俺は、ルーサ。貴族籍はすでに抜けているので、ただのルーサだ。あの夫婦に請われてリップル領で孤児たちを集めたり、攫われそうになるのを助けたり、スラム街で死にそうになっている餓鬼を助けたりしていたらいつの間にかスラム街の顔役の一角を占めるようになっていた。
裏方仕事が好きな俺には丁度良かった。
貴族の煩わしさもない。力だけが・・・。力がすべてを支配する場所は心地よかった。すべてを失った俺にはもっともお似合いの場所だ。
あの夫婦も、孤児院を開設して餓鬼の面倒を見ている。
どうしても、孤児院に馴染めない餓鬼が出てくると俺がまとめている”シマ”で面倒を見る。
こんな関係が25年にもなろうかとしていた。今の領主になってから、雲行きが怪しくなってきた。俺の所に流れてくる餓鬼が増えた。餓鬼だけではなく、仕事を持っていた者や一端の冒険者や手に職を持つ者も増え始めた。
俺は、そんな奴らを受け入れた。
人が増えると厄介事も増える。俺の派閥は、”盗み”と”売り”と”人殺し”を禁じている。それが嫌なら出て行けと言い切っている。元々、手に職を持つ者が多かったので、文句は少なかった。やられっぱなしは性に合わないので、仕掛けられた戦いなら応戦する。
リップル領の裏社会では大きな勢力になってきている。表にも根を張っている。スラム街で物を作って合法的に売ったり、他の領に情報を流したり、人数だけならトップ5に入る構成になった。影響度では、トップ3になる。
久しぶりに、あの夫婦の旦那が俺を訪ねてスラムにやってきた。
「ルーサ。頼み事がある」
「面倒事は嫌だぞ?」
「お前にしか頼めない」
「なんだよ。早く言えよ」
孤児院なんかをやっていて鈍っているかと思って、殺気をぶつけたが、動じないだけではなく、殺気を返してきた。
「鈍っては居ないようだな」
「お前も同じだな。それで・・・」
厄介事だ。
領主と揉める。もしかしたら、息子の1人を殺るかも知れないだと?
「なぁそれなら、俺たちと一緒に逃げ出そう。餓鬼どもも一緒に逃げればいい。レッチュ領ならやり直せるだろう」
「駄目だ」
「な・・・。そうか・・・。アシュリの側を離れないのだな」
「・・・。そうだ。あの娘が眠った場所で、あの娘から守ってくれと託された場所だ。離れるわけにはいかない」
「それなら、俺も、デイトリッヒも呼べばいい。4人居れば、リップル家の私兵なら100や200程度なら勝てるだろう」
実際には難しいだろうと思えるが、なんとかなるかも知れない。それに、目の間の男は妻と一緒に死ぬつもりだ。殺すには惜しい男だ。
「ルーサ。俺たちの子供を頼みたい。デイトリッヒと一緒に子供たちを、俺たちの最後の子供を頼む。カイルは、お前に似ている。イチカはアシュリに似ている。だから、だから、頼む」
「死ぬつもりか?」
「・・・」
「おい!」
「俺たちが、領主の軟弱な私兵に負けると思うか?」
卑怯な言い方だ。俺は黙ってしまった。
「ルーサ。頼めるか?」
「報酬は?頼み事なら報酬が必要だろう?用意が出来ないのなら話を蹴る」
「何でも用意する」
「そうか・・・。お前たち二人の命を報酬とする。俺以外の奴に、殺されるな」
「わかった。報酬の支払いは、子供たちを逃した後でいいな」
「そうだな。デイトリッヒは、レッチュ領の領都を根城にしているから、レッチュヴェルトまで行ければいいだろう?」
「頼む。それから、俺たちがあんな青二才に遅れをとるとは思えないが、子供たちだけで先にルーサの所に来るだろう。そのときに、渡して欲しい」
「これは・・・」
「カイルやイチカたちが困らないようにするための物だ。それから、デイトリッヒに渡して欲しい物もある」
「ん?おま・・・。それは!」
俺やスラムの住民たちが調べた、今代のリップル子爵の当主がやっている後ろ暗い事業や帝国との繋がりを疑われる事案の書類だ。
「いいのか?」
「安々と殺されるつもりはないが、奴らがこれを欲しているのは解っている。表の理由で孤児院の土地を寄越せと言ってきているが、本当の狙いは、”この書類”だ」
「それが解っているのなら、交渉すればいいだろう?」
「したさ。あの屑な息子が出てきて・・・」
「なんか言ったのか?」
「あぁ・・・。イチカを寄越せと・・・。本当の子供ではないのだから、別にいいだろうと・・・。それだけではなく、女児を・・・。俺たちの子供を差し出せば許してやると言いやがった」
「・・・。お前・・。いや、お前たちはよく我慢したな」
「我慢できると思うか?我慢していたら、お前さんにこんな頼み事はしていない」
おいおい。そりゃぁ決裂だな。完全に、領主を敵に回した。
話を聞いて納得した。この夫婦に、アシュリの親に、”娘を寄越せ。本当の子供では無いのだろう”は禁句だ。殺されてもおかしくない。それが、片耳を切り落として片腕を燃やしただけで済んでいるなんて奇跡に近い。
「わかった。カイルとイチカが俺のところまで辿り着いたら保護して助けてやる。デイトリッヒが居るレッチュヴェルトまで安全に行けるように手配する。それ以上は、過干渉だ。そのくらいは出来てくれないと、俺の仲間が命がけで得た情報を渡せない」
「それでいい。頼んだ」
目の前に座る。元パーティメンバーを見る。話が終わって、俺が受けたので安心しているのだろう。
そして、はっきりと解る。俺の前に座っている男は死ぬ気なのだと・・・。俺が、俺たちが愛した、アシュリが眠る場所を守るために、自分たちが大切にしたアシュリと子供たちの為に・・・。皆・・・。揃って不器用なのだ。
アシュリが19で殺されていから25年。俺も今年で48になる。目の前に座る男は、59になるはずだ。
「時間は大丈夫なのか?」
最後の酒宴を開く時間くらいは残されているだろう。
明日から忙しくなるのは解っている。でも、今だけは、今だけは・・・。すべてを忘れて、目の前に居る男と酌み交わしたい。
「今日は大丈夫だ。領主の屋敷に火を放ってきた。今頃犯人を探しているだろう」
「おいおい。相変わらずだな」
「そんな簡単に性根が変わってたまるか」
「そうだな。今年のワインはいい出来だ。どうだ。飲んでいくか?」
「ルーサの奢りか?スラム街の顔役が、貧乏な孤児院の経営者にたかるなんてことはないよな?」
「いいですよ。お義父さん。ワインくらいならいくらでも奢りますよ」
ワインとコップを2つ持ってきた。
コップに並々とワインを注いで、二人で何も言わずにコップを持ち上げる。コップは合わさない。俺も男も解っている。今日が、アシュリの命日になるのだ。
話をするわけでもなく、お互いのコップにワインがなくなるまで飲み続けた。
最後の酒宴になるのは解っている。解っているが、言葉は必要なかった。
俺は、いつの間にか眠ってしまった。
男の姿はもうなかった。奴が座っていた場所に、古い布が何かを包んで置かれていた。
俺は、それが何かすぐに解った。
布は、アシュリが最後の時に着ていた服だ。焦げた痕や血も滲んでいる。包んでいるものは、何かの依頼で一緒になったエルフと人族の夫婦から買った”おるごーる”だ。アシュリが珍しく欲しがって、皆で金を出し合って買ってやった。蓋を開けると、音が流れ出す魔道具だ。アシュリは宝物入れにすると言っていた。
手紙が落ちる。
書きなぐったような文字だ。奴の文字で間違いない。
”頼み事ばかりで済まない。カイルとイチカを頼む。俺たちの仇討ちは必要ない。あくまで万が一だ。俺たちが負けるわけがない。だから、ルーサもカイルやイチカと一緒に待っていてくれ。あと、アシュリも一緒に連れて行ってやってくれ、お前に託すのが安心できる。安心できる場所で、アシュリを眠らせて欲しい。俺たちには出来なかったことだ”
俺は、魔法を発動して手紙を燃やした。こうするのがもっともいいと思ったのだ。
俺は、街から外に出ている奴らに指示をだした。子供たちが領都まで安全に移動できるルートを確保させた。街に放っている間者の数も倍にした。スラムを出て、レッチュ領に向かうと手下たちにも告げた。一緒に来る者は準備をしておくように伝えた。荷物が多いものは、先にレッチュ領のレッチュヴェルトに向かうように告げる。
一斉に動き出す手下たち。他のスラム街の顔役にも街だけではなく、領を出ると告げておく。俺たちが本当に居なくなったら、支配している”シマ”を巡って争いが発生するだろう。それは勝手に解決すればいい。俺たちが口を出す性質のものではない。ただ、こんな俺たちでも必要としてくれていた者は居る。
表の理由を考えて、移動すると告げる。何人かは一緒に行くと言ってくれた。語弊があるな。話をしたほぼ全員が一緒に行くと言ってくれた。
俺たちの準備が終わったと同時に領主のバカ息子が動いた。
孤児院をいきなり襲ったのだ。
当日に、カイルとイチカが俺を頼ってやってきた。あいつに依頼されたように、カイルとイチカに預かった物を渡して、デイトリッヒを頼るように伝える。街から抜け出して、子供の足では遠い旅路になるだろう。それでも、カイルとイチカはしっかりと俺を見て脱出を始めた。
カイルとイチカの脱出をわかりにくくするために、俺たちの仲間も正当な手段だけではなく、裏の手段を使って脱出を開始した。
俺もアシュリが待っている場所に逝くつもりでいた。
最後にアシュリが好きで聞いていた音を聞きながら武器の手入れをして・・・。狙うは、領主の首。他には何もいらない。
懐かしくも不思議な音が流れる。何度も聞いているから知っている。アシュリと初めて朝を迎えた時にも流れていた音だ。
もう音も終わる。
”ジージージー”
終わった。さて、行くか!
”えぇーと。ルーサさん”
え?なんだ?
アシュリの声か?
”呼び捨てにしないと駄目だったね。コホン。ルーサ”
間違いない。アシュリの声だ。
”お父さんとお母さんにお願いした。驚いた?”
