異世界の物流は俺に任せろ


 食事を終えて、ディアナに戻った。そのまま、リーゼは居住スペースに入って横になった。すぐに、居住スペースからかわいい寝息が聞こえ始める。

 食事をして少しは落ち着いたのだろう。ゴブリンに襲われて怖い思いもしたのだろう。ゆっくり寝かす事にした。
 そっとカーテンを閉めて(外からでは壁を引き出す事はできない)、ナビの画面を見つめる。

 時折、赤い点が光るだけのナビを眺めている。
 ディアナが通った場所は道として表示されているが、それだけの寂しい地図だ。

「エミリア。あとどのくらいだ?」

『時間計測・・・成功。あと、11時間32分後に到着予定。ただし、途中馬車などと遭遇した場合、現在の速度が維持できなくなる事が予測されます。その場合、到着時間が遅れます』

「わかった。音楽を鳴らす事は可能か?」

『音楽プレイヤーを起動・・・失敗』

「なんで失敗した?」

『音楽プレイヤーの機能が組み込まれていません』

「どうしたらいい?」

『魔物の討伐が必要です』

「どのくらいの魔物討の討伐が必要になる?」

『討伐履歴を参照・・・成功。続いて、音楽プレイヤーを検索・・・成功。ゴブリン換算で、約1万2千匹の討伐が必要です』

「1万2千匹?ゴブリン以外ではどうなる?」

『魔物を検索・・・失敗。サンプルが無いために、計算できません』

 そりゃぁそうだよな。
 ゴブリン以外倒していないのだからな。そもそも、街道沿いに出てくる可能性がある魔物以外は倒せないよな?

 俺が武器を持って戦う?
 現実的じゃないよな?

「どうしたら、討伐を増やせる?」

『討伐方法を検索・・・成功。ディアナで轢き殺すのが1番確実です。それ以外ですと、マスターが御自ら倒す事です』

「それができないから悩んでいるのだけどな」

『マスターと契約した奴隷や従業員が倒しても、討伐に記憶されます。ちなみに、マスターのステータスは、知力を除きますがレールテの平均値を大きく上回っています。英雄と呼ばれる冒険者にもなれます。武器を持って倒す事も不可能ではありません』

「平均値?」

『およそ、D-Eです。Cあれば上位者です。B以上は限られた人がたどり着くステータスです。ちなみに、Hは最低です』

 ”ちなみに”は必要ないよな?
 そうか・・・ん?そうなると、隠蔽した方が目立たないよな?

「エミリア。ステータスだけど、俺のステータスでは目立たないか?」

『目立つ事が考えられます』

「隠蔽はできるか?」

『ステータス隠蔽を検索・・・成功。一部隠蔽は可能です。知力は最低のHですので隠蔽ができません』

 知性Hがそんなに不思議か?
 隠蔽できる事がわかった。上の物を下に見せる事はできるのだな。

「わかった、知力以外を、3段階下げてくれ」

『かしこまりました。AをDに、CをEに偽装します。知力のHは偽装できません』

--- ステータス
ステータス
 体力D
 腕力E
 精神力D
 知力H
 魔力D
 魅力D

 ディアナの運転席で、船を漕いでいると突然アラームが鳴り響いた。

『マスター。マスター』

「どうした?」

『はい。前方15分くらいの距離に、馬車と人の気配があります。どうされますか?』

 流石に跳ね飛ばすとは言えないし、ディアナでは目立ってしまうだろうな。

「馬車が居るのか?違う道を探したほうがいいかもしれないな?」

「ヤス。アーティファクトで間違いないよね?これ?」

 後ろから声が聞こえてきた。

『後ろで寝ていた雌が起きたようです』

 報告されなくても流石にわかる。
 カーテンを開けて、リーゼがこっちを見ている。

「そうだけど?」

「それなら、このまま進んでも大丈夫だと思うよ。なにか言われたら、僕が話をするよ」

「へぇリーゼにはそこまでの権力があるのか?」

「ん?違うよ。僕は、ユーラットにある宿屋に居る。美人の店員さんだよ?」

「自分で美人とかいう奴の言葉は信用できないな・・・。まぁ可愛いのは認めるけどな。美人ではないな」

「ヤス・・・。僕の事・・・。可愛いって・・・。違う!大丈夫だよ。それに、門番とか商隊の護衛は、宿屋の常連が多いから顔なじみが多いよ」

「そうか、そういう事ならこのまま進むか・・・。速度を落とせば大丈夫だよな?」

「うん!」

 速度を15キロ程度まで落とした。
 揺れが少しおさまった。やはり道が悪いなって日本と比べるのがダメなのだろうな。

 リーゼに任せるとして、なにか問題が有ってもディアナの中に居れば安全だろう・・・。だといいな?

「本当に早いのね?」

「そういっただろう?」

「うん。もうこの辺りなら僕が道案内できるよ?」

「ほぉ?近道とかも?」

「近道?ないない。普通に、この道をまっすぐ進めば、いいだけだからね」

「おい。それは道案内と言わないと思うぞ?」

「そう?」

 後ろから身を乗り出して、外の風景を見ながら、リーゼは面白くもない事を言い出している。

「でも・・・」

「どうした?」

「このアーティファクト・・・。誰かに盗まれないかな?宿の近くに置いて置けるかな?大丈夫かな?」

「どうだ?エミリア?」

『マスター認識でロックされます。マスターが許可しない者は、ドアを開ける事ができません。また、破壊の意図を感じたら攻撃する事もできます』

「なんだって?」

「あぁそうか、リーゼにはエミリアの言葉がわからないのだったな」

「・・うん(ヤスにわかるほうが不思議なのよ!)」

「そうだな。リーゼは大丈夫だとしても、それ以外の者が扉を開けようとしても開かないようにできる。壊そうとしたら、ゴブリンを跳ね飛ばしたように攻撃する事もできるし、逃げる事もできる馬車だってことだよ」

「へぇすごいのね」

『マスター。雌に、マスターの凄さを解らせましょう』

「エミリア。いい。面倒だよ。それよりも、マルスはまだ作業をしているのか?」

『はい。マスター。マルスは、拠点を作っております』

「そうか、わかった。拠点にも行かないと駄目か・・・。説明を聞かなければならないだろう?」

『お願いいたします』

「わかった、マルスが拠点作成を終えたら教えてくれ」

『了』

「ヤス。帰るの?」

「そうだな。拠点には帰るつもりだけど、まずはリーゼをここまで運んだ”駄賃”をもらう約束になっているからな。仕事として考えれば当然だろう?」

「・・・。そうだね。うん」

「あぁおやっさんの料理は美味しいのだろう?」

「え?あっ!もちろんだよ!」

「楽しみにしているからな」

「うん!」

 速度を落としたと言っても、馬車の1.5倍程度の速度は出ている。
 まだ馬車とは遭遇していないが、ナビには確かに人族の反応が出始めている。

 そう言えば、マークのオンオフとかできるのかな?

 たしか、真一の説明では・・・おっできた。

『マスター。運転しながらの操作は危険です』

「あっすまない」

『いえ、エミリアにお命じください。操作を行います』

「次からは、お願いする」

 フロントガラスに映る可愛い顔したリーゼが”むぅ”という表情をしている。
 自分が無視されたのが気に入らないのだろう。”お子ちゃま”はだから嫌いだ。

「リーゼ。宿屋までは、このサイズの馬車が入っていけるのか?」

「え?あっ・・・。大丈夫・・・じゃないかな?」

 なんか、曖昧な表現だな。

「なんだよ、曖昧だな」

「だって、この”エミリア”だったよね?僕、大きさわからないわよ」

『雌に告げてください、ディアナのサイズは、通常の馬車の4台分です』

「ディアナな。それで、大きさだけど、幅は倍で長さも約倍くらいだぞ?」

「うーん。それだと難しいかな?」

『マスター。ディアナを、街の外に停車してください』

「リーゼ。ディアナは、街の外に停めておくことにするから大丈夫だ」

「へ?わかった」

 馬車がちらほら見え始めたが、ディアナを見て動揺はしているみたいだが、突っかかってきたり、文句を言ってきたりする者は居ない。
 少し遠巻きにして見ている位だ。

 速度差もあるので、気にしてはいられないのだろう。

 などと思っていたが、ユーラットの街?が見えてきたら状況が一変した。

 俺たちは、並んでいた馬車に付いていた護衛と町から出てきた守衛に囲まれている。しかし、囲んでいる方が震えているのは、ディアナが怖いのだろう。

 並んでいる列の最後尾につける時に、大丈夫だと思って、エンジンを吹かしたのが問題だったのだろうか?

 なんにせよ、武器を向けられているのは間違いない。

 リーゼが降りて説明してくると言っていたが、それも不安を煽る要因にしかなっていない。

『マスター』

「なんだ?」

『ディアナを降りるときには、エミリアをお持ちください』

「わかった。でも、エミリアのバッテリーは大丈夫なのか?」

『はい。大丈夫です。マルスとの繋がりがあれば、魔力が供給されます。マスターからの供給もありますので離れなければバッテリー切れの心配はありません』

「(魔力?)そうか、それなら大丈夫そうだな」

『はい』

 外を見ていると、リーゼが俺に手招きしている。”来い”ということだろうか?

