい生活を守るととか言って一致団結して戦ったから簡単に勝てた。それで、奴隷や二級国民を捕虜にして解放した」
「なぁヤス。もしかしたら、それで負けた貴族が神殿にちょっかいをかけてきたのではないのか?」
「ん?セバス。どうだ?」
「アフネス様の予測は正しいと思われます。ドッペル男爵領を攻めてきた6家の内、関所に接しているのは2家です。その2家と隣接はしておりませんが、ドッペル男爵領に攻めてきた1家が参加しております」
「ふぅーん。愚かだね」
「はぁ・・・。ヤスの感想は別にして、やっと飲み込めたよ。急に、帝国が大掛かりに攻めてきたのは、ヤスの責任だったのだな」
皆がアフネスのセリフで納得した。
ヤスだけは納得していないが、なにか口に出すと反論が来るのが解っていたので、黙っていた。
「それで、ヤス。帝国や皇国はなにか言ってきたのか?」
「いいや。あっ。辺境伯や王都に送った塩よりは品質の劣る塩を送ったら、ドッペル男爵の味方をすると言われたぞ、定期的に送ると言ったら喜んだぞ」
「ヤス。ちなみに誰に送った」
「セバス。だれだっけ?」
「はい」
セバスが賄賂を送った貴族を列挙していく。当然、司祭や枢機卿まで含まれる。帝国の王家にまで送っていた。
「ヤス。その中で定期的に送るのは?量は?」
「送るのは、王家と枢機卿だけで、量は、20キロだ」
アフネスも量を聞いてホッとした表情をした。サンドラも同じだ。
ヤスの長い夜はまだ終わりそうになかった。
ヤスへの質問はまだ続いていた。
ドッペル男爵を使った帝国での”いやがらせ”は十分に理解できたが、まだ聞かなければならなかった。
「ヤスさん。お父様とドッペル男爵の会談を取り持てませんか?」
「問題ないぞ?家の格を考えると、ドッペル男爵をローンロットに向かわせるか?その時に、帝国の村の村長をやるドッペル息子も一緒に連れていけばいいよな?」
エアハルトが手を上げて話に入ってきた。
「ヤス殿。サンドラ様。その会談には、私も出席したいのですが問題はありますか?」
ヤスはサンドラを見る。問題はないと思っているが、サンドラの判断が必要だと思ったのだ。辺境伯との非公式の会談になる可能性がある。その場にローンロットの責任者と言っても、平民が出席していいのか判断出来ない。
「問題はないと思います。ドッペル男爵も公式にローンロットを訪れるわけではないのですよね?」
「そうだな。ドッペル息子が治める。帝国の村との連携がしたいと申し入れをする体ではどうだ?」
「ヤス。私も参加したいが問題はないか?」
今度は、アフネスが参加を表明した。
「サンドラと調整してくれ、サンドラは決まったら、俺かセバスに連絡をくれ、ドッペル男爵を呼び出す」
ヤスの提案を受けるようにうなずく。
「ヤス。それで、帝国に出来る村には名前があるのか?」
「ん?名前。考えてなかった。うーん。楔の村”ウェッジヴァイク”でどうだ?」
皆もうなずいているので、問題はないと判断された。
まだ出来ていない村だが出来たと仮定して話が進められる。
「ヤス。ウェッジヴァイクには神殿と同じ迷宮区が出来るのだよな?」
「似たような物だな。迷宮区のような救済措置は作らない」
「それは・・・。ギルドマスター。あっ。ダーホスさん。どうしますか?」
今まで聞き役だったドーリスが口を開く、迷宮区が新しく生まれるのなら、ギルドとしては黙っていられないだろう。それに、帝国はギルドをあまりよく思っていない。楔の村なら状況が違うかも知れない。
「ヤス殿。冒険者ギルドとして、ウェッジヴァイクにギルドを設置するのは可能ですか?」
「え?いいの?帝国では、冒険者ギルドとかよく思われていないのでしょ?」
「だからです。ヤス殿が間接的に治める場所なら、この神殿と同じ・・・には、出来ないとは、思いますが、他の帝国領や皇国とは違った反応が生まれると思います」
「ヤス。儂も、ダーホス殿の意見に賛成だな」
「イワン殿」
ダーホスが意外な所からの援軍を得て嬉しそうにする。
「イワン。何が欲しい?」
「神殿のドワーフも派閥が発生してしまった。その、一つの派閥をその楔の村に行かせようと考えている」
「派閥?」
「少数だが、酒精が駄目な奴らが居て。蒸留酒の場所を広げるのに反対して居る。じゃ・・・。いや、もっと活躍出来る場所があれば、その方が良いだろう」
「おい。イワン。今、邪魔と言おうとしたな」
「そんな事実はない!」
「まぁいい。迷宮区ができれば、武器や防具が必要だろう」
「大丈夫だな。外に出すレベルの武器や防具なら作られる。素材がないから、かなり質が落ちるだろう」
「そうか、素材は迷宮では出さないようにしているけどいいのか?」
「魔物の素材はあるのだろう?十分だ。それに、帝国領内で武器や防具を大量に作るのは、ヤスの望みと違ってしまうだろう?」
「そうだな。魔道具は、安全装置を付けておこう。イワン。後で相談だな」
「わかった。儂からは、それだけだな。ローンロットやアシュリやトーアヴァルデや関所の森の中にある村に居るドワーフたちもローテーションするぞ」
「任せる」
イワンの話を聞いて、アフネスがヤスに疑問を投げかける。
「ヤス。イワン殿が言っている、関所の森は、レッチュ辺境伯領と帝国の間の森のことだね」
