異世界の物流は俺に任せろ


 寝室でヤスが寝ているとセバスが入ってきた。

「旦那様」

 セバスが起こしに来る少し前にヤスは目覚めていた。

「ん?あぁセバスか?」

「お水です。冷たい物と常温の物がありますが?」

「冷たい物をもらおう」

「かしこまりました」

 ヤスはセバスから適度に冷やされたコップを受け取り、中に入っている水で喉を潤す。

「ん?セバス。このコップは?」

「はい。工房で作成された物です。旦那様に使って欲しいと持ってこられました」

「そうか・・・。早いな」

 ヤスは出されたコップを眺める。
 ガラスではないのは持った手触りでわかるのだが、プラスチックでもない。素材がわからないが冷たさを維持できるように作られているようだ。一種の魔道具になっている物だ。ドワーフたちは、ヤスから提示された--実際にはマルスが渡した--情報から酒精がある飲み物を冷やして飲むことを覚えた。冷やしたら、冷たさがギリギリまで保たれる方法を考えるのが彼らなりの礼儀なのだ。

「マルス。セミトレーラーの準備は?」

『出来ています』

「ドーリスは?」

「旦那様。ドーリス様ならギルドで待機されております」

「そうか、呼びに行けば良いのだな?」

「ギルドに控えているメイドに連絡いたします」

「わかった。朝食を食べてから出発すると伝えてくれ」

「かしこまりました」

 ヤスがリビングに移動すると、ツバキが食事の準備を終わらせていた。

「マスター。今日は、ユーラットから魚が届きましたので、ムニエルにいたしました。お飲み物はどうされますか?」

「朝だからな。果実水があったよね?頼む」

「かしこまりました」

 ヤスは食事をしながらテーブルの上に置かれている資料を見て大きく息を吐き出す。

「セバス。決済する書類が増えているけど?」

「もうしわけありません。神殿の領域に関しての申請書類です。マスターのサインが必要な書類です」

「内容には問題はないのだな?」

「問題はありません」

「わかった。食事の後で決済(サイン)する。マルス。執務室を作ったほうがいいか?資料の保管場所とか必要になってくるだろう?」

『はい。現在、資料は最下層に保管しております』

「うーん。そうか、決済の方法を変えたほうがいいな。マルスに決済させるとして、問題はサインだけど、俺だけ判子にするわけには・・・。ん。別に問題ないよな?」

『問題はありません。判子の保管方法が問題になるだけです』

「セバス」

「はい」

「セバスは、最下層のマルスまで行けるよな?」

「はい。問題ありません」

「マルス。書類をセバスが持っていって、最下層で決済すればいいよな?判子も最下層で管理すれば問題ないよな?」

『マスターに確認すべき決済以外は問題ありません』

「頼む。それから、決済は”判子”で行うようにしてくれ」

 今日のところはヤスが目を通す必要が有るのかと思ったが、セバスとマルスで処理を行う。

 書類をセバスが最下層で決済を行うために書類を持って移動を開始した。
 入れ替わりにツバキがリビングに入ってきた。

「マスター。移動中のお食事はどういたしますか?」

「うーん。多分、二泊だと思うけど、準備してもらっても大丈夫?」

「問題ありません」

「摘める物で頼む」

「かしこまりました。ドーリス様の分はどうしますか?」

「一応、用意はしてくれ、街の宿に泊まると思うけど、俺はトレーラーの居住スペースで寝る。宿よりも安全だと思うからな」

「かしこまりました」

 ツバキがキッチンに入っていくのを見送ってからヤスは壁にかかっているモニタに視線を向けた。
 モニタには、神殿の様子が映し出されている。迷宮になっている部分だ。

 魔物が溢れているわけではない。すべての階層に低位の魔物が見られる程度だ。

 ヤスはギルドが本格的に動き出せば問題はなくなるだろうと考えた。事実、領都から複数のパーティーがユーラットに移動を開始している。最終目的地は神殿に向かう目的を持っている。冒険者ギルドから斡旋があったからだ。優良なパーティーを移動させて、神殿に恩を売ろうと考えたのだ。同時に、引退を考えている冒険者にも声をかけて、神殿のギルドで働いてもらおうと考えているのだ。
 ヤスはスルーしていたのだが、領都に居る辺境伯もサンドラの身の回りを世話するという名目で人を送り込もうとしたのだが、セバスに気取られてしまった。サンドラに確認したところ、必要はないという返事をもらって、辺境伯からの人の手配は中止になった。

 他にも、討伐ポイントの収支を確認すると、現状ではかなりの”黒字”になっている。スタンピードが発生してしまう可能性を秘めた魔力量を誇るディアス・アラニスが居るので比較的容易に討伐ポイントを稼いでいられるのだ。

 ヤスが一通りの確認を終えたタイミングで、ツバキが食事を持ってきた。

「マスター。お食事です。飲み物も一緒に入れてあります」

「助かる。マルス。ドーリスを呼び出してくれ」

『了。自転車で移動してくるので、10分後には駐車場の前に到着します』

「わかった。西門を使ったほうがいいよな?」

『はい。問題ありません』

 マルスとの(調整)も終わって、ヤスは立ち上がる。
 エミリアを持って駐車場に向かう。

 駐車場では、セミトレーラーが荷台に2つのコンテナを載せて鎮座していた。

 ヤスは運転席に乗り込む。
 数日しか経っていないが懐かしい感じがした。

 ハンドルを握る顔が喜びで歪むのを認識してヤスはドライバーだと再認識したのだ。
 エンジンをスタートさせる。心地よいリズムで耳慣れたサウンドが心に響く。ギアを繋がないで軽くアクセルを踏み込む。

 結局、何で動いているのかわからないが、ガソリンを入れていたときと変わらない匂いがしてくる。

 ギアを繋いでハンドブレーキを解除する。ゆっくりとした速度で動き出す。

 神殿の駐車スペースから出て、神殿の都(テンプルシュテット)に巨体を表す。
 正面には、メイドに連れられたドーリスとサンドラが待っていた。

「ヤス殿」

 ドーリスが駆け寄ってくる。
 サンドラは予想していたアーティファクトよりも大きかったので二の足を踏んで居る。

「ちょっと待て!」

 ヤスは、ドーリスを離れた位置で止めて、ドアを開けて外に出る。

「これで行くのですか?」

「そうだ。ドーリス。荷物は?」

「え?あっ私も小さいながらアイテムボックスがあるので必要な物は持っています」

「そうか、優秀なのだな」

「そうですよ。アイテムボックスが使えるので、ギルドでも重宝されたのですよ!」

「へぇ・・・。それじゃ荷物は大丈夫だな?」

「はい。問題はないです。通るギルドには連絡をしてあります。アーティファクトで近づいても大丈夫です」

「わかった。それじゃ行くか?サンドラは見送りか?」

 ヤスは、セミトレーラーを眺めているサンドラに話しかける。

「はい。見送りもですが、お父様と王都に居るお兄様にお手紙をお願いしようと思いまして・・・」

「そうだな。わかった。ドーリスが渡せばいいのだよな?」

「・・・。はい。できればヤス様にお願いしたいのですが?」

「うーん。長時間、アーティファクトから離れるのは難しいからな。ドーリスに頼むことになるのは変わらないぞ?近くまで来てもらえるのなら渡せるとは思うけどな」

「そうですか・・・。ドーリスさん。お願い出来ますか?」

 ドーリスに手紙を渡しながらサンドラがお願いする。
 小言で何かを告げているが、ヤスには聞こえていない。

 ヤスは、最後の点検を行っていた。
 コンテナがしっかりと固定されているのか確認して、タイヤの空気圧とボルトがしまっているのか確認している。他にも、長距離を移動する場合に確認する項目を消化していた。急な坂道を下るので、コンテナの固定は入念にチェックした。

 ヤスがチェックを終えて戻ってきたら、サンドラとドーリスの話も終わっていた。

「もういいのか?」

 ヤスは、サンドラに確認した。
 頷いたのを見てドーリスをもう一度トレーラーに載せる。奥にあるスペースに靴を脱いで座らせた。補助椅子があるので座らせてシートベルトをつけさせる。居住スペースにはいれさせない方針で行くことにしたのだ。

「さて行くか?ドーリス。まずはどうしたらいい?」

「え?あっ領都に向かってください。辺境伯に事情説明をして協力を仰ぎます。サンドラさんの名前を出しても大丈夫なので、簡単に終わると思います」

「わかった。しっかり掴まっていろよ」

「え?」

「サンドラ。離れてくれ、階段近くまで移動すれば大丈夫だ」

「わかりました。ヤス様。ドーリス様。よろしくお願いいたします」

「わかった」

 ヤスはドアを閉めて、パーキングになっていたギアを入れる。ハンドブレーキを解除してから。
 アクセスを踏み込む。

 セミトレーラーがゆっくりと動き出す。

 窓を開けて腕を出す。

「さて!最初の目的地は、領都だな。道は覚えているから大丈夫だ!行ってくる!」

 神殿から出てきたセバスとツバキにも手を振りながら西門にトレーラーを走らせた。

 ヤスは、正門には向かわずに西門にハンドルを切った。

「ヤス殿?どちらへ?」

「西門から一気に降りて関所を越えようと思っている」

「西門?」

「目の前に有るだろう」

「門?ユーラットじゃなくて?」

「そうだな。領都に行くのなら近い方が良いだろう」

 セミトレーラが近づくと門が開いた。ドーリスには門の先がどうなっているのかわからない。見えないのだ。

 近づくと崖になっているように見えるはずだ。

「え?うそ?ですよね?」

「行くぞ!ドーリス。しっかりと掴まっていろよ!舌を噛むなよ!」

「うぅぅぅぅそぉぉぉぉぉぉ!!!!!きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 馬車しか無い世界でいきなり傾斜角15度の道はかなりの斜面に感じるだろう。
 もともとはもっと傾斜があったのだが、ヤスが使うことが考慮されてから修正が行われた。一直線に関所に向かっていた道は、大きくカーブする道に変更されている。カーブに合わせて傾斜もなだらかに変更されたのだ。
 ユーラットに向かう道よりも先に舗装されて居るのは速度が出せるようにと安全面を考えているのだ。雨が降ったりしたら、スリップするような道では安全に速度を出すことが出来ない。セバスの眷属によって進められた舗装計画は、ヤスが速度を出しても大丈夫なように考えているのだ。

