異世界の物流は俺に任せろ


「ドーリス。こっちでいいのか?」

「はい。間違いないです」

「わかった。速度を落とすから、曲がるのなら教えてくれ」

「はい」

 ヤスは、山道を走っている。
 山道と言ってもほぼ一本道だ。山道に進路を変更するときに、ドーリスの指示が遅れてUターンして戻った経緯があるので、ヤスはそれから速度を緩めるようにした。

「今更だけど、今から向かう村の名前を教えてくれ」

「そうでした。説明していませんでした。村の名前は、『エルスドルフ』という名前です」

「なぜその村に塩を届ける?」

「何も無い村で、交易品が無いので塩の購入が難しいので、領主が定期的に送っているのです」

「聞き方が悪かったな。なぜ塩を”無償”で送るのだ?」

「あっそういう意味ですか・・・。領主の奥さんのお母さんがエルスドルフの出身なのです。サンドラと長男のハインツ様から見たら祖母にあたる人です」

「へぇ村の出なのだな。貴族じゃなかったのか?」

「いえ・・・。そういう意味では、準男爵ですが貴族です」

「ん?祖父が準男爵なのか?」

「いえ、祖母が女性ながらに準男爵なのです」

「へぇ・・・」

 ヤスは難しい話になりそうだったので、興味がなくなってしまった。
 道幅が狭くなってきたので、運転に集中し始めた。

 ヤスが運転に集中し始めると車速が上がり始める。ドーリスも車速があがったのを感知してだまり始めてしまった。

 FITと同じく結界を張っているので、崖から落ちたりしない限りは大丈夫なのだが、それでも砂利道で滑る音や石を弾く音、木を折る音は聞き慣れないと恐怖を覚えるのに十分な音だ。

『マスター。前方500メートルに種族名ゴブリンと思われる小集団。こちらに向かってきます』

 エミリアからの報告を聞いて、ヤスは速度を緩めた。ドーリスが不思議そうにヤスの顔を見る。
 徐行といえる速度まで減速した。

「数は?」

「え?」

「あぁドーリス。すまん。前方にゴブリンらしき小集団が居る。数の確認をしようとした所だ」

「え?」

「アーティファクトの能力だと思ってくれ」

「・・・。はぁわかりました」

「それで、ドーリス。ゴブリンは殺していいよな?」

「大丈夫です。というよりも、可能でしたら討伐してください」

「わかった。エミリア。街道に出てきたら教えてくれ」

『了。数は、7体です。上位種らしき反応があります。街道をまっすぐに向かってきます』

「ドーリス。ゴブリンが7体。上位種が居るかもしれない。討伐するぞ!」

「はい」

 ヤスはアクセルを一気に踏み込む。
 砂利道でミューが低くホイルスピンをするが、構わずアクセルを踏む。

 坂道だが徐々に加速する。

『接触します』

「行くぞ!」

「はい!」

 ドーリスはシートベルトを”ぎゅ”と握っているが前をしっかりと見据えている。今から発生する状況を目に焼き付けるためだ。

 視認できたゴブリンに向けてハンドルを切る。
 塩を積んでいるので無茶な運転は出来ない。

『エミリア。打ち損じたゴブリンを魔法で攻撃できるか?』

『可能です』

『跳ね飛ばしても意識があるゴブリンを含めて雷魔法で攻撃』

『了』

 ヤスはゴブリンの集団を正面に捉えて跳ね飛ばす。
 上位種と思われる体躯が二回りほど大きなゴブリンがセミトレーラの前に立ちはだかるが、速度と質量で跳ね飛ばした。

「・・・」

「終わったか?」

『討伐が完了しました』

 ドーリスは口を開けて唖然としていた。

「ヤス殿?」

「討伐は終わったぞ?あっ!すまん。魔石の回収は無理だ」

「いえ、それはしょうがないです・・・」

「なにかおかしいか?」

「おかしくない所を探すのが無理です」

 ヤスはドーリスの言い方が面白かったのか笑い始めた。

「そうか!でも、降りて戦うよりは安全だぞ?」

「わかりました。ホブゴブリンの亜種が居たようでしたね」

「そうなのか?」

「はい。でも、討伐されたので、村に報告はしておきます。個体数は?」

「そうか、村に出てきたら問題だよな。個体数は、ちょっとまってくれ」

「そうです。ホブゴブリンの亜種が村に入ると全滅もありえます」

『マスター。討伐数は、8体です』

「ドーリス。全部で8体の討伐で、小集団は全滅した」

「わかりました。あっ!その先は山道と左に入る道があって、左です」

「わかった」

 ドーリスの指示は直前に告げられたのだが、カーブに差し掛かっていて速度を緩めた状態だったのでギリギリ減速が間に合って曲がれた。

「あれがそうか?」

「はい。エルスドルフです」

「どこに止めればいい?」

「そうですね。あまり近づいても不審に思われますので、この辺りで・・・。あっあの辺りで停めてください。村長に話をしてきます」

「わかった」

 ドーリスが示した場所は、村から300mほど離れた開けられた空き地だ。ヤスがセミトレーラを滑り込ませ、停車させた。ドーリスを降ろすと、ヤスは運転席に戻って、エミリアに周辺の索敵を開始させた。

「エミリア。今度、遠出するときには、眷属の誰かを連れてくるか?」

『マスター。意味がわかりません』

「セバスが連れてきた魔の森に生息していた魔物を連れてくれば、停車中の警戒とかで役立つだろう?領都で行われたような蛮行は別にして、さっきみたいなときにも魔石を回収したりできるだろう?」

『可能です。神殿で調整します』

「わかった。頼む。無理なら無理でいいからな」

『了』

 ヤスが他愛もない考えをエミリアに伝えている頃。ドーリスはエルスドルフの門で事情を説明していた。
 領主から貰ってきた書状が役立っていた。すぐに村長に会えて、アーティファクトの説明と塩を持ってきたと説明した。道中にゴブリンが出現して討伐したが、魔石が残されている可能性があると説明すると、村長は休んでいた門番の二人に回収を命じた。現金収入に乏しい寒村では魔石を得るチャンスは逃したくないのだ。

 話を終えたドーリスがヤスの所に戻ってきた。

「それで?」

「問題ないです。塩を降ろしたいのですが・・・」

「わかった。村の前まで移動した方がいいか?」

「そうですね。そうしてください」

「わかった。ドーリスは、道を開けるように言ってくれ」

「はい」

 ドーリスがアーティファクトを見に来た村人に声をかけて道を開けるように指示する。
 ヤスは、狭い場所だったので何度も切り返しを行って、後ろから村に向かった。その方が塩を降ろしやすいだろうとおもったのだ。結界は解除した。

 村の門の手前にセミトレーラを停めて、後ろのコンテナを開ける。
 ドーリスもわかっていたのだろう、村長にお願いして塩を運び出し始めた。荷降ろしに時間が必要になりそうだったので、ヤスは村の中を散策して待つことにした。村人もドーリスもアーティファクトを操作してきて疲れているのだろうから休んでくれと言われたのが一番の理由だ。

(おぉぉぉぉぉぉ!!!!!あれは!!!!)

『マスター。心拍数が異常です』

『エミリア!あれは大豆だ!それに、米がある!唐辛子もある!この村は宝の山だぞ!なんで、現金がないとか言っている!』

 ヤスは畑の近くで休んでいる老人に話しかける。

「ご老人。お忙しい時間にもうしわけない。その植物は?」

「お貴族様?これは、”うるち”ですが、お貴族様が食べるような物ではありません。不作になりにくいので、予備で作っているだけの作物です。普段は、家畜の餌や魔物対策で作っています」

「え?食べない?あなた達も?」

「馬鹿なことを言わないで欲しい、こんなまずい物は飢饉が発生した時にだけ・・・」

「え?そうなのですか?作るのが大変とか?」

「ハハハ。変わったお貴族様だ。そんなに珍しいのか?この辺りなら適当に撒いておくだけで勝手に育つ」

「領都では見かけませんでしたが?」

「だから、家畜の餌だと言っている。それに、魔物が好んで食べるから領都では禁止されている」

「え?危なくないのですか?」

「危ないぞ?でも、収穫した物を森にまとめて放置しておけばそれを食べて満足して帰るからな。この村では昔から一定数を育てている」

「一年に一回の収穫ではそれほど数が揃わないのでは?」

「本当に、おかしなお貴族様だな。そっちの豆と同じで年に4回ほど収穫できる」

「豆も・・・。ですか?その”うるち”と豆を買えますか?」

「ほしいのか?」

「はい。ものすごく!」

「村長と相談だな。魔物対策だからむやみに売れない」

「わかりました。それなら・・・」

 ヤスは、ポケットから出すフリをして金貨を1枚取り出した。

「それなら、これで買えるだけ買わせてください。今から王都に行くので、帰りにまたよります」

 ヤスが老人に詰め寄っているように見えたのだろう、後ろからドーリスと村長が慌てて駆け寄ってきた。事情を説明したヤスだが、村長とドーリスに呆れられてしまった。

「神殿の主様」

「ヤスでいい?それで、村長。売ってもらえないのか?」

「売るのに問題はありません。是非とお願いしたい所です」

「なら!」

 ヤスが珍しくのめり込む状態になっている。

「ヤス殿。村長が言っているのは、”金貨”では村中の食物を買ってもお釣りが来ることが問題なのです」

「え?そうなの?」

 ヤスは唖然とした。確かに貨幣価値から考えたら100万だが貴重な物を購入するのだからそのくらいはするだろうと安易に考えた。
 しかし、老人も村長もドーリスも皆が頷いているのを見て自分が間違っていたと悟った。

