【 第二十章 】

 夏休みを越え2学期が始まり、はや文化祭の季節が訪れる……。

 ウチのクラスの出し物は、と、いうと……、よりにもよって「ジェット・コースター」

 体育祭のときの実績が買われ、文化祭実行委員にも選ばれていたリサとオレ、オレは猛烈に反対したのだが、工作部の坂本がどうしても「作りたい」という熱意に押され、その熱意に同調したクラス全員の勢いも手伝って、結局ウチのクラスは「ジェット・コースター」に決まってしまっていた……。

 狭い教室で一体どれだけのモンが出来るっていうんだ……、と、オレは半信半疑というか、かなりネガティブな気持ちでその決定を受け入れたのだが、いざ出来てみると、あの「やる気」に満ちていた坂本のズバ抜けた工作力が功を奏し、教室の入り口から始まり2回大きなカーブを描いた後、出口付近で静かに停まる、という、かなりシッカリとしたモノが完成し、テスト走行で100kgのモノを載せて走行させても、ブレるコトなく滑降する見事なモノが完成してしまっていた。

 「ジェット・コースター」が苦手なオレにとって、ソレは見ているだけで「憂鬱な気持ち」に成るモノであり、当日の当番に成るコトは断固拒否、テスト走行での試乗も断固拒否し何とか難をまぬがれた、と、いった感じであったので、おかげで当日は何もやるコトが無くなってしまい、体育祭の一件以来、雰囲気が明るく成っていたウチのクラスでは当日、係りをやりたいという人数も充分足りていた為、午前中、お客さんの列を裁き、滑らせたコースターを元に戻しソレをまた滑降させるという一連の流れが滞《とどこお》り無く行われているコトを確認したオレは、オレとは同じく実行委員として係りに成っていないリサとクラスを離れ一緒に文化祭をノンビリと楽しんで周《まわ》るコトにした。

 中学までの「付け焼刃」で出来たようなアトラクションなんかで一杯の文化祭とは違い「メイド喫茶」や「牛丼屋」「忍者屋敷」に「占いの部屋」など、ソレなりに内装まで工夫を凝らしたしっかりとした「出し物」の多さに感心しながら、色々と校内を周《まわ》り、飲み物を買って中庭で一休みするコトにした。

「結構、盛り上がっているね?♪」と、リサ。
「まァな? やっぱ高校の文化祭とも成ると何ていうかクォリティが高いクラスが多いな?」
「うん、忍者屋敷面白かった♪」
 と、くったくの無い笑顔をしているリサ、レミも可愛かったが、さすがはクラス、ツートップと言われるだけあって、このリサの楽しげな表情は見るモノを引き込むには充分過ぎる程のまぶしさを醸し出している「こんな可愛い娘と文化祭を一緒に周《まわ》れるなんて、オレも随分とツキが周《まわ》って来たようだな? 生きて居ればイイこともある、と、いうが、本当にそんな気持ちだぜ」と、オッサンめいた感慨に耽《ふけ》りながら、屋台で買ったドリンクで喉を潤していた。

「ウチのクラスのも、スゴイちゃんとしたのが出来上がっちゃったね? ビックリしちゃった」
「そうだなァ? ジェット・コースターなんて、狭い教室ん中でどうやって造るのか、と、想っていたけど、相当シッカリしたモンに仕上がってたな?」
「坂本くん、頑張っていたから……」

 本当にそう言うリサの言う通りで、工作部部長である坂本の頑張りでウチのクラスのジェット・コースターはかなりの盛況と成っていた、お祭り好きの女子生徒が遊園地風のコスプレをして受付をし、体力に自信のある男子が滑り降りたコースターを元に戻す仕事をし、坂本自身がお客さんを乗せて安全ベルトを締め、事故が起きないようにと、細心の注意を払いながら運営されており、たくさんのお客さんを滞《とどこお》り無く裁いて、何ていうか非常に盛り上がっていた。