「あぁ。今は、神殿の領地になっている。そうだよな。サンドラ」
ヤスは、サンドラに話を振る。
サンドラは、ヤスの問いかけに肯定の意味を込めてうなずいた。
「わかった。それはいい。森の中に村があるのか?」
「出来ている。森の中心を川が流れていて王国と帝国を分断している。そして、関所の近い場所に湖が出来ている。湖を挟むようにして村が出来ている。両方の村長は、ドッペル村長を派遣している」
皆が納得している中、アフネスは一人だけ難しそうな顔をしている。
「ヤス。私は・・・。あの森には何度も足を運んだ。確かに小さな川は有ったが、湖はなかった。今の話だと、川も帝国と王国を分断する位の幅がありそうだな?」
「そうなのか?俺が神殿の領土となったと聞いた時には、川も湖も有ったぞ、環境の整備は行ったけど、川と湖をうまく使っただけだぞ?」
アフネスがヤスを見るが、ヤスはとぼけた状態のままアフネスを見返す。
「わかった。ヤス。話の腰を折って悪かった」
アフネスが引いたので、話を戻して、詳細に詰めていった。
具体的な日付までは決められなかったが、辺境伯が王都から戻ってきたらドッペル男爵とローンロットで会談をするのが決まった。
楔の村が出来たら、イワンがドワーフたちを派遣するので、ヤスは上下水道の整備を行うだけにする。ドッペル息子の村長邸は作るが村役場と各種ギルドの役割をもたせる。ドワーフの住処兼工房は、神殿と同じ様に作ると決定した。
アシュリで増えてしまった神殿に入る為の許可が降りなかった者たちを楔の村に送致する。行き場がなかった子爵家で横柄に振る舞っていただけの兵士たちだが、アシュリで受け入れるのは難しいと判断された。行き先がなかったが、楔の村なら治安が多少悪くなっても構わないだろうという判断になったのだ。
ダーホスが冒険者ギルドや各種ギルドに話をして、楔の村が出来てから、誘致するのも決まった。
イチカが眠くなってきて、ディアスとカスパルが連れ出して3人が離脱した。
ミーシャとディトリッヒがドーリスの代わりにギルドに戻って二人が離脱した。
ドッペル侯爵も居る必要がなくなったので、マルスの指示で会議室から出ていた。
イワンは途中で酒精がなくなって中座したが戻ってきている。いつの間にか、アフネスもダーホスも飲み始めている。セバスとツバキが肴を用意したので、一気に居酒屋感が増大する。
会議という飲み会は、朝まで続いた。
アフネスがイワンと話をして、三級品の酒精をユーラットで販売する計画を立てていた。三級品と言っても、市井に出回っている酒精の何倍も美味い。それ以外にも、ヤスが調子に乗って提供したレシピもユーラットで提供するようだ。ルーサも、アフネスの話に乗っかる。自分用には二級品を要求していたが、アシュリで売りに出すのは三級品と決めた。イワンとアフネスとルーサで、作る酒精の相談を始めた。蒸留酒ではなく、果実酒をメインにすると決めていた。
サンドラは、エアハルトとローンロットは周辺の村や町の情報交換を始めている。
ドーリスとダーホスは、ヴェストを交えて冒険者や傭兵の話をしている。
ヤスは、いろいろな話に呼ばれては話を聞かれていた。
今まで曖昧だったユーラットとの関係も改善した。
アフネスも曖昧だった部分の確認をしたかったのだ。特に、税に関しては、棚上げされていた。
「ヤス。いいのか?」
「いいよ。人頭税とか好きじゃない。それに、税ならアシュリとローンロットとトーアヴァルデで稼げる」
「そうは言うけど、3つの場所でも殆ど税をとっていないのだろう?」
3人の責任者がうなずく。ヤスは、税を必要としていない。アシュリもローンロットもトーアヴァルデも必要な物は少ない。
「神殿で必要な物は、金じゃない。魔物を倒してくれる者たちだ。そして、倒す者たちをサポートする人たちだ」
「ヤス。それは、この神殿だけなのか?」
「他の神殿を知らない」
「それもそうだな。わかった、だが税はしっかりと取るべきだ。無制限に住民を受け入れるのは無理なのだろう?」
「そうだな。神殿は、そのために選別をしている。他の場所も同じだな。場所にあった選別はしているぞ」
”マスター。選別が終了しました。いつでも戦闘が始められます”
会議室に付けているスピーカーから、帝国軍の選別が終了したと報告が入る。
「マルス。映像を出せるか?」
”可能です”
酒呑みたちも飲む手を止めて、ヤスの次の言葉を待った。
「アフネス。ルーサ。ダーホス。ドーリス。サンドラ。ヴェスト。エアハルト。イワン。帝国を殲滅する準備が出来た。ここで、見られるがどうする?」
ヤスは、皆を見るが、誰一人として帰ろうとしない。
どんな状況になるのか確認したいのだ。
「わかった。セバス。操作を頼む。マルス。作戦を実行しろ」
「はい。旦那様」
”イエス。マイマスター”
プロジェクターで投影されたスクリーンには、駐屯する帝国軍が映されている。
ドッペル兵士たちが、進軍し始めた。まだ距離があるために、二画面に分かれて表示されている。
「ヤス。あの王国兵は、全部ドッペルゲンガーなのか?」
イワンが、ヤスに質問をする。セバスがヤスに変わって肯定する。
スクリーンには、イワンの質問を受けて、ドッペルの数や帝国軍の想定されている兵士数が表示されている。
「そろそろぶつかるな。ヤス。これからの作戦は?」
