この声、聞こえますか?

鳥居を潜り、この間と同じ様に参道の端を歩いて神殿へ向かうと、神殿の前で神主さんが俺達を待っててくれていた。

「電話で連絡をくれていた生徒さんだね? どうぞどうぞ」

神主さんは、六十歳くらいのお爺さんだった。

今日、俺と律は、高校の課題でこの神社について調べたいので話を聞かせてください、と電話でお願いしてあったのだ。
神社の神主さんに嘘を吐くをなんて罰当たりにも程があるとは思うが、テレパシーのことなんて話しても信じてもらえないだろうし。どうか罰は当たりませんように。



「連休なのに課題があって大変だね。ここは暑いから、中に入ってゆっくりお話しようか」

神主さんは、そう言うと神殿の横にある、一軒家ほどの大きさの建物の方へと歩いていく。恐らく、客間用の建物だろう。


《ど、どうする? 適当に立ち話でふたつ祈りの話だけ聞くつもりだったのに》

《どうするもこうするも、ついていくしかないでしょ》

確かに、それはそうだ。
律は迷いない足取りで、神主さんの後を追い掛かるように歩いていく。
何か、律の方が俺より男らしいな……なんてことを思いながら、俺も後を追った。
さあどうぞ、と促されて入ったのは、八畳ほどの和室で、部屋の真ん中には木のテーブルが置かれていた。


「最近は、うちみたいな錆びれた神社に興味もってくれる若い子なんかいなくてね」

神主さんは熱々のお茶を二つ用意してくれた後、テーブルを挟んだ正面の座布団に腰をおろした。
神主さんの声は弾んでいる。
仕事の最中にこうして伺ってしまい迷惑を掛けているだろうなと思っていたから、歓迎されているのなら有難い。


「では、何が聞きたいのかな?」

「は、はい。あの、この神社って不思議な言い伝えがありますよね? それについて伺ってもよろしいですか?」


ふたつ祈りの不思議な言い伝え。
俺と律の間に生まれたテレパシー能力は、その言い伝えに関係ある可能性がある。
神主さんなら何か知っているかもしれない。有益な情報を聞き出したい。
真剣な顔で神主さんの顔をじっと見つめる。
俺の隣で、律も同じ様な顔をしているのだろう。

すると神主さんは、さっきまでと変わらない優しい笑顔を浮かべながら……


「言い伝えというと、ふたつ祈りの言い伝えのことかな?」

「は、はい、そうです!」

「はははっ。あの言い伝えはねぇ、


誰かが流したデマだよ」




……はい?
思わず目玉が乾きそうになるくらいに目を見開くも、神主さんの表情は変わらない。


「少なくとも、この神社に昔からある言い伝えなんかじゃないよ。うちにはそんな文献ないしね。いつの間にか、そんな噂が勝手に流れていたんだよ」


ほん、とに?

じゃあ、この神社で律と一緒にお参りをしてからテレパシー能力が使えるようになったのは……偶然?

テレパシー能力に、この神社は関係なかったのか?


「さあ。そんな根も葉もない噂話はやめて、まずはこの神社の歴史を……」


その後、神主さんは長時間に渡り、嬉々としてこの神社について語っていた。
目的を失った俺達は戸惑うも「もう帰ります」とも言えない雰囲気で、時折頷きながらただ黙って神主さんの話を聞いていた。

結局、約三時間、空の色が赤く変わるまで、たっぷりとこの神社の歴史や成り立ち等、正直全く興味がない話を延々と聞き続けてしまったのだった。
神主さんに見送られながら、夕焼けですっかり赤く染まった石階段を下りていく。
収穫ゼロ。
あえて言うなら疲労感はたっぷりと全身にのしかかっている。別れ際の神主さんが満足気だったのが少々恨めしいくらいだ。


夕陽色の階段を下りながら、律が俺の手にちょんと触れ、テレパシーを送ってくる。


《ふたつ祈りの言い伝えは何も関係なさそうね》

「う〜ん」

全く関係ないとは意外だけれど、神主さんがああ言うのなら、きっと本当に無関係なのだろう。


じゃあ、一体きっかけは何だったのだろう。そもそも本当にきっかけなんて存在するのか?