 ヤスの交渉は難航した。
 理由は簡単だ。ヤスが”金貨”しか提示しなかったからだ。今回は、王都で大量の物資を買うので細かい硬貨よりも金貨で精算しようと思っていたのだ。足りなければ、ギルドから引き出せばいいと考えていた。
 街々での購入も、ギルドに預けている硬貨で購入すればいいと思っていたのだ。

「村長。ヤス殿の条件でよろしいですか?」

「問題はありませんが、ヤス様はよろしいのですか?」

 交渉をさっさと切り上げたいのは、村長もドーリスも同じだった。
 ヤスが拘っているだけなのだ。そこで、ドーリスはヤスから条件を聞いた。

 ヤスが出した条件は、米と大豆を定期的に購入できればいいというものだった。
 村長はヤスに村人を雇わないかと提案してきた。村なら金貨一枚でもあれば1家族が余裕を持って6ヶ月は生活できる。金貨2枚で1年だ。

「問題ない。むしろいいのか?」

「何が問題でもありますか?」

 ヤスに雇われた家族は米と大豆を作る。作られた作物は全部ヤスの物になる。
 問題は不作になってしまったときだが、ヤスは気にしなくてもいいと言ったのだが、村長とドーリスは取り決めをするようだ。簡単に言えば、ヤスに村民を差し出す条件で決まった。奴隷という形だ。そうならないために、”不作にならないようにがんばります”と村長はヤスに握手を求めた

 ヤスは、契約の意味を込めて差し出された村長の手を握り返した。
 ドーリスも安堵の表情を浮かべる。

「村長。ドーリス。金貨1枚じゃ半年だろう?あと、5枚渡すから、3年間の契約で頼む。そうしたら、一年の不作でも翌年に頑張れば取り戻せるだろう?」

「いいのですか?」

 村長が、ヤスに聞き返す。

「俺もその方が嬉しい。それに、米・・・。うるちはこの辺りではこの村でしか栽培していないのだろう?気候が影響しているのか知らないが、それならしっかりと栽培してくれる方が嬉しい」

「わかりました。ありがとうございます」

「そうだ!村長、もし知っていたら教えてほしいのだけど、豆を使った調味料をしらないか、黒に近い茶色の様な液体の調味料や、他にはやはり豆を使ったもので液体じゃなくて茶色や白っぽい調味料だが?」

「液体は知りませんが、もう一つは村で作っています。エルフ豆で作られていた物を真似て作った物です」

「エルフ豆?」

 村長の言葉の中にあったエルフ豆がヤスは気になった。
 ドーリスが簡単に説明してくれた。

「ヤス殿。エルフ豆は、この村で作っている豆の原型だと言われている物で、もう少し粒が大きいのが特徴で、エルフが住まう森で栽培されています」

「へぇ・・・。ロブアンが俺に出した納豆なんかの材料なのだな」

「え?ヤス殿はエルフ豆を食べたのですか?あんな腐った匂いがする物を食べたのですか?」

「納豆ですか?美味しいですよ?あ!うるちが手に入るから!!」

 ヤスが何に興奮し始めたのかわからない二人は顔を見合わせる。
 言葉遣いもおかしなことになっている。

「あ!村長。豆を使った調味料を見せていただきたいのですがありますか?」

「あります。この村では、お湯に溶かして飲んだりしていますが?」

「いえ、調味料だけ見せてください」

「はい・・・。わかりました」

 村長が持ってきたのは、ヤスが異世界に来てから欲しかった物の中でもトップ5に入る物だ。
 ちなみに不動のトップ1は”彼女”だと思っているようだが・・・。業が深い。

 味噌
 ヤスが慣れ親しんだ、甘口味噌ではなかったのだが味噌には違いない。味は調整すればいい。味はこれから開発していけばいい。

 村長は、ヤスがこれほど興奮しているのかわからない。味噌は、薄い野菜汁に味をつけるために使う程度しか使いみちが無いと考えられていた。長期保存ができるので、保存食の意味合いしかない物なのだ。

 ヤスは家庭ごとに味が違うと聞いて、各家庭で作られている味噌を購入した。

 ヤスに取っては有意義な交渉を終えて、王都に向かう移動を再開した。村から出る時には、ヤスは村人から感謝されながら見送られた。

 寒村に塩を運んできただけではなく、村としては価値が低いと思っていた物が戦略級の物資になった。神殿の主が望む物だとわかったのだ。現金収入が乏しい村に現金を落としていったのだ。村長は村の主だった者を集めて話し合いを行った。一つの家が担当するよりも、村でヤスの要望に応えようと話が決まった。個々の負担も減り恩恵も皆が享受できるのだ。

 そんな状況を作ったヤスは欲しかった米と大豆と味噌が手に入って上機嫌でセミトレーラを走らせている。
 ドーリスは何がそんなに嬉しかったのかわからなかった。

『マスター。マルスです。念話でお願いします』

『どうした?』

『マスターがお持ちになっていた本に、”日本酒”や”醤油”や”味噌”などの作成方法が書かれて居ます。再現しますか?』

『本当か?』

『はい。他にも、ウォッカやテキーラなどの酒精を生成する方法も記載されていました。かなりの数の酒精の生産が可能です』

『わかった。あとは、原材料だな』

『はい。必要な材料をエミリアで参照できるようにします。道具に関しては、種族名ドワーフが再現します。鉄鉱石や石英と言った道具に必要な材料は神殿の迷宮区で生成します』

『そうだな。迷宮に潜られるのか?』

『種族名ドワーフやギルドに登録した者が入り始めます』

『わかった。無理はさせるなよ』

『了』

『そうだ。マルス。俺の側に誰かを控えさせることはできるか?』

『可能です』

『誰が適切だと思う?』

『定義が曖昧です。マスターのお望みは?』

『停車時の抑止力と偵察が目的だな。ディアナの索敵でも十分だけど、わかりやすい抑止力が欲しい。アーティファクトだと知ると奪おうとする馬鹿が多い』

『大きさが変えられる者が良いと考えます』

『そうだな』

『マスター命名の(フェンリル)(キャスパリーグ)(ガルーダ)の3種を推薦します』

『魔の森に行っているのではなかったのか?』

『現在魔の森への護衛業務は、彼らの眷属が行っています』

『わかった。3体に連絡を頼む。次からは一緒に行動してもらう。食事はどうなる?』

『彼らは、進化を終えています。神殿に属している状態です。マスターの魔力で十分です。食事は嗜好品です』

『誰を連れて行くのかマルスに任せる。身体の大きさが変えられるのなら、モンキー以外なら大丈夫だろう?』

『はい。問題ありません』

 ヤスはいろいろと突っ込みたい気持ちを抑えながらマルスと会話を続けた。
 その間も、中継になっている村や町への道を指示する。その後の町や村に寄る時には、ヤスはセミトレーラに乗ったままで待っている。領都のギルトから連絡が届いているのか交渉はスムーズに終わった。
 スムーズに行き過ぎて、途中で一泊する予定が最後の町まで到着してしまった。

「どうする?」

 主体性がない聞き方になってしまったが、他に適当な聞き方がなかった。

「最後の町のギルドで、王都に居るハインツ様に連絡しました。驚いていらっしゃいましたが、夜遅くなっても門番に言えばわかるようになっています」

「それなら安心だな。俺は、門の外でアーティファクトの中で寝る。ドーリスは、ハインツ殿と条件やらいろいろと決めてくれ、それから金貨を渡しておくから、物資の購入も頼む」

 道が綺麗になったので、ヤスはアクセルを踏み込む。
 セミトレーラは速度を上げて、王都に向かう。途中で休んでいる商隊を横目にヤスはアクセスを緩めずに走る。

 辺りが暗くなってきて、ドーリスは間に合わなかったかと思ったのだが、ヤスはライトをつけて速度を緩めずに走る。

 ハイビームに照らされて、王都の門が見えてきた。数名の門番が動いているのがわかる。
 ヤスは速度を緩めてからハイビームを解除する。ゆっくりとした速度で王都に近づいていく。

 ヤスが門に到着した時には、綺麗な格好をした男性と護衛と思われる兵士が10名ほど門の外に出ていた。

 ヤスが門の前にセミトレーラを止めると、護衛の兵士がセミトレーラの前方にやってきた。
 顔が引きつっているのがわかる。ヤスは笑いをこらえて、ライトを落としてからセミトレーラのエンジンを停止した。エンジン音がなくなり静寂が訪れる。

「ヤス殿。ハインツ様と話をしてきます」

「わかった。一旦降りるけど、俺は中で待っているよ」

「わかりました」

 ディアナの座席の配置の関係で、先にヤスが降りなければならない。ついでドーリスが降りる。

 1人の男性が近づいてきたので、ヤスは警戒しながらエミリアに命じて結界を解除する。

「神殿の主殿。私は、ハインツ・フォン・レッチュです。デリウス=レッチュ伯爵家の長男です。弟の」

 ハインツが頭を下げようとするのを、ヤスが手で制した。

「ハインツ殿。謝罪の必要はありません。辺境伯より、仕事を受けてきました。ヤスと言います。神殿の主と呼ばれるのは好きでは無いので、ヤスと呼んでください」

「失礼致しました。ヤス殿。それに荷物を運んでいただけると聞いていますが?」

「はい。依頼をお受けいたしました。ドーリスに一任していますので、彼女と話をしてください。それから、彼女が泊まれる場所の手配をお願いいたします。それから、ドーリスに手配を頼んでありますが、物資の購入のサポートをお願いいたします」

「物資に関しては、承知した。宿はもちろん手配しておりますが、ヤス殿は?」

「私は、アーティファクトの中で寝ます。王都では安心できるとは思いますが、レッチュ伯爵領の領都ではアーティファクトを攻撃してきた者がいました。問題ないとは思いますが、万が一に備えます」

 ヤスは、ドーリスに話しかけるようにしながら、近くまで来ていたハインツに聞こえるように言っている。
 現実に、ハインツの護衛たちはヤスの言い方で気分を害したのだが、主であるハインツが制したので暴発しないで居る。