「兵士を分けて、後ろから追い立てながら逃げる」
「え?」「ん?」
「まぁ見ていてよ。最後に立っていればいいだけでしょ?最初から最後まで勝っている必要はない」
ヤスがやろうとしているのは戦争でも、紛争でもない。
帝国軍が、ドッペル王国軍の進行に対応するために、奴隷や二級国民を前面に布陣させている。
「それにしても帝国に動きがないな」
ダーホスが独り言のようにつぶやいた。
「動けないのだろう?」
ルーサは、イワンから奪った酒精をコップに注ぎながら、ダーホスの独り言に反応した。
「ルーサ殿。それは?」
「あ?セバス殿からの説明でも有ったけど、3つの貴族家が絡んでいるのだろう?先に動いて勝てれば得るものは多いが、負けたら失うのもが大きいのだろう?だから、動けないのさ。他の2家が失敗して自分だけが成功するのが一番いいと思っているような奴らだぞ?自分から動くわけがない」
ルーサの説明は、今の動きを過不足無く説明していた。
ドーリスが帝国の布陣を見て、ヤスに疑問を投げかける。
「でも、ヤスさん。これでは、奴隷や二級国民の多くと戦ってしまいますよ?」
「ん?大丈夫。ルーサが言っていたように、貴族の奴らや私兵は動かないだろう?だったら、動かせばいい」
「え?どうやって?」
ヤスは、ドーリスの質問には答えずに、スクリーンを指差す。
丁度、ドッペル王国兵たちが帝国軍のぶつかる所だ。
「え?」
誰がつぶやいたのかは解らなかったが、作戦を知らない者には不思議に見えただろう。
数の上では、ドッペル王国兵が完全に不利だ。前線に押し出されている奴隷や二級国民よりも数が少ない。
弓矢での攻撃の射程内で、いきなり二つに分断して左右に別れたのだ。そのまま、奴隷や二級国民の集団を無視して、後ろに控えている本体に向かっていく、慌てたのは本体にいる貴族たちだ。奴隷や二級国民が消耗した所で、自分たちも突撃して美味しい手柄を独り占めしようと前のめりになっていたのだ。
帝国軍は想定外の動きを見せるドッペル王国兵に対応出来ないでいる。
ドッペル王国兵は二手に分かれた。数の上で劣勢なのは間違い無いが、烏合の衆ではない。マルスの命令で一つに統率されている。強制進化が行われた個体も多く弓矢や中級魔法程度では倒されない。人数こそ少ないが、一騎当千とまでは行かないが、ドッペル王国兵を倒すのに、統率された兵で5-6人は必要になる。統率されていない軍では恐れる必要はない。
ドッペル王国兵は、二つに別れた集団をさらに3つに分けた。
一つは奴隷や二級国民の軍への足止めから引き剥がしだ。殺さないように数を減らしていく。そして、うまく引きながら、中央に空白地帯を作る。
一つは、帝国軍の背後に回り込む。一人も逃がすつもりはないのだ。
後方に回ったドッペル王国兵は、布陣して逃げようとする者から殺していく。
最後の部隊は、本体に切り込んだ。
貴族の天幕を発見して、ドッペルが貴族に成り代わる。これで、この作戦はほぼ終了した。天幕に居た者たちを殺さずにドッペルが擬態だけする。捕縛された貴族や取り巻きは床に転がされる結果になる。残ったドッペル王国兵は帝国軍の後方に抜けて、布陣している者たちと合流する。
そして、前線で戦っていたドッペル王国兵が奴隷や二級国民に押されて、敗走を始めたように見せかける。
ドッペル貴族や取り巻きが、正面の関所を突破しろと帝国軍に命令を下す。ただ乱暴に怒鳴り散らすだけなので、命令にもなっていない。ただ闇雲に突撃するだけだ。ドッペル王国兵は、道を開けて関所の中に誘導する。ドッペルが擬態をした者たち以外が関所を通過した所で、門が閉じられる。
「終わったよ」
ヤスが皆に宣言するように呟く。
「終わった?ヤスさん。捕らえた者たちは?」
「これから、奴隷と二級国民を分離して、後はどうしようかな?」
「帝国に交渉しないのですか?」
「面倒だよ。得られる物も少ないだろう?」
「そうですが、楔の村の所有権を認めさせるのは出来ると思います」
「うーん。それも必要ないかな?だって、作るのは、神殿でも王国でもないよ?ドッペル貴族の息子だよ?建前は、”王国が新たに作った関所を監視する為”だよ?」
「え?あっ・・・。そうですね」
「うん。王国と同じで、帝国も開拓した場所は、開拓した者たちの物で大丈夫だし、貴族の命令なら貴族の領土として問題ないらしいからね」
皆が納得したが、結局は何も解決していない。
「それでヤス。残った連中はどうする?」
「解放しようかな?」
「え?」「なんで?」
アフネスとルーサとヴェストは黙っているが、それ以外がヤスに質問を投げかける。
「うーん。まず、あれだけの数だよ。食べさせるのも面倒だ」
「・・・」
「ねぇサンドラ。もし、貴族たちよりも、先に兵士たちを無傷で解放したらどうなる?」
「え?」
「そのときに、貴族の取り巻き数名の首を持っていってもらったら?」
「・・・。ヤスさん」
「貴族の身代金を相場よりも高くしよう。期日を区切って、楔の村まで持ってこさせよう。それまで、檻に入れて見世物だな」
皆が黙ってしまった。
ヤスがまだ帝国を追い詰めるつもりだと感じたからだ。ヤスのやり方では、”喧嘩を売っている”としか思われないからだ
