監視任務の三日目には、工場の警備体制を完全に掌握していた。
鉄壁の要塞であろうという予想に反して、工場の周囲を守るのは高さ二メートルにも満たない塀と、その上にめぐらされた鉄条網だけだった。その塀も丸太を組んで作られた簡素なものである。これは急襲作戦にとっては吉報だった。
そもそもジャングルの奥地に部外者がやってくることなど先ずあり得ず、外敵に対する厳重な警備を必要としないのだろう。
ゲートのすぐ内側に二人の見張りが待機しているほか、敷地内をさらに三名の武装兵士が壁に沿って巡回しているが、これは外からの侵入者ではなく内部からの脱走者に目を光らせているのだ。おそらくコカインを盗んで姿をくらます作業員対策だろう。
実際、パブロ・エスコバルの麻薬を盗んで生き延びられるはずもなく、そんなハイリスクを冒す愚か者などいはしない。その意味では、この敷地内の警備は作業員への警告、威嚇以上の意味はないと考えられる。
二十四時間の警備体制とは言え、とりわけ夜間は兵士の態度もだらけ気味で警備がおざなりになってくる。作戦は、この隙に付け込んで深夜に実行されるはずだ。
たまに寝付けない作業員がタバコを吸いに、トタン屋根の宿舎から出てくることもあるが、不確定要素を完全に取り除くことは不可能なので、そこはやむを得まい。
むしろこの状況は有利に利用できるはずだ。DEA捜査官が、タバコを吸う振りをして建物の外に出て、救出にくるデルタを待つよう仕向けることも可能だろう。
大きな不安要素は、敷地内の南側に確認できた倉庫の存在だった。そこに武器、弾薬が詰まっていると考えられる木箱が大量に運び込まれるのを目撃した。パブロが強力な私設軍隊を持っているのは聞いている。おそらくあれが武器庫に違いない。
この事実からも、正面突破は選択肢から消える。万一、戦闘になった場合は、相当厄介な事態に陥ることは確実だ。司令部がその点を十分に考慮した作戦を立案することを、リック・オルブライトは祈った。

工場の警備状況を把握したリック率いるヴァイパーは、続いてデルタのLZ(降着地域)となるアルファ・ワンを選定のための偵察任務を開始した。
工場のすぐ近くに、ジャングルを切り開いて作られた簡易滑走路がある。ヘリの離着陸には理想的だが、ここを使うのは自殺行為だ。滑走路とは別に、北側一㎞ほどに直径百メートル程度の開けた台地があるのは、偵察機が撮影した航空写真で分っていた。そこが現実的にアルファ・ワンとして、LZおよび離脱時のLDVZ(集合地)に使える場所なのかを確認しておく必要があった。
偵察の結果、幸いなことにリックの目から見て、その場所は潜入及び離脱には理想的だった。デルタがHALO(高高度降下低高度開傘)降下可能なだけでなく、離脱時のヘリコプターの離着陸も、腕利きのパイロットであれば楽勝といえる広さだった。
問題があるとすれば、工場からこの開けた台地までのおよそ一㎞の道のりが、歩行も困難なジャングルであるということだ。敵に気づかれることなく捜査官を奪取し、その後、道なき道を踏破してここに辿り着かねばならない。
万一、交戦となった場合には、この一㎞が間違いなく死のロードと化すだろう。
リックはアルファ・ワンの状況を司令部に連絡すると、次にケンたちに脱出経路沿いの数か所にクレイモア指向性対人地雷の設置を命じた。使われないに越したことはないが、万一に備える必要がある。
クレイモア地雷には特殊な周波数の電波発信機が付属しており、受信機を持った隊員が地雷の半径三メートル以内に接近すると点滅して知らせてくれる仕組みになっている。この装置のおかげで、暗闇のジャングルであろうとも地雷の位置を見失うリスクは大幅に減少するのだ。
リックたちは、再び工場のゲートを前方に臨むアルファ・ツーまで密かに戻って待機した。後は司令部からの連絡を待つだけだった。