「ハインツ様。神殿の都(テンプルシュテット)のギルドマスターを務めることになりましたドーリスです。よろしくお願いいたします」

「話は聞いている。妹もそちらで厄介になるらしいな」

「はい。サンドラ様にはギルドで私の補佐をしてもらっています」

「妹は神殿に入っているのか?」

神殿の都(テンプルシュテット)で生活を開始しております」

「なに?神殿は何もなかったのではないのか?」

「ハインツ様。神殿の都(テンプルシュテット)は、すでに建物も数多くあります。ギルドの支部も存在しております。住む場所も十分に確保されています。今、無いのは当座を凌げるだけの食料だけです」

「同じ様な報告が妹から来ている。本当なのだな?妹が野宿したり、テントで生活したり、そんな生活はしていないのだな?」

「はい。もちろんです」

「そうか・・・(ランドルフの奴がしでかしたことで、かわいい。かわいい。サンドラが神殿に行くことになったと聞いたときには、ランドルフを殺して神殿に特攻をかけようと思っただのが・・・。いや、待て、まだ・・・。ドーリスの言っていることが本当だとは限らない。父も俺を安心させようとしている可能性だってある。サンドラは賢くてかわいいから、俺を心配させまいと健気な嘘をついているに違いない)」

「ハインツ様?」

「あっ。すまない。今日は、休んでくれ、昼には使いを出す」

「わかりました。お待ちしております」

「それで神殿の主殿はどうされるのですか?」

「ヤス様は、アーティファクトの中で休んでいると言っておられます」

 ドーリスがハインツと話し始めたら、ヤスは自分の仕事が終わったと言わんばかりにセミトレーラに乗り込んで居住区で横になっている。

「そうか・・・。いろいろ話がしたかったのだが・・・。難しいようだな。神殿の主と言えば一国の王に匹敵すると考えなければならないだろう」

「はい」

「ドーリス殿。私を神殿まで運んでもらえるように、神殿の主殿に頼むことは出来ないか?」

「無理だと思います」

「なぜだ?」

「ヤス様は、人は運ばないとおっしゃっています」

「貴殿は一緒に来たではないか?」

「私は、ヤス様が王都までの道がわからないと言われたので、道案内をしてきただけです」

「なんというか・・・。深く考えないようにする。おい。ドーリス殿を宿まで案内しろ」

 護衛で来ていた二人がドーリスを案内してくれるようだ。
 ドーリスも二人が女性だったので少しだけ警戒していた気持ちを和らげた。案内された宿は高級な場所だった。すでに宿の料金が支払われていて、食事や湯浴み用のお湯までついていた。
 ドーリスは、神殿の都(テンプルシュテット)を懐かしく思いながら、硬いベッドに身体を預けた。

「あぁ・・ぁ・・・。神殿のベッドの方がいいな。お布団が柔らかいし・・・」

 ドーリスは、布団に文句を言いながら(精神的に)疲れた身体を横にしていた。
 数分後、ドーリスの泊まった部屋から寝息が聞こえてきた。

---

 ドーリスが布団の上で睡魔に負けた時、ヤスも居住区で横になって目を閉じていた。本人は寝ていないと主張するかも知れないが、すでに精神は夢の世界に旅立っている。マルスが、エミリアに命令して多重結界を発動した。朝まで、ヤスに静かに寝てもらうためだ。

 ヤスとドーリスが眠るについている頃。
 王都にある辺境伯の屋敷では、二人の男性が先程出会った二人のことを話していた。
 ひとりは、辺境伯の長男ハインツだ。もうひとりは、初老の男性だ。

「キース。貴様は、どう見た?」

「神殿の主殿ですか?」

「あぁ。ドーリスは、ギルドの職員だという話だ。サンドラからも報告が来ている。問題にはならないだろう」

「そうですな。ドーリス様は、頭の回転は早いのでしょう。坊っちゃんの話をうまく誘導していた印象があります」

「キース。坊っちゃんはやめろ」

「失礼しました。ハインツ様」

「それで?」

「ヤス様は、よくわかりません」

「わからない?鑑定したのだろう?」

「はい。鑑定を発動しましたが、弾かれました。表層の情報しか読み取れませんでした」

「なに?本当か?」

 キースは、護衛に混じって神殿の主であるヤスを見る(鑑定)ために門まで行った。辺境伯であるレッチュ伯爵家に使える執事であり、ハインツの教育係をしていた。ハインツが、王都で生活をするようになってからは、ハインツ付きの家宰を兼ねるようになっている。

 二人が話しているのは、王都にあるレッチュ辺境伯の屋敷にある執務室だ。本来の主は、父親であるクラウスなのだが、クラウスからいずれハインツが引き継ぐのだから屋敷の管理を含めて全部を任せている。

「はい。名前。年齢。性別。種族だけ見ることが出来ました」

「・・・。キース。たしか、スキル看破を持っていたよな?使ったのか?」

「はい。使いました。鑑定と併用することで、隠されたスキルも見られます。ステータスも見ることが出来ませんでした」

「そうか・・・。神殿の主は、伊達ではないか?」

「はい。わからないのが不気味です。それだけではなく、アーティファクトもよくわかりませんでした」

「見たのか?」

「はい」

「それで?」

「数字が並んでいることはわかりましたが、数字の意味だと思われる場所は読むことが出来ませんでした」

「見えなかったわけではないのだな?」

「はい。記号のような物が書かれているだけです」

「そうか、何かしらのステータスなのだろう」

 二人は沈黙してしまった。
 神殿の主を見たら対策を考えると言っていたのだが、対策を建てるためのデータが不足している。サンドラから情報は来ているのだが、全部が真実であるとは思えなかったのだ。そのために、二人はヤスの実力を測ろうとしたのだ。
 ヤスのステータスは最初に隠蔽された状態から多少変わっている。鑑定の効果を持っているサンドラの魔眼の様なスキルの存在がわかった関係で、マルスはステータスの完全隠蔽を実行した。多少見えていると、そこから推測する人たちが居た。そのために、完全に隠蔽してしまうことで、推測もさせない上位の存在だと思わせる状態を選んだ。

「やはり、妹や父様が言っていた通り、取り込むのは無理で、友好関係を築くように動くか」

「それがよろしいと思います。正直、”逃げる”のはできると思いますが、ハインツ様をお守りして逃げるのは不可能だと感じました」

「そうか・・・。アーティファクトだけでもと思ったが、あれは手をだしていい代物ではなさそうだな」

 ハインツは、キースが持ってきた蜂蜜酒(ミード)を煽ってから、出された水を一気に飲み干した。

「キース。明日は、当初の予定通り、物資の提供を行う。サンドラから来ていた追加の依頼も大丈夫だな?」

「はい。滞りなく準備が終わっています。ただ・・・」

「リップル子爵家だな。気にするな。父様からも気にする必要はないと言われている。直接的な妨害はしてこないだろう」

「はい。かしこまりました」

 キースは一礼して部屋から退出した。
 残されたハインツは椅子に深々と座り、大きなため息をついた。

「・・・。厄介な問題だ・・・。ふぅ・・・」

 ハインツは、コップに残っていた蜂蜜酒で喉を湿らせてから隣室のベッドに潜り込んだ。


 ヤスは、居住スペースで目を覚ました。

『マスター。おはようございます』

『マルスか?』

『はい。報告はエミリアがいたしますが、昨晩は、誰からも攻撃はありませんでした』

『そうか、ありがとう。ドーリスは?』

『まだ来ていません』

『わかった。近くに来たら教えてくれ』

『了』

 ヤスが起きてマルスに指示を出している頃。
 ドーリスは、冒険者ギルドで神殿の都(テンプルシュテット)の承認申請を行っていた。すでに根回しは終わっているので、軽く質問されただけで終わった。

 ギルドマスターになる祝詞を宣言するだけで終わった。
 他のギルドでも同じことを繰り返すだけだ。

 通常なら、新しくギルドマスターに就任すると僻みが多く手続きに時間がかかるのだが、神殿のギルドは事情が違っている。
 神殿が独立した場所であることが関係しているのだが。それ以上に、攻略されたばかりの神殿のために、建物も何もないと思われているからだ。ドーリスもダーホスも”仮のギルド”で運営を始めるとだけ伝えている。
 攻略されたばかりの神殿で”仮”のギルドと言えば皆が考えるのがテント一つで行われているのだろうと推測する。
 そのために、ドーリスが”左遷”させられたと考える職員も多いのだ。

 時間がかかると思っていた手続きも全部終わった。
 ダーホスやクラウス辺境伯の根回しが聞いているようだ。ギルドには、神殿の主であるヤスを敵に回すのを回避したいという理由もあった。

「昼前に終わってしまいました。ハインツ様が来るまで宿で待っていましょう」

 ドーリスは誰に伝えるわけでもなく独り言をつぶやいた。
 そして、ハインツが用意した宿に足を向けた。

 宿の前には、ハインツの使いと思われる者が待っていた。

神殿の都(テンプルシュテット)ギルドのドーリス様。ハインツの指示を受けて、ドーリス様をお迎えに上がりました」

 昨日宿屋にドーリスを案内した女性がハインツからの指示だという証拠として、ハインツが署名した指示書をドーリスに見せた。
 ドーリスは納得して、案内をお願いした。

 ドーリスが案内されたのは、王都にある商人が管理している倉庫だ。ハインツが借りて物資を積み上げている場所だ。

「ドーリス様。サンドラ様から依頼がありました物資です」

 ドーリスは倉庫を見回す。大丈夫だと思えたのだが、全部が積み込めるか自信がなかった。

「神殿の主であるヤス様に直接見て確認していただきたいのですが問題はありますか?」

「問題はありません。人手も用意しております」

「助かります」

 ドーリスは、頭を下げて門に急いだ。

(あぁぁぁ。神殿に有ったアーティファクト(自転車)を持ってくればよかった!)