開放した者たちは無傷だが、貴族たちは檻に入れられて見世物になっている身代金を持ってこさせる場所は奴隷や二級国民と蔑んだ者たちが中心の村だ。兵士たちを開放して貴族だけを捕らえている。その事実が許せないと思う者たちは多いだろう。
「ヤス。それで、楔の村はどうするのだ?」
「マルス!」
”はい。マスター。地域名ウェッジヴァイクは、奴隷と二級国民の分離が終わり次第、出現させます。準備は終了しております”
「マルス殿。イワンだ。ウェッジヴァイクを出現させると言っているが、どの程度で村になる?」
”個体名イワンの疑問に答えます。地域名ウェッジヴァイクは、マスターの指示で準備を行っております。出現には、5分40秒必要です”
息を呑む音だけが会議室になった。
「マルス。その楔の村の施設は?」
”はい。マスターの指示通りです”
「わかった。奴隷と二級国民を確保して解放したら、村を作成。石壁は二重に変更。間は5メートル。堀を作成。関所の湖から水を引っ張って、川を形成して堀に水を入れろ。排水は迷宮にしてしまえ。一部村の中にも水を通せ」
”了。制作に2時間。出現に1分20秒必要です”
「準備まで行え。出現は、同時に行う」
”了”
「ヤス。今のは?」
アフネスが皆を代表するように、ヤスに質問をする。
「マルスのスキルだ。対価を支払って、建物が召喚できる」
「・・・。はぁ?」
「俺にもわからない。そういう物だと思って欲しい」
ヤスの言い方もあるが、納得できるような話ではない。しかし、スキルと言われるとそれ以上聞かないのがマナーなのだ。誰しもが奥の手を持っていればギリギリまで隠すのは当然の行動なのだ。
後始末の方向性も決まった。
あとは実行するだけになった。
酒精や食べ物がなくなったのを受けて、今日の会議は終了した。
後始末の結果を報告するとヤスが言ったので、お開きになったのだ。
王国に続いて、帝国にも集積場が出来た。
神殿だけは落ち着きを取り戻しつつある。王国や帝国は、神殿を巻き込んだ騒動の後始末が終わっていない。
特に王国は子爵家の暴走から始まる騒動が予想以上に大きな火になって王国中を巻き込んでいる。
最大派閥の貴族派の重鎮である侯爵家の当主が病死した。同じく後ろ盾になっている、公爵家の当主が同じ日に事故死した。これらの葬儀に列席するために、貴族家の当主は王都に集まっている。
侯爵家は、当主の病死の後で王家から指名された者が継いだ。もともと居た息子や娘たちは、事故死したり病死したり、連続で”不審”な死を遂げた。生き残った者たちも教会に預けられた。
市井には、病死や事故死と伝えられていたが、貴族の間では王家が裏で糸を引いているのが、公然の秘密になっている。しかし、方法が不明なために表立って糾弾できる者は居なかった。
公爵家も王家の振る舞いを糾弾出来るだけの体力が残されていなかった。求心力の低下は確実に、貴族派閥に地殻変動を起こしていた。貴族派閥を離れて、レッチュ辺境伯にすり寄る貴族家が増えてきた。
そもそもの体力がなくなってしまったのは、侯爵や公爵の財政を支えていた、塩の独占が崩れたのだ。
それだけではなく、質がよく値段が同程度の塩が出回ったのだ。神殿で採掘される塩が基になっているらしいという噂は流れたが、辺境伯領から出てくる以上の情報は一部の者にだけ伝えられて、探ろうとした貴族領には塩が回らなくなってしまうのだ。
貴族派に属する者たちが、神殿の権利を奪い取ろうと動いたが、すでに独立した国と同等の扱いになっているために何も出来なかった。それだけではなく、子爵家と二つの男爵家の軍をほぼ無傷で撃破して、2万の帝国軍を打ち破った実績から、王国内では神殿に歯向かおうという声は出てこなくなった。
また、ユーラットが王家直轄領から神殿の領土になり、神殿の村が王国にも承認された。これによって、利権を狙っていた貴族たちが手を出せなくなった。
同じ時期に、帝国も荒れていた。
王国が作った関所の奪還をめぐる話し合いが行われていた。それだけではなく、楔の村が帝国領と言いながら実質は王国の領土ではないかと言われている。関所に攻めて捕らえられた貴族の子息たちの身代金の支払先が、楔の村だったからだ。
ドッペル男爵は、帝国や皇国に送った賄賂を使って、周りの貴族たちを黙らせた。使える権力をフルに使ったのだ。
それだけではなく、塩を定期的に入手するために、王国のローンロットと手を結ぶ許可まで得たのだ。
ヤスは、アフネスに相談して、魔通信機を帝国でも流行らせた。まずは、貴族家への貸し出しを行った。王家が選んで貸し出す契約にしたのだ。契約は、楔の村が担当する。村を作った後で見つかった、”迷宮”の最下層の宝箱に入っていたという設定だ。
王国の魔通信機と違って、もっとシンプルな物だ。交換機に繋いでから、繋げる相手を選ぶ仕組みになっている。王国と方法が異なる為に旧来の方式の魔通信機とは違う設定にした。そして、もっともらしい話として、魔通信機を開発した”エルフ”は帝国の迷宮で見つかった魔通信機を真似て作ったと嘘の話を流布したのだ。アフネスが言い出した話なのが、リーゼの父親が人非人だという疑いを晴らす伏線に使おうと考えているようだ。
帝国にもヤスの情報収集網が構築され始めた。
酒精が苦手なドワーフも楔の村の工房に入っている。素材は、神殿には劣るが常に冒険者から頼られる環境を気に入っている。