「なんか、まとまりあるよね? ウチのクラスって」
 と、顔をほころばせながら嬉しそうにそう言っているリサ。
「うん……、でも、ソレって、きっと……」
「なに?」
「リサが体育祭のときに頑張ったのが切っ掛けだったんじゃないかな? なんかそんな気がする」
「そ、そう……?」
「うん……、ウチのクラスって何ていうか女子が元気だろ?」
「うん」
「ソレって、やっぱ中心に居るオマエとかが、いつも楽しいコトを考えていて、ソレで男女の隔《へだ》たりみたいなのが少ないっていうのがスゲェいい雰囲気を作っていると思うんだよ」
 素直に想っているコトを話してみた。

「うん……、本当にいいクラス……、アタシこのクラスに成れて良かったな?って想う……」
「オレもだ……、チョットジェット・コースターには参ったけどな?」
「ウフフフフフ♪」
 と、楽しげに笑っているリサ。

「オマエ、笑うなよソコで……」と、オレ。
「だって、スッゴイ恐がっているんだもん、なんかおっかしくてその様子が♪」
「バカ、オマエ、人には苦手なモンが必ず一つか二つかあってだな? その一つがオレにとっては、たまたまジェット・コースターだったっていうだけの話なんだよ」
「本当に、一つか二つだけなの?♪」
 まだ、楽しげにそう言っている。
「お、おう……、そんだけだよ、他には恐いモンなんてネェよ」
「本当かなァ……?♪ 本気でイヤがってたもんね? テスト走行のとき♪」
 想い出してカラカラと笑い声を上げている。

「笑うなって言っているだろ!? たまたまだよ、たまたまオレは……、あァいうのが、チョット……、ほんのチョットだけダメっていうだけなんだよ!」
「全然、ほんのチョットって感じじゃ無かったんだけど♪」
 と、楽しげにツッコむリサ。
「バカ、オマエ! イイんだよ、オレはもう大人なんだよ、だからジェット・コースターなんて、あんなその、あんなのはな?」
「ウフフフフフ♪ すっごい言い訳してる」
 と、焦っているオレを見ながら笑いを堪《こら》えられないでいるリサ。
「オマエ……、そんなに笑うなよっ、アレだけだって、他には恐いモンなんてネェよ!」
「本当に……? なんか高いトコロとかもダメそう♪」
「たっ、高いっ、高いっ、あのっ、だ、だっ、その」
「アハハハハハハ♪ ダメなんだ」
「ダメじゃネェよ! ダメとは言ってネェよ!」
「もう~~、じゃ、遊園地とかはゼッタイダメだね? ナオトくん♪」
 と、オレの顔を覗き込むようにイタズラっぽくそう言っているリサ、チキショー、可愛いから何か許してしまうオレが居るのは内緒のハナシだ。

「だっ、だから! 大人なんだよオレは! もうそういうのはな!」
「そういうのは?」
「卒業したんだよ」
「アハハハハハハハ♪ もう~~ナオトくん、ワカリやす過ぎ♪」
 尚も笑っているリサ。

「ったくよ……、人のそういうのをつついてだな、あのな? とにかく、そんなに笑うなよな……っ」
「ゴメンなさい♪」
 とか言いつつ、まだ笑いを堪《こら》えられないでいる。
「ったく……」
「冗談♪ だから、怒んないで?」
 とか、言いながらまだ笑っているリサ。

「全然、謝ってネェじゃネェかよ、オマエ……」
「ゴメンなちゃい♪」
「ったく、本当に女ってのは……っ」
「アハハハハハハ♪」

 結局、大笑いしているリサ……、でもチョット意外だな?って想った、もっとオトナしい娘かと思って居たんだが、体育祭実行委員をやったり文化祭実行委員で一緒に色々として来て打ち解けてくれたのかもしれないが……、こうして喋っているとごく普通の女の子っていうのが段々とワカッてくる気がしていた……。