 ヤスが乗って待っているアーティファクトまでを急いだ。
 ヤスはヤスで寝るのも飽きてしまってエミリアでいろいろ調べたり文章を読んだり時間を潰していた。

『マスター。個体名ドーリスが近づいてきています』

「わかった。ありがとう」

 ヤスは、居住スペースから出て、セミトレーラから降りた。

「ヤス殿!」

「どうだった?」

「物資は準備してくれました。ただ、私では積みきれるかわからないので、ヤス殿に確認していただきたい」

「わかった。どこ?」

 門は、ハインツが指示しているので問題なく通過出来た。
 倉庫までの距離があったのはヤスも計算外だったようだ。途中で戻ってセミトレーラを動かそうかと本気で考えたようだ。

 ドーリスがうまく誘導して屋台で買い物をしながら移動した。

 倉庫には、護衛と荷物を運ぶ人足が20名ほどと荷馬車が待っていた。

 案内された倉庫の中を見て、ヤスは”狭い”と感じた。
 倉庫と聞いていたので、小学校の体育館くらいの大きさを考えていたのだが、通された場所はコンテナ2つ分もない程度の広さの場所だ。

「問題ない。全部積み込める」

 ヤスが断言する。木箱に入っている物資は部屋の2/3程度の面積だ。天井まで積み上がっているわけではないので、荷物としてはコンテナ一つ分程度だろうと推測した。

 ヤスの言葉を聞いて、ドーリスがハインツの護衛だった者たちに指示を出す。
 ヤスとドーリスは、最初に荷物を積み込んだ荷馬車でアーティファクトまで移動する。

 荷物を積み込むと聞いて、ハインツがキースを連れてやってきた。その後、ドーリスが午前中に回ったギルドからも人が門に集まりだした。
 ヤスのアーティファクトを見るためだ。ステータスも気になるのだが、本当に荷物が全部積めるのかが気になっているようだ。

 ヤスとドーリスが乗る馬車が到着して、ドーリスが見物人に距離を取るようにお願いする。

 ヤスがコンテナを開けるだけで、見ていた者たちからどよめきが発生する。
 皆がコンテナの中は空洞になっているとは思っていなかったようだ。アーティファクトが動く理由が載せているコンテナにあると思っていたのだ。見ているドーリスは驚かなかった。コンテナが開いたのを確認してから指示を出している。
 事前にヤスから重い箱を下にして、軽い物を上に重ねるように言われている。一箇所に荷物が偏らないようにも言われているのだ。

 積み込みを始めると、見物人も興味が出たのか、コンテナの近くまで来て観察を始める。

 荷物の積み込みは、それほど大変ではなかったのだが、倉庫からの運搬に時間が必要だった。

 荷馬車が居ない時に、ハインツはキースを伴ってヤスに話しかけようとしたが、ドーリスがギルドの関係者を紹介し始めたので話しかけられなかった。

 倉庫に有った物資がコンテナに積み込まれた。

「ドーリス。これで全部か?」

「はい。全部です」

「よし!神殿に帰るか!」

 ヤスが移動を開始した。
 ハインツとキースが近づいてきてヤスに声をかけた。

「ヤス殿!」

「はい?なんでしょうか?」

 振り返って、ハインツだとわかっても態度は変えないヤスに周りからどよめきが発生した。

「ヤス殿。私たちを神殿まで連れて行ってもらえないでしょうか?」

「無理です」

 一刀両断という感じで断ってしまう。

「なぜですか?」

「俺は”人”を運ばない。ドーリスは、道案内をしてもらっただけで、運んできたわけではない」

「人を運ばない理由をお聞きしたいのですが?」

 ハインツとしては、人を運ばない理由がわからない。
 これだけのアーティファクトなのだから、人を乗せれば大量に運ぶことができる。キースは、ヤスとハインツのやり取りを見て、ヤスの真意を図ろうとしていた。

「まず、王都に乗ってきたアーティファクトは人を載せられる構造になっていない。それ以上に、俺が人を運びたくない」

「ハインツ様。ヤス様は、人を運ぶ仕事をしたくないと言っているように思えます」

「そうなのか?」

「ハインツ様。ヤス様にご確認しては意味がありません」

 キースは、ハインツとヤスの少ないやり取りでヤスの考えを推測した。
 その上で、今までハインツから聞いていた話を合致させて一つの結論に達していた。

「ヤス様。私は、キースと言います。ハインツ様の執事をしております」

「ヤスだ。それで?」

「ヤス様にいくつかご質問があります」

「ん?」

「ヤス様は、”人”は運ばないと言われていますが、”生物”を運ぶのは問題ないのですか?」

「条件次第だが、運ぶぞ?」

「ありがとうございます。ヤス様が手中にした神殿にはアーティファクトがあるとお聞きしました。”人”を運ぶのに適したアーティファクトは存在しますか?」

「存在する。だが、誰もが操作できる物ではない」

「重々承知しております。訓練してもダメなのでしょうか?例えば、私がヤス様から訓練を受けて、人を運ぶアーティファクトを操作できるようになりますか?」

「多分だがキース殿では無理だろう。訓練すれば必ず操作できるようになる物ではない。俺も条件はわからない」

「そうですか・・・。条件がわかる方法はありませんか?」

「神殿の施設を使えれば、資質は有ると思うが、それ以降は努力次第だな」

「ありがとうございます」

「ハインツ様。ヤス様の言い方では、辺境伯家の者にアーティファクトの操作を覚えさせるのは難しいと思います。違う付き合い方を考えたほうが良いと思います」

「・・・。キースがそういうのなら大きくは違っていないだろう。わかった。サンドラに確認する」

「それがよろしいかと思います」

 キースは、ハインツを説得する形になったが、ヤスの主張が認められた。

 セミトレーラが動き出してしばらく経ってから、ドーリスがヤスに話しかける。
 王都に向かう行程ではアーティファクトを動かすには魔力と精神力を使うと思って無駄な話はしないようにしていたのだが、ヤスが大丈夫だと言ったので、ドーリスも気にしないで話しかけるようになった。

「ヤス殿」

「そうだ!ドーリスも、”殿”とか”様”とか付けないで欲しいけどダメか?」

 ヤスは、以前から気になっていたのだ。
 ”殿”とか”様”とか言われるのが好きじゃない。できれば、神殿の主と言われるのも止めてほしいと思っていた。

「良いのですか?」

「別に、俺が偉いわけでもないからな。”さん”付けならなんとか許容できる」

「わかりました。ヤスさん」

「それで頼む。サンドラとか神殿に住んでいる連中にも頼むな。セバスとかは何度も言っているけど直してくれないから諦めるとしても、神殿に住んでいる連中なら”さん”付けの方がいい」

「ハハハ。わかりました。サンドラには言っておきますし、他にも、様を付けそうなディアスやカスパルにも言っておきます」

「頼む。神殿の外ではダメなのだろう?」

「はい。申し訳ないのですが、神殿の主として紹介しますので、ご勘弁ください」

 ヤスもそのくらいはわかっている。
 神殿の中だけでもフランクに付き合いたいと思っているのだ。

「わかった。神殿に住んでいる者や俺を守る意味もあるのだろうから諦める」

「はい。誰かに紹介する時には、流石に”様”を付けないわけにはいきません。疑われてしまいます」

「疑われる?」

「あ!いえ・・。あの・・・」

「ドーリス?」

 ヤスは、ハンドルを握りながら、ドーリスを問いただす。

「サンドラやディアスとも話したのですが、私たちがあまりヤスさんの近くに居ると、妾になったり、女性を差し出したりすればアーティファクトが操作できると思われるのも問題が出てきます」

 今、アーティファクトに乗れているのは、外から見るとカスパルだけだ。実際には、リーゼもサンドラもドーリスもディアスも操作できるのだが、カートと自転車と原付きの運転が楽しくて、車にたどり着いていない。
 ミーシャとデイトリッヒは、神殿への帰属意識よりもリーゼへの感情が勝っているのでカート場にさえ降りられない。もちろん、アーティファクトを操作することも出来ない。自転車は辛うじてできるのだが、動力を使う物は全滅なのだ。

「うーん。今更だと思うけどな?違うか?」

「え?あっ・・・。そうなのですが、これまでは辺境伯やサンドラが抑えてくれていますが、違う貴族が出てきたら話が違ってきます。それに、あっ・・・。なんでも無いです」

「ドーリス?」

「・・・」

 ヤスは、カーナビの黒い画面に映るドーリスを見る。

「すでに、私やサンドラはヤスさんの妾だと思われています」

「そう?妾?本妻は?」

「リーゼです」

「はぁ?俺は、子供には興味がない」

「・・・。そうですか?」

「・・・。なんだよ。ドーリス?」

「いえ、なんでも無いです」

 ドーリスは、ヤスの外見から10代後半だと予測していた。そして、リーゼは17歳だと聞いていた。
 そのために、お似合いであると思っていたのだ。リーゼがハーフエルフだと知らなかったのだが、知ってからはヤスとリーゼなら年齢的にも丁度良いのではと思っていたのだ。サンドラもディアスも同じように思っていたのだ。
 そして、領都から移住してきた者たちは、リーゼがヤスの正妻だから移住が許されたと思っているのだ。
 ヤスもリーゼも本人たちは住民から”最低でも恋人”だと考えられていると思っていないので、何も言っていない。言っていないので住民たちは皆が見守ることとなったのだ。