 ヤスはそれでも気を使って速度を緩めながら走ったのだが、馬車に慣れているドーリスにとっては信じられない速度で進んでいく。目まぐるしく変わる景色に恐怖を覚えるのだった。

 関所の前にはセミトレーラが駐車できるだけのスペースが確保されている。

「ドーリス。ひとまず、関所まで来たけど・・・。大丈夫だな」

 ヤスは、ドーリスに声をかけてから状況を確認したが、大丈夫だと判断した。

「・・・。はい・・・。大丈夫です」

 悲鳴を上げ続けてやっと落ち着けた状態なのだが、ヤスの問いかけに大丈夫と答えてしまった。

「よし、それなら、領都に移動するぞ」

「はい・・・。あっ。道案内します」

「頼むな」

 セミトレーラにはカーナビがついているディアナがリンクされているので、行ったことがある領都までの道は表示されている。
 以前に通った道が示されている。道案内は必要ないが、ドーリスは道案内で載せているので、道案内はしてもらう。ヤスとしては、リーゼと通った道以外に近道が有るのかと思ったのだが、ほぼ一本道のためにカーナビで示された道をなぞるだけの行程になってしまった。

 残念な思いを持ちつつ。領都が見えてきた。

「ドーリス。領都が見えてきたけどどうする?正面に乗り付けていいのか?」

「え?うそ?もう・・・。まだ・・・。でも、確かに領都ですね。あっ。正面にお願いします。ギルドに話をしてきます」

 FITで来たときよりも早くついたのは、セミトレーラのほうがFITよりも重量があったからだ。路面が悪いのは変わらないが一度速度が出てしまうとFITよりもセミトレーラの方が安定する。信号もないので減速する必要もない。アクセルをベタ踏みで走らせた結果なのだ。

「ヤス殿。それでは、行ってきます」

「急いでいないから伝言を頼むな」

「はい」

 門の横にずれた場所にセミトレーラを停めてドーリスを降ろす。
 ヤスは、運転席に戻って窓を開ける。

「ドーリス。戻ってきたら、ドアを叩いてくれ、それでわかると思う」

「わかりました。休んでいてください」

 ドーリスもすぐに辺境伯に会えるとは思っていない。
 時間がかかりそうなら手紙をギルドに預けて、ギルドの用事だけ済ませてから先に進もうと考えていた。

 王都までまだかなりの距離がある。
 確かに、馬車で移動するよりも数倍早く到着できるからと言って街やギルドの用事をゆっくりやっていい理由にはならない。

 ドーリスはしっかりと見ていたのだ。
 門の近くに、守備隊が隠れていた。それも、ランドルフが率いていた”たちの悪い”連中だ。

「ディアナ。結界を発動。ドーリス以外は近づけないようにしてくれ」

『了』

 カーナビの画面に短くメッセージが表示された。

「結界の様子を表示できるか?」

『マスター。エミリアです。結界の様子とは?』

「結界の周囲を表示してくれ、誰かが近づいてきたらわかるようにしておいてくれ、録画も頼む」

『了』

 エミリアにディアナの設定を頼んで、ヤスは居住スペースに移動する。
 すぐに帰ってくるとは思っていないので、横になって待つことにした。

--- ヤス

 久しぶりにここ(居住スペース)で横になる。
 前ならSAやPAやコンビニで漫画やエ○本を買って読むのだけど、近くにはなさそうだからな。

 エミリアにゲームの一つでも入っていれば暇つぶしができるけど、ネットが繋がらないから無理だろうな。通販が出来ても、どこに届くかわからないしマルス経由だと拠点になっている神殿になってしまうな。
 なにか試しに買ってから出てくればよかったな。

 いいか・・・。疲れたから寝て待っているか・・・。

--- ドーリス

 まずは冒険者ギルドに行かないと!
 神殿の都(テンプルシュテット)のギルドを出るときに連絡したから、ギルドマスターは居てくれるとは思うけど・・・。

 冒険者ギルドは、依頼の受付が終わって閑散としている。
 顔なじみの受付を探してみたが居ない。世代交代が進んだのだろう。奥に座っている受付に、ギルド員である印を見せながら話しかける。

「ユーラットのドーリスです。ギルドマスターは居ますか?」

「え?」

「ユーラットのドーリスです。ギルドマスターとの面会の約束をしています」

 受付は呆けた顔をしているが二度目の問いかけで対応を思い出したのだろう。

「はい。お聞きしております。しばらくお待ち下さい」

 私が、領都の冒険者ギルドに居たときにはあんな間抜けな返事は許さなかったのだけど教育が変わったの?

 奥から、コンラート様の声が聞こえてくる。
 慌てている。早すぎると言われても、ヤス殿のアーティファクトが優秀なのと、通った場所もすごかった。崖を駆け下りるとは思っていなかった。

「ドーリスさん。コンラートが執務室で待っています」

「場所はわかっています。入っていいですか?」

「はい。お願いします」

 ダメだ。口出ししたくなってしまう。
 私は、”ギルドの職員”で”領都レッチュヴェルトにある冒険者ギルドの職員”ではない。しかし、私が知っているマニュアルでは簡単に通してはダメなはずだ。ミーシャとデイトリッヒが抜けて大丈夫なのだろうか?

 マスターの執務室も何度も入っているので、変わっていなければ大丈夫だと思っていた。何も変わっていなかった。無事ギルドマスターの執務室に到着した。

 中からは話し声もしないので、扉をノックする。返事が来たのでドアを開ける。

「ドーリス。早かったな」

 中からギルドマスターの声がしたので、頭を下げてから部屋にはいる。
 時間に関しての話を先にするようだ。

「は・・・。い?」

 え?なんで?

「ドーリス殿。はじめまして」

「はじめまして、ユーラット支部のドーリスです。領主様」

 なんで、領主がギルドマスターの執務室に居るの?
 そんなタイミングで私を通さなくてもいいと思うのだけど?

「ドーリス。混乱しているところ、申し訳ないが座って話をしよう」

「え?領主様との話があるのでしたら、外でお待ちしますが?」

「いえ、ドーリス殿。私は、貴殿が来るのを待っていたのだよ」

「どういうことですか?私を待っていた?」

「クラウス様。ドーリスが混乱してしまいます。まずは、順序立てて説明します」

「わかった。コンラートに任せる」

 前のめりになっていた領主様がソファーに深く座り直してくれた。
 なんとなく事情が読めてきた。サンドラさん関係のことを聞きたいのだろう。

「まずドーリスに確認したいのだが、神殿の主が操作するアーティファクトで来たのだな」

「はい。ヤス殿から連絡を頂いてから、魔通信機で連絡いれました。その後、アーティファクトで移動してきました」

「そうか・・・。信じられない速さだな」

「はい。操作しているヤス殿を見ていると、まだ余裕が有るように思えました」

「まだ速度が上がると言うのか?」

「はい。ヤス殿に確認していませんので確実ではありません」

「そうか・・・。あぁいろいろ聞きたいが、まずは神殿の様子を教えてくれ」

 領主が身を乗り出してきた。
 聞きたかったのは、神殿の様子なのか?

「はい。神殿は・・・」

 ドーリスは神殿の状況とヤスに関して感じたことを率直に語った。

 あたたかいお茶を口に含んだ。神殿で出されたお茶よりも美味しく感じない。領主が一緒なので、お茶にも気を使っているのだろうが神殿で出されたお茶の方が美味しく感じてしまっている。

「ドーリス殿。今の話はどこまで真実なのですか?」

 話を聞き終えた領主が最初に言い出した。

「全部です。信じてもらえるとは思っていませんが、事実だけを語っています。感じたことやサンドラさんと考察したことを含めたらもっと荒唐無稽な話になってしまいます」

 ギルドマスターであるコンラートは冷めきってしまったお茶を飲み干してから領主を見る。

「クラウス様。ドーリスの話を聞いて何を思いましたか?俺は、本当に、本当に、心の底からヤス殿と敵対しなくてよかったと思っていますよ」

「そうだな・・・。サンドラとランドルフと儂の首を差し出せば・・・。ダメだな」

「はい。領主様。無意味です。サンドラさんからの手紙にかかれていると思いますが、ヤス殿に取り入るのは難しいと考えてください。首を差し出せば関係が悪化するだけです」

「どうしたらよいと思う?」

「それは、『領主として』ですか?王国の『貴族として』ですか?サンドラさんの『父親として』ですか?」

「全部だ」

 ”ふぅ”と大きく息を吐き出して、新しくいれてもらったお茶で喉を潤してからドーリスは領主を見つめる。

「・・・」

「率直な意見を聞きたい。特に、神殿の主に関してだ!サンドラの考察とやらを含めて聞かせて欲しい」

「私とサンドラさんだけが感じていることかも知れませんよ?」

「頼む。今は、情報が欲しい」

 領主がギルドの職員に頭を下げる。
 辺境伯という立場に居る貴族なのに命令しないで懇願したのだ。

「わかりました。ヤス殿は・・・。善良な人物です。善良がゆえに歪んでいると思います」

「歪んでいる?」

「表現が難しいのですが、間違いなく善良です。でなければ、大量の移民を受け入れません」

 コンラートも辺境伯もうなずくしか無い。

「そうだな。家を与えて、畑も与えて、それでいて対価を要求しなかったのだろう?」

「はい。それどころか、魔石や食料を提供してくれます。一部の人間には、アーティファクトの使い方を教えて、ユーラットと交易を始めています」

「神殿の主になんのメリットがある?人頭税も要求しなかったのだな?」

「はい。サンドラさんがヤス殿に進言したと言っています。が、”税”は必要ないと言われたそうです」

 ヤスが歪んで見えるのは価値観の違いが大きいからだ。神殿としては、神殿の領域に住んでくれるだけでメリットが存在している。討伐ポイントが稼げるのだ。ヤスが生活するのに必要な物は、金銭で得られる少量の物資だがそれさえも討伐ポイントで交換出来てしまうのだ。
 家の設備にかんしても、ヤスの基準は自分が住んでいた場所なのだ。多少やりすぎだと思える部分は認識しているのだが、必要だろうと思ってそのままにしている。
 魔石に関しては、完全にドーリスやサンドラの勘違いなのだ。家やギルドに設置されている家電(魔道具)は魔石を燃料にして動いていると思っていた。少数の魔道具は魔石を必要としていたが、ほとんどの家電(魔道具)は燃料を神殿から供給されているのだ。

