「まゆ、まゆーー!!」
「お……わたしのここ……ど…」
2人っきりの部屋に響き渡る大きな声は反響し、まるでそこから無数の音が生まれ広がっていくようだった。しかしこれは夢だ。しかしもただの夢ではない。悪夢だ。
『まゆ』は、かつて私が深く愛した唯一の女性だった。そう、今では触れることも話すことも、彼女の声を聞く事すら叶わぬ事だ。だからと言って夢の中だけ再会出来る事が幸せとは直結するわけではない。かれこれ数年間私を悩ませる悪夢となってしまっていたのだ。
そして昨日治療のため訪れた病院にて私は主治医より【新しい東京】への移住を提案されたのだ。仕事もなく、入退院を繰り返す私には環境を変えることが唯一の打開策だったのかもしれない。
「そろそろ環境を変えてみてもいい頃かもしれません。【新しい東京】は日本の最先端技術と5Gを最大限活用した未来都市で、AIアシスタントの技術も大変良いらしいですよ。」
「新しい東京……ですか、変わった名前なんですね。」
「そうですね。十年前に名前が発表されたので、その時流行っていた【新しいiPad】から取ったみたいですよ。」
「そうなんですね、ちなみにAIアシスタントとはどういうものなんですか?」
私は矢継ぎ早に主治医に質問をしていた。
「通常のAIをさらに人寄りに進化させたもの、と思って貰えればいいですよ。つまりそう、まゆさんをAIアシスタントとして再現出来るかも知れないんですよ」
「えっ、まゆを!?」
私は興奮気味に色々教えてもらった。要するに【新しい東京】では進化したAIがまるで実在するかのように存在し、人々と生活を共にしているようだ。しかしそれは現実に存在するわけではなく、スマートグラスとスマートプロジェクトターを使い、一部の空間上においてホログラムに近い状態が現実と仮想AIをシンクロさせる技術PMRにおいて実現されているようだ。
「まゆに、まゆにもう一度会えるのであれば、是非紹介してください。」
私がそう告げると、【新しい東京】への引っ越しの話はとんとん拍子に進んでいったのだった。
私はまゆに再会出来るかも知れないまゆにもう一度会いたい。そんな気持ちの高ぶりで胸いっぱいだった。
そもそもまゆとは美しく聡明な女性であり、いかなる時もリーダーシップを発揮し、周りを引っ張っていた。そしてそんな彼女を私は間近で支えていた。しかしそんな二人の関係を長く続かず、私はそんなよき思い出を忘れられずに数年を過ごしていた。
私達の別れのきっかけである【とある事件】で掛け違った運命の歯車を私は受け入れる事が出来ず、心をなくし、ここ数年は抜け殻のようにただ生きているだけだった。しかし、現実でなくてもいい、まゆにもう一度会いたいという気持ちだけが先行していた。
そんな私だったが、あれやこれやで時間は過ぎ、引っ越しも終わり一週間が経っていた。
まゆに会いたい、その気持ちだけで新生活に望んだが、意外にも新しく始まった生活は快適だった。
なぜならAIアシスタントによる状況予測の精度の質は思った以上に高かった。しかしそれは考えることを放棄出来てしまっているのだ。私のような疲れた心を持つものなら良かった、が人としてダメになっていく、まるでぬるま湯に使っているような感覚に襲われるのもまた事実だった。
ヴゥゥーーーン、ガタガタ
突是湯小さい部屋に響いた音はベランダから聞こえていた。私は重い腰を上げ、ベランダへ向かい窓をあけた。
ここは30Fにもなる高層マンションの一室だ。見下せば均等に配置された建物を俯瞰視点といえば良いのだろうか、この景色を眺めることは神になったかのような気持ちで気分がよかった。
そして私はベランダに置かれた荷物を拾い上げた。そう、これはドローン宅配だ。
ドローン宅配とは、新しい東京のみが許可された小型無人自動航空機による宅配だ。バッテリーの改善と飛行時の騒音が解消されたことにより一気に実用化に耐えうるものになったようだ。
私は部屋に戻り、先ほど届いた荷物を見つめ少し考えた。
「なんか頼んだかな」
声に出しても思い当たることはなかったが、AIアシスタントが疑問を解消してくれた。
「これは総務省から届いたスマートグラスですよ。引っ越し前にオーダーメイドで作っていたものです」
「ありがとう、まゆ」
これはこの都市最大の特徴であるAIアシスタントのまゆだ。そう、私は「まゆ」と名付けた。