なんだ?
何が・・・。
”あのね。もしだよ。もし、私が先に死んでも、絶対にルーサは生きて、お願い。私が生きて、頑張って生きていたと、知っている人が1人でも多く居て欲しい。できれば、私とルーサの子供が、ううん。そんなの関係はないね。ルーサ。大好き。これまでも、これからも・・・。一緒に居て欲しい。お願いだから、私が生きていた証を、お願い”
・・・
”アシュリ。明日からは、アシュリ・クロイツと名乗ればいいのかな?ルーサ・クロイツさん”
俺は・・・。俺は、どうしたらいいの?
”おるごーる”の中には、俺が送った腕輪が一つだけ入っていた。
「旦那様。執務室でお待ち下さい」
「ん?執務室なんて作ったのか?」
「はい。旦那様と面談を希望する者、全員を神殿の工房に連れて行くわけには行きません」
ツバキがきっぱりと言い切った。マルスもセバスも当然だと考えている。
そして、常々ヤスが気楽に人に会いすぎると思っているのだ。神殿の中なら、多少は許されるだろうが、ユーラットや領都での行動はマルスとしても、眷属代表としてセバスやツバキが許容できる範囲を越えている。
しかし、マルスもセバスもツバキもヤスの行動を縛ろうとは思っていない。ヤスが外に出るのをやめないのは解っている。これからも人と会うだろう。それなら、自分たちがしっかりと考えて守っていくしか無いと思っているのだ。
そのためにも、人と会う場所を作って限定する。そうすれば、守るべき場所がはっきりとしてくると考えたのだ。
「待っていればいいのか?」
「はい。すでに、イレブンがルーサ様に伝えました。何か、お飲み物をお持ちしましょうか?」
「ありがとう。俺には、果実水を頼む。ルーサには、イレブンが聞いて持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ヤスは、案内された部屋が工房の執務室と違って、調度品にも気を使っているのを感じた。
工房の執務室は、ヤスが日本に居た時に使っていた部屋を再現した物だ。調度品なんかに気を使っていなくて当たり前だ。だが、この部屋はセバスやマルスが、ドーリスやサンドラに話を聞いて、貴族を通しても恥ずかしくならない最低限の調度品を揃えている。一部、輸送が間に合っていない物もあるが、今回の”嫌がらせ”作戦で、王都や領都から搬送してくる予定になっているのだ。
ツバキが退出したがすぐに果実水を持って執務室に戻ってきた。ヤスはソファーに座って、ツバキから渡された書類を見ていた。
書類には、現状で解っているルーサの事が書かれていた。
「ありがとう」
「旦那様。ルーサ様が来られました」
「問題ない。通してくれ」
ヤスは、資料をツバキに返した。ツバキは、資料をヤスが使うために置かれている資料入れにしまった。
ドアがノックされたので、ヤスが許可を出す。ツバキがドアを開けた。
戸惑いの表情を浮かべたルーサだったが、部屋に入ってきて綺麗な仕草で頭を下げる。とても、スラム街の顔役には見えない。ヤスは、スラム街の顔役だと聞いていたので、カラーギャングのボスのような奴や、マフィアのボスを想像していた。
『マルス。次から、身辺調査を行った時の書類には、顔写真と全身写真を付けてくれ、想像と違いすぎて戸惑ってしまう』
『了』
「初めて御意を得ます。ルーサと言います。神殿の主様。今回は、面会の機会を頂きましてありがとうございます」
「ルーサ殿。神殿の主や”様”付けで呼ばれるのは好きじゃない。ヤスと呼んで欲しい」
ルーサは、少しだけ驚いた顔をして、姿勢を正して、ヤスに向かって頭を下げる。
「ヤス殿。貴殿は、神殿を攻略された。それだけでも、国王と同じ待遇を受ける資格を持つのです」
「何度も聞いているが、俺はしがない運転手だ。統治なんてしたくない。皆が過ごしやすいように場を整えて、提供するが、それ以上は皆で決めて欲しいと思っている」
「え?」
「それから、ルーサ殿には、一緒に来た者たちと関所の近くにある村を任せたい」
「村?こちらに来る時に、門がありましたが、門の周りには何もありませんでしたよ?」
「あぁすまん。作ったのは先日だからな。ツバキ。バスは動かせるか?」
「問題はありません」
「ルーサ殿。この後の予定はどうなっていますか?」
「予定ですか?神殿に入る事が出来なかった者たちと合流して今後の話し合いをする予定です」
「そうですか、部下の方々の人数は?」
「現在、神殿に辿り着いたのは、50名ほどですが、各地で情報収集している者も入れると、120-30人です」
「各地で散らばっている方々も神殿に来ますか?」
「行商人や冒険者が殆どですので、報告に帰ってきます」
「それなら丁度よかった。ツバキ。イレブンも大丈夫だよな?」
「大丈夫です」
「二台回してくれ、それからドーリスにも連絡をして、トーアフートドルフに付いてきてくれと頼んでくれ、ギルドを作ったほうがカモフラージュにもなるだろう」
「かしこまりました」
ヤスは、ツバキとイレブンに指示を出すが、当然ルーサには何を言っているのかわからない。
展開を読んでいたマルスの指示で、ドーリスはすでに神殿の守りに移動してきていた。
「さて、ルーサ殿。一緒に来て頂きたい」
ヤスが立ち上がる前に、ツバキとイレブンは扉を開けて先に外に向かって移動を開始していた。
入れ替わりに、メイドと執事が部屋に入ってきた。
「どちらへ?」
「貴殿に任せたい村だ」
「え?」
ヤスは、それだけ言って立ち上がって部屋を出る。
ルーサもあっけにとられていたが、立ち上がってヤスの後ろに着いて行く。
外には、すでにツバキとイレブンがバスを待機させていた。
ヤスは、ルーサを乗せて神殿の守りを出た所で、ユーラット行きのバスを待っていたルーサの関係者を乗せた。
ユーラット経由でトーアフートドルフに向かった。
ルーサは、移動中にヤスには質問を投げかけなかった。じっと前だけをみていた。
自分たちが歩いてきた道に間違いはない。何かが変わっているのかを観察し続けたのだ。スラム街に住んでいた子供たちも居た。孤児院や集団生活に馴染めない者たちばかりだ。だがルーサの指示に素直に従って、バスに乗り込んで移動している。ルーサは、自分を慕って付いてきた者たちへの責任のとり方を考え始めていた。
ユーラットからトーアフートドルフまでの道は、アスファルトで舗装がされているわけではないが、かなり整備されている。
60キロは無理だが、40キロ程度は出せる。馬車での移動では半日以上はかかる距離も、数時間で到達出来てしまう。ルーサが黙っているので、同乗者も窓から眺める風景を見ていた。もう一台のバスではドーリスが皆から質問を受けていたが、答えられる質問が少ないために、いつしかドーリスたちが神殿でどんな生活をしているのかという質問だけになっていた。
バスの進行方向。自分たちが移動してきた時にはなかった壁や塔が出来ているのを見て、ルーサたちが唖然とし始めた。
近づけば、住める場所が立ち並んでいる状況を見て、何かに騙されたのではないかと言い出している。
ツバキとイレブンは、停留所にバスを停めた。
ヤスに言われて、ルーサたちはバスを降りた。村で一番大きな建物に向けて移動した。全員が入られるわけではなかったので、ルーサが数名を指名して、屋敷に入った。集会場の様な作りになっているが、村長の家だと説明した。ヤスの説明を受けて、ルーサたちはこの村はすでに人が住んでいて、自分たちはここから別の場所に移動するのだと考えたのだ。
「ルーサ殿。あとは、イレブンに聞いてくれ」
「え?」
「ん?」
「ヤス殿。ここが村だというのは、違和感があるが納得しよう。この村の村長は?俺たちはどうしたらいいのだ?」
「違和感?」
「この家が村長の家だというのは、まぁいい。納得できる。だが、なんだ!この綺麗に整理された町並みや建物は?王都にもこんな綺麗な建物は無いぞ!それに、よく見りゃ魔道具まで配置されているよな?人が住んでいる気配もない。なのに、ここを村と呼んでいる。違和感だらけだ!」
ルーサは、捲し立てるようにヤスに質問をぶつける。
「あっ・・・。すまん。説明が足りていなかったな」
「そうだろう?で、俺たちはどうしたらいい?ここから、関所の村までは歩けるのか?」
「あぁ・・・。ここが関所の村だ。ルーサ殿に任せたい村がここだ。正確には、関所は、ユーラットとレッチュガウの間に作った”この”関所と、レッチュガウと帝国をつなぐ場所に作った関所がある」
「は?」
「もうひとつの関所は、神殿の領域を通過していくことになる。イレブンが知っているから、案内させる」
「それで、ここの住民は?俺たちは?」