「謎は深まるばかりだ」

思わず呟いた独り言に、律も《そうね》と賛同してくれる。


階段を下れば、すぐそこに大通りが見える。
まだ夕方の五時だし、家までは送らなくて大丈夫だろう。


「じゃあな、律。気をつけて帰れよ」

俺がそう言うと、律もコク、と頷いた。


「残り四日のゴールデンウィーク、有意義に過ごせよ」


別に、今日が無意味な一日だったという意味ではないけれど。考えようによっては、ふたつ祈りの言い伝えは所詮ただの噂だったということが分かったのだし。
律に背を向けると、そのまま歩きだしたが、数メートル先の信号機が赤だったので、足を止めた。


……何となく、言いそびれたことがあるような気がした。
それが何なのかは、すぐに気付いた。
けれど、ゴールデンウィークが明けたらまた教室で毎日顔を見合わせるんだ。携帯だってあるし、わざわざ今言わなくたっていいだろう。


……そう、思ったけれど。


〝あの日〟みたいに、また後悔するような気がして。


だけど、振り向いて目を合わせて、こんなことを言う勇気はなくて。


だから。


俺は送る。




《今日、楽しかったよ》


何の収穫もなかったし、神主さんの話を正座で聞き続けて疲れたけど、律と二人で一日過ごせたことは、単純に楽しかった。


まあ、律にとっては本当に無意味な日だったかもしれないけど……それでも、ちゃんと伝えたいと思った。


この、意味の分からないテレパシー能力に早速頼っている辺り、我ながら情けねーとは思うけど。
信号が、思ったよりも長い。長く感じているだけかもしれないけれど。

チラッ、と振り返って、律の姿を探そうとした。
もうとっくに姿は見えなくなっている頃だろう……と思ったのだけれど。



「ちょっ、何でまだいるんだよ!」

思わず、テレパシーではなく地の声が出た。

どういうわけだか、律は帰るどころか、さっき別れた場所から数メートル先の地点で足を止め、俺に振り返っていた……にこにこと楽しそうに笑いながら。
《だって、達樹君に呼び止められたから》

《呼び止めてねえ!》

距離があるので、今度は俺もテレパシーで返事をした。はたから見たら、別れ際に見つめ合ってる変な高校生達に見られているかもしれないけれど。


《何だよ。面と向かって言うのが恥ずかしかったからテレパシー使ったのに、これじゃあ意味ないじゃん》

俺の文句に対し、律は冷静に《まあ、それはそうね》と返してきた。


でも。



《私もすっごく楽しかった!》



そう伝えてくる律の笑顔は、夕陽に照らされ、とても綺麗に見えた……。




ーー奇跡なんて、俺はまともに信じたことはないけれど。

でも、もしかしたらこの能力は奇跡なのかもしれない。

テレパシーという、奇跡的な超能力を使っているという意味もあるけど、何より……


この能力のおかげで、律とまた笑い合えるようになったから。

そういう意味でも、奇跡的な力だと思う。



テレパシーが使えるようになったきっかけが気にならないわけじゃない。
だけど今は、この能力のお陰で律とまた話せるようになったという事実に、心から感謝したい。



それから、今日はっきりと分かったことが、一つだけある。



俺、やっぱり。


律の笑った顔が好きだなぁ。



いつの間にか、信号は青に変わり、だけど気付いた時にはまた赤になってしまった。

もう一度青に変わってから、今度こそ律と別れた……お互いに手を振って。
残りの連休は、予定通りみっちりと部活一色だった。
ふたつ祈りのことは、とりあえず連休中はあれ以上調べる余裕もなく、あっという間に連休明けを迎えた。


「はあー、朝からキツー」

思わず溜め息が出そうになってしまうくらいに、今日の朝練はキツかった。うちのバスケ部は県内では強豪の部類だから練習量が多いのは当然なのだろうけど。


「もう地区予選始まるからなー。ベンチ入り確定してる尚也は、俺らより大変なんだろうなー」

下駄箱で上靴に履き替えながら、コーヤが言う。
確かに、一年生ながらレギュラーの座も近いと噂されている尚也は、今朝もギリギリまで先輩の練習に付き合っていたし、一年生エースとしてのプレッシャーもあるだろうから俺なんかよりずっと大変だろう。


そんなことを考えていると、後ろからツンツンと誰かに背中をつつかれる。

誰だ? と思いながら振り向くとそこにいたのは。


「律!」

律はにこ、と笑って俺をまっすぐに見つめると、ぱくぱくと小さく口元を動かした。
おはよう、と言っているように見えたので、俺も「おはよう」と返す。


……その直後、あることに気付き、俺は目を見開いた。

そこにいた律が、毎日学校で見ていた律とは少し違った……というより、中学時代の律に見えたのだ。

というのも。

「あれっ。永倉さん、今日いつもより何だか顔、可愛いね! あっ、スカートも短くなってる!」


……俺が言いたいことを、恥ずかしげもなくサラッと言ってしまうコーヤを内心賞賛すると共に、恨めしくもある。

そう。コーヤの言う通り、目の前の律は普段と違い少しだけ化粧をしていて、今までは膝が隠れていたスカート丈も数センチ上がっていた。
中学時代の、いつもオシャレに気を遣っていた律が再び現れたような、そんな気分になった。