 ドアを開けて外に出る。
 今まで感じられなかったが、潮の香りが鼻孔をくすぐる。潮の香りは、異世界も同じなのだな。どこか、故郷を感じられる。似ても似つかない田舎町だが、海は海で同じなのだろう。

「ヤス。ユーラット守衛隊の隊長のイザーク」
「こんにちは、イザークさん。ヤスといいます」
「それは、君が動かしているのか?」

 いきなり本題ですか?

「そうです。ディアナといいまして、神殿に有ったアーティファクトです」

 槍の先端で恐る恐るといった感じで、ディアナを突いている。今、エンジンかけたら面白そうだけど、確実に面倒な事になりそうだから止めておこう。

「危険は無いのだな」

「はい。大丈夫です」

「そうか・・・ヤス。君は、なんで神殿に行ったのだ?ユーラットを通らずにどうやって行った?」

「・・・わかりません。記憶が無いのです。リーゼさんと出会う前もディアナや神殿の知識は有りましたが、それ以外は自分の名前が”ヤス”である事以外・・・。全く思い出すことができません。ディアナと一緒に彷徨っていたときに、リーゼさんがゴブリンに襲われていたので・・・その・・・無我夢中で、よく覚えていないのです。説明ができなくて申し訳ない」

 少し頭を下げるようにして説明をする。

「ふむぅ・・・。悪い人間ではなさそうだな」

「ね。ね。だから言ったでしょ?こんなに可愛い子と一緒に居たのに、指一本触れないどころか、自分の寝床を譲ってくれたのだよ?」

 リーゼ。それ逆効果?だと思うのだけどな。
 え?違うの?イザークさんは何かウンウンとうなずいている。そんなにリーゼって町の人気者なの?

「ヤス殿。まずは、リーゼを助けてくれた事に関してお礼を申し上げる」

「いや、成り行きでしたし、私も危ない状況でしたので、お互い様だと思っています」

「町に入るには、審査を受けてもらう必要がありますが、その・・・”でぃあな”ですか?町中に、入れる事が・・・。あっ大きさという意味ですが、入られないかも知れないのです」

 あぁ申し訳なさそうにしていたのはそういう事か・・・。

「大丈夫です。ディアナは、俺が降りた時点で鍵がかかる仕組みになっています。俺以外には動かす事ができなくなります。街の近くに置かせて貰えれば十分です」

「そうですか、それを聞いて安心した」

『マスター。雄の個体名イザークに聞いてください。近隣に、ゴブリンの様な魔物が出る場所がないかと?』

「そうだ、イザークさん。街の近隣に、ゴブリンの様な魔物が出る場所はありますか?」

「え?あぁ少し離れた場所だけど、海岸に降りる道とかにたまに出るぞ?あとは、魔の森(フェレンの森)は別にすると、ここの反対側の道は頻繁に使う者が居ないから魔物が出る事があるぞ?」

「ありがとうございます」

『マスター。ディアナをそこまで移動してください。そちらが、神殿に向かう道です。ゴブリンやコボルト程度の魔物でしたら、ディアナの自動モードで討伐が可能です』

「あ!イザークさん。あまり人が使わないのでしたら、その場所にディアナを移動したいのですが・・・。許可していただけないでしょうか?」

「ちょっとまってな」

「はい」

 よく見ると、審査待ちになっている人たちが並び始めている。
 町の方から、イザークさんを呼んでいる声が聞こえている。

 イラッとするくらいにかわいいドヤ顔をしながらリーゼが戻ってきた。

「ね。大丈夫だったでしょ」

「あぁありがとう!リーゼのおかげだな!お礼にこれやるよ」

 ポケットに入っていた、サ○マドロップを缶ごと取り出して、リーゼに投げる。

「え?え?これって、前に口に入れられた物?」

「そうだ。飴ってお菓子だぞ?有るだろう?」

「”あめ”?空から振ってくる?」

「あぁ面倒だ。そういう物だと思ってくれ、蓋をこうやって開ければ、中に同じものが入っているからな」

「へぇ・・・この缶・・・。すごいね」

 そっちかよ
 まぁ日本語が書かれているから、アーティファクト扱いになってしまうのだろうけどな。

 そこで、イザークさんを待っている間に、ユーラットやこの国の事をいろいろと聞いた。
 半分は宿屋の宣伝になっていたが、それはそれで”よし”としておこう。

 わかったのは、紛争・・・戦争と言ってもいいかも知れないが戦いがある。人族同士の戦争だけではなく、魔物の集団との戦争も有るのだと言うこと。ユーラットは辺境の町なので、戦火が迫ってくる事がないが、徴兵や物資の提供などの命令が来ることがある。

 あとは、町の上役たちの名前だが正直覚えきれない。
 エミリアが、自分が覚えますから大丈夫と言っていたので、記憶部分はエミリアに任せる事にした。

 そうか、俺知力がHだったな。

「おぉ待たせたな。ヤス。この水晶に触れてくれ」

「これは?」

「ステータスや称号を見るものだ」

 ステータスはわかるけど、称号?そんな物はなかったと思うぞ?

「称号?」

「なんだ、お前、称号の事も忘れているのか?」

「申し訳ないが、教えてもらえると助かる」

「そうだな。細かい事は教会にでも行って聞いてくれ、簡単に説明すると、何かしらの行動を取ると、それが神々に認められると称号が着くことになる。これで第一称号しか見られないが、それが犯罪行為につながるような称号の場合は、門を通すわけには行かない。これは、他の街でも同じだ」

「へぇ。でも、そうなると、第二称号に犯罪につながるような称号が有っても見つけられないよな?大丈夫なのか?」

「そうだが、それは俺たちの様な門番が、怪しいと思ったら、屯所に連れて行って、領主の館にある称号の水晶で確認する事になる。称号の水晶に触れれば、全ての称号がわかるからな。それに、ヤスの様に身分証がない者だけだからな。ギルドで身分証を発行して貰えれば、身分はギルドが保証する事になるからな。お前も、ギルドに登録しておけば、毎回調べられる事はないからな」

「あぁわかった」

 水晶に触る。
 称号が無い事から、問題は無いだろうという認識だ。

 少なくても道路交通法違反・・・スピード違反・・・以外の犯罪行為はしていないと思う。

 水晶が、青色に光る。

「よ・・・し?問題ないな」

「どうした?」

「いや、称号がない人間なんて初めてだったからな。産まれたばかりでも無い限りありえないと教わっていたからな」

「そうなのか?」

 リーゼの方を向くと、うなずいている。
 確かに、俺はこちらの世界に来たばかりで、産まれたばかりだと考えれば称号が無いのも当然だよな?問題が有るようなら、マルスに相談すればいい・・・。よな?

 問題は何もわからないけど・・・問題はなさそうだ。
 来てしまった異世界だ。楽しんでいこう!

 初めての町だし、リーゼ以外の人とも出会う事ができるだろう。
 考えてもしょうがないようだし、なるようになるよな。

 なんだか、地球に居るよりも楽しい事ができそうな感じがしてきた!

 門での審査がOKになったので、町に入ろうかと思ったが・・・。

 そうだ、ディアナを移動しないと駄目だろう。こんな目立つ場所(町の正面)に停めておくことはできない。

「イザークさん」

「なんだ?それから、俺の事は、イザークでいいからな。ヤス!」

「あっわかりました・・・。いや、わかった。イザーク」

「おぉ!それで頼む。それでなんだ?」

「あぁディアナを移動したいけど、町の周りを大きく迂回して反対の門に行きたいのだけど道は通っているのか?」

「そうだな。少し待っていろ。リーゼは早く帰れよ」

「えぇぇぇ僕も・・・ヤスのアーティファクトがどこに置かれるのか興味ある!」

「おやっさんに、怒られても知らないぞ?」

「大丈夫!あとで、ヤスを宿に案内する!それが僕の仕事!」

 なんだか、都合がいい事を言っているが、まぁ右も左もわからない俺からしたら頼りになるのは、リーゼとイザークだけだからな。心強いと思っておこう。

 水晶を持って、イザークが屯所に戻っていく。
 10分位して戻ってきた。

「ほれ」

 何か、木の板を俺に投げてきた。
 板を受け取って眺めたが、何も書かれていない。

「これは?」

「あぁそうか・・・記憶が無いのだったな。ユーラットの仮身分証だ。本来なら、銀貨一枚をもらうのだが、リーゼを助けた事や、どうやらゴブリンの集団を倒したらしいから、俺のおごりだ!」

「え?悪いな」

「なんだ・・・。本当に、記憶が無いのだな?」

「え?」

 リーゼとイザークが笑い始める。
 俺、笑われるような事をしたのか?