「ん?この村は誰も住んでいないから、ルーサに任せる。家を割り振ってくれ、数は足りると思うけど、足りなかったらメイドか定期便で来る運転手に伝言してくれ、あと、魔通信機をルーサに渡すから、それで連絡してくれてもいい」
「はぁ・・・。わかりました。ヤス殿。この村を維持管理します。あっヤス殿。俺の事は呼び捨てでお願いします。ヤス殿の部下になるのだから、殿とか付けないでください」
「わかった。それから、村を頼む。村長はルーサでいいのだよな?定期的に神殿で会議をするから出席してくれ」
「会議ですか?」
「そうだ。言っただろう。俺は、統治なんてしたくない。代表が集まって話し合っていろいろ決めるようにしていく。今はまだ、俺がやりたい様にやっているけど、俺が本当にやりたい事じゃないからな」
「代表?俺が?村長?」
「別に、ルーサじゃなくてもいいけど、まとめているのは、スラム街の顔役だったルーサだろう?」
「・・・。わかりました」
「ありがとう。食料や物資は、適当に運んであるから、分けてくれ、あと、ルーサがリップル子爵領でやっていたことも継続してくれると嬉しい」
「それは、ありがとうございます」
「あと、この村にもギルドを作る。ドーリスが今ツバキと建物の選定をしているから、話して決めてくれ」
「はいはい」
すでに、ルーサはヤスの性格を掴み始めている。
そして、いろいろ諦めたのだ。生きろと言われた事や、復讐心なんかも萎んでいくのを感じていた。
「それで、ヤス殿。今、やっている事と、この村は関係するのですか?」
「あっそうだ。ルーサ。説明する前に、この村に名前を付けてくれ。ドーリスが来たら伝えてくれればいい。俺たちがしている事は、リップル子爵家と帝国に嫌がらせをしている。詳しく説明すると・・・」
ヤスは、現在進行中の”いやがらせ”説明する。
説明を聞き終わると、ルーサは涙を流しながら笑った。そして、ヤスが望んでいる”嫌がらせ”を行うための情報収集を約束したのだ。
俺は、ルーサ。以前は、リップル子爵領の領都で、スラム街の顔役をしていた。
今は、しがない村の村長だ。
俺に、この村を任せたヤス様は頭のネジが数本抜けていても不思議ではない。そんな言葉では生ぬるい可能性だってある。
リップル領からの脱出は簡単だった。レッチュヴェルトまで移動してギルドに顔を出したら、領主の屋敷に行けと言われた。どうやら、デイトリッヒが関係していた。俺としては、カイルたちがどうなった確認して、レッチュ領の顔役に話を通しに行く予定だったのだが崩れてしまった。
デイトリッヒが攻略された神殿に居ると教えられた。レッチュ領の裏を仕切っているのは、領主のクラウスが手懐けた者で、神殿で拒否されたらまた話を聞いてもらえることになった。
貴族なんて、結局は同じ穴の狢だと思っていた。
レッチュ辺境伯に会って認識が少しだけ変わった。神殿の主であるヤス様に感謝の言葉を紡いでいた。それだけではなく、俺たちもできるのなら、神殿の主の所で力を奮って欲しいと言われた。
俺たちの力を欲しているのは貴族だけではない。豪商と言われる者たちも情報を求めにやってくる。レッチュ辺境伯も同じだと思ったのだが、辺境伯は神殿の主のために使って欲しいと何度も何度も懇願するように言っていた。デイトリッヒだけではなく、カイルたちも世話になっているのなら、カイルたちが独り立ちするまでは神殿に力を貸してもいいかもしれない。
俺の気持ちを皆に伝えたら、大半の者は”俺の好きにしろ”と言ってくれた。中には、リップル子爵家に特攻を仕掛けると言い出す者も居たが、拠点を定めるのが先だと説明した。
辺境伯から、神殿の話を聞いたが、どこまで本当なのかわからない。
神殿に潜り込もうとしていた仲間は神殿の門の審査で弾かれたと言っている。
全員で歩いて行こうとしたら、辺境伯から紹介された商人が馬車を出してくれた。それだけではなく、辺境伯家の馬車まで貸してくれた。なぜそこまでするのかわからなかった。
神殿が攻略されたばかりだと聞いているので、食い込むためにやっているのかと思ったのだ。
商人は、ユーラットまで行くと言っていた。
俺が知っているユーラットは、辺境の辺境で何もない漁村のイメージだ。エルフ族の・・・。アシュリの宝箱になった”おるごーる”を売ってくれたエルフ族の関係者が居る程度の認識だ。
商人はいろいろ教えてくれた。ただ、全部が信じられない話だった。
神殿の主が、アーティファクトを貸し出して、住民が神殿のユーラットの間を人や物を運んでいる?
神殿の領域には、石壁が設置されていて、一定間隔で水が湧き出す場所があり、その周りになっている木の実は自由に食べていい。ただし、大量に持って帰ろうとすると、次からそいつが居ると木の実が採取できなくなる。食べられる量と少しだけ持っていく量なら問題にはならないのだと言われている。
神殿の門は、人の善悪を見分ける。
他にもいろいろと聞いた。
そして、石壁の話が本当だと知らされた時には、俺たちは神殿の噂はなしを信じるようになっていた。
ユーラットに到着して、ギルドに登録しているメンバーだけで村の中に入った。
寂れた漁村だと聞いていたが、活気が溢れていた。ギルドに顔を出して、神殿に行く方法を聞いた。商人にも聞いていたが、ギルドで正式に告知していると言われたので、筋を通すべきだと思ったのだ。
ギルド長は、辺境伯から俺たちの事情を聞いているのだろう。
快く協力を申し出てくれた。食料の手配までしてくれたのだ。そして、辺境伯と同じ様に、神殿の主であるヤス様の力になってほしいとお願いされた。
俺たちは、指定された場所で待っていると、鉄の箱が神殿の方向から近づいてきた。
ギルド長や辺境伯から説明されている通り、馬が居なくても動く馬車でアーティファクトなのだろう。
降りてきたメイド服を来た女と執事風の男だった。
神殿の主であるヤス様の使いの者だと言っていた。俺たちは、2つの馬車に分けて乗り込んだ。全員が乗り込めたのも驚いたが、持ってきた荷物を含めて全部を乗せて動いたのだ。それだけでも驚愕だったのに、神殿に向かう道は上り坂だ。曲がりくねっているが、かなりの傾斜になっていたが速度を落とさずに登っていった。
速度も馬車の数倍は出ているだろう。驚いたのは、それだけではない。まったく揺れない。座っている椅子がソファーの様に柔らかい。そして、馬車なのに窓がありガラスが使われているのだ。わざわざ馬車にガラス?子供は大喜びだ。馬車に乗る機会も殆どないのに、こんなに早く動く馬車で、外を見られるのだ。俺でも、流れる景色に目を奪われてしまう。
アーティファクトは、門の前で停止した。
降りた所で、執事風の男から説明された。俺たち以外の者は、すでにカードを持っているようで、門を通っていく。
「まずは、代表の方。認証カードの発行をお願いします」
俺が呼ばれた。
小屋の中に通された。
『私は、マルス。マスター。ヤス様に仕える者』
え?なんだ!頭の中に声が・・・。誰だ!
『大丈夫です。貴殿を害するつもりはありません。地域名リップル領のスラムを仕切っていた個体名ルーサ・クロイツ。貴殿だけ、一時的に神殿の門を通る許可を与える。そこで、マスターにお目通りして、マスターの話を聞きなさい』
クロイツの名は捨てた。それよりも・・・。なんで、俺の名前が解る!
話を聞くだけでいいのか!
『個体名ルーサ・クロイツ。改個体名ルーサ。マスターの話を受けても、断っても、貴殿たちが望むのなら、神殿の門を通る許可を与えます。まずは、個体名ルーサがマスターと話をしなさい』
一つ。聞きたい。
『なんでしょう?』
カイルたちはどうなった?
『個体名カイル。個体名イチカは、マスターからアーティファクトを与えられて、もうすぐ仕事を始めます。他の幼体は寮に住んで学校に通っています』
そうか、しっかり生活出来ているのだな。
『当然です。マスターが保護を約束されたのです。私たちが方針に従うのは当然です。ただし、彼らは保護されるだけでは満足出来ずに、仕事をしたいと言い出したので、マスターが個体名カイルと個体名イチカにアーティファクトを与えて仕事を割り振りました』
わかった。
俺も、俺たちも、貴殿のマルス殿の指示に従う。俺はどうなっても構わない。部下たちは、一緒に来た者たちには寛大な処置を頼む。
『害する予定はありません。個体名ルーサ。貴殿が、マスターと敵対しない限り大丈夫です』
感謝する。
それでどうすればいい?
それから、マルスと名乗った人物からいくつか指示されるが、簡単な話だった。
神殿の主と面談するだけだ。
そう思っていた、その時の俺を殴りたい。
村を任せる?
どこに村がある?
