年月は経ち、少しずつ嫌がらせは無くなってきた。だが、久美子の身体は一向に成長しない。十五歳になった彼女の身体は、未だに十二歳の時のままだ。その反面、心は成長していた。きちんと反抗期も訪れたし、考え方や価値観も年相応だった。
ある日、白衣を纏った男性が、家に数人でやってきた。彼らは研究者であると名乗り、その中の「不老者研究グループ」に属しているという。
「私たちは、不老者の皆さんがいつか元の身体に戻れるよう研究しています。そこでこの度、不老者の皆さんを施設に集め、研究、治療を行おうと考えました。そうして現在、不老者の方がいるご自宅を回っている次第です」
始めはその話に乗る気などなく、家族は断ろうとしていた。おそらくいい話だとは思ったものの、久美子が家族と離れなければいけないこと、そしていつ戻ってこられるのかが不明瞭であることが嫌だったのだろう。しかし、次の言葉で、家族は考えを百八十度変えた。
「もちろん、タダとは言いません。もしこの『研究プロジェクト』にご協力いただけるのなら、お礼の方はきちんとさせていただきます」
その時に聞いた額は、久美子は詳しく覚えていない。思い出したくもない、自分に付けられた値段など。とにかく高額だったことは覚えているが。
度重なる引越しで、家にはあまり金がなかったため、その額が貰えるのならと、家族はプロジェクトへの協力をすることにしたのだ。
久美子は、家族の元を離れ、施設へ預けられた。日当たりも悪く、じめじめとした森の中に建てられており、あまり生活には適していないように思えた。
建物の中に入ると、廊下が二手に分かれていた。片方が研究棟でもう片方が寮棟に行く道だと案内役の研究者から説明を受け、寮棟に行くように久美子は促された。階段を登った先に、部屋がずらりと並び、長い廊下が奥まで続いていた。「部屋はどこでもいい」と研究者は言い捨て、去っていった。
久美子は部屋を選ぶべく、薄暗い廊下を歩いた。すると、一つだけ明かりがついている部屋を見つけた。誰かいるのだろうか。気になって、ドアに近づく。中から微かに女性の歌声が聞こえてきた。すごく透き通っていて、きれいな声である。聞いていて心地が良い。久美子はドアに耳を近づけ、しばらくその歌声に陶酔していた。
しばらくして、歌声は聞こえなくなってしまった。歌うのをやめてしまったのだろうか。もっと聞きたい。久美子は気が付けばノックをしていた。ドアが開いて、中から十五歳くらいの少女が顔を覗かせた。一瞬「?」という表情をしたものの、すぐに状況を理解し、
「ああ、あなた今日からここに入るのね。よろしく」
と笑顔を見せた。「よ……よろしく、お願いします」とタジタジになりながら返す。
「部屋はどこなの?」
「あ、えっと、まだ決めてなくて」
「え、そうなの? じゃあ……なんの用でここの部屋に?」
少女が不思議そうな顔をするのも無理はない。普通はいきなり他人の部屋を訪ねたりはしないからだ。
「あ、あの……歌……」
「歌?」
「歌の……続きが聞きたくて……」
ますます不思議そうな顔をする少女。
「さっき、歌ってた歌、実は聞いてて……すごく良かったから、もう一度聞きたいって思って……」
久美子の鼓動が早まる。迷惑だっただろうか。もう一度出直した方が良いだろうか。しかし、少女は突然笑いだした。
「やだ、さっきの聞いてたの? もう、恥ずかしいー! ここって、結構音漏れするんだね」
「で、でも、すごく上手だった」
「本当? 嬉しい、ありがとう」
 少女は照れながらお礼を言った。
「あの、良かったら、もう一度……聞かせてください」
「私なんかでよかったら、いくらでも歌うよ。せっかくだから、上がって」
少女は手招きした。「お邪魔します」と言い、久美子は部屋に入る。女の子らしい部屋であった。六畳ほどの部屋が可愛らしくデザインされている。
「すごい……! これ、どこで……?」
「ああ、この施設からは出ちゃいけないんだけど、欲しいものは何でもここの人が買ってくれるの。で、その結果」
「そうなんだ……」
センスの良さに思わず脱帽する。
「それで、なんの歌を歌えばいい?」
「えっと……さっきのがいいです」
「さっきかー、何歌ってたっけな」
「うーん」と少女は考え込んだ。いちいち何を歌っていたのか覚えていないところを見ると、彼女はいつも歌っているのだろう。
「あ、思い出した。これじゃない?」


 大丈夫 私はひとりじゃない

 そう信じて生きていくの

 だから涙なんかふいて

 いつものように笑ってみせるんだ


「すごくいい歌……」
「本当!? 初めて言われたよ。ありがとう!」
少女は屈託のない笑顔を見せた。
「ちなみに、なんていう曲なんですか?」
「これね、私が作った曲なんだ」
「え! すごい……!」
「そんなことないよ。題名もまだ決まってないし、少ししか考えられてないんだ。あ、そうだ。良かったら付けてくれない、題名?」
「え、私が……?」
「うん、お願い!」
素敵な曲に、自分などが、題名をつけても良いのだろうか。久美子は酷く戸惑ったが、とりあえず考えてみることにした。
題名か。久美子は必死に考えた。歌の世界観を壊さず、なおかつ自分の見解も入れなければいけない。題名を付けることのなんと難しいことか。久美子が考え込んでいると、少女はあわてて、
「そんな考え込まなくてもいいよ。軽い感じで、適当につけてもらって構わないから」
と言った。久美子は首を横に振った。
「そんなこと、しませんよ。せっかくの素敵な曲、私のせいで壊したくはないから……」
久美子はもう一度、先程の歌を頭の中で繰り返した。
「あの、『大丈夫』って題名はどうでしょうか」
「大丈夫、か……。うん、いいかも! 歌詞にぴったりな気がする」
少女は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、今日からこの歌の題名は、『大丈夫』! これで続きも考えられそう。ありがとう、考えてくれて」
「いえ、すごく楽しかったです」
他人の歌に題名を付けるなんて、なかなかない経験である。
「敬語じゃなくていいよ。どうせ同じような年齢なんだし」
「あ、う、うん……」
「そういえば、名前、なんていうの?」
「あ、えっと……立花久美子」
「へぇ、かわいい名前だね! 私は、田沢理恵。よろしくね!」
「うん、よろしく……!」
「ここに来たってことは、久美子は不老者なんだよね?」
「うん。本当は十五歳なんだけど、身体は十二歳なの。り、理恵は……?」
「私はね、見た目は十五歳だけど、中身は十八歳。一応もう大人なんだよね。全然大人っぽくないけど」
理恵が苦笑する。だが、久美子から見たら理恵は十分大人に見えた。