煌めく青春を取り戻す、君と───

ヒロ君が帰った後に対馬さんと福島さんが来てくれた。しばらく来ないかも?と言っていたのに、対馬さんは早速来てくれた。

「先生、何処かにお出かけしてたの?可愛い格好してるから……」

「え?ちょっと買い出しに行って来ました」

「夕方にですか?珍しいですね」
「違うでしょ、福島。ヒロ君が着てたから可愛い格好をしてただけじゃないの?」
「それもそうですね!」

勝手に二人で問題を解決したらしい。買い出しに行って来たのは本当だけれど、ヒロ君と二人で行って来た事は黙っていよう。それよりも……!

「対馬さん、折り入って相談があります。一回だけ連載を休めますか?」

「え、どうしたの、急に?体調悪い?学校の件かな?」

「ち、違うんですっ……!実は…りょ、旅行に行きたくて……」

「どこに?」

「わ、分かりません……」

「分からないって今から決めるのかな?友達や家族の旅行だったら、全然OKだよ。カナちゃんは頑張ってくれてるから一回休んでも大丈夫だと思うよ」

「有難う御座います!」

行先も日程も分からないが、今からウキウキしている。友達なんて居ないから、旅行に行った事もない。問題は本当の事を黙っているか、どうか……。
「カナちゃんは三回分のストックはあるから休まなくても平気かな?どうだろう?アシスタントさんも来てくれる事になったから進み具合では穴開けなくても大丈夫かもしれないよね。まぁ、とりあえずは編集会議にかけてみるね」

「あ、あの……実はっ……!」

「んー?何、顔を真っ赤にして。もしかしてだけど……」

対馬さんに正直に伝えようとして、ヒロ君の事を思い出したら顔に火照りを感じた。付き合っているとか友達でもないけれど、一緒に旅行に行くんだ。この際、一緒に行けるのならば肩書きなんて何でも構わない。

「……ヒロ君と一緒に行くの?二人で?」

対馬さんにはお見通しだった。私はコクンとうなづいて、それ以上は口を開かなかった。

「カナちゃん、ヒロ君と付き合ってるの?」

問いかけに首を振る。

「カナちゃん……、付き合っても居ないのに男と二人きりで旅行に行くなんて有り得ない。やめなさい!」

珍しく、対馬さんは私の事を冷ややかな目で見てきた。

「先生……、ヒロ君って飯スタントの?ダメですよ、絶対、ダメです!二人きりなんて許しません!うぅ……、先生が私の知らない所に行ってしまう……」

福島さんにも反対された。

そりゃそうか……、付き合っても居ない男の子と二人きりは駄目だよね。部屋は別々でも駄目なのかな?

「部屋は別々にすると言ってましたし、私が行けなくても行くとも言ってました。行き先は聞いていません……」

「じゃあ、詳しく聞いてみて!話はそれからだよ」

対馬さんはヒロ君の話題になると機嫌が悪くなる。福島さんは私がヒロ君と二人で出かけると言ったからショックを受けているらしい。

明日、ヒロ君に詳しく聞いてみよう……。
翌日、ヒロ君はエビグラタンを作ってくれた。ホワイトソースから手作りしてくれて、とても美味しかった。

私もヒロ君みたいに料理上手になりたいな。普段は原稿に追われて、朝昼は簡単な物で済ましたり、修羅場の時は対馬さんと福島さんの差し入れを食べたりしているから、料理はほとんどしないに等しい。

「今日もとても美味しかったです。エビグラタン大好きだから嬉しいです」

「昨日から海老づくしでごめん。簡単に作れるホワイトソースを試したかったから、エビグラタンにしちゃったんだ」

ヒロ君は来る度に、電子レンジで温めて食べればOKの翌日の朝ごはんまで用意してくれている。私はパソコンでメールを確認したりしながら、ヒロ君が作業している姿をチラ見する。

キッチンに立っている姿も様になっていて、素敵……!

「カナミちゃん、明日の朝は鮭を焼いて、お味噌汁も用意してあります。冷めたら冷蔵庫にしまってね。残りの鮭は小分けにして冷凍してあるよ」

今日はスーパーで鮭の切り身のパックがお買い得だったので、多めに購入して冷凍してくれた。ヒロ君は私よりもテキパキとして家事が早い。お手伝いさんをお願いして良かった!

