異世界の物流は俺に任せろ


「旦那様」

 ヤスがFITに乗り込もうとしていると、後ろからセバスが声をかけてきた。

「どうした?」

 FITのキーを操作しながら振り返ってヤスは近づいてきたはずのセバスを見る。

「え?」

 セバスは抱える程度の大きさの箱を持ってきていた。

「セバス。その箱は?」

 セバスの後ろから遅れるようにアフネスが来ている。

「ヤス」

 近づいてきたアフネスが少しだけ上がった息を整えてから説明を始める。

「ヤス。荷物の運搬を頼みたい」

「セバスが持っている箱か?」

「そうだ。もう二箱あるが問題ないよな?」

「問題ない。それで、箱の中身は?」

「セバス殿が持っているのは、直近数日のリーゼとディアスの食料だ。残り二箱の一つも食料を詰めてある」

「もう一箱は?」

「リーゼの下着や普段着だ。あの娘は、着替えを1-2泊分しか持っていっていない」

「そうか、わかった。リーゼに渡せばいいよな?」

「そうして欲しい。それから、家具はどうしたらいい?」

「必要な物は”ある”と思うけど小物類は足りない可能性がある。足りない物は聞いて取りに行かせる」

「わかった。やはり家具は用意してあるのだな」

「当然だろう?受け入れると言ったのだから最低限度の住居は必要だろう」

「・・・。当然なのか・・・。わかった、ヤス。報酬は情報でいいか?」

「情報?」

「魔通信機の持ち主一覧だ」

 ヤスは手渡された羊皮紙を見た。
 番号が振られていて、持ち主と思われる名前が書かれていた。個人名ではなく組織の名前が書かれている物もある。

「アフネス」

「貸し出しはこちらで管理させてもらおうと思うがいいか?」

「いいも何もそのつもりだぞ?俺は交換機を預かっただけだ」

「そうか・・・。助かる。これから、増えたり減ったりしたときに一覧での報告だけはさせてもらおう」

「わかった。そうだ!アフネス。魔通信機を増やせるのなら、ギルド用と神殿用の2つを貸してくれないか?」

「わかった。準備しよう。二台だけでいいのか?」

「十分だろう?リーゼはどうする?」

「欲しがるだろうが必要ないだろう。欲しければ自分で言ってくるのが筋だからな」

「わかった。それだけか?」

 ヤスは受け取った羊皮紙を丸めてFITの中に投げ込む。
 セバスは、トランクを開けて持ってきている荷物を積み込んだ。

「旦那様。準備ができました」

「わかった。アフネス?」

「すまん。私は、セバス殿と一緒に神殿に行かせてもらおう」

「わかった。先に行く」

 ヤスはセバスを連れていくつもりでいたが、アフネスとセバスで交渉が残っているのだろう。セバスが残ることを承諾したので、一人で神殿に向かう。

 載せられた荷物を確認してからトランクを閉めた。運転席に乗って火を入れる。”Sモード”を解除してゆっくりとした動きで走り出す。

 なんの問題もなく神殿に到着した。
 出発したときと違って立派な門が出来ている。

『マルス?この門は?』

『ユーラットを参考に作成しました。外門は門番が居る場所を設置しました。内門は住民なら自動で入ることが出来ます』

『いいけど、人が多く来たら行列が発生して待たせてしまうよな?』

『審査に時間が必要になります。ある程度の行列は甘受すべき事柄です』

『そうだろうけど・・・。マルス。門を3つ作ってくれ』

『はい』

 ヤスは門を3つ作ることで行列を緩和できるのではないかと考えた。

『マルス。左右の2つの門の近くに広場を作ってくれ。待機所にする。雨風が凌げれば十分だろう』

『了』

 マルスに指示をだしたことで、”門に関しての事柄は解決した”と勝手に思うことにした。
 そのままヤスは駐車スペースには入れないで、ロータリーでFITを停めた。

「マスター」

 ヤスが降りると待っていたメイドがヤスに近寄る。

「ん?」

「マルス様から、マスターが荷物をお持ちだとお聞きしました」

「ん?あぁセカンドか?リーゼは落ち着いた?」

「はい」

「そうか、荷物は任せて大丈夫か?」

「問題ありません」

「リーゼの荷物を持っていってくれ。食料は神殿に運び入れてから必要になったら持っていってくれ」

「かしこまりました」

 開けられたトランクからリーゼの荷物を持ってセカンドと呼ばれたメイドがリーゼに家に向かう。
 待機していたもうひとりのメイドがヤスから荷物を受け取り神殿に戻った。

 ヤスもメイドに続くようにして神殿に戻った。
 自室と定めている部屋に戻った。エミリアで神殿になにか問題が発生していないか確認してから風呂に入って体を休める。

『マスター。マスター』

「ん?」

 マルスの呼びかけに寝ていたヤスが反応する。

「ん?あぁマルス。何かあったのか?」

『個体名セバス・セバスチャンと個体名ツバキが移住者を連れて戻ってきました』

「早い・・・。わけでもないな。今はどこに?」

『門で審査及び説明を行っています』

「俺も行ったほうがいいか?」

『お願い出来ますか?』

「大丈夫だ。そうだ!カスパルにも手伝わせよう」

『了。個体名セバス・セバスチャンの眷属を向かわせます。個体名カスパルは必要ないです』

 マルスは、ヤスが言っているカスパルを手伝わせるには反対の考えを持った。
 ヤスは気にするような事柄ではないが、カスパルが説明すると先住者だという特権意識を持たれたら困ってしまうと考えたのだ。それで、セバスの眷属に手伝わせることで、ヤスの支配下の者だけで対応する方法にしたのだ。

「わかった。眷属だけ向かわせてくれ」

『了』

 ツバキが門で移住者に説明を行っていた。マルスのサポートが入っているので混雑はしていない。

 門の近くまで移動すると説明しているツバキの声やザワザワした声が聞こえてくる。

 ヤスが中央に出来た門を通り抜けて結界の外に出るとバスが停まっている。
 ダーホスがツバキから説明を受けている場所にヤスが到着した状態なので、皆の視線がヤスに注がれる。ヤスは、手を上げてツバキに続きを話すように告げる。

 アフネスは離れた場所でセバスとなにかを話している。

「セバス!」

 ヤスに呼ばれたセバスはアフネスに頭を下げてからヤスのところに急いだ。

「旦那様」

「なにか問題なのか?」

「いえ、アフネス様から門の質問や助言を頂いていました」

「助言?」

「はい」

 アフネスがゆっくりとヤスとセバスに近づいてきた。

 ツバキの説明を聞いていたグループはツバキを先頭にしてカードを発行する小屋に入っている。
 全員で入ることが出来ないので、ミーシャとラナが並ばせて順番に処理を行うようだ。

「ヤス」

「アフネス。何か、助言があると聞いたが?」

「門だが、この3つだけなのか?」

「そうだな」

「3つあるのは意味があるのか?」

「なんとなくで、意味はない」

「そうか、使い方も決めていないよな?」

「そうだな。何も決めていない」

「あの門は、ヤスのアーティファクトでも問題なく通過できるのか?」

 アフネスが示したのは一番大きな中央に作られている門だ。フルトレーラーが問題なく通過できる幅と高さで作っている。

「大きさという意味なら問題ないぞ?」

 アフネスは額を指で叩きながら考え始めた。

「ヤス。神殿への搬送はカスパルに任せると言ったな」

「あぁ本人には確認していないが何でもやると言っていたからな」

「それなら、今日のようにしてくれないか?」

「ん?」

 アフネスは、ヤスに説明を始めた。

 どうやら、アーティファクトが馬車よりも凶器となると判断したようだ。馬車でも人が簡単に死ぬ。ヤスのアーティファクトなら馬車よりも簡単に殺せるだろうと思っているのだ。走る凶器なので当然だが、アフネスは大きさや材質から判断した・・・わけではなく、ヤスがスタンピードで発生した魔物を倒した方法を想像したのだ。

「どうだ?」

 アフネスの説明というよりも提案はヤスが理解できるし納得できる理由だった。
 神殿-ユーラットの間は、アーティファクト(バス)で移動する。ユーラットの裏門で載せて神殿の門まで人を運ぶ。帰りは神殿で載せてユーラットの裏門で下ろす。アーティファクト(バス)は神殿とユーラットの間だけで使ってほしいということだ。

「アフネス。アーティファクトの運用はわかった。それでユーラット間の移動はアーティファクトだけで行うのだな」

「そうして欲しい」

「わかった。物流は問題ないよな?」

「問題はないが、仕事はギルドを通して受けて欲しい」

「ん?面倒がないのなら俺はどうでもいいぞ?」

「助かる。それと、依頼料だけどな」

「高かったか?」

「違う!安すぎる。後でドーリスやダーホスにも言うつもりだが最低でも5倍・・・。できれば10倍の価格設定にしてほしい」

「安いのか?」

「ヤスが考える適正なのかもしれないが、アーティファクトで運ぶのだろう?」

「そうだな」

「サンドラとの話を聞いていると、かなりの量を運べるように聞こえたが?」

「どうだろう?一般的な量がわからないからな」

「先程の荷物を入れた箱だとはどのくらい運べる?」

「あれか・・・」

 ヤスは細かい計算が面倒になってしまった。
 FITで運ぶのなら20個程度が限界だと思うが、コンテナを乗せれば多分1,000や2,000なら運べるだろう。フルトレーラーならもっと運べる。バカ正直に答えるのもなにか違うような気がして控えめな数を考えてみたのだがわからない。考えてもわからない物は正直に答えることにした。

「そうだな。積み方や中に入れる物で変わるとは思うが、1,000や1,500くらいなら運べると思うぞ」

「ん?ヤス。もう一度頼む?」

「1,000や1,500程度だと思うぞ?少ないか?」

「・・・。そうか・・・。それで、日数は1/10程度になるのだろう?」

「ん?あぁ流石に1,500個も積んでいたら、馬車の10倍は出ないな。4-5倍ってところだと思うぞ?中身やそこまでの道によってはもっと遅くなるかもしれない」

「わかった。今回の王都からの物資の輸送で価格を考えるように言っておく・・・・」

 アフネスは大きなため息を吐き出してからカードを発行している列に移動した。

 アフネスが懸念したのは既存の運搬をメインにしている商隊のことだ。ヤスが本気で運べば数倍の量を数倍の速さで届けてしまう。それで料金が同じか2倍程度ならどちらを使うのか目に見えている。アフネスはヤスの言葉からアーティファクトが増やせると考えている。そうなると、商隊が廃れてしまうと思ったのだ。最初はいいかもしれないがヤスがいなくなったときに破綻してしまう。それではダメだと思ったのだ。それで料金を10倍程度にすればと思ったのだが運べる量がアフネスの想像の20倍以上だったために想定から違ってしまったのだ。

