その日の東京は、朝から小雨のぱらつく陰鬱な天気だった。
沖縄での唐島興行とのミーティングを終えて、必要な情報を手に入れた妹尾は、東京に戻ると早速花山一家の若頭、鳴海に連絡を入れて会う段取りを決めた。
場所はデパートの屋上にある小さな遊園地を指定した。高度経済成長期には全国のあちこちに誕生し、仮設ステージではタレントのイベントやちびっ子相手の着ぐるみショーが催されるほど活況を呈した屋上遊園地。だが、バブル期以降は、ニーズの変化と共にその役割を終えてすっかり減少し、今では珍しい存在となっている。
そんな時代から取り残され寂れてしまった場が、妹尾にとっては都合が良かった。人目を気にせずに仕事の話しができるため、過去にもここの遊園地は何度か使ったことがある。
だが、妹尾がこうした昭和の遺物たる屋上遊園地を好む理由はそれだけでは無かった。少年時代に、大好きだった祖母に連れられてよく遊びに来た思い出があったのだ。
十円玉を三枚入れると動き出す電動の乗り物に跨りながら、大空に浮かぶデパートのアドバルーンを眺めるのが好きだった。当時は何もかもが楽しくて、そんな素晴らしい時にもやがて終わりが訪れるなどとは夢にも思わなかった。妹尾にとって屋上遊園地は、無邪気な少年時代の象徴でもあり、戻らぬ日々への郷愁を掻き立てる特別な場だった。
そんな大切な場で物騒な仕事の話をするというのは、矛盾する行為ではある。だが妹尾は殺しを生業とするようになって以来、故意に過去の思い出を壊すよう心掛けていた。すでに自分の心は死んだのだ。今の自分は別の人間なのだ。そう自分自身に言い聞かせながら、人間的な感情を仕事に持ち込まぬよう気を付けているのだった。
鳴海との約束の時間までには、まだ三十分近くあった。妹尾は二~三十分前には、目的の現場に着くよう心掛けている。
デパートの屋上に通じる階段を上がって扉を開けると、湿った空気特有の匂いが妹尾を包み込んだ。今時、平日の屋上遊園地で、しかも雨天ともなれば客などほとんどいない。ミニチュアサイズのレール上を走る汽車や、ゴンドラが五つだけの小型観覧車が、稼働することなく雨に濡れていた。
傘を差してベンチに腰を下ろした妹尾は、霧雨で煙る町を眺めながら鳴海を待った。

妹尾の人生は、常に自己肯定感と共にあった。
その裏付けとして、妹尾はいかなる時も自分自身を向上させる為の努力を怠らなかった。
子供の頃は外を走り回るのが大好きで、すり傷の絶えない少年だった。
いつもクラスの中心にいるタイプの人気者で、運動神経に恵まれ、小・中学校を通じて陸上競技に打ち込んだ。
持久力は抜群だったが、まだまだ自分より速い奴は大勢いると実感した妹尾は、早々に陸上に見切りをつけた。
進学先に柔道の名門校を選ぶと、中学卒業と同時に実家を出て寮に入り、柔道部に入部した。周りを見れば、中学時代から柔道をやっている連中がゴロゴロいた。体格面でも中肉中背の妹尾は恵まれているわけではなかった。
だが、徹底的に肉体を痛めつけ精神的にも追い込まれ、吐き気を催すのさえざらという、そんな稽古の激しさが妹尾の性には合った。畳に叩きつけられた衝撃で息が詰まり、苦痛に全身を蹂躙されながらも、日々確実に強くなっていく自分を感じられる毎日だった。昨日より今日、今日より明日の自分の方が強い。その実感がますます妹尾を稽古に駆り立て、高校二年時にはチームの副将を任されていた。
周りもその躍進に目を見張ったが、それよりもみんなを驚かせたのは、それだけ部活動に専念する一方で、学業に於いても優秀な成績をキープしている点だった。特に英語では常にクラスのトップレベルにあった。