ど、どうしよう。

ぼくは、息を止めたまま、ぎゅっと手を握りしめた。

その時だった。

じゅげむじゅげむごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつ。

いきなり、頭の中で勝手に寿限無が流れた。
極度に緊張したり、不安になった時はいつも、こうなる。
意味のない言葉で頭の中を埋めないと、パニックになるからかもしれない。

うんらいまつ、ふうらいまつ。

「ねえ、なにしてるの?」

彼女がさらに一歩、ぼくに近づいた。

くうねるところにすむところ。やぶらこうじのぶらこうじ。

こら、寿限無、止まれ!

ぼくは耳を押さえ、「止まれ!」と叫んだ。

彼女がびくっと体を震わせ、一歩後ずさる。
けれど、その目はぼくをじっと見たままだ。

「あ……違うんだ。きみこそ、なに、してるの」

やっと絞り出した声は、ふるえている。なさけないくらいに。

「逃げようかと思って」

「え?」

ぽかんとしたぼくの目の前で、シャッター音が鳴った。