そしてさっそくメガネをかけてみたが、これはいいフィット感だ。重さを感じず、フレームも視界の邪魔をしない。デザインは昔のギャルのサングラスに近いが悪くはない。
さっそく初期設定を終えると、本来ならそこにないもの、つまり仮想現実がメガネを通して現実とし認識出来ることに驚いた。また、アナリストモードを有効化することで家具それぞれの型名、値段、購入などの情報を表示してくれるのだ。
他にも視線追従機能と脳波を利用した対象特定機能は、まるで頭の中を覗かれてるような、そんな錯覚をさせられるには十分過ぎる性能だった。
「これはすごいな。」
私がそう呟くとまゆが詳細を説明してくれたのだ。
「このスマートグラスは当然5Gを搭載しています。もちろん一部処理はメガネ側で行っていますが、基本OSはサーバー側にあるという設計がされ、さらに右目と左目でそれぞれをサーバー側で同期処理していますので…」
「いや、聞いてないよ、まゆ。」
「すいません」
「わかってくれればいいよ」
そういうと私は早速スマートプロジェクターと組み合わせる【PMR】の世界を体験を始めようとした。
「さて、PMRを試してみるか」
私はリビングを後にスマートルームへと向かう事にした。スマートルームは6畳程度の広さしかない部屋だが、ここは仮想空間に近い体験をする事が出来る。
「ちなみにPMRというのは
【Projection Mapping for Mixed Reality】
の略語で、MRとプロジェクションマッピングを融合した新技術のことです。背景描画をプロジェクションマッピングで360度描画し、人物やUIはMR上で行うことでスマートグラス側の負担を減らすことが出来、かつ、背景のリアル表示が可能になったのです。つまり、VRを超える仮想現実体験が出来るようになったということなんです!」
という、まゆの無駄に長い解説はどうにかしたいが、意気揚々と話す彼女のトーンに私も少し嬉しかった。
そして、スマートルームに着いた私は驚いた。部屋の中には見覚えのある顔が飛び込んできたのだ。
「あぁ…、まゆ、久しぶりだね」
「お……わたしのここ……ど…」
2人っきりの部屋に響き渡る大きな声は反響し、まるでそこから無数の音が生まれ広がっていくようだった。しかしこれは夢だ。しかしもただの夢ではない。悪夢だ。
『まゆ』は、かつて私が深く愛した唯一の女性だった。そう、今では触れることも話すことも、彼女の声を聞く事すら叶わぬ事だ。だからと言って夢の中だけ再会出来る事が幸せとは直結するわけではない。かれこれ数年間私を悩ませる悪夢となってしまっていたのだ。
そして昨日治療のため訪れた病院にて私は主治医より【新しい東京】への移住を提案されたのだ。仕事もなく、入退院を繰り返す私には環境を変えることが唯一の打開策だったのかもしれない。
「そろそろ環境を変えてみてもいい頃かもしれません。【新しい東京】は日本の最先端技術と5Gを最大限活用した未来都市で、AIアシスタントの技術も大変良いらしいですよ。」
「新しい東京……ですか、変わった名前なんですね。」
「そうですね。十年前に名前が発表されたので、その時流行っていた【新しいiPad】から取ったみたいですよ。」
「そうなんですね、ちなみにAIアシスタントとはどういうものなんですか?」
私は矢継ぎ早に主治医に質問をしていた。
「通常のAIをさらに人寄りに進化させたもの、と思って貰えればいいですよ。つまりそう、まゆさんをAIアシスタントとして再現出来るかも知れないんですよ」
「えっ、まゆを!?」
私は興奮気味に色々教えてもらった。要するに【新しい東京】では進化したAIがまるで実在するかのように存在し、人々と生活を共にしているようだ。しかしそれは現実に存在するわけではなく、スマートグラスとスマートプロジェクトターを使い、一部の空間上においてホログラムに近い状態が現実と仮想AIをシンクロさせる技術PMRにおいて実現されているようだ。
「まゆに、まゆにもう一度会えるのであれば、是非紹介してください。」
私がそう告げると、【新しい東京】への引っ越しの話はとんとん拍子に進んでいったのだった。
私はまゆに再会出来るかも知れないまゆにもう一度会いたい。そんな気持ちの高ぶりで胸いっぱいだった。