楔の村は、犯罪者でも受け入れた。ドッペル村長の意向だ。迷宮があるために、人が消えても迷宮でのたれ死んだと思われるのだ。貴族の意を受けた者たちも迷宮に潜った。目的は、最下層にある”魔通信機”が目的だが、最下層までの道のりが、思った以上に大変なのだ。最初に、攻略した者だけで、それから攻略者が出ていない。貴族に雇われた者たちは、適度な所で探索を諦める事が無いために、全滅する確率が高い。犯罪者たちは、楔の村を裏から仕切ろうとするが、ことごとく潰されている。神殿の支配領域では隠し通すのは難しいのだ。
周りが忙しく動いている状況だったが、ヤスが必要になるほどの荷物を運ぶ依頼がなく、カート場ですべてのコースレコードを塗り替える日々を過ごしていた。
定期的な会議には出席しているが、マルスとセバスが対応するために、ヤスがなにかを行う必要はなくなっている。
カート場でリーゼを、ワンラップダウンした所で、マルスから連絡が入った。
”マスター。個体名ラナが、マスターとの面会を希望しています”
「ラナ?」
”はい。個体名セバス・セバスチャンに依頼してきました”
「そうか、工房の執務室に来るように伝えてくれ、セバスに案内させろ」
”かしこまりました”
ヤスは、ラナに頼みたい内容があると言われていたのを思い出した。
ラナはすぐに会えるとは思っていなかった。そのために、宿が落ち着く2時間後に執務室に向かう手はずとなった。
ヤスも、2時間あればシャワーを浴びる時間が出来る。
カート場から自室に移動して、風呂に入った。汗を流すだけのつもりだったが、しっかりと風呂を堪能した。
30分前に風呂から出て、支度をして執務室に向かった。
待っていたセバスがラナを迎えに行った。
10分後に、セバスがラナを連れて戻ってきた。
「ヤス殿。お時間を頂いて申し訳ない」
「いいよ。それで?」
セバスが、ラナをソファーに誘導する。
ヤスも、ラナの正面に座った。セバスがすぐに、飲み物の用意を始める。
「ヤス殿に仕事の依頼を出したい」
「仕事?」
「今すぐではなく、リーゼ様が次の誕生の日を迎えてから、手紙をエルフの里まで届けて欲しい」
「次の誕生の日?いつだ?」
「10ヶ月後だったと思う」
「わかった。でも、手紙を届けるだけなら、ギルドに依頼を出してもいいと思うのだが?」
「私も、最初はそうしようと思ったのだが、エルフの里がある場所が少し問題になってくる」
「ん?」
「場所?エルフの里のか?」
「はい。ヤス殿にわかりやすく言えば、帝国の先にある共和国の端です」
「遠いけど、問題は無いのではないか?」
「問題は、距離では・・・。いや、距離も問題ですが、帝国の領内を王国所属の冒険者が通過し難い状況になっています。10通出しても里まで届くかわからないのです。あと、昨今、共和国も荒れていて、野盗がアチラコチラに出ていてゴブリンやオークのコロニーが大量にあるようなのです」
「そうか、距離よりも、襲われたときの対処が難しいのだな」
「そうです。ヤス殿なら、アーティファクトで逃げられると思います」
「わかった。一つ、聞きたいのだが、なぜ、リーゼが絡んでくる?」
「手紙の内容の半分以上がリーゼ様に関係しているのです」
「ふーん」
「ヤス殿。エルフの里への道は?」
「知っていると思うか?」
「思いません。道案内は、リーゼ様がします」
「話の流れから予想は出来ていた。持っていくのは、手紙だけなのか?」
「あと、できれば、塩を多めに持っていって頂きたい」
「わかった。まだ先の話だけど、予定をあけておけばいいな」
「お願いします」
ラナがソファーから立ち上がって、部屋から出ていく。
手紙は、旅立つ前にラナの宿屋に行けば受け取れるようだ。
10ヶ月も先の話なのにと思ったが、手紙が届けられる可能性を考えれば、10ヶ月くらい前から動き始めるのは当然の話なのだ。ギルド経由で手紙が届けられるのだが、王国内でも平均で1-2ヶ月は配達に時間がかかると見ている。
ローンロットが出来て、神殿への手紙は早くなったが、それでも1-2週間は必要になってしまう。
ヤスは、先の話なので、セバスやマルスに1ヶ月前になったら知らせるように伝えて、ラナからの依頼は忘れる事にした。
やる事がないヤスは、アフネスとサンドラと一緒に貴族用の別荘建築予定フロアに来ている。
神殿の西門近くに作られた入口から入る場所だ。
ヤスは別荘地と言えば、軽井沢か伊豆を思い浮かべる。
イメージは、高級リゾート地ではなく、チープな匂いがする”なんちゃってリゾート”だ。入る前に、審査が行われる。審査は、通常の神殿に入る審査とは違う。貴族や従者に、同じ調査をしていたら殆どの者が許可されない。そのために、リゾート部分を分離したのだ。
「ヤスさん。リゾートという名前で決定なのですか?」
「ん?名前が必要なのか?」
「はい。父だけではなく、派閥の者たちも、”神殿の中に別宅が、所持できるのなら”と、言っております」
「それは解ったが、なぜ名前が必要になってくる?神殿ではまずいのか?」
「はい。王国では神殿と言った場合には、神殿の都を指してしまいます」
「そうだな」
ここまで話を聞いてアフネスが、合点がいった様な表情をした。
「ヤス。誰かに、神殿に別荘を作ったと自慢したら、どう思う?」