 ヤスは何を言われたのかは理解しているのだが何が問題になるのか思い至らなかった。

「マルス。アフネスが言ったように、門を設定して問題ないよな?」

『ありません』

「わかった。発行した人たちが結界の中に入ったら広場を整えてくれ。バス停みたいな感じにしてくれればいい」

『了』

「セバス。門の変更と確認は任せていいか?」

「お任せください」

 セバスがヤスの言葉を聞いて嬉しそうにうなずいた。

 ヤスがマルスに伝えたのは、アフネスからの提案だったのだが、ヤスとしても納得できる話だ。

 神殿とユーラットの間は、アーティファクトだけが行き来して人や馬車は通らない。交通事故が減らせるとヤスは考えた。
 提案の骨子は、上りと下りの時間を分けたいということだ。ヤスはもう二本の道を作るつもりでいるので問題にはならない。
 バスを使った運搬も今後神殿に帰属した者が運転を覚えれば仕事として成り立つ。1台で足りなくなれば、追加すればいいだけだ。それに、神殿の領域内での運行になるためにディアナの補助が受けられるのも大きい。事故が発生しにくい状況を作ることができるのだ。

 アフネスの提案はそれだけではなく3つの門も、人の出入りは一つにしてカードを持っていても門の前の広場で降ろすようにすることだ。
 門も一つだけ人が使って一つはアーティファクト用にしてもう一つはヤス専用の門とするほうが良いと提案された。

 アフネスとしては、ユーラットが素通りされる可能性が高いことが問題になるかもしれないと考えたのだ。
 神殿に行くにはアーティファクトに乗る必要があり、そのアーティファクトはユーラットの裏門から出ている。これで、ユーラットに寄る必要が出てくる。

 アフネスの考えでは道を一本にして、時間で上りと下りを分けたいと考えていた。しかし上りと下りで道を分けるとヤスが説明したことには了承するしかなかった。時間を分けることでユーラットの滞在時間を伸ばすためにも上りと下りを時間で分けたかったのだ。だがヤスは事故を気にして道を分けたかったのだ。

 アフネスに道を分ける説明をして承諾をもらったので前々から進めていた道を一気に作ってしまう指示を出した。

 ツバキがカード作りを眷属に頼んで今後の確認を行いにヤスに近づいてきた。

「マスター」

「どうだ?問題は出ているか?」

「大丈夫です。今後の予定は?」

「うーん。考えていないけど、そうだな・・・」

 ヤスが周りを見ると、眷属たちが移住者たちをさばいている。
 この状態なら20分もあれば終わると考えた。

「ミーシャ!ラナ!」

 列を整理している二人に声をかける。二人はツバキの説明を聞いて最初にカードを作成している。

「ヤス殿?」

「今後の予定を相談したい」

「それなら、私たちではなく、(あね)さんとした方が・・・」

「ミーシャ!アフネス様は、ユーラットに戻られるのよ?神殿の移住に関しては、私たちで対応出来ないと困るでしょ?」

「あ」

 ラナがミーシャに言い聞かせるような口調だったのだが、自分自身にも言い聞かせるためのセリフだったのだ。

 ミーシャはアフネスを探すのを止めてヤスに向き合う形になる。

「それでヤス殿。今後とは?」

「アーティファクトでの移動は門の前に作ったい広場までになる。門に張られている結界を通過してから、家を選んでもらおうと思っている」

「家を選ぶ?」

「住む場所だな。リーゼとディアスとカスパルはもう選んでいるからそれ以外になるけど問題はないよな?」

「あっあぁ・・・。それで、私たちは何をすればいい?」

「ん?そうだな。アフネス!」

 近くまで来ていたアフネスを呼び寄せて今後の話を聞かせる。

「ヤス。なんだ?移住ならミーシャがまとめ役だぞ?」

「そうなのか?」

 ヤスがミーシャを見ると、ミーシャはうなずくだけにとどめた。そばに居たラナもうなずいているので、内部で決まっていたのだ。デイトリッヒは離れたところで全体が見える位置に居る。神殿の支配領域だと理解していても森から魔物が出てくる可能性を考慮しての配慮だ。

「ツバキ。皆を集めておいてくれ、俺はミーシャとラナとアフネスと・・・。デイトリッヒを中に連れて行く」

「ヤス殿。私は残った方が良いだろう。中には、アフネス様とミーシャとデイトリッヒで頼む」

 ラナが残ると主張して、ミーシャもアフネスもラナが残ってツバキを手伝う方が良いと言っているのでヤスはそれに従う形になった。

「アフネス。カードは発行したよな?」

「ツバキ殿の指示通りに作成したぞ」

「それを、ラナにあずけてくれ」

「わかった」

 アフネスはヤスの指示に従った。神殿の権能を見せてくれるのだろうと判断したのだ。
 ミーシャとデイトリッヒの2人にはカードを持ってもらって外門の扉を開けて中に入った。

 30mほど先に内門がある。外門と内門に分かれている状態で門が二重になっているのがわかる。内門の扉は開けられている状態だ。

「ヤス。門に入れてしまったが?いいのか?」

「例えば、荷物の中に紛れ込んだ人が居た場合を想定して欲しい」

「あぁだからこそ門の中に入れてしまうのは問題ではないのか?」

 アフネスの疑問や懸念は当然のことだ。
 だが、ヤスはニヤリと笑うだけで説明はしてくれないようだ。

「ヤス殿?」

「すまん。デイトリッヒ。外門の扉を閉じてくれ」

「あぁ」

 デイトリッヒはアフネスとミーシャを見てから外門を閉じた。

「え?」「あっ」

 デイトリッヒが外門を閉じた瞬間に内門の扉が閉じた。

「ヤス!」「ヤス殿?」

「外門と内門の間にカードを持たない人が居た場合に扉が閉まる仕組みになっている」

「それなら、外門を閉じなければ?」

「やってみればわかるよ。デイトリッヒ。外門を開けてみてくれ」

「わかった」

 デイトリッヒが外門を開けると内門も開いた。

「ヤス?」

「アフネス。荷物の中に紛れ込んだ人という設定だけど、今は歩いて内門を越えてみてくれ」

「わかった」

 当然、アフネスは内門の前で壁にぶつかる。
 アフネスもなんとなくわかっていたのか、内門の扉の位置で手を前に出して壁の存在を確認する。

「ヤス。そうか、内門はどうやっても通過出来ないようになっているのだな」

「カードがないと無理だ。馬車での通過を考えての処置だったが・・・。カスパルが運ぶ荷台に紛れ込んだ場合に発見できるようになるだろう」

 デイトリッヒが手を上げている。ヤスに聞きたいことがあるようだ。

「何?」

「ヤス殿。外門の意味がないのでは?」

「外門の位置にも結界が張られている。その結界は武器や魔法での攻撃を防ぐ目的で、内門の結界は許可しない者の侵入を防ぐ結界になっている」

「許可?」

「カードを持っている必要がある。カードには魔力が登録されていて結界では魔力と持ち主の突合が行われている」

「そうなのか?」

「試しに、ミーシャとデイトリッヒでカードを交換して内門に通過してみてくれ。あっアフネスがやったみたいに手で触るだけにしてくれ、拘束を目的とした魔法が使われるからな」

「わかった」「・・・。ミーシャは触る必要はない。俺が触る」

 そう言うと、デイトリッヒはミーシャとカードを交換して、内門の壁を触る。
 勢いはそれほどではなかったので、強めの静電気が流れる程度の攻撃魔法だったのだが、アフネスにもミーシャにもわかるくらいにデイトリッヒが勢いよく手を引いた。

「デイトリッヒ!」

 ミーシャが駆け寄るが、デイトリッヒは大丈夫だとミーシャを制する。

「ヤス殿。これは?」

 カードをお互いに交換してデイトリッヒが近づいてきてヤスに質問をする。

「他人のカードを使って入ろうとする者への対応だな」

「なぜ雷属性の攻撃を?」

「単なる間違いで火の魔法や水の魔法を使うよりは良いだろうと思っただけで他意はない」

「ヤス。それなら、カードを持っていない者を攻撃しなかったのは?」

「カードを持っていない者は隠れているだろう?」

「そうだな」

「荷物の中だけで魔法を当てるのが難しいし、間違いである可能性があるが、他人のカードを持っている者は悪意がある場合が多いだろう?」

 アフネスとミーシャは考えてからうなずく。納得したようだ。
 実際二人はデイトリッヒから感触を聞いてもっと強い攻撃でも良いと思ったのだが結局は突破出来ないのなら同じだと考えた。ヤスが追加で結界に攻撃を加えたら、内門と外門の間に居る人間全員に拘束するための魔法が発動すると説明を聞いて納得したのだ。ヤスが意図して説明しなかったのは、内門への攻撃を加えると落とし穴が開いて地下に幽閉されてしまう状態になるのだ。
 試しに攻撃しようとしたデイトリッヒをヤスが止めたので罠が発動しなかった。