「もう時間だね。二時間ってあっという間…」

気付けばもう契約時間の20時が間近に迫っていた。
「今度……、一緒に料理をしても良いですか?」

ヒロ君に思い切って聞いてみる。

「いいよ。一緒に作ろう」

笑顔で快く引き受けてくれた。

「そう言えば、旅行なんだけど……もう一人追加しても良いですか?俺の親友なんだけど……。カナミちゃんも不安だったり、心細かったら友達を誘っても良いよ」

「……はい、有難うございます」

私には誘える友達は見当たらない。男の子二人に私が一人だとバランスが取れないかな?三人になれば、対馬さんも福島さんも許してくれるだろうか?

───許してくれるどころか、当日の旅行の人数が増えました。ヒロ君のお友達と対馬さん、福島さんを合わせて、旅行当日は全員で五人になりました。

「初めまして、裕貴と言います。宜しくお願い致します」

「い、いつも……ヒロ君にお世話になってます、カナミです。こちらが仕事仲間の対馬さんと福島さんです」

私はもうすぐ20歳になるのに、保護者の様な二人は旅行の当日も監視をしている。男の子が二人に増えた事で更にダメ出しをされた。

『カナちゃん、女の子一人だなんて、騙されてるんじゃないの?信用ならない』と対馬さんに言われ、二人が着いて来る事になった。

対馬さんなんて、もう来ないとか言ってたくせに……旅行まで着いてきてくれてるし。過保護過ぎる。
行き先は東北の海辺。

新幹線に乗って、ワイワイと騒いでいる。私は皆が楽しそうに話しているのを見ているだけで幸せ。

「え?Wヒロとも、国立大なの?……そして、フリーなの?……え?もしかして、二人は出来てるとかじゃないよね?……ね?」

福島さんがWヒロ君に詰め寄る。裕貴君はヒロ君の同級生であり、親友らしい。

「俺がコイツと?有り得ないでしょ。女の子じゃなきゃ無理!」

裕貴君が笑いながら答える。

「爽やかなイケメンが二人も揃ってフリーとは有り得ない……。だったら、変な性癖があるとか……?」

「ないですってば!福島さんは疑い深いですねぇ……」

高校の時は行けないままに学校を辞めてしまったけれど、楽しくて修学旅行みたい。行けなかった分、神様が代わりに与えてくれた旅行なのかな?

私はとても楽しいけれど、向かい合わせにした座席で唯一つまらなそうにしていて、窓の外をぼんやりと眺めているフリをしている対馬さん。

明らかにムスッとしている。

ヒロ君から行き先を聞き出し、ホテルや新幹線の手配などを全てしてくれたのは対馬さんだ。

対馬さんはヒロ君が好きにはなれないらしいけれど、今日がチャンスだから打ち解けて欲しいと心から願う。
───福島さんのペースに巻き込まれ、あっという間に新幹線を降りる時が来てしまった。

その後に電車を乗り継ぎ、目的地に到着した。

1日目は周辺を観光すると予定が決められている。わざわざ、しおりを作成してくれたのは裕貴君。集合時間やホテルに移動する時間などが記載されている。渡された瞬間に感激して、何度も見返してしまった。

帰宅したら、このしおりは大切に保管しておこう。

「カモメに餌やりか笹かまを食べるか……」

福島さんは遊覧船の時間を見てから、道路を渡った場所にある笹かま屋さんを見て、自由時間に何をするか決めかねているらしい。

「福島、お土産も買いたいなら笹かまは明日にしろよ。もうすぐ遊覧船が出発するみたいだから、そっちに行こう」

津島さんの誘導により、満場一致で遊覧船に乗る事に決定。

遊覧船のデッキからカモメにエビせんをあげたのだけれど、沢山来てちょっと怖かった。泣きそうになりながらも餌をあげている所を二箇所から写真を撮られた。

ヒロ君と福島さんだった。

元々、対馬さんと福島さんはコミックスの巻末ページが余るかもしれないから、そこに旅行漫画を描き下ろそうか?と提案して、企画にOKが出たから着いてこれたのだ。

私は身元バレがしたくないので、私本人は登場させずに漫画のキャラが旅行に行ったら?みたいなパラレルワールドで書かせてもらうつもりだ……。
「カナミちゃん、泣きそうだけど大丈夫?」