「サンドラを神殿の主にと思ったが無理だな」

「どうでしょう?判断は出来ませんが、難しいと思います。女性が嫌いという雰囲気はありませんし、経験もお有りのようです。ディアス殿の話を聞いて憤慨しておられました。身体を要求されれば差し出す状況に至っても要求すらしませんでした」

 辺境伯はギルドマスターのコンラートを見て自分の判断を口にした。

「コンラート殿。儂は、神殿の主に会いに行こうと思う」

「そう言われると思っていました」

「ドーリス殿。他にはなにかあるのか?」

「漠然としていますね?」

「おかしなことと言えば神殿の主に申し訳ないか・・・」

「いえ、おかしくないところを探すのが大変です」

「そうだよな。あれほど高性能のアーティファクトを貸し出したりして大丈夫なのか?」

「原理はわかりませんが、盗まれても、いずれ動かなくなると言っていました」

「どういうことだ?」

「動力を補充できるのが神殿の中だけで、修理も補修も同じだと言っています」

「・・・。神殿から持ち出しても動かなくなるのか?」

「それは違うと思います。実際に、ヤス殿は王都までアーティファクトで移動しますし、カスパル殿が神殿とユーラットの間をアーティファクトで人や物資を運んでいます」

「一定期間、神殿から離れると動きが止まる感じなのか?」

「わかりません。わかりませんが、アーティファクトを動かすためには、なにか条件が有るようです。カスパル殿は動かすことが出来ますが、ミーシャ殿やディトリッヒ殿は動かせません」

「いろいろ聞いたが余計にわからなくなっただけだな。それで、どうしたらいいと思う?」

 領主は、ドーリスが意図的に考えをそらしたと思った。実際にドーリスは答えにくい質問を曲解して答えたのだ。
 しかし、領主はドーリスの考えを見抜いた上で話を元に戻したのだ。それだけ領主は切羽詰まっている状況なのだ。

「わかりました。わかりましたが、私の意見ですよ?」

「わかっている。ドーリス殿が迷惑に思うことはしないと誓おう」

「この状況が迷惑だと言うことはダメですか?」

「それは勘弁して欲しい。あと・・・」

 コンラートを見て、ギルドにも迷惑にならないように配慮すると付け加えた。

「そうですか・・・」

 ドーリスの話は、辺境伯や領都のギルドマスターに告げるには辛辣な意見になっている。

 辺境伯という立場と王国の貴族という側面は似ている。
 神殿を独立させるか、一つの国家として認めると宣言してしまうことだ。しかし、ヤスの考えもありしっかりと話すことが前提になっていると話をまとめる。

 移住者や移住に至った経緯もしっかりと領主の立場として説明しなければならないだろう。
 見方によっては厄介事を押し付けたと取られてしまう。辺境伯として情報を(おおやけ)にすることで、他の貴族から問題視される可能性が高い上に、王から叱責される可能性だってある。それらを全部飲み込むつもりがなければ『知らぬ、存ぜぬ』で通すしか無いのではないかという意見だ。

 うなりながら辺境伯は考えるしか無いのだが、ドーリスの話はまだ半分だ。
 サンドラとランドルフの父親としての辺境伯の立場もある。貴族的に見れば、神殿の主と繋がりを作るために娘を差し出したと見られるだろう。貴族間ではよくある話なので問題にはならない。問題になるのはランドルフのことだ。父親として首を落とせなかった。今から落としては、事実は違っていても神殿の主が首を所望したと見えてしまう。ヤスはそれを望まないのはわかりきっていることだが、ランドルフが無罪放免になるのは貴族として問題になってしまう。
 父親としてはランドルフの継承権の剥奪だけで終わらせたかったのだが状況が悪い方に動いてしまった。

「辺境伯様。辺境伯様は、ランドルフを守りたいのですか?それとも・・・」

「ランドルフがしたことを考えれば死罪だ」

「そうですね。でも、今首を落とせば事実は違っても、ヤス殿に疑いの目が向く」

「儂は、貴族として間違った選択をした。今後は間違えないようにしたい。父親としては、ランドルフに生きていて欲しいが、貴族としては無理だとわかっている」

「そうですか・・・。セバス殿。神殿の主であるヤス殿に使える執事兼神殿の都(テンプルシュテット)の責任者ですが、彼と話をしたときにちらっと言われたことなのですが・・・」

 ドーリスが語ったのは、辺境伯の立場を守るには最適の手段だと思われた。辺境伯だけでなく、ヤスとの関係改善にも役立つ可能性だってある。
 実行に移したとして成功しても失敗しても問題にはなりにくい上に神殿の主であるヤスに迷惑がかからない。そして、帝国への楔に使える可能性だってあるのだ。

「ドーリス・・・」

 コンラートが愕然とするのも当然だ。
 ドーリスの口から提案される手段だとは思えなかったのだ。短い間だが、神殿に住んで、あの空間をうしないたくないと考え始めているのだ。それだけではなく、自分が役立つ部分は裏側では無いかと考え始めていた。
 ギルドは自分とサンドラが仕切ることになるのだが、表の作業はサンドラがそつなくこなしてくれる。裏の事情もわかった上で表として働いてくれるだろう。
 本当の裏は、セバスたちが担当するのだが、表と裏の橋渡しが必要になる、神殿の都(テンプルシュテット)にあるギルドのギルドマスターという立場がある自分が担当するのが一番よいと理解したのだ。

 ドーリスの提案を”是”とした二人は詳細を相談することになった。
 王都からの帰りにも領都に寄る。寄ったときにヤスをギルドにつれてくるか、二人がヤスに会いに行くこととなった。それまでに、ランドルフの処遇を決定して、ドーリスが持ち帰る。

 ヤスがセミトレーラで惰眠を貪っている最中にいろいろと物事が動き出した。

 ドーリスが、領主とコンラートに神殿の主であるヤスについての話をしている頃・・・。

 当のヤスはエミリアでダウンロードしてあった小説(ラノベ)を読みふけっていた。普段は、書籍を購入していたがネット小説はオフラインでも読めるようにダウンロードしてあったのだ。続きが読みたいと思うのだが、続きはまだ表示されていない。アクセスをしているようにも思えるので新作が出てくるのを少し期待しているのだ。

(まだ掛かりそうだな。一眠りしておくか?)

 エミリアに表示されている結界の様子を見ながらヤスは身体を横にした。

『マスター。敵勢反応です』

「敵?」

『はい。門から死角になる場所から結界(ディアナ)に攻撃が行われています』

「大丈夫なのか?」

『問題はありません。魔法での攻撃もありましたが、現在の損傷率0%です』

「それは攻撃なのか?」

『はい。攻撃に該当します』

「でも、損傷していないのだろう?」

『はい。無傷です』

「それじゃ放置でいい。損傷したら教えてくれ」

『かしこまりました』

「エミリア。そう言えば、結界は損傷していないのだよな?」

『損傷していません』

「なんでだ?」

『停車中で結界の張り直しが発生していないためです』

「ふぅーん。そうか・・・。まぁいいか・・・」

 返事を聞いて本当に興味がなくなってしまったのか、ヤスは横になり目をつぶった。

 最終局面になっていたドーリスと領主とコンラートの話は、今後の予定を確認するための話に移っていた。

「それでは、王都ヴァイゼまでの道にある街には寄ってもらえるのだな?」

「そのつもりです。各街のギルドで、食料を集めてもらう予定にしています」

「ドーリス殿。魔通信機でサンドラから話を聞いたが、本当にそれほど集めて持っていけるのか?巨大なアイテムボックスが使えるのか?」

 領主が疑問に思うのも当然だ。
 アイテムボックスは通常1人が持てる量が決まっている。大きい人でも30人分の荷物を持てる程度だ。1人の荷物なら30泊分が限界だ。

「いえ、ヤス殿のアーティファクトで運びます。速度が早いので、日持ちしないものでも運ぶことが出来ます」

「日数はわかるのだが、量が問題にならないのか?」

「確か、街は8箇所ですよね?」

「そうだな。食料調達と協力してくれそうな領主の街を考えると、9・・・。いや、8箇所だな」

「クラウス様?」

 コンラートが不思議な表情を浮かべる。

「コンラート。リップル子爵家と言えばわかるだろう?」

 コンラートは、子爵家の名前を聞いて納得した。

「リップル子爵?確か、辺境伯の領地に守られる形になっている子爵家ですよね?」

 ドーリスは自分が持っていた知識を呼び起こそうと子爵家を引き出しから引っ張り出した。

「あ!」

 皆の視線がドーリスに集まる。

「失礼しました。領主様。わかりました、ヤス殿の道案内は私が行います。リップル子爵家の領地は通らないようにします」

「そうだね。そうしてくれると助かる」

「余計な軋轢を産む必要はないな。もともと、子爵家の街に寄る予定にはなっていないから、遠回りになるが子爵家の領地を避ける道を考えることとしよう」

「お願いします」

 領主が”ポン”と手を叩いた。

「そうだ。1箇所追加で行ってもらいたいところが有るけど大丈夫かい?」

「最終的な判断は、ヤス殿に委ねられますが道案内が不自然にならなければ大丈夫だと思います」

「よかったそれでは・・・」

 領主からの依頼は、子爵家の領地を避けると自然と向かうことになる寒村だ。そこに”塩”を届けて欲しいという依頼だったのだ。サンドラの祖母が産まれた村で支援要請は来ていないが、そろそろ塩がなくなる時期だということだ。普段なら、守備隊を向かわせるのだが、今回はヤスに依頼したいらしい。

