お母さん、茜に続いて娘ふたりに旅立たれるなんて辛いよね。ひとりにしてごめんなさい。もっと親孝行だってしてあげたかったのに……。


 緩やかな坂を下りながら俯くと、視界に入り込んだ自分の裸足が涙で歪んだ。 


 水月くん、陽太くん、オオちゃん……。

 黄泉喫茶の面々の騒がしさが恋しくて仕方ない。

 そして、那岐さん……。

 一緒に暮らすようになってまだ数週間だけれど、那岐さんの作るご飯の温かさ、お風呂でのぼせたらうちわで仰いでくれて、風邪をひいたら看病してくれる優しさが私にとってかけがえのないものになっていた。


 もう、会えないのかな……。

 こんなことを言ったらおこがましいけれど、あの広い家で彼をまたひとりぼっちにしてしまうのかと胸が痛んだ。


 もっと一緒にご飯を食べたり、縁側で月を見上げたり……。あなたのことを知りたかったな。


 目を閉じると涙が頬を伝っていく。閉ざされた視界の中で心残りしかない現世に思いを馳せていると、ふいに名前を呼ばれた気がした。

 私は足を止めて耳を澄ませてみるけれど、なにも聞こえない。


 ……って、そんなまさかね。

 苦笑いしながらもう一度、一歩を踏み出したとき――。


「灯ーっ」


 遠くから響いてくる声に、ぴたりと足が止まる。目の前にいる武士の男がこちらを振り返り、早く歩けと言わんばかりに見てくるのがわかったが、動き出せなかった。