伊都が自宅謹慎となってから、早くも三日がたった。今日は待ち望んだ最終日だ。
それにしても、夏休みの四日前に三日間の自宅謹慎とは嫌がらせである。なぜあえての三日間なのだろう。もしかすると、自宅謹慎のまま夏休みに入らせない、というのは穂積の配慮かもしれない。だが、伊都にとっては余計なお世話だ。そんなことをされた方が、よほど学校に行きづらい。どちらにせよ行かなければいけないのだが。
「……暇だ」
自宅謹慎とはこんなにも暇なものなのか。家の中で出来ることは案外限られているということを、伊都は初めて知った。
ゲームだって、一日中やりたくても出来ない。なぜなら、スマホのRPGはストーリーを進めるごとにAPが減り、貯まるのにはかなりの時間がかかる。
ゲーム機のゲームは、去年の夏休みにやり込んでしまったので、やることがない。通信ならレベル関係なく遊べるが、何せ父は既に他界、母は日中は仕事、九つ上の兄は数年前に家を離れ、現在、一人暮らしをしている。つまり、完全に一人ぼっちである。
「……少し、外、出てみるか」
今は昼の二時。伊都の自宅謹慎を知る者は皆、学校にいる。
伊都は思い切って外に飛び出した。外はやはり暑い。それはそうだ。昼なのだから。
いつだったか、理科の授業で、「一日のうちで、最も気温が上がるのは午後二時」と習ったことを伊都は思い出した。完全に外出する時間を間違えた。
毎日のように聴くミンミンゼミの鳴き声。きっとこれも暑さの原因だろう。容赦なく照りつける太陽にうんざりしながら、伊都は公園に向かった。
緑に囲まれた、小さな公園。ひとつの東屋とふたつのベンチ、そしてほんの少しの遊具しかないが、このあたりの住民の憩いの場となっている。
この公園は、夕方になると、学校帰りの子どもたちでにぎわう。伊都も子どもの頃はよく遊んだ。だが、さすがは平日の昼。とても静かだ。
木の近くにあるベンチがちょうど木陰になっている。少し涼んで帰ろう。そう思い、公園に足を踏み入れたその時、
「やめて!」
甲高い叫び声が聞こえた。驚いた伊都はあたりを見回し、その声の主を探した。すると、東屋の影で数人の男が少女を囲んでいるのが見えた。伊都は慌てて、近くの木の影に隠れる。
「もうここまでだ。いい加減、諦めたらどうだ?」
「嫌だ……。こんなの、嫌だ。なんで、なんで……」
「お前は、そういう運命なんだ」
「違う、私は……。お願い、誰か、誰か! 助けて! 誰か!!」
必死に助けを求める少女。それを嘲笑う男達。何だこれは、どういう状況だ? 伊都は必死で考える。そしてある考えが浮かんだ。『誘拐』。そう、きっと彼女は誘拐されそうになっているのだ。
何としてでも彼女を助けなくては。しかし、どうすれば良いものか。この間のように体に任せれば、間違いなく問題になる。そうなれば、今度は退学なんてことになりかねない。
かと言って、他に方法があるものか。伊都は必死に考えた。目の前で助けを求める者がいる。声を上げて、必死に……。
そうだ、声。声である。体が使えないのなら、声を発せばいいのだ。単純なことに一周回って気が付いた彼は、大きく息を吸って、思いきり叫んだ。
「おまわりさーん! ここでーす!」
先程まで少女を囲んでいた男たちが一斉に逃げ出した。日向に出たことで露わになった彼らの服装に伊都は目を細めた。白衣を着ていたのである。暑い夏には、珍しいファッションだ。白衣の男たちは、恐ろしい速さで逃げていき、あっという間に公園から姿を消した。
それを確認すると、伊都は、すぐに少女のもとへ駆け寄った。少女は座り込んでいた。だが、伊都が近くまで来た時、少女はいきなり伊都の方に倒れ込んできた。その衝撃で伊都は尻もちをついた。
「いって……。おい、大丈夫かよ」
軽く揺さぶってみるが、少女は伊都の胸に顔をうずめたまま動かない。完全に脱力している。まさか、気絶しているのだろうか。
「マジかよ……」
どうすればいいのだ。こんな状況、初めてである。だが、放っておいていいわけが無い。どうにかしなければまずいことくらい、伊都にはわかっている。
「と、とりあえず救急車……」
伊都はポケットを探る。しかしここで、携帯を忘れてきたことに気がついた。
「ああ………」
それでは、東屋に寝かせておこうか……。だが、もしも先程の白衣の男たちが戻ってきたら、大変だ。さすがにもう太刀打ちできない。
では、交番に届けるか。そう思ったが、あいにくこの近くに交番がないことを伊都は思い出した。田舎ではよくある事だ。この夏に、少女を連れて交番を求めどこまでも行くのはごめんである。