「荷物を運ぶのならヤス殿は受けられると思います。それで持っていく塩は?」

「すでに準備出来ている。馬車で2台分だが大丈夫なのか?」

「問題ないです(多分。後ろの大きな箱の中に入れるのだろうけど、十分入るよね?)」

「それは良かったすぐに準備をして正門に運ばせよう」

 領主がコンラートに話しかける。
 コンラートがすぐに呼び鈴を使ってギルドの職員を1人呼び出した。二言、三言、耳打ちをした。職員は全員に一礼してから部屋を出ていった。
 1-2分で職員は執事風の人物を連れて戻ってきた。

 領主が執事風の男性に状況を説明して、支援予定になっていた物資を持って正面に向かうように指示を出した。

「あ!」

「ドーリス殿。何かありますか?」

「いえ、アーティファクトに載せるときに、ヤス殿の指示に従ってもらうのと、人手が必要になると思います」

「人手は、冒険者ギルドか商業ギルドで準備しよう。何人ほど用意すればいい?」

 コンラートは、ドーリスを見るが、ドーリスも実際に人手が必要なのかもわかっていない。

「多くても邪魔になってしまうでしょうから、数名でお願いします。足りなければ、近くに居る守備隊の人に手伝いをお願いします。よろしいですか?」

 ドーリスは最終確認の意味で領主に質問した。

 領主は頷いたが、少しだけ考えてから口を開く。

「守備隊で問題はないが・・・」

「あっ!第三分隊?」

「どうした。ドーリス?」

「あっ・・・」

 ドーリスは、領主を見る。
 現状第三分隊は解散こそされていないが隊長は謹慎処分になっている。したがって、領主が指揮をしていることになっているのだ。

「わかっている。儂が指揮をしている・・・。ことになっているのだが・・・」

「そうですか、私がアーティファクトから降りて、ギルドに来るときに、門でアーティファクトを睨みつけている第三分隊を視ました」

「そうか、確かなのか?」

「確実にとは言いませんが、この領都であんなに派手な格好をしているのは、第三分隊の人間(クズ)だけだと思います。戦いにくそうな格好なので間違いないと思います」

「・・・」

「・・・・。っ」

 コンラートは黙って領主の顔を見る。
 領主は苦虫を一気に1万匹噛み潰したような表情をしている。苦々しく思っているのだろう。

「おい!」

「はっ!」

 まだ側に控えていた執事に向かって領主が指示を出す。
 領主自ら向かうと言ったが、流石にコンラートと執事に止められた。その代わり、塩を積んだ馬車を移動するという名目で守備隊の精鋭を向かわせることにした。第一部隊の隊長はコンラートが知っていた堅物だが信頼できる人間だと太鼓判を押した。

 執事は領主がしたためた指示書を持って館に戻るようだ。
 ドーリスは、ギルドで手続きをして待つことになった。

「ドーリス。本当に良いのだな?ドーリスなら王都のギルドのサブマスに推薦できるぞ?他の街ならギルドマスターに推薦できる」

「いえ、廃れた手垢がついて既得権益でがんじがらめになっているギルドに行くよりも、新しく勃興する街でギルドマスターを行うほうが有意義で面白みがあります。上司は存在していませんし、意見を話し合える同僚が1人と、丸投げしてくる領主?国王が居るだけです。こんなに素敵な職場は他にはありません。コンラート様のお言葉は嬉しいのですが謹んでご辞退いたします」

「ドーリス。慇懃無礼という言葉を知っているか?」

「いえ初めて聞きます、慇懃尾籠(いんぎんびろう)なら聞いたことがありますが、私の態度ではないとおもます」

「おま・・・。まぁいい。わかっているようだから・・・。」

 コンラートはドーリスを見つめる。力強く見つめ返す瞳に文句が言えなくなってしまった。
 力なくため息を付いてから・・・。

「ダーホスの推薦を受諾する」

 ドーリスはコンラートの宣言を聞いて頭を下げる。

「ありがとうございます。王都のギルドで手続きをいたしましたら、帰りにまた寄らせていただきます」

「わかった。待っている。どうせ、近くだ。たまには顔を出せよ」

「わかっています。私は、レッチュガウの領都レッチュヴェルトにある冒険者ギルドで育ててもらいました。恩はお返しいたします。仇も数倍にして返します」

「それがなければ嫁・・・」「コンラート()()なにか言いましたか?」

「いや何でもない」

「そうですか、わかりました。それでは、冒険者ギルド以外のギルドにも顔を出してきます。遅れないようにはいたしますが・・・」

「わかった。わかった。待っていてもらうよ」

「いえ、先に・・・。あっダメですね。私が一緒じゃないと多分・・・。すみませんが、待っていてもらってください」

「わかった」

「それでは、お世話になりました」

 ドーリスは立ち上がって頭を下げる。
 いろいろな思いは有るのだが、今生の別れではない別れなら簡単にするほうが良いだろうと考えた。

 ドアから出ていくドーリスを見送ったコンラートはしまってあった書類を机から取り出して火の魔法を使って燃やした。使わないだろうとは思っていた書類だ。ドーリスを王都冒険者ギルドのサブマスに推薦する推薦状を順次してあったのだ。
 燃えていく書類を見ながら、会話をした子供っぽい顔立ちをして、変わったアーティファクトを操る青年を思い出していた。

「淀んでいた空気が彼の出現で動き出したのか?」

 誰に聞かせるわけでもなく閉じられた扉にぶつかった。

 ドーリスが各ギルドを回って神殿への不干渉を取り付けて冒険者ギルドに戻ってきた。

「ちょうど良かった。ドーリス。塩を積んだ馬車と護衛が到着した」

「よかった。それでは行きましょう。ヤス殿が待っている・・・。と、思います」

「なぜ言い切らない」

「アーティファクトの中で寝ている姿が想像出来たので・・・」

「寝られるのか?」

「寝られます。私は入っていませんが、リーゼとアフネス様とダーホスとイザークは乗ったと言っていました」

「そ、そうか?でも、アーティファクトと言っても安全では無いのだろう?寝るとは・・・」

 コンラートは、ドーリスの話を聞いたが、まだどこか信じられなかった。

 ドーリスとコンラートを先頭に馬車は正門に近づいた。

 護衛している守備隊に緊張が走る。
 ドーリスとコンラートにもはっきりと戦闘音が聞こえてくる。正確には、魔法の着弾音だ。

「誰かが魔法を使っている?剣戟の音もしている。戦闘が行われているかも知れない!コンラート殿。ドーリス殿。数名を先行させたいのですが許可をいただけますか?」

 コンラートがドーリスを見る。今は、コンラートではなく建前上はドーリスが隊長なのだ。

「許可します。領都の中で、辺境伯の(マーク)がついた馬車を襲う馬鹿は居ないでしょう。最低限の人数を残して先行してください」

「感謝します。御者と護衛二人を残して他は我に続け。正門の横で戦闘が行われている可能性がある速やかに移動して鎮圧する!」

 隊長は素早く指示を出し、自分は先頭で正門に移動を開始した。

「隊長!」

 ドーリスが正門と聞いて一つの可能性を思いついた。

「なんでしょうか?」

「正門の横には、神殿の主が操作しているアーティファクトがあります」

「え?アーティファクトは、ギルドの近くに止められていた馬が無くても走る馬車ですか?」

「そうですが、違う種類です。大きさで言えば、数倍あります。馬車の4-5倍の大きさです」

「・・・。ありがとうございます。危険は無いのですよね?」

「神殿の主・・・。ヤス殿が出てこられたら、絶対に攻撃しないでください。まずは声をかけて、私の名前を出してください。それでわかってくれると思います」

「助言、感謝いたします。攻撃の音が激しくなってきました。手遅れかも知れませんが、急ぎます」

「はい。お願いします」

 走り去る隊長を見送ったドーリスとコンラートはお互いの顔を見て、お互いに渋い顔をしているのに気がついて笑いそうになってしまった。

 ドーリスは、ヤスやアーティファクトが傷つけられないだろうと予測しているが攻撃しているのが第三分隊の連中だと辺りをつけている。後始末に時間が取られてしまうだろうと頭が痛くなりつつ有った。
 コンラートは、ドーリスが考えている内容をほぼ正確に予測した上で、後始末を自分が行うのだろうと嫌な気分になってしまった。

 二人が後始末に思いを馳せている頃。隊長はもっと現実的な危機を考えていた。

(ドーリス様の話から、第三の奴らがアーティファクトに攻撃している可能性が高い。そうなると・・・。やはり!)