「そうか・・・。ドーリス。帰りも同じルートでいいのか?」

 これ以上の話を聞くのが面倒になったヤスはいきなり話を変えた。

「はい。そうですね。行きと違って荷物の積み込みがあるので、遅くなりますが問題はありませんか?」

「問題ないな・・・。そうなるとどこかで一泊する必要があるかな?アーティファクトなら夜中でも移動できるけど、村や町の門は閉まっちゃうだろ?」

 行きは、エルスドルフ以外の村や町で、ドーリスだけが降りて村や町に入ってギルドに挨拶をして物資を集める依頼を出す。日持ちは気にしないで食料を中心に集めてほしいという依頼を出していた。各ギルドで金貨1-5枚程度だ。
 そのために、帰りに集めてもらっている物資の搬入が待っているのだ。期間が短くて集まらない場所も有ったとは思うが、それでも各ギルドに顔を出して状況を聞く必要がある。

「そうですね。どこでも、ギルド職員用の宿泊所を持っているので、そこに泊まれますが・・・」

「ん?俺は気にしなくていい。アーティファクトの中で寝られるからな。食事だけはどこかで買ってきて欲しいけどな」

「わかりました」

 雑談を絡めながら、ヤスはドーリスに神殿の生活で不便がないかを聞いていた。
 ドーリスの答えは簡潔だった。”神殿の生活が快適すぎて他の町に行けない”だった。

 ギルドの近くに作った建物や住んでもらう場所は、ヤスは自重して作ったつもりだった。
 サンドラでさえドーリスと同じで帰りたくないと言い出しているのだ。他の者が、ヤスに感謝しているのだ。徐々に神殿への帰属意識が芽生えているので、カート場に降りられる人数も徐々に増えていくのは間違いない。

 困っていた日用品も、ユーラットとの交易が始まって少しは落ち着いたようだ。
 同時に、ドワーフたちが酒造りの合間に日用品を作っているので、神殿に居る限り食料以外で困らない状況にはなってきている。

 ヤスは、ドーリスから状況を聞いて安心した。
 食料は、今回の輸送で落ち着くとサンドラから聞いている。生活が落ち着き始めて数名は狩りや採取に出ている。神殿の周りからの採取や狩りで必要な食料は揃う。したがってあと1-2回買い出しにいけば飢える心配がなくなる。

「そうか、それなら問題はなさそうだな」

「はい」

 2箇所の村で購入した物資を詰め込んだ。
 次の町までの距離を考えると、次の町で暗くなってしまうだろう。

「ドーリス。次の町で休もう」

「わかりました」

 ライトが必要になる手前で、町に到着した。
 ヤスは、宣言通りに居住スペースで寝る。

 夕ご飯は、ドーリスが町の食堂に依頼してくれた。ヤスは、食堂からの出前を受け取って居住スペースで食べた。食器は、朝に回収しに来ると説明された。

 夜、居住スペースの明かりを落とした。
 横になって目を閉じた。

 ヤスが寝息を立て始めてどのくらい経過しただろう。

 セミトレーラを見つめる視線がいくつか現れた。結界には近づいてこないので、マルスもヤスには知らせていない。

---

 セミトレーラを囲むようにしているのは、5人の男女だ。
 1人は、貴族風の格好をしているが若い男だ。そして、他の4人は同じ様な服装をしている。冒険者と言われればそうなのかも知れないというレベルだ。

 貴族風の男が、4人組のリーダの胸座を掴みながら問いただす。

「間違いないのか?」

「はい。間違いありません」

 リーダの男は、貴族風の男の掴んでいた腕を払いながら答える。

「なんとかならないのか?」

「無理です」

「貴様!無理とかなんだ!俺のために、なんとかしようと思わないのか?」

「出来ない事は出来ません。それに、俺の仕事は、貴方様をアーティファクトの所まで連れてくる事で、アーティファクトを手に入れる事はありません。老婆心ながら言っておきますが、神殿を攻略した者に対抗しようなどと思わないほうが良いと思います」

「煩い!あの神殿は俺が攻略するはずだったのだ!それを・・・」

「はい。はい。そうですね。俺たちはここで手を引かせてもらいます」

「な!貴様ら!」

「契約した内容は終わりました。後はご自由に!お得意の魔法で攻撃してみるのもよいと思いますよ。あのアーティファクトに通じれば、ですけどね。俺は、ゴブリンのようになりたくないのでね」

 リーダは、他の3人に指示をして、その場から立ち去る。
 残されたのは、貴族風の若い男と、御者が居ない馬車と繋がれた馬だけだ。

『マスター。個体名ドーリスが近づいてきています』

 マルスは、居住スペースで寝ているヤスを起こす。
 起こすのはそれほど難しくない。

「おはようございます」

 ドーリスが運転席にたどり着く頃にはヤスも起きて外に出ていた。

「おはよう。荷物の積み込みか?」

「はい。お願い出来ますか?」

「わかった。コンテナを開けて待っている。この町では何が手に入る?」

「今までと同じです。主に、イモ類です」

「わかった。積み込みの監視は頼む」

「はい。ギルドも人を出してくれるので大丈夫です」

 ヤスが監視を気にするのは、2つ前の村で荷物を運び込んでいる時に、荷物にまぎれて数名がコンテナに潜り込もうとしたのだ。
 マルスがコンテナに潜んでいる男たちに気がついて、ヤスに伝えた。ドーリスがギルドに文句を言って問題が発覚したのだ。

 潜り込もうとした連中は、最後まで依頼主は話さなかったが、どこかの貴族のバカボンに依頼(強制)されたのは間違いなさそうだ。何が目的だったのかは、判明している。コンテナに潜り込んで、夜中にヤスがアーティファクトから離れた所でコンテナから出て(馬車の様な物だと思っていたようで中から開けられると考えていた)アーティファクトを盗むつもりで居たようだ。

 それだけではなく、依頼主は神殿の正当な持ち主だと主張していて、ヤスが自分から神殿を奪った罪人だと言っていたらしい。だからなのか、ヤスを殺して、ドーリスを脅して神殿まで案内させて神殿を乗っ取ろうと思っていたようだ。色々矛盾した証言だが、捕らえられた者たちの証言なので信じる者は居なかった。

 マルスが危惧したのは、人ではない。
 コンテナに潜り込んでも、振動で気を失うだけだ。外に出ようと思っても簡単には出られない。密閉度も高いので、長時間中に居ると酸欠状態になってひどければ命を落とす危険性もある。
 人は、それほど心配していない。マルスは、人ではなく魔道具が持ち込まれないのかを気にしていた。途中で爆破されたり、毒で汚染されたりしたら損失だけではなく、ヤスの立場がなくなってしまう(可能性を危惧していた)。

「積み終わったら教えてくれ」

「わかりました」

 ヤスは、マルスに監視を頼んでバックミラーで積み込みの様子を見守っている。

 問題になりそうな行動はなかった。

 ヤスから見える部分の積荷がコンテナの中に積み込まれた。

 ドーリスが門の所に来ていた誰かに呼ばれたようだ。

「ヤスさん。ギルドマスターが呼んでいるので行ってきます。俺は行かなくて良いのか?」

「問題ないです。ギルドマスターが私に内密な話だと行っています。荷物は積み終わりました」

「わかった。コンテナを閉じて待っている」

「はい。どのくらいかかるのかわかりません。申し訳ありませんが待っていてください」

「大丈夫。結界を発動するから皆に離れるように言ってくれ」

「かしこまりました」

 ドーリスと一緒にヤスもコンテナの中身を確認する。しっかりと積み込まれた荷物を見てチェックを行う。目視での確認だが、しっかりと確認を行った。中に人が入り込んでいない事が確認出来た。魔道具が持ち込まれているとエミリアが知らせる仕組みになっている。
 二人で調べて問題がなかったので、ヤスは扉を締める。

 人足や見物に来ていた者たちには、ドーリスがアーティファクトから離れるようにお願いする。

 見物している者たちが距離を取ったので、ヤスはエミリアを操作して結界を発動させる。
 エミリアに結界の内側を調べさせた。ヤス以外の生物が居ない状態を確認した。

 ヤスがセミトレーラの運転席に戻って結界内をモニタリングし始めた時に、ドーリスはギルドマスターと話を始めていた。

---

 ドーリスは、呼び出されたギルドマスターから内密の話がしたいとギルドまで移動するように言われた。
 すでにヤスに断りを入れているし、ギルドマスターの深刻な顔を見て、なにか重大な案件が発生していると判断した。それも、ヤスではなく自分だけを呼び出しているので、ギルドに関連した問題であると判断した。

 ドーリスを連れたギルドマスターが部屋に案内した。
 ギルドマスター自ら案内したので、ドーリスは厄介事である可能性を考えた。

「ドーリス。いや、ドーリス殿」

「今まで通り、ドーリスでお願いします」

「そうか・・・」

「それで何があったのですか?」

「ふぅ・・・。まずはこれを読んでくれ」

 ギルドマスターは持っていた羊皮紙をドーリスにわたす。

 目を通して、ドーリスの表情が一気にこわばる。怒りに似た感情がそこには加わっている。

「ゼークト様!」

「ドーリス。わかっている。ギルドは、ダーホスとドーリスの宣言を尊重するのは決定事項だ。それに、アフネス殿とデリウス=レッチュ辺境伯の署名もある。ギルドは動かない」

「当然です!神殿の都(テンプルシュテット)のギルドマスターとして正式に抗議を入れます」

「・・・。頼む。抗議は待って欲しい」

「なぜですか?完全に言いがかりですよ?」

 ドーリスが見た羊皮紙にかかれている内容は、神殿の正当な持ち主はリップル子爵家であるという大前提があり。神殿を攻略したと嘯いた上でアーティファクトを無断で使っているヤスの捕縛に関する依頼書だ。依頼料は、ヤスが持っている総資産の半分となっている。
 リップル子爵領のギルドが正式に受諾した依頼書になっている。
 依頼の日付はヤスとドーリスが領都に立ち寄った日になっている。