 内門と外門の説明を終えて、アフネスがラナからカードを受け取った。
 外門を閉じても内門が閉じないことを3人が確認した。

「ヤス。外門を閉じないとどうなる?」

「うーん。今は何も起こらないし不都合はない。運用時点での対応を考えていて、一組一組で扉を閉めようと思っている」

「そうか、門番の仕事というわけだな」

 ヤスがアフネスの言葉を肯定しながら内門から中に入る。
 デイトリッヒが続いて、ミーシャとアフネスも続いた。

「え?」「なんで?」「・・・」

「ヤス殿!」「ヤス」「これは・・・」

 内門を通過した3人の目の前には、神殿まで伸びる道があり右側には広場が存在している。
 左右には綺麗に植えられた木々があり、広場の先には建物が立ち並んでいる。

「内門の結界に偽装を施していて、建物や街並みを見えないようにしている」

「なぜ・・・。聞くまでもないか・・・。外部から来た者への牽制なのだろう?」

 アフネスが言ったことは間違いではないが、正解でもない。ヤスは、何も考えていない。ただ”見えないほうが”面白そうだという理由で設定をマルスに頼んでいる。

「まぁな。ミーシャ。家の割り振りは任せていいよな?」

「問題はないが全部を使って良いのか?」

「220名だよな。一人1軒とか言われなければ大丈夫だ。独り者なら宿屋みたいな集合住宅も用意しているし、ラナが宿屋を続けるのなら表通りに面した場所に領都にあった宿屋に似た建物も用意している。あと、表通りには店が開けるような店舗に似た建物が多い。商売をする者に優先的に割り振って欲しい」

「表通り?」

「神殿から内門に伸びる道を”表通り”と呼んでいる。神殿から見て右側が内門に向かう道で、左側が内門から神殿に向かう道として使う。向かって左側通行だな」

 神殿から内門に伸びる道は中央を木々で分離する形になっている。右側と左側という表現をヤスはしたのだが、最後には神殿から門に向かう道を”下り”として内門から神殿に向かう道を”上り”と表現すると決めた。

「・・・。わかった。理由を聞いてもいいか?」

「別に理由はないけど・・・。俺がわかりやすかったというだけだ」

「そうか・・・」

「ミーシャ。大事なのは移住者が住む場所だ!道は後で確認すればいい」

「・・・。そうですね。ヤス殿。それで家はどれを使って良いのですか?」

「ん?」

「ヤス殿?」

「あぁ悪い。神殿に近い場所の家はリーゼが使っている。ディアスとカスパルの家も近くになっている。リーゼの家の周りとディアスとカスパルの家以外なら大丈夫だ」

「それだけ・・・か?」

「そうだけど?道の反対側は、ギルドや学校や訓練所を作ってあるから、こっち側だけな。あと、畑はどうする?ドワーフたちの工房は神殿の地下に用意するつもりだし、公衆浴場近くに出入り口を作ったから近くの方がいいだろう?」

「ちょっ・・・。ヤス殿。待って欲しい。ギルドはわかるのだが、学校?訓練所?畑に工房まであるのか?公衆浴場は風呂なのか?」

「あぁ」

「ヤス。ミーシャが混乱にしてしまっているから一つ一つ説明してくれないか?」

 ヤスは自分で説明するのが面倒に感じた。マルスに相談してセバスに丸投げすると決めた。

『マルス!セバスに説明を頼みたい』

『個体名セバス・セバスチャンと眷属のメイドを向かわせます』

『わかった。俺は、アフネスをリーゼのところにつれていく、その後で神殿に帰る』

『了』

「ミーシャ。セバスが来るから説明をさせる。アフネスはリーゼのところに連れていけばいいよな?」

「わかった」「あぁ」

 ヤスは、ミーシャとディトリッヒをセバスに任せた。
 門の変更は停止を指示した。移住者たちが結界の中に入らなければ進められない。外門にセバスを貼り付けておく必要性が少なくなったのだ。神殿からもメイドが2名出てきてセバスと一緒にミーシャとディトリッヒに説明する。

「セバス。ミーシャとディトリッヒを頼む」

「かしこまりました」

 セバスがミーシャとディトリッヒの方を向いて一礼する。

「ミーシャ。セバスなら神殿に関することなら答えられるから何でも聞いてくれ」

「わかった」

「ミーシャ様。ディトリッヒ様。まずはどういたしましょうか?住居を案内いたしましょうか?」

 ヤスはセバスたちを見送った。

「アフネス。リーゼの家に案内する」

「わかった」

 ヤスとアフネスは門の近くに作られた広場から神殿近くのリーゼの家までの移動を開始した。

「ヤス。歩きながらで構わないから質問していいか?」

「俺でわかることなら答える」

「お前に答えられないことなら誰が答えられる?」

「ん?まぁいいよ。それで?」

「結局、家は何戸ほどある?」

「たくさんだ。正直、神殿の広場の1/4を住宅街にしたからな。それに、集合住宅みたいな物も作った」

「そうか・・・。集合住宅?」

「集合住宅は、宿屋みたいな感じだと思ってくれ、一つの建物の中に生活できる部屋が何戸も作ってある」

「へぇ・・・。設備は?」

「風呂以外の設備は全部ある。部屋の数も少ない場所でもキッチンとリビング兼寝室の2部屋は作ってある。多いと4部屋だったかな」

「それなら家を作った方が早くないか?」

「それも考えたけど、ツバキやセバスには伝えてあるが、家は基本的には家族者や夫婦で使ってもらおうと思っている。例外はリーゼだけだな」

「そうか・・・。ミーシャとラナがうまく配分するだろう」

「わかった。それは任せればいいよな?」

「大丈夫だ。セバス殿やツバキ殿と話をしながら決めれば良いのだろう?」

「そうだな」

「ヤス。他にどんな施設がある?」

「施設と言っても・・・。神殿の中に工房があるけど、まだ何も作ってないからな。あとは、学校や孤児院っぽい物や、訓練所かな?ひとまず建物は用意したけど、中身は何もないからな。使い方は相談になるだろう」

「・・・。わかった。ミーシャに伝えておく」

 アフネスは大きくため息を付いてから絞り出すように答えた。
 実際に施設を見ていないからまだマシだが、ヤスが作った施設を見ればため息だけで終わらなかっただろう。

 領都や王都に行けば孤児院が存在するが収容できる人数は少ない。ヤスが作った学校に隣接する形の孤児院では200名の孤児を収容できる。もちろん、食料などの物資は必要になるのだが、ただ生活する場所として考えれば十分な場所だ。王都や領都に存在する孤児院の収容方法なら600-800名の孤児を収容できる施設になってしまう。専用の浴場と勉強する場所まで用意してある。食堂もあるので働き手がいれば寮として使える。

 アフネスはヤスの気楽な言い方から見学はしないほうが良いだろうと判断した。ラナやミーシャからの報告を受けて動くことに決めた。

 後日だが、孤児院の存在を知ったサンドラが領都や王都に存在しているストリートチルドレンを神殿に連れてこようとした。反対されなかったので、孤児院を管理している人を含めて神殿につれてきた。アーティファクトの操作を覚えたカスパルがバスを操作してディアスとサンドラと一緒に王国内を移動した。貴族との交渉はサンドラが担当した。そして、離れた場所で待機していたカスパルとディアスが孤児や孤児院の先生をバスに乗せて移動したのだ。貴族も余計な支出がなくなるので考えされたがメンツがあるので、サンドラが頭を下げる格好になったのだ。

「頼む。おっ!ここがリーゼの家だ」

「本当に、神殿の近くにしたのだな」

「わかりやすいだろう?」

「ヤス。リーゼと話をしてくる」

「わかった。俺は、神殿に居るからなにかあればリーゼの家の中に居るメイドに言ってくれれば大抵のことはできると思う」

「わかった」

 アフネスはヤスと別れた。リーゼは小言を聞かされる可能性を考えてヤスを呼び込もうとしたがアフネスに止められてしまった。リーゼの家に居たメイドが施設の説明をすると言い出して素直に従った。家の説示を聞いて絶句したアフネスはリーゼに対する小言を忘れてしまった。

 アフネスの苦労は一時の物だったが、移住を任せられたミーシャとラナの心労は最高潮に達していた。
 セバスから説明を受けたミーシャはすぐにラナを呼んできてもらった。そのときに、すでにカードを発行した移住者だけではなく、ツバキにお願いしてユーラットで待機している者たちの搬送をお願いしたのだ。
 213名が結界内の広場に集まるまで皆に待機してもらった。

 皆が集まってから10名くらいのグループに分かれてもらってグループ毎に家と集合住宅の説明を行った。

 その結果、ドワーフたちは工房の出入り口近くの集合住宅と家を希望した。
 他の者もそれぞれが気に入った場所に入ることが出来た。家の設備の説明は終わらせることが出来たのだが、神殿に作られている施設の説明は後日に行うことになった。

 移住者たちが神殿で生活を初めて24時間が経過した。
 マルスからヤスに報告すべき事柄が出来た。重要な情報だ

『マスター。ご報告があります』

 ヤスもマルスも想定していない状況が発生したのだ。

『マスター。ご報告があります』

 ヤスは寝室で目を覚ました。

「マルス。セバスとツバキは?」

『個体名セバス・セバスチャンと個体名ツバキはリビングで朝食の用意をしています』

「わかった。報告はリビングで聞く、モニタに出せるだろう?」

『了』

 セバスは、移住者に行う移設の説明を眷属のメイドに任せて、ツバキと揃ってリビングで朝食の準備をして待っていた。

「旦那様。おはようございます」

「マスター。おはようございます」

 セバスとツバキが揃って頭を下げる。

「おはよう。セバス。ツバキ。問題はないか?」

「ございません」「ございません」

「セバス。施設の説明はどうする?」

「メイドたちが行っております。工房だけは後回しにしております」

「わかった。ツバキ。工房の説明は任せていいか?」

「はい。大丈夫です。マスターの設備は移動しますか?」

「車関連の設備は移動して、地下3階の工房だけを公開すればいいよな?」

『了。地下3階に繋がるルートは指示通りに作成しました』

「わかった。ツバキ。そのままドワーフたちの好きに使わせろ」

「かしこまりました。タブレットはどうしますか?」

「うーん。アーティファクトと説明してくれ。持ち出しは禁止にするけど、工房内で見るだけなら問題ないだろう。使い方も説明してくれ、工房の設備で足りない物は聞いておいてくれ、討伐ポイントで交換できるようなら交換しよう」

「かしこまりました」

 ツバキはヤスに朝食を出して一礼してリビングから出た。ドワーフたちに工房の説明を行う。

「セバス。マルスからの報告を聞いたら車の操作訓練を行う。眷属を招集しておいて欲しい」

「かしこまりました」

 出された食事に手をつけながらヤスはセバスとツバキに指示を出す。
 セバスはリビングから出て外に向かおうとしたがヤスが引き止めた。眷属の呼び出しだけなら念話を使えばいいと思ったからだ。眷属の一人にカスパルを呼びに行かせたのだ。1時間後に神殿の前に来るように伝えた。同時、リーゼにも同じように伝える。