ここは、数日前に通った場所だぞ?なぜ、村が・・・壁が・・・門が・・・。それだけじゃない。俺が、村長?確かに、俺がまとめてきたから、俺が一番の適任だというのは解る。他の連中もそれでいいと言い出した。
イレブンと名乗ったメイドが、ヤス殿が帰ってから説明を始めた。
すぐに、大きな狼の魔物を呼び寄せた。他にも、鷲の魔物を呼んだ。彼らの眷属が、村を守護すると説明する。
そして、人間だと思っていた。イレブンは、ドリュアスで・・・。やはりヤス殿の眷属だと言われた。他にも、執事風の男はエントで眷属だと言われた。直接の眷属ではなく、執事長とメイド長が居てその者たちの眷属だと教えられた。
壁の塔には、眷属が順番で見張りを出すので、俺たちも順番で1-2人程度の見張りを出して欲しいと言われた。
ヤス殿は、村の名前を決めろと言って帰った。イレブンを始めとした眷属たちと、俺たちの代表数名で考えた。
俺が、なにげなく語った”アシュリ”が村の名前になった。
彼女が望んでいた。平和には程遠いかもしれないが、種別の壁がない場所になるのは決定している場所には丁度いいのだろう。
『関所の村アシュリ』が誕生した。
俺が村長だと・・・。向こうに言ったら、アシュリに謝って、自慢しよう。怒るかな?笑うかな?喜んでくれるかな?褒めてくれるかな?楽しみが出来た。
ヤスは、関所の村をルーサとイレブンに任せた。
マルスも反対していないので、これが正解だったと思っている。
『マスター。セカンドが、FITで向かっています』
『わかった』
ヤスがユーラット方面に歩いていると、10分程度進んだ所で、FITが見えてきた。セカンドが運転しているのだが、ヤスが見えてきた時点で速度を落として、手前で停まった。
「旦那様。セカンドです」
「ありがとう」
セカンドは運転席を降りた。ヤスと運転を変わるのだ。
運転席に乗り込んだヤスは、窓を開けてセカンドに声をかける。
「セカンドはどうする?」
「トーアフートドルフに向かいます。イレブンの補佐を行ってきます」
「そうか?送るか?」
「いえ、大丈夫です。旦那様。ユーラットにお寄りください。マルス様から、アフネス様に会ってほしいと伝言です」
「ん?わかった」
ヤスは、マルスからの伝言なら、直接言うか、エミリア経由で知らせればいいのにと思ったのだが、セカンドの仕事として割り振った可能性を考えた。
急ぎの仕事も無いので、ユーラットに寄り道するのもいいと考えたのだ。
「旦那様。それでは、失礼致します」
セカンドは、頭を下げてトーアフートドルフ方面に歩き始めた。ヤスは、セカンドの背中をみながら、シートポジションを調整してから、エンジンを始動させる。
安全運転の範疇で速度を上げながら、ヤスはマルスに話しかける。
『マルス。そう言えば、ミュージックプレイヤーとか、ナビと監視カメラのリンクとかできるのか?』
『ミュージックプレイヤーは、接続出来ますが、音源がありません』
『え?あっそうか・・。カツミの改造だな』
ヤスはすっかり忘れていたのだが、ヤスの幼馴染が改造したカーナビは音源をSDカードで保存していなかった。音源は、クラウド上においてあって、通信が可能な時にある程度の音源を落として、電源を切る時に消すようになっていたのだ。
『ナビとカメラのリンクは可能です、切り替えも出来ます』
『設定を頼む』
『了』
通い慣れた道というわけではないが、何度か通っている上に、一本道だ。
『マルス。商隊は、この道を通っているのか?』
『否。殆どの商隊は、石壁に沿って進んでいます』
『そうなのか?』
『安全を考えれば、当然です』
『安全?あぁ・・・。そうか・・・。休憩所の存在だな』
『はい。マスターの指示で作った休憩所がある為に、商隊は休憩所を経由しながら進んでいます。水が必要ないだけでも大きなメリットになるようです』
『そうなのか・・・。使ってくれているのなら、問題はないな』
『はい』
ヤスは、アクセルを踏み込んだ。
会話が終了したので、ユーラットに急ぐようだ。用事が有るわけではないが、アフネスがわざわざ呼び出したのには理由があると考えたのだ。
マルスと話をして、走っている道に商隊が居ない確認が取れたので、速度を出してみた。
快適に速度があがり、時速140キロ程度になった所で、FITが跳ねるように感じたので、120キロ程度が限界だと定めた。
『マルス。俺が乗る車以外にはリミッターの設置はできるか?』
『可能です』
『車は、100キロ。バイクは、80キロで様子を見てくれ、事故りそうならまた考えよう』
『了』
ヤスも日本に居た時には、法定速度内で走るように努力していた。制限速度と言って理解してくれる可能性は低い。特に、リーゼとか、カイルとか、サンドラとか・・・。熱くなって速度超過になってしまっている可能性がある。
結界がはられているので、運転手や同乗者は安全なのだが、商隊にぶつかった場合には、相手側の被害を考えると、もっと速度を落とさせてもいいのかも知れない。
事故1回ごとにリミッターを10キロずつ落としていけばいいかと考えた。教習を受けたら、リミッターを戻す様にしておけば人まずは大丈夫だろうと考えたのだ。
運用に関してのルールをヤスはマルスに指示を出した。
ユーラットが見えてきたので、ヤスは速度を落とした。
正門では、イザークが立っていた。
ヤスは窓を開けて近づいた。
「イザーク。久しぶりだな!」
「お!ヤス!そうだな。今日はどうした?」
「アフネスに呼ばれている。今から、裏門に停めて、アフネスの所に行く。お前も来るのか?」
「そうか、俺は今日は表門で待機だ。そうだ!裏門もだいぶ変わったぞ?って、お前がやったのだよな?」
「ん?あぁバス停や荷物の搬入や搬出の場所か?」
「あぁまだ商隊も様子見だけど、大手が出てきたら話が違うだろうな」
「へぇ・・・。アフネスの話もその辺りなのか?」
「どうだろう?俺は、何も聞いてないぞ!」
「わかった。そうだ、イザーク。これをやるよ」
ヤスは、窓から、りんごをイザークに投げる。
イザークも、石壁も知っているし、”りんご”や”みかん”も知っている。商隊から話を聞いているので、自由に食べられることも知っている。
「お!悪いな」
「いいって!それじゃぁな」
「あぁカスパルに、たまには表門まで来いと伝えておいてくれ」
「わかった。今、領都に居るから、帰りに顔出すと思うぞ?」
「そうなのか?楽しみにしておくよ」
イザークは、カスパルがディアスと一緒に領都に行っているのを知っている。
帰ってきた時には是非からかってやろうと思っているのだ。
ヤスは、裏門の近くに作られている駐車スペースにFITを停めた。
「旦那様。お疲れさまです。エイトです」
駐車スペースにある小屋から、メイドが出てきて、ヤスに挨拶をする。駐車スペースに車を停めると、待機しているメイドから認証のカードを渡される。カードと引き換えに、車の移動が可能になるのだ。最初、マルスやセバスやツバキは、ヤスだけは特別対応にする予定だったのだが、ヤスが笑いながら”ユーラットには滅多に行かないから、別に皆と同じで構わない”と言ったので、皆と同じ対応になっている。ちなみに、馬車を預かるスペースもあり、馬車でユーラットに来た者は例外なく馬車を預けることになるのだ。
「頼む。何か、変わった事は?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
エイトは、ヤスが停めた場所のカードを渡す。
これでロックされるのだ。最初は、ユーラットの守備隊が裏門の開閉をしていたのだが、面倒になってきてしまって、駐車スペースで渡されるカードで開閉できるようになってしまった。仕組みはマルスが指示をだして、ドワーフたちが嬉々として改造したのだ。
アーティファクトを操作できる者は、神殿の審査に合格したものなので、ユーラットも問題なしとしたようだ。しかし同乗者は、裏門から表門まで移動して、正式な手続きを踏む必要がある。
受け取ったカードで裏門を開けて、ユーラットに入る。
宿屋に顔を出したが、アフネスもロブアンも居なかった。リーゼの代わりに雇ったエルフが1人で店番をしていた。店番が、アフネスはギルドに居ると言われたので、ヤスは、そのままギルドに向かった。
「アフネス!」
「ヤス。丁度よかった。今、計算が終わった所だ」
「計算?」
「ヤス殿」
ギルドの奥から、ダーホスも出てきた。
「ダーホスも居たのか?」
「居たのかじゃ無いですよ。ギルドですから、私が居なければおかしいでしょ?」
「そうなのか?まぁいい。それで、アフネス。用事があるのだろう?」
「そうだった。ヤス。用事は、ダーホスの方だ」
「そうなのか?」
ヤスは、疲れた表情をしているダーホスを見る。書類の束を持った状態で、ヤスを見ている。
「ヤス殿。石壁の内側は、神殿の領域で間違いないのですよね?」
「そうだな。境界線がわからないが、勝手にさせてもらった」
「それはいいのです。もともと、誰の物でもありません。ですが、神殿の領域としたので問題が発生しました」
「ん?問題?」
「ヤス殿。石壁には、一定の距離で、休憩所がありますよね?」
「それで?」
「はぁ・・・。やっぱり、ヤス殿が作ったのですね。それは、おいておきます。水と食料を提供してくれるのは嬉しいのですが・・・」
「何か問題なのか?」
ヤスは、本当にわからないという表情で、ダーホスを見る。アフネスを見ても、説明してくれる様子はない。
「ヤス殿。水がどうやって湧き出しているのかは聞きません。聞いてしまうと、後戻りが出来ない気がしています。果物も同じです」
「ん?別に、知りたければ教えるぞ?」
「いえ、知りたくないと言っているのです。もうこれ以上、厄介事を増やさないでください。話を戻しますが、水と果物が”神殿の領域”から提供されている状況が問題なのです」
「ん?だから、何が問題かわからない。教えてくれ」
「・・・。ヤス殿。水と果物の対価はどうしたらいいのですか?」
「え?あっそういうことか!」
「商人や冒険者が水や果物を売ろうとしているのです」
「うーん。別にいいけど・・・。そもそも、大量に持っていこうとしたら、次から採取が出来ないぞ?」
「それも解っています。それでも、売ろうとするのですよ」
「へぇ・・・。止めたほうが、問題が少なくなるようなら、提供は辞めるぞ?」
「それは、それで、別の問題が出てきそうです」
ヤスとダーホスと話にアフネスが割って入ってきた。
「なぁヤス。これを見てくれ、ドーリスと連絡を取って試算してみたのだが・・・」