「だから、わかっている。すでに認められている。正式な書類にもなっている」

「ならばなぜ!」

「ドーリスもわかるだろう?」

「わかりません」

「ドーリス!」

「・・・」

「わかるだろう。ギルドが正式に受けてしまっているのだ」

「だったら!」

「そうだ。リップル子爵領のギルドに問い合わせをしたが返事はない」

「・・・」

「ドーリス。教えてくれ、あのアーティファクトは、誰にでも動かせるのか?」

「ヤス様は、無理だと言っています。実際に、私は動かせません」

 実際には、ドーリスは動かせるのだが訓練を受けていないので、動かせないと答えた。
 エンジンをかけることはできるし、アクセルを踏み込めば動かせるのだがそれだけなのだ。ハンドルの操作やアクセルとブレーキの役割は、カートで理解出来ているのだが、実際にうごかそうと思うとそれだけではない。だから、動かせないと答えたのだ。

「そうか・・・。俺が少し練習して、あのアーティファクトの操作ができると思うか?」

「無理です。多分、動かす前準備も出来ないでしょう」

 ゼークトと呼ばれたギルドマスターはドーリスの返答は予測が出来ていた。なので、話を変えてヤスについて質問する。

「神殿の主殿は、温厚か?」

「どうでしょう。懐にいれた人間には優しいでしょう。甘いと言ってもいいかも知れませんが、敵対者には厳しいと思います」

「なぜそう思った?」

「領都での話は聞いていますか?」

「聞いている」

「ヤス様は、領都での事がありながら、サンドラを受け入れました。それだけではなく、ハインツ様や領主様とも良好な関係を築いています。領都からの移民も”ほぼ”無条件で受け入れています」

「そうか・・・」

「はい。しかし、敵対した者たちには厳しいと思います」

「なにかあったのか?」

「神殿に不利益になるような行動をした者たちを捕縛したまでは良いのですが、神殿に連れて行って・・・。出てきた者は1人もいません。本当に、1人も許されていないのです」

 ドーリスは勘違いをしていた。
 ヤスが厳しいのではなく、ヤスに対して敵対行動を取った者たちを、マルスや眷属が許さなかっただけなのだ。

「・・・」

「ゼークト様?」

「リップル子爵領以外では、この依頼書は破棄させるようにする」

「わかりました。それだけですか?」

「もし、この依頼を受けた奴が襲撃してきて、神殿の主殿が反撃して殺してしまっても問題ないと宣言させよう」

「わかりました。ヤス様に、告げてもいいですよね?」

「ドーリスの判断に任せる」

「ありがとうございます。この件で、ヤス様とギルドの間が崩れても知りませんよ?」

「しょうがない・・・と、言えないのが悲しいな。わかった。王都のギルドを動かす。できれば、それまでに襲ってきた連中はなるべく殺さないで捕縛して欲しい」

「私では判断できません。ヤス様に全部話しをして判断を仰ぎます」

 二人の間に沈黙が流れる。
 これ以上は譲歩も進展も無いだろうと考えて、ドーリスは依頼書になっている羊皮紙を持って、ギルドマスターの部屋を出た。

 依頼書を破り捨てたい気持ちになっていたのだが、ヤスに見せて、サンドラやディアスの意見も聞きたい。何よりも、証拠として取って置かなければならないことは解っていた。解っているのだが・・・。ドーリスもすっかり神殿の人間になってしまっているようだ。

「リーゼ!それはダメだと思うの!」

 姦しい声が地下のカート場に響いている。

 神殿のカート場に居るのは、ハーフエルフのリーゼ。帝国から連れてこられたディアス。神殿近くに領地を持つ辺境伯の娘であるサンドラ。
 それと、ドワーフの方々だ。

「何がダメなの!問題は無い!ね!サンドラもそう思うでしょ?」

「私を巻き込まないでよ。わたしは、調整で忙しいの!」

 3人で会話をしているようにも聞こえるが実際には違っている。
 リーゼとディアスはカートでならし走行をしている。サンドラは、ドワーフにお願いして愛機をいじってもらっている。

 ヤスとドーリスが王都に向かったタイミングで、サンドラがカートにはまった。
 自分で操作できるのが嬉しいのだろう。リーゼとディアスに挑んだ。

 3人の中で最初にカートを動かしたのはリーゼだが、カートを理解したのはサンドラではないだろうか?

 サンドラは、リーゼとディアスに負けたタイミングで、ツバキに連絡をした。サンドラの要望は、ツバキではわからなかったので、セバスに伝えられてマルスに伝わった。マルスは、ヤスに許可を求めて、ヤスはOKを出した。

 サンドラの希望は、カートを専有したいという願いだった。
 身長が、リーゼやディアスと比べると低いサンドラでは、カーブのときなどに踏ん張れない。リーゼのラフプレイで外側に弾かれてしまうのだ。
 ヤスからのOKが出たサンドラはすぐに行動を起こした。領都に居た時に知り合っていたドワーフが神殿に移住してきたのを確認して、カート場に入られるか確認した。

 ドワーフたちは、工房に入ってヤス(マルス)からの情報提供を受けた。魔道具に関する情報だけでなく、ドワーフたちが調べてもわからなかった新しい酒精のレシピの情報を得て、神殿への帰属意識が高まった。工房に出入りしているドワーフはカート場にも出入りできる状況になっている。

 サンドラは、カートの一台に自分の名前を刻んだ。
 ドワーフに依頼を出して、ペダルの位置や座席を改良した。それだけではなく、ハンドルの位置など操作しやすいように細かい改良をいれている。

 サンドラがカートの改造を始めれば、当然それはリーゼとディアスが改造を始める切っ掛けにもなる。

 リーゼとディアスが揉めているのは、リーゼがタイヤにガードを付けて接触した時に相手を吹き飛ばす機構を組み込んだのだ。

 リーゼのタイヤカバーは、攻撃に使われるだけではない。コーナーの入り口で強引にイン側に飛び込む時にも有効に作用する。各コーナーのイン側にもアウト側にもタイヤで作られたバイアが存在する。アウト側には、縁石を設置してある場所も有るのだがイン側にはラインがひかれているだけだ。リーゼは、タイヤカバーがあるので、インに強引に飛び込んでも、タイヤバリアにカバーが接触するだけだ。カバーがなければタイヤが接触してバランスを崩すのだが、リーゼは少しだけバランスを崩すだけで曲がれてしまう。
 リーゼとディアスの差は、どのコースでも1周回って1秒以内になっている。小さなミスで逆転されてしまうのだ。

「ねぇサンドラ!」
「サンドラ!」

「はい。はい。聞いていますよ。リーゼもディアスもわかったわよ。一緒にルールを考えましょう」

「そうね」
「うん!」

 カートは当然だがヤスが用意した時には、同じになっている。討伐ポイントで出しているので当たり前といえば当たり前だ。
 エンジン部分や駆動系を含めた足回りはドワーフにも(まだ)改造が出来ない。現状で可能なのはフレームの強化やペダル位置の調整や座席などの調整だけだ。ブレーキの仕組みが解ってきて、ブレーキに手を入れることもできるようにはなってはきている。

 3人は、かなりの時間を使ってルール(レギュレーション)を決めた。

 カートは体重の影響は無視できない。
 3人の体型は似ていないが、体重にはそれほどの差はない。一番軽いのはディアスだが身長は一番高い。今までの環境が環境だったので肉付きが良くないのだ。リーゼが一番重いのは3人の中ならしょうがないことだろう。サンドラは身長は低いが3人の中である一部が発達している。

 三人はお互いの体型を見て、カートの重さ+体重を規定以上にする事が決められた。

 リーゼが作ったタイヤガードはルール(レギュレーション)違反となった。
 カートの全長と全幅は、ノーマルのカートから越えてはダメとしたためだ。

 レース中のルール(レギュレーション)も決めた。

 ルール(レギュレーション)は、サンドラが記憶してツバキにお願いしてカート場に張り出される。
 セバスとツバキの予想からカート場にはかなりの者が降りてくる状況になると思われたからだ。

 ドワーフたちは頑張ってタイヤだけは作られるようになった。
 タイヤは消耗品で交換しなければならない。タイヤの交換は、自分のカートを持っている(リーゼ。ディアス。サンドラ。ドーリス)は自分で交換しなければならない。共有のカートを使ってレースをしている場合は、ドワーフがタイヤ交換をする。

 常に2-3名のドワーフがカート場に常駐する状況になった。提示された報酬はユーラットならエールを数杯飲める程度だが、ドワーフたちは技術力のアップとアーティファクトを改造できる状況を喜んだ。

 ヤスとドーリスが物資を持って、神殿の都(テンプルシュテット)に帰ってきた時には、3人の人族と2人のエルフ族の女性がカート場にはいる資格を持った。

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 カスパルは、アーティファクトを操作してユーラットに来ていた。

「お!カスパル。操作には慣れたみたいだな」

「えぇまだまだですが、なんとかできるようになりましたよ」

「そりゃぁよかった。今日はどうする?」

「魚が欲しいです。あと、素材の買い取りをお願いします」

「わかった。素材は、ギルドに持っていってくれ、魚はギルドに持っていくように伝えておく」

「お願いします」

 カスパルは、決められた場所にKトラックを置いた。ヤスが、カスパル用に交換した物だ。専用ではない。これから、アーティファクトの操作ができる者が増えてきたら運ぶ物でアーティファクトを選ぶようになると教えられている。
 今は、ヤスとカスパルとツバキとセバスと眷属だけがアーティファクトの操作が可能なので、ユーラットへの運送はカスパルの役目になっている。眷属はバスを使って、神殿の都(テンプルシュテット)を定期運行している。神殿の守り(テンプルフート)から神殿の入り口までを巡回するバス。西門と神殿の入り口と東門を巡回するバス。神殿の都(テンプルシュテット)の外周を巡回するバスが運行されている。

