そして次の日の放課後、進路指導室に呼び出されてしまい、今に至る。
今のところ、悪いのは全部伊都ということになっているが、彼にはこのままで終わらせるつもりなどさらさらない。穂積には、なんとか分かってもらって、指導を免れたいのだ。だが……。
「だから、俺は悪くないんですよ! そもそも向こう側から喧嘩売られたんだし!」
「でも、君から手を出したんだろ?」
「いやいや、向こうですよ! 何度も言いますけど、胸ぐら掴まれたんですよ? これは正当防衛です!」
「やられたことに対してのやり返しの度合いがおかしいだろう。正当防衛なんかじゃない、暴力だ」
こんな感じで、すべて切り返されてしまう。結局、皆、面倒なことは早く終わらせたいのだ。
「大体、校則なんだから仕方ないだろう?『学校外で問題を起こした生徒は、数日間の自宅謹慎をすること』って、生徒手帳に書いてあるじゃないか」
そう言って穂積は、引き出しから生徒手帳を取り出し、その校則が書かれたページを見せる。
「それは……」
知らなかった、とは言えない。生徒手帳は各自読んで、校則を頭に入れておくように、と四月の頭に全員が言われたからだ。実際、彼は一ページも読んだことなどないのだが。
「そういうことだから。今回は三日ってことで、いい加減分かってくれるかな」
確かに伊都は問題を起こしたかもしれない。手を出してしまったし、店にも迷惑をかけた。そうではあるのだが。
「俺は……」
そう。彼はただがむしゃらに背負い投げをしたわけではない。彼にはちゃんとした目的があったのだ。正義のために、彼は戦っただけなのだ。
「俺は、百円玉を守りたかったんです!どうしても、あいつらの手に渡るのが、許せなかった……」
「それはもう聞いたよ」
「いや、何度でも言います。俺は、百円玉を落とした人に返したかっただけだったんですよ!」
伊都は語った。これまでで一番熱く語った。かれこれ一時間はここにいる。同じような話も何度もした。そろそろここから出たい。ついでに謹慎も勘弁してもらいたい。そんな思いもあり、つい熱くなってしまったのだ。
「…………」
しかし、穂積からの反応はなく、さらにため息をつかれた。
「俺の話聞いてます!?」
「聞いてたよ。あと何度も聞いた」
「じゃあ、そんな顔するんですか! いい話でしょうが!」
「あのね、霧野くん。美談だと思っているのは君だけだよ。私からしたら、はっきりいってバカバカしすぎる。たかが百円玉如きでどうしてそこまで出来るのかが、私には理解できないんだよ」
「なっ……!」
「君は正義のためと思ってやっているのかもしれない。でも世の中理不尽なことなんて山ほどある。すべてを正そうなんて、無理だ。今回だって、そう。君は、手を引くべきだった」
「…………」
恐ろしいほど冷静な穂積に、伊都は何も言い返すことが出来ない。
「余計な正義感を振りかざして、自分の人生を棒に振るようなことはしちゃだめだ。分かったか?」
伊都は悔しかった。穂積の言うことは正しいことで、納得せざるを得ない。納得したくない自分がいる。そんなことを分かりたくない自分がいる。なのに、言い返すことが出来ない。さっきまではすらすらと言葉が出てきたのに、今は何も言えない。
「……分かってないみたいだな。まあ、いい。そのうち分かる。家で頭を冷やして来てくれ」
穂積は席を立った。そして思い出したようにドアの前で振り返り、
「今日はこのまま帰りなさい。さようなら」
と言い、穂積は、進路指導室から出ていってしまった。かくして伊都は、三日間の自宅謹慎をすることになったのだ。
夏休みの四日前のことであった。
今のところ、悪いのは全部伊都ということになっているが、彼にはこのままで終わらせるつもりなどさらさらない。穂積には、なんとか分かってもらって、指導を免れたいのだ。だが……。
「だから、俺は悪くないんですよ! そもそも向こう側から喧嘩売られたんだし!」
「でも、君から手を出したんだろ?」
「いやいや、向こうですよ! 何度も言いますけど、胸ぐら掴まれたんですよ? これは正当防衛です!」
「やられたことに対してのやり返しの度合いがおかしいだろう。正当防衛なんかじゃない、暴力だ」
こんな感じで、すべて切り返されてしまう。結局、皆、面倒なことは早く終わらせたいのだ。
「大体、校則なんだから仕方ないだろう?『学校外で問題を起こした生徒は、数日間の自宅謹慎をすること』って、生徒手帳に書いてあるじゃないか」
そう言って穂積は、引き出しから生徒手帳を取り出し、その校則が書かれたページを見せる。
「それは……」
知らなかった、とは言えない。生徒手帳は各自読んで、校則を頭に入れておくように、と四月の頭に全員が言われたからだ。実際、彼は一ページも読んだことなどないのだが。
「そういうことだから。今回は三日ってことで、いい加減分かってくれるかな」
確かに伊都は問題を起こしたかもしれない。手を出してしまったし、店にも迷惑をかけた。そうではあるのだが。
「俺は……」
そう。彼はただがむしゃらに背負い投げをしたわけではない。彼にはちゃんとした目的があったのだ。正義のために、彼は戦っただけなのだ。
「俺は、百円玉を守りたかったんです!どうしても、あいつらの手に渡るのが、許せなかった……」
「それはもう聞いたよ」
「いや、何度でも言います。俺は、百円玉を落とした人に返したかっただけだったんですよ!」
伊都は語った。これまでで一番熱く語った。かれこれ一時間はここにいる。同じような話も何度もした。そろそろここから出たい。ついでに謹慎も勘弁してもらいたい。そんな思いもあり、つい熱くなってしまったのだ。
「…………」
しかし、穂積からの反応はなく、さらにため息をつかれた。
「俺の話聞いてます!?」
「聞いてたよ。あと何度も聞いた」
「じゃあ、そんな顔するんですか! いい話でしょうが!」
「あのね、霧野くん。美談だと思っているのは君だけだよ。私からしたら、はっきりいってバカバカしすぎる。たかが百円玉如きでどうしてそこまで出来るのかが、私には理解できないんだよ」
「なっ……!」
「君は正義のためと思ってやっているのかもしれない。でも世の中理不尽なことなんて山ほどある。すべてを正そうなんて、無理だ。今回だって、そう。君は、手を引くべきだった」
「…………」
恐ろしいほど冷静な穂積に、伊都は何も言い返すことが出来ない。
「余計な正義感を振りかざして、自分の人生を棒に振るようなことはしちゃだめだ。分かったか?」
伊都は悔しかった。穂積の言うことは正しいことで、納得せざるを得ない。納得したくない自分がいる。そんなことを分かりたくない自分がいる。なのに、言い返すことが出来ない。さっきまではすらすらと言葉が出てきたのに、今は何も言えない。
「……分かってないみたいだな。まあ、いい。そのうち分かる。家で頭を冷やして来てくれ」
穂積は席を立った。そして思い出したようにドアの前で振り返り、
「今日はこのまま帰りなさい。さようなら」
と言い、穂積は、進路指導室から出ていってしまった。かくして伊都は、三日間の自宅謹慎をすることになったのだ。
夏休みの四日前のことであった。