試算していたと言っている書類をヤスに見せたのだ。
アフネスは、手に持っていた試算表をヤスに渡した。
「ふぅーん。アフネス。これで、ユーラットはいいのか?」
「問題はない」
「今更ながらの質問だけど、ユーラットのまとめ役は、アフネスなのか?」
「ん?確かに今更な質問だが、私ではない。村長は、しばらく空席になっているが、まとめ役はロブアンだ」
「え?」
「何かおかしいか?」
「いや、なんでも無い。・・・。・・・。・・・。そうだ!忘れていた」
「なんだ。ヤス?」「ヤス殿?」
「カイルとイチカの事は聞いているよな?」
ヤスの問いかけに二人は渋い顔をしたが頷いた。
「ルーサの事も大丈夫だよな?」
「話は聞いている」「・・・」
ダーホスには話が通っているようだ。
アフネスは、状況は知っているのだが、ヤスに話していいのか迷っている。
「カイルとイチカは、神殿で元気にしている。アーティファクトを与えたから、そのうちユーラットに来るはずだ」
「え?アーティファクトを?二人に?」
ダーホスが激しく反応を示すが、アフネスは知っていた情報なので、驚きはしなかった。
「そうだ。カスパルが操作するようなアーティファクトじゃなくて、人は運べないし、荷物も小さい物しか運べない。伝言や手紙程度を運ぶ専用だな」
「・・・。それは、助かる。カスパルに、手紙の受け渡しを頼んでいるが、一日一回ではそろそろ難しくなってしまっている」
「そうなのか?ギルド経由なら・・・。あぁそうか、神殿のギルドはまだそこまで処理能力があると思われていないのだな」
「はい。手紙や伝言が、ユーラットのギルド経由になってしまっているのです」
「すまない」
「ギルドの仕事ですから大丈夫です。でも、カイルとイチカが来てくれるのなら助かります」
「試験運用に合格したら、本格運用に移行するからな」
ダーホスから、ギルドの実情を聞いて、ヤスはカイルとイチカにモンキーを与えたタイミングが良かったと思っている。実際に、タイミングが良かったのだが、神殿が攻略されて、レッチュ領に居たエルフ族やエルフ族と繋がりがあった者たちが移動してしまった事実を、ギルド経由で知った者たちが連絡を取り始めたので当然の成り行きなのだ。
「ヤス。それで、ルーサはどうしている?神殿に向かったのだよな?」
アフネスがしびれを切らしたように、ヤスとダーホスの話に割って入った。
ギルドの受付が持ってきた、飲み物を飲みきって、コップを机に乱暴に置きながら、ヤスを見る。
「そうだった。ルーサには、関所の村を任せる」
「関所の村?」「??」
「ん?サンドラやドーリスから話が来ていないのか?デイトリッヒも、ミーシャも知っている話だぞ?」
サンドラやドーリスは、ヤスの行う”嫌がらせ”の内容は、極秘事項だと思って、ダーホスやアフネスに知らせていなかった。ミーシャやデイトリッヒも同じで、リーゼにさえ言っていなかったのだ。しかし、リーゼはカイルやイチカから断片的に話を聞いているので、ヤスが何かしている程度には知っていた。
「ヤス殿・・・。話を聞きたいが、聞かないほうがいいのか?」
「ヤス。まずは、私が話を聞こう。その後で、ダーホスやロブアンに話せる範囲で説明すればいい」
「わかった。ダーホスもそれでいいか?」
ダーホスが認めたので、アフネスはヤスを連れて、海に向かった。
「アフネス?」
アフネスに連れられてきたが、話をするような場所には見えなかったのだ。
「ヤス。宿屋で話を聞いても良かったのだが、新しく雇った娘は、里からのスパイで、神殿の主との話は聞かせたくなかった」
「スパイ?」
「あぁ里は、神殿を神聖なものと考えすぎていて、攻略したのが”ヤス”だと知られると厄介な状況になってしまうからな。力を付けるまでは、注意してくれ」
「なにができるかわからないが、わかった。でも、リーゼはいいのか?」
「リーゼは、神殿から出ないだろう?地下が楽しいと言っていたぞ」
アフネスが深刻な表情を崩してヤスに近況を聞いた。
ヤスも、しばらくリーゼと会っていないと言いながら、伝え聞いている話をアフネスに聞かせた。
「アフネス。リーゼの話をするために、引っ張ってきたわけじゃないのだろう?」
アフネスは、ヤスの言葉で姿勢を正して、ヤスを正面から見た。
「神殿は何を”やろう”としている?」
「ちょっとした嫌がらせだ」
ニヤリと笑ったヤスだが、表情が渋くなるはずもなく、悪ガキが楽しいイタズラを思いついた程度にしか見えなかった。
「全部、教えてくれ」
「わかった・・・」
ヤスは、カイルとイチカを保護した所から全部を話した。
ルーサが、ユーラットとレッチュヴェルトの間に作った関所の村に居て、村長に任命した事も話した。帝国に抜ける道にも同じ物を作成してあると説明したのだ。
「ふぅ・・・。こんな場所で聞く話ではなかった・・・」
「話は、俺がしたけど、場所はアフネスの指示だからな」
場所は、ユーラットにある海岸だ。
岩場があり誰も近くに居ないのは確認している。近くに人が居ても、波の音で話している内容は聞かれない。
「ヤス。最初に聞きたい」
「ん?」
「ヤスは、リップル子爵家を潰したいのか?」
「どうでもいい。できれば、俺が知らない場所で、カイルやイチカやルーサから見えない場所で幸せになってくれればいい。そうだな。別の大陸とかなら最高だな」
「・・・。帝国に関しては?」
「出方次第だな。ディアスの件があるから、手を取り合うような未来は見えないけど、国民の全員が悪いわけではないだろう?」
「それは・・・。そうだが・・・」
「降りかかる火の粉は払いのけるだけだ」
「わかった。ダーホスとロブアンに話す嫌がらせの内容は任せて欲しい」
「わかった。ルーサの件は?」
「関所の村は隠しようが無いからな。全部話す。それにタイミングがいいと考えたのだろう?」
「そうだな。アフネスの試算した通行税を取るのに丁度いいな」
「ユーラット側はそれでいいが、帝国側はどうする?」
「セバスが、サンドラと辺境伯を乗せて王都に向かっている。もう着いて、嫌がらせの件と合わせて話をしているはずだ。サンドラから聞いたけど、王国の法では、帝国に向かう道は、辺境伯領だという話だから、辺境伯から俺への詫びとしてもらうのなら問題はないと言われたぞ」
「・・・。そうだな。森も、誰の領地でもなかったはずだからな。神殿の領地だと宣言すれば、王国内では文句は出ないな」
「だろう?帝国が文句を言いたければ、神殿の俺が居る場所まで来ればいい。神殿まで来られればだけど・・・。な」
「ハハハ。そうだな。わかった。関所の村は、作った意図は別にして有意義なのは違いない。それに、王都からも告知がでるだろうから、大丈夫だろう」
「そうか、それならよかった。それで、アフネス。通行料だけどな」
「解っている。必要ないと言いたいのだろう?」
「そうだな。そもそも、休憩所のつもりで作った場所だし、あれば使うだろう程度にしか思っていなかったからな」
「わかった。試算の中に入っていたが、通行税は無料にして果実の持ち出しに税を付ける」
「それでいい。持ち出しだから、関所の村から出る場合に課せばいいよな?」
「それでいいのか?ユーラットに持ち込んで売る奴らが出てくるぞ?」
「いいさ。それに、ユーラットに居る人間なら、自分たちで好きなだけ取りにいけるだろう?わざわざ商隊や冒険者から買う必要は無いだろう。あっルーサに伝えて、関所を通る時に、帰りに神殿の領域内で採取した物は、持ち出し時に”税”を課すと説明させる必要があるな。一覧表でも作って渡せばいいよな?」
「そこまでする必要はないと思うけどな?」
「貴族とかが、果物が欲しいから取って来いとか言い出したときの対処だな」
「わかった。ダーホスにでも試算させればいい」
「別に、儲けようとか思っていないから、ギルドやルーサが困らない状態になればいいぞ」
ヤスはアフネスから、石壁の道への要望を聞いた。
今はまだ大丈夫と言われたが、道幅が狭い事や、休憩スペースに小屋を作れないかと要望を伝えられた。
道幅は、馬車が二台すれ違う程度で考えていたが、馬車は道で立ち往生して道を塞いでしまう。すれ違いが難しくなってしまうので、今の三倍程度の広さが好ましいと言われた。ヤスは車がすれ違える幅で考えていたのだが、3車線道路程度の広さをキープするように考えた。
小屋は、監視する者を住まわせておく場所が欲しいらしい。
ヤスは、セバスの眷属たちが居るから監視は必要ないと思っていたのだが、監視しているというポーズも必要だと言われた。承諾して、1人が生活できる小屋を作る約束をした。アフネスに、普通の小屋でユーラットに有るような小屋で十分だと念を3回ほど押された。全部に解ったと伝えたヤスだが、小屋にはトイレと風呂が完備されていた。ヤスとしても、風呂とトイレは譲れない所だったのだ。
ヤスは、ユーラットの駐車スペースに戻ってきた。メイドにカードを渡して、FITのロックを外す。
運転席に乗り込んだ。
『マスター。東門に向かう。ルートが構築されました』
『お!どんなコースだ』
『ディアナに転送しました』
カーナビに、レイアウトが表示される。上から見たコースと高低差が解るようになっている。表示が切り替えられるようになっている。
『マルス。なんで、130Rからの高速S字が有ったり、立体交差が有ったり、わざわざ登ってから下りながら90度ターンをするようなコースになっている?』
『マスターの満足度から判断したコースです。問題はありますか?』
『なんで2つのコースを作った?』
『ラリー用のコースも用意しました』
『ラリーは、FITでは難しいな。モンキーでも無理だろうから、何かあった?ヤリスは買ってなかったからな・・・』
『ラリー用ではありませんが、シビックType-Rなら走破が可能です』
『そうか、雪道使用にしてあったやつだよな?』
『はい』
『わかった。試走を兼ねて東門ルートを通ってみる。幅は?』
『スリーワイドでも大丈夫な幅を確保しています』
『よし。走ってみなければわからないな。S660のほうが楽しめそうだけど・・・』
ヤスは、スマートグラスを取り出して装着する。
コースの情報が表示されるので、ナビで確認する必要がなくなる。
Sモード走行に切り替えて、パドル操作を行う。エンジンの回転数を2000以下に落とさないようにコーナを抜けていく。加速しながらコーナを抜けると、身体に外向きのGがかかる。タイヤが路面を掴みきれずに徐々に外側に流れていく。ヤスは、タイヤを滑らせながらコーナの出口に向かって加速する。タイヤが路面を掴んだ瞬間にアクセルを踏み込んだ。