「いや、悪い。悪い」

「ヤス。この札は、仮身分証なのは間違いないのだけど、ギルドや領主様やここだと代官に、身分証を発行してもらってから、屯所に返しにくれば、銀貨は返してくれる事になっている」

 へぇよくあるラノベの設定そのままなのだな。

「へぇそれじゃ遠慮なく受け取っておくよ。後で、イザークに返せばいいのだろう?」

「あぁ俺じゃなくても大丈夫だ。あぁリーゼに帰してもいいからな。おやっさんが代官の代理をしている一人だから、おやっさん経由でも問題はねぇ」

「わかった。それで、ディアナを移動したいのだが?」

「そうだったな。ヤス。俺をその馬車に乗せてくれ、道案内する」

「えぇぇぇ僕も僕も!あっちの出口の方が、宿に近いから、ヤス。僕も乗せていってよ」

 うーん。助手席は無理だし・・・。二人共、居住区に入ってもらうしか無いよな。

「少し狭くなるけど文句言うなよ」

「あぁ」「わかった!」

 二人を後ろに乗せた。
 イザークは、思った以上に驚いていた。偉そうに、リーゼが話しているのが微笑ましくて笑ってしまった。

 裏に抜ける道は殆ど整備されていなかった。元々、町に来ている冒険者が、裏門から行ける魔の森(フェレン)から素材を持ち帰った時に、裏門から入る事ができないので、道を作ったのが始まりのようだ、途中から素材の買取は裏門で行うようになってから使う者が殆ど居なくなってしまったのだと説明された。

 神殿の事も簡単に説明をしてくれた。俺が思っているような、宗教的な物ではなく、どちらかと言えば、ダンジョンに近いような物のようだ。
 だから、”攻略”という言葉が適切なのだな。最後には、ボスが居て、それを倒すと神殿を攻略した事になるのだと話していたが、イザークは俺がそこまで強くはないと思っているようだ。
 俺は記憶をなくしているので、攻略とか言われてもよくわからないと説明を繰り返すだけだった。
 イザークが導き出した結論は、俺が何らかの間違いで神殿に迷い込んで、偶然ボスを倒してしまったのだろうという事だ。もしかしたら、ディアナを先に得て、その力でボスを倒したのかもしれないという結論を語って1人で納得していた。

 俺もその設定に乗っかる事にした。

 神殿を攻略した事を確認したら、領主の所に報告を行う義務が、ユーラット町にはあるそうで、俺の都合にあわせて、一度代官を連れて行って欲しいと言われた。
 面倒だけどしょうがないだろう。領主が出てくると面倒なのだけどな・・・・。そう言えば、直轄領だったな。なんか面倒な匂いがしてくる。

 俺が面倒そうな表情を見せてしまった。

「ヤス。安心していい。この国と言うか、世界的な取り決めで、神殿を攻略した者は、本人が望まない限り、独立した場所とするのが習わしだからな。事実、このバッケスホーフ王国も、初代が神殿を攻略して作った王国だからな」

「へぇそうなのか?ん?でも、そうなると、俺は自分の国という事になるのか?」

「それもできるという事だけど、今だと現実的じゃないな。神殿の状況がわからないけど、自給自足はできないだろう?あっそこを右に行けば、ユーラット町の裏側に出るぞ」

 そうだよな。
 国なんて面倒な事はしたくないな。桜も・・・。ダメだな。真一はもっとダメだ。克己の奴なら・・・。嫌がるな。
 俺の周りにはまともな人間が居なかったという事だな。そういやぁ和人の奴なら、お節介焼きながら国くらい作りそうだな。

 俺には、そのつもりはない。
 できれば沢山の嫁さんに囲まれて・・・。いや、嫁さんは1人でいい。嫁同士で同盟とか結ばれたら勝てそうに無いからな。うんうん。

 そこそこに仕事して、そこそこの生活ができればいいかな。
 娯楽が少なそうだけど、マルスの言い方だと、いろんな車が作られそうだからな。前世では手が届かなかった車とか運転してみたいな。どうやら、俺は死ににくいようだし多少無理な運転をしても大丈夫だろうからな。

 ナビを見ると、新たに走った場所は、地図として認識されるようだ。
 そうなると、まずは地図を完成させる事から始めたほうがいいかも知れないな。

「ヤス」

「あぁイザーク。ありがとう。この辺りなら、ディアナを停めておいても問題ないよな?」

「大丈夫だ。それにしても、このアーティファクト。すごいな」

「そうか?」

「あぁ中もそうだけど、切り株や倒木や石位なら簡単に乗り越えていくからな」

 ・・・そういう事か・・・。
 確かに、馬車でこの道を通ろうと思ったら難儀しそうだよな。

 それに、神殿に通じる街道もなかなか素晴らしい道だな。

 地図を作るのもだけど・・・道の整備が先かな?

 俺とイザークとリーゼがディアナから降りた。
 ディアナのドアをロックする。

『マスター。自動モードに切り替えますか?』

 自動モード?
 宿に入ってからにするか、今は、イザークやリーゼの目もあるし、少し落ち着きたい。

『待機モードに移行します』

 スゥーンと、エンジンが止まる音がした。
 イザークとリーゼは驚いて、ディアナを見る。

「ヤス。今のは?」

「ディアナが停まっただけだ。気にしなくていい」

「そうか、何か攻撃とかでは無いのだな」

「あぁ待機モードといって、そうだな。”待て”の状態になっただけだ」

「・・・そうか、アーティファクトだからな。何か有るのだろう」

 うん。便利な言葉だな”アーティファクト”と”記憶喪失”は今後も使う事になるのだろうな。
 あとは、神殿を攻略したって事も合わせれば、だいぶ自由は確保できそうだな。

 そんな事を考えていると、イザークが街に入るための門を開けてくれた。

 そして、俺を手招きしている。
 ユーラット街に足を踏み入れた。

「ようこそ、ユーラット街へ、俺たちは、ヤスを歓迎する」

「ありがとう」

「ねぇねぇヤス。宿に泊まるよね?」

「そうだな。リーゼが無料(ただ)にしてくれるって言っているからな」

「えぇぇぇ僕が言ったのは、ご飯くらいだよ。でも、聞いてみるね」

 リーゼが俺の手を引っ張って、走り出した。
 おじさんには・・・。いや違った今は若がっているのだった・・・。うん。今度は、酒はそこそこにしよう。

「リーゼ。ちょっとまった。俺、先にギルドに行きたいのだけど案内頼めるか?」

「え?うん。いいよ。冒険者ギルドなら、宿の隣だよ?だから、まず宿に寄ろう!おじさんやおばさんを紹介するから!」

 え?ご都合主義も真っ青だな。
 まぁ都合がいいと言えば都合がいいな。

「それは都合がいいな」

「でしょ?」

 街並みが見えてきた。
 そういう事か・・・街としての防衛ラインは、その塀だが、それとは別に街の中にも塀を作っているのだな。

 門は開けられているし、木で作られているだけの塀だ。
 中に入って、すぐに目的の宿屋があった。


 リーゼがヤスの引っ張るようにして1軒の宿屋に入っていく。
 見た目は、食堂風になっているようだが、”宿屋”と思いっきり書いてある。

「ただいま!」

 奥から、イケメンが出てくる。

「リーゼ!帰ってくるのはまだ先だろう?」

「乗っていた馬車がゴブリンに襲われちゃって・・・」

「なに?お前は何もされなかったか?無事だったのか?」

「うん。そこのヤスに助けられたの!」

「お!そうか、俺は、ロブアン。ヤス。リーゼを助けてくれたこと感謝する」

 ヤスの首をロブアンと名乗った男が、腕を首に回して耳元に顔を近づける。
 今までのフレンドリーの声とは似ても似つかない声でヤスに事実(想い)を告げる。

「(ヤス。助けてくれた事は感謝するが、リーゼ様に手を出したら、下に生えている物がなくなると思えよ)」

(様?やっぱりリーゼは姫なのか?)

「(17だろう。俺の守備範囲外だ。小便臭いガキは相手にしないよ)」

「(なにぃぃぃ!!!貴様。リーゼ様に色気がないとでも言うのか?)」

「(オヤジどっちだよ!)」

「(手を出すのは許せないが、リーゼ様をバカにされるのはもっと許せない)」

「おじさん!」

 リーゼの声を聞いて、ロブアンはヤスから離れた。そして、フレンドリーな声に戻っている。ヤスは、その状況を見ていろいろと悟るのだった。

 アンニュイな表情で佇んでいたヤスにコップを差し出しながら声をかけたのは、イケメンにふさわしい美女だ。

「災難だったね。ほら、お水だよ、お飲み」

「助かる」

「いいって。私は、アフネス。あんたの首を絞めていたバカは私の旦那だよ。聞いているかも知れないけど、リーゼの母親の妹だよ。リーゼの危ない所を本当に助かったよ」

 ヤスは、アフネスを見てエルフでは無いだろうかと考えた。事実エルフなのだが、ヤスが判断できることでもない。実は、鑑定を行えばいいのだが、ヤスは女性を鑑定していいのかわからないので、辞めておいたのだ。それに、女性に年齢を尋ねるのは間違っていると()()しているのだ。

(美魔女と言うべきなのか?エルフの年齢なんてわからないからな。聞くのは間違いなく地雷だろう)

 ヤスが良からぬことを考えていることを見抜いたアフネスがヤスを睨む。

(ほらな)

 ヤスは、睨まれながらもロブアンとアフネスを見る。二人が並んで立っているだけで絵になると考えている。美男と美女の組み合わせで思わず・・・。

「ヤス。おじさんが、好きなだけ泊まっていってくれって」

「あんた!リーゼに頼まれたからって」

「あっ!ロブアンさんもアフネスさんも、俺は一泊だけさせてもらえば大丈夫です。その後、神殿に行くことになると思います」

「そうか、そうか、残念だな(ゴミ虫め!さっさと出て行け!)」

 どういう理屈や技術なのかわからないが、ロブアンの心の声はしっかりとヤスにだけ届いている。
 ヤスとロブアンが喧嘩しているように見えないのか、リーゼは終始ご機嫌な表情だ。

「それは残念ね。今日のご飯は食べていくのでしょう?」

 アフネスは素直にヤスに礼をしたいと考えている。リーゼを助けてもらったのは間違いないのだ。リーゼの説明ではよくわからないことが多いので、アフネスとしてはヤスからも事情を聞きたいと考えていたのだ。

「そのつもりです。リーゼさんがおすすめする料理を楽しみにしていましたからね」

「ヤス。気持ち悪い。僕の事は、リーゼでいいよ」

(この子は空気が読めないのか?ロブアンが俺に向ける視線に気が付かないのか?)

