「さぁ、ゲームの始まりです!あなたは誰を殺したでしょう?」
「え……」

ハッと意識が覚醒したのと同時に現れたのは、私と同じくらいの歳の青年だった。

「東條桜さん。あなたはこれからゲームに参加していただきます。」
「げー…む…?」
「はい!ルールは簡単。あなたが誰を殺したのかを当てるだけ。」
殺した…?当てる…?
なに…?どうゆうこと…?夢…?

「これは夢ではありませんよ?」

まるで私の心の中を見透かしたかのように、目の前の青年はそう答えた。

「…意味が分からない。私は誰かを殺した覚えなんて」
「殺しましたよ。」

スッと表情を無くした青年は、私の言葉を遮るようにそう言った。

「…ちょ…ちょっと待って…。本当に殺してない!てゆうかここはどこ?!あなたは誰なの?!」

オモチャがたくさん並ぶ部屋の中を見渡しながらそう言えば、青年は少しだけ笑みをこぼすと、ゆっくりと口を開いた。

「そんなに慌てないでください。でもあなたは確かに人を殺しましたよ。ただ、自分の都合よくそれを忘れてしまっただけ。」
忘れてしまった……?

「ここは、あなたにそれを思い出してもらうための“記憶の世界”です。
僕はあなたの失った記憶を思い出させるための“協力者”とでも言っておきましょう。
さて。この部屋の中に6冊の本があります。
その本はあなたの過去の思い出が見られる、“記憶の本”です。それをもとに、あなたが誰を殺したのかを当てて下さい。」

たんたんと話す青年に、私はついていけなかった。
そもそも、この世界が現実にあるなんて思っていないし、私は人を殺していない。
これは夢なんだと思って良いはずなのに……
このモヤモヤは何なのだろう…?

「僕は翼と申します。」
「つばさ……。」
「はい。呼び捨てで構いませんよ。さて、ここまででなにか質問はありますか?」

質問って……
「そんなのたくさんあるけど…。」
「ですよね。疑問だらけではあると思います。
しかし、あなたはこの問題を正解しなければなりませんよ。」
「え?」
「制限時間は24時間。見事正解すれば、あなたがその人を殺す前の時間に戻します。しかし不正解ならば、あなたはこの世界から出られることはできません。」

そう言い切ってから、翼と名乗った青年は静かに笑った。
そして……

「そして、あなたは僕に殺されます。」
「っ!?」

ころ…される…?
ゾクッと、冷や汗が背中に伝わるのを感じた。

「本気ですよ?あなたがこのゲームに参加しないと言うならば、今あなたを殺すこともできます。」

そう言って、どこに隠し持っていたのか、翼は後ろから包丁を取り出して、私に見せつけるかのように目の前に差し出した。

「…っ…」
「さぁ、どうしますか?」

ニッコリと笑うその笑みは、誰もが凍りつくほどに美しく、残酷に思えた。
そんな彼に、私は知らぬ間に首を縦に振っていた。

「では、ゲームスタートです!」



カチ、カチと、扉の前に置かれた時計の針が動き始める。

現在12時。

24時間と言うことは、2回目の12時が来たら、終了と言うことだろうけど……。

「今はお昼なの…?夜なの…?」

そんな疑問を問い掛けられぬまま、翼はスッと消えてしまった。

まるで幽霊のように。

「…本当にここは現実なのかな…。」

でもまぁ…
夢が覚めるまではやるしかないのかな…。

「殺されそうだし…。」

1つため息をついて、オモチャだらけの部屋の中を見渡す。

どこに本があるんだ…?