ヤスは心の底から楽しいと感じている。
最後のコーナを抜けると、東門にたどり着く。
ヤスは、アクセルを踏み込んで、門の前に作った広場に滑り込んだ。タイヤの焼ける匂いを残しながら、ヤスが運転するFITは停まった。
『マルス。何箇所か修正を頼む。ランオフというよりも逃げ場所を作っておいてくれ、もう少し攻められると思う』
『了』
ヤスは、ディアナにコースを表示させて、アクセルとブレーキのタイミングを表示させた。コーナの修正をマルスに指示をしてから、東門を通って神殿に入った。
地下工房に移動して、FITのメンテナンスを頼んだ。
執務室に入ってすぐに端末を起動して、討伐ポイントを確認する。欲望に忠実なヤスは、討伐ポイントが足りている状況を確認してから、S660を交換した。シビックType-Rと迷ったが、まずはS660にしたようだ。
S660の準備ができるまで暇になったヤスは、カイルとイチカの様子を確認するために、運転練習場に向かった。
「あ!ヤス兄ちゃん」「ヤスお兄様!」
ヤスが近づいたのが解った、カイルとイチカがモンキーに乗った状態で近づいてきた。他にも、何人か子供が居て、自転車の練習をしていた。
「だいぶ乗れるようになってきたな」
「うん!」「はい」
「他の子も、だいぶ自転車に慣れたな。これなら、神殿の中なら、自転車で手紙の配達とかできそうだな」
『マスター。賛成です』
「え?」
「カイル。イチカ。お前達は、モンキーを使って、ユーラットと関所の村に手紙や伝言を届けて欲しい」
「うん」「はい」
二人にはすでに伝えてあるが、再度頼まれた事で、二人はより強く仕事として認識したのだ。
「さっき、ユーラットで聞いてきたけど、ギルド経由で手紙が大量に届いているようだ。そこで、自転車に乗れる子供たちが、ギルドで手紙を受け取って、配達を行って欲しい」
「いいのか?兄ちゃん!」
「ギルドに依頼を出して、達成されたら知らせを伝えなければならない。本当なら、依頼を出した者が見に行くのだが効率が悪い。ギルドには話しておくから、子供たちが依頼人に知らせに行けばいいだろう。子供たちもギルドから駄賃がもらえる。依頼人も確認する手間が省ける。ギルドも対応が減って楽になる」
ヤスのこのアイディアは、自転車に乗れる前提で考えていたが、自転車がない場所でも通用する。孤児がスラム街やストリートに居着いてしまう状況は、王国でも少なくない領地で問題になっているのだ。子供に与えるような簡単な仕事がなかったが、メッセンジャーなら特別な技能が無くてもできるので、多くのギルドで採用する様になっていく。孤児の救済が表向きの理由だが、別の理由があった。依頼人に寄っては毎日の様にギルドに顔を出して、依頼の達成を確認していく者も居る。毎日ならそれほど苦痛では無いのだが、ひどい依頼人だと数時間おきに確認しにきて、ギルドの職員に文句を言っていく、そういった者への対処として期待されたのだ。実際に、導入したギルドでは依頼の確認回数が減った実績もあったが、迷惑行為を行う人物は減らなかった。
ヤスは、カイルとイチカを連れてギルドに移動した。
ギルドで、ドーリスに説明をして受け入れられた。最初は、ギルドの職員が着いて行くが、大丈夫だと判断したら、子供だけで配達を行うことが決まった。
「ヤスお兄様。ありがとうございます」
「皆、頑張っているからな。仕事だから、しっかりやれよ」
「はい」
ヤスは、イチカとカイルの頭を両手で撫でた。方向を示したので、あとはドーリスがカイルとイチカと話をするのだと言っていた。
時間が出来てしまったヤスは、ギルドの掲示板に張り出されている依頼を見るが、自分ができそうな依頼がないので、落胆した表情を浮かべて、ドーリスとカイルとイチカを見てから外に出た。
久しぶりに、アフネスに会ったので、リーゼにでも会いに行くかと考えて、地下に向かおうとした。
『マスター。個体名カスパルと個体名ディアスが戻ってきました』
『今どこだ?』
『神殿の守りです。通過までしばらく時間が必要です』
『わかった。地下駐車場に案内して、工房の執務室で話を聞きたいと連絡しておいてくれ』
『了。同乗者はどうしますか?』
『同乗者?』
『はい。カードを持っていない幼体が12名同乗しています』
『ツバキを呼んでおいてくれ、それから、子供は神殿の前でおろして、ツバキが健康状態のチェックと食事を与えて風呂に入れろ、その後は寮に送り届けろ』
『了』
指示を出してから、ヤスは急いで執務室に戻った。
情報端末から情報を得るためだ。確かに、子供は12名だ。人族だけの集団のようだ。健康状態もひとまずは大丈夫だろう。食事を与えて、風呂で綺麗にしてから、寝れば大丈夫だろうと判断した。駄目なら、ツバキが対処するだろうと考えた。
ヤスは、ディアスやカスパルから事情を聞かなければならない。状況は、ディアナに記憶されているので、マルスに命令して該当箇所を調べた。
どうやら帰り道で、子供だけの集団を見つけて、保護したというのが映像から判明した。
厄介事にならなければいいとは思っているが、子供を見捨てる選択肢は持っていない。ヤスは保護した子供たちをカイルとイチカに預けるのがいいかと思っている。ヤスから見て、カイルは大丈夫だとは思っているのだが、イチカは成人して妹や弟がしっかりと生活できるようになったら、復讐するために神殿を出ていく可能性が高いと思っている。そうならないように、見えない足かせを嵌めようと思っていたのだ。
この子供たちが、イチカの足かせになるのなら受け入れる理由としては十分だと思ったのだ。
ヤスが情報端末で確認していると、ドアがノックされた。
「旦那様。ファイブです。カスパル様。奥様のディアス様が面会を求めていらっしゃいました」
「入ってもらってくれ、俺に適当な果実水を頼む」
「かしこまりました」
ドアが開いて、カスパルの腕をしっかりと握ったディアスが耳まで真っ赤にして居た。カスパルは、何を緊張しているのか、直立不動でヤスを見ている。
動かない二人を見てヤスは戸惑っていた。部屋の前で立って待たれるとヤスが困ってしまう。それに、どこから突っ込んでいいのか解らないのだ。
ヤスも神殿から出る時に、二人を見送っているが、その時にはしていなかった腕輪をしている。それも、二人でお揃いの腕輪だ。
『マルス。お揃いの腕輪は、結婚の証なのか?』
『婚約指輪と同等と考えてください』
『わかった』
ヤスは、二人を観察した。おそろいの腕輪以外ではおかしなところはない。座っていたソファーから立ち上がって二人を招き入れる。
「いい加減に入ってこいよ」
「あっ。もうしわけございません」
二人が動き出したのを見てから、ヤスはソファーに座り直す。
ヤスの呼びかけで二人は腕を組んだまま部屋に足を踏み入れた。
ヤスの正面に座る形でソファーに腰を降ろした。
丁度よいタイミングで、ファイブが飲み物を持ってきた。3人の前に置いて、ヤスの後ろに控えるように立った。
「いろいろ聞きたいが・・・」
ヤスが言葉を続けなかったので、カスパルとディアスは体を硬直させた。結婚は、二人で決めたのだ。咎められるとは思っていなかったが、領都からユーラットに向かう途中で今にも倒れそうな子供たちを発見して保護してしまったのだ。子供たちの目的地が新しく攻略された神殿だと聞いて、駄目だとは思ったがアーティファクトに乗せて連れてきてしまったのだ。二人は、ヤスが領都や王都から大量の物資を運んできて、住民に無償で提供しているのを知っている。子供と言っても12名も増えてしまえば、物資がまた必要になってしまう。その上、一部の者しか知らされていないが、リップル子爵家や帝国に対しての報復を行っている最中なのだ、物資が足りなくなってしまう可能性だってある。子供を助けたことは後悔していない。後悔していないが、恩人であるヤスに不利益になる動きをしてしまったのではないかと不安になってしまっているのだ。
「あ・・・まぁ・・・。そのな。結婚おめでとう。なんか、煽ったようで申し訳ないのだが、二人で決めたのだろう?考えを尊重するよ。本当に、おめでとう。家は、今の場所でいいか?別の場所が良ければ移動してもいいぞ?」
ヤスは一気に言い切った。考えが上手くまとまらないが、祝福している気持ちだけは伝わった。
「え?」「・・・」
「ん?」
「ヤス様。俺・・・。私たちは、神殿から追い出される覚悟で・・・」
「出ていきたいのか?」
二人は、勢いよく首を横にふる。
「そうか、よかった。二人が居てくれないと困る」
「え?」「・・・」
「カスパルは、領都までの荷物と人の搬送を行ってくれた。これから、もっと長距離の移動を頼みたい。俺1人で神殿に住む者たちの物流を行うのは無理だ」
「はい。はい。必ず。ヤス様の期待に応えます」
「うん。期待している。ディアスには、アドバイザーとして、サンドラやドーリスと違った視点での意見を期待している。俺だけで神殿が運営できるわけではない」
「ありがとうございます。ヤス様のお気持ち、大変うれしく思います」
3人の間に先程までと違った沈黙の時間が訪れた。
カスパルとディアスは組んでいた腕を降ろして、肩の力が抜けた。ヤスもそんな二人を見て間違っていなかったと安堵の表情を浮かべている。
「カスパル。それで?」
「え?」「(カスパル。ヤス様に報告しないと・・・)」
ディアスが、カスパルにだけ聞こえるような小さな声でヤスが期待している話を振ってくれる。
「あっヤス様。俺もディアスも、親も兄弟もいません。でも、二人で生きていくと決めました。ヤス様。ご許可いただけますか?」
カスパルが真剣な表情でヤスに告げた言葉は、ヤスやディアスが考えていたセリフとは違っていた。
ヤスとディアスは、カスパルの斜め上を行く宣言にお互いを見てしまった。
ヤスは、笑いそうになるのをこらえるのが必死だ。
ディアスは、カスパルの発言を嬉しく思ったのだが、ふさわしいセリフではないと考えていた。
「カスパル。先程、ヤス様はなんといいました?」
「え?『それで?』と言ったから、結婚の事じゃないのか?」
「はぁ・・・。カスパル。ヤス様は、その前に『結婚おめでとう』と言ってくれています。まだ婚約なので、違うとは思いますが、ヤス様はすでに認めてくれています。その上で報告を聞きたいとおっしゃっているのですよ?」
カスパルが驚愕だという表情でヤスとディアスを交互に見る。
「え?そうなの?」
ヤスは、イタズラを思いついた顔をしてから、ディアスに真剣な表情で話しかける。