 ユーラットに裏門から入ったカスパルは、眷属が採取してきた素材を持ってギルドに向かった。

「ダーホスさんは?」

 ユーラットのギルドは以前よりも混み合っている。
 神殿が攻略されたと言う情報が流れた事や、領都での事情を聞いた者たちがユーラットにやってきているのだ。攻略されたばかりの神殿は美味しいというのが一般的な認識だ。したがって、ユーラットから神殿に向かおうとする者も居るのだが、結界に阻まれて入られない者が多く出た。手順に従って”神殿に害意”がなければ許可が降りるのだが、一部の者はアーティファクトを奪取するのが目的だったり、神殿の再攻略が目的だったり、許可が降りなかったのだ。一部の者たちは、そのままユーラットに滞在している。行く場所もないので、ギルドと魔の森を往復して日銭を稼いでいる状態なのだ。

 そんな状況のギルドに、カスパルが大量の素材を持ち込んでいる。
 領都から商隊が向かっているという話もあるので、今後は護衛の任務が生まれるだろう。屯している連中も捌けるだろうが、今は混沌とした状態になっている。

 奥の部屋からダーホスが出てくる。

「カスパル。今日も買い取りで良いのか?」

「お願いします。それで、いつもの所に入れておいてください」

「わかった。なにか買っていくのか?」

「魚を頼まれています」

「わかった。料金は買い取りから出せばいいのか?」

「お願いします。俺は、いつもの場所で待っています」

「わかった」

 一度、買い取り金額を受け取って帰ろうとしたら、裏門を出た所で襲われたので、それから買い取りで発生した金額はヤスのカードに入れるようにしている。素材も今の所は、眷属が採取してきているので、ヤスが全部を貰っても誰も文句を言わない。

 カスパルは、ギルドを出て裏門を抜けた。アフネスに挨拶しようかと立ち寄ったが不在だった。
 そのままアーティファクトで待っていると30分くらいしてから魚を大量に持ったギルド職員がやってきた。アーティファクトに積み込んだ。魔道具を発動してから、アーティファクトを動かして神殿に戻る。

 朝にKトラックで素材を運搬して物資を持ち帰る。昼にバスに乗り換えてユーラットに向かう。神殿からもユーラットに向かう者が居るためだ。ユーラットから神殿に向かう者たちを載せて帰る。夕方も同じようにバスを使って人を運ぶ。神殿とユーラットの運送がカスパルの仕事となった。

 ヤスは、ドーリスから冒険者ギルドに出された依頼書を見せられて、簡単に説明された。

「ヤスさん。もうしわけありません」

「別に、ドーリスが謝罪する必要はないだろう?」

「でも・・・」

「必要ない。それに、依頼を受けた奴は居ないのだろう?」

「リップル子爵領にあるギルドは不明だけど、他のギルド経由でも依頼を受けた者が居ないのは確認されています」

「それなら別にいいよ」

「え?」

「だって、襲ってきた連中は、俺を殺すつもりなのだろう?」

「そうですね」

「だったら、殺されても文句は言えないよな?」

「ヤスさん。相手は、格上ですよ?」

 ヤスはドーリスを見てニヤリと笑う。
 本人はニヒルに笑ったつもりだが、近くで見ているドーリスから見たら子供が”いいイタズラが思いついた”としか見えなかった。

「ドーリス。その格上の奴らは、最前線で戦っているような連中なのか?」

「違いますね。ランクが上なら自分で調べて行動すると思います。神殿が攻略されたと言われたら自分で調べてから受けるのは間違いありません」

「だろう?そうなると、受ける可能性があるのは、簡単に稼げると考える愚か者でランクもそれほど高くない奴らだろう?」

「そうですね。でも、それでもヤスさんよりは格上で経験もあります。状況を考えると危険ですよ」

「解っている。解っている。ドーリス。その俺よりも格上だけど、高ランクではない奴らは、魔の森の最奥部に行けるか?」

「え?無理だと思います。中層までが限界だと思います」

「なら、なんの問題もない」

「え?」

「セバスが連れてきた眷属を見ていなかったか?確か、サンドラに言われて、俺の従魔として登録したと思うぞ?」

「あぁぁぁぁ!!!上位種!」

「そうだ!セバスの報告で、彼らが更に進化した。護衛として連れて歩くには丁度良いだろう?」

「全部ですか?」

「いや、神殿に居る時は必要ないだろう。外に出るときにだけ、(フェンリル)(キャスパリーグ)(ガルーダ)を連れて行こうと思う。スキルで眷属召喚が使えるらしいから、神殿に帰ってから確認はするけど、戦力は十分だろう?」

「え・・・。そうですね。神殿で確認させてください。でも、ヤスさんの話が本当なら戦力は・・・。十分というよりも、過剰戦力です。多分、フェンリルでしたか?狼の魔物の上位種が進化した状態で、眷属召喚を領都で使われたら、領都が壊滅するかもしれません。それが、後二体?あっヤスさん。確か眷属にした魔物は・・・」

「6体とその眷属だな」

「もしかして・・・」

「あぁ、他の3体は進化まではしていない」

「そうですよね。いきなり全部が進化しないですよね!よかったです」

「あぁ・・・。眷属召喚はできるらしい」

「は?」

「だから、眷属召喚はできる。候補から外したのは、威圧感がないからであって戦力外って事ではない」

「威圧感?」

「考えてみろよ。いくら強いのが解っていても、羊や栗鼠や兎を見て危険だとは思わないだろう?鑑定を持っていなければ、強さもわからないだろう」

 ドーリスは、紹介された魔物たちを思い浮かべる。
 ヤスが行っている、羊や栗鼠や兎はしっかりとした魔物だ。強者の雰囲気という意味では足りないのはドーリスにも理解できる。上位種なのは解っているが、確かに中層を主戦場にする冒険者と戦って必ず勝てるとは言いにくい。

「さて、ドーリス。領都には寄る必要があるのか?」

「はい。物資があります。ギルドと領主様が集めてくれています」

「わかった。暗くなってからでも大丈夫だよな?」

「問題はありません」

「それなら、さっさと移動して、領都で物資を積んで神殿に帰るか」

「はい」

 順調に、村や町に立ち寄って物資の補充を行っていた。
 いくつかの村では、村で採れて過剰になっている作物と芋の交換をお願いされた。ヤスは何がどのくらい必要なのかわからないが、種類が沢山あったほうが良いだろうと判断して、物々交換を承諾した。

 エルスドルフでも物資を積み込んだ。
 すでに辺りは暗くなり始めていた。泊まっていけと勧めてくれる村長に”大丈夫”と告げてヤスはアーティファクトに火を入れる。

 ライトを点灯させた所で村長は納得したようだ。

 一度通った道でナビも表示できるのだが、ヤスも道は覚えている確かに暗くなってきているが、対向車が有るわけではない。速度を落としながら進めば問題ないと考えていた。実際、一箇所曲がればあとはほぼ一本道だ。幹線道路にはなっていないが、太い道を進めば領都に到着できる。

 ゆっくりした速度で進んだが、門が完全に閉まる前には領都に到着出来た。

 緊張もあったのだろう・・・。疲れたのか、ドーリスがウトウトし始めていた。

「ドーリス。もう少し頑張ってくれ、領都に到着したぞ」

「あっ・・・。ごめんなさい」

「いいよ。それでどうする?」

「あっ話をしてきます。神殿にも連絡をいれておきます」

「頼む」

 ドーリスは門番に話をして領都に入っていく、ヤスはやることもないので運転席に戻ってエミリアを起動した。

『マルス。神殿は変わりないか?』

『眷属である。個体名栗鼠(カーバンクル)が進化いたしました』

『他には?』

『バスの運行。地域名ユーラットとの交易。カート場。学校施設。魔の森関連施設。問題はありません』

『わかった。学校の寮にはまだ空きがあるよな?』

『あります』

『村々を巡って見たが思った以上に孤児が多かった。サンドラやディアスに相談して孤児を雇えないかと思っているのだけどな』

『100名程度なら許容範囲です。ただし、食料の問題が発生します』

『わかった。急激に増やさなければ大丈夫だな』

『はい』

 ヤスはエミリアを操作しながらマルスに話を聞いた。
 細かい要望は、セバスやツバキから上がってきているだろうから、帰ってから詳しく聞いたほうがいいと思っているが、運用上の問題がなければよいと考えていた。

『マスター。個体名セバス・セバスチャンからの伝言で、”帰りにユーラットに立ち寄って、アフネス殿を訪ねて欲しい”ということです』

『わかった。他に、なにか言っていたか?』

『渡したい物があるとだけ聞いています』

『了解。ドーリスに言って帰りに寄る』

『お願いします』

 ヤスが状況を確認していると、辺境伯を連れてドーリスが戻ってきた。

 出迎えたヤスは、辺境伯から礼と謝罪を受けた。
 礼は、エルスドルフへの運搬と”うるち()”や(大豆)を大量に購入した件だ。ヤスも素直に礼を受け取った、依頼でやったことだから、もう必要ないと付け足して終わった。

 謝罪は、ヤスに関する依頼が冒険者ギルドに出された件だ。

「ヤス殿には謝らなければならない」

「事情がわかりません」

「そうだな。依頼はたしかに子爵家の領地にある冒険者ギルドで出された」

「そうみたいですね」

「どうやって、奴らはヤス殿やアーティファクトの事を知ったかだが・・・」

 辺境伯が言いにくそうにしている状況とドーリスの反応から、ヤスは一つの答えにたどり着いた。

「そうですか・・・。ランドルフ殿ですか?」

「・・・っつ。すまない。ヤス殿。ランドルフは呼び捨てで構わない。奴は、すでに貴族ではない」

「そうですか・・・。それで彼が何をしたのですか?」

 立ったままだったが、辺境伯はヤスの質問に答える形で現在判明している状況を話してくれた。

「わかりました。でも、大丈夫です。対策を考えます」

「そうか・・・。本当に、すまない」

「いえ、いいですよ。遅かれ早かれ似たような状況になっていたでしょう。ランドルフがやっていなくても他の誰かがやったと思われます」

「そう言ってもらえると少しは・・・」

 リップル子爵領で出された依頼の原案は、ランドルフが出そうとした物だ。もちろん、コンラートが受理しなかった。しかし、依頼としての体裁は整っていたのだ。第二分隊から解体される前に逃げ出した奴が、ランドルフの作成した依頼書をリップル子爵家に持ち込んで報酬を得ようとしたのだ。
 依頼は、子爵領で内容に手が加えられて受理されたのだ。