一通り見て、この部屋には本棚がないことがわかった。

「他の部屋にあるとか…?」

そう思って扉のところまで行って、私は絶句した。

「これ……」
「ここからは出られませんよ?」
「っ!」

真後ろから声が聞こえて振り返れば、そこには先程消えたはずの翼がいた。

「出ようとしました?」
「いや…。まぁ出ようとしたけど…本を探すためで…」
「本はこの部屋の中にあります。まぁ出ようとしたところで、この部屋に扉などないんですけどね。」
「………。」

目の前の扉の絵を見つめて、私はそっと口を閉じた。

「では、頑張って下さい。」
「ちょっ!」

それだけ言って、翼はまたスッと消えてしまった。

「……監視されてるのか…。」
まぁいいや…。
とりあえず、この部屋から本を探さなきゃ進まないんだよね…。

そう思って、まずは机のとこにある引き出しを開ける。

「あ…あった…。」

そこには水色の本が1冊。
ちょこんと置かれていた。

「私の過去って…どんな…」

そっとその本に触れた。
その時だった。

「?!!!」

パアッと本に光が宿し始める。

「なにこれ?!」

恐る恐るゆっくりと本を開けば、今度は先程よりも強い光を放った。

「わっ!」

そして私はその光に包まれると、そっと意識を手放したのだった。



キーンコーンカーンコーン…。

ここは…。

ざわざわと騒ぎ始めた教室内は、どこか懐かしさを感じさせられる場所だった。

「中学校だ…。」

そうだ…。私が通っていた、3年B組の教室。

あれ…そう言えば…
私、中学3年の2学期辺りからの記憶が無いかもしれない。

「なんで…だ…。」


『桜!一緒に帰ろ!』
「っ!」

聞き覚えのある声に顔を上げれば、目の前には見覚えのある女の子が立っていた。

あれ…この子誰だっけ…。

と言うか…私のこと見えてるの?!
なんて声を返せば…

『うん!行こう!』

今度は、真後ろから聞こえた声に息をのんだ。

この声は…

スッと、目の前の女の子は私をすり抜けると、恐らく後ろに立つ“私”のもとへ駆け寄った。
クルッと振り返れば、やはりそこには、まだ少し幼い“私”がセーラー服を身にまとって立っていた。

やっぱりこれは…
中学校の時の私の記憶だ…。

『あ!明日どうする?私いていいの?せっかくの翔(かける)くんとのデートなんでしょ?』
『いいの!桜とも遊びたいから。それに、拓真(たくま)くんもいるから4人だよ!』
『拓真くんもいるんだ…。まぁ…、静香(しずか)が良いならいいけど…。』

静香…。
目の前の私が呟いた名前に、私はその隣にいる彼女の名前を思い出した。

「そうだ…柊(ひいらぎ)…静香だ…。」

小さい頃から1番仲が良かった友達。
あれ…でもなんで、小さい頃から一緒なのに、覚えてなかったの?
そういえば高校はどうだったんだっけ…?
確か同じとこ行こうって約束して…。

あれ…?
そう言えば…

「中学校3年以降の記憶が曖昧だ…」

どうして…?
夢の中だから…?

必死に思い出そうとしても、分かるのは自分が今17歳ということだけ。
それでも確かに高校に通っていた記憶はあるのに、そこに誰がいたのか、どんなことがあったのか…
思い出そうとしても思い出せなかった。


『桜こっち!』

ハッと我に返った時だった。

「ここって…」

目の前にそびえ立つ遊園地と思わしき建物に、私は眉をひそめた。

『おはよう!静香。』
『緊張するね…。』

先程とは違う景色と、2人の私服姿に、場面が変わったのだとわかった。

恐らく、今日は先程言っていたデートいう日だ。

目の前の2人の様子を見ていて、なんだか頭の奥がズキズキと痛み始めるのを感じた。

覚えていたはずなのに…思い出せない…。
この光景を知っているのに…知らない…。

分からない。
だけどこの日は……
私が今までで、一番後悔した日なのかもしれない…。

『あ、来た。翔くん!拓真くん!こっち!』

静香の目線の方向に目を向ければ、見覚えのある男の子が2人。

『静香。お待たせ。今日はダブルデートだな。』

ニコッと笑みをこぼしながら、翔くんは嬉しそうに拓真くんの方へと目線を向けた。

『そうだな。じゃあ、中に入ろう。』

スッと4人が入場ゲートへと歩みを進めた。

静香と翔くん。
“私”と拓真くん。
自然と2人ペアで歩き始めた背中に、私は気が付けば手を伸ばしていた。

「行ってはいけない…。」

え…?

自分が呟いた言葉に、思考が停止した。

どうして?なんで?