「ディアス。カスパルでいいのか?もっといい男が居ると思うぞ?」
ディアスも、ヤスの意図が解ったのか、カスパルを見てから息を吐き出して、ヤスを見てから話しに乗った。
「はい。そうですね。私も早まったかも知れません。考え直す必要があるかもしれません」
「え?ディアス・・・。そんな・・・。ヤス様も、止めてください」
「ハハハ。カスパル。大丈夫だ。ディアスの心はお前にむいているよ。それで?ノロケは時間が有る時にゆっくりと聞かせてくれ、報告を頼む」
ヤスの言葉を受けて、カスパルもディアスも姿勢を正した。
「はい。報告します」
カスパルが、神殿の出発から領都に到着するまでの話を報告した。
「アーティファクトには問題はなかったのだな?」
「はい。事前に、ユーラットを出てから、燃料計には注意しろと言われていましたので、注視していましたが、問題はありませんでした」
「動作にも違和感がなかったか?」
「・・・。はい。ございません」
「カスパル。どんなに些細な事でも報告してくれ、今後の運用を見直す必要があるかも知れないだろう?」
「失礼しました。操作には問題は発生しませんでした」
「操作には?」
「はい。ヤス様のアーティファクトですが、結界が常時発生しています」
「そうだな」
「商隊の馬車とすれ違ったのですが、その時に馬が結界に接触してしまって、よろけてしまって・・・。あっ大事には至らなかったので良かったのですが、任意で切るとか、大型のアーティファクトの場合には、結界をギリギリの大きさにするなど・・・。出来ませんか?」
『マルス』
『可能です』
「できるが、考えさせてくれ、セバスの意見も聞きたい」
「わかりました。あと、できればですが、バスと言いましたか?あの中を改造したいのですが、許可をいただけますか?」
「改造?」
カスパルは、今回の様に荷物と人を運ぶ時でも、ダブルキャブではなくバスで運びたいというのだ。
運ぶのが、荷物と決まっている時なら、トラック形式が楽でいいのだが、人と荷物と何を運ぶのか決まっていない時には、ダブルキャブではなくバスで運びたいというのだ。改造案もディアスと話してきたのだと言っている。
「別にいいぞ?」
「よろしいのですか?」
「工房に居るドワーフたちと相談して決めてくれ」
「ありがとうございます」
「ダブルキャブとユーラットとの物流で使っているケートラもカスパル専用にする。改造をしていいぞ。しっかりと仕事してくれよ」
「え?よろしいのですか?」
「そうだな・・・。結婚祝いだな」
ヤスは、得意にしている”本人曰く、渋くニヒルな笑い”をカスパルとディアスに見せる。悪ガキのイタズラを思いついたときの笑いにしか見えない表情を見せられて、二人は反応に困ってしまっている。
ヤスは、カスパルに3台の業務車を贈った。丁度いいタイミングだと思ったのだ。
「ディアス。それで、子供はどこで拾って、どこから来た?まさか、いきなり12人の子供を産みましたとか言うなよ?」
カスパルに聞くよりもディアスの説明のほうがしっかりと事情や状況が解ると思ったのだ。それに、カスパルよりは間違いが少ないだろうと思ったのだ。
確認した映像では、子供たちに最初に気がついたのはカスパルだった。カスパルが助けようと言うのを、思いとどまらせたのがディアスだ。しかし、子供たちに最初に近づいたのは、ディアスなのだ。ダブルキャブの荷台に子供たちを乗せて、ゆっくりとした速度で移動してきたのだ。
「ヤス様。子供たちは・・・」
「ヤス様。子供たちは・・・」
ディアスが言葉を詰まらせる。カスパルが、慌ててディアスの表情を見るが、泣いているわけではない。どう説明していいのか、自分の考えが正しいのか、正しかった時に神殿に影響が出てしまうのではないかといろいろ考えてしまっただけなのだ。
「大丈夫だ。ディアス。教えてくれ」
「はい。子供たちは、帝国を通って来たようです」
「ん?ディアス。ちょっとおかしくないか?」
「今、”帝国を通ってきた”と言ったよな?間違いじゃないよね?」
「はい。彼らの言葉を信じるのなら間違いなく、彼らは、ラインラント皇国から来たのです」
「??」
ヤスは、もちろん”ラインラント皇国”を知らない。
知らない事は、知らないとはっきりと伝えた。ディアスもカスパルもびっくりはしたが、ヤスならそれも”ありえる”と思えた、ラインラント皇国の説明を歴史的な流れを省略して始める。
「名前から、天皇や天子や神子が治めていると思ったけど、そのとおりなのだね」
「はい」
「他の国に習って、王を名乗る事もありますが、天子で間違いないです」
「ん?ディアスとカスパルの様子から、あんまり評判がいい国じゃないように思えるけど?」
「そうです。帝国が軍事国家だというのはご存知だと思うのですが、その帝国以上に厄介なのが、皇国なのです」
「厄介?帝国以上に?」
「ヤス様。歴史的なことですが・・・」
ヤスは、黙ってディアスとカスパルの説明を聞いた。
簡単に言えば、ラインラント皇国という国は、天子と名乗っている事から、”神の子供”の末裔で、神の血筋だと言っている。皇国は、リシトネン神国で政変に破れた者たちが集まって作った国なのだ。7つの皇家が”神の血筋”だと言っている。帝国は、最初は神国を守護するために作られた国だった。その神国は、都市国家で一つの都市しか領土としていない。皇国が出来るきっかけにもなった、政変も神の名前を使った侵略戦争を起こそうとしていた一派が居たためだ。
侵略戦争を起こそうとしていた者たちが政変で破れて追放された。その時に、帝国は追放された一派の派閥に与していたために、神国から敵性国家だと認定された。現在に至るまで解除されていない。
皇国は、政変から宗主国としての価値を高めた。戦闘放棄と種族融和を宣言した。攻撃されれば反撃はするが、自ら侵略戦争を行わないという宣言と合わせて、種族主義を撤廃した。多くの国は歓迎して、今まで通り宗主国としての存在を認めたのだ。
帝国は、皇国の宣言は誤りであり、人族がすべての種族の中で優れている。人族こそが、全ての国の頂点に立つべきと言い出した。それを、皇国が”神の名の下”に認めたのだ。
「ふぅーん。ようするに、宗教的な話しに、領土を得るという野心が重なったのだな。あとは、種族的な問題か・・・。相容れないだろうな」
「はい。特に、ヤス様が治める神殿の現状を知ったら、許さないと思います。彼らは、神殿は神が彼らに与えた物。人族のために存在すると言っています」
「それは、わかった。それで、子供たちが皇国から来たと言うのは間違い無いのか?」
「はい。間違いありません。それに・・・」
「ディアス。なんだよ。話せよ」
「彼らが、”神殿が攻略”されたことを知っていました。誰かに教えられたのか、そう言われたのかわかりませんが、最低でも、神殿が攻略されたという情報を帝国や皇国が掴んでいると思ったほうが良いと思います」
「それは、別にいいけどな。どうせ、間諜が潜んでいるだろうし、そこから情報が漏れているだろう。それはいいけど、彼らが皇国の人間だというのはまだ確定じゃないよな?」
「はい。憶測が混じっています」
「その憶測とやらは?」
「彼らに、神紋が押されていました」
「神紋?」
「皇国で生まれた者に押される”紋”です」
「ん?それがあると何かまずいのか?」
「はい。奴隷の子や、人族以外の種族との取り引きを行う者たちで、二級国民という印です」
「はぁ?」
ヤスは、馬鹿らしいと考えたが、地球の歴史を紐解けば似たような事例は掃いて捨てるほど有る。
皇国でも同じなのだ。人族至上主義を唱えている以上は、人族以外との取引を想定していない。上層部やそれに類する者たちは、獣人やエルフやドワーフとの取引を下賤な者の仕事している。しかし、ドワーフの作る酒や武具や日用品は必要になる。エルフが持っている貴重な植物や森のめぐみは欲しい。そのために、それらの種族と取引を行う下船な者たちを用意したのだ。それが二級国民となる。一級国民や上級国民が出来ない仕事を行うのが二級国民なのだ。
カスパルとディアスの説明を聞いて少しだけ落ちつたヤスは、子供たちの処遇を考える。
「そうか、わかった。子供たちが、俺たちの事をどうやって知ったのかは別にして保護しないという選択肢はないな」
「「ありがとうございます」」
「カスパル。ユーラットでは、物資の購入が難しいだろう。領都まで行って食料を買ってきてくれ。ユーラットには、別の者に行ってもらう」
「わかりました」
「ディアスは、しばらく子供たちを見てくれ」
「はい」
ヤスは大まかな状況を把握して、カスパルとディアスに指示を出したのだが、まだ漠然とした状況なのが気に入らなかった。
ディアスとカスパルが、執務室から出ていくのを見送ってから、端末を立ち上げて、12人の子供の様子を見る。眠っている状態を確認して少しだけ安堵した。
「マルス!」
『はい。マスター』
「知っていたよな?」
『はい。12名の幼体が森を歩いて居たのは気がついていました』
「次から、皇国や帝国が俺の領地で同じようなことをしていたら対処しろ。多少手荒な方法でも構わない」
『了』
「マルス。それから、子供たちの、バカみたいな紋は消せるか?」
『可能です』
「どうしたらいい?」
『・・・・(神紋を検索)・・・。マスターの眷属にするのが簡単です』
「他には?」
『神紋というのは、俗称で、内実は奴隷紋です。したがって、ディスペルで解除することが出来ます』
「ディスペルが使えるのは?」
『・・・(神殿住民のステータスを確認)・・・。神殿の住民では、1人だけです』
「1人?」
『個体名リーゼです』
「そうか・・・。わかった」
ヤスは、リーゼのステータスを知らない。
どうやってリーゼに話をするか考える必要がある。子供たちは、神殿の中に居る限りは、パスが切断されているので、奴隷にしている者には死んだと認識されるとマルスは補足したが、子供たちを神殿に閉じ込めておく状況は健全ではないと思っている。ましてや、眷属は子供たちが受け入れるかわからない。そうなると、ディスペルを使うのが最良の方法に思える。
ヤスは、マルスに少しだけ考えると言って自分の思考に埋もれた。
ヤスは忘れていたのだが、子供たちが神殿を目指すしか無いと思ったのは、ヤスが関係していた。ヤスは、神殿の山側の森は、辺境伯と帝国に跨る森だと思っていた、間違っていないが、正解ではない。森は、帝国と皇国と王国の辺境伯との間に広がっていたのだ。