「何とか大丈夫……でした」

カモメが全力でエビせんを食べに来るから驚いた。エビせんが全部なくなり、座席に座ると隣にヒロ君が座った。その隣に裕貴君が座った。

「ねぇねぇ、カナミちゃん。海大ってね、こう見えてゲーマーだし、漫画好きなんだよ」

「……っさいな、こないだ暴露したからカナミちゃんも知ってるから、二度も言わなくて良いんだよ!」

裕貴君がヒロ君を押し退けて、話しかけてくるので私は躊躇してしまった。裕貴君はとてもフレンドリーで私にもどんどん話しかけて来る。

「……今、ミヒロって言いました?」

「言ったよ。海が大きいって書いて、ミヒロだよ。……え?カナミちゃん、本名知らなかったの?」

対馬さんに履歴書を見せて貰えなかったので、ヒロ君の本名は知らなかった。裕貴君に教えて貰えて良かった。

私と同じ名前、"ミヒロ"……偶然にしても、漢字が違うにしても、同じ名前だなんて滅多にない。私は嬉しくて、頭の中がぽわぽわしている。

「伊野田 海大、18歳、大学一年だよ。バイトはカナミちゃんちとバーテンを掛け持ちしています!将来の夢は…公務員になっ、……っんー」

「裕貴!黙って聞いていればベラベラ喋って!」

ヒロ君の代わりに裕貴君が自己紹介をしてくれたが、ヒロ君に口を手を塞がれてモゴモゴしている。そのやり取りを見ては、心が暖かくなって微笑みが零れた。
二人を見ていたら、高校時代の茜ちゃんと私の関係を思い出した。

私達が二人で一緒に過ごした日々は常に輝いていて、楽しかった。思い出は美化されるなどと良く言うけれど……

私達二人にはそんな事など有り得なかった。

二人だけの思い出は本当に青春そのものの、友情物語。

誰が居なくても、茜ちゃんさえ居てくれれば、それで良かった。今だに茜ちゃんが居たら、高校生活は潤っていただろう、などと考える時がある。

今、茜ちゃんはどこに住んでいて、どんな生活をしているのかな?今の私を見ても、茜ちゃんは私を大好きと言ってくれますか……?

「カナちゃん、今日の夜はこの周辺に泊まって、明日は電車で少し移動するけど着いてきてくれる?」

「はい、行きます。でも、どこまで行くのですか?」

「それはね、明日までのお楽しみだよ」

裕貴君とじゃれていたヒロ君が私に話をかけてくる。裕貴君は福島さんに拉致されて、ご当地グルメを探しに行くとかで連れて行かれてしまった。見渡せば対馬さんも居なくて、私達は二人きりだった。

「ホテルの食事に間に合うように集合かけといたから大丈夫だよね?俺達もどこか行こうか?」

「……は、……はい、喜んで」

ヒロ君と二人きりになった私は心臓が有り得ない位に跳ね上がる。そして、まさかのデート!

私達は笹かま屋さんに寄って、焼きたての笹かまを食べたり、お土産屋さん巡りをした。読者プレゼントに使うお土産も買い、ヒロ君に「随分と沢山のお土産だね」と言って笑われた。無事にお土産の宅急便の手配をし、ホテルに戻った。
「皆、まだ戻ってないのかな?……って、福島さんと裕貴君かな?ホテルの外に居るよ」

「行ってみる?」

ホテルに戻って来るとホテルのロータリーから階段で下に降りて、海辺付近の散歩コースになっている場所に福島さんと裕貴君が居るのが見えた。近寄ってみると……、対馬さんはその奥に居て、ただ海を眺めていた。

「対馬さん……!」

私は対馬さんに駆け寄り、話をかける。

「あ、カナちゃん。おかえり。どこに行ってきたの?

「笹かま屋さんとか、読者プレゼントのお土産探ししたりしてました」

「そっか……」

対馬さんはどことなく、素っ気が無い。いつもみたいにニコニコな笑顔を私には向けてくれない。

「俺、先に部屋に戻ってるね」

対馬さんは私にヒラヒラと手を振って、ホテルに向かって歩き出した。それを見ていた福島さんはニヤニヤしながら、私に近付く。

「対馬さん、先生がヒロ君に盗られたみたいで面白くないんですよ。だから拗ねてるだけ……」

「そ、そんな事ないですよ……、多分……」

「対馬さん、先生に対して極度のブラコンですからね。まぁ、それ以上の感情もあるのかもしれないけど……」

「……?それ以上の感情……??」

「はい、多分、恋愛感情抱いてたんじゃないか、と。……あれ?気付いてませんでしたか?」

「……あ、はい。そんな事は思ってもいませんでした……」

福島さんは「まずいな、余計な事言っちゃったかなぁ……」とブツブツ言いながら、慌てながら先に行きます!とホテルの方に歩いて行った。