「戦闘準備!」

 正門に到着すると、魔法を展開して攻撃を仕掛けている第三分隊が目に入る。同時に、結界のような場所に剣や槍で攻撃をしている者も居た。

「どうなっている!なぜ、攻撃出来ない!アーティファクトを確保すれば、俺たちは一気に近衛にもなれるはずだ!」

 駆けつけた第一部隊のメンバーから『近衛にはなれないから!』というツッコミが聞こえてきそうだったが第三分隊の連中にも考えがあった。アーティファクトを取得して、神殿の主を殺せば、自分たちの隊長が神殿を把握できる。そうなれば、自分たちは晴れて新しく立ち上がる国の近衛兵になれて今まで以上に活躍できる。と、本気で思っていたのだ。

「貴様たち!何をしている!領主様から、アーティファクトと神殿の主に手出しするなとお達しが出ていただろう!」

「知らねぇよ!俺たちは腰抜けの領主に従う義理なんて無い!ランドルフ様が俺たちに好きにしていいと言ったから従っていただけだ!」

「貴様ら!もういい。捕縛しろ!抵抗するのなら攻撃性の魔法の使用も許可する。だが殺すな!突入体制!」

「お上品な第一部隊サマは戦い方もお上品ですね。俺たちに勝てるか!」

「そんな装飾多寡の鎧を着て、訓練を怠るような連中に負けるわけがない!」

 隊長は抜剣して、剣を振り下ろした。

 まずは魔法使いが攻撃性の魔法を放つ。一部がそれて結界に当たってしまった。

 すべては結界に優秀な第一部隊の魔法師が魔法を誤射したために決着がついてしまったのだ。

『マスター。結界の損傷が0.2%です』

「ん?さっきまで攻撃していた奴らか?」

『いえ、攻撃していた者たちを攻撃した者からの誤射と思われます』

 ドーリスやコンラートが聞けば『なんてのんきな会話だ』と言われてしまうような話をヤスとエミリアは行っていた。

「エミリア。最初に攻撃していた奴らの拘束は可能か?」

『無傷での拘束は不可能です。移動力を奪う攻撃を行います』

「うーん。殺さなければいいかな。できるか?」

『問題ありません』

「よし、実行!」

『了』

 ディアスが張っている結界に属性が付与された。
 雷属性だ。派手な装飾品をつけた部隊に結界から雷が放たれる。一瞬の出来事で避けられた者はいなかった。エミリアは追撃の準備をしたのだが、状況を判断して必要ないと考えた。

 第一部隊の隊長は何が発生したのか理解出来なかったが、アーティファクトから何かしらの攻撃が行われて、第三分隊の9割が倒れたのだ。

「奴らを捕らえよ。首謀者を逃がすな!」

 この状況で逃したらそれはそれですごいと思うような状況だが隊長としてはそれ以外に言葉がなかった。
 目の前では、魔法に打たれてピクピクしている者や口から泡を吹いて倒れている者・・・。数名、アーティファクトから距離がある場所に居た者は辛うじて立っているが逃げ出せる状態ではなさそうだ。

「連れて行け!」

 第三分隊の連中を連れ出そうとしたときに、ドーリスたちが正門を通り抜けた。

「隊長!」

「ドーリス殿。コンラート殿。無事、捕縛できました」

 ドーリスが一歩前に出て隊長から感謝の気持ちを受け取る

「それはよかった。それで、ヤス殿は?」

「気がついていると思います。アーティファクトから攻撃が行われました。おかげで捕縛が簡単に行えました」

「そうですか・・・。隊長。待ってください。ヤス殿に来てもらいます。それから、捕縛した者たちも待っていただければ、帰りは馬車に放り込んでおけば移動が楽になると思います」

「そうですね。そうしていただけると助かります。神殿の主に挨拶ができれば嬉しいです。それに・・・。本当に、これがアーティファクトで高速で動くのですか?」

「はい。私も実際にユーラッのト近くから乗ってきました」

 なぜか神殿とは言いたくなかった。恐怖が蘇ってしまったのだ。

「そうですか、神殿の主が疲れて休んでいるのも当然ですね」

 隊長はなにやら自分の中で折り合いをつけていた。
 アーティファクトは操作する者の魔力を利用して動作する。目の前にある巨大な馬が無くても移動できる馬車がアーティファクトだとすると動かすのに大量の魔力が必要になる。動かせたとして披露は凄まじいものがあるだろう。なので、アーティファクトを使って指導してきた神殿の主が疲れて休むのも当然だと考えたのだ。

 前提条件が違うのだが、ドーリスもコンラートも違うと思っていてもヤスから説明されていないので、憶測で説明するわけにはいかないと考えて、肯定も否定も出来ないでいた。二人が黙ってしまったので、隊長は自分の予想が当たっていると自信を持ってしまったのだ。

『マスター。個体名ドーリスが近づいてきます』

「わかった。思った以上に早かったな。さて起きるか!」

 ヤスが居住スペースから出て、外に出る。ドーリスが運転席の近くまで来ているのが見えたので、ヤスはドアを開けて外に出た。

「ドーリス。終わったのか?」

「大丈夫です。それで、ヤス殿いくつかお願いがあるのですが・・・」

「なに?」

「まずは、私以外が近づけない状況をなんとかして欲しいのですが・・・」

 ヤスの目には結界から近づけないコンラートと守備隊が映った。
 それと多くの縛り上げられた者たちも目に入って面倒そうな表情を浮かべたのだった。

 ヤスはエミリアに命じて結界を解除した。

「ヤス殿。感謝します」

 コンラートが近づいてきて、まずヤスに感謝の言葉を口にした。

 ヤスはコンラートの言葉を流しながらドーリスに話しかける。

「いや、それは良いけど・・・。ドーリス。もう出られるのか?次の街に行こう」

「いえ、領主から依頼がありまして、その関係で彼らに来てもらいました」

 襲撃犯を完全に無視してヤスとドーリスは話をしているのだが、目の前で拘束された連中がなにか文句を言っている。

「・・・。はぁ・・・。ドーリス。そこで転がっている芋虫以下の奴らは潰していいか?うるさくてたまらない。セミトレーラなら簡単に潰せるぞ?」

 もちろん、実行するつもりは無いのだが恐怖を与えるには十分なセリフだ。
 第二分隊の連中はヤスの言葉を受けて、ディアナがエンジンを”ふかした”だけで黙ってしまった。

 鎧を着込んだ1人の男性がヤスの前に出て頭を下げる。

「神殿の主様。第二分隊の処遇は守備隊に預からせて欲しい」

「え?」

「ダメでしょうか?」

「いや、もともと俺が捕縛したわけではないし、必要ない。むしろ連れて行って欲しい」

「感謝いたす」

 隊長は深々と頭を下げた。

「それだけですか?」

 ヤスは本題が別にあるのは、ドーリスのセリフからわかっていたのだが、どんな依頼なのかわからないので自分から聞けなかった。

「いえ、失礼しました。私は、守備隊の隊長をやっている。フォルツと言います。神殿の主様。領主からの依頼があります。受けていただけませんか?」

 ヤスは、ドーリスと一緒に来ていたコンラートを見る。
 しかし、動かないので、自分が話を進める必要があると判断した。

「フォルツ殿。私のことは、ヤスと呼んで欲しい。神殿の主と呼ばれるのは好きじゃない。それで、依頼とは?物品を運ぶしか出来ないぞ?」

「わかりました。ヤス様。領主の依頼は、”とある村に塩を運んで欲しい”とのことです」

「塩?」

「塩の供給が途絶えると死活問題です。村には定期的に塩を運んでいたのですが、スタンピードやその後の問題で運び手が集められなくて、ヤス様なら運べるのではないかと期待しております」

「ドーリス。村の所在は聞いているのか?」

 ヤスは、ドーリスが知っていると考えて、カマをかける意味もありいきなりとドーリスに聞いた。

「場所はわかります」

「わかった。ドーリス。コンラート。冒険者ギルドで依頼として処理できるのか?」

 コンラートがドーリスを手で制してからヤスに答えるようだ。

「ヤス殿。冒険者ギルドでは受けられません。ドーリス殿が神殿の街にあるギルドの代表として依頼を処理しなければなりません」

 え?という顔をするドーリスだったのだが当然だ。
 ヤスは独立した国”相当”と考えられる。そのために、ドーリスが正式な就任前だが、神殿の街にあるギルドとして依頼を処理する必要があったのだ。

 だが、ドーリスとしては最後の依頼として領都の冒険者ギルドが処理を行うものと考えていた。

「そうか?それでは、ドーリスが受け付ければいいのだな?」

「はい」

「ドーリス。頼む。運送料は、ドーリスに任せる。相場がわからないから俺が口出ししないほうがいいだろう」

「わかりました。それで、ヤス殿。塩は馬車に積んでほしいのですが、全部を載せられますか?」

 ヤスは、後ろから来ている馬車を見る。

「2台だけか?」

「そうです」

「塩は、ツボかなにかに入っているのか?」

「いえ、木箱に入っています」

「それなら積み重ねても大丈夫だな。十分に持っていけるぞ」

 それから、コンテナの一つを開けて馬車で持ってきていた塩の積み込みを始める。
 ヤスが積み込みを監視しながらコンラートが塩が入っている箱の個数を数える。

 ドーリスと隊長のフォルツは離れた場所で運搬費の相談をし始めた。ヤスの承認を得ていると言っても安い料金で受けるわけには行かない。今回限りの料金設定をしても問題ないのだが、今後を考えるとある程度の形を決めた料金にしたほうがいいのはお互いにわかっている。
 荷物を運ぶのは小規模の商隊にとっては糧を得るために丁度いい。そして、その商隊を護衛する者たちにも糊口を凌ぐためにも無いと困る依頼なのだ。アーティファクトを基準にすると料金が安くなってしまう。護衛が必要ないので当然だろう。

 二人の出した結論は、料金は通常の商隊に依頼する場合の2倍にする。『時間を買う』や『安全を買う』と認識してもらうのだ。依頼場所までの移動費も含まれるために実際にはそれほど高くないのだが、依頼が続発しても対応できない。アーティファクトが使える者が増えてきたら値引きも考慮するという話で落ち着いた。

「ドーリス。積み終わったぞ?」

「え?全部ですか?」

「他にその村に持っていく物があればまだ余裕が有るぞ?」

 セミトレーラに積まれたコンテナの扉が開けられているのを、二人は唖然として見る。

「・・・。ドーリス殿。あの鉄の箱の中身が空だと知っていましたか?」

「いえ、知っていたら、2倍ではなく、3倍か4倍と言いました」

「そうですよね。私も箱と箱の間に積み込みが行われるものと思っていました」

 大型の馬車二台分の塩がコンテナの中に積み込まれている。コンテナは1/3も入っていない。

「ヤス殿。動くのですか?」

「ん?あぁ大丈夫だ。この・・・。あ!これは、コンテナというのだけどな。これが満杯になっても大丈夫だ。速度は出ないけど、動くぞ?ユーラットから神殿に向かう程度の山道じゃ問題なく上がれるぞ。2つとも満杯にしても問題ない」

