きっと源さんは、照れ臭かったのだろう。
口は悪いけれど、誰より商店街のことを考えている。
「どっかで一杯やんねーか?」
誰が言ったのか分からない。
ただ『一杯』が瞬く間に広がっていく。急遽『ブルボン』でお疲れ様会が開かれることになり__。
「最高級の霜降り肉、持ってくか」
源さんが言えば「んじゃ、俺もなにかさばいて持ってくか。大志も一杯いくか?」と楽さん。
いや、それは本気で阻止しないと。
「いいマンゴーがあったな」
亀さんもノリ気だ。
「俺も新作の煎餅、持ってくよ」
「えっ、吾郎さん、新作できたんですか?」
僕が食いつくと、笑顔の花を咲かせてポケットをまさぐる。
まさか、持ち歩いてるのか?
「今度は何味なんですか?」
正直、食べるのが怖いが__。
「普通の醤油煎餅だけどな、ちょっとした工夫してあって」
「工夫?」
手渡された煎餅は、たまり色に香ばしく焼けていて、なんら代わり映えしない醤油煎餅のように見えるが__?
「ほら、あれだ。はえ、はえ」
「はえ?」
首を傾げてよく見ると__犬の似顔絵が煎餅に描かれていた。
なるほど、インスタ映えか。
「吾郎、てめぇなにコロをダシに使ってんだよ!」
源さんと吾郎さんがリードを引っ張り合う。
せっかく粋に浴衣を着こなしているというのに、そこに亀さんが参戦し、楽さんが大志くんと呆れている。
いやいや楽さん、参加したいくせに。
「私、なんか疲れちゃった。甘いものが食べたいわぁ」
牧子さんが大きな声で言うと、賛同する乙女?たち。
「あたしも、あんこごとごっそりいきたい」
由梨さん、もう太らないほうが__?
「私も、たい焼き屋さんの心のこもったたい焼きが、食・べ・た・い」
いや、マリさんが言うと別の意味に聞こえます。
「私は、あんナシが食べたい」
陽子さん、あれ意外と面倒なんですよ?
「私も2枚、欲しいです」
美代ちゃん、今度は誰と食べるの?
「分かりましたよ。焼けばいいんでしょ、焼けば」
半分、投げやりに言うと『俺も俺もと』と手が挙がる。
こりゃまた大仕事だな。
薄っすら笑いながら、僕は遠くに流れていった笹を見送る。
ゆっくり、ゆっくり流れていく。
僕の願いも乗せて、流れていく。
僕は短冊に、こう認(したた)めたんだ。
【僕のたい焼きで、だれかの心が温かくなりますように】
②ほっこり部門エントリー
大丸商店街にお店を構える【たいやき『ありき』】
そこには毎日、たくさんのひとがやってくる。
近所のお店のひとたちはじめ、なにかを抱えたお客さん。
そんな心の隙間を埋めるため、僕は今日も焼きたてのたい焼きを焼いている。
だってたい焼きには、心を暖かくする力があるか?
でもありきのたい焼きには、ある秘密があって。
食べると__過去か未来にいける。
第1章では、諦めていた子宝に恵まれ戸惑う父と、たい焼き屋にやってきた若い青年の物語。青年が伝えたかったこととは?
第2章では、結婚に踏み切れない女性が「未来に行きたい」とやってきた。果たして彼女は未来に思い描いていた答えを探しに行くのか?
第3章では、商店街を荒らす犬が登場。コロがどうしても懐かず、エサを食べないワケとは?
第4章では、現代に迷い込んできた男性を案内した先には、商店街の歴史があった。
第5章では、子を亡くした母の、長い旅が始まる。過去に戻って子供を守りたい、母の強い思いは届くのか?