「どうして、ですか?」
「ん?」
「どうして、幸せだったって言い切れるんですか?」
純粋に、知りたかった。
悲しい最期だったのに、今こうやって朗らかに話せているワケを。
だって、それは簡単なようで、ちっとも簡単なことじゃない。幾度も悔いたのなら、なおさら。それなのに、どうして。
「“今”を精一杯生きたからだ」
葉上先生は答えに迷うことなく、真っ直ぐわたしを見据えた。
「そのせいですれ違ったり、苦しんで泣いたりもしたが……うん、やっぱり、そういう後悔も含めて、幸せだったよ」
あぁ、わたしも。
こんなふうになりたい。
逃げて、すくんで、もがいた日々を丸ごと全部抱きしめながら「幸せだ」って。
胸を張って言えるようになる日が、わたしにも来るのかな。
「莉子ちゃんも、」
骨ばった大きな手が、わたしの頭を優しく撫でた。
「“今”を精一杯生きろよ」
胸に熱く灯る。
それは、葉上先生なりに示した、悩んでるわたしへのエールだったのかもしれない。
“今”を、精一杯、生きる。
心の中で、何度も復唱した。
“今”を精一杯生きるって、どういうことなんだろう。
そう葉上先生に聞こうとしたけど、やめた。
自分で答えを見つけなければいけない。
わたしの人生なんだから。わたしがわたしの生き方を見つけて、決めていかなくちゃいけない。
頑張り方すら、まだ手探りで。
明瞭にわかっていない。
それなのに、精一杯生きることはできるの?
どうしたら、精一杯生きたことになるの?
わたしは、“今”をどう生きてる?