 このまま呼び捨てにしたら、ロブアンからの視線で俺は殺されてしまうぞ?
 視線で殺されなかったら、暗い夜道に注意しなければならない位の殺気を受けているぞ?

「ヤス。リーゼも言っているし、他人行儀な呼び方は辞めてもらおう(わかっているよな?リーゼ様が言っているからだからな!)」

「わかった。リーゼ。それで、ギルドへの登録をしたいのだけど、どうしたらいい?」

「なんだ、ヤスはギルドの登録をしていないのか?それなら、俺が連れて行ってやる。リーゼ。アフネス。ヤスを連れて行くぞ!」

「え?」

 ロブアンがヤスの首に手を回して外に連れ出した。

「ヤス!」

「はっはい!」

 ロブアンがヤスの耳元で声をかける。
 威圧しているわけではないが、顔の綺麗な男性に耳元で声をかけられればたいていの人間は同じ反応をしてしまうだろう。その上、相手は”姪”が何よりも大切な男だ。そんな人間に肩を掴まれて、耳元で名前を呼ばれるのだ、身体が硬直しても不思議ではない。

「ヤス。そんなに緊張しなくていい。まずは、リーゼ様を救い出してくれた事を感謝する」

「それは成り行きだ」

「それでもだ。今回は、本当ならアフネスが行く予定だったのだが、リーザ様が自分で行くと言い出して、それで・・・。行ってもらったのだ」

 ロブアンは当時の様子を思い浮かべて苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。

「そうだったのか?」

 ヤスとロブアンは、隣の冒険者ギルドに向かう道で立ち止まって話をしている。
 しかしどう見ても怪しい状態である事は間違いない。美形のエルフが、美形ではないが幼さが残るヤスの肩を(通行人から見て)抱きしめて、顔を寄せ合って話しているのだ、一部の女性にはご飯3杯食べられる状況なのかもしれない。実際に、何人かの女性が二人を見て、顔を赤くして”ぐふっ”と出してはダメな音を出してから足早に走り去っている。

 しかし、二人は周りの喧騒には気がついていない。音や声が聞こえる状況ではないのだ。
 ロブアンは、ヤスから聞かなければならない事があった。ヤスは、ロブアンに殺されないようにするのに必死だったのだ。

「それで、ヤス。リーゼ様はお一人で居たのだな?」

「あぁ間違いない。周りを調べたが、リーザ以外には誰も居なかった」

「本当だな」

「あぁ俺は神を信じないが、俺自信の心に誓って嘘ではない」

 ヤスは、ここまで話してロブアンが悪いやつではない事はわかっている。多少”姪”への愛が重いだけの人間だと認識している。

「わかった。それで、ヤス。頼みがある?」

「なんだ?」

「今から、冒険者ギルドに行くが、最初は様子を見ていて欲しい」

「どういう・・・。わかった、苦情を入れるのだな」

「そうだ、リーゼ様を見捨てて逃げたのは、護衛依頼を受けた奴らだ。そんな奴らを斡旋したのがギルドだ」

 ヤスは、話しの流れからロブアンの怒りが自分に向いていないことを理解していた。

「わかった。黙っていればいいのか?」

「頼む」

 ロブアンは、ヤスの返答を聞いてニヤリとだけ笑った。
 それが二人のやり取りを見ていた、女性陣には何やら二人で合意したのだと取られたようで、出してはダメな音を出していた。鼻血を出す者までいたようだが、ヤスとロブアンは今から行われる事に意識を集中していて気が付かなかった。

 ロブアンが冒険者ギルドだと言った建物の前で二人は内容の確認をした。

 作戦は簡単だ。ヤスが最初に一人でギルドに入って登録を行う。
 これは、ヤスの希望に沿っているので問題はない。登録中に、ロブアンがギルドに殴り込んできて、事情説明を求める。
 ギルド側が少しでもおかしな対応をしたら、ヤスが証人として横から首を突っ込む事にしたようだ。

 ただ、残念な事に、リーザの事が絡んでいるロブアンは興奮していた。
 興奮して冒険者ギルドの前でヤスにだけ話しているつもりで、ギルドの中にまで声が聞こえてきていて、二人が絡んでいたのはバレてしまっていた。

 ヤスは、ロブアンの行動に関しては思うことはない。別にどうでも良いと考えてさっさと登録を行う事にした。

「登録したいのだがどうしたらいい?」

 受付に居た女性は、ヤスからの問いかけにニコリともしないで、一枚の羊皮紙と球状の物を取り出した。

「はじめから説明しますか?」

「お願いします」

 受付の女性は、”面倒”だという感情を隠そうとしない。

「そうですか・・・。ギルドの規則などは、二階に冊子があります。あとでご確認ください」

 出された羊皮紙には、ギルドの簡単な説明だけが書かれていた。

 ヤスは、観察されているような感覚になっている。事実、受付の女性は、ヤスのことを観察していた。

 ギルドの職務上、しょうがないと言える行為だが、受ける方(ヤス)はたまったものではない。
 簡単な説明には、3つのギルドの事が書かれている。冒険者ギルドも職人ギルドも基本的な部分は同じなのだ。自己責任が共通の考え方だ。互助会としての意味合いが強い商業ギルドの規約は違うようだが根本部分は同じと考えて大丈夫なようになっている。

 ギルドの職員は”日本”でいう公務員ではない。携帯ショップの店員に近いのだ。
 各ギルドの本部は、各国の王都にある。バッケスホーフ王国には、冒険者ギルド。アデヴィト帝国には、職人ギルド。フォラント共和国には商業ギルド。それぞれの王都には各ギルドの国内の本部が存在している。
 ギルドは国政には関わらない代わりに、独立した権限を持っている。

 権限が大きくなれば、権限に伴う責任も重くなる。そのために、各ギルドはギルド員の問題には頭を悩まされている。
 そして、小さな街では1つの建物に複数のギルドが同居することは珍しくない。このユーラットのギルドでも、冒険者と職人と商人のギルドが一緒になっている。

 職員が、ヤスを見ているのは、自分が属しているギルドにふさわしいか判断しているのだ。優秀なギルド員は欲しいのだが、問題を起こす位ならギルド員として活動してほしくない。

「ギルドの説明はわかりました。複数のギルドに登録する事はできますか?」

「可能ですが、別々の登録です。したがって、手数料が別々に必要です」

 ここに来て、貨幣を持っていない事にヤスが思い立った。

『日本円は利用できないので、バッケスホーフの硬貨と交換できます』

 ヤスの頭の中に、エミリアの音声が響いた。

”どういう事だ?エミリア?”

『エミリアが答えます。マルスの神殿掌握が終了しました。それに伴い、マスターとの接続が可能になりました』

”どうすればいい?”

『エミリアを手で持つ事で繋がります』

”わかった。このまま指示を出せばいいのか?”

『はい』

 ヤスが固まってしまったので、受付は怪訝な顔でヤスを覗き込んでいる。
 なにか問題が有ったのではないかと思っているようだ。

「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません。手数料はいくらですか?」

「合計で、王国銀貨3枚です」

「内訳は?」

「冒険者ギルドが、銅貨5枚。職人ギルドが、大銅貨5枚。商業キルドが、銀貨1枚で預託が銀貨1枚です。3つのギルドへの登録時の手数料が、それぞれ銅貨5枚。魔道具の利用に関わる神殿へのお布施が大銅貨3枚です」

”エミリア。わかったか?”

『マスターの所持金は、5万3千472円です。交換を実行しますと、銀貨5枚と大銅貨3枚と銅貨4枚と鉄貨7枚と賤貨2枚です。実行しますか?』

”5万3千円分だけ頼む。すぐに取り出せるか?”

『マスターの記憶を参照・・・成功。マスターアイテムボックスの設定を進言します』

”どうすればいい?”

『ゴブリンの討伐記録を使って、アイテムボックスの設置が可能です』

”わかった。やってくれ”

『マルス・エミリア・マスターで共通で使えるアイテムボックスの設定・・・成功。マスター。エミリアを使って、硬貨を取り出す事が可能になりました』

”わかった。どうすれば取り出せる?”

『エミリアに、アイテムボックスのアプリが表示されています。そこから、取り出す物をタップすれば取り出せます』

”エミリアを出して問題ないのか?”

