二人の物語を、知らない。

彼らの物語を、知らない。
だけどきっと、幸せだった。

特に母さんはーー何も知らないお嬢様だった。

知らない世界がある中で、
自由な世界を手に入れた。

それはきっとーー、、未知の世界の住人だった。

なんの、変哲もない綺麗な訳でもない古びた図書館。


何十年も経つ、崩れかかった図書館。
きっと昔はーー、綺麗だった図書館。

人もたくさん居て、あんなんじゃなかった。

二人がもう居ないから、二人の恋物語は分からない。

だけどーーーー


決めたことがあるんだ。


ーーーーーーーーーー
翌日。

やっぱり、君がいた。

図書館。

「こんにちわ。
昨日はどうもっ」


うわ、不機嫌。
かなり、不機嫌。

「あんた、また来たの?
金持ちには、こんな古びた場所。
似合わなくない?
つか、場違い」

うわ、いきなり不機嫌モード全開だね。

「そんなに金持ち嫌い?
落ち着いて居て好きだけどーーいちゃ悪い?」

だから、わざと不機嫌で返した。

「別に、うるさくしなきゃいい」

ホント、可愛くない。
顔は可愛いのに。

甘くない君と過ごす一日。

「ねえ、何読んでるの?」

すぐ側に居るのに、口を開かない彼女。

それどころか、睨まれる。
「あんたには、関係無くない?」

ホント、可愛くない。

なんでそんな不機嫌なのか、なんかしたかな?

彼女は、読んでいた本を片手に歩き出した。

古びた図書館の割に、いい本がたくさんあるんだ。

彼女の後をついて行く。

「父さんが幸せになれないようにした、金持ちはみんな嫌いよ。
ついて来ないでよ!」

嫌われても、突き放されてもーー
側にいる俺は、本当可笑しいかも知れない。

歩き回る彼女の背中は、強がってるだけにしか見えない。

手を伸ばして、ある本を取ろうとする君は
小さいから届かない。


「取ってあげようか?
小さな美織ちゃん」

「な、なんであたしの名前!!」

図書カードで君の名前を、見た。

「図書カード。
美織とか、可愛い名前だね!」

話題は無いか探したら、行き着いたのはーー
"名前"だった。


名前だった。


「うるさいな、関係ないじゃん!」

脚立を、持ってきた美織ちゃんはーー、自分で取る気満々だ。
そこまでして、素直じゃ無さすぎ。

ついつい、笑いがこみ上げる。

「危ないよ、素直に"取れない、取って"って言えない訳?」


身長差は、割とある。
180センチはあるからね。

手を伸ばせば、頂点まで届く。
脚立なんて、必要ない。
だから、素直に言えば取ってあげるのに。

「素直じゃなくて、悪かったわね。
自分で、取れるから!」

ホント、素直じゃないわ。




「あ、白の下着かっ「はあ!?ーーーーきゃっ」


スカートで、脚立に登るから見たく無くても見えちゃうじゃん。

でもって、言わなきゃ良かった。

脚立から落ちた君。

弾みで落ちてきた本達。

「危なっ!!」

君を抱き締めた。

落ちてくる本から、守りながらーー。

きっと初めてーー。
女の子を、抱き締めたの初めて。

「大丈夫?」

優しく声かけたのも、全部ーー。


「初めて、女の子守ったのも助けたのもーー
全部……美織ちゃんが、初めてっ」


ーーーーっ。


何、その顔。

真っ赤な顔して、俺を見上げた美織ちゃん。

ガタンッ!!

「離して!!
もういい。
もう来ない、もう無理!
バイバイ!」


「もう」何個目?




君が、離れてく。
駆け出す背中。


「明日も、明後日も来るから。
明日も明後日も待つからっ」



君が来なくても、待つのは自由だ。
「行かないから!
もう、嫌だ。

こんな気持ちいらないっーー」


それってーーーー



どんな気持ち?



それってーーーー


「俺のこと、好きになっちゃった?」




ってことじゃないの?


ーーーー!!

君の足が止まった。

振り向いた顔は、真っ赤だ。
照れてる笑いとかじゃない。

なんつーか、怒りに震えた顔。

「あんたなんか、好きになるか!
おもいあがんな!」

バシッーー。

耳を塞ぐほどの図書館のドアの音。
微かに舞う埃。
落ちてきた額。


やばいって。

壊れるから、ただでさえオンボロなのに。

でもーーわかった。

きっと、嫌われてないって。

ーーーーーーーー

「あんな奴に踊ろされて、バカみたいっ」

初めてだった。

男の子に抱きとめられたのもーー
優しく声かけられたのも。


胸の奥のざわめきも、みんな初めてだった。

あたし、ガキか。

こんなんで、ドキドキしてーー
明日行かないなんて、バカみたい。
意識してんのモロばれなんだけど。

だけどーーーー

「俺のこと、好きになっちゃった?」




あれは、無いよな。


あたしは顔を隠した。

「明日から、どうしょうっ」


ちょうどいいそよ風が、気持ち良くてーーお気に入りだったのに。


明日も、、明後日も、いる?

本当に、毎日待つ気?

様子だけーー、、
いるか、居ないか確認したら、、帰ればいい。

翌日。

あの古びた図書館。
来てしまった。

時刻は、10時。

いつもいる。
私がいる時間。

必ずいたけど。

図書館は、物音一つない。
相変わらず、埃臭い。

相変わらず、古臭い。
だけどーーそれでも通う理由は。


なんだろうーー。

私の魂が、そうさせているのかも。

ガラッとドアを開けた。

誰一人としていない。

やっぱ怒ったんだよ。
あんな好き勝手悪口いって、むしろ居たらマゾじゃないか。

入り口。
立ち止まって一つため息を吐き出したーー瞬間。


「ひゃっ!?」

頰の冷たさに、飛び跳ね変な声まで出る。

振り返ったら、缶ジュース片手のアイツがいた。