 判明したばかりで、証拠を集める作業だけではなく証言の調査も終わっていない。
 ランドルフは辺境伯の屋敷で隔離しているので尋問は終わっている。しかし、逃げ出した奴の捕縛は出来ていない。実際に、リップル子爵家に逃げ込まれたら手出しが難しい。犯罪者なら身柄の要求が行えるのだが、明確な罪を犯しているわけではない。受理されなかった依頼を(ヤスとアーティファクト)の情報と一緒に他家に持ち込んで報酬を得ただけで問題にはならない、もちろん犯罪でもない。

 状況は判明したが、ヤスができる事は限られている。
 問題が発生する前に、神殿に戻って護衛や対策を考えるほうが堅実だと思えた。

 ヤスと辺境伯が話をしている最中に、物資を積んだ馬車が門を抜けてきた。

 馬車を見たヤスが辺境伯に、情報はドーリスに伝えるようにお願いして、その場を立ち去る。

「ドーリス殿」

「クラウス様。もうしわけありません。ヤス様は・・・。その・・・」

「サンドラから聞いていた通りの人ですね」

「え?」

「貴女もですが、ヤス殿は・・・。”よくわからない”という言葉が似合う御仁はいませんね」

「そうですね。数日間、一緒にいましたが本当に”よくわからない”人でした」

 コンテナを開けて物資の搬入を始めたヤスを二人が見つめている。

「ドーリス殿?」

「はい。なんでしょうか?」

 辺境伯が今までと違った表情でドーリスに話しかける。

「帝国に動きがあります」

「それは・・・」

 ドーリスの表情がこわばる。
 帝国は、4-5年周期で王国に侵攻してくる。

 前回の侵攻があってから今年で5年目だ。

 帝国と王国は、辺境伯の領地が接しているだけだ。100年近く前に王国が辺境を開拓してから争い続けている。帝国と王国の間には、ヤスが攻略したことになっている神殿を有する山々と魔物が徘徊する”死の森”で分断されている。
 ”死の森”は、高ランクの冒険者でも立ち入るのを躊躇してしまう森だ。開拓できれば広大な土地が手に入るのだが、誰も開拓を成功していない。スタンピードで現れた上位種や変異種のオーガやトロールが最下層に位置している。進化が進んだ魔物がデフォルトになっている。表層部は、ゴブリンやコボルトやオークと言った討伐が可能な魔物も多い。ヤスが、エルスドルフに行く途中で遭遇したゴブリンたちも死の森から出てきたと考えられる。
 中央に神殿があると言われているのだが誰も確認出来ていない。

 大陸の中央付近に領土を持つ帝国は、海を求めて王国に侵攻を繰り返している。

 ドーリスもいつもの侵攻と同じだと考えた。

「ドーリス殿。いつもの侵攻では無いようです」

「え?それでは?」

 ドーリスが驚くのも当然で、帝国が領土を接しているのは、王国を除けば宗主国となるラインラント皇国と少国家群をまとめ上げたフォラント共和国になる。皇国は、宗主国と言われるだけあって大陸で一番古いと言われている国だ。他にも理由が有るのだが、皇国を攻める事は、大陸中の国々を相手にするのに等しい。
 共和国に攻め込む可能性は有るのだが、国の規模が3-4倍違う。

「わからない。だが、侵攻の準備をしているのは間違いない」

「わかりました。サンドラとディアスと相談します。あと、ヤス様にはお伝えしてよいですか?」

「判断は、神殿に任せる。それに、確定した事実は何もないからな。帝国に潜入させている者からの連絡だけだ」

「わかりました。情報をどうするのかは相談して決めます。ありがとうございます」

「気にしないでくれ、ランドルフの件の罪滅ぼしにはならないが、少しでも神殿との関係を良くしておきたい」

「そうですか・・・」

 ドーリスと辺境伯が帝国について話しをしている間に物資の積み込みが終了した。

「本当にいいのか?」

 ヤスが戻ってきて、辺境伯を見ていきなり質問をぶつけた。

「”いい”とは?」

「物資の量がかなり”ある”と思えて・・・」

「ヤス殿がギルドに依頼を出した分も含まれている」

「そうか、ドーリス。大丈夫なのか?」

「はい。問題はありません。ギルドで確認しました。食料の他にも、布やインゴットも仕入れています」

「わかった。積み込みが終わったから帰るか?」

「そうですね。辺境伯閣下」

 ドーリスが辺境伯に頭を下げる。
 情報に対する礼の意味も有るのだが、物資を購入する時に口添えしてくれたのは間違いないからだ。

 辺境伯は、頭を下げるドーリスを制した。
 ドーリスからヤスに視線を戻した辺境伯は、改めて立場を明確にする。

「そうだな。良き隣人になれるように努力しよう」

 神殿を一つの組織として認める発言をしたのだ。非公式ながら辺境伯は王都に居る宰相に連絡をして、神殿とヤスの処遇を話し合っていた。
 王都での見物人に混じってヤスとアーティファクトを確認した宰相は、辺境伯に連絡をして”良き隣人”で有るべきだと判断した。

 ヤスと神殿を、王国の領土にある組織として扱うのが妥当だと考えたのだ。国として認めるには諸外国の動きがわからない。ヤスが面倒を嫌うと思える状況から、辺境伯と宰相は”国”ではなく”自治領”と同等の扱いをすると決めた。
 ヤスには告げられていないが、すでにアフネスを通して神殿には伝言している。ドーリスも先程ギルドに寄ったときに聞いた話だ。

 もちろん、そんな意味がある言葉だとは考えていないヤスは、辺境伯が差し出した手を力強く握った。

「ありがとうございます」

 握りながら、ヤスは謝辞を口にした。
 握られながら、辺境伯は安堵の表情を浮かべた。

 ドーリスは、二人を交互に見て、状況がすれ違っていると思いながら黙っていた。

 ヤスと辺境伯は2,3の言葉を交わして別れた。

「ドーリス。用事は終わったけど、どうする?」

「え?」

「夜になったけど、ドーリスは領都で休むか?」

「えーと。ヤスさんは?」

「うーん。ドーリスが大丈夫なら、このままユーラットに向かいたいと思っている」

「私なら大丈夫です。ヤスさんは、アーティファクトを操作して疲れていませんか?」

「このくらいなら大丈夫だ」

「それなら、ユーラットに向かいましょう」

 ヤスとドーリスはセミトレーラに乗り込んだ。見送る辺境伯に手を降って領都をあとにした。

 ハイビームにしたライトが暗い街道を照らす。
 整備されているとはお世辞にも言えない道を、コンテナに荷物を積んだセミトレーラが爆走する。対向車が存在するわけでもない、ドーリスの話では領都からユーラットに向かう馬車は気にしなくても良いようだ。

「ドーリス。大丈夫なのか?」

「はい。今、ユーラットには商隊は向かっていません」

 心配だとは思いながらアクセルを緩めずに爆走を続けるヤスもヤスだ

「そうか、でも、冒険者とか傭兵とか移動していないのか?」

「ありません。冒険者たちが移動するのは、商隊の護衛をしながらです。単独での移動はないと考えてください」

「へぇ・・・。まぁいいか」

 ヤスは、暗闇を照らすセミトレーラのライトを頼りにユーラットを目指す。明確な道が有るわけではないが、馬車が使っている場所は”道”になっている。

 順調に進んだ。途中に休憩を一度挟んだだけで、神殿からの伸びる関所まで到達した。

『マスター。前方900メートル地点に”人”の反応があります。休憩所を利用しているようです』

『知り合いか?人数は?』

『マルスです。マスターの知っている人物は確認出来ません。人数は、11名です。幼体も存在するようです』

『幼体?』

『はい。5歳未満と見られる個体です』

『え?数は?』

『6体です』

『ほとんどじゃないか?』

「ドーリス。非常事態だ。少し寄り道する」

「わかりました。何かアーティファクトに問題でも?」

「違う。この先に、5歳程度の子供が半数を占める集団が居る」

「え?」

「マルス!ツバキにバスを出させろ。俺は、ドーリスと状態を見る」

 ディスプレイに”了”と表示された。

 ヤスは、アクセルを緩めながら、ディアスのナビに従った動きをする。ドーリスは、それを不思議な表情で眺めていた。
 黒く光る板が何となく方向を示しているのは想像できるが表示されている文字が読めないのだ。先程マルスが表示させた”了”の文字も読めなかった。ヤスが何者なのか、余計にわからなくなってしまっている。
 今回、ドーリスがヤスに付いて行った(道案内した)のは、建前としての”道案内”を除けば、町や村のギルドに寄るためと王都にあるギルドで神殿のギルドを承認してもらうためだ。表の目的は果たされたが裏の目的は果たされなかった。ドーリスは、ダーホスと辺境伯とコンラートからヤスの素性を調べられるようなら調べて欲しいと言われていた。受諾したわけではないが、判断ができる情報を渡そうと思っていた。しかし、数日間に渡って一緒に居て解ったのは、思った以上に知識がある。計算も早い。何よりお人好しだという情報が追加されただけだ。

 ドーリスがヤスの新たな情報を考察している間に、ヤスは子どもたちを発見して、居る場所へのハンドルを切った。