『神殿情報を検索・・・成功。問題ありません。アーティファクトで押し通せます』

”わかった”

 ヤスがポケットから、エミリアを取り出した。受付は、初めて見るスマホに目が釘付けになっているが、ヤスは気にしてもしょうがないと思って、新しく出てきた”アイテムボックス”のアプリを起動する。
 ヤスには見慣れた画面の中に、エミリアが言ったように通貨が表示されている。そこから、銀貨を3回タップして取り出す。

 受付に銀貨3枚を渡した。受付は、不思議そうな表情を浮かべたが、渡された銀貨を確認して、受付の下から球状の物を取り出した。

「登録、ありがとうございます。犯罪に関わる称号がある場合には登録できません」

 先に教えてくれてもいいだろう?レベルの話だが、ヤスはこの世界はこういう物だと受け入れる事にした。自分の考えを押し付けても軋轢を生むだけだと知っているのだ。
 しかし心のなかでは町に入る時に称号を調べているのだし、またここで調べる必要性があるとは思っていなかったようだ。

 球状の道具にヤスが手を置くと、一瞬だけ光った。
 受付が持っていた板を球が置かれている台座に差し込む。

「え?」

 受付が声を上げた。

「なにかありましたか?」

「えぇーと・・・。ヤス様・・・。ゴブリンの討伐記憶がありますが、討伐部位はお持ちですか?」

「討伐部位?」

「はい。ゴブリンですと、右耳を討伐された時に切り取って持ってきてもらえれば、それが討伐証明部位です」

「取ってきていない」

「わかりました。次から、討伐されましたら討伐部位を持ってきていただければ、冒険者ギルドのポイントが加算されます」

「ポイント?」

 受付の女性は、冒険者ギルドの人間で、ヤスの見た目が冒険者ではないことや、見た目で戦闘が苦手だと判断していた。喋り方も丁寧(比較対象は、漁師や粗暴な冒険者)なために商人の息子か貴族の子息だと勘違いしていた。
 冒険者ギルドとしては、身分証明書代わりに使われる事が多い。そのために、ヤスもその手合いだと考えたのだ。

 しかし・・・。
(すごい!)

 受付の女性は、ヤスのステータスを見て驚いた。

(知力がHなのはしょうがないけど、平均以上だし、すでに討伐記憶まである。称号が何も無いのは気になるけど・・・)

 女性は、久しぶりの大物を逃したくなかった。
 辺境の小さな港町。この港町でしか獲れない物はあるが、冒険者ギルドには関係無い。町の近くには魔物が多く住む森が有るが、大物が居るわけではない。そのために、冒険者がわざわざ討伐に来る事がない。
 そして、ギルドの収入は買い取った魔物や採取した物を売る事で得ているのだが、もう1つは登録した冒険者やギルド員が稼いでくるポイントによって分配されるのだ。
 売上の半分は、決済した支部の運営費に充てられる。残りは、一旦本部に集められて、そこからギルド支部に報奨として分配されるのだ。優秀な者が登録して活動拠点としている支部に運営費が多く支払われる仕組みになっている。そのために、優秀なギルド員を確保するのが、運営費を効率よく確保できるのだ。

「はい。ポイントは、ギルドへの貢献を数値化した物です」

 ヤスがいくら知力Hでもその位は想像できる。

「それで、ポイントを貯めるとなにかいい事があるの?」

 ポイントは、ギルドの施設を使うのに必要になるのだ。それだけではなく依頼失敗時の保険にも使う事もできると説明された。
 ヤスは話を聞いていて、預託金のような物と理解した。ギルドを自らの意思で辞める時に、ポイントが残っていればポイント数で慰労金が出るようだ。

 ヤスは一通り説明を聞いて、事情を把握した。

「わかりました。ありがとうございます。それで、貴方のお名前をお聞きしていいですか?」

 ヤスが、受付の女性の名前を聞こうとした時に、入り口で大きな物音がした。

「ギルドマスターは居るか!」

 ヤスの手続きが終わったと判断して、ロブアンがギルドに怒鳴り込んできたのだ。

 ロブアンの三文芝居から始まった騒動は収束する様子が見られない。

 散々怒鳴っていたロブアンが一息入れたタイミングで、ギルドの責任者(ギルドマスターではない)がロブアンに話しかける。

「ロブアン殿。少し落ち着かれよ」

「落ち着いてなんて居られるか!リーゼの護衛が、リーゼを置き去りにして逃げたのだぞ!」

 ロブアンの怒りは間違いなく正当なものだ。
 だが、ギルド側に確かな情報が届けられていないので、対応ができない事も間違いようがない事実なのだ。

 全部、ヤスが悪いと言ってしまえばそれまでの事なのだ。
 リーゼがゴブリンの集団に襲われたのは、ユーラットの町を出発してから5日目の事だ。行程の半分程度の場所だ。出発前に、目的の町に予定を知らせてあるので、予定日よりも大幅に遅れた場合には捜索隊が出る事になっている。ギルドとしては、目的の町からの連絡がないので何もしていない。
 また襲撃場所の近くを通った商隊や冒険者たちも存在している。しかし、その者たちも最寄りの町に到着するまで、最低でも3日程度が必要になっている。

 したがって、リーゼが乗った馬車が襲われた事実はロブアン一人が言っている事になってしまうのだ。

 ヤスがリーゼを助けたまでは問題がない。
 ディアナに乗せて帰ってきてしまった為に、通常なら3-5日後に到着する襲撃されたという情報よりも先に依頼が町に戻ってきてしまったのだ。

 ギルドで使用している球状の魔道具は通信機の役割も持っている。
 同じスペックの魔道具同士で通信ができる機能が備わっている。ギルドに情報さえ到着すれば、即座に伝達する事ができるのだが、今回は大本の情報がギルドに届けられる前に依頼失敗と護衛として雇った冒険者の問題行動が明るみに出てしまったのだ。

 そのために、ギルドの責任者は問題を把握して対策を練り上げる時間的な余裕が与えられなかったのだ。

「ロブアン殿。状況を教えて下さい。それから調査いたします」

「状況を調べる?面白い事を言ってくれるな?」

「何を?」

「そうだろう?お前たちに、依頼を出した。結果、それが果たされない状況で、リーゼが危険な目に合った。それが全てだ」

「だから、それが真実なのか、判断できない。だから、調べると言っているのです」

「貴様は、俺やリーゼが嘘を言っていると思っているのか?」

「いいえ、違います。違いますから、しっかりと調べます」

「それでは遅いと言っている。リーゼが帰ってきて、今休んでいる。依頼した事が完遂できていない事は間違いない。護衛を依頼した奴らは荷物を持って、リーゼと御者を残して逃げた。その時に、リーゼが持っていた食料や換金の為の物資まで持ち逃げしたのだぞ!」

「ちょっと待って下さい。リーゼさんが帰ってこられている?」

「そうだ!ヤス!この馬鹿に教えてやれ!」

 急に名前を呼ばれて、ヤスは困惑した。
 どう考えてもクレーマーだと思える上にギルドの前で行った打ち合わせと違っているのだ。最初は良かった。ギルドの責任者を呼び出すまでは怒った演技をしていたのだが、演技に本気になりすぎて本当に怒り出してしまった。

 ヤスは、大きく息を吐き出して、受付からギルドカードを受け取った。

「あの・・・」

「すみません。呼ばれてしまったので行きます。ギルドカードの説明は、後で聞きに来ますがいいですか?」

「もちろんです。お待ちしています」

 受付がニッコリと笑ったのを受けて、ヤスも(本人の感覚では)ニヒルな笑いを向けて、席を立った。

 そのまま、ヤスはロブアンとギルドの責任者が話をしている席に移動した。

「貴殿は?」

 ギルドの責任者がヤスを睨んでから問いただしてきた。

「ヤスと言います。本日、冒険者ギルド・商業ギルド・職人ギルドに登録いたしました」

 しょうがないと思いつつヤスが話に割り込む事にする。

 ヤスは、ロブアンの隣に座って、事の次第を説明する。
 自分が転移?してきた事は伏せて、リーゼにした説明と同じことを繰り返した。知力Hでもその位はできる。ところどころエミリアから訂正が入ったが、ギルドの責任者もロブアンも不審に思わなかったので大丈夫だろう。

「それで、ヤス殿。リーゼさんは馬車の残骸の近くで一人だったのですね」

「あぁ」

”マスター。その時の映像がありますが提示しますか?”

”それは一般的な事なのか?”

”魔法を検索・・・失敗。不明です”

”それじゃいい。別にそこまでする必要は無いだろう”

”了”

「リーゼさんが一人で馬車に取り残されていて、ゴブリンの群れに襲われていたのですね」

「ちょっと違う。”襲われそう”になっていた・・・。だな」

「ヤス!」「ロブアン。少し黙ろうか?」

 ヤスは、約束通りにロブアンを制する。
 取り決めていた事だが、ロブアンは不満げな顔をする。本気で不満に思っているようだ。

「それで?荷物は、持っていたのですか?」

「アイテムボックスに入っていると言っていたぞ?でも、自分の荷物以外の食料とかは、護衛が持って逃げたと言っていたな」

「そうですか・・・。ヤス殿は、護衛を見ましたか?」

「見てない。それに、御者?も居なかったと思う。あの場所で、生きていたのは、リーゼ以外ではゴブリンだけだったぞ」

「・・・」

「ダーホス様」

 ヤスを担当した受付の女性が、ギルドの責任者に声をかけてきた。

「なんだ?ドーリス?」

「はい。先程、ヤス様のギルドカードを作成しました。その時に、討伐記録に、ゴブリンがありました。10体以上の討伐がありそうです。討伐した日時は、一昨日でした」

”なぁエミリア。討伐記録って、ゴブリンを倒したのは、ディアナだよな?”

”エミリアが答えます。そうです”

”なら、なんで俺に討伐記録が残る?”

”討伐記録を検索・・・成功。マスター。武器を持って、魔物を倒した時と同じ扱いです。マルス・ディアナ・エミリアは、マスターの武器です。また、これは奴隷契約でも同様の扱いです”

”ん?奴隷が倒した場合でも、主人に討伐記録が残るのか?”

”はい”

”エミリア。その討伐記録には、魔物以外も残るのか?”

”はい”

”その時には、人族と残るのか?”

”討伐記録を検索・・・成功。ネームドの場合には、種族と名前が記録されます”

”隠蔽はできないのか?”