「ふぅ~、もぅ……、なんかナオトくんと居ると、楽しいコトばっかり♪」
「そうかァ? 特に何の変哲も無い、ソコら辺に幾《いく》らでも居る野郎と一緒だろ? オレなんて」
「う~~ん、普通と言えば普通なんだけど……、なんだろう……、何か楽しい♪」
 まァ、そう言ってくれる分には悪い気はしないが……、何故か褒められているような気持ちに成れないのは気のせいだろうか……。

「アタシ……、ナオトくんともっと早くこうして、お喋り出来る仲に成ってたら良かったのになって……、最近良くそんなようなコト想ってるの……」
「まァな? 1年のとき全然喋んなかったモンな?」
「うん……」
「何ていうかさ、オマエもうチョット美人系キャラっていうか、お高く止まってて今みたいに砕けた会話をしてくれる人じゃ無いっていう気がしていたから…」
「なんでぇ? アタシそんなに冷たい感じだった?」
「いや、実際喋ったワケじゃないけど、なんか近寄りがたい感じだったからさ」
「……そっか……」
「だから、体育祭のときはスッゴイなんか嬉しかったんだよ」
「嬉しかったの? なんで?」
「いやオマエ、聞いてはいると思うけど、レミとオマエってウチのクラスの美人の二強だろ?」
「うん……、まァ……、何となくそんな風に言われているっていうのは……知ってはいたけど……」
「その美人さんが、だ、率先してクラスを盛り上げる為に頑張ってくれちゃうようなコトをしてくれるとは思って居なかったからさ」
「確かに1年生の頃、アタシ……大人しかったよね……」
「おう、そうだよ、オマエ、こんななんか喋りやすいヤツなんて全然わかんなかったんだよ」
「そっか……、なんかそう聞くと勿体無いコトしちゃってたかな?って……想っちゃう……」
 チョット残念そうな様子のリサ。

「確かに1-Aの連中は、みんなチョット自分を隠してたよな……、オレも少しソレには息苦しさを感じて無くは無かったよ」
「うん……、1年生のあのクラス……、正直チョット堅かったよね?」
「うん……、今年はなんか変なヤツ多いもんな?」
「ウフフフフフ♪ 変なヤツが多いって……、そんな言い方したらダメだよ♪」
「ハハハハハ♪ まァな?」

「でも、ナオトくん、今とあんまり変わらない感じだったって……、そんな感じがするけど……」
「そうか? 結構、気ぃ遣《つか》ってたぞ? 1年の頃は…」
「そうなの? 全然そんな感じはしなかったけど…♪」
「失礼な、オレだってなァ? 一応色々と考えてだなァ」
「はいはい、ワカリました♪」
「オマエ! 本当にっ! オレだって色々と考えるコトがあってだなっ」
「ウフフフフフ♪ ワカリました、ナオトくんは大人です♪」
「オマエ、バカにしてるだろ、オレを!」
「どうでしょ?♪」
「ったくよぉ……」
「怒んないでよ……♪」
「苦労は買ってでもする、ソレがオレの座右の銘なんだぞ?」
「本当に?♪ 全然そういう風に見えないんだけど」
「なんだよ、チョット大人ぶったコト言ったんだから、見直してくれよオレを……っ」
「アハハハハハハ♪ もう本当ナオトくんと居ると楽しい♪」
「まァ、そう言ってくれんのはイイけどよ……」
「ウフフフフ♪」

 そうして、ひとしきりの会話が終わり、少しの間ユックリとジュースを飲むオレ達……。

「ふぅ~~……、結構喋ったな?」
「うん……そうだネェ……、う~ん……」
「ん? どうした?」
 少し押し黙っている感じのリサ。

「そろそろ……、イイかなァ~~って想って」
「そろそろ? んじゃ、教室戻るか?」
「あっ、いや、あの……、その、そうじゃなくて……」
「ん? なんだ? 急に改まって」
 少し考えている様子のリサ……、そして決意をしたかのようにユックリと口を開く……。

