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クラスのHRで文化祭の出し物について話し合われ始めると、学校中には一気に浮足立った空気が漂い始める。文化祭の準備期間中は青春部の活動は休止になるようで、普段は隔週の活動もさらに間隔が開いてしまう。
文化祭が近づくにつれて生徒会長である青葉の忙しさも増していき、一緒に登下校ができる頻度もずいぶんと減ってしまっていた。
そして、いよいよその週の週末に文化祭をひかえたある日。その日は週に一度のLHRの時間があり、その時間を利用してクラスの出し物の準備を始めていた。「こっちのり貸してー」「模造紙これで足りる?」「誰かこっち手伝って!」と、教室中には活気あふれる声が入り乱れる。教室の中がこんなににぎやかになるのは、一年のうちでこの時期だけだ。
クラスの出し物は、先週の同じ時間の話し合いで喫茶店をすることに決まっていた。そこにたどり着くまでは早かったけど、ただの喫茶店じゃつまらないからコンセプトを決めよう、という意見が出てからが長かった。五十分の授業時間のほとんどを使い、最終的には一部の女子の意見で、童話のお城の雰囲気をイメージした喫茶店にすると決まったのだった。
まだ実際に教室を飾り付けるわけにはいかない中で、前日の準備が少しでも楽になるように装飾のパーツを作ったり、衣装の準備に取り掛かったりしていた。
教室の奥では青葉が黙々とウエイトレス風の衣装に小物を縫い合わせ、加瀬くんは数人の男子と一緒にテーブルの配置について話し合いをしている。同じ教室にいるはずなのに、やけに二人が遠かった。
ここ最近はみんなで集まれる機会もなくて、一抹の寂しさがあった。
「西峰さん、当日は生徒会の方にかかりきりになるんだろ? めちゃくちゃ戦力ダウンだよな」
僕と一緒に内装のパーツを作る作業をしていた山本くんが言った。
「うん。たぶん前日の準備から、ほとんど生徒会の方が中心になると思うって」
「まあ、そうだよな……加瀬だって部活の方で出店するんだろ? 二人が呼び込みでもしてくれれば、放っておいても千客万来だったろうに」
そう口にする山本くんの手は、止まったり動いたりだ。
「二人は仕方ないよ。その分、僕たちが頑張らないと」
「頑張るってもなあ……三年にもなって文化祭頑張ってる場合じゃないし。正直、この時間だって受験勉強に当てたいくらいだよな」
山本くんが乗り気じゃないのは、文化祭の準備が始まった時から気づいていた。そして、それは山本くんだけに漂う空気じゃない。一、二年生の時は文化祭に張り切っていたクラスメイトも、この三年生の文化祭ではいまいち乗り切れていないのが伝わってくる。
きっと数ヶ月前までの僕ならこの空気の中に混じって、不満を抱えながらも流されるままに参加していたのだと思う。
だけど今は、そうやって一歩引いて眺めているだけの自分にはなりたくなかった。
「僕は……これが最後の文化祭なんだから、手は抜かずに頑張りたいな」
視線は手元の模造紙に向けたまま、それを大きな窓の形にハサミで切り取りながらそう言った。その言葉に、隣では山本くんが驚いているのが伝わってきた。
「春樹、三年になってから少し変わったよな」
「うん、そうかも」
それがいい変化なのか、確証なんてない。だけどもし、それが自分で決められることなら、間違いなく僕は前を向いている。
クラスのHRで文化祭の出し物について話し合われ始めると、学校中には一気に浮足立った空気が漂い始める。文化祭の準備期間中は青春部の活動は休止になるようで、普段は隔週の活動もさらに間隔が開いてしまう。
文化祭が近づくにつれて生徒会長である青葉の忙しさも増していき、一緒に登下校ができる頻度もずいぶんと減ってしまっていた。
そして、いよいよその週の週末に文化祭をひかえたある日。その日は週に一度のLHRの時間があり、その時間を利用してクラスの出し物の準備を始めていた。「こっちのり貸してー」「模造紙これで足りる?」「誰かこっち手伝って!」と、教室中には活気あふれる声が入り乱れる。教室の中がこんなににぎやかになるのは、一年のうちでこの時期だけだ。
クラスの出し物は、先週の同じ時間の話し合いで喫茶店をすることに決まっていた。そこにたどり着くまでは早かったけど、ただの喫茶店じゃつまらないからコンセプトを決めよう、という意見が出てからが長かった。五十分の授業時間のほとんどを使い、最終的には一部の女子の意見で、童話のお城の雰囲気をイメージした喫茶店にすると決まったのだった。
まだ実際に教室を飾り付けるわけにはいかない中で、前日の準備が少しでも楽になるように装飾のパーツを作ったり、衣装の準備に取り掛かったりしていた。
教室の奥では青葉が黙々とウエイトレス風の衣装に小物を縫い合わせ、加瀬くんは数人の男子と一緒にテーブルの配置について話し合いをしている。同じ教室にいるはずなのに、やけに二人が遠かった。
ここ最近はみんなで集まれる機会もなくて、一抹の寂しさがあった。
「西峰さん、当日は生徒会の方にかかりきりになるんだろ? めちゃくちゃ戦力ダウンだよな」
僕と一緒に内装のパーツを作る作業をしていた山本くんが言った。
「うん。たぶん前日の準備から、ほとんど生徒会の方が中心になると思うって」
「まあ、そうだよな……加瀬だって部活の方で出店するんだろ? 二人が呼び込みでもしてくれれば、放っておいても千客万来だったろうに」
そう口にする山本くんの手は、止まったり動いたりだ。
「二人は仕方ないよ。その分、僕たちが頑張らないと」
「頑張るってもなあ……三年にもなって文化祭頑張ってる場合じゃないし。正直、この時間だって受験勉強に当てたいくらいだよな」
山本くんが乗り気じゃないのは、文化祭の準備が始まった時から気づいていた。そして、それは山本くんだけに漂う空気じゃない。一、二年生の時は文化祭に張り切っていたクラスメイトも、この三年生の文化祭ではいまいち乗り切れていないのが伝わってくる。
きっと数ヶ月前までの僕ならこの空気の中に混じって、不満を抱えながらも流されるままに参加していたのだと思う。
だけど今は、そうやって一歩引いて眺めているだけの自分にはなりたくなかった。
「僕は……これが最後の文化祭なんだから、手は抜かずに頑張りたいな」
視線は手元の模造紙に向けたまま、それを大きな窓の形にハサミで切り取りながらそう言った。その言葉に、隣では山本くんが驚いているのが伝わってきた。
「春樹、三年になってから少し変わったよな」
「うん、そうかも」
それがいい変化なのか、確証なんてない。だけどもし、それが自分で決められることなら、間違いなく僕は前を向いている。