”できないと考えてください”

”わかった”

 ヤスが、エミリアと内緒話をしている最中に、ギルドの責任者であるダーホスが、ドーリスから渡された情報を見ていた。ヤスの情報だが、規約にはギルド内で共有すると書かれていたので、ヤスは黙って成り行きを見ていた。

「ヤス殿。ゴブリンを倒したのは、リーゼさんを救出した時ですか?」

「そうだ」

 ダーホスが難しい顔をして考えている。
 当然だろう。ヤスの討伐記録に残されていたゴブリンの記録は、”一昨日”なのだ。簡単に言えば、1日圏内での出来事だと考えられる。しかし、リーゼがユーラットを出たのは5日前になっている。少し遠回りしたとしても、1日圏内に居たとは考えられない。

「ヤス殿。貴殿のことを疑うわけではありませんが、ゴブリンの討伐とリーゼさんの救出は時間的に違うのではないですか?」

「どういう事だ?」

 ヤスは、自分が言った事が信じてもらえないと思った。事実、ギルド側は疑い始めている。時間的な整合が取れないのだ。ディアナの説明を”特殊な馬車”としたために、少し性能がいいだけの馬車だと思われているのだ。倍の速度で移動できたとしても、行程が1/5になるわけではない。実際には、10倍近い速度で移動してきたのだが、それこそ説明しても信じてもらえないだろう。

”マスター。ディアナの説明をしてください”

”やっぱり?”

”はい。人は、自分が見た物しか最終的には信じません”

”そうだよな。わかった”

 ヤスは、覚悟を決めた。
 なぜ覚悟を決める必要が有ったのか自分でもわからないが、なぜか覚悟を決めた。

 そして・・・

「ヤス!おじさん!」

 リーゼの乱入である。
 確かに、一番の被害者で関係者であるリーゼが説明するのが一番なのだ。
 アフネスが、目以外が笑っている状況でリーゼの肩を抱いている。なにかあるのだろう・・・。ヤスは、流れに任せる事にした。

 そして、確実に面倒事になったと確信した。

「ヤス!おじさん!」

 リーゼが、アフネスと一緒にギルドに入ってきた。
 ヤスとロブアンが遅いので、気になって見に来たようだ。アフネスは、どうせ旦那であるロブアンがギルドにクレームを入れていると考えていた。そして、リーゼから詳しい話を聞いて、ヤスが神殿を攻略した可能性がある事。アーティファクトのことを説明しないで乗り切ろうとしているのだろうと予測していた。

 残念な事にほぼアフネスの予測通りに進んでいた。問題の発生も予想の範疇のようだ。

「ダーホス。少し話がある」

 アフネスがギルドの責任者を連れ出す。

 ギルドに静寂が訪れる。ヤスとロブアンは目線をあわせた。

(ロブアン)
(なんだ?)
(逃げたほうがよくないか?)
(そうだな)

 目線だけの会話。お互いに、以心伝心なのだろうか?この時だけは、二人(ヤスとロブアン)はたしかな繋がりを感じたのだった。

 席を静かに立ち上がって、外に出ようとするヤスとロブアンの前に、リーゼが立ちふさがる。

 ヤスの気持ちとしては
”野生のリーゼが現れた たたかう/逃げる/かいわ”
 選択式のRPGだったとしたらこんな選択肢が現れただろう。そして、選択できるのなら、迷わず”逃げる”を選択しただろう。

”ヤスは逃げた”
”リーゼに回り込まれた。逃げられない。たたかう/かいわ”

 ヤスは、”かいわ”を選択した。

「リーゼ?」

 リーゼは、ヤスを見ていない。
 しかし、ロブアンはすでに捕まっている。

「ヤス。ヤスは残って、おじさんは帰って、ヤスと私たちの食事の準備」
「リーゼ・・・」
「おじさん。それとも、ロブアン殿とお呼びすればいいですか?」

「リーゼぇぇぇ」

 ロブアンが情けない声を出して跪いた。フラフラと立ち上がって、ギルドから出ていった。リーゼに言われたとおりに、宿に戻るようだ。

「それでヤス?」

「なんだよ」

 リーゼは、勢いよく頭を下げた。
 想像と違った行動だったので、ヤスはどう対応してよいのかわからずに固まっている。

 リーゼとしては、ロブアンが無理矢理ヤスを連れて行って、証言を強要しているように見えたのだ。
 アフネスにヤスのアーティファクト・・・。だと思っているディアナに関して話をした。そして、ヤスが記憶喪失になっている事。もしかしたら、貴族の子息かもしれない事も自分の考えとして、アフネスに伝えたのだ。

 頭を下げている理由は簡単だ。
 自分がギルドに案内すると言っておきながら、リーゼが自分で案内する事ができなかった事への謝罪だ。

 リーザは、素直にヤスに謝罪した。
 ヤスとリーゼが話していると、ギルドの責任者を連れたアフネスが戻ってきた。()()は終わったようだ。

「ヤス。リーゼ。ギルドの部屋に行くよ」

「え?」「はい!」

 アフネスがヤスに近づいて説明する。

「(あんたの事は、多くの人間に知られていい事じゃないだろう?)」
「(え?)」
「(あんたが、神殿を攻略したかもしれないという事を知られたら、貴族が出てくる。最悪は、国が出てくる。それは避けたいのだろう?)」
「(あぁ)」
「(それなら、暫くは黙ってうなずいているのだよ。悪いようにはしない)」
「(わかった)」

 ヤスはいろいろ考えたが、ここは従っておく方がいいと感じていた。
 それに、貴族や国といわれても、ピンときていないのも事実だ。何かあればディアナで逃げ出せばいいと考えている。

 ダーホスは、アフネスに言われた通りに部屋を用意した。
 その上で、これもアフネスに言われた通りに、盗聴阻害の魔道具を起動する。

「それで、アフネスさん。先程の話は本当なのか?ヤスが、馬車の数倍の速度で移動する手段を持っていると言うのは?」

「ダーホス。そんなに一気に話しても、ヤスが話してくれるは限らないとさっき言った通りさ」

「しかし、アフネスさん」

「ヤス。どうする?」

 アフネスは、ダーホスの言葉を無視して、ヤスに話しかける。

「構わない。その代わりここに居る人だけで他には漏らさないと約束して欲しい」

 皆がうなずいた。
 ギルドとしては内部で情報を共有する必要があるが、それはこれからのヤスとの付き合いに関係してくると、一言付け足すのは忘れなかった。ヤスは、それでいいと思った。喧伝する事でもないし、知られて困る内容なのは神殿に関する事だけだ。アフネスも神殿に関わる事は秘匿すると約束して、ダーホスもそれに倣った。

 ヤスは、ユーラットの神殿から飛ばされた事にして説明をする事にした。
 記憶が無いことも改めて説明した。その上で、アーティファクトを得てそれで記憶にあったユーラットに戻ってきたと説明したのだ。

 そこで、リーゼが襲われていて助けに入って、偶然にも目的地が同じだったので連れて帰ってきた事にしたのだ。
 リーゼも時折説明を補足してくれる。自分がどんな状態だったのか?ヤスが居なかったらどうなっていたのか?

 ヤスとリーゼの説明が終わった。

「「「・・・」」」

 ダーホスと一緒に話を聞いていたアフネスとドーリスは声が出せないでいる。
 確かに、ゴブリンは魔物としては最低ランクだ。1対1なら子供でも倒せる可能性がある。大人ならほぼ確実に倒す事ができる。ただし、それは複数にならない状況と、上位種が生まれていない事が条件になる。
 ドーリスが持ってきていた、ヤスの討伐記録にはゴブリン16体が記憶されている。
 ただし、1体は上位種に進化していた。ホブゴブリンだ。指揮する個体が居たのだ。それを、ヤスは一人で討伐したのだ。これは、熟練の冒険者でも難しい事だ。今日、ギルドに登録した人間ができるような事ではない。
 ドーリスは、討伐記録を見た時に、ヤスがゴブリンたちを罠に嵌めて討伐したのだと認識した。それなら、納得ができる。しかし、説明を聞いた限りでは状況は違っている。

 3人はそれぞれが考えていたシナリオとは違う説明を受けて、黙ってしまったのだ。

「おばさん?」

「あっそうだ。ヤス。あんた。神殿を・・・」「わかりません」

 いい切る前に否定した。
 実際に、マルスからは”把握した”と連絡を受けているが、実際に見ていないので、攻略しているとは言えないでいる。

「それはわかった。今はそれでいい。ダーホスもそれでいいわよね?」
「あぁ」

「それで、ヤス。そのアーティファクトを見せてもらえる?」
「問題ない。町の外に置いてある」

「「「置いてある!アーティファクトを!」」」

「そうだが?持ってくるわけにも行かないし、そもそも持てないぞ?」

「いや、いや、ヤス殿。それでも、町の中に入れて、人に頼んでおくとか・・・」

「同じことだよな?」

「え?」

「宿は、ロブアンのところだろう?今なら、その選択肢を選ぶのは間違いではないとわかるけど、俺がこの町に来たときには、知り合いはリーゼだけだった。信頼”する”か”しない”かの問題ではなく、どうなるのかわからない状況で、アーティファクトを先に見せる馬鹿はいないよな?」

 この話を聞いて、リーゼだけが納得している。

「リーゼは、なにか知っているのか?」

 そんなリーゼの対応を見て、アフネスが疑問に思ったようだ。

「ねぇヤス。みんなに、アーティファクトを見てもらったほうがいいと思うよ」

 少しだけ考えてから、ヤスもリーゼの意見にうなずく事にした。もともと、見せなければ話が進まない事はわかっていたし、見せる事によっての”メリット”と”デメリット”は確実にメリットの方が多いと考えていた。

「・・・。そうだな。それが早そうだな」

「うん!」

 なぜか嬉しそうなリーゼとギルドの関係者とアフネス。宿の前を通る時に、気がついて表に出てきて、絶対についていくと言ったロブアン。
 それから、今日も門番をしていた、イザークが一緒に行く事になった。

 ディアナは、置いた場所から動いていない。

 ヤスが近づくと、エミリアが振動した。

”マスター。ディアナを起動しますか?”