「え?前の箱も中身は空なのですか?」

「そうだぞ?見てみるか?」

「いえ、大丈夫です。そうですか・・・。馬車10台分以上の荷物が詰めるのですね」

「うーん。これは、セミトレーラというアーティファクトだけど、フルトレーラにしたらこの倍は詰めるぞ?山道はつらいけど・・・。タイヤを変えればなんとかなるだろう」

 ヤスの言葉を聞いて二人は頭を抱えた。輸送量と時間を考えると2倍でも安いと感じてしまう可能性が高い。

 ドーリスがヤスの言っていた内容を思い出した。

「あ!ヤス殿。でも、人は運ばないのですよね?」

「あぁ道案内が必要な場合は別だけど人は運ばない」

「どんなに金貨を積まれても?」

「人を運ぶのは面倒だしいろいろ制約がある」

 二人は、ヤスの言っている制約をアーティファクトの制約だと解釈した。ヤスが言っている制約は、日本に居たときの法律的なことだ。日本の法律のおよばない場所なのだから、”関係がない”と言えるのだが、なんとなく人だけは運ばないと決めているのだ。

「ドーリス殿?」

「フォルツ様。ヤス殿は人を運びません。したがって、行商人には該当しないと思います。運んだ先で商売をしません。大量の物資を運ぶだけです」

「だから・・・。あ!そうか、それなら、さっきの設定で問題ないのだな」

「そうです」

 ドーリスがフォルツと決めた契約に納得したので、正式に契約を行う。場所は、コンラートがギルドに用意した。
 馬車は第二分隊の連中を載せて領主の館に移動する。ヤスとコンラートとドーリスとフォルツはギルドの個室に入って契約を締結した。

「ヤス様。お願いいたします」

「物資の運搬なら俺の仕事だ。しっかりと運ぶよ。村で運ばれた塩の確認をしてもらえばいいのだよな?」

「はい。ヤス様。領主様からの書簡をお渡しいたします。村長に渡せばわかるようになっています」

「わかった。村長に渡して、受領書をもらってくればいいのか?」

「受領書?」

「ん?村長が確かに受け取ったという書類がなければどうやって荷物が届いたと証明する?」

 ヤスは思い違いをしていた。
 領都からユーラットに武器や防具を運んだときにも受領書はなかった。依頼した物が届かない場合が多い世界だ。届いた受け取った場所で料金の支払いがを行う。今回の様なレギュラーな輸送の場合でも、護衛に守備隊がついたり、第三者が一緒に村まで行ったり、信頼する者が確認するのだ。そのために、受領書という考えは無い。ヤスの場合には、荷物だけを預かって確実に届ける。届いた荷物の確認は、先方とヤスで行うので、受領書がないと困ると考えたのだ。

 ヤスの考えを聞いて3人は関心をした。
 新しい考え方だが、アーティファクトを使った運搬では必要になる。今回は、ドーリスがギルドの人間として村に話をして輸送を見届ける。
 王都からの帰りに、領都に寄って守備隊から料金をもらう契約になった。

 契約に納得したヤスは、ドーリスと一緒にセミトレーラに乗り込んだ。
 もちろん、コンテナを確認した。しっかりと固定されているのは当然だとして荷物が偏っていないことを含めて入念に行った。

 エンジンに火をいれて、アクセルを踏み込むとゆっくりとした動きでセミトレーラが動き出した。
 それを、塀の上からコンラートとフォルツは見送ったのだ。

 フォルツから報告を聞いた。
 神殿の主は、強者の雰囲気は一切纏っていないと説明された。フォルツが腰の剣を振り下ろせば殺せると思えてしまったようだ。

 しかし、フォルツが試しに殺気を神殿の主に向けて踏み込もうとした瞬間に自分が殺されているビジョンしか見えてこなかったと言っている。強者ではないが、逆らってはダメな人間だ。フォルツは、儂に進言してくる。

「クラウス様。神殿の主。ヤス様と敵対しないでください。敵対したときには、全力で逃げてください。何分間の時間を稼げるかわかりませんが全力で間に入ります。もしかしたら秒で終わってしまうかも知れませんがクラウス様が逃げる時間を稼いでみせます」

「フォルツ。お前がそこまで言うのか?」

 フォルツは王都で行われる武芸大会でも上位入賞の常連だ。
 隠れた強者も居るだろうが、王国で5本の指に入る強者であるのは間違いない。そのフォルツが殺される未来しか見えないと言っている。

「はい。クラウス様。私のスキルはご存知だと思います」

 もちろん知っている。
 フォルツのスキルは、”危険感知”と”未来予測”だ。数秒後の未来が予測できるというスキルだが万能ではない。フォルツが持っている経験の上でしか成り立たない。しかし、有用なスキルである。フォルツのスキルで命を救われたのは一度や二度ではない。

「スキルが今までに無いくらいに警告をしてきました」

「そうか、不気味だな。でも、それは神殿の主である。ヤス殿の個人の武勇ではないのか?」

「わかりません。個人の武勇かもしれません。しかし、第二分隊の奴らが全力で攻撃して傷一つ付かないアーティファクトはそれだけで驚異です。第二分隊の練度が低いと言っても・・・」

「そうか、それが有ったか・・・。個人でも、フォルスを超える武勇を持ち、アーティファクトを操るか・・・。敵対は愚の骨頂だな」

「はい」

「そうなると、第二分隊とランドルフの処遇はしっかりと考えないとダメだな」

「クラウス様」

「今は、儂とフォルスしか居ない。忌憚のない意見が欲しい」

「ありがとうございます。第二分隊の全員・・・。参加していない者を含めて、奴隷に落として、ランドルフ様の護衛にしてはどうでしょうか?」

「ん?護衛?そうだな。主人は?ランドルフにして、ランドルフが死んだら、奴隷も死ぬようにすればいいのか?」

 ランドルフは、死ななければならない。しかし、儂が死罪を言い出せるタイミングは過ぎてしまっている。
 暗殺の実行も領地内では好ましくない。やはり、ドーリス殿の提案に乗るのが良いのだろう。

「クラウス様?」

 フォルスを交えて詳細に決めなければならない。
 実行は、フォルスに・・・。いや、ドーリス殿はなんて言っていた?

 神殿を管理している者が居ると言っていなかったか?

「フォルス。悪いが、魔通信機を使う。一緒に来てくれ」

「はっ」

 魔通信機は、会話が遮断される部屋に設置している。小型の物もあるが、この屋敷に設置してあるのは大型のものだ。複数の人間が、一つの魔通信機で同時に会話ができる物だ。

 フォルスが部屋に入ったので、まずは会話が遮断される魔道具を発動する。これで、外部に話し声が漏れない。

 数回の呼び出し音で相手が応答した。

神殿の都(テンプルシュテット)ギルド、マスター代理。サンドラ』

伯爵領(レッチュガウ)領都(レッチュヴェルト)クラウス・フォン・デリウス=レッチュ」

「同じくフォルツ」

『お父様?フォルツ?』

「サンドラに質問と状況を教えて欲しい」

『お父様。その前に、ヤス様は?』

「エルスドルフに塩を運んでもらっている」

『ドーリスは承諾したのですか?』

「承諾した。依頼として正式に受諾してもらった」

『わかりました。なぜ?エルスドルフなのですか?あっそうですね。リップル子爵領を避けたのですね』

「そうだ。それで、ヤス殿のアーティファクトに攻撃をしていた第二分隊を捕縛した」

『え?馬鹿なのですか?お兄さまの命令だったのですか?』

「今、調査中だ」

『わかりました。それで、神殿の都(テンプルシュテット)ギルドにご連絡のご用件は?』

「話が早くて助かる。サンドラ。神殿を預かっている。セバス殿とはどういった方だ?」

『え?』

 フォルツにも聞かせていた話しだが、ドーリスの提案を話した。

「ドーリスの提案だが、儂は採用しようと思うのだが、不確定要素としてセバス殿が挙げられる。サンドラ。セバス殿は見えたのか?」

『お父様。私は、今神殿の都(テンプルシュテット)ギルドの人間です。安々と情報をそれも大事な人に関係する情報を流すとお思いですか?』

「思っていない。思っていないが、教えて欲しい」

『セバス殿は”見えません”でした』

「そうか・・・。お前は、この提案はどう思う?」

『ドーリスとセバスが話をしている場に、私もいました。かなり怒り心頭だったのも事実です』

「わかった」

『お父様。お待ち下さい。セバスがギルドに来ました』

「是非、話をしたい」

『聞いてきます』

 なんとタイミングがいい。
 魔通信機に出たセバス殿は、物腰が柔らかそうな声をしていた。
 だが、ヤス殿への忠誠心は強いのだろう。アーティファクトに攻撃を受けたという報告をフォルスがしたときに、魔通信機から流れてくる声の情報だけだが殺気が伝わってきたと思えてしまった。フォルスも感じたのだろう。儂と魔通信機の間に割り込むように立ちふさがった。

 すぐに殺気は消えたが恐ろしかった。
 そして、セバス殿からお願いは告げられた。

『レッチュ辺境伯閣下。旦那様に攻撃を加えた者たちの処遇は私たちにおまかせいただけますか?』

「セバス殿。ヤス殿から、私たちに任せるという言葉を頂いています。セバス殿のお気持ちはわかりますが抑えていただけないだろうか?」

 フォルツが神殿の主からもらった言葉を盾にセバス殿への譲歩を引き出そうとしている。
 儂は、第二分隊とランドルフは神殿に差し出しても構わないと思っている。それで友好関係が結べるのなら安いものだ。