「マスター。アフネス様もおられますが?」

「そうか、見学するのならリーゼと一緒に来るように言ってくれ」

「かしこまりました」

「それで、マルス。報告とは?」

『はい。マスター。端末に情報を表示します』

「わかった」

 ヤスはディスプレイに表示された内容を見ている。

「マルス。これは?」

『ポイントと討伐ポイントです』

「それはわかるが、急に増えているよな?」

『はい。個体名ディアス・アラニスが膨大なポイントを稼いでいます』

「うーん。そうか・・・。魔力か?!」

『はい。比較対象が増えたことで確定しました。ポイントが増えるのは・・・・』

 ヤスは、マルスの説明を聞いていたが半分以上わからなかった。
 移住者が増えて個体差からポイントの類推が出来た事実は把握した。それから、カードを発行しただけではポイントとして計上されなくて、カードを鍵として使える状態になった時点で計上されるようになったらしい。
 また同じ程度の魔力でもポイントに差が出てきているらしい。住民になったと認識した時点で討伐ポイントの対象になるのだが、数値としては少ない。神殿に帰属したと認識した時点でより多くのポイントになるようだ。
 住居を構えただけではなく、神殿に所属したと認識した時点で帰属したことになるようだ。マルスもまだわからないようで経過を観察していく。

「マルス。そうなると、帰属している者なら運転を覚えるのに問題はないのだな?」

『はい。帰属が認識できるように地下3階に降りる入り口に検査できる魔道具を配置します』

「そうだな。外側に扉を作って帰属している者しか開かないようにしてくれ、内扉は登録した者だけ開くようにしてくれ」

『了』

「それで、運転を覚えることができるのは誰だ?」

『個体名カスパル。個体名ディアス・アラニス。個体名リーゼの3名と眷属です』

「わかった。そうだ!マルス。地下三階にはゲストでも入られるようにしてくれ」

『特別なカードを発行します』

「わかった。セバスに渡しておいてくれ」

『了』

 時間までマルスからポイントの収支計画を確認していたヤスだったのだがほとんど頭に入っていない。討伐ポイントの収支も確認した。やはり、所属している者からは討伐ポイントも多く入ってくるようだ。
 赤字でなければ問題ないと思っている。実際、赤字にならないだけなら、ディアスがいれば十分なのだ。現在ヤスが作った施設だけなら維持できるだけのポイントが入ってくる。討伐ポイントも増えていくので、大きな物資の交換も可能になっていく。
 ヤスは、もともと移住の受け入れは流れで承諾したのだが思わず大きなメリットが生まれた。孤児や難民の受け入れを考えるようになるのだが、実際に動くのはまだ先の話になる。

「マスター」

「もう時間か?」

「はい」

 リーゼのところに行っているメイドだ。リーゼとアフネスとカスパルとディアスが神殿の前に来たので、ヤスを呼びに来たのだ。

「マルス。準備は出来ているよな?」

『はい。カートも人数分を用意しました。自転車とキックスケーターも用意しました。帰属していない者でも自転車とキックスケーターなら操作出来ます』

「わかった。アフネスができるかわからないが教えてみる」

『了』

 ヤスがメイドと神殿の前に行くと、セバスとセバスの眷属が並んでいる。
 近くには、リーゼとアフネスとカスパルとディアスが動きやすそうな格好で待っていた。

「悪い。またせたな」

「ヤス」!遅い!」

 文句を言ってきたのはリーゼだけだ。

「わかった。わかった。こっちだ」

 ヤスは皆を誘導しながら今日の予定を告げる。
 まずはカートでアーティファクトの操作に慣れてもらう。そのあとで運搬用のアーティファクトの操作をカスパルとセバスと眷属に教える。

 リーゼとディアスとアフネスは、眷属と一緒に自転車とキックスケーターの練習をしてもらう。

 ヤスは軽く考えていた。

 カスパルは問題なかった。
 アフネスもゲストだと認識しているので問題にはならなかった。
 セバスと眷属たちも問題になるはずもなかった。

 リーゼとディアスが問題を起こした。ことの始まりは、リーゼがディアスにカートで負けたのが始まりだった。

 運転は、ヤスが教えて皆がすぐに覚えた。最初に覚えたのは意外なことにリーゼだった。それから、カスパルとディアスが続いた。しかし、一番運転がうまいのはディアスだ。ブレーキを適切につかえているのだ。リーゼはアクセルを踏みっぱなしなのでオーバースピードでスピンしたりコースオフしたりすることが多い。堅実なのがディアスだ。カスパルも徐々にわかってきたのかアクセルを離してブレーキを踏むようになる。セバスはマルスやディアナの補助を受けてドリフトまでできるようになっているが、補助を使ったので違うくくりで練習してもらっている。

 皆がなんとかコースオフしないで回ってこられるようになってからヤスはレースを行った。余興のつもりだったのだが・・・。後から考えれば間違いだったのだ。

 ディアスが1位になった。ヤスがディアスを褒めたのがリーゼは気に入らなかったようだ。もう一度、もう一度と三回ほど続けてレースを行った。

 結果はディアスが全勝した。ディアスも手を抜けばいいのに、負けず嫌いな性格なのか・・・。手を抜かずに勝ってしまった。

 5回目の勝負でリーゼが競り勝った。
 これで終われると皆が思ったが今度はディアスがもう1回と言い出した。リーゼにチャンスを与えたのだが自分にも・・・。と、いうことだ。

「わかった。わかった。二人とも落ち着け!アフネス。笑っていないでなんとかしろよ」

「無理だ。ヤス。諦めろ」

「うーん。そうだ!リーゼ。ディアス。これから、カートを操作できる者も増えるだろう。そうしたら、大会を開こう」

「「大会?」」

「そうだ。カートの大会で、そうだな。操作できるのが20名になったら、月に一度レースをしよう。コースも沢山作るから毎レースで違うコースを使おう。それで、レース毎にポイントを付与して一年間で一番ポイントを稼いだ者の優勝としよう。何か商品を考える。それでどうだ?」

 苦し紛れのヤスの提案だったのだが二人はものすごくいい感じで食いついた。
 午前中だけで終わらせようと思っていたカートの操作練習は結局一日行うことになってしまった。

 リーゼとディアスがヤスに挑んでいる。ヤスも切り上げたかったのだが、状況が許さなかった。

 メイドの一人が自転車とキックスケーターをアフネスに教え始めるまでカートでのレースが続いた。

 翌日は、疲れてしまったヤスは運転の基礎ができるツバキにカスパルとセバスたちへの説明と教習を頼んで一日寝て過ごすことにした。
 リーゼとディアスは二人でカートの練習をすると言って地下3階に籠っていた。

 アフネスは夕方にツバキが運転するバスでユーラットに戻った。
 ユーラットから神殿に戻ってくるときにカスパルが運転して帰ってきた。サンドラとドーリスとダーホスが乗ってきた。

「ヤス様!」

「サンドラか?ドーリスとダーホスも来たということは辺境伯を説得できたのだな?」

「はい!」

「ドーリス。ダーホス。よく来てくれた。ギルド用に確保した建物に案内する。ドーリスの家も用意している」

「ありがとうございます。ヤス様」

 まだ乗り合いバスは動かしていないのだが、住民も増えてきたことだし眷属に経験を積ませるためにも乗り合いバスを動かそうと考えていた。
 幸いなことに討伐ポイントの収支はかなり上向いている。ワンボックスを数台用意するのに必要な討伐ポイントは確保している。すぐに運用を始めないのは、移住者たちがまだ落ち着かない状況だったからだ。
 ドワーフたちは仕事として工房に入り浸っている。タブレットの情報は彼らが欲していた情報だったのだ。神殿で使っている魔道具をヤスの許可を得て分解して機能を学んでいる。そのうち自分たちで直したり作ったりしてくれると考えている。エルフや他の移住者も領都で行っていた仕事の継続を希望する者もいれば畑仕事をしたいと言い出す者などが居る。セバスとミーシャとラナで調整を行っている。

 戦える者は、ディトリッヒと眷属たちと麓の森に向かっている。
 地形や動植物の状態を調査し始めている。220名をまかなえるだけの食料の確保は難しそうだが、食料の足しにはなりそうだと報告が来ている。

「ドーリス。ダーホス。ここがギルドだけど問題は・・・。案内を・・・。ちょうどよかった。フォースだよな?ドーリスとダーホスとサンドラにギルドを案内してくれ」

「ヤス様。私は、ヤス様とお話をしたく思います」

 サンドラが言い出すかと思ったのだが、ダーホスがヤスに話があると言い出した。サンドラは、おとなしくドーリスとギルドの施設を見学している。ギルドの施設の後はドーリスが住む場所の説明になる予定だ。ヤスは、ドーリスの事情を知らなかったので一軒家を用意している設備は同じだが場所はギルドから離れた場所にした。近くが良いと言えば近くでも大丈夫だとメイドには伝えてある。

「ダーホス?」

「ヤス様。ヤス様は一国の王と同等の扱いです。どうぞご容赦ください」

「事情は理解した。納得はしないけどな」

 ヤスはダーホスがへりくだった言い方が気になって顔を歪めてしまった。ダーホスもヤスが不思議な表情を浮かべたことがわかって簡単に本当に簡単に事情を説明した。ダーホスはヤスを王族と同等の扱いにしなければならないと辺境伯及びギルドの上層部から言われている。隠された理由を告げることは出来ないのだが表向きの理由だけを伝えたのだ。

「それで?なにか話があるのだろう?」

「はい」

 ヤスは、ダーホスをギルドのために作った一室に案内した。
 マルスから念話でこの部屋が良いだろうと言われたからだ。

「そうだ、忘れていた。待って欲しい」

「はい」

 ヤスは壁際に付いているスイッチをいくつか作動させる。スイッチを入れると部屋の雰囲気が変わる。

「これでいい。それでダーホス?なにかあったのか?問題が発生したのか?」

「いえ、違います。それよりも、ヤス様。この部屋は?」

「そうだな。部屋の説明をしないと安心出来ないな。この部屋は、会議や面談に使う用途で作った部屋で、スイッチを作動させると結界が発動する。声が外にもれなくなる。結界内で魔法が発動できなくなる。個々に結界を張る機能もあるけど今日は発動していない」