「うーん。そうか、神殿の都に別荘なんて無いのは来たことがある商人なら嘘だと解ってしまう」
「はい。それもありますが、特別な場所に別荘を作ったという話にしたいのですよ」
「わかった。リゾート区で頼む。考えるのが面倒だ」
サンドラとアフネスは、ヤスの言葉で納得した。二人も、別に名前が決まれば良いのだ。
「ヤス。それで、許可はどうするつもりだ?審査は行わないのだろう?」
「簡単な審査はするよ。リゾート区だけで完結すればいいけど、難しい・・・。わけでもないのか?」
「どうした?」「ヤスさん」
ヤスは、なにやらブツブツといいながら考え始めた。
サンドラもアフネスも、ヤスの様子を見ているが、心配する雰囲気はない。
「サンドラ。知り合いに、貴族相手にする商人はいない?」
「え?家に出入りしている商人なら知っていますが?」
「その商人は、アシュリやローンロットでも大丈夫?」
「問題はなかったと思います」
「それなら、その商人だけじゃ手が足りない可能性もあるか・・・。クラウス殿に相談して、派閥に属する貴族家に都合がいい商人を出してもらって、リゾート区の入口近くに店を持たせることは出来るか?」
「よろしいのですか?」
「ん?リゾート区だけなら問題はないと思うけど?神殿の都から買いに行けるけどいいよな?」
「買いに来るのは問題にはならないのですが、商人を意図的に絞っているのだと思っていました」
「ん?俺が?」
アフネスもサンドラと同じ様に考えていた。確かに、神殿の都には商店は少ない。商人の数も限られている。アシュリやローンロットが出来て、解消されているが、最初に移住してきたエルフ族以外の商店が無いのも事実だ。
理由は難しくない。商人が神殿の都に滞在できる許可が降りないのだ。商人は神殿の領域には入られるが、滞在が出来ないので、商店を作るには、現地で人を雇うしかなく、メリットがなく商店を出していないのだ。
「うーん。商人の許可が出ないのは、本当だけど、神殿の都に住んでいる者たちが商人になるのを辞めろとは言わないよ。でも、畑違いだから難しいだろうとは思っているよ」
「わかりました。レッチュ辺境伯家に連絡します。リゾート区のどの辺りに商店を開きますか?」
「まずは、中を確認しよう。マルス!」
『はい。個体名セバス・セバスチャンにタブレットを持たせました』
楔の村が出来て、討伐ポイントが飛躍的に増えた。
今までは、住んでいる者から微量のポイントの積み重ねだったのだが、楔の村では迷宮が出来ている。帝国貴族からの命令を受けた者たちが無謀なチャレンジをして迷宮で命を落としている。討伐ポイントの荒稼ぎが出来ているのだ。愚かな貴族は、二級国民や奴隷を大量に引き連れて物量で迷宮を攻略しようとした。迷宮の意思を司るマルスは、貴族や取り巻き立ちを狙って殺害した。そして、連れてこられて肉の盾にされていた二級国民や奴隷を解放して、湖の村(帝国側)に送り届けた。解放に値しない者は、迷宮の糧になってもらった。
今では、ディアスを除くと一番の稼ぎ頭になったのが、楔の村の迷宮なのだ。稼いだ討伐ポイントを使って、大量のタブレットを在庫として積み上げた。それ以外にも今まで使用頻度が微妙だった、保冷車や冷凍冷蔵車やダンプやタンクローリーやミキサー車やバルク車を車庫に揃えた。ヤスが日本に居たときに同業者から貰ったり、買い集めたり、廃業する業者から貰った物だ。
セバスは、すぐにヤスの所に来た。
「アフネス様。サンドラ様。旦那様。お待たせいたしました。マルス様からのご指示でお持ちしました」
ヤスは、セバスからタブレットを受け取った。
「サンドラ。リゾート区の全貌を見て決めようと思うけど、商人が店を出せる場所は、入口の近くだけにしたほうがいいだろう?」
「ヤス。川を作ったり、森を作ったり、地形を変えるのは可能なのか?」
「神殿のなかだったらある程度は出来るぞ?」
エミリアを出して、討伐ポイントを確認する。
同時にカタログも確認した。
「サンドラ。意見が欲しいのだが、ヤスは地形が変えられると言っているから、リゾートで狩猟が出来たらいいと思わないか?」
「あっいいですね。あと、川や湖があれば、その周りは人気が出そうです」
「ヤス。海は無理か?」
「さすがに、海は無理だな」
「ヤスさん。リゾート区を小さくして、階層に出来ませんか?」
「ん?小さく?」
「はい。森と川と湖と草原を配置した場所を作って、上位貴族に高く売りつければ良いと思うのですが?」
「おっ。ヤス。私も、それがいいと思うね。広い場所には、子爵や男爵や豪商が別荘を作るだろう。同じ場所では、伯爵や辺境伯や侯爵が嫌がるだろうからな」
「マルス!」
”マスター。個体名アフネス。個体名サンドラの意見に賛同します。また、森や草原に、動物や虫を放てば狩りが出来ると思います”
「増えすぎないか?」
”マスターの眷属に管理させれば対応が可能です”
「フロアを作るのは良いけど、移動はどうする?上下とかだと、文句を言い出す奴が出てくるだろう?」
アフネスとサンドラは、ヤスの言葉で上下では文句が出てくるのは間違いないと肯定した。
”マスター。転移門を作成します。魔法陣の上に乗ってもらって、移動するようにすれば、上下を意識させないで移動できます”