そんなことを思いながらも、遠ざかっていく背中を、私はただボーッと見つめることしかできなかった。



『あれ?静香?』

また場面が変わったのか、今度はコーヒーカップの前で、“私”が声をあげた。

『柊…いないな…。』

『さっきまでここにいたのに…。どうしたんだろう?』

人が多い周りを見渡しながら、“私”が不安げに眉を寄せていた。

『ちょっと電話してみるね。』

携帯を手にとって掛けてみるが、一向に繋がる気配はない。

『静香…出ない。どうしたんだろう…。』

『出ないか…。翔はトイレ行っちゃったし、ちょっと俺付近見てくるから、東條はここに居て。』

『あ、うん。わかった。』

そう言って拓真くんは人混みの中へと消えていってしまった。
その後すぐに、翔くんがトイレから戻ってくると、“私”しかいない状況にあれ?と声を漏らした。

『静香と拓真は?』

『静香がどこかに行っちゃったみたいでね、携帯も出なくて。拓真くんが探しに行ってくれてるの。』

『え!?静香どこに行ったんだ?!誰かにさらわれたりしたんじゃ…』

『お、落ち着いて。もしかしたらトイレかもしれないし。ちょっとここで待ってよう。あんまり動くとまたはぐれちゃうから。』

『そうだよな…。ごめん、取り乱して…。』

翔くんが取り乱す姿を見て、本当に静香のことを思ってるんだなと感じられた。

あの時の“私”も、確かそう思ったはず。

なのに…。
…なのに…?
なにが…あったんだっけ…?

だんだんと今見ている光景が私の過去だということは分かってきているのに、どうしてもその先が思い出せない。

『…あれ?拓真の携帯も繋がらない。』

翔くんのそんな言葉に、私はハッと我に返る。

『え?拓真くんもどこかに?2人ともなにかに巻き込まれたんじゃ』

『そうかもしれない。ちょっと係りの人に声掛けてみよう。』

『あ、じゃあ一応迷子センター?あるみたいだから、そこに行ってみる?』

『そうだな。その間に周り見てみよう。もしかしたら見つかるかもしれない。』

そうして2人ははぐれないように行ってしまった。


「…っ!……駄目!そっちに行ったら!」

遠ざかっていく後ろ姿に、私はある記憶が蘇って、そう叫んでいた。

そうだ…思い出した。
今日は後悔する日。
ダブルデートなんて、してはいけなかった。
あの時私が断ってれば、誰も傷付かなかった。

そう。
静香は私を、

『あ!しず……』

静香を見つけたであろう翔くんは安堵にも似た表情を見せたかと思うと、すぐにその表情を消し去ってしまった。

『いた?どこに…』

すぐ後ろにいた“私”も、その姿をとらえた瞬間に言葉を失った。

この時に静香は…
私を…翔くんを…

「裏切ったんだ…。」

呆然と立ち尽くす2人のちょっと先には、静香と拓真くんの姿が。

あろうことか、2人は物陰のところでキスをしていた。
正確に言えば、静香が拓真くんを引き寄せて、唇をくつけた。

すぐに静香の肩をつかんで引き離す拓真くん。
しかし、静香は引かずに拓真くんと距離を縮めてなにかを言っている。
その言葉は分からぬまま、人混みに押され、2人の姿が見えなくなった。

キリキリと胃が痛んだのと同時に、ドクンドクンと胸が脈打つ。
それはきっと、目の前で呆然と立ち尽くす“私”も同じ状況なはずだ。

『なぁ東條。』

先程と変わらぬ声音で、翔くんは“私”を呼ぶ。

『帰るか。』

こちらを見て笑った翔くんの瞳は、少しだけ揺れていた。
そんな彼の言葉に、この時の“私”は頷くことしか出来なかったのだ。



静香に最初に告白をしたのは、翔くんだった。

白石(しらいし)翔。
3年A組の学級委員長で、誰からも好かれるような男の子。

元々そんな彼に憧れていた静香は、その告白を喜んでOKした。
けれど、どこで歯車が崩れたのか。

私が好きだと思っていた男の子、花井(はない)拓真くんに、彼女は特別な感情を抱き始めていた。
いや、彼女はただ、私がほしいと思ったものを欲しがる子なだけだったんだ。