「え?」

「面談するときに、魔法を使ったり武器を抜いたり職員を脅すような馬鹿が居るかもしれないだろう?そのための対策だ」

「はぁ・・・。ヤス様」

「ダーホス。周りに人が居ないし気にしなくていい。それに・・・」

「それに?」

「気持ち悪い。”ヤス殿”と呼ばれるのも気持ち悪い。アフネスみたいに呼び捨てでいい。口調も気にしなくていいよ。俺には眷属は居るけど臣下は居ないから怒る連中もいないからね」

「・・・。はぁ・・・。ヤス。お前・・・。このギルドは?」

「作った」

「作った?」

 ダーホスがどんな答えを期待しているのかわからないヤスは素直に答えた。
 答えをそのまま返されるとは思っていなかったが、”作ったのは事実なのでしょうがない”と考えて説明を開始した。

「神殿の権能で建物を作ることが出来た。他の施設も同じだ」

「え?神殿にはそんな機能が?」

「あぁこの神殿だけなのか、他の神殿も同じなのかはわからないぞ?」

「わかった。ヤス。それで相談と頼みがある」

「それは、ユーラットのギルドからと受け取って良いのか?」

「半々だな。まずは話を聞いて欲しい」

「あぁ」

 ダーホスの頼みは簡単だ。
 ヤスに王都までの道筋にあるギルドの存在する街や村に立ち寄って欲しいという相談だ。相談になっているのは、依頼として出すことが難しい事情があったのだ。依頼料が出せない状況なので、ヤスの善意にすがる必要があったのだ。

「うーん。別に良いけど、いきなり行ってもダメだろう?ダーホス。何か各街のギルドに手紙を出すような依頼を作ることは出来ないか?」

「あっ」

「それで依頼料は最大割引として・・・。銅貨1枚でいい。どうだ?」

「わかった、早急に用意させる」

「頼む。それと、頼みとは?」

「辺境伯からの返事にも関係するのだが、サンドラ殿を神殿に住まわせて欲しい」

「それは構わないけど、仕事は?貴族としての責務もあるのだろう?」

「仕事は、ギルド職員の見習いだ。貴族としての身分は凍結となるようだ」

「わかった。それだけか?」

「あぁ・・・。ギルド本部からのお願いだが、職員を数名と冒険者を派遣したいと言われている」

「わかった受け入れは大丈夫だが、冒険者は何をするのだ?」

「魔の森の探索と神殿内部の探索です」

「許可しよう。神殿内部はいくつか注意事項があるけど守ってくれるよね?」

「大丈夫です。神殿内部にはギルドが許可した者しか立ち入らないようにします」

「わかった。神殿の中で何をする?魔物も徘徊しているし、死ぬかもしれないぞ?」

「わかっています。それでも、素材や新しい発見を求めて神殿に潜りたいと言い出す者は多いのです」

「自己責任という認識で大丈夫なのだな」

「はい。それで、神殿のギルドで買い取りを行った物を、食料になる物を神殿に買い取ってほしいのですが?」

「いいの?」

 神殿にとっては損になる話ではない。びっくりしてしまって素で聞き返してしまった。

「はい。王国の本部が介入してくる案件なのですが、神殿は独立国家と同じ扱いになるので、このギルドが本部という扱いです」

「よくわからないがわかった」

 ヤスとダーホスは、メイドが持ってきた飲み物を飲んで雑談をすることになった。ヤスが面倒な交渉事をセバスに丸投げしたからだ。ダーホスもヤスでは話はまとまるが交渉にはならないことを悟って早々に交渉相手をセバスに変更したのだ。

「マスター。ドーリス様とサンドラ様がお戻りになりました」

「わかった。ダーホス。今日は、神殿に泊まっていくのか?」

「聞きましたらアーティファクトでの移動を夕方にも運行するそうなので便乗しようかと思います」

「わかった。そうだ、俺への仕事はユーラットのギルドが窓口になってくれると嬉しいけど大丈夫か?」

「いいのか?」

「アフネスも居るし、神殿は冒険者の相手で大変になるだろう?神殿では、カスパルとか俺以外への依頼を受けるようにすればいい」

「・・・。そうさせてもらおう」

 ドアが空いて二人が入ってくる。

「ヤス様」「ヤス殿!」

「ギルドは大丈夫そうだな」

 二人の表情からヤスは大丈夫だと感じ取った。
 実際に二人の感想は”なにこれ”だったのだが大丈夫という意味では大丈夫なのだろう。家にも案内されて、サンドラが領都にある自分の家よりもすごいと言っていた。広さでは辺境伯の屋敷の方が広いのだが設備面では大きな違いがある。それに、自分だけの家となるとサンドラのテンションが上がるのも当然なのだ。サンドラは貴族の娘にしては珍しく料理をして楽しむこともあった。家にキッチンがあったのが嬉しかったのだ。

「さて、サンドラ。辺境伯からの許可は取れたのだよな?」

「はい。問題はありません、が・・・」

「条件が付いたのだな。一つは、ダーホスから聞いた。サンドラが神殿に移住するのは許可する」

「ありがとうございます。それで、辺境伯が言うには”王都にはそれほど多くの食料はない”と言われました」

「そうか・・・。それで、サンドラには代替案があるのだろう?」

「はい。調べたわけではないので、外しているかもしれませんが・・・」

「構わないよ。辺境伯に届ける食料の一部は回してもらえるのだろう?」

「あっそうでした。先にその話をします」

 サンドラがヤスに説明した内容は、ヤスの期待を上回った。
 運んだ荷物は一旦ユーラットに運び入れて、そこでユーラットが必要とする物を除いた物資を領都に送り届ける。

「運んできた物は全部ユーラットで使うことにしても問題ないのか?」

「はい。ございません。ヤス様。それで、父。辺境伯の条件ですが、”一度、一度だけ、今回と同じ条件で依頼を受けていただきたい。王都周辺から領都までの運搬を頼みたい”です」

「いいぞ。依頼はギルドを通す必要があるが条件は問題ない。ユーラットにではなく領都に搬入すればいいのだよな?」

「はい。ありがとうございます」

 ヤスの王都行きが決まった。
 そして、王都で数を揃えることが出来ない食料も、サンドラの代替案を採用することになった。

 時間はかかるのだが、行きに立ち寄ったギルドで食料を集めてもらい。帰り道で回収していく。無理がない範囲で揃えさせればいい。それほど難しい話ではない。ダーホスもその代替案に賛成して各ギルドへの書状に書き加えると約束した。

 ヤスの出発は明後日と決まった。

 サンドラの心は荒れていた。
 自分の考えがアフネスに見透かされていた。それだけではなく、悪手だと指摘されたのだ。

 魔通信機から聞こえてくる--ノーテンキにも聞こえる--父親の声に嫌味の一つも言いたくなってしまったのはしょうがないことだろう。

「お父様!」

「それで、サンドラ。神殿の主は依頼を受けてくれるのか?」

「お父様。まずは、お父様のスタンスをお決めください」

「スタンスと聞かれても、領民が苦しまなければ”よい”と思っている」

 サンドラは現状を把握しきれていた父親の言葉に軽いめまいを覚えた。
 覚悟を聞いたのだ、当然やるべき責務を聞いたわけではない。

「お父様。お兄様をどうされるのですか?」

「廃嫡だ。あやつにも出て行ってもらう。陛下にもご許可を頂いた」

「それは・・・。それは、取引材料にしても?」

「・・・・。ダメだ」

 辺境伯は時間をかけて考えてからサンドラに”ダメだ”とだけ伝えた。理由の説明はなかったが、サンドラは”取引材料”に使えないと理解した。

「お父様。神殿の主の条件をお伝えします」

 サンドラはヤスから伝えられた条件を辺境伯に伝える。
 取引材料が手元にないのだからメッセンジャーになるしかなかった。父親から交渉に使える材料を引き出すしかなくなってしまった。

「サンドラ。お前から見て、神殿の主はどのような人物だ」

「わかりません。静かで力を感じます。しかし・・・」

「しかし?」

「いえ、わからないのです。神殿を攻略したと伝えられていますが、”視て”もそれほどの力がある方には思えません」

「”視た”のか?」

「はい。深く視ました」

「そうか。それで?」

「ですから、わかりません。私に対してもなんの感情もお持ちではないようです。もちろん、お兄様の話を聞いても心がお動きではありません」

「そうか、交渉は無理ということだな」

「違います。お父様。誠意を持って接すれば誠意で返してくれる御仁だと判断しました」

 辺境伯はサンドラの観察眼を信頼している。
 魔眼の一種であり、相手の力量を見抜けるのだ。”深く観る”とは観察を深層に広げる行為で相当の魔力を使うのだが、相手の深層に問いかけることができる。難しい質問は無理なのだが、問いかけにYes/Noで答えが帰ってくるのだ。しかし相手が見られていることに気がついてしまえば魔眼の効力を失う。

 サンドラがヤスを探ったときには気がついた様子がなかった。様子はなかったのだがサンドラは”何かわからない”不気味さを感じていた。

「お父様。私は、私は、神殿の主。ヤス様が怖いです」

「怖い?」

「はい。ステータスはもしかしたら私よりも低い可能さえあります。しかし、なぜか勝てない・・・。そう思わせる・・・。考えさせられる”なにか”があります」

「ふぅ・・・。神殿の主というだけでなく個人としても敵対すべきではないと言うのだな」

「はい。お父様。お父様に付いていろいろな重鎮や将軍にお会いしました」

「そうだな」

「”視ている”と見破られたこともあります」

「あぁ」

「しかし、恐怖を感じたことはありません」

「サンドラ。それは、護衛の存在や儂の存在が大きかったのでは?」

「違います。お父様。先程もお伝えした通り、ステータスでは私の方が上かもしれません。魔法技能に関しては確実に私が上回っています。ヤス様は怖くありません」

「サンドラ。落ち着け、言っていることがおかしいぞ?」

「わかっております。わかっておりますが・・・。お父様。ヤス様を”視て”感じてから怖いのです。ヤス様が怖いのかと聞かれるとわかりません。わかりませんが心が恐怖を感じていて、ヤス様に逆らうなと命じているようなのです」