「あの……、ね……?」
「うん……なんだよ……」
「レミちゃんの……コト……」
「っ?」
 不意を突かれ、一瞬ドキッとしたオレ……。

「レミ……、の、コトが……、どうか、したの、か……?」
「うん…………」
 そして、また少し考えている様子のリサ……。

「そろそろ、イイかなァ?って、想って……」
「そろそろ、イイかなって…、え? どういうコトだ?」

 意を決したように話し始めるリサ。

「ナオトくんの中で……、レミちゃんのコト……もう、そろそろ……」
「あ……、あ、うん……」
 何となく言わんとしているコトがワカルような気がしていた……。

「もう4ヶ月くらい……経《た》つでしょ? 別れて……から……」
「あ……、うん……、そういえば、もう、ソレくらいに成る、か……」

「アタシの……、入り込む余地……、あるかなァって……、想って……」
 その言葉に焦ったオレが居た…、えっ!? ひょっとしてコレってのはっ!? そんな気持ちだった……っ。

「ナオトくん……、今……、好きな人……居る?」

 直球で来たな……、そう想った……。

 好きな人……か……、レミと別れてから、そんなコト全然考えて無かったな……? コレって、今……フラグが立っている状態なんだろうか……、何となくそんなコトをボンヤリと考えていた……。

「居る、と、言えば……、居る……よ」
 ソレがオレの答えだった……。

「アタシ……」
「ちょっ、チョット待ってくれっ!」
 慌ててリサの発言を制したオレ……、こういうのは……やっぱり自分から言うべきだと想った……。

「意識、している人は居る……、んで、もし、その人が、オレのコトを……、そういう眼で見てくれている、ってそういうコトだとしたら……、オレは……っ」
「オレは……?」
「全力でソレに応《こた》えたいって想ってる……」
 オレなりにとっさに考えて、そう言っていた……。

「じゃあ……、アタシ……」
「うん……」
「立候補しても……イイのかな……」
「…………、うん……オレの方こそ……、イイのかな……?っていう感じ……だよ……」
「ウフフフフ♪ じゃあ、何ていうか…」
「うん……」
「ふつつか者ですけど……、ヨロシクお願いします……」
「お、オレの方こそ……、よっ、ヨロシク……」

 少しの間、沈黙しているオレ達……、そして暫くしてから、リサが口を開く……。

「良かった…………」
 その眼には少し涙が浮かんでいる。
「バっ、オマエ、何泣いてんだよ……」
「だっ、だって……、ずっとずっと……」
「う、うん……」
「ナオトくんには、ずっとレミちゃんが居たから……、アタシなんかが、本当に……イイのかな?って想って……っ」
 見ると眼に涙を一杯に浮かべてしまっているリサ……。

「バっ、オマエ泣くなって言ってんだろうがよっ、きっ、気持ちは嬉しいけどさ……」
「ゴメン……、……なんで泣いてんだろ、アタシ……グスングスン……」
「イイんだよ、こういうときは……、しょっ、しょうがネェヤツだな……」

 と、嬉し涙が溢れるのを止められないでいるリサを優しく抱きしめるオレ……。

「うわ~~~~ん……っ、らって、らって……、ドキドキしたんだもん、一杯ドキドキしたんだから……うわ~~ん……っ」
「しょっ、しょうがネェヤツだな……、いいよ、もぅ……、止まるまで、好きなだけ一杯泣いちまえよ……、全くもう……」
 と、言いながらしっかりとリサを抱き寄せる。

「うわ~~~~~~ん……」
 その後、暫くリサは泣き止まなかった……。

 賑やかな文化祭の片隅で……、お互いの気持ちを確認し合うように、リサが泣き止むまでの間、オレ達は静かにソコで寄り添い合って居たのだった……。