”頼む”

”了”

 エンジンに火が入る。
 リーゼ以外が何事かと身構える。初めて見る、鉄でできた馬車。それだけでも異様な雰囲気なのに、聞いた事がない音までしている。そんな状況で、アーティファクト(ディアナ)に近づこうとする者はいない。

「・・・。ヤス殿」

 ダーホスが、アーティファクト(ディアナ)に触ろうとして、ヤスに話しかけてきた。

「あぁ大丈夫ですよ」

 ヤスは、問題ないと告げるが、聞いてきたダーホスをはじめ誰も近づこうとしない。

(しょうがないな)

”マスター。ディアナに乗り込むのなら、エミリアを取り出して、かざしてください”

”ん?”

”乗り込むために必要だと思わせたほうがよいと考えます”

”わかった”

 ヤスが、エミリアを取り出して、ディアナに近づいた。
 ドアが空いたところで、リーゼ以外が更に一歩離れてしまった。

「リーゼ!」「ヤス殿!」

 皆が慌てる。

「大丈夫」

 リーゼが口にした”大丈夫”の一言だけで皆が落ち着きを取り戻す。
 一番若いリーゼが怖がっていないのに、ロブアンとアフネスが近づかないのは違うという事だろう。

 ロブアンとアフネスが近づいたので、他の者も近づいてきた。

「ヤス殿。このアーティファクトは動かす事はできますか?」

「できるぞ。少し離れてくれ」

 ヤスが運転席に座る。
 エンジンが始動する。心地よい音がするが、それはヤスにだけ感じられる音のようだ。他の人間には恐怖に感じる音のようだ。聞いた事がある、リーゼとイザークも改めて聞くと怖いのだろう。

 ヤスは、窓を開けた。

「どうする?動かす事はできるけど・・・・。誰か一人乗って、表まで移動するか?表で待っていれば、どの程度の速さで移動したかわかるだろう?」

 ヤスの提案は受け入れられた。
 そもそも、鉄の馬車が動くとは思えないというのが、見たことがない者の意見なのだ。リーゼとイザークは動いているのも見ているし、乗せてもらっている。二人はヤスが言っている事が嘘ではないのはわかっている。しかし、うまく説明できないのだ。

 ディアナには、ダーホスとアフネスが乗り込んだ。
 最初、ロブアンが乗ろうとしたのだが、ロブアンがうるさかったので、ヤスが嫌な顔をしたらロブアンの頭をアフネスが一発殴ってアフネスが乗ることが決まった。二人を乗せてドアを閉める。

「イザーク。リーゼ。町の前でいいよな?」

「あぁヤスの方が早く到着すると思うから、待っていてくれ」

「わかった」

 ヤスが窓を閉じる。
 不安そうな顔が2つフロントガラスに移っているが、ヤスは気にしないでディアナをスタートさせる。

 Uターンを決めて、来た道を戻る。
 一度通った道?なので、ディアナのナビにも道路として認識されて地図が表示される。

 少し離れた場所に赤い点が見えるが今は無視する事にした。

「ヤス殿!」

「ん?」

 ヤスに、少し緊張した声でダーホスが話しかけてきた。

「かなり早いようだが・・・。大丈夫なのか?無理しなくていいのだぞ?」

「あぁ大丈夫」

 ヤスはスピードメータを確認する。
 20ー25くらいの数字が表示されている。

「まだディアナの全力の1/5も出していない」

「ねぇヤス。気になっているのだけど、聞いていいかしら?」

「なんでしょう?」

「あなた。アーティファクトの使い方に迷いが無いわよね?」

「おおよその事は理解できています」

「そう・・・。ねぇヤス。貴方。人非人?」

「違いますよ?リーゼにも同じように聞かれましたが、俺、言葉が通じますよ?」

 アフネスが身を乗り出して、ヤスの耳元に顔を近づける。

「リーゼはうまく誤魔化せたかもしれないけど、ヤス。私たちが座っていた場所や、ほら”そこ”にも、人非人が書いた記号が書かれているわよ」

「え?」

 ヤスが慌てて、周りを見ると、確かに日本語や英語が書かれた操作パネルがある。
 それだけではなく、居住スペースにはいろいろ日本から持ち込まれた物もあり、漢字/ひらがな/カタカナ/英字が有っても不思議ではない。

”マスター。「人非人かどうかわからない。記憶が無い」と答えてください。情報が不足しているために、一般的な人非人の扱いが不明です”

「ヤス?」

「正直わからない。人非人かどうかさえもわからない。記憶がない」

「・・・そう。でも、これは読めるの?」

 アフネスが食い下がる。

「読める物もあれば読めない物もある。ディアナ・・・。このアーティファクトの固有名だが、ディアナに関する事はわかるが、それ以外はわからない」

「そう・・・。ダーホス。と、いう事だけど、大丈夫?」

「ヤス殿。1つお聞きしたい」

「1つじゃなくてもいいぞ?でも、俺に答えられる事は少ないぞ?」

 アフネスは、最初に話をしようとしていた位置に戻った。
 今度は、ダーホスがヤスに質問をするようだ。

「この乗り物の速度はわかりました。討伐記録ですが、ヤス殿が倒したのですか?」

「ん?あっゴブリン16体とかいうやつか?」

「そうです」

「あぁディアナで轢き殺した。数体は、リーゼを襲おうとしていたから跳ね飛ばした」

「そうですか・・・」

「ん?なにか、問題か?」

「いえ、そうではなく、このアーティファクトは、ヤス殿の所有物と認定されているようですね」

「駄目なのか?」

「そうではありません。神殿に行かれたと言っていましたよね?」

「すまん。それは定かではない。ユーラットの近くに居たという記憶しか無い」

「そうですか・・・。ヤス殿。今日は、ロブアンのところに一泊するのですよね?」

「そのつもりだ。リーゼが”ただ”にしてくれると言っていたからな」

 ヤスの言葉を聞いて、アフネスがため息をつく。宿代程度なら払ってもいいとは思っているのだが、ダメ元で”ただ”を主張してみる事にしたのだ。
 アフネスも、ヤスの考えている事はなんとなく認識しているのだが、娘の様に感じているリーゼを助けてもらった事は間違いない。その恩人から料金を取るのは、今後の事を考えても好ましくない。

「ヤス殿。これは、質問ではなくお願いになるのですが・・・」

「なに?俺にできる事?」

「はい。ヤス殿にしかできない事です」

「わかった。できると判断したら受けるけど、それでいいよな?」

「もちろんです。でも、受けていただきたい」

「なんだよ?はっきり言えよ!」

 ヤスが先にしびれを切らす格好になった。
 ダーホスとしては、ヤスにしかできない事なので、ヤスに受けてもらわなければならない。

「ヤス殿。神殿に行かれるのですよね?」

「いずれな」

「その時に、ご一緒させてください」

”警告。警告。最初はマスターだけで拠点に移動してください。各種設定を行う必要がある可能性があります”

「うーん。俺の記憶に間違いがあると困るから、一度は・・・、最初は一人で神殿には向かいたい。その後で、一旦ユーラットに戻るから、希望者と一緒に行く・・・。では駄目か?」

「ダーホス。あんまり、無茶は言わないほうがいい。ヤスが本当に神殿を攻略していたら、大変な事になる。あんたの手に余るだろう?」

 アフネスの一言で、ダーホスが黙ってしまった。
 ダーホス個人としてもギルドとしても、ユーラットの近くに、神殿がある事は把握していたのだが、非活性だと考えていて公にはしていなかった。積極的な調査もしていない。非活性の神殿には、何も無いというのが定説だ。それだけではなく、魔物も出現しないので、冒険者が確認に行くのも美味しい場所ではない。

 ギルドとしても、魔物が湧き出すような事がなければ、危険を伴う神殿には積極的に関わろうと考えないのは自然な流れだ。非活性ならなおさらだ。しかし、その神殿を攻略して、アーティファクトを持ち帰った者が出てきたとしたら話は別だ。

 そして、ヤスが使ってみせたディアナは、ヤス以外の誰が見てもアーティファクトで間違いない。

 神殿の周りは、神殿の所有となっている。ユーラット町の近くにある神殿は、周りの山や裾野に広がる森も、神殿の領有として考えられている。
 したがって、ヤスが神殿を攻略している場合には、ユーラットは近くに別の”国”が産まれてしまう可能性がある。それでなくても、ディアナを見た貴族や豪商が何を言ってくるのかわかってしまうダーホスは頭が痛い思いをしている。
 ”ただの”アーティファクトなら問題ない。ギルドに有るような通信珠やステータスを調べる珠の様に使われている物も多数ある。だからディアナが神殿を攻略して得たアーティファクトなら問題が起きる可能性が少なくなる。昔からの取り決めがあり、無茶を行ってくる物が少なくなる。特に国は神殿の所有としてしまえば何も言ってこなくなるだろう。1つの国でも認めてしまえば他の国や貴族や豪商も表立ってアーティファクトを奪えなくなる。あとは、湧いて出る馬鹿だけだが、これはもうしょうがないと思ってもらうしか無い。