『フォルツ殿。申し訳ない。私の説明が足りませんでした。実行部隊を私たちにお任せいただけないでしょうか?』

「実行部隊?」

『はい。旦那様には眷属が居ます』

「クラウス様!セバス殿の話は・・・」

「しかし、セバス殿。よろしいのですか?第二分隊といえ戦闘訓練を受けています」

『それは、オーガ種を単独で倒せるレベルですか?隊としてオーガの変異種を数体まとめて倒せる練度ですか?』

「え?オーガですか?無理ですね。単独なら、ゴブリンの上位種が限界で、隊としてはオークと対等に戦えます」

『そうですか・・・。その程度なら、100や200でも対処は可能です。オーガの変異種を単独で撃破できるのなら、同数は必要だと思っていました。良かったです』

「・・・」「セバス殿?」

『大丈夫です。旦那様の眷属に魔物種も居ますが、私の眷属に帝国の武装をつけさせます。旦那様との関わりは隠せます』

「わかりました。セバス殿に一任で大丈夫ですか?」

『大丈夫です。それで、必要な死体は?』

「え?」

『旦那様への攻撃を行った愚か者を簡単に殺してしまっては、私がマルス様や他の者に叱責されてしまいます』

「そうか・・・。息子のランドルフが死亡したと思わせられれば十分だな」

『死体が必要ですか?』

「ん?」

『戦闘の後があり血まみれの死体が転がっている状況ならどうですか?』

「クラウス様!その方が・・・」

「そうだな。セバス殿。お願い出来ますか?」

『わかりました。第二分隊の中で、旦那様に攻撃をしなかった者は居ますか?』

「居るが?全員が奴隷落ちの予定だ」

『奴隷にしなくて大丈夫です。その代わり、攻撃に参加しなかった者を、先に引き渡していただくことは出来ますか?』

 セバス殿から詳細な作戦が語られた。
 ドーリス殿から伝えられた作戦よりも実行の手間が少なく得られる物が多い。何より神殿との繋がりが作られる。

『旦那様は関係がありません。セバス・セバスチャンが考案して実行します。問題はありませんよね?』

「問題ない。儂とフォルツは、第二分隊の数名をユーラットに向かわせる。サンドラに物資を届けるためだ。そして、ランドルフを使者として送り出す。護衛は、ランドルフが隊長になっている第二分隊の者たちだ。使者の役目として不安もあるので、ランドルフの母親も同行する」

 ランドルフの母親も一緒に送り出すのは決定事項だ。
 一緒に奴が領地から連れてきた侍女も送り出す。身の回りの世話が必要だろう。

 セバス殿には申し訳ないが、我が領の厄介事が一気に片付く。
 神殿に大きな借りができる形になるのだが、今更、借りの一つくらい増えても問題はない。セバス殿と秘密の共有が出来たことが大きい。

 魔通信機を切断した。
 結界を発動したままフォルツと話を詰める。

 神殿の主。
 どのような人物なのか・・・。セバス殿と話をして余計にわからなくなった。

「ドーリス。こっちでいいのか?」

「はい。間違いないです」

「わかった。速度を落とすから、曲がるのなら教えてくれ」

「はい」

 ヤスは、山道を走っている。
 山道と言ってもほぼ一本道だ。山道に進路を変更するときに、ドーリスの指示が遅れてUターンして戻った経緯があるので、ヤスはそれから速度を緩めるようにした。

「今更だけど、今から向かう村の名前を教えてくれ」

「そうでした。説明していませんでした。村の名前は、『エルスドルフ』という名前です」

「なぜその村に塩を届ける?」

「何も無い村で、交易品が無いので塩の購入が難しいので、領主が定期的に送っているのです」

「聞き方が悪かったな。なぜ塩を”無償”で送るのだ?」

「あっそういう意味ですか・・・。領主の奥さんのお母さんがエルスドルフの出身なのです。サンドラと長男のハインツ様から見たら祖母にあたる人です」

「へぇ村の出なのだな。貴族じゃなかったのか?」

「いえ・・・。そういう意味では、準男爵ですが貴族です」

「ん?祖父が準男爵なのか?」

「いえ、祖母が女性ながらに準男爵なのです」

「へぇ・・・」

 ヤスは難しい話になりそうだったので、興味がなくなってしまった。
 道幅が狭くなってきたので、運転に集中し始めた。

 ヤスが運転に集中し始めると車速が上がり始める。ドーリスも車速があがったのを感知してだまり始めてしまった。

 FITと同じく結界を張っているので、崖から落ちたりしない限りは大丈夫なのだが、それでも砂利道で滑る音や石を弾く音、木を折る音は聞き慣れないと恐怖を覚えるのに十分な音だ。

『マスター。前方500メートルに種族名ゴブリンと思われる小集団。こちらに向かってきます』

 エミリアからの報告を聞いて、ヤスは速度を緩めた。ドーリスが不思議そうにヤスの顔を見る。
 徐行といえる速度まで減速した。

「数は?」

「え?」

「あぁドーリス。すまん。前方にゴブリンらしき小集団が居る。数の確認をしようとした所だ」

「え?」

「アーティファクトの能力だと思ってくれ」

「・・・。はぁわかりました」

「それで、ドーリス。ゴブリンは殺していいよな?」

「大丈夫です。というよりも、可能でしたら討伐してください」

「わかった。エミリア。街道に出てきたら教えてくれ」

『了。数は、7体です。上位種らしき反応があります。街道をまっすぐに向かってきます』

「ドーリス。ゴブリンが7体。上位種が居るかもしれない。討伐するぞ!」

「はい」

 ヤスはアクセルを一気に踏み込む。
 砂利道でミューが低くホイルスピンをするが、構わずアクセルを踏む。

 坂道だが徐々に加速する。

『接触します』

「行くぞ!」

「はい!」

 ドーリスはシートベルトを”ぎゅ”と握っているが前をしっかりと見据えている。今から発生する状況を目に焼き付けるためだ。

 視認できたゴブリンに向けてハンドルを切る。
 塩を積んでいるので無茶な運転は出来ない。

『エミリア。打ち損じたゴブリンを魔法で攻撃できるか?』

『可能です』

『跳ね飛ばしても意識があるゴブリンを含めて雷魔法で攻撃』

『了』

 ヤスはゴブリンの集団を正面に捉えて跳ね飛ばす。
 上位種と思われる体躯が二回りほど大きなゴブリンがセミトレーラの前に立ちはだかるが、速度と質量で跳ね飛ばした。

「・・・」

「終わったか?」

『討伐が完了しました』

 ドーリスは口を開けて唖然としていた。

「ヤス殿?」

「討伐は終わったぞ?あっ!すまん。魔石の回収は無理だ」

「いえ、それはしょうがないです・・・」

「なにかおかしいか?」

「おかしくない所を探すのが無理です」

 ヤスはドーリスの言い方が面白かったのか笑い始めた。

「そうか!でも、降りて戦うよりは安全だぞ?」

「わかりました。ホブゴブリンの亜種が居たようでしたね」

「そうなのか?」

「はい。でも、討伐されたので、村に報告はしておきます。個体数は?」

「そうか、村に出てきたら問題だよな。個体数は、ちょっとまってくれ」

「そうです。ホブゴブリンの亜種が村に入ると全滅もありえます」

『マスター。討伐数は、8体です』

「ドーリス。全部で8体の討伐で、小集団は全滅した」

「わかりました。あっ!その先は山道と左に入る道があって、左です」

「わかった」

 ドーリスの指示は直前に告げられたのだが、カーブに差し掛かっていて速度を緩めた状態だったのでギリギリ減速が間に合って曲がれた。

「あれがそうか?」

「はい。エルスドルフです」

「どこに止めればいい?」

「そうですね。あまり近づいても不審に思われますので、この辺りで・・・。あっあの辺りで停めてください。村長に話をしてきます」

「わかった」

 ドーリスが示した場所は、村から300mほど離れた開けられた空き地だ。ヤスがセミトレーラを滑り込ませ、停車させた。ドーリスを降ろすと、ヤスは運転席に戻って、エミリアに周辺の索敵を開始させた。

「エミリア。今度、遠出するときには、眷属の誰かを連れてくるか?」

『マスター。意味がわかりません』

「セバスが連れてきた魔の森に生息していた魔物を連れてくれば、停車中の警戒とかで役立つだろう?領都で行われたような蛮行は別にして、さっきみたいなときにも魔石を回収したりできるだろう?」

『可能です。神殿で調整します』

「わかった。頼む。無理なら無理でいいからな」

『了』

 ヤスが他愛もない考えをエミリアに伝えている頃。ドーリスはエルスドルフの門で事情を説明していた。
 領主から貰ってきた書状が役立っていた。すぐに村長に会えて、アーティファクトの説明と塩を持ってきたと説明した。道中にゴブリンが出現して討伐したが、魔石が残されている可能性があると説明すると、村長は休んでいた門番の二人に回収を命じた。現金収入に乏しい寒村では魔石を得るチャンスは逃したくないのだ。

 話を終えたドーリスがヤスの所に戻ってきた。

「それで?」

「問題ないです。塩を降ろしたいのですが・・・」

「わかった。村の前まで移動した方がいいか?」

「そうですね。そうしてください」

「わかった。ドーリスは、道を開けるように言ってくれ」

「はい」

 ドーリスがアーティファクトを見に来た村人に声をかけて道を開けるように指示する。
 ヤスは、狭い場所だったので何度も切り返しを行って、後ろから村に向かった。その方が塩を降ろしやすいだろうとおもったのだ。結界は解除した。

 村の門の手前にセミトレーラを停めて、後ろのコンテナを開ける。
 ドーリスもわかっていたのだろう、村長にお願いして塩を運び出し始めた。荷降ろしに時間が必要になりそうだったので、ヤスは村の中を散策して待つことにした。村人もドーリスもアーティファクトを操作してきて疲れているのだろうから休んでくれと言われたのが一番の理由だ。

(おぉぉぉぉぉぉ!!!!!あれは!!!!)

