学校嫌いと、イヤーブック。


「……どうして私をこんな場所に連れてきたの? というより、平日なのにどうしてこの教室には生徒がいないの?」

「ここは空き教室だからだよ。小学校の先生には許可をとってあるから心配しないで」

紅羽は穏やかに言う。

「最初の質問に答えてないよ紅羽、どうして私をこの場所に連れてきたの?」

私は少しイライラしながら聞いた。

なんだか体の具合が悪くなってくる。この校舎内で私はいじめを受けていたことがあるからだろう。
……あまりこの場所に長くはいたくない。

「佐奈にあわせたい人がいるから、この場所で」

そういって紅羽は急に真面目な顔になった。

「誰に?」
「……もうすぐ来るから待ってて」

紅羽が呟いたのと同時に、教室の後ろについている引き扉が開いた。私は開いた引き扉に目を移す。

引き扉からは男が入ってきた。

男はがっちりとした体形で、制服を着てきて、黒髪でオールバックだった。

……多分この男が、紅羽が私に学校を脱走させてまで私にあわせたい人物なんだろう。私はなんだかとても嫌な予感がした。

この男はもしかして……。

私は体が震え始めた。歯がガチガチとなり、今までの昔の記憶が一気にまた蘇る。

男はのっそりと私の前まで歩いてきて、しゃがみ込んで地面に手を付いた。

そして声を出した。

「僕は佐奈さんのことを小学生の時にいじめていた太一です。許されることだとは思っていませんが、謝らせてください。本当にすみませんでした」テノール声でゆっくりそう言い、男は頭を地面につけ土下座をした。

私は直ぐに紅羽の方に目を移す。

「紅羽、も、もしかしてこの人って」

歯がガチガチとしていて、上手く喋れない。

「……うん、紅羽をいじめていた主犯の人、名前は太一」

私は絶句した。

「も、もしかして紅羽が二日間学校を休んだのは……?」

「……一日目は学校の教室を借りる手配、そして二日目はこの男と話を付けるため」

「どうやってこの男と連絡を取ったの?」

「色々な学校に行ってこの男の知り合いを探し、本人に辿りついただけだよ。大したことじゃない。……そんなことより、土下座をしている男の方を見なよ」

「……うん」

男は謝罪をまた始めた。

私は土下座している男に目を移す、汚いものを見るような目で。

「佐奈さん、本当に悪かったと思っています」

嘘だ。

「小学生の時は未熟でした。面白半分でやってしまって……」

だったら、許せるはずがない。

……私の物を、私の髪を、そして私の心をぐちゃぐちゃにした主犯の人物なんだよお前は。

「どんな罰でも受け入れるつもりです」

ああ、そう。どんな罰でも受け入れるんですね。

だったら――。

私は教壇の前まで移動し、教壇の物入れに手を突っ込んだ。なにか危害を与えるようなものを探す。

そこに運よくあったハサミを取り出した。男の髪を切ってやろうと思ったからだ。


――だけど。

私は男の姿をしっかり見た。……そして気づく。

――私は声を出す。声は震えていて、なおかつとても小さな声だった。

「……も……い」

「え?」

「……もういい、……終わりにしよう」

私はか細い声でそう呟いた。

涙で視界が歪んでいる。

「…………」男はなにも言わなかった。

私はハサミを床に落とした。


――私は気づいた。

今、目の前で土下座をしている男に小学生の時のいじめっ子の面影はもうほとんどないと。

――だからもう、この男はあの時のいじめていた太一ではないんだ、と私は気づく。

だったら、……もういい。

復讐なんかしても、意味がない。そう納得するしかない。

紅羽だって私が復讐するのを望んで私と男をあわせたわけじゃないだろう。

苦しいけど、辛いけど、そうやって私は前に進むしかない。

復讐からはなにも生まれない。

ここで手を出してしまったら、私は変われないままだと思う。

私は強く、楽しく生きていきたい。

小学生の頃にあった、いじめのことなんか忘れて。

手を出したら、それはより濃い記憶となり、多分一生忘れることが出来なくなると思う。
……だから。

「……紅羽、もう帰ろう」私はなるべく明るい声で言った。

「うん、そうだね佐奈」

「……紅羽、私は昔のいじめの出来事を乗り越える。そして学校嫌いも克服する。……人生は楽しいことだらけじゃないけど、私はなるべく楽しんで生きていきたいんだ」

私は涙を手のひらで拭いて、ぼやけた視界を少し直した。

そして紅羽の目を、真っ直ぐ見る。

「……佐奈ならきっと、いじめも、この出来事も、なんともなくなる日が来ると思うよ。辛い出来事を体験させちゃってごめんね佐奈」

「ううん、平気」

私と紅羽は静かに笑いあった。

そして私と紅羽は教室から出ようと、前の引き扉に近づく。

――教室から出る前に、私は男に一言言葉を口にした。

「私はあなたのことを許す。だからもうこれで全て終わりにしよう」

男は顔を上げ、こくんと頷いた。

木曜日。

私は紅羽と一緒に学校へ登校していた。

「佐奈、学校嫌いを克服して大好きになれた?」

隣で歩いている紅羽が、にやにやしながら聞いてくる。

「そんな軽く言わないでよ紅羽、まだ学校に行くのは嫌だよ」

「学校が嫌なのは私も一緒だけどね、佐奈が小学生の時に体験したいじめが原因となり、学校嫌いをしているかどうかが気になるな」

「分からない。……でも多分いじめのトラウマは、少しはなくなっていると思うよ。学校も今はそこまで行きたくないわけじゃないし」

「ならよかった、……確かに今日の佐奈の表情は明るく見えるよ」

紅羽はホッとした表情で言う。

「そう?」

私はそういって紅羽に微笑む。紅羽も微笑み返してくれた。
 

私はふと思う。

世の中、全てが上手くいき、楽しくなることはないと。

悲しいことは、楽しい出来事よりも多い。

その悲しみに心が押し潰されそうになることは何度もあった。

だけど。

私は楽しいことだけを大事にしていきたい。

常に笑って生きていたい。

過去にとらわれるなんて、もったいない。

幸い、私はいい友達に恵まれている。

――その友達の名前は紅羽だ。


「……紅羽」

私は立ち止まって声を出す。

「ん? なに?」

紅羽は不思議そうに私を見る。

「色々とありがとね」

私はこれまでの感謝の気持ちを伝え、笑った。

「どういたしまして」

紅羽は穏やかな笑顔でそう言葉を返してくれた。

その笑顔はとても透き通っていて、美しく感じた。
主人公の佐奈と友達の紅羽は学校が嫌いで、学校に対しての文句を話していた。
だけど、佐奈の学校嫌いは人より少し特殊だと佐奈の話を聞いているうちに紅羽は思い始める。

ある時、紅羽が佐奈の家に遊びに行く。
佐奈の部屋が片付いていなく、二人で片付けをすることになる。

片付けが終わった後、二人は佐奈が小学生を卒業した時の卒業アルバムを探し始める。

卒業アルバムが見つかり、紅羽がアルバムを開く。

写真に写った佐奈の不自然な髪型から、紅羽は、佐奈は小学生の頃にいじめを受けていたんではないかと佐奈に言う。

佐奈は今まで忘れていた、いじめられていた記憶を思い出す。

ある日紅羽は佐奈を連れ出し、佐奈を昔いじめていた人物と佐奈をあわせた。

佐奈はその人物を泣きながら許す。
そして佐奈は学校嫌いが少し収まったという話。

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