「・・・・」

「お父様?」

「わかった。それで?儂は神殿の主に逆らわないと誓えばいいのか?」

「・・・。ヤス様は、お父様。いえ、バッケスホーフ王国の誰の忠誠も必要としないでしょう」

「ならば」

「はい。敵対しない。友好的に接する。それだけで十分だと思います」

「わかった。儂の権限の範疇で約束を守ろう」

「ありがとうございます」

「お父様にいくつかお願いがあります」

「なんだ?」

「私が神殿に移住する許可をいただきたい。できれば、ギルド職員見習いでギルドと調整したく思います」

「わかった。冒険者ギルドに打診しよう。他には?」

「はい。今回、神殿の主。ヤス様に運んでもらうことになる荷物をユーラットのために使わせてください」

「・・・・。全部か?」

「はい。全部です。それを持ってエルフ族に和解を申し込みます。アフネス様と交渉いたします」

「悪くない。それだけか?」

「いえ、ギルドを巻き込みます」

「ギルドを?」

「はい。領都から王都までにはいくつかの村や街があります」

「そうだな」

「その村や街でギルドがある場所にヤス様に立ち寄ってもらいます」

「ん?」

「ギルドに依頼を出す形で、食料を集めてもらいます。余剰分だけでも集めればかなりの量になると思います」

「腐ってしまわないか?」

「・・・。大丈夫です」

「そうか・・・。しかし、それだけの物資を運べるのか?」

「お父様。領都から王都まで1日で行けるとしたらどうしますか?荷物を持って運ぶのに・・・。です。馬車の数倍の荷物を・・・。です」

「そんなこと・・・」

「できるわけがない。だから、もし、それができるとしたら、お父様は輸送量にいくら出しますか?王都近くで取れた野菜を運べるのです。実際、私もわかりません。ですが、アフネス様はできると思われています」

「なに?アフネス殿が?」

「はい」

「わかった。神殿の主の力を見たいのだな」

「いえ、王都や近隣の貴族に見せつけたいのです」

「そうか、神殿の主に逆らう愚かしさを見せるのだな」

「はい。そして、お父様。お父様が頭を下げる形でヤス様に依頼を出したく思います」

「依頼?」

「はい。今回ヤス様はミーシャ様たちが今まで受けていた依頼料で受けていただけます。そして、運んできた物資はユーラットにすべてを降ろします」

「あぁ」

「同じことを、もう一度同じ条件で受けて欲しいと依頼したく思います」

「無理なのでは?」

「私は、ヤス様は受けていただけると思っています」

「わかった。この件はサンドラに任せたのだ、好きにしろ」

「ありがとうございます」

 サンドラは、魔通信機を置いた。
 長い会話だったが、父親からの許諾が得られた。アフネスがどう考えているのかわからないが、交渉を行うことはできるだろう。

 ダーホスも同じだ。
 ギルドは独立した組織と言われているが、王国内では貴族の後ろ盾や情報は欲しい。神殿の主への報酬として考えるとサンドラの価値はアフネスが言った通りだとサンドラも判断している。しかしギルドへの参加ならサンドラは使いみちが出てくる。貴族社会で名前が売れている辺境伯の娘。たとえ貴族籍から抜けているとしても娘である事実がある。サンドラは神殿にできるギルドで働くことでギルドを守ることができるのだ。神殿のギルドが辺境伯の後ろ盾を得ている。勘違いさせることができるのだ。

 ダーホスとの交渉はすんなり終わった。途中で、ダーホスが辺境伯と話がしたいといいだした。ダーホスは確認をしたかったのだ。辺境伯が問題ないと言えば問題ないのだ。ダーホスは辺境伯から言質を取ってすべてを承諾した。本部にも説明をすると約束してくれた。

 あとはヤスがサンドラの提案を受ければ丸く収まる。

 ギルドにツバキが姿を現して、移住者の輸送を開始したいと言ってきた。
 すべての移住者を運び終えてから、ツバキとカスパルがギルドに顔をだした。

 サンドラは、アフネスとの交渉を切り抜けた。神殿から帰ってきたアフネスはどこか諦めに似た表情を浮かべていた。
 アフネスはリーゼが第一でそれ以外は正直な気持ちとしてどうでも良かったのだ。サンドラがヤスのことを畏怖の対象として見ているというセリフを信じて、彼女の策に乗ると宣言した。

 サンドラはドーリスと一緒にギルドや家の設備を説明されて、”絶対に敵対してはならない”と心に誓うのだった。

 私は、ディアス。アラニスの姓は捨てた。
 今は、ただの”ディアス”です。王国にあった神殿に保護された・・・。一人の女です。

 ”大木の都(ヒュージツリーラント)”に住み始めてから数日が経った。

 神殿の主は、広場と呼んでいたが、私とカスパルとリーゼとサンドラで決めた呼称が”大木の都(ヒュージツリーラント)”だ。住んでいる場所を、神殿の都(テンプルシュテット)。門を神殿の守り(テンプルフート)と呼んでいる。

 最初は、私達だけでわかる呼称がほしかったのだが、ギルドにサンドラ様が来られて”仮称”で名前を決めようということになった。

 名前がすでにあるのなら教えて欲しいとツバキ殿に聞いたらセバス殿が来られて”私達で名前をつけて欲しい”と言われた。

「旦那様のご許可を頂きました」

「え?」

 私を含めてリーゼ以外がなんとも言えない表情をする。
 当然なことだと思う。ヤス様が攻略された神殿の名前を住まわせてもらっている私達が・・・。名称を決めていいと言われたのだ。

「???」

「ディアス様。何か?」

 そうとう不思議な顔をしたのでしょう。セバス殿に質問されてしまった。

「いえ?名称ですよ?」

「はい。旦那様にお伺いをいたしましたが問題ありません」

「それは、私達がいくつかの候補を出して、ヤス様にお聞きすればよろしいのですか?」

「いえ、旦那様からは決めて欲しいと言われました」

「ディアス。いいよ。ヤスが”いい”と言っているのなら決めちゃおうよ」

 リーゼが気楽に言いますが、私は気楽に考えられません。
 神殿の名前ですよ?
 公文書に使われるのはもちろんギルドの名前やヤス様の家名に使われるのですよ?

「そう言えば、セバスさん。ヤスに家名があったよね?」

「はい。お聞きしています。”オオキ”です」

「ふーん。どういう意味?」

 え?
 リーゼは何を言っているの?意味?”オオキ”が姓ならそのまま使えばいい。

「はい。旦那様にお聞きしたところ、”おおきな木”という意味だと教えられました」

「へぇ・・・。ねぇあと・・・。ヤスはなにか言っていた?」

「なにかとは?」

「うーん。オオキの別の言い方とか?」

 ナイスです。
 リーゼさんがセバス殿から情報を引き出してくれています。

「”ビックツリー”や”ヒュージツリー”とおっしゃっていました」

「ふぅーん。ねぇディアス。僕は、ヒュージツリーがいいと思うけどどう?」

 急に話を振られても困りますが、私はヤス様に関わりがある名前なら良いと思っています。

「名前ですか?」

「うん!」

「私は、問題ないと思います。そう言えば、サンドラさん。王国の貴族にヒュージツリーという家名はありますか?」

 帝国のことはわかりませんが、ここは王国に該当するので、サンドラさんに聞くのが良いと思いました。

「ないと思う。しっかり調べる必要はあるかと思うけど・・・。でも・・・」

「「でも?」」

 リーゼさんとかぶってしまいました。

「気にしなくていいと思います。ヤス様は独立した国になるのですし、最悪な場合でも自治区になると思います」

「そうですか・・・。リーゼ。サンドラさん。カスパル。私は、”大木の都(ヒュージツリーラント)”でよいと思いますがどうでしょうか?」

「うん。僕は賛成」「異論はございません」「いいと思う」

 私の意見が通ってしまう形になりましたが、”大木の都(ヒュージツリーラント)”はいい名前だと思います。

「それでは、住んでいる場所は、神殿の都(テンプルシュテット)でユーラットから続いている道にある門は神殿の守り(テンプルフート)ですかね?」

 サンドラさんが纏めてくれます。
 なんとなく、広場やゲートと呼んでいましたが確かに名前があったほうがわかりやすいです。

 あとはセバス殿がヤス様に最終確認して貰えば・・・。ヤス様が承諾されれば良いことになるのですね。

「皆様。ありがとうございます。旦那様にご報告いたします」

「わかった」「お願いします」

 リーゼとサンドラさんがセバス殿にお願いしたので、話が終わるのだろう。

 一応聞いておいたほうが良いかもしれないので聞いておきましょう。

「セバス殿。それで、ヤス様はいつくらいに決定を下してくれるのですか?ギルドの名前や書類を作成する必要がありますよね?」

 サンドラさんに聞いていた話をセバス殿にも伝えます。

「いえ、先程の大木の都(ヒュージツリーラント)が神殿を含めた領域の名前で、今まで広場と呼称していた場所が神殿の都(テンプルシュテット)でカードを発行する場所の名前が神殿の守り(テンプルフート)で決まりです」

「え?」

「旦那様からは皆さんが決めた名前でいいと言われています。旦那様にはご報告をいたしますが、却下されることはありません」

「・・・。決定なのですか?」

「はい」

 神殿の主を除いた人間で名前を決めてしまって良いのでしょうか?
 ”良い”と言っているので良いのでしょう。なんか釈然としませんが納得することにします。

 この街はいろいろ規格外です。
 先日から練習をしているカートというアーティファクトですがすごいスピードで走ります。それを、私やリーゼに貸し出して遊びに使っているのです。
 確かに”ウンテン”は楽しいです。嫌なことも全部忘れることが出来ます。負けたときには悔しいのですが何度も走って新しい”ウンテン”の方法を探すのが楽しいのです。リーゼも同じ気持ちなのでしょう。今はカートを動かせるのは、私とリーゼとカスパルを除くとヤス様と眷属の皆様になってしまいます。20名まで増えたら勝負を開催してくれるとヤス様が約束してくれました。