そもそもまゆとは美しく聡明な女性であり、いかなる時もリーダーシップを発揮し、周りを引っ張っていた。そしてそんな彼女を私は間近で支えていた。しかしそんな二人の関係を長く続かず、私はそんなよき思い出を忘れられずに数年を過ごしていた。
私達の別れのきっかけである【とある事件】で掛け違った運命の歯車を私は受け入れる事が出来ず、心をなくし、ここ数年は抜け殻のようにただ生きているだけだった。しかし、現実でなくてもいい、まゆにもう一度会いたいという気持ちだけが先行していた。
そんな私だったが、あれやこれやで時間は過ぎ、引っ越しも終わり一週間が経っていた。
まゆに会いたい、その気持ちだけで新生活に望んだが、意外にも新しく始まった生活は快適だった。
なぜならAIアシスタントによる状況予測の精度の質は思った以上に高かった。しかしそれは考えることを放棄出来てしまっているのだ。私のような疲れた心を持つものなら良かった、が人としてダメになっていく、まるでぬるま湯に使っているような感覚に襲われるのもまた事実だった。
ヴゥゥーーーン、ガタガタ
突是湯小さい部屋に響いた音はベランダから聞こえていた。私は重い腰を上げ、ベランダへ向かい窓をあけた。
ここは30Fにもなる高層マンションの一室だ。見下せば均等に配置された建物を俯瞰視点といえば良いのだろうか、この景色を眺めることは神になったかのような気持ちで気分がよかった。
そして私はベランダに置かれた荷物を拾い上げた。そう、これはドローン宅配だ。
ドローン宅配とは、新しい東京のみが許可された小型無人自動航空機による宅配だ。バッテリーの改善と飛行時の騒音が解消されたことにより一気に実用化に耐えうるものになったようだ。
私は部屋に戻り、先ほど届いた荷物を見つめ少し考えた。
「なんか頼んだかな」
声に出しても思い当たることはなかったが、AIアシスタントが疑問を解消してくれた。
「これは総務省から届いたスマートグラスですよ。引っ越し前にオーダーメイドで作っていたものです」
「ありがとう、まゆ」
これはこの都市最大の特徴であるAIアシスタントのまゆだ。そう、私は「まゆ」と名付けた。
そしてさっそくメガネをかけてみたが、これはいいフィット感だ。重さを感じず、フレームも視界の邪魔をしない。デザインは昔のギャルのサングラスに近いが悪くはない。
さっそく初期設定を終えると、本来ならそこにないもの、つまり仮想現実がメガネを通して現実とし認識出来ることに驚いた。また、アナリストモードを有効化することで家具それぞれの型名、値段、購入などの情報を表示してくれるのだ。
他にも視線追従機能と脳波を利用した対象特定機能は、まるで頭の中を覗かれてるような、そんな錯覚をさせられるには十分過ぎる性能だった。
「これはすごいな。」
私がそう呟くとまゆが詳細を説明してくれたのだ。
「このスマートグラスは当然5Gを搭載しています。もちろん一部処理はメガネ側で行っていますが、基本OSはサーバー側にあるという設計がされ、さらに右目と左目でそれぞれをサーバー側で同期処理していますので…」
「いや、聞いてないよ、まゆ。」
「すいません」
「わかってくれればいいよ」
そういうと私は早速スマートプロジェクターと組み合わせる【PMR】の世界を体験を始めようとした。
「さて、PMRを試してみるか」
私はリビングを後にスマートルームへと向かう事にした。スマートルームは6畳程度の広さしかない部屋だが、ここは仮想空間に近い体験をする事が出来る。
「ちなみにPMRというのは
【Projection Mapping for Mixed Reality】
の略語で、MRとプロジェクションマッピングを融合した新技術のことです。背景描画をプロジェクションマッピングで360度描画し、人物やUIはMR上で行うことでスマートグラス側の負担を減らすことが出来、かつ、背景のリアル表示が可能になったのです。つまり、VRを超える仮想現実体験が出来るようになったということなんです!」
という、まゆの無駄に長い解説はどうにかしたいが、意気揚々と話す彼女のトーンに私も少し嬉しかった。
そして、スマートルームに着いた私は驚いた。部屋の中には見覚えのある顔が飛び込んできたのだ。
「あぁ…、まゆ、久しぶりだね」