小さい頃からそうだった。
欲しいと思った物も。
好きになった人も。
彼女は言葉には出さないが、まるで私から奪い取るように、物も、好きになった人も手に入れる。

だから私は彼女には好きな人を言わなくなった。
けれど、翔くんと付き合い始めた静香に、私は大丈夫だろうと思って、拓真くんの事が好きだと打ち明けたんだ。
それがいけなかったのか…。
彼女はあんな行動を犯した。


目の前の場面は、勝手に帰ってしまった私と翔くんに対して激怒する静香と拓真くん。

『ほんとに!何度も電話して、すっごい探したんだよ?!なのに2人で帰ったとか、どうゆう事なの?!』

『そうだよ!そこで待ってろって言ったのに。2人で何してたんだよ?』

そんな2人に、“私”も翔くんも黙ったままだったけれど、怒りが頂点に達したのか、ゆっくりと翔くんが口を開いた。

『何度も電話した?なにしてた?よく言うな。
逆に聞くけどさ、俺たちが何度も電話掛けてた時、お前らは何してたわけ?
フードコートの近くの死角のとこでさぁ!』

急に声を荒げた翔くんに、2人は肩を震わせた。

『ふざけんな。こっちは見てんだよ。しかも静香からとは結構大胆なんだな。正直幻滅だわ。』

『ち、違っ』

『静香もういいよ。もう…限界だから…。』

“私”の言葉に、静香は深く息をのんで崩れるように座り込んだ。

『もう俺たち終わりだから。それと、拓真。俺はお前と東條のことスゲー応援してたけど、もう無理だな。
東條もお前には幻滅してるから。諦めろよ。』

『…っ…。』

この時に、拓真くんは私のことを好きだったんだと気付いたんだ。
けれど結局は……

「全部とられてしまう…。」

あの日の出来事で全てが壊れて、私は静香を避けるようになった。
そんな私を見て、静香も反省する。

そう思ってたんだ。



「っ!」

パアッとまた光に包まれたかと思ったら、私はもとのオモチャの部屋へと引き戻されていた。

「おかえりなさい。手掛かりは掴めましたか?」

バッと後ろを振り返れば、そこには翼の姿があった。

「手掛かり…。候補にあがる人は見付けたかもしれない…。」
「ほう。それは良かった。そうゆうのが大事ですよ。」

「でも……」

殺したいほどに憎いかどうかは分からない。
そこまでのことを、彼女がしたかと言われれば肯定が出来なかった。

そう思った時だった。

「うっ…」

急にキリキリと胃が痛み始める。
な、なに…?

「残り時間21時間13分52秒。」

「え?」

「あと5冊です。続きをお読みにならなくて大丈夫ですか?」

少し困ったように笑う翼に、私は我に返って次の本を探そうと辺りを見渡す。

次に目についたのは、クローゼットだった。

ゆっくりとクローゼットに近付いて扉を開けると、今度は藍色の本があった。
またその本に触れると、優しい光が宿し始める。

「続き…か…。なんだったっけ…?」

思い出したいのに、やっぱり思い出せない。
内心読みたくないと思いながらも、私はゆっくりとその本を開いたのだった。



「ここは……。」

廊下…。

辺りは薄暗く、生徒の姿は見当たらない。
廊下に掛けられていたカレンダーは11月になっていて。

今は何時だろうか?
そんなことを思いながらキョロキョロと辺りを見渡していると、遠くの方から足音が聞こえてきた。

音の方に視線を向ければ、現れたのはやはり“私”だった。
ああ、確かこの日は忘れ物をしたんだ…。

急いで教室へと向かう“私”のあとを付いていくと、“私”は自分の教室の前で足を止めた。

どうしたのかと思い中を覗いてみれば、そこに残っていた生徒に納得した。

「静香と…あれは…」

静香と、そこには気の強そうな女の子が2人。
確か名前は、ツインテールの方が佐々木麗子(ささきれいこ)で、ショートカットの方が宮澤亜紀(みやざわあき)だ。

思い出せたことに少し安堵していると、ふと話し声が聞こえてきた。

『ねぇ、最近東條さんといないよね?なにかあったの?』

佐々木さんがそう聞くと、静香は少し唇を噛み締めてうつむいた。

『喧嘩したの?どっちが悪いの?』

ニヤニヤを隠すこともなく、今度は宮澤さんの方が静香に質問を投げ掛けた。

なんて答えるんだっけ…?

