そんな舞子の気持ちを、悦子はお見通しだった。
「楽しんできなさいって、ケンさんとのデートのことよ」
「ああ、まぁ・・・その辺は適当にね」
そっけない返事は、それが重要事項である証拠だ。舞子は、大切なことほど、それとは裏腹な口ぶりになる自分の癖を、母がとっくに見抜いていることに気づいていない。
それはそうと、かあさんは天懇献呈の儀は観にこないつもりだろうか?舞子は、悦子が観に行くと言ってくれないことに、実はちょっとがっかりしていたが、そんな本心を知られるのは嫌なので、自分の口からそれを聞く気にはなれなかった。
そして、もう一つ。今舞子の心の大部分を占めているのは、今夜の祭りが終わった、その後のことだった。この二週間、工房に籠ってこの日に間に合わせたステンドグラスを、とうとうケンにお披露目するのだ。
結局、しっくりくる作品の題名を決めることはできなかったけれど、ケンさんにつけてもらってもいい。あの幻の狼をモチーフにしたステンドグラスに込めたわたしの思いが、彼に伝わるかどうか。
これを見た時のケンの反応を想像しながら、それを原動力に頑張ってきた舞子だが、いよいよお披露目の日を迎えた今では、むしろ恐さの方が勝っていた。
ステンドグラスをみせた後も、時は流れる。
その後に続く日々や、ケンさんとの関係は果たして今まで通りなのか、それとも何かが変わるのか。
新しい何かが始まるのか、あるいは終わってしまうのか。
自分でもよく分からない不安は措いておくとして、先ずは今日の祭りを楽しもう。何と言っても祭りなんて子供の頃以来なのだから。舞子はそう言い聞かせた。

北の日本海の日差しは、この時期ともなると午後三時を過ぎれば赤みを帯びてくる。
どこか遠くの方から祭囃子が聞こえてくる中を、ケンと舞子は、天懇献呈の儀が執り行われる神社に向かってのんびりと歩いた。
舞子の浴衣姿を見たケンは「キレイだねー、ステキだねー」と屈託なく褒めてくれた。照れくささを押し殺して、目を合わさずになんとか一言「ありがと」というのが舞子の精いっぱいだった。
通りの両側に連なる無数の提灯が、二人が歩く道を彩ってくれているかのような錯覚を、舞子は楽しんだ。
昼間に神輿を担ぎ終えて役目を終えた町の男たちが、法被姿でビールを飲みながら楽しそうに酔っぱらっていた。ケンは興味深そうに男たちの法被を眺めた。
「ケンさんも法被着てお神輿、担げばよかったね」
法被もお神輿も分からずに曖昧な表情を舞子に向けるケン。
「まぁ、また来年があるね、来年が」
舞子はそう言いながら、果たして来年の奉納祭の頃にも、まだケンは天ヶ浜にいて、一緒に祭りを楽しむことなんてできるのだろうかと考えた。そして、確信はないけれど、何となくそれはあり得ない気がした。一瞬、暗い影が差したが、そんなことを考えて今のこの幸福な時間を台無しにしたくなかった。とにかく一分、一秒、今この瞬間を大切にしよう。

天懇献呈の儀が執り行われる天ノ神社は、小高い山の中腹を切り開いた場所にあった。神社へと続く石段は二八六段あり、その入り口には長年潮風に洗われ続けてきた石の鳥居が堂々と佇んでいる。鳥居をはさむようにして、その両側に綿アメやたこ焼き、りんご飴といった食べ物から、風車や水ヨーヨーなどのおもちゃまで、祭りの定番を売る露店が並んでいた。