そうなれば、もう家しかない。伊都は気絶した少女をおぶって、自宅へと向かった。
それにしても、夏休みの四日前に三日間の自宅謹慎とは嫌がらせである。なぜあえての三日間なのだろう。もしかすると、自宅謹慎のまま夏休みに入らせない、というのは穂積の配慮かもしれない。だが、伊都にとっては余計なお世話だ。そんなことをされた方が、よほど学校に行きづらい。どちらにせよ行かなければいけないのだが。
「……暇だ」
自宅謹慎とはこんなにも暇なものなのか。家の中で出来ることは案外限られているということを、伊都は初めて知った。
ゲームだって、一日中やりたくても出来ない。なぜなら、スマホのRPGはストーリーを進めるごとにAPが減り、貯まるのにはかなりの時間がかかる。
ゲーム機のゲームは、去年の夏休みにやり込んでしまったので、やることがない。通信ならレベル関係なく遊べるが、何せ父は既に他界、母は日中は仕事、九つ上の兄は数年前に家を離れ、現在、一人暮らしをしている。つまり、完全に一人ぼっちである。
「……少し、外、出てみるか」
今は昼の二時。伊都の自宅謹慎を知る者は皆、学校にいる。
伊都は思い切って外に飛び出した。外はやはり暑い。それはそうだ。昼なのだから。
いつだったか、理科の授業で、「一日のうちで、最も気温が上がるのは午後二時」と習ったことを伊都は思い出した。完全に外出する時間を間違えた。
毎日のように聴くミンミンゼミの鳴き声。きっとこれも暑さの原因だろう。容赦なく照りつける太陽にうんざりしながら、伊都は公園に向かった。
緑に囲まれた、小さな公園。ひとつの東屋とふたつのベンチ、そしてほんの少しの遊具しかないが、このあたりの住民の憩いの場となっている。
この公園は、夕方になると、学校帰りの子どもたちでにぎわう。伊都も子どもの頃はよく遊んだ。だが、さすがは平日の昼。とても静かだ。
木の近くにあるベンチがちょうど木陰になっている。少し涼んで帰ろう。そう思い、公園に足を踏み入れたその時、
「やめて!」
甲高い叫び声が聞こえた。驚いた伊都はあたりを見回し、その声の主を探した。すると、東屋の影で数人の男が少女を囲んでいるのが見えた。伊都は慌てて、近くの木の影に隠れる。
「もうここまでだ。いい加減、諦めたらどうだ?」
「嫌だ……。こんなの、嫌だ。なんで、なんで……」
「お前は、そういう運命なんだ」
「違う、私は……。お願い、誰か、誰か! 助けて! 誰か!!」
必死に助けを求める少女。それを嘲笑う男達。何だこれは、どういう状況だ? 伊都は必死で考える。そしてある考えが浮かんだ。『誘拐』。そう、きっと彼女は誘拐されそうになっているのだ。
何としてでも彼女を助けなくては。しかし、どうすれば良いものか。この間のように体に任せれば、間違いなく問題になる。そうなれば、今度は退学なんてことになりかねない。
かと言って、他に方法があるものか。伊都は必死に考えた。目の前で助けを求める者がいる。声を上げて、必死に……。
そうだ、声。声である。体が使えないのなら、声を発せばいいのだ。単純なことに一周回って気が付いた彼は、大きく息を吸って、思いきり叫んだ。
「おまわりさーん! ここでーす!」
先程まで少女を囲んでいた男たちが一斉に逃げ出した。日向に出たことで露わになった彼らの服装に伊都は目を細めた。白衣を着ていたのである。暑い夏には、珍しいファッションだ。白衣の男たちは、恐ろしい速さで逃げていき、あっという間に公園から姿を消した。
それを確認すると、伊都は、すぐに少女のもとへ駆け寄った。少女は座り込んでいた。だが、伊都が近くまで来た時、少女はいきなり伊都の方に倒れ込んできた。その衝撃で伊都は尻もちをついた。
「いって……。おい、大丈夫かよ」
軽く揺さぶってみるが、少女は伊都の胸に顔をうずめたまま動かない。完全に脱力している。まさか、気絶しているのだろうか。
「マジかよ……」
どうすればいいのだ。こんな状況、初めてである。だが、放っておいていいわけが無い。どうにかしなければまずいことくらい、伊都にはわかっている。
「と、とりあえず救急車……」
伊都はポケットを探る。しかしここで、携帯を忘れてきたことに気がついた。
「ああ………」
それでは、東屋に寝かせておこうか……。だが、もしも先程の白衣の男たちが戻ってきたら、大変だ。さすがにもう太刀打ちできない。
では、交番に届けるか。そう思ったが、あいにくこの近くに交番がないことを伊都は思い出した。田舎ではよくある事だ。この夏に、少女を連れて交番を求めどこまでも行くのはごめんである。
そうなれば、もう家しかない。伊都は気絶した少女をおぶって、自宅へと向かった。