皇国の豪商で使われていた子供たちは、森の中で採取を行っていた。本人たちは、採取を命じられたと思っていたのだが、実際には魔物や獣の素材を求めて、森に踏み入った者たちの盾にされていたのだ。皇国ではよく使われる手段なのだが、二級国民を村や街や本隊との間に配置して、魔物や獣との戦闘に負けそうになると、二級国民が居る場所に逃げていき、魔物や獣が二級国民に襲いかかっている間に逃げるという方法だ。
子供たちには、当然のことだが、知らされていない。一級国民が二級国民を使うのは当然の事で説明なんて必要としていなかった。逃げてきた、子供たちも同じ様に森の中層部で肉の盾にされていたのだ。
偶然が重なった。ヤスが、森を分断するように川を作ったことで、子供たちと一級国民を分断したのだ。戦闘していた者たちは、川が新しく出来た事実を知らないで、戦闘後に子供たちが居なくなっている自体に気がついたのだが、魔物に襲われたかして死んだのだと判断した。
子供たちは、わけも分からず森の恵みで飢えを凌ぎながら歩いた。
そして、偶然が重なってカスパルとディアスの前を歩く事になったのだ。
子供たちは、商家が言っていた、”神殿が攻略された”という言葉を信じて、神殿に向かおうとしていたのだ。もちろん、どっちが神殿で、どこに神殿があるのかもわからないが、12人の子供たちは皇国に戻りたくないとだけ考えて、来た方向とは別の方向に歩いた。
「マルス。それで、リーザは?」
『地下を出て、自宅に戻りつつあります』
「誰か付いているのか?」
『個体名ファーストが付いています』
「今から行けば、家で捕まえられるな」
『はい』
ヤスは、地下の執務室を出て、リーゼの家に向かった。
「旦那様。ファーストです。リーゼ様は、お部屋でお待ちです」
「ファーストか、ありがとう。マルスから連絡が入ったのか?」
ヤスはドアの前で待つファーストから、リーゼが待っていると告げられる。
考えられるのは、マルスだけなのだが、ファーストに確認した。
「はい。情報端末に連絡が入りまして、リーゼ様のご指示で旦那様を待っておりました」
「そうか、ありがとう」
ヤスは、ファーストが開けたドアから家の中に入る。住み始めて数日が経過している。リーゼの家の匂いになっている。不思議な物で、食生活はそれほど違わないのだが、家の匂いが違ってくる。些細なことなのだが、ヤスは嬉しく思えてしまう。こうして、一軒一軒、個性が出てくるのだと考えてしまうのだ。
「旦那様」
「おっありがとう」
「ヤス!」
「おっリーゼ。久しぶり」
「久しぶりじゃないよ!ボク、寂しかったよ!」
「悪かった。忙しかったからな。いろいろやることや、考えることが多かったからな」
「そうなの?そうだ!ヤス。今度、カートで勝負してよ!ボクも速くなったよ!スズカコースで2分を切れるようになったよ」
「ほぉ・・。1分50秒が切れたら相手してやるよ」
「えぇぇぇ。ヤスのタイムは?」
「ん?聞かなかったのか?」
「ん?聞いてないよ?」
「俺のタイムは、1分42秒だ。カートのカスタマイズをして調整したら、もう1-2秒は早くなると思うぞ」
ヤスは謙遜しているわけではないが、カートで走るコースは、F1の決勝でのコースレコードに近いタイムが出るようにコースの全長が調整されている。理論的な数値なので、コーナー数が多いコースやテクニカルなコースでは10%程度のタイムロスが考えられる。したがって、1分30秒983(2019年時点)がタイムレコードのスズカサーキットでは、1分40秒前後がターゲットタイムになってくる。
「えぇぇぇぇ。あと、20秒も・・・。どこを削ればいいのかわからないよ・・・。ヤス。本当?」
「あぁ嘘を言ってもしょうがないだろう。そうだな。リーゼの場合は、ブレーキングを覚えないとオーバースピードでコーナーに入るから、出口で踏み込めなくて、加速が鈍っているのではないか?」
「うーん。もう少し考えてみる」
「あぁ受付で、俺のタイムも解るようにしておくよ。参考値として乗せておく」
スマートグラスを渡して、理想のラインや過去の自分とのレースが出来るようにしてもいいかも知れないと、やすはリーゼの話を聞きながら考えていた。
「わかった!ヤスのタイムは、レコードには表示されていないよね?」
「除外している。もう少しリーゼたちが俺に肉薄してきたら考えるよ。まだ、10秒以上の差が出るだろうからな」
「うぅぅぅ悔しいな。ヤスは、自分のカートじゃないよね?」
「そうだな。リーゼたちと走るのなら、どのカートでもいいかな?カートを調整するまでもないな」
「うぅぅぅ。悔しいけど・・・。しょうがない。まだまだだね」
ファーストは、このままカートの話を続けさせると、終わらない状況になってしまうだろうと考えて、やや強引に話に割って入る。
「旦那様。リーゼ様。お飲み物はどうしますか?お食事のお時間ですが、用意しますか?」
「ヤス。どうする?ボクは、一緒に食べていって欲しい・・・。かな?」
「疑問形なのがわからないけど、そうだな。どうせ、神殿に帰っても食事を頼むし、ここで食べても同じだな。ファースト。面倒だろうけど、頼む。飲み物は、リーゼに合わせる」
「かしこまりました。準備をいたしますので、お話を続けてください」
「ヤス。今日は、泊まっていくの?」
「その言い方は、いつも泊まっていくように聞こえるけど、明日は朝から仕事だからな。話をして、食事したら帰るよ」
誤解されない様に言っておくと、ヤスは一度もリーゼの家に泊まったことはない。
ユーラットのときに、リーゼの実家?の宿屋に泊まったのと、領都でラナの宿で違う部屋に泊まったことがあるだけなのだ。ひとつ屋根の下で寝たのは事実だが、泊まったという感じではない。
「・・・。わかった。また来てくれるよね?」
「もちろん」
ファーストが、部屋から出ていくのを横目で見ながら、ヤスはリーゼを観察する。
そして、ディスペルの話をどうやって切り出そうかと考えていた。
「ヤス?」
ヤスが、何か言いたいのは解るのだが、何を言いたいのかわからない。言いにくそうにしているのは、何か悪い状況になっているのではないかと不安になっている。
「ん?あっ。そうだな。まずは、状況を教えないと駄目だな」
順序立てて説明するほうがいいだろうと思った。
「うん。お願い」
リーゼは、姿勢を正した。
ディアスがカスパルと領都に行くのは知っていたし、サンドラも王都までお兄さんに会いに行くと言っていた。ドーリスもサンドラがしばらくの間、ギルドの仕事から抜けるので、仕事が忙しくなると言っていた。ミーシャは、何度かカート場に来たが、何か心配事があるのか上の空だった。デイトリッヒは、なんか真剣な表情で領都に行くと言っていた。”帰りがいつになるのかわからない”と話していた。神殿に居る皆がなんか忙しそうにしているのは解るが、何も聞かされていないのは不安になってしまう。ここ数日、リーゼは不安を抱えていた。そこで、ヤスが訪問してくると言っていたので、自分に関係する事で神殿に迷惑がかかったのではないかと思ってしまったのだ。
その不安を隠すために、努めて明るくカートの話しをヤスにしたのだ。ヤスの口から聞きたくない言葉が紡がれるかも知れない恐怖を誤魔化すために・・・。
「子供たち・・・だけど・・・な」
「子供?カイルやイチカのこと?」
「あぁ違う。さっきな。カスパルとディアスが領都から帰ってきてな。帰り道で、12名の皇国から流れてきた子供を保護して連れてきた」
「皇国?子供?もしかして・・・。二級国民」
「・・・。そうだ。神紋があったようだ」
「ヤスは見てないの?」
「消化にいいものを食べさせて、風呂に入れたら、寝てしまった。起こすのも悪いから明日の朝に確認するつもりだ」
「・・・。そう・・・。「リーゼ」ヤス」
「あっ。リーザ。何をいいかけた?」
「・・・。うん。ヤスが、なんで知っているのかわからないけど、多分・・・。ボクのスキルだよね?」
ヤスは、リーゼの顔をまっすぐに見る。少しだけ憂いを感じさせる表情をしている。しかし、目だけはいつものリーゼの様に、ヤスの目を見つめている。
「そうだ」
ヤスは覚悟を決めて、一言だけつぶやいた。
「いいよ。でも、ボクが使ったってわからないようにはして欲しいかな?特に、ミーシャやデイトリッヒには絶対に内緒にしてほしい。他にも、ディスペルをかける子たちにもわからないようにして欲しい」
ヤスからの言葉を聞いて、安堵の表情をリーゼは浮かべた。出ていけと言われるのではないかと恐怖していたのだ。それ以外なら・・・。頼み事なら、何でも受けるつもりで居たのだ。ただ、聖魔法だけは”母親”から同族のエルフにも知らせないようにしなさいと言われていたのだ。リーゼが聖魔法を使う事が出来るのを知っているのは、アフネスとロブアンだけなのだ。
「わかった。ありがとう。リーザだと解らなくする。約束する」
「うん。でも、12人も・・・。皇国は許せない」
「リーゼ。俺たちの手はそんなに長くない。助けられる者だけ確実に助けよう。全員を助けようなんて考えるな」
「・・・。うん。解っている。解っているけど・・・」
「リーザ?」
「ん?あっごめん。それでどうする?」
「子供たちの話を聞いてからになる。開放を望まない可能性もある。それに皇国に帰りたいと言うかも知れない」
「え?あっそうだね。わかった。ボクも準備をするね」
リーゼは、準備と言ったが、特別な準備が必要なわけではない。
祝詞も覚えている。”母親”から教えてもらった、詠唱省略も出来るようになっている。準備は必要ないのだが、心の準備だけはしておかないと、”ヤスの前で出来ません”とならないよう・・・。それだけを考えている。
「端末に情報を入れる」
「うん。ヤスが知らせに来てくれる?」
「わかった。俺が、リーゼに知らせに来る」
「うん。それなら、待っている」
「頼むな」
「ううん。ボクが出来ることだし、ボクにしか出来ない事だと思うからね」
「あぁリーゼにしか頼めない事だ」
「フフ。それなら、余計に頑張らないとね。ヤスの為に、ボクは頑張るよ」
タイミングを図ったかのようにファーストが食事を持って来た。リーザは、果実水を頼んだので、ヤスも同じものを頼んだ。
白パンと野菜のスープと、肉を焼いた物が用意された。なんの肉なのかは聞かなかったが、美味しかったので問題はないとした。
雑談としてカートの走らせ方を説明しながら食事を楽しんだ。
デザートはなぜかヤスが作ったのだが、リーゼが喜んだのでよかったと思うことにしたようだ。
食後に紅茶を飲んでから、ヤスは自分の部屋に帰った。