「サンドラ。マルスの提案ではどうだ?上下を意識しなければ大丈夫なのだろう?」
「はい。くだらないのですが、上下を意識出来なくて、説明で専用の空間だと言えば大丈夫です」
「わかった。今のフロアは、このままにして、”金を持っている貴族向けに専有フロアを作成する”で、いいな?」
「はい」
サンドラは、話を聞いてワクワクしている。
「ヤス。商店は、どうする?」
「商店は、共有部分のみで良くないか?専有フロアは、好きにしてくれてもいいけど、商店があっても意味が無いだろう?」
「それもそうだな。イワン殿の酒精を扱う店を出すのか?」
「うーん。出せば売れるだろうけど、止めておこう。イワンが出したいと言ったら許可を出すけど、必要ないだろう」
「そうだな」
少しだけ残念そうなアフネスを無視して、サンドラとヤスは商店の区画を決めた。
下級貴族用のリゾート区画も整備した。道を作って、20箇所程度別荘を作る場所を整地した。あとは、貴族が人を雇って立てればいい。湖や草原や川が人気になるだろうとサンドラの意見を取り入れた結果だ。それぞれの別荘予定地も、サンドラの意見を取り入れて区画を整備した。自然な形で目隠しが出来るように木々を配置していく、全部は面倒なので、途中からマルスに丸投げした。
上級貴族用の専有フロアも複数の種類を作成した。値段はタイプが違っても同じにした。
「あっあと・・・。ヤスさん。お父様から、アーティファクトの貸し出しは可能なのかと問い合わせを受けています」
「ん?どれ?」
「えぇ・・・と・・・」
「サンドラ?」
「カートです」
「カートか・・・。専用のコースを用意するか?地下に貴族を入れたくないからな」
「はい!お願い出来ますか?」
「あぁ問題はない。コースも、地下と同じ物を用意するか?全部でも良いけど、そんなに必要ないだろう?」
「いえ、ヤスさん。全部お願いします。貴族たちには、使用人を置くようにお願いするのですが、使用人たちの日常の暇つぶしに丁度いいと思います」
「わかった。用意しよう」
「ありがとうございます」
「リゾートでの移動は馬車を使うのか?」
「はい。その方が良いと思います」
「わかった。アフネスも問題はないな?」
「大丈夫だ」
「よし、値段はサンドラとアフネスで決めてくれ、神殿の窓口は、セバスで良いだろう。仲介は商業ギルドに頼めばいいか?」
「いえ、ヤスさん。仲介はお父様と王家にやってもらいましょう」
「いいのか?」
「はい。その方が、問題が発生したときに、王家に対応させることが出来ます」
「わかった。それなら。クラウス殿を通して、王家に頼むとしよう。駄目なら、クラウス殿かハインツ殿に担当してもらおう」
「はい。父と兄には、神殿の主の言葉として伝えておきます」
「イワン殿。ヤスから、魔道具は受け取ったのか?」
「ルーサ殿か?魔道具は解析中だ。それよりも、”殿”はやめてくれ、気持ち悪い」
ルーサは、イワンの工房を訪れていた。
工房の前でイワンを呼び出して話を始めたのだ。
「それなら、俺もルーサで頼む」
「”敗者”か?もう良いのではないか?」
「いや、俺は、ルーサだ。逃げ出した、俺は、敗者ですら無い」
「わかった。わかった。それで、ルーサ。何か用事なのか?」
イワンも触れられたくない話は当然ある。
ルーサも同じだ。隠すわけではない、聞かれたら話をするし、過去の話だと割り切っている。
しかし、自分から進んでする話でもないのは理解している。
「そうだ。イワン。魔道具の解析が終わっているのなら、貸して欲しい。ヤスの許可は貰っている」
「どうした?」
イワンの疑問は当然だ。
アシュリで、イワンが”今”解析を行っている魔道具を必要とするとは考えにくい。それなのに、必要となっているのだ。疑問に思うのは当然だ。
「楔の村に、二級国民の難民が流れてきた。近隣の貴族領の村が盗賊に襲われて、逃げてきたらしい。村長の報告だから、信じていいと思う」
ヤスの思いつきで作った楔の村は、帝国に突き刺さった”楔”の役目になっている。
そして、管理を面倒に思い始めたヤスは、村が出来て、移住が終了したら、さっさと楔の村をルーサに任せると宣言したのだ。帝国のドッペル男爵からの助言があり、楔の村は貴族領とは別としておいたほうが良いだろうという事だ。ギルドが活動しやすくなるのと、ドッペル男爵領は神殿の領域になっていないが、楔の村は神殿の領域になっている。そのために、間者は楔の村に居てくれたほうが嬉しいのだ。
村長は、ドッペル息子がやっているが、別の適当な人間に変わっている。
「奴隷は居ないのか?」
イワンが奴隷を気にするのは当然なのだが、奴隷は村を襲った盗賊に殺されている。村を襲った盗賊は、関所に攻めてきて、先に解放した奴らだ。村に居た奴隷たちを殺して、首を持ち帰って手柄にしようと考えた愚か者が存在した。
逃げられた二級国民だけが楔の村に辿り着いたのだ。
「村長からの連絡では、全員が二級国民だと言っている」
「わかった。儂も行こう」
「いいのか?」
「いいさ。使った後でまた返しに来るのなら、儂が持っていったほうが良いだろう?試作品もあるから、試してみたい」
「わかった。感謝する」
「いいさ。どうせ、ヤスはもう興味を無くしてしまっているのだろう?」
