奉納祭前日、金曜日の午前。
半月以上かけて打ち込んできたステンドグラス制作。その最終仕上げを終えたばかりの舞子が工房にいた。椅子の背にもたれ掛かりながら、仕上がりに確かな手応えを感じ、久しく味わったことのない満足感を堪能した。
画面中央よりやや右寄りに描かれた狼は、精密な筆致でリアルに体毛が再現されており、フレーム狭しと圧倒的な存在感を放っている。精悍な顔つきは野生動物の特徴を的確に捉え、雄々しい迫力があった。隣町の図書館に出向いて、動物図鑑のハイイロオオカミの図版をカラーコピーしてきた成果の表れだ。
唯一、リアリティを損ねているのがブルーの目だったが、それこそ舞子にとっては重要な要素であり、最後までその色の再現に手こずった部分でもあった。この狼の目の色は、ケンと同じでなければならなかった。
狼の背景は色ガラスの組み合わせで構成されている。使われている色の系統が、二対一ほどの比率で上下に分かれている。上は夕闇の空のような濃いブルーをキーカラーに、下は明るめの暖色が複雑に噛み合って荒野の岩肌を表現している。
完成した自作を眺めながら舞子は、モノ造りで何かを表現することの喜びを長らく忘れていたことに気がついた。それを思い出す切っ掛けを与えてくれたケンには感謝しなくてはならない。まだ作品の題名は決めかねているけど、ケンに考えてもらうのもありかもしれない。
ともかく自分でも納得のゆく自信作ができた。今度の日曜日、お祭りをたっぷり楽しんで、帰ってきたらケンに見せよう。この作品のテーマが、昔ケンが話してくれた狼のエピソードであることに、すぐに気づいてくれるだろうか。ケンが砂漠の射撃場で見た幻の狼にどうか似ておりますように。ステンドグラスの中に威厳を持って佇む狼を見つめながら、舞子はそっと願った。
「明後日の夜まで待っててね」
わが子に言い聞かせるように、或いは恋人に囁くようにステンドグラスに声をかけてから、人の目に触れないようにカバーで覆い隠した。その上に例によって「ぜったいさわるな! 危険!」となぐり書きされたメモを置くと、舞子は工房を出た。今日の午後はもう一つ、やるべき用事があって町に出かけるのだ。あまりのんびりもしていられない。

同じ日の午後、妹尾は釣り具を用意するために電車で町に出かけていた。
デパートの釣り具売り場で、若い店員に自分が初心者であることを伝えて相談した結果、釣り竿にリール、仕掛けまで必要なものが一式揃った入門セットを二セット購入することになった。
あくまでケンを誘い出すための口実とはいえ、釣りのことが全く分らなくては困るだろうと考えた妹尾は、店員にあれこれ質問してアドバイスをもらった。暇を持て余していた店員は親身になって答えてくれただけでなく、釣り餌となる生きたゴカイを売っている天ヶ浜の店まで紹介してくれた。
「冷蔵庫ないんですか?」
「はぁ、旅行者なもんで。天ヶ浜のホテルに泊まってましてね」
「なるほど。でしたら、今から餌を用意するわけにもいかないですし・・・明日、釣りに出かける前にここのお店に立ち寄って買ってから行くのがいいでしょう。もし店が開いてなくても、声をかければ開けてくれますから」
「釣れると良いですね」と言いながら店の名前と電話番号、地図のコピーまで用意してくれたのには、さすがに妹尾も良心がとがめた。
次に妹尾は、同じデパート内にあるカメラ屋でポラロイドカメラとフィルムを購入した。明日、ケンを始末した後に証拠写真を撮るためのものだ。一眼レフカメラではその場で撮影結果を確認できないので、ポラロイドカメラが必要となる。
射殺、撮影、そして手際よく遺体を海に捨てるまで三分あれば十分だろう。本来ならば遺体に重しをつけて海面に浮いてこないよう細工したいところだが、状況からしてそんな時間的余裕はない。