1992年の夏。作戦実行の三ヵ月前から、コロンビア在中のDEA捜査官が身分を隠して工場に潜入していた。この勇敢な捜査官は周囲の目を盗みながら、メデジン・カルテルの誇る強大なネットワークに関する情報をアメリカに送り続けた。
これらの情報は、パブロの巨大帝国崩壊の決め手となる非常に重要なものだった。捜査官は、潜入してからの三ヵ月間で工場から盗み出せる情報のほとんど全てを入手していた。そろそろ姿をくらますべき時期だった。
だが、さすがにメデジン・カルテル最大規模の工場だけあって、365日、二十四時間を通じて警戒態勢が敷かれていた。周囲は見渡す限り広大なジャングルに囲まれており、捜査官が自力で工場を脱走することは不可能だった。
この状況を考慮した結果、立案された作戦は二段階の複雑なものとならざるをえなかった。
第一段階は捜査官の救出。陸軍の極秘部隊デルタフォース(第1特殊作戦部隊デルタ分遣隊)がその任務につく。
第二段階は工場の爆破。捜査官の救出が終了しデルタが現地を離脱した直後に、海兵隊のF/A-18ホーネットが空対地ミサイルで工場を爆破する。
こうして大まかな骨子が整った作戦だが、詳細を具体化してゆくのに必要な情報は現地でしか入手できない。そこで作戦実行に先駆けること一週間、ジャングルに極秘裏に潜入し、偵察及び情報収集活動を行っていたのがリック・オルブライト上級曹長率いるフォース・リーコンのチーム、コードネーム・ヴァイパー(毒蛇)だった。そこにケンも、そしてロバート(ボブ)・ワナメイカー一等軍曹もいた。
深夜、人気のない海岸に上陸を果たしたリック率いるヴァイパーは、そのまま二日間に渡って細心の注意を払いながらジャングルの中を移動。三日目の夜明け前には、工場にある唯一のゲートまで百五十メートルの位置に迫った。
ゲート近辺を見渡せる場所に三メートル四方の監視所(アルファ・ツー)を設営し、カモフラージュネットと野生植物の葉などで完璧な偽装を施す。こうした技術もフォース・リーコンが得意とするところだった。
蒸せるような湿度で自然のサウナと化す日中のジャングルでは、目標の監視以外にできることはほとんどない。アルファ・ツーでは、所せましと体を寄せ合う十二人の海兵隊の猛者が、ジャングル特有の虫たちに耐えながら、ひたすら日が暮れるのを待っていた。
夜になり、辺りが漆黒の闇に包まれてからが彼らの本領発揮となる。行動最小単位となるツーマンセル(二人一組)の計三組ブラヴォー・ワン、ツー、スリーが静かに動き出すと、三十分後には全セルが工場を三方から監視可能な位置についた。
リーダーのリックを含む残りの六名ブラヴォー・ゼロは、引き続きゲートを監視しながら、各セルから送られてくる情報をまとめ、それらを特殊作戦群(SOCOM)司令部に送信する。
その情報をもとに、どのような具体的計画が立案されるのかは、リック達の知るところではない。彼らに与えられた任務はあくまで敵地の偵察、情報収集とデルタによる救出作戦のバックアップだった。
フォース・リーコンがもっとも得意とするのが、そうした縁の下の力持ち的な任務であるため、作戦の「おいしい部分」は、特殊部隊に持っていかれることが常であり、それはやむを得ないと理解しつつもボブ・ワナメイカーは、時折そんな現状に愚痴をこぼしていた。
ケンが、ボブとのコンビで工場の北側面の監視任務についていたこの時も、ボブはひそひそ声で「デルタの連中なんかに頼らなくたって、俺たちだけで救出できるぜ。なぁ、ケンよ」とぼやいていた。