そう、ぼんやりと考えていると、目の前の静香は急に泣き始めた。
そんな彼女を見て、2人はギョッと目を丸くさせると、すぐに今度はなだめ始める。

『なに?ほんとにどしたの?うちら話聞くよ?ね、亜紀。』
『そうだよ。東條さんになにかされたの?』

その問いかけに、静香はそっと首を縦に振った。

「…っ…」

息をのむ私の声など聞こえるはずもないのに、知らぬ間に私は口元を右手で押さえていた。

『実はね…桜が翔くんをとったの……。』
「え……?」

何言ってるの…?

まるで頭を鈍器で殴られたかのように、ぐらりと目眩がした。

『は?なにそれ?そう言えば翔くんとも一緒にいなくなったよね。そんなことがあったんだ…。
東條さんって真面目そうに見えて性格悪いんだね。』

佐々木さんの言葉に、今度は胸がドクンと脈打った。

違う…。悪いのは私じゃない。
静香なのに…。

そう否定したいのに、まるで声を失ってしまったかのように言葉を失った。

それは私の横にいる“私”もそうで…。

そこでハッと思い出す。

ああそうだ…。静香は“また”私を裏切るんだ。
私から、全てを奪っていく。

『最低だね。明日から東條さんハブろうよ。』

宮澤さんのそんな言葉に、静香が彼女の腕を掴んで抗議する。

『違うの!私がいけないの!私に隙があったから』
『柊さん悪くないよ。てゆうか親友の面して男狙ってたとかマジでキモい。』
『だよね。麗子どうする?机になんか書いとく?』
『それは先生にバレるよ。とりあえずさ、柊さんのことはうちらが守るからさ。』

『ごめっ…ありがと……』

そんな光景を、“私”はずっと見ていた。
動かないで。いや、動けなかったんだ。

『そろそろ帰ろうよ。』

佐々木さんがそう言ったのを聞いて、ようやく“私”は動き出す。
そのまま一目散に廊下を駆けると、階段を降りて行ってしまった。

そうだ…。この日を境に、地獄が始まるんだ…。
少しずつ思い起こされる記憶に、また胃がキリキリと痛み始めたのだった。



パッと場面が代わると、今度は教室の中。

真ん中の1番後ろの席に座る“私”に向かって、罵声が飛び交った所だった。

『マジ気持ち悪い!柊さんに謝りなよ!』

よく通る佐々木さんの声が、私の耳にも突き刺さる。

“私”は、唇を噛み締めてずっとうつむいていた。

『なんか言いなよ!柊さんから翔くんとったんでしょ?よくすました顔してここに居れるよね。あり得ない。』

宮澤さんの言葉に、周りにいた生徒たちがざわめき始めた。

『東條さんそんなことするんだ。』
『真面目な顔して最低。』
『柊さん可哀想。』

違う…。違う…。違う…。

届くはずもないのに、必死に否定してしまう。

『なんか言えよ!』

ガッと蹴られた机が“私”のお腹に辺りに当たる。
それでも“私”は泣くこともせずにずっとうつむいて一点を見つめていた。

…確か…この日から私は、いじめられたんだ…。
静香の嘘の供述によって…。

同じクラスだった拓真くんは何を言うわけでもなく。
隣のクラスだった翔くんはその事実を知る訳もなく。
私は残りの卒業までの中学校生活を、壊されたんだ。

まるで早送りをしたかのように流れていく記憶に、私は涙を溢した。

陰口を言われて、物を隠されて、水をかけられて、足をかけられて、時には階段から突き落とされて…。
なんで生きているのだろうと、そう思う日々が続いて、ある時私は…
そうだ…自殺したんだ…。