 リーゼがヤス様にカートで勝負を挑みました。
 何が違うのかわかりませんが、10周の勝負でリーゼは1周のハンデをもらっておきながら1周遅れで負けました。私も勝負したのですが同じくらいの差をつけられて負けました。カスパルも同じです。セバス殿たちは善戦しましたがそれでも1周以上の差がついていました。
 リーゼが、ヤス様が乗っているアーティファクトのほうが早いと言い出して、アーティファクトを交換して勝負しましたが同じ結果になってしまっています。
 悔しいという気持ちがわかないほどの差を感じました。それから、アーティファクトは個人所有してよいと言われて、私専用のアーティファクトが決定しました。ドワーフの皆さんにお願いすると調整してくれます。私は、リーゼよりも少し身長があるので、座る場所を調整してもらったりしています。

 話がそれてしまいましたが、こんなに楽しい物がある場所だとは思いませんでした。
 寝る場所もあるし、食べ物にも困らない。お風呂に長く入っても怒られない。それこそ毎日でも大丈夫。

 夢のような場所です。

 名前を決めてカスパルと家に帰ると、ヤス様のメイドが家の前で待っていました。

「なにかありましたか?」

「ディアス様。マルス様がお呼びです。ご都合が良いときに神殿の地下迷宮の入り口にお越しください」

「わかりました。すぐでも大丈夫ですか?」

「問題はありません。私が案内いたします」

「おい。ディアス!俺も行く!いいよな?」

「カスパル様。もうしわけございません。マルス様から”ディアス様だけをご案内するよう”にと言われております」

「・・・」「カスパル。大丈夫よ。マルス様が私になにかするわけがないでしょ?」

「そうだけど・・・。いや、そうだな。わかった。部屋で夕ご飯を作って待っている」

「うん。ありがとう。あまりしょっぱくしないでね」

「わかった。えぇーと」

「わたしはファイブです。カスパル様」

「ごめん。ファイブ。ディアスを頼む」

「かしこまりました」

 マルス様からの呼び出し。
 姿を見たことはありませんが、ヤス様と一緒に神殿を攻略された方だと認識しています。神殿の最奥部にいらっしゃって声で指示をされています。ヤス様に従っていらっしゃるので眷属の一人ではないかと私達は考えています。
 神殿のことだけではなくいろいろな知識を持って・・・。一部では”賢者”ではないかと言われているお方です。

 そんな方が・・・私になんの用事があるのでしょう?

 ファイブについていくと一つの扉の前で止まった。

「ここは?」

「神殿の迷宮区に降りる場所です」

「え?それはギルドから行くのではないのですか?」

「はい。ギルドからももちろん行けますが、あちらは”ギルドの許可”が必要です。こちらは眷属とマスターに従属したものが使える場所です」

「え?私は?」

「はい。資格を有しております」

「・・・。そうなのですか?」

「はい」

 資格と言われても従属?眷属にはなっていない。

「それで、従属とは?」

「はい。簡単に説明しますと、マスターが作られた場所に住まわれて、この場所をうしないたくないとお考えになって、マスターからの頼み事なら多少の無理くらいならなんとかしようと思っていただける方です」

 ファイブの話を聞いて納得しました。
 私は移住者ですが神殿での生活を手放したくないと思っています。ヤス様に恩義を感じていますし、命を差し出せと言われれば躊躇しますが理由が納得できれば私の命くらいでカスパルや他の皆さんの生活が維持できるのなら差し出すくらいは出来ます。
 カスパルも同じでしょう。ヤス様がそんなご命令をしないことはわかっています。数えるほどしか会話をしていませんが、何かが違います。基礎的な教育しか受けていない私ですが劣悪な環境に置かれていたために人の善悪には敏感になってしまっています。

 カスパルは日溜りの中に居るような感じがします。
 リーゼは、会った当初は私を忌避していましたがカスパルと住み始めてからは警戒も消えて私を見てくれています。
 サンドラは不思議なことに最初から私を警戒していませんでした。

 皆、いい人です。私に暴力を振るったり、私を閉じ込めたり、私を傷つけようとはしないと感じています。

 セバス殿やツバキ殿はよくわかりません。ヤス様を一番に置いているのは態度からわかるのですが、私達に向ける感情が”ない”状態なのです。サンドラとも同じような話をしたのですが、結局はわからないことがわかっただけでした。

 でも、セバス殿やツバキ殿以上にわからないのがヤス様です。
 サンドラは”怖い”という表現を使っていました。リーゼはよくわからないことを言っていましたが”お父様のような感じ”が本心ではないかと思っています。カスパルは”感謝しかない”と言っていますがヤス様に畏敬の念を持っているのは間違いなさそうです。
 何度かヤス様のことを考えたのですが答えは出ていません。大きな山の様な感じを受けますし、よく見る木々のような感じも受けます。姿かたちがない雲の様な印象もあります。だから、よくわからないのですが、わかっていることもあります。私のような面倒な立場の人間や、話を聞けばリーゼもかなり特殊で厄介な立場を持つ女性です。サンドラも似たような感じです。そんな者たちを二つ返事で懐に入れて自由にさせているのです。器が大きいと言えば良いのかもしれません。私程度が測ることが出来ない人物なのでしょう。

「どうかされましたか?」

 考え事をしていたら、ファイブに心配をかけてしまったようです。

「何でもありません」

 扉には、カート場に降りるときと同じ様な扉です。カードを認証させる場所もあります。

 ファイブに言われてカードを扉の魔道具にかざしたら扉が開きました。
 カート場(地下3階)に降りるときにヤス様から説明された通りなら私は資格を持っています。サンドラとドーリスやミーシャさんやラナさんもカート場に来られるようになってくれたら・・・。

「どうぞ」

 ファイブに言われて中に入ります。
 14-5人が一緒に要られる程度の部屋があります。ファイブが先を歩いてくれて、壁際のボタンを押しました。

”チーン”

「え?」

 扉が開きました。

「どうぞ」

 ファイブが扉の小部屋に入ります。
 扉が閉まるのでしょうか?おさえてくれています。慌てて、扉の中に入ります。こちらは6-7人が一緒に要られる部屋のようです。

 ファイブがなにか壁際についているボタンを操作したら扉が閉まりました。

「揺れますが安心してください」

「はい」

 ファイブが言うように確かに揺れましたが言われなければわからない程度です。1分程度でしょうか?部屋が動いている感じがしました。

”チーン”

 さっきよりもはっきりと聞こえました。

「ディアス様。そちらのドアが開きます」

「え?」

 ファイブと同じ方向の入ってきた扉を見ながらいたのですが後ろ側の扉が開きました。どういう仕組なのか確認したくなりますが、気にしない様にします。

「え?」

 今度は広い部屋です。
 左手に通路があり、サンドラに案内された神殿の迷宮部の入り口と同じ感じがします。確か、ギルドから10分くらい歩いた気がしていましたが・・・。

「ここは?」

「迷宮区の入り口です」

「ありがとうございます」

 考えない。考えない。サンドラの説明では、地下深くに入り口があると言っていました。だからギルドからなだらかな坂道になっているのだと教えられた。それが1分程度で地上から来る方法があるとは・・・。

「ファイブ。この方法は?」

「資格を有している方のみ利用が可能です。現状では、ディアス様。カスパル様。リーゼ様が利用できます」

「わかりました」

「マルス様のお話では、サンドラ様とミーシャ様はもうすぐ使えるようになるようです。その時には、ディアス様が案内しても問題ありません」

「ありがとうございます」

「いえ、マスターのご意向をお伝えしているだけです。マルス様がお待ちです。入り口までお進みください。私は”ここ”でお待ちしております」

「わかりました」

 どうやらここからは一人で行くことになるようです。
 冒険者の方々が増えてきたら神殿の迷宮区も混み合うのでしょう。なぜこの様な巨大な空間が出来ているのか不思議な感じがします。

 3分ほど歩いてやっと入り口付近にやってきました。
 誰かが居る雰囲気がありません。振り向いてファイブを確認しますが、さっきと同じ姿勢でこちらを見ているだけです。

 入り口には境界線が引かれていて、サンドラの説明では境界線から先は魔物が徘徊していると言われました。その寸前まで足を進めます。

『個体名ディアス・アラニス。お呼びして申し訳ない』

 頭の中に声が響きます。

「え?」

『マルスです。今日は、貴方に確認したい議がありましてお呼び立ていたしました』

「はぁ・・・。確認とは?」

『貴方に見て欲しい物があります』

「え?」

「ディアス様。”これ”でございます」

「え?」

 ファイブ・・・じゃない。同じ服装だけど、髪の毛の色が違う。

「貴方は?」

「シックスです。ディアス様?」

 シックスと名乗ったメイドが持ってきた物から目が離れません。

『ご存知の物ですか?』

「・・・。はい。・・・。兄の・・・ブレスレットです。どうして・・・。これが?」

『やはりそうですか。個体名ディアス・アラニス。案内いたします。迷宮区に足を踏み入れてください。魔物は出現いたしませんので安心してください。案内が二体出てきます』

「わかりました」

「ディアス様。お持ちください」

 シックスが兄のブレスレットを渡してくれます。木箱に入って、布で覆われています。大事に保管してくれていたようです。

「お兄様・・・」

 マルス様に指示されて迷宮に足を踏み入れます。
 すぐに2体の魔物が出現します。

『安心してください。マスターの眷属です』

 眷属?魔物?
 魔物は詳しくありませんが魔物が出てくる物語は知っています。幼い日・・・。母も父も兄も皆で生活していたときに母や祖母が読んで聞かせてくれました。目の前に居る魔物がわかります。ガルーダと言われる鳥の魔物とフェンリルと言われる狼の魔物ではないでしょうか?よくわかりませんが考えないようにします。マルス様が安全と言っているので大丈夫なのでしょう。実際に、鳥は体のサイズを小さくして私の肩に止まります。狼の魔物もサイズを小さくして私の前を歩いて案内をしてくれているようです。

 15分くらい歩いたでしょうか?
 通路がなくなり目の前に壁だけがあります。

『カードをかざしてください』

 言われたとおりにカードをかざすと壁が消えました。どういう仕組なのかわかりませんが、壁が消えて通路が出ました。
 通路は、今までの岩肌が出ている”洞窟”のような場所ではなく石畳で作られた場所です。2分ほど歩くと広い場所に出ます。