『マスター。心拍数が異常です』

『エミリア!あれは大豆だ!それに、米がある!唐辛子もある!この村は宝の山だぞ!なんで、現金がないとか言っている!』

 ヤスは畑の近くで休んでいる老人に話しかける。

「ご老人。お忙しい時間にもうしわけない。その植物は?」

「お貴族様?これは、”うるち”ですが、お貴族様が食べるような物ではありません。不作になりにくいので、予備で作っているだけの作物です。普段は、家畜の餌や魔物対策で作っています」

「え?食べない?あなた達も?」

「馬鹿なことを言わないで欲しい、こんなまずい物は飢饉が発生した時にだけ・・・」

「え?そうなのですか?作るのが大変とか?」

「ハハハ。変わったお貴族様だ。そんなに珍しいのか?この辺りなら適当に撒いておくだけで勝手に育つ」

「領都では見かけませんでしたが?」

「だから、家畜の餌だと言っている。それに、魔物が好んで食べるから領都では禁止されている」

「え?危なくないのですか?」

「危ないぞ?でも、収穫した物を森にまとめて放置しておけばそれを食べて満足して帰るからな。この村では昔から一定数を育てている」

「一年に一回の収穫ではそれほど数が揃わないのでは?」

「本当に、おかしなお貴族様だな。そっちの豆と同じで年に4回ほど収穫できる」

「豆も・・・。ですか?その”うるち”と豆を買えますか?」

「ほしいのか?」

「はい。ものすごく!」

「村長と相談だな。魔物対策だからむやみに売れない」

「わかりました。それなら・・・」

 ヤスは、ポケットから出すフリをして金貨を1枚取り出した。

「それなら、これで買えるだけ買わせてください。今から王都に行くので、帰りにまたよります」

 ヤスが老人に詰め寄っているように見えたのだろう、後ろからドーリスと村長が慌てて駆け寄ってきた。事情を説明したヤスだが、村長とドーリスに呆れられてしまった。

「神殿の主様」

「ヤスでいい?それで、村長。売ってもらえないのか?」

「売るのに問題はありません。是非とお願いしたい所です」

「なら!」

 ヤスが珍しくのめり込む状態になっている。

「ヤス殿。村長が言っているのは、”金貨”では村中の食物を買ってもお釣りが来ることが問題なのです」

「え?そうなの?」

 ヤスは唖然とした。確かに貨幣価値から考えたら100万だが貴重な物を購入するのだからそのくらいはするだろうと安易に考えた。
 しかし、老人も村長もドーリスも皆が頷いているのを見て自分が間違っていたと悟った。

 ヤスの交渉は難航した。
 理由は簡単だ。ヤスが”金貨”しか提示しなかったからだ。今回は、王都で大量の物資を買うので細かい硬貨よりも金貨で精算しようと思っていたのだ。足りなければ、ギルドから引き出せばいいと考えていた。
 街々での購入も、ギルドに預けている硬貨で購入すればいいと思っていたのだ。

「村長。ヤス殿の条件でよろしいですか?」

「問題はありませんが、ヤス様はよろしいのですか?」

 交渉をさっさと切り上げたいのは、村長もドーリスも同じだった。
 ヤスが拘っているだけなのだ。そこで、ドーリスはヤスから条件を聞いた。

 ヤスが出した条件は、米と大豆を定期的に購入できればいいというものだった。
 村長はヤスに村人を雇わないかと提案してきた。村なら金貨一枚でもあれば1家族が余裕を持って6ヶ月は生活できる。金貨2枚で1年だ。

「問題ない。むしろいいのか?」

「何が問題でもありますか?」

 ヤスに雇われた家族は米と大豆を作る。作られた作物は全部ヤスの物になる。
 問題は不作になってしまったときだが、ヤスは気にしなくてもいいと言ったのだが、村長とドーリスは取り決めをするようだ。簡単に言えば、ヤスに村民を差し出す条件で決まった。奴隷という形だ。そうならないために、”不作にならないようにがんばります”と村長はヤスに握手を求めた

 ヤスは、契約の意味を込めて差し出された村長の手を握り返した。
 ドーリスも安堵の表情を浮かべる。

「村長。ドーリス。金貨1枚じゃ半年だろう?あと、5枚渡すから、3年間の契約で頼む。そうしたら、一年の不作でも翌年に頑張れば取り戻せるだろう?」

「いいのですか?」

 村長が、ヤスに聞き返す。

「俺もその方が嬉しい。それに、米・・・。うるちはこの辺りではこの村でしか栽培していないのだろう?気候が影響しているのか知らないが、それならしっかりと栽培してくれる方が嬉しい」

「わかりました。ありがとうございます」

「そうだ!村長、もし知っていたら教えてほしいのだけど、豆を使った調味料をしらないか、黒に近い茶色の様な液体の調味料や、他にはやはり豆を使ったもので液体じゃなくて茶色や白っぽい調味料だが?」

「液体は知りませんが、もう一つは村で作っています。エルフ豆で作られていた物を真似て作った物です」

「エルフ豆?」

 村長の言葉の中にあったエルフ豆がヤスは気になった。
 ドーリスが簡単に説明してくれた。

「ヤス殿。エルフ豆は、この村で作っている豆の原型だと言われている物で、もう少し粒が大きいのが特徴で、エルフが住まう森で栽培されています」

「へぇ・・・。ロブアンが俺に出した納豆なんかの材料なのだな」

「え?ヤス殿はエルフ豆を食べたのですか?あんな腐った匂いがする物を食べたのですか?」

「納豆ですか?美味しいですよ?あ!うるちが手に入るから!!」

 ヤスが何に興奮し始めたのかわからない二人は顔を見合わせる。
 言葉遣いもおかしなことになっている。

「あ!村長。豆を使った調味料を見せていただきたいのですがありますか?」

「あります。この村では、お湯に溶かして飲んだりしていますが?」

「いえ、調味料だけ見せてください」

「はい・・・。わかりました」

 村長が持ってきたのは、ヤスが異世界に来てから欲しかった物の中でもトップ5に入る物だ。
 ちなみに不動のトップ1は”彼女”だと思っているようだが・・・。業が深い。

 味噌
 ヤスが慣れ親しんだ、甘口味噌ではなかったのだが味噌には違いない。味は調整すればいい。味はこれから開発していけばいい。

 村長は、ヤスがこれほど興奮しているのかわからない。味噌は、薄い野菜汁に味をつけるために使う程度しか使いみちが無いと考えられていた。長期保存ができるので、保存食の意味合いしかない物なのだ。

 ヤスは家庭ごとに味が違うと聞いて、各家庭で作られている味噌を購入した。

 ヤスに取っては有意義な交渉を終えて、王都に向かう移動を再開した。村から出る時には、ヤスは村人から感謝されながら見送られた。

 寒村に塩を運んできただけではなく、村としては価値が低いと思っていた物が戦略級の物資になった。神殿の主が望む物だとわかったのだ。現金収入が乏しい村に現金を落としていったのだ。村長は村の主だった者を集めて話し合いを行った。一つの家が担当するよりも、村でヤスの要望に応えようと話が決まった。個々の負担も減り恩恵も皆が享受できるのだ。

 そんな状況を作ったヤスは欲しかった米と大豆と味噌が手に入って上機嫌でセミトレーラを走らせている。
 ドーリスは何がそんなに嬉しかったのかわからなかった。

『マスター。マルスです。念話でお願いします』

『どうした?』

『マスターがお持ちになっていた本に、”日本酒”や”醤油”や”味噌”などの作成方法が書かれて居ます。再現しますか?』

『本当か?』

『はい。他にも、ウォッカやテキーラなどの酒精を生成する方法も記載されていました。かなりの数の酒精の生産が可能です』

『わかった。あとは、原材料だな』

『はい。必要な材料をエミリアで参照できるようにします。道具に関しては、種族名ドワーフが再現します。鉄鉱石や石英と言った道具に必要な材料は神殿の迷宮区で生成します』

『そうだな。迷宮に潜られるのか?』

『種族名ドワーフやギルドに登録した者が入り始めます』

『わかった。無理はさせるなよ』

『了』

『そうだ。マルス。俺の側に誰かを控えさせることはできるか?』

『可能です』

『誰が適切だと思う?』

『定義が曖昧です。マスターのお望みは?』

『停車時の抑止力と偵察が目的だな。ディアナの索敵でも十分だけど、わかりやすい抑止力が欲しい。アーティファクトだと知ると奪おうとする馬鹿が多い』

『大きさが変えられる者が良いと考えます』

『そうだな』

『マスター命名の(フェンリル)(キャスパリーグ)(ガルーダ)の3種を推薦します』

『魔の森に行っているのではなかったのか?』

『現在魔の森への護衛業務は、彼らの眷属が行っています』

『わかった。3体に連絡を頼む。次からは一緒に行動してもらう。食事はどうなる?』

『彼らは、進化を終えています。神殿に属している状態です。マスターの魔力で十分です。食事は嗜好品です』

『誰を連れて行くのかマルスに任せる。身体の大きさが変えられるのなら、モンキー以外なら大丈夫だろう?』

『はい。問題ありません』

 ヤスはいろいろと突っ込みたい気持ちを抑えながらマルスと会話を続けた。
 その間も、中継になっている村や町への道を指示する。その後の町や村に寄る時には、ヤスはセミトレーラに乗ったままで待っている。領都のギルトから連絡が届いているのか交渉はスムーズに終わった。
 スムーズに行き過ぎて、途中で一泊する予定が最後の町まで到着してしまった。

「どうする?」

 主体性がない聞き方になってしまったが、他に適当な聞き方がなかった。

「最後の町のギルドで、王都に居るハインツ様に連絡しました。驚いていらっしゃいましたが、夜遅くなっても門番に言えばわかるようになっています」

「それなら安心だな。俺は、門の外でアーティファクトの中で寝る。ドーリスは、ハインツ殿と条件やらいろいろと決めてくれ、それから金貨を渡しておくから、物資の購入も頼む」

 道が綺麗になったので、ヤスはアクセルを踏み込む。
 セミトレーラは速度を上げて、王都に向かう。途中で休んでいる商隊を横目にヤスはアクセスを緩めずに走る。

 辺りが暗くなってきて、ドーリスは間に合わなかったかと思ったのだが、ヤスはライトをつけて速度を緩めずに走る。

 ハイビームに照らされて、王都の門が見えてきた。数名の門番が動いているのがわかる。
 ヤスは速度を緩めてからハイビームを解除する。ゆっくりとした速度で王都に近づいていく。

 ヤスが門に到着した時には、綺麗な格好をした男性と護衛と思われる兵士が10名ほど門の外に出ていた。