 ダーホスやアフネスから見て、ヤスは脇が甘いとしか思えない。
 二人はただの親切心ではない。ダーホスは、ユーラット町の発展のために、アフネスはリーゼのために、お互いにそれぞれの思いを持ちながら、ヤスが危険でない事を祈りつつ懐柔する方法がないか考えているのだ。

「ヤス殿。わかりました。ユーラットでお待ちしています」

 ダーホスが言葉を絞り出した時に、ディアナは最後の角を曲がって、ユーラット町の正面にたどり着いた。

「着きましたけど?」

 ヤスが後ろに居る二人に声をかける。

「え?」「は?」

 二人は、外の景色がそれほど見えているわけではなかったので”いろいろ”判断ができない。
 着いたと言われても何を言われているのかわからなかった。

「外で待つか?ここで待っているか?」

「ヤス殿?着いたとは?もう表門に着いたのですか?」

「あぁ」

 そこまで言われて、改めて外の景色を見ると、たしかにユーラット町の表門にたどり着いている。

「ヤス殿?」

「ん?」

「どのくらいの時間が経過したのですか?」

「うーん。5-6分って感じだな」

「え?」

 ダーホスもアフネスも絶句するしかなかった。かなり早く到着するとは思っていたのだが、二人の想定の5倍以上だ。ユーラットの町は小さな港町で、海の方向に伸びている。そのために、表門から裏門までの距離は、港側に比べて長いわけでは似。それでも、2-3キロメートルはあり歩けば30分位は必要になる。

 ヤスはディアナを停めて、二人を降ろした。

「ヤス」

「ん?」

「リーゼも座っていたのか?」

「あぁ」

「そうか・・・」

 それっきりアフネスは黙ってしまった。

「ヤス殿」

 今度は、ダーホスが話しかけてきた。

「ん?」

 この時点で、やすはかなり面倒に感じている。
 しかし、この後もしかしたら食料面で世話になる可能性が高い町の住民なので、なるべく冷たい態度は取らないようにしようと考えていた。

「いや、なに、少しアーティファクトに関して聞きたい事が有っただけだ」

「俺に答えられる事ならいいぞ?」

「世間話程度に聞いてくれ」

「あぁ」

 どうやら、ダーホスは考えながら話すのが苦手なタイプのようだ。
 回りくどい前段で保険をかけるような話し方をしている。

 実際に、ダーホスはヤスが”怖い”のだ。このアーティファクトだけではなく何かを隠していると感じているのだ。小さな町とは言っても、3つのギルドの責任者を兼ねる者だ、それなりの経験を持っている。直感で、ヤスを敵に回しては駄目だと感じている。
 それは、アフネスも同じなのだが、アフネスの場合は自分たちに”なにか”有った時にリーゼを守ってもらうために利用できないかと考えているのだ。

「ヤス殿。このアーティファクトは人を・・・。例えば、100名の人を運ぶ事ができるのでしょうか?」

「どうだろうな。正直わからない。でも、俺は人を運ぶような事はしたくないな」

「なぜでしょう。これだけ早ければ、それこそ貴族の移動や商人の移動で重宝されます」

「うーん。やっぱり、人だけを運ぶのは”なし”だな」

「理由を聞いても?今の言い方ですと、”できるけどやらない”に聞こえます」

「1つには、人の運搬が”戦争”や”紛争”に利用されない保証がない」

「え?」

「次に、移動距離として500km離れた場所に行くのに、2日程度は必要になる。一人で操作するのは流石に疲れる」

「それは、他の者に・・・」

「できるのか?アーティファクトは、俺が認証して、俺しか操作できないのだぞ?なにか、抜け道があるのかもしれないが、それは今の議論には必要ない」

「・・・」

「一番の理由は、人は文句を言うし、対応が面倒だ。大量の移送を依頼するような人間は、貴族や豪商なのだろう。それこそ対応が面倒だ」

「それは、ギルドが・・・」

「”できない事”は、言わないほうがいい」

 アフネスが割り込んでくる。

「アフネス殿。しかし、ギルドには」

「確かに権限はあるが、あの子爵家や、あの伯爵から、苦情を言われて、お主達は抑えられるのか?それこそ、第2王子派の連中が出てくるかもしれないのだぞ?」

「それは、そうですが・・・。このアーティファクトの能力を考えれば・・・」

「ダーホス。俺は、人は運ばない。ただ、俺が大切にしている物や人が危険に陥れば何でもする。そう考えてくれ」

「はぁ・・・。わかりました」

 ヤスの言葉を聞いて、一人は落胆して、一人はニヤリと笑った。
 リーゼが、ヤスの大切な存在になれば守られる。最低でも、神殿に匿ってもらう事位はできるかもしれない。

「なぁ俺からも質問していいか?」

「もちろんです」「・・・」

 微妙な反応を返す。ダーホスを無視して、ヤスは質問をする事にした。
 この世界の事は、リーゼから概要を聞いたのだがイマイチわからない。特に、皆が神殿にあんなに喰らいついてくるのが理解できないのだ。

「神殿を攻略していた時と、していない時の違いがわからない。ディアナ・・・。あぁこのアーティファクトがなにか絡んでいるのか?」

 ダーホスの顔が歪んだのを、アフネスは見逃さなかった。
 ヤスが知る前に、ヤスの情報を抑えておきたかったのだ。

「それは・・・」「ヤス。神殿を攻略していると、神殿に関する所有権は、攻略者の物になる。神殿を攻略していなければ、出てきたアーティファクトは、領主や国に納めなければならない可能性が出てくる。建前は、”買い取る”事になる」

 ダーホスが言葉を濁して避けようとした話を、アフネスは一気に言い切った。
 苦虫をまとめて噛み潰したような表情をしているダーホスとは対照的にアフネスは出し抜きが成功した事や、ヤスの目線からダーホスに不信感を持ち始めている事がわかった。

「そうか、なんか、リーゼからは、独立した国にする事もできると聞いたが?」

「可能だ」「可能です」

 二人の答えは簡潔だった。
 ダーホスもこれ以上情報を隠蔽してもしょうがないと考え、話や説明の方向性を変えた。

「うーん。国は面倒だな。独立は魅力的だけど・・・」

「ヤス殿。それならば」「ヤス。大丈夫よ。神殿の攻略が確定したら、誰も手出しはできないから」

「どういう事だ?」

 またしても、ダーホスの思惑はアフネスによって邪魔された。
 ヤスが国を興すつもりはないと聞いて、それならば、バッケスホーフ王国に属して貰えれば良いと考えたのだ。しかし、そのためにもどこかの派閥に属さなければならない。ダーホスとしては、ギルドに融和政策を取る辺境伯の派閥に属してもらいたいと考えたのだ。
 アフネスも、ダーホスが言いたい事がわかったので、先に潰す事にした。目の前に居るヤスが狡猾な貴族とやり会えるとはどう考えても思えない。アフネスは、オババ様に会ってもらって、エルフ・・・。できれば、精霊の加護がヤスに付けられないかと考えている。そのためにも、どこかの貴族や国の紐付きにはなってほしくないのだ。

 ヤスを挟んだ。ダーホスとアフネスの攻防戦が始まった。

「ヤス。亜人に偏見は?」

「亜人?なんだ?それは?」

 もちろん、ヤスは亜人を知っている。正確には、ラノベ設定の亜人に関しての知識を持っているのだが、あえて知らないフリをした。

「アフネス殿!」

 ダーホスが何かを言いかけたが、アフネスが手で制す。国に属するにしても、独立するにしても、亜人の話は避けて通る事はできない。アフネスの考えている事がわかったのだろう、ダーホスはそれ以上話を遮らないことにしたようだ。

「ヤス。私やロブアンやリーゼを見ても何も思わない?」

「ん?美形だと思うけど、それ以外で・・・か?」

「そっそう。ねぇヤス。私たちは、エルフ族と言って人族とは違うの?」

「へぇ・・・。それで?」

「それで?」

「だって、話ができて、コミュニケーションが取れるのだろう?何か問題でもあるのか?」

 ヤスの答えを聞いて、ヤスが記憶を失っている事に思い至った。

「そうね。ヤスは、記憶が無いのよね」

「覚えている事はあるが・・・」

「ねぇヤス。獣の因子を取り込んだ人族はどう?」

「ん?それは、猫のような耳やしっぽを持つ人や、犬の嗅覚を持つ人や、熊のような力を持つ人の事か?」

「知っているの?」

「いや、ディアナの・・・アーティファクトにそんな情報があったことを思い出しただけだ」

「純血種の事ね。私が言ったのは、混血種と言って人と交わった者たちのことよ」

「ハーフやクォータとは違うのか?」

「よく、そんな古い言い方を知っているわね。神殿の知識なら当然よね。概ね。その認識でいいわ。ヤスは、彼らの事をどう思う?」

「どう思うと言われても、俺や俺の大切な物に危害を加えなければ、別に気にならないし、危害を加えるのなら亜人だろうとエルフだろうと人族だろうと魔族だろうと関係ない。国や種族で分けるなんて無意味な事はしない」

 ヤスは、自分の考えを言い切った。