「そうだな。これだけの事をしておきながら、あの男は、よくわからない」
二人は、この場に居ない男の顔を思い出していた。
ヤスは、楔の村を作って、ルーサに管理を任せた。
その後で、イワンたちドワーフが移動しやすいように、イワンの工房から楔の村に作ったドワーフの工房に繋がる通路を作った。通過は、イワンの許可が必要になる。
二人は、いろいろと二人に丸投げして、自分の好きなことだけをやっている子供のような男を思って笑い出した。
「ルーサ。どうする?すぐに移動するか?門を使えばすぐに着くぞ?」
「・・・。そうか、ヤスがイワンと一緒ならすぐと言っていたのは・・・」
「アイツ。説明さえしなかったのか?」
「あぁ。魔道具は、イワンが持っている。イワンと一緒なら、移動も楽だ。と、聞いただけだ」
「それじゃわからないな。説明するか?」
「頼む」
イワンは、本来ならヤスがしなければならない説明をルーサに始めた。
「へぇそりゃぁすごいな。イワンと一緒なら本当に楔の村に行けるのだな」
「あぁそうだな。儂は、権利なんていらないと言ったのだけどな」
「駄目だったのだな」
「あぁ。ヤスは、荷物の運搬で神殿を離れる可能性がある。そのときに、楔の村に行けないと困るだろう?と言われてしまった」
「ヤスらしいな」
実際に、困るのかと聞かれればわからないと答えてしまう。本来なら、神殿から出て、アシュリに向かってから関所を通らなければ、楔の村に到着しない。緊急な時には、魔通信機で連絡を取り合えばいい。楔の村の防御力は、2万程度の兵に攻められても持ちこたえられる。籠城に至っては、数ヶ月でも耐えられる。十分な食料と水がある。迷宮がある故に、攻める側は短期決戦で攻め落とす方法しかない。
その短期決戦のためには、二重になっている塀と堀を超えなければならない。その上で、配置された塔からの攻撃を防がなければならないのだ。
楔の村は、難攻不落ではないが、攻めにくい村になっている。
「それでどうする?すぐに移動するか?」
「そうだな。さっさとやってしまったほうが良いだろう。試作品が使えれば、次からもっと楽が出来るだろう」
「そうだな」
二人は、神殿の工房を抜けて、楔の村の工房に出た。
ドワーフが作業をしている横を抜けて、楔の村の村長宅に移動した。
楔の村では、日々難民が流れ着いている。
まずは、村に入る前に、門の前で身分確認が行われる。楔の村の住民以外は、外で待ってもらう事になる。
このときに、マルスの調査が行われる。宿泊や食事は、難民と認められた場合には提供される。間者や取引に来た商人や冒険者は、それぞれの身分に有った場所で審査を受けてもらう。ヤスの方針で、貴族や帝国の身分を振りかざす奴は、わざと審査を遅らせて4-5日はゆっくりと村の外で待機してもらう。
二級国民や奴隷は、門の外で難民だと認定されたら、村長宅で解放まで過ごしてもらう。解放を望まないものは、その場で自由にしてもらう。
「そう言えば、ルーサ。二級国民の人数を聞いていなかった。何人だ?」
「今回は、少ない・・・か?23名だ。大人が中心で、全員が解放を望んでいる」
「わかった。ヤスのマニュアルでは、儂やルーサが前面には出ないほうが良さそうだな」
「あぁドッペル村長に魔道具を使わせるつもりだ。ドッペル司祭2も居るから、両者にやってもらおう」
「ん?ルーサ。ドッペル司祭2の”2”はどういう意味だ?」
「それこそ、ヤスに聞いてくれ、ドッペル司祭は、いろいろ使い勝手がいいと言って、3名ほど居るらしい。楔の村に居るのは”2”で、”3”は湖の村に居るとか言っていた」
「ヤスは、好き勝手にやるな。帝国だけじゃなくて、皇国にも喧嘩を売るつもりなのか?」
「ハハハ。そうだな。そうなったら、イワンは嬉しいだろう?」
「ルーサが何を言っているのかわからないが、確かにヤスが皇国と喧嘩するなら、儂はヤスにすべてを投げ出してでも助けるし、味方する」
「だろうな。俺も同じだ。ヤスには、返しきれない恩がある。ヤスが誰と喧嘩しても、俺はヤスに味方する」
「そうだな。でも必要のない喧嘩はしないで、ヤスがヤスの好きな事だけをさせたい。ヤスは、本人にそのつもりが無くても、周りから喧嘩を売られやすいからな」
「そうだな。おっここが村長邸だ」
「なぁルーサ。儂には、ここが”村長”の家には・・・」
「そうだな。サンドラの嬢ちゃんも同じ感想を持っていたぞ。来たのは初めてだけどな。タブレットだと思うが?あれで見ただけだけど、間違いは無いだろう。村長邸だけ”確実”に作りが違うからな」
「そうだ。村長と司祭に魔道具を渡して、ルーサ。楔の村にある酒場の調査に行かないか?」
「お!そりゃぁいい。帝国の酒精なんてなかなか飲めないからな」
「かなりの商人が持ち込んでいるらしいからな。関税がかからないから、ヤスが言っていた”ハブ”に使っているから、いろんな物資が集まっているようだからな」
「そりゃぁ楽しみだ」
イワンとルーサは、ドッペル村長とドッペル司祭2に魔道具を渡して、出来たばかりの酒場に足を向けた。
二級国民の解放が終わるまで、酒場の酒精を飲み尽くす勢いで二人は飲み続けた。
ドッペル村長が二人を探しに来たときには、店の8割の酒精がなくなっていて、ドッペル村長が修正の補填を約束する状況になってしまった。