『中央の三角形が2つ(ダビデの星)重なっているマークの中央まで進んでください』

 中央に立つと部屋が光り始めます。
 光が収まると目の前に人が横になれる程度の箱が現れました。

『個体名ディアス・アラニス。棺を確認してください』

 マルス様は()と・・・。そうか・・・兄様は・・・。

「お兄様!マルス様。お兄様はなぜ?」

 マルス様はお兄様が殺されて神殿の領域に捨てられたと説明してくれました。お兄様の手に持っていた布は帝国の・・・。そうか・・・。奴らは・・・。
 私は、お兄様の前でマルス様に私が知ることをすべてお話しました。

『個体名ディアス・アラニス。遺骸をどうしますか?』

「選択肢があるのですか?」

『貴方が住む近くに埋葬することも出来ます。この場所(墓所)で保管することも出来ます』

「マルス様。一つお伺いしてよろしいでしょうか?」

『問題ありません』

「この場所を、墓所とおっしゃいました。墓所に、入るのに特別な資格が必要なのですか?」

『マスターのご許可が必要です』

 そうなると決められた人しか入られない。

「マルス様。兄を、お兄様は、墓所で眠らせてください」

『わかりました』

 お兄様は殺された。帝国の奴らに殺された。
 目的はわからない。私のときと同じならスタンピードを発生させたかったのか?魔物を誘導したかったのか?
 それだけのことのために・・・。私たち家族は・・・。

 許すことが・・・・。できない。

 ヤスは出発を遅らせた。

 ユーラット-神殿の定期運行が開始されて、ユーラットから”朝の漁で捕れた魚”が届けられたのだ。同時に、何人かの商人がアフネスに連れられてやってきた。ヤスは、商人から挨拶を受けるという仕事をこなしたのだ。商人には、セバスを紹介して今後の窓口はセバスが担当すると説明した。

「旦那様。アフネス様が面会を求めております」

「アフネスが?」

 ヤスは、考えたが理由が見つからない。

「はい」

「わかった。ギルドの部屋って使える?」

「大丈夫だと思いますが、すでに運営を開始しております」

「そうだよな・・・。工房は”ダメ”だろうし、話し合いを・・・。そうだ、リーゼの家を借りよう」

 ヤスは名案とばかりにつぶやいたがもともとアフネスもそのつもりだったのだ。
 神殿の中に入って話が出来ないのならリーゼの家で話をする方が、間違いが少ないと考えていたのだ。

「かしこまりました」

 セバスが承諾して部屋から出ていく。
 ヤスは食事を済ませて、マルスに命令を出す。

「マルス!ディアスの用意を!セミトレラーでいい。コンテナを積み込んでくれ」

『了。工房に居る種族名ドワーフに手伝わせてよろしいですか?』

「ん?構わない。どうしてだ?」

『種族名ドワーフにコンテナやコンテナを固定する部品の作成を依頼する予定です』

「わかった。マルスが必要だと思ったのなら反対しない」

『情報も提示します』

「わかった。彼らが欲している情報も混ぜろよ」

『了』

 マルスに指示を出して運搬用のトラクターを用意させた。

「旦那様。アフネス様がリーゼ様の邸宅でお待ちです」

「わかった。セバスも付いてきてくれ」

「かしこまりました」

 ヤスは神殿を出てリーゼの家に向かった。
 当然リーゼが居るものと思っていたのだが、メイドが出てきてリーゼの不在を告げた。カート場に行っているらしい。ディアスとの決着をつけるために練習するのだと意気込んでいる。事情を説明されたヤスはなんとも言えない表情を浮かべながらリーゼの家に入った。

「ヤス。済まない」

「ん?あぁリーゼか?別にいいよ。アフネスが俺としたい話にリーゼが絡むのなら呼び戻せばいいだろう?」

「そうだな。リーゼは必要ない。ヤスに確認したいだけだ。それと、渡す物を持ってきた」

「渡す物?」

「これを渡しておく、ドーリスにはすでに渡した。ヤスには必要じゃない可能性が高いが予備を入れて4機持ってきた」

 アフネスが取り出したのは魔通信機だ。
 一つでいいと思っていたが4つあるのなら一つは分解しても良いかもしれないとヤスは不埒なことを考えていた。実際に、予備の一台はドワーフに渡されて分解されて解析されてしまう。分解された魔通信機は分解されたままマルスに統合されてしまう。

「お!これで、ユーラットと会話ができるのだな」

「問題ない。領都や王都も繋がるぞ?」

「そっちは興味がない。面倒事が舞い込んでくる未来しか見えない。そうだな・・・。門と停留所と執務室で使うことにする」

「わかった。魔通信機はヤスの使いやすいようにしてくれ」

「わかった。それで?本題は?」

 アフネスは黙ってヤスを見るだけだ。

「アフネス?」

「すまん。ヤス。一つだけ教えて欲しい」

「それが確認したいことなのか?」

「あぁそうだ」

「わかった。それで?」

「ヤス。”ニホン”という言葉を知っているか?」

「・・・」

「ヤス!」

「知っている」

「どういう意味なのだ?」

「俺は難しいことはわからない。ただ言えるのは”ニホン”は国の名前だ」

「そうか・・・。帰ることは出来ないのだな?」

「わからない。方法があるかもしれないが、俺は帰ることが出来ない」

「なぜだ?故郷なのだろう?あの人(リーゼの父親)もいずれは帰りたいと言っていたぞ!」

「アフネス。俺は、本当は40歳近い年齢だ」

「え?ヤス。エルフやピクシーの血でも入っているのか?」

「”ニホン”には、エルフもピクシーも居ない。魔物もない。魔法も存在しない」

「あの人の言っている通りだな。それでは?」

「俺が流れ着いた理由はわからない。若返った。だから戻っても俺の居場所はない。死んだことになっているだろう人間がいきなり若返って現れたら問題だろう?」

「そうなのか?」

「そうだ!”ニホン”には戸籍という制度が存在していて、生まれてから死ぬまで国に登録する決まりになっている」

「なんのために?」

「あぁ・・・なんだか・・・。忘れたけど、偉い奴らのためだろう」

「貴族か?」

「貴族はいない。アフネス。この話は難しいし意味があるとは思えない」

「そうだな。それでは、ヤスは戻らないのだな?」

「戻らない。それに戻るよりもここ(神殿)に居る方が面白い。仲間(友達)は気になるが・・・」

「そうか・・・」

「アフネスが確認したかった質問の答えになっているのか?」

「十分だ。予想以上に”よい”答えをもらえた。そうだ!」

「ん?」

「もう少ししたら、ダーホスが書類を持ってくると言っていた」

「それは助かる。ユーラットに寄る必要があるのかと思っていた」

 ヤスが先に家を出た。アフネスはリーゼが戻ってくるまでは待っているらしい。

 ヤスは、神殿に戻って工房に向かった。
 工房では、ドワーフたちがタブレットをみながら魔道具を作成していた。

 今は武器や防具になる魔道具を中心に作っている。

「お!ヤス様。今日はなにか?」

 ドワーフの代表がヤスを見つけて話しかける。

「魔通信機を持ってきたから、前々から調べたいと言っていたからね」

「いいのですか?」

「渡した物は分解していい。解析出来たらラッキーだし、壊れてしまっても構わないよ」

「わかりました!おい!」

 ドワーフの代表がヤスから一台の魔通信機を受け取って部下にわたす。
 解析を行うのもマルスが与えた知識が役立つのは間違いない。

 炉の数も増えた。地下での作業だから酸欠が気になったのだが、空調をうまく使っているようだ。神殿の能力でもあるが風を発生させて空気の流れを操作できるようだ。炉も今まで使っていたような炉からマルスから提供された知識を使った炉まで試行錯誤を繰り返して作っている。
 ドワーフとしては、騒音や炉から出る煙や熱を考えなくて良くなっただけでも大きなメリットになっている。

 そして、なによりもドワーフたちを喜ばせたのは、酒の作り方がタブレットに入っていたことだ。
 エールや蜂蜜酒(ミード)だけだったのが、”蒸留酒”という今までにない酒の作り方を知ることが出来た。それだけではなく、醗酵を知ることが出来たのだ。酒や食べ物を熟成させることを覚えたのだ。
 ドワーフたちの半分は武器や防具を作っている。残りの半分は民生品を作るという名目で酒造りを始めている。農地がまだ足りない状況なので、すぐには取りかかれないのだが酒造りに必要な道具や魔道具の作成を行っているのだ。もちろん、移住者が必要とする道具を作っているので、誰からも文句は出ていない。

 まだ数日だけだが、移住者たちは自分の足で歩き始めている。

 ヤスは、工房から出てリビングに向かう。

 地上に出たときに、マルスからダーホスが神殿の守り(テンプルフート)に到着したと連絡が入った。

「マルス。ギルドでいいよな?」

『はい』

「ダーホスにはギルドに来るように言ってくれ、ドーリスを迎えにやろう」

『了』

 ヤスがギルドに到着する頃に、自転車に乗ったドーリスがダーホスを迎えに行くところだった。

「ヤス様」

「ドーリス。頼むな」

「はい!中に、サンドラが居ます。今回の依頼に関しての最終調整をお願いします」

「わかった」

 30分ほど用意された会議室で待っていると、ドーリスがダーホスを連れて戻ってきた。
 ヤスの前に座って相手をしていたサンドラが立ち上がってダーホスに席を譲る。

 ギルドの立ち上げから手伝いをしているメイドが、部屋に入ってきて皆の前に飲み物を置いていった。

「ヤス殿。いきなりで申し訳ないが、各ギルドに持っていってもらう書状です」

「わかった。預かる・・・が、道はドーリスが知っているのだよな?」

「はい。問題はありません。街のギルドには、ドーリスを使いに出してください。ヤス殿が行くよりも話が早いと思います」

「わかった。ドーリス。頼むな」

「はい!」

「それで、ヤス様。いつご出発されるのですか?王都のお兄様から問い合わせが来ております」

「そうだな。今日にでも出ようかと思ったけど、明日の朝に出発する」

「わかりました。お兄様にはヤス様が出発されたらご連絡いたします」

「うん。頼むな」

「ドーリス。それじゃ明日の朝に神殿